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『困った人形供養』
【オープニング】
それは、そろそろ人形供養の日が近づいてきた某神社での出来事だった。
「…お爺様、これは一体…」
目の前には、愛らしい…数体の人形達。それもいかにも「いわく付き」な感じの市松人形と、狐のお面を持った童子の姿をした御所人形である。
「こやつらがな、黙って焼かれるのは嫌だと言い出してのぅ…、満足してからでなければ浄化されてやらんと…七代祟るとまで言い出してのぉ…陽子や、すまんが誰か骨のありそうな若いモンに頼んで遊んでやっとくれ」
無責任ともいえる台詞を吐くと、老人は腰が痛いと言いながら自分の部屋へとさっさと引っ込んでしまった。
「…骨のありそうな…って…。遊ぶと一口に言ってもどうすればいいのか…」
困惑しながら陽子が一人、吐息を付いたその時である…声が響いた。
『…見目麗しい男(おのこ)と一晩過ごすのも良いの…』
『妾はもう、倉に閉じ込められるのは飽き飽きじゃ、綺麗にしてほしいぞよ』
『おいらは可愛いお姉ちゃんと遊びたいな〜』
口々に語られる身勝手な要望は、心に直接響く思惟。振り返った陽子の瞳に、童や童女の姿に変化し始める姿が映った。
「…………掲示板で募集したらお手伝いしてくださる方は、いらっしゃるでしょうか…?」
【人形達と人間達】
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。当神社の巫女をしております、神野陽子と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします…」
桜ノ杜神社、社務所の方へ通された一同の前に現れた巫女服の少女が、やや疲れた表情ながらも、丁寧に頭をさげた。
「いいえ、困った時はお互い様ですよ、陽子さん」
整った容姿に涼しげな笑みを浮かべると、すっと陽子の手を取って深い神秘的な黒い瞳を合わせてくるのは、宮小路 皇騎。
一つ一つの動作が洗練された貴公子然としているのも当然であろう。彼は由緒正しい財閥の御曹司にして、陰陽師の一族の宗家跡取りなのだ。勿論、外見通りの単なる優男では無いのだが…幸か不幸か陽子には彼のその笑顔が曲者なのだと気づく余裕はない。
「は、はい、あ、ありがとうございます」
環境からか男性にあまり免疫が無いらしい陽子は、美青年の急接近に耳まで赤くなると体を引き気味にしながらも礼を言う。
「けっ…」
男が女に媚びるような甘い言葉をぬかすんじゃねぇ!言葉より雄弁に語る黒い瞳が印象的な山伏姿の少年…北波大吾。地方の山伏の家系という特殊な家庭で育った彼は、本人は否定するだろうが、今時の若者にしては珍しい古風な考え方を持っている。当然、女性の手を取り優しい言葉をかけるなど論外である。
吐き捨てるように声を発したっきり、無言のまま険しい表情で虚空を睨みつける。その手は霊紋刀を納めた竹刀入れをしっかり握って離さない。
「やっとれんわ〜」
銀髪、青い瞳の青年に差し掛かる容姿をした何故か大阪弁を操る少年は、日系ロシア人の淡兎・エディーヒソイ。
顔を合わせるなり皆に自分の事は愛称のエディーで呼ぶように、と告げた彼は漫才のオチのような一言を発すると大仰に肩をすくめ天を仰いだ。
「あら…。あのくらいで赤くなっちゃうなんて、可愛いわね…」
くすくす笑いながら赤い髪をさらりとかきあげ、深紅の瞳を気まぐれな猫のように悩ましげに細めるのは、藤咲 愛。
触れれば火傷を負うと知っていても求めずにはいられない…そんな危うい色香を放つのもさもありなん。知る人ぞ知る歌舞伎町SMクラブの女王様である。
「日本人男性がシャイというのは、単なる噂だったんですねぇ…」
青い瞳を細め、笑顔でのほほんと感心したような言葉を口にする青年はヨハネ・ミケーレ。
優しげ、おっとり、穏やか…そんな形容詞が相応しい空気を放っているのは本人の気質か、職業柄か…彼は教皇庁に属する司祭である。それも公認の悪魔祓い師(エクソシスト)なのだ。まだ齢二十歳を迎えずしてそこまで昇り詰めるのには生半な努力では成しえないだろう。
集まった4者4様の反応を綺麗に黙殺して、陽子の小動物のような反応にくすりと笑みを浮かべたその時だった、風を切って何かが宮小路の後頭部目指して飛んできた。
「…いきなり背後から襲い掛かってくるのは、感心しませんね」
ぱしっ。どこからともなく飛んできたそれを、振り返り様片手で平然とキャッチした宮小路は、にっこりと微笑む。
だが、その笑顔は決して温かいものではない。むしろ周囲の温度が軽く5度は下がったであろう、絶対零度の微笑みだ。
宮小路の視線を追い振り返れば、10人程の子供の集団が立っていた。それもどれもこれもが純和風の服装をした5歳くらいの童子である。
『お姉ちゃんから離れろっ!』
『やれやれ、やっと来おったか…待ちくたびれたぞよ』
頭に直接響く言葉を発して、狐のお面をかぶった童子が宮小路を警戒しながら小走りに陽子に向かってくる。それを見て取ると、一つ吐息をついてその童子に先程キャッチした物…小さなコマを返した。
「子供でも人並みに嫉妬という感情はあるのですね」
しっかりと嫌味のおまけつきという所がたいしたものであるが。
「で、おまえらと遊べばいいんだな?」
今まで黙って成り行きを見つめていた大吾が口を開く。が、きらびやかな緋色の着物を身に着けた童女は、幼い容姿に不釣合いな不遜な表情を浮かべ、、
『…おまえなどではない、妾には妙姫という名前があるのじゃ、妙姫様と呼ぶがよい』
「誰が様なんてつけるか、このクソガキ!」
『無礼者っ!妾に向かってなんと言う口を聞くのじゃっ!』
売り言葉に買い言葉。すっかり臨戦体勢をとりかける二人を妖艶な声が割ってはいる。否、正確には大吾の方を止めたと言えるか。
「アンタもいちいちヒトのいう事に反応しないの。そういうのがボーヤだって言うのよ」
ぴたぴたと鞭を握った手で大吾の頬を撫でる。大きく開いたスーツの真っ白い胸元を見せつけるようにして愛は耳元で囁いた。
ばっと赤くなって飛び退り距離を取る様子を面白そうに眺めやった愛は、さて、とコケティッシュな笑みを浮かべて、妙姫と名乗った人形に声をかける。
「んふふ。遊ぶ相手は指名制?それとも逆指名オッケーなのかしら?見たところ、もう神父サマは売約済みみたいだけど?」
楽しげな声に目を向ければ、ヨハネは良く似た面差しの二人の童女に両手を取られ、目を白黒させていた。それをちらりと一瞥して、妙姫はやはり尊大な口調で、
『相手は妾らに選ばせてもらうぞよ。妾達にも好みというものがある』
何か言い返したそうな大吾の視線を真っ向から受け止め、妙姫が幼い童の姿をまとった仲間達に「そなたらも構わぬな」と声をかける。すると童達は一同素直に頷いて集まった5人に品定めするような視線を向けた。
「じゃ、あたしと神父サマは中庭に居るから、何かあったら言ってちょうだい」
タイトスカートの裾にしっかり紋付袴姿の童子をしがみつかせたまま、何故か上機嫌で愛は、両手を童女達に取られ歩きにくそうにしているヨハネと連れ立って中庭の方へと歩いていった。
『本当に兄ちゃんに勝てたらなんでもいう事聞いてくれんのか?』
「おう、うちに対戦で勝てたらなんでもお願い叶えたる!そのかわり、負けたヤツは大人しゅう浄化されえや!……ちゅー訳やから、陽子さんテレビ貸したってー」
エディーは狐のお面をつけた浴衣の童子達と何故かくっついてきた童女とに『男の約束』をすると、持参してきたゲーム機を手に、以前から交流があったらしい陽子に案内されてテレビのある居間に向かう。
「なんでおまえがここにいんだよ!」
結局、人形供養の日までという事で簡易保管場所としている部屋に腰を落ち着けたのは大吾と宮小路の二人だった。その大吾も目の前に立った妙姫と早速舌戦を繰り広げようとしていた。
『そなた、口は悪いがよい目をしておる。そなたの無礼な振る舞い、特別に許してやろうぞ』
「…やれやれ…」
たちまち始まった小気味いいくらいポンポンと飛び交う言葉の応酬に溜息を付く宮小路。そして彼から少し離れた場所でじっとしている童女。
「…どうなりますことやら」
かくして、人形供養…またの名を人身御供の幕が切って下ろされたのだ。
【ロシアン・格ゲー大会ショー??】
「…それでは、私はあちらの部屋に居ますから、何かあったら呼んでくださいね」
茶菓子とお茶をテーブルの上に置くと、陽子はぺこりとお辞儀して立ち上がる。
どうやら、人形達の我侭に翻弄されまくったようで、やっと休息を得られるという様子がありありであった。
人形達の衣装やら身なりを整えることだけでも大層な作業である。
まして彼らはただの人形ではない。ぶちぶちと気に入らなければ文句をたれ、全身で抗議をする生きた人形なのである。それを一人でそれをこなしたのだ……苦労は押して知るべきだ。
エディーもなんとなくそれを察したのか、眼鏡の奥の瞳を細め、綺麗な笑顔を向けると、陽子に気にするなと手をふって見送る。
(しっかし、神社の巫女さんいうのも、大変なんやな…)
思わず、らしくなく同情心まで芽生えてしまう。
以前の事件といい、今回といい、初詣の時期だけ忙しく働いているイメージくらいしかなかったが、どうやらそれは大いなる誤解のようだった。
「…さ〜って、ほなはじめよか〜?」
気を取り直し、テレビにゲーム機を接続し終え、画面に格闘ゲームのタイトル画面が表示されたのを確認すると、三人の童子達を振り返った。
「ま、初めてやろから、一人3回づつ、相手したる。一回でもうちが負ければその場で負けた奴のいう事聞いたる」
発売されて2ヶ月程経つこのゲーム、アーケード時代から近くのゲーセンでやりまくったのだ。
ダイヤグラムに名前が乗るのは当たり前…。というよりいつも順位は上に位置していた。
乱入して来た相手を完膚なきまでに叩きのめすのは朝飯前。ひそかに銀髪の悪魔と囁かれているエディーである。
生まれてはじめてゲーム機などという文明の利器に触れ、ルールも分かっていないようなシロートに負けるはずがない。
(悪う思わんといてや、うちは負ける勝負は嫌いなんや)
物珍しげにコントローラーをいじくっている男の子二人とそれをにこにこと見守っている童女に、さほど悪いと思っていない謝罪をしながら、エディーは自分の勝利を確信していた。
そしてそれは、覆される事など絶対に無いと思われていた。
「わ〜っはっは!どうや、もうおしまいか?うちに勝とうなんて10年早いんや」
かんらかんらと笑って、6回目の『WIN!!』の画面をバックにエディーが敗者の男の子二人を振り返る。
当然だ。ルールも技のコマンドも知り尽くしているエディーに、ルールも必殺技のキー入力も全く分からず、しゃにむにコントローラーのボタンを押しまくっている子供が敵う訳が無い。
『くっそー!兄ちゃん卑怯もん〜!』
「なんとでも言いや〜、所詮は負け犬の遠吠え。痛くも痒くもないな〜」
得意絶頂で高笑いをした時だ、今まで楽しそうに眺めていた童女がおずおずとエディーの前に歩いてきた。
『…お兄ちゃん…わたしもやってみていい?』
「お?なんや、嬢ちゃんもか?ま、約束は約束や、手加減したるからかかってきいやー」
エディーが上機嫌でコントローラーを手渡し、のんびりと応じる。面倒な事にならずに無事終わるのだ、これが笑わずにいられようか。
……しかし。
どんな事にも番狂わせというモノが存在する。そして、シロート、初心者にのみ与えられる、究極の幸運も。
「……ピヨってる間にコンボ技でボコボコ…んなアホな……」
数分後、エディーは『LOSE!!』の文字と、完全にノックアウトされた自キャラの前でぴょんぴょん跳ねるポリゴン美少女を呆然と眺めていた。
『ど〜だ、ど〜だ!勝ったぞ〜』
『お願い聞いてくれるんだろ?』
きゃははは、と無邪気に男の子達はエディーに追い討ちをかける。だが、エディーも負けてはいない。
「やかましい!うちが負けたんは、あくまでこの嬢ちゃんや。ビギナーズ・ラックちゅうんを失念しとったうちの油断が招いた事。……さ、嬢ちゃんなんでもお願い事きいたる、言うてみ?」
悔しそうに男の子達を一喝してから、童女にしゃがみこんで微笑みかけると、童女はおかっぱ頭を振って、ニコニコとお辞儀をする。
『ううん…わたしはもう行くから…二人に美味しいご飯、食べさせてあげて…ありがとうお兄ちゃん…』
楽しかった…その思惟を最後に童女の姿はぼやけ、コトンと本体である市松人形が転がる。
思わず手を伸ばし、抱き起こせばガラス製の人形の瞳は何の意思も見せず、もう禍々しさも、何も感じなかった。一言でいうならば『抜け殻』。
「そか…嬢ちゃんに喜んでもろうて、うちも嬉しいわ…」
童女であった人形の、さらさらと流れる黒髪を撫でて小さく呟く。楽しかった、その言葉にどれほどの思いがあったのだろう…そんな事を思いながら、エディーは、童女との約束を果たすべく、童子達を振り返った。
「さぁ、嬢ちゃんとの約束や、うちが腕によりをかけてうまいもん作ったるで〜」
キッチンを借りる許可を得ようと陽子のいる部屋へ向かうエディーの後ろを、何も知らない童子達が歓声をあげてくっついていった。
【エンディング】
「ん?二人のジャリ共か?なんやうちの料理を一口食うたら、満足したみたいやった」
それぞれが人形達の心を満たし、役目を終え集まった最初の部屋で、エディーはにこにこと皆に二人の男の子達との事を語っていた。
童女との約束で『腕によりをかけて』作った料理が、文字通り死ぬほど不味かった、という事は当事者である人形達しか知らない。
「あまりの美味さに成仏しおったんやろうな〜、うちって料理の天才?」
無邪気に笑うエディーは、どこまでも平和だった。
〜おわり〜
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1048 / 北波 大吾 / 男 / 15 / 高校生】
【0830 / 藤咲 愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ / 男 / 17 / 高校生】
【1286 / ヨハネ・ミケーレ / 男 / 19 / 教皇庁公認エクソシスト】
【0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生・陰陽師】
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■ ライター通信 ■
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※こんにちわ。新米ひよっこライター・聖都 つかさです。
この度は『困った人形供養』お付き合いいただいてありがとうございます。
今回は少し趣向を変えて、コミカルな中に切ない目のお話を目指してみたつもりですが…いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
顔見せ的な【人形達と人間達】以降は個別文になっておりますので、他のキャラさんのお話も合わせてご覧いただけると楽しいかと思います。よろしければ覗いてみてくださいませ。
それでは、スローペースで窓を開かせて頂いていますが、また、機会がございましたら、どうぞよろしくお願いいたします。感想等よろしければお聞かせ頂けると励みになります。
<ここから個人当てです>
いつもお世話になっております〜。エディーPLさん。
あいも変わらず怪しい大阪弁ですが…(汗)。
ここ何作かお付き合いしてきてエディーさんのキャラが固まって来たような気も致します。……崩れて来ているとツッコミが入らないよう、頑張りたいと思います(笑)。
料理の天才!(ある意味では真実ですが)と自覚(?)されてしまったエディーさんがこれからどうなるやら、非常に気になります。これからも素晴らしい(殺人的)料理の腕を磨いて欲しいです!
それでは、この辺で。ありがとうございました〜。
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