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サーチ・ノイズ！
□■オープニング■□
インターネットカフェ・ゴーストネットＯＦＦ。
そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その人気の秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。
新ダンジョン 投稿者:ヨーガ 投稿日:200X.03.03 18:11
昨日のメンテで追加されましたね。
行った方いますか？
行ったけど 投稿者:秋成 投稿日:200X.03.03 19:08
イベントダンジョンっぽかったよ。
何か心理テストみたいなのやらされて……運がいいとレアアイ
テム貰えるらしいけど。
１キャラでできるのが１回までで、どのルートでレアアイテム
貰えるのか調べるのは大変そう＾＾；
入れません 投稿者:きく 投稿日:200X.03.03 19:36
私が行ってみたら入れませんでした。
もしかしてレベル制限ありますか？
私は32なんですが……
あるっぽい 投稿者:秋成 投稿日:200X.03.03 20:13
50以上みたい。
多分、新アカで何度も試されないための処置だと思うけど……
そこまでする意味あるのかなぁ
□■視点⇒瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)■□
（幽霊の次は心理テストか……）
その書きこみを見て、俺は眉を顰めた。
（連中の絡んでそうなイベントだな）
少し前、『ノイズ』制作チーム・Ｎファクトリーのメンバーであった藤堂から、俺たちはこのゲームの真の目的を知った。
（音による感情操作）
そのための、実験の場であること。
そして俺たちは、その実験を阻止することを誓った。俺たち――というのは、前回共に幽霊の謎を解いたメンバーのことだ。
（おそらく）
他の奴らもこの新ダンジョンのことを訝しんでいるだろう。心理と感情は直結する問題だからだ。
（一体どんな質問が出たんだ？）
『ノイズ攻略ＢＢＳ』を順に見ていく。と、さっきのスレッドとは別に質問内容の書いたスレッドが立っていた。もちろんこちらの方が日付も新しい。
新ダンジョン情報スレ 投稿者:妹子 投稿日:200X.03.04 18:28
問題の内容や気づいたことなどありましたらこちらに
お願いします。
Re:新ダンジョン情報スレ 投稿者:飛丸 投稿日:200X.03.04 18:40
質問は全部で10問。答えは『はい』『いいえ』『わからない』の３択。
１．人の意見には左右されない？
２．レモンをかじる瞬間を想像しただけで唾が出る？
３．よく人の話を聞き返す？
４．騙されやすい？
５．手先が器用だ？
６．他人から見た自分と本当の自分にギャップを感じる？
７．よく言い争いをする？
８．催眠術を信じる？
９．大・中・小。選ぶならどれ？
10．優柔不断だ？
「…………」
よくある普通の心理テストのように思えた。何をチェックしているのかわからない点を除いては。
（チェックする対象がわかれば）
嘘を答えて高得点（？）を狙うことも難しくないのだが、それがわからなければどれを選ぶのが"正しい"のか推測できない。
（善い人を装った選択）
だけでは、きっとクリアできないのだろう。だってそれならば、多くの人がクリアしていなければおかしい。
心理テストは正直に答えなければ意味がない。だが人は、見栄を張って嘘を答えることが多い。そのためその嘘を見抜くための質問も紛れこんでいるということがあるらしいが……このたった10問の中に、それが存在するかどうかは怪しいもんだ。
（一体何を選別してやがるんだ？）
俺は同じスレッドの、さらに下の方を見ていった。
Re:新ダンジョン情報スレ 投稿者:みみず 投稿日:200X.03.04 19:08
既出ですが書いておきます。
１キャラ１回、レベル50以上限定。
クリアするとレアアイテムが貰える。
Re:新ダンジョン情報スレ 投稿者:ｌｉｒｖａ 投稿日:200X.03.04 19:19
そのレアアイテムのソースはどこから？
既に手に入れた方がいるんでしょうか？
（ｌｉｒｖａ(リルバ)……光月か）
やはり光月もこのイベントに目をつけているようだ。
その光月の質問に、答えていたのは例の秋成という奴だった。
Re:新ダンジョン情報スレ 投稿者:秋成 投稿日:200X.03.04 20:31
ダンジョンに入るとまず説明があるんだよ。
その最後に、「見事クリアした方にはレアアイテムを差し上げます」
ってＮＰＣが言うんだ。
レアアイテム自体の情報が流れていないところを見ると、
まだゲットした人がいないのかもね。
手に入れたらきっと自慢したくなるはずだから(笑)。
その後のレスは全部、自分はこう選んだがクリアできなかったという報告が並んでいた。その数は意外と多い。
（――協力した方が早い、か）
集計やさらなる情報収集を、１人でやっていたのでは時間がかかりすぎる。それに既に何か、情報を掴んでいる奴がいるかもしれない。
俺は新規投稿のフォームから、新しい記事を投稿した。
業務連絡 投稿者:ファルク 投稿日:200X.03.05 18:42
憶えのある者は例の部屋へ顔を出すこと。
余計な奴が紛れこんでは困るので、そんなふうに書いておいた。これで十分わかるだろう。例の部屋というのは当然、前に皆で集まった部屋だ。
それから俺は一度パソコンの電源を切り、カウンターへ向かう。あの部屋をしばらく貸し切りにして貰うためだ。アルバイト店員に店長を呼び出して貰って、交渉する。
「こないだのあの部屋、しばらく貸し切りにしてもらえねェ？ 鍵開けといてくれるだけでいんだけど」
奥の事務所から出てきた店長に、カウンターを挟んで上目遣いに告げた。俺が"子ども"という立場を存分に利用するのは、こんな時くらいしかない。
店長（注・女だ）はそんな俺の顔をまじまじと見つめてから。
「――年上はやめておきなさいよ？」
「何の話だよっ」
「フフ、冗談よ。開けておくのは構わないけど、その代わりソレ終わったら、調子の悪いパソコン診てやってね」
「りょーかい」
店長がつまみあげた鍵を、手を差し出して受け取った。そのまま部屋の方へと足を向ける。
実は店長は、俺の客でもあるのだ。裏でデジタルジャンク屋をやっている俺は、店長に頼まれて狙われやすいネットカフェ用の高度なセキュリティプログラムを作ったりしている。俺が作る物だからもちろん、違法に侵入してくる奴らを違法に追い返したり追跡したりする、なんてものもある。
そんな間柄だから、俺はネットカフェの無料使用権を獲得していた。報酬もしっかり貰っているうえの無料だから、手が空いた時にはパソコンの整備などを手伝っているのだ。
預かった鍵でドアを開けて、例の部屋へと入る。何となく、前と同じ場所へ座ってパソコンを立ち上げた。
（……思い出しちまうな）
草原に佇んで喋り続けた、藤堂の顔。あいつは今も、どこかで俺たちと同じように。実験を防ぐために頑張っているのだろうか？ 俺たちには生死すらわからないが……。
――コン コン ……ガチャ
２回のノックの後、返答を待たずにドアが開いた。俺はドアの方を向いて座っているから振り返らずともその人物の顔が見える。
「よかった、ここで合ってたんですね」
そう安心したように笑ったのは、海原・みなも(うなばら・みなも)だ。
「こんばんは、隼さん」
「ああ」
みなもはいつもの制服のままだ。
「この時間で正解だったな」
俺が口に出すとみなもは頷いて。
「学校が終わってから来れば、このくらいの時間になりますからね。羽澄さんもそろそろ来るかもしれませんよ」
「だな」
みなもは俺の正面に座ると、パソコンを立ち上げた。
「隼さんが気になっているのって、やっぱり新ダンジョンのことですよね？」
「思いっきし臭ってるからな」
俺がそういう言い方をすると、みなもは笑って。
「この心理テストの内容だって、何だか方向性がバラバラですもんね」
『ノイズ攻略ＢＢＳ』を開いているのだろう。もちろん俺も、それを開いていた。
（確かにな）
手先が器用とか大・中・小とか。一体何を探ろうとしている問題なのか。手先が器用な人物を必要としているなどといった単純なことではないのだろう。
（大を選ぶような欲張りはいらん、とか？）
考えれば考えるほど、馬鹿らしくなってくる。
「単純に考えても約６万通りのルートが存在する。うち何割がクリアルートなのかはわからないが」
失敗ルートの羅列を見ながら呟いた俺に、みなもは繋げる。
「やっぱりクリアしないと目的がわからないのかなぁ……あ、逆かもしれませんね。クリアするためにはまず目的を知らなきゃいけない、とか」
――コン コン
「失礼するよ」
またこちらが何を言う隙もなく、ドアが開いた。入ってきたのはさっきのみなもの予想どおり光月・羽澄(こうづき・はずみ)だ。
「多分それが正解だと思うよ」
すぐそう告げた光月に、みなもは目を丸くする。
「聞こえてたんですか？」
「私は耳がいいからね」
光月はそう笑うと、みなもの隣に座った。
「情報が出ない＝まだクリアした奴がいないってことか」
俺が言葉を挟むと、光月は頷いて。
「私の書きこみ見たでしょ？ レアアイテムの情報はイベント上最初から明かされていたものだった」
俺とみなもは頷き返す。
「秋成って人が書いていたけれど、もし本当にレアアイテムを手に入れたのならやっぱり誰かに言いたくて仕方がないと思うのよ。自分以外の人も手に入れるのが嫌ならルートを明かさなければいいのだし」
「そうですよねぇ」
（まだクリアした奴がいない）
それはつまり、クリアの確率が著しく低いということだ。だから目的を知ってからでなければ、そこへたどり着けないと。
「この心理テスト自体が実験なのか、レアアイテムに何か意味があるのか――クリアしてみないことには始まらねェみたいだな」
「そうね。協力して情報を集めましょ。折角３人揃っているから、璃瑠花ちゃんにも連絡してみるわ」
光月はそう告げると、椅子ごと少しパソコンから離れてから、携帯電話を取り出してかけ始めた。
「友有さんとレイベルさんは、どうなさっているんでしょうね？」
その間みなもが問いを振ってくる。
璃瑠花も友有もレイベルも、前回謎を一緒に解いたメンバーだ。璃瑠花は意外と頻繁に見かけるようになったのだが、友有とレイベルは。
「俺は結構ここ出入りしてるけど、ほとんど見かけねェな……まだこのこと知らないんじゃないのか？ 友有の奴はどーせまだ50にはなってないだろうし」
友有はあの時が初プレイだったのだから。
「あっ、あたし昨日50になったんですよ！」
不意にみなもが嬉しそうに告げた。以前見た時は20代だったと思うから、あれからずいぶんとやりこんだようだ。
「おめでと。それならクリアルートさえわかればすぐに試せるな」
「ふふ。そのために頑張りましたから♪」
こんなふうに一つの部屋で集まってやるのなら、実際に自分が参加しなくとも他のキャラの画面を見ていれば疑似体験ができる。だがやはり自分のキャラで、そして自分自身で体験したいと思うのは、当然の感情だろう。
「――クリア、しないとな」
改めて、俺は口にした。
「頑張りましょう！」
こぶしを作ってやる気満々な声で、みなもが応えた。
「今回は３方向から攻めるわよ」
いつの間にか電話を終えていた光月が口を開く。
「３方向？」
声を揃えて問った俺たちに、光月は頷いて。
「１、心理テストの情報収集と分析。２、藤堂氏の捜索。３、Ｎファクトリーを直接訪問捜査」
「?! マジか……？」
「そんなことが可能なんですか？」
"直接訪問捜査"という言葉に、さすがの俺も驚いた。確かに有効な手ではあるのだが、大胆すぎて考えつかなかったのだ。
「３は璃瑠花ちゃんが行ってくれるそうよ。璃瑠花ちゃんああ見えて、玩具会社の会長をやってるから」
「え?!」
それならいくらでも口実を作れる――それはわかるのだが。
（玩具会社の会長って……）
しかもモデルだったはずだ。
（どういう人種なんだよ……）
ただの小学生ではないということだけは、かなりのインパクトで刻まれた。
唖然とした顔の俺たちに光月は笑って。
「御影財閥経営の玩具会社だもの。さほどおかしいことじゃないわよ」
（そうか）
確か璃瑠花のフルネームは御影・璃瑠花(みかげ・るりか)だ。自分ン家の財閥の会社なら頷ける。
それから光月は表情を戻して、続けた。
「２は、実は私がずっとやってることなの。藤堂氏から内部のもっと詳しい話を聞きたいと思ってね。今回のことも何か知っているかもしれないし」
「だな」
「じゃあ１を、あたしたちが担当すればいいんですね？」
３は璃瑠花、２は光月だから、残るは俺たちだ。
「ええ、お願いするわ。心理学者に心当たりがあるから、これから連絡を取ってみるつもりだけど……」
「それは心強いですね」
心理テストに心理学者。確かに、それ以上心強いものなどない。
「璃瑠花ちゃんは早速明日行ってみるって言ってたから、集まるのは明後日にしましょ。大体同じくらいの時間で」
「ＯＫ。この部屋はずっと開けておくから、必要があればいつでも使ってくれ」
「わかりました」
それから俺たちは顔を見合わせて。同じタイミングでゆっくりと頷いた。力強く。
（作戦は決まった）
あとは謎を、暴くだけ。
光月が帰った後、俺とみなもはそれぞれの役割分担を決めた。俺はゲーム内に潜っての聞きこみ、みなもは例のスレッドから統計取り。
（ダンジョンの情報は）
十分なように見えて実は全然足りない。皆心理テストの内容ばかりに気を取られていて、ＢＧＭやＳＥに関する情報がまったく流れていないからだ。
（Ｎファクトリーの目的は、音による感情操作）
既に何らかの試みが始まっているのなら、今鍵を握るのも音かもしれない。
ヘッドフォンをかぶって『ノイズ』を立ち上げた。アカとパスを打ちこんで――ログイン。
センターに登場した俺のキャラ・ファルクを操作して、ひっそりと設置されている掲示板の方へ向かう。あまり使用されていないことは重々承知で確認してみると、最終投稿日は今週のメンテより前の日付になっていた。当然新ダンジョンに関する書きこみはない。
（……やっぱりあの方法か）
今度はセンターの脇に移動して、プロフィール欄を書き換える。
『新ダンジョンの情報求む。報酬あり』
するとちょうど更新し終わった時に、キャラ登場エフェクトが見えた。現れたのはエドだ。
『よぉ。……何だ、お前まだ新ダンジョン行ってなかったのか？』
こちらに近づきながらエドが発言した。前回協力してくれたエドには、幽霊はやっぱりバグだったと伝えてある。
『戦闘がメインじゃないって聞いて、面倒だと思ってさ。行くならやっぱクリアしてェし』
『確かになｗ それで情報集めてンのか』
『エドは――当然行ったよな？ｗ どうだった？』
エドは挑戦したからといって掲示板に書きこむような奴じゃない。それがわかっていたから問ったのだ。するとエドは。
『うーむ……結果的には失敗したんだがな』
何とも煮え切らない返事だった。
『結果的には？』
『あんま憶えてないんだよなー。気がついたら外にいたって感じだぜ』
（……臭うな）
『アイテムウィンドウには変わりなし？』
『ああ、だから失敗したんだろうって思ったワケｗ』
『――憶えてないってのは、何を憶えてないんだ？』
『そーだな……』
エドはそこで少し間を置くと。
『ダンジョンの中でのイベント自体、全体的にあやふやなんだが……問題は結構憶えてるぞ。わからないとすれば……オレがどう答えたか、だな』
「！」
（もしかして……エドは……）
『……完全に、わからないのか？』
『いや？ あんなんに見栄張るのも馬鹿らしくて正直に答えたはずだからな。これを選んだろうって予想はつくさ。ただ実際に選んだ記憶がないだけでな』
「…………」
「隼さん？」
様子のおかしい俺に気づいたのか、みなもが俺を呼んだ。俺はエドへの言葉を打ちこみながら、みなもに答える。
「クリアルートを掴んだかもしれない」
「え?! ホントですか？」
みなもは立ち上がり、急いで俺の後ろへと回りこんだ。エドとの会話のログはまだ画面に見えているから、俺が説明する必要はないだろう。
『予想でいいから、どれを選んだか教えてくれないか？』
少し緊張しながらEnterを押した。
『それは構わないが……報酬は？(笑)』
その緊張をおちょくるようなエドの発言に脱力する。
（まったくこいつは……）
『何が欲しいんだよｗ』
『そうだな……今度のデュエル大会に参加してくれ』
（は？）
予想外……いや、想像外の言葉に、キーボードの上の手がとまった。
『……何でそれが報酬になるんだ？』
『相手が創曲士ばっかじゃつまんねーんだよ。曲は凝ってるが弱い奴が多くてな』
『だったら今ここで殺ればいいだろｗ』
『だーめ。観客がいなきゃ盛り上がらん』
『いても大して盛り上がらねェじゃんか』
『いや、オレのハートがだ！ コレ重要だぜ？ テストに出るから覚えておけよ？ｗ』
「………………」
「面白い方ですね……」
しみじみ言ったみなもの言葉が何だかおかしくて、俺は画面の前で吹き出した。
（仕方ねェな……）
『わかった、出る出る。だから教えてくれ』
『商談成立ね♪ ここじゃ見にくいだろうから、ＢＢＳにでも書きこんでおくわ(はぁと)』
『ヤメロ気色わりぃ』
まるで後ろにみなもがいるのを知っているかのように、今日のエドはサービスが過剰だった。
（いや……）
迷惑が過剰、か。
『んじゃ、オレそろそろ逝くわ。大会楽しみにしてるぜ』
会話を終えようとしたエドに、俺は１つ訊きそびれていたことを思い出す。
『待てエド。あと１つだけ。ダンジョンの中はどんな音楽だった？ 変な音とか流れてなかったか？』
『音？ んー……別に普通だったと思うけど？ まぁさっきも言ったとおり、オレの記憶はあやふやだからな。他の奴に訊いた方がいいと思うぞ』
『ああ……そうだな』
『じゃあな』
『ああ、さんきゅ』
そうしてエドは、センターの外へと走り出していった。それを見送って、俺は小さく息を吐く。
――ふぅ……
「スレッド見てみますね」
みなもはすぐに自分のパソコンの前へ戻って、マウスを操作した。
「あら……？」
そして不思議そうな声を出した。気になって、俺も裏で立てていたＢＢＳをリロードする。
「まだないか？」
「いえ……書きこみの時間が」
みなもの言葉はそこで終わったが、それで十分だった。スレッドの一番下にあるエドの書きこみの時間が、今より少し前になっている。報酬が何であれ教えてくれるつもりだったのだろう。
「面白いうえに、いい方ですね」
みなもが笑った。それにはまったく同感だ。
（だがそのエドは――）
「エドはテストをクリアしたが、その記憶を曖昧にされている可能性がある」
俺の言葉に、みなもの表情が曇った。
「そうですね……自分が何を選んだか確実にわからないようにされているなんて、それがクリアルートとしか思えません」
「クリアした奴がいないんじゃなくて、クリアした奴はそれを自覚できないようにされていたと考えれば……」
失敗したと思いこんでいる奴らの中に、他のクリア者がいるかもしれない。
「曖昧な記述をしている人の書きこみを、特に注意してチェックしてみますね」
「ああ、頼む。俺も中で、他に記憶があやふやな奴がいないか探してみる」
その中にエドと同じルートを選んでいる奴がいれば。
（紛れもなく）
それがクリアルートのうちの１つだということだ。
★
"挑戦"の日。
先に部屋へ来ていたのは、やはり俺とみなもだった。あの後の捜査からそれぞれに、自信のある目をしている。
そこへ、３人が一緒にやってきた。光月と璃瑠花と……あとの１人は知らない奴だ。光月の言っていた「心当たり」かもしれない。
皆それぞれに挨拶をしてから、光月がその人を紹介した。
「大学で心理学を教えている、羽柴・戒那(はしば・かいな)さんよ」
「よろしく」
「教えてるってことは、教授か助教授ってことか？」
俺がつい訊いてしまったのは、そいつの格好があまりにも「教授」というイメージからかけ離れていたからだ。それに結構若く見える。
すると羽柴はにやりと笑って。
「ああ、助教授だ。こんな格好をしているがな」
（！）
あっさりと俺の思考を読み取られた。「ちっ」と、聞こえないように舌打ちする。さらに見透かされるのが嫌で、目をそらした。
（……わかってるさ）
俺は自分が自分でどんな人種なのか、わかっている。そんな自分が嫌で装っていることも知っている。
（だからこそ）
暴かれるのは怖い。その怖いと思っている自分を隠そうとしているのを、見透かされるのが怖い。
目をそらした俺から目をそらした気配を感じて、俺は小さく息をついた。
「――さぁ、それじゃあまず報告から始めましょ」
席に着いた皆を確認して、声を発したのは光月。並んで座っている俺とみなもの向かいに、３人が並んで座っている。
「ではわたくしから報告いたしますわ」
璃瑠花はそう告げると、サッと立ち上がった。その方がパソコンに邪魔されず声が届くのだが、璃瑠花の身長があまり高くないため大した意味はない。
「わたくしは戒那様と、Ｎファクトリーの作業場へ行ってまいりましたの。『ノイズ』の開発作業やメンテナンスの様子を見せていただきましたわ」
行くとは言っていたが、実際に「行った」という事実を耳にするまでは何だか嘘のように思えていた。
「へぇ！ マジで行ったのか。どうだった？」
だからつい、そんな言葉を挟んでしまう。
璃瑠花はまったく気にする様子はなく。
「そうですわね……やっぱり音に関する機材がやけに多かったように思います。会社ではありませんので、グループ代表の方のおうちで作業されているのですが、まるでレコーディングスタジオのようでしたわ」
「メンバーから情報は取れたの？ 確か８人だったわよね。藤堂氏が抜けた後にまた１人増えたとか」
「それについては俺から」
光月の問いに答えたのは羽柴。
「感情操作のことに関しては、さすがに口を割らなかった。逆に、藤堂氏のことに関しては『我々も捜している』と言っていた」
「あら……存在を認めたんですか？」
みなもの言葉に羽柴は頷いて。
「『ノイズ』の重要機密を持って逃げたから捜している、と言っていたがな」
「何だそりゃ」
藤堂の口から真実を聞いている俺たちにとってみれば、あまりにもお粗末な嘘だ。
「それで、問題なのは藤堂氏の代わりに入った新メンバーの奴のことだ。今回の"お遊びダンジョン"を手がけたのはそいつだっていうから気になってな。サイコメトリーしてみたんだが……」
「サイコメトリー?!」
（そんなことまでできるのかよ……）
サイコメトリーといえば、物や人に触れその過去を見る能力だ。
羽柴は何故か少し寂しそうに笑うと呟いた。
「ああ……だからこそ、この道を選んだのかもしれないがな」
それから表情を元に戻して。
「そいつ、心理学界から追放された心理士だった。つまりあの心理テストはある程度本格的、ということになる」
「追放？ そんなことってあるんですか？」
「一体何やらかしたんだ」
疑問を口にした俺たちに、羽柴は腕組みをして答えた。
「心理学というのは、難しい世界なのさ。興味のある奴はたくさんいるが、これだけは言える。『専門家じゃないなら、知らない方がいい』。一般の生活においては、絶対に知らない方がいい知識だってあるんだ。心理学には特にそれが多い。そしてもしそれを知ってしまっても、絶対に使ってはならない。鵜呑みにしてはならない」
「………………」
「何故？」とかいう疑問は出てこなかった。それが強い言葉のせいなのかその表情のせいなのか、俺にはわからなかったが。
羽柴はため息を１つ吐いて、続けた。
「その男――滝田というのだが、滝田はそれを破った。ＴＶ番組でバウムテストについて事細かに解説をしたらしい。だが『絶対に鵜呑みにするな』などは、一切言わなかった。むしろやってみろとまで言ったそうだ。それが心理学界ではかなりの大問題になってな。滝田は追放された。そんな奴がいることは話に聞いて知っていたが、まさかこうして会うことになるとはな」
「バウムテストっていうと、描いた木から深層心理を探るというやつよね？」
「ああ。――必要でない限りは、やる意味のないテストだ。やっても却って傷つくだけだからな」
光月の問いに、羽柴はそんなふうに答えた。きっと傷ついた奴らをたくさん見てきたのだろう。
「そんなワケだから、心理テストのことに関してはアドバイスさせてくれ。それで何とかなるとは思う」
「ああ、頼む」
「お願いします」
頷いた俺に続いて、みなもが頭を下げた。
「じゃあ次は私からね」
次に立ち上がった光月に、皆の視線が移動する。
「ネットの情報からじゃ、さすがに正確な居場所まではわからなかったわ。だって誰かがその情報を流さなければ、捕まえられるはずがないんだもの」
その遠回しな表現に、俺は口を挟んだ。
「正確な居場所はわからなかったってことは、大体の居場所はわかったのか？」
すると光月はにやりと笑って。
「ええ。藤堂氏はＮファクトリーにいた頃からフリーメールを使っているの。調べてみたらメールだけはしっかりチェックしているようだったわ。つまり、どこの場所からアクセスしているのかを調べれば、ある程度は絞りこめる」
「フリーメールじゃ直接本人の情報は探れなくとも、居場所はわかるというわけか」
羽柴の言葉に頷いてから、光月は何故か璃瑠花を見た。
「だから私はそのアドレスにメールを送った。これまでのこと、この心理テストのことを書いてね」
璃瑠花はその視線に応えて頷く。
「そしてわたくしが、うちの会社の社長や役員の皆さんにお願いして、藤堂様を捜していただいているのです。見つけたら、わたくしの名刺をお渡しするように言ってありますの」
「そうか……大体の場所がわかっているなら、確かにリアルで捜した方が早いな」
ネットの情報量は確かに多い。しかしリアルは、当然それよりも多いはずなのだ。リアルの出来事がネットの情報へと変換されているのだから。
「でも……名刺を無事に渡せたとして、藤堂さんは連絡を下さるんでしょうか？」
不安そうな声を出したみなもに、光月は苦笑して。
「それは一種の賭けね。一応メールには、『近々あなたのもとに届く名刺は私にも繋がります』って書いておいたけど」
「藤堂氏が本当に『ノイズ』を愛しているなら――連絡せずにはいられないと思うがな」
続いた羽柴の言葉。
（信じるしかない）
藤堂が俺たちと同じ想いでいるのだと。信じて待つしかない。
「……じゃあ、次は俺たちの番だな。いよいよ挑戦だ」
口を開いた俺に、皆が視線を寄せた。
（待つ間に、少しでも先へ進もう）
誰の瞳にも、そんな想いが見えた。
「俺とみなもはこのダンジョンのことを調べていて、ある結論に達した。それは、クリアした奴はいるが、した奴は記憶を曖昧にされている、という仮説だ」
「まぁ！ それでクリアした方の書きこみがないんですの？」
当然攻略ＢＢＳをチェックしていたのだろう。璃瑠花がそんな驚きの声をあげた。
「そうなんです。クリアした方は自分がクリアしたことに気づいていないようなんです」
答えたみなもに、光月の鋭い質問が飛ぶ。
「じゃあどうして、クリアしたということがわかるの？」
それには俺が答える。
「質問はたった10問しかない。だが自分が何を選んだのか憶えていないと言うんだ。明らかに不自然じゃねェか。だがそれはクリアしたせいだと考えれば説明がつく。そう思って調べてみたらな、案の定記憶が曖昧な奴は選択が似通っていたんだ」
「！ じゃあ既に、クリアルートはわかっているのね？」
光月が驚きの発言をした。俺は肯定の意味をこめて、羽柴に視線を振る。
「それが何を探ってンか、知るためにはあんたの協力が必要みてェだけどな」
「ＯＫ。早速やってみよう。誰のキャラでやるんだ？」
例のダンジョンはパーティーで行っても入り口で自動解散されてしまう。１人ずつなら同時に行うことも可能だが、それではクリアできなかった時に全員同じ運命をたどってしまうのだ。それよりなら、１人ずつ順番にやった方が安全だ。
「あ、わたくしのキャラ、まだ50前ですの。もし必要になりましたら、すぐにレベルを上げますわ。あともう少しですから♪」
「もう50近くか？ ずいぶん早いな」
俺は発言してから、初心者なのに妙に戦闘のうまかった璃瑠花を思い出す。あれなら確かに普通の人よりはレベル上げが楽で早いだろう。
「まぁ、とりあえず俺のキャラでいいさ。失敗したところで入れなくなるだけだしな」
俺はそう告げるとすぐに、『ノイズ』を立ち上げた（パソコン自体はずっとスクリーンセイバー全開だった）。皆が俺の画面の見える位置に集まってくる。
「……ああ、それと、音だ」
「音？」
俺が唐突に口にした言葉に、３人が声を合わせた。俺はヘッドフォンの差込口から線を外して、音がスピーカーから流れるようにする。そして音量を高めに設定した。
「もしかしたら、音が何か関係しているかもしれないんです。だから音も皆で聴いた方が」
俺の代わりに解説したみなもに、「なるほどね」と光月が頷いた。
「目的は音による感情操作、だったな」
思い出したように羽柴も呟く。
「じゃあ入るぞ」
いつもとは違った雰囲気でアカとパスを入力して……その間目を背けた後ろの奴らはかなりマナーがあると、どうでもいいことを思った。
カーソルを移動させてクリック――ログイン。
前回と違って、同じ部屋にこれだけ人がいるのにキャラはファルク１人。少し物寂しい気分を味わいつつも、さっさとＮジャマーを装備して新ダンジョンへと向かう。
レベル50以上という制限があるだけあって、道中の敵のレベル設定も結構高めだったが、ほとんどエンカウントしないししたところで俺にとっては雑魚なので問題ない（ちなみに現在のファルクのレベルは80だ）。
ダンジョンの入り口にたどり着いて見ると、そのメルヘンチックな城を模した外装に俺は驚きを通り越して呆れた。そんな俺の後ろで。
「まぁ〜〜〜可愛らしいですわｖｖ」
「シンデレラ城みたい……」
「なかなかやるわね」
黄色い声とはいかないまでも嬉しさを含んだ声が聞こえる。
「……グリーンが基調か。色合いもかなり気を遣っているようだ。画像は相変わらず汚いがな」
そんな中真面目な声をもらしたのは羽柴だ。
「気を遣っているというのは、目に優しいという意味ですの？」
「いや……まぁそれもあるが。人を興奮させるようなどぎつい色は使っていないだろう？ かなり自然に見えるはずだ」
「確かに、全体的に調和していますね」
「――入るぞ」
後ろの会話を聞きながらも、俺は扉をクリックした。扉が開くようなエフェクトはなく、画面全体がブラックアウトしてから中のグラフィックが表示された。
中もちゃんと城のエントランスのようになっている。そしてその中央に、執事の格好をしたＮＰＣが立っていた。意外にも音はない。
ＮＰＣに近づいてクリックしてみる。
『ようこそ、選ばれし者の城へ。このダンジョンは10つの部屋で構成されており、１つの部屋に１つずつ質問が用意してございます。挑戦者の皆さんにはそれに回答していただき、その回答によってクリアかどうかをこちらで判定させていただきます。見事クリアした方にはレアアイテムを差し上げますので、ぜひ頑張って下さい。なお、正直に答えるのがクリアの秘訣でございます』
ＮＰＣの発言はチャットログには流れない。専用のウィンドウが出てそこに表示されるのだ。そして発言の最後には「ＯＫ」の文字。
それにカーソルを合わせてクリックすると、またブラックアウトして場所が移動した。内装はやはり、城の一室のようだ。
「！」
今度はゆったりとしたＢＧＭが流れてきた。眠くなりそうなピアノの曲だが、曲名は知らない。誰も口にしないところを見ると、きっとオリジナルの曲なのだろう。
部屋の中央にはやっぱりＮＰＣ。先程と同じキャラのようだ。
『それでは問１です。あなたは人の意見には左右されないタイプですか？』
クリックするとそう表示された。その下に、『はい』『いいえ』『わからない』の選択肢。
「あたしがＢＢＳから取った統計によると、『はい』と『いいえ』が同じくらい、『わからない』が３人いました。うち１人は全部『わからない』を選んだ人です」
隣で自分のパソコンの画面を見ながら、みなもが解説した。
「クリアルートではほぼ全員が『はい』を選択しています」
俺はそれに従って『はい』をクリックする。ブラックアウトで次の部屋へと進んだ。
「意志の強い方がいいということか」
羽柴が呟く。
次のＮＰＣは。
『続いて問２です。レモンをかじる瞬間をできるだけリアルに思い浮かべて下さい。唾が出てきましたか？』
この問いを見て、羽柴は「ははーん」と何かを悟ったようだ。
「これは『はい』だろう？」
「そうです。失敗した人でも７割の人が『はい』を選んでいます」
「想像力を試しているのかな？」
光月が挟んだ言葉に羽柴は頷く。
「そうだろう。訊き方もなかなか賢い。『唾を出せますか？』と訊かれれば出せなきゃ悪いようだから『はい』と答える者もいるだろうし、『唾が出てしまうか？』と訊かれれば出たら悪いようだから『いいえ』と答える者もいるだろう。この訊き方がいちばん正直な答えを引き出せる訊き方と言える」
「奥が深いですわね〜」
感心したような声で璃瑠花が告げたが、俺もまったく同じ思いだった。
（たった数行の言葉から）
そこまでのやりとりを見抜いてしまうのだ。
『はい』をクリックして、次に進む。
『続いて問３です。あなたはよく人の話を聞き返しますか？』
「これは『いいえ』が８割でしたが、クリアルートの人は大体『はい』を選んでいました」
「意味が２つにとれるな。ただ単に人の話を聞いていないことが多いのか、それとも何かに集中して聞き逃すことが多いのか。まぁ流れからすると、多分後者だろう」
再び『はい』をクリック。
『続いて問４です。あなたは騙されやすいですか？』
「これも『いいえ』が８割いました。クリアルートの人も『いいえ』が多いです」
「見栄を張って『いいえ』と答える奴も多そうだしな」
羽柴はそう笑ってから。
「実際は『自分は騙されない』って思ってる奴の方が断然騙されやすいのさ。これはおそらくそこをついた問いだろう」
『いいえ』を選択して、次の部屋へ。
『続いて問５です。あなたは器用ですか？』
「これは『はい』『いいえ』同数くらいですが、少し『はい』が多いですね。『わからない』も少しいますが、クリアルートの人は大体『はい』を選んでいます」
「深い意味はないのかもしれないが、手先の器用さは想像力にも多少の影響を及ぼすと言われている。それを考えると、２と同様の問いと言えるだろう」
『はい』をクリック。ここからは後半戦だ。
『続いて問６です。あなたは、他人から見た自分と自分が思っている自分との間にギャップを感じることがありますか？』
「これは意外にも『はい』が７割もいるんです。クリアルートの人は大体『いいえ』ですが、『はい』を選んだ少数の人はこれまでの問いの一部で逆を選んでいる人なんです」
「……一部とは？」
詳しきを求める羽柴の声に、みなもは自分のパソコンに映っている一覧をスクロールさせた。
「１と３と４、ですね」
それを聞いた羽柴は、何かを考えるように視線を動かして。
「なるほどな……。ギャップを感じる奴はそこでこれまでの回答が逆転するわけだ」
「どういうことだ？」
俺はマウスに手を乗せたまま問った。時間制限があるわけじゃないから急いで進む必要はない。
「つまり、ギャップを感じる奴のこれまでの回答は"自分が思っている自分"ということだろう？ でも実際は"他人から見た自分"の方が正しいことも多い。全部がそうだとは言い切れないがな」
「だから回答が逆転するのね。逆から見た自分の方が正しい可能性があるから」
つけたした光月に、羽柴は頷く。
「そういうこと」
これまで選択した人数の多いクリアルートで進んできた俺は、『いいえ』を選択した。次の部屋へ進む。
『続いて問７です。あなたはよく人と言い争いをしますか？』
「ここは、クリアルートは『はい』ですが、『いいえ』の人が７割もいます。実際にする人でも『いいえ』を選んでいる人が多そうですね」
「だねぇ。だが言い争うってことは、意見が対立してなおかつ、相手の意見を聞き入れられないってことだ。訊き方が違うだけで訊いていることは１とほぼ同じだな」
「ではつまり、失敗した方はここに原因があることが多い……ということですの？」
璃瑠花が投げかけた鋭い質問に、俺も気づく。
（そうだ……）
１に『はい』と答えた奴が半分。７に『いいえ』と答えた奴が７割。単純計算で35％の奴がこの２つの問いで外れたことになる。ただ６の問いで１の答えが逆転する奴もいるだろうから、もちろん一概には言えないが。
羽柴はおそらく当然それもわかっていて、軽く頷くと。
「どの程度切り捨てているのかは実際の採点表を見てみないとわからないが、可能性は大きいな」
「採点表？」
「ああ、単純に○×で判断するのではなく、選択した答えに対応する点数で計算して最終的な結果を出すという形だ」
「ああ、なるほど」
俺は納得した。つまり、これを選択すればクリアできない……といった基準ではなく、全体的に評価してクリアかどうか決めるということだ。だからクリアルートも多少ばらけているのだろう。
俺は『はい』を選んで、次に進んだ。
『続いて問８です。あなたは催眠術を信じますか？』
「これは『はい』『いいえ』が同数くらいですね。『わからない』は少数。クリアルートの人は大体『いいえ』です」
みなもの解説に、羽柴は鼻で笑った。
「これはまたストレートが質問だな」
「催眠術にかかりにくい人を捜しているんですの？」
「逆だ。４と同じでな。催眠術を信じていない者の方が実際はかかりやすい。それとこれまでの質問内容を総合しても、一般的に催眠や暗示にかかりやすいといわれるタイプの奴をクリアさせているようだ」
あと２問残して、羽柴は既に答えにたどり着いた。
「レベル50以上という制限にも、何度も試されないためという理由の他にちゃんとした理由も推測できる。いかに集中した状態でリラックスできるか、ということだ」
「集中とリラックスが催眠には必要ってことか？」
「そう。それが揃うと、人は無意識のうちに催眠と似た状態になるんだ。例えばパチンコをしている時や、ＣＭを見ている時。そしてゲームだってそうだ。特に単調なゲームならなおさら、な」
（なるほど）
初めてプレイする時ならいざ知らず、レベル50になるまでやりこんだゲームなら、誰も緊張してなんてやらないだろう。しかしこのゲームの性質上、耳への集中力だけは常に必須なのだ。
「新ダンジョン、ということで皆最初は緊張してここへやってくる。でもこのグラフィックやイベント内容に安心して、途端にリラックス。それでも日頃から鍛えられている耳への集中力は途切れないまま――疑似催眠状態？」
光月の考察に、羽柴が繋げる。
「そうして催眠術にかかりやすい者――被暗示性の高い者として選出されたら、その疑似催眠状態のまま暗示をかけられて、どれを選んだかの記憶が消される。結果、サーバの方に誰がクリアしたかというデータだけが残る」
「ちょっと待って下さい。Ｎファクトリーの目的は、音による感情操作なんですよね？ それがどうして、被暗示性？ の高い人を集めることに繋がるんですか？」
疑問を投げかけたのはみなもだ。
（催眠術と感情操作）
似ているようで違う？
「感情操作は暗示の一種と言えるからな。被暗示性が高い方が操作はしやすいのだと思う。彼らとてすべての人の感情が操作できるとは思っていないんだろ。前振りとして操作しやすい者で実験を重ねておこうと考えるのは、極自然なことかもしれない」
「じゃあまだ、実験は行われていない――？」
口に出してから、俺は振り返って羽柴を見上げた。皆の視線も自然と羽柴へ移る。羽柴は少し間を置いてから、肯定の意味をもって言葉を発した。
「……それも、時間の問題と言えるがな」
「！」
「既にこのテストを受けクリアしてしまった者がいる以上、これをなかったことにはできないだろう。妨害するなら、今後行われるだろう実験そのものしかない。そしてそのためには――」
「俺たちもこのテストをクリアしないと……か」
続けながら俺は、放置していた画面に戻って『いいえ』をクリックした。
（俺たちが実験の情報を確実に掴むためには）
俺たち自身が被験者になるのが早い。
画面は次の部屋へ進み、また同じグラフィック。
『続いて問９です。大・中・小。あなたが選ぶならどれですか？ 大なら「はい」、中なら「いいえ」、小なら「わからない」を選択して下さい』
「これは見事に三分しています。クリアルートの人も選んだものはバラバラです」
（そりゃそうだろ）
質問の真意がさっぱりわからないのだから。
自分の心に正直な者なら比較的大を選ぶことが多いのかもしれないが、小さな黒葛(つづら)を選んで成功したジジイの話もあるし、大小どっちが"いい"のかわからないなら中を選ぶのが無難ともいえる。
「どれを選んでも一緒ということなのでしょうか？」
璃瑠花が不安そうな声で問うと、羽柴も自信のない声で答えた。
「これは俺にもわからないな。考えれば考えるほど、答えの出ないタイプの問題だ」
「ふむ……」
（なら俺は、どれを選ぶべきだ？）
考えて、ふと思いたった。
「エドの奴はここで何を選んでる？」
隣のみなもに振ると、みなもは画面を少しスクロールさせて。
「エドさんは……『はい』ですね」
「はは。あいつらしいな」
「ちなみにこれまでの選択も、全部エドさんと同じです」
「ならこれでいいか」
応えながら、俺は『はい』をクリックした。
いよいよ最後の質問だ。
『これで最後の問10です。あなたは優柔不断ですか？』
「これは『いいえ』の人が少し多いです。ただクリアルートの人だけ見れば半々くらいですが」
「優柔不断……か。これも難しい問題だな。それがいい方に転ぶか悪い方に転ぶかは状況しだいだからな」
俺はまだみなものパソコン画面に表示されたままのエドの情報を覗いてみた。『いいえ』となっていたから、俺もそっちをクリックする。
するといつもと違って、画面がゆっくりと闇に包まれていき――次に訪れるだろう何かに俺たちは期待と覚悟を抱いた。
――しかし。
「あれ？」
表示されたのは、最初このダンジョンに入った時に表示されたエントランスのグラフィックだった。真ん中に立っているＮＰＣも同じだ。曲も、消えている。
「………………」
（ＮＰＣのセリフが違うのか？）
今度は不安も混じりながら、ＮＰＣをクリックすると。
『残念でした。あなたはクリアには至らなかったようです。今後はこのダンジョンに入ることはできません。またの機会にお会いしましょう』
その下に『ＯＫ』の文字。それ以外は選択することができない。
「クリアできなかった……？」
「どうして?! クリアルートとまったく同じように選んだのに……っ」
力ない指で『ＯＫ』をクリックする。これで俺のキャラは、もう二度とここへ入ることはできない。
「不思議ですわ……人数制限でもあるのでしょうか？」
「いや……違う。もしかしたら……」
璃瑠花の言葉にそう呟くと、羽柴は隣のパソコンの前に座って起動させた（もちろんみなもとは逆隣だ）。
俺と同じようにヘッドフォンの線を差込口から外し、音量のつまみを上げる。それを見て俺は自分の方の音量を下げた。
『ノイズ』を立ててログインした羽柴のキャラは、『Ｋ』という名前でレベル52。男キャラを使用していたが、この口調なら違和感はないだろう。
「Ｎジャマーを貸してもらえるか？」
「あ、ああ」
ダンジョンの前に放り出されていたファルクを、一度ログアウトさせてまた入る。センターへ戻ると、装備していたＮジャマーを外して床に置こうとした（トレード機能がないためだ）。が……
「……って、一緒に行った方が早いか」
「ああ、そうだな」
パーティーで戦えば殲滅速度も倍だ。俺はＮジャマーを装備し直して羽柴をパーティーに招き入れた。
さっきまでいた場所へ向かって、並んで走り出す。
「………………」
着くまでの間、皆無言だった。羽柴が何に気づいて何をしようとしているのか。興味はあっても訊きだす者はいない。
（実際に見た方が早い）
からかもしれない。
俺が１人で向かった時よりもさらに短い時間で到達した俺たちは、城の前に立っていた。試しに俺のキャラで扉をクリックしてみるが、やはりもう入れない。羽柴がクリックすると、パーティーが自動で解消されて羽柴のキャラだけ中に移動した。
その後羽柴は、俺が選択したのと同じように選択していき。ポイントとなっているらしい最後の２つの問いにも、同じように答えた。
すると――
『おめでとうございます！ 見事クリアされたあなたには素敵なアイテムをプレゼント致します』
羽柴の画面はまるで王の間のような豪華なグラフィックの部屋に移り、そんなウィンドウが開いた。
「あ！」
「やりましたねっ」
「どうして……？」
「………………」
皆の声には応えず、羽柴は無言でセリフの下の『ＯＫ』をクリックした。するとアイテム獲得音が流れて。
『このアイテムは今この場でしか使用できません。ダブルクリックでどうぞ』
羽柴が再び『ＯＫ』をクリックすると、自動でアイテムウィンドウが開いた。アイテムの画像は――なんと前回光月が藤堂から受け取った物にそっくりだった。何かのディスクのような……。羽柴がそのアイテムにカーソルをポイントすると。
『イベントクリア記念のスペシャルアイテム』
説明はそれだけだ。
「――いくぞ」
羽柴は皆を見回しながらそう告げ、皆は緊張した面持ちで頷く。もちろん俺もだ。
それを確認し、羽柴の指が素早く２回押された。
――静かだった。
画面は徐々に黒く染められていき、ワケのわからないスクリーンセイバーのような奇妙な動きを見せた。
（そう……）
まるであのネコ型ロボットのタイムマシンに乗っている時のような、映像。回っているわけでもないのに、じっと見ていると目が回りそうで……けれど何故か、目は離せない。とにかく不思議な映像だった。
（音は？）
ふと思って耳を澄ませるが、何も聴こえない。……と思ったのも束の間。
『クリアおめでとうございます』
ウィンドウが現れたのではない。女の声でそう流れた。
『いつもノイズで遊んで下さるあなたのために、特別なイベントを用意させていただきました』
少しずつ間を置いて、聞き取りやすいよう発言されている。
『画面をよく見て、耳を澄まして下さい。それであなたの日頃の疲れがとれるでしょう』
そこまで流れた後、羽柴は何故か音量を下げた。少しも聴こえないように。
「これ以上は、わかっていても聴かない方がいい。画面もあまり見るな」
きっぱりと言われて、誰も反論する者はいなかった。画面を見なくて済むように、皆初めにいた場所へと戻る。俺も自分のパソコンの画面に視線を戻した。
「……それで？ 戒那さんはどうしてクリアできたの？」
光月のその問いは、誰もが待っていた問いだった。羽柴は自分も画面を見ないよう顔を背けながら少し笑って。
「ラスト２つの質問の意味を考えてみたんだ。特に問９。どれを選んでも同じならその意味は？ ってな。俺も隼も『はい』を選んだが、実際には俺が選んだ『はい』と隼が選んだ『はい』は異なっているんだ」
「え？」
（同じ『はい』でも違う？）
言っている意味が、よくわからなかった。みなもも璃瑠花も首を傾げていたが。
「――あっ」
声をあげたのは光月。
「その次の問10の質問は優柔不断かどうか……もしかして、その答えが本当かどうか確認しているの？」
「?!」
「ご名答」
「確認ってことは……タイム計ってンのか？」
（本当に優柔不断かどうか）
調べるにはそれしかない。甲乙が明確にわからない状態で３つの中からどれかを選択させる。それに時間がかかっていれば、そいつは優柔不断ということになる。
羽柴は軽く頷いて。
「計っているのは、おそらく問９だけじゃないだろうがな。隼の場合はそれぞれの質問の解説を聞きながら答えていた。だから実際は考えていたわけじゃないが、答えるまでに時間がかかっていたんだ。それなのに『優柔不断か？』という問いにはノー。故意に嘘をついていると判断されても仕方ないだろう。だからクリアできなかったんだ。嘘をついて受けた心理テストなど露ほどの意味もないからな」
「なるほどです！ 戒那様は全部の質問に素早くお答えになっていたから、同じ答えでもクリアできたのですわね」
璃瑠花が納得の声をあげた。
（そうか……）
確かにこの心理テストには、回答者の嘘を見破ろうとする問いが積極的に盛りこまれていた。最後の２問がそのためだけに存在していてもおかしくはない。
（そこまで本気で）
奴らは被験者を求めているんだ。
「そうとわかれば、あたしたちもクリアしてしまいましょうか」
そう告げたみなもが、『ノイズ』を立ち上げようとした。それを羽柴が制す。
「ストップ。同じような時間帯に何人もクリア者が出たら、暗示が効いていないんじゃないかって疑われかねない」
「あ……」
確かにそうだ。
「じゃあクリアルートも変えた方がいいわね。わざと長く間を置いて、最後に『いいえ』を選んだり」
光月の言葉に、璃瑠花が手を上げた。
「ではわたくし、レベルが無事に50になりましたら『いいえ』のルートで挑戦いたしますわ」
続いてみなもも。
「あたしも『いいえ』のルートでやってみます。……明日辺り、かな」
２人の言葉に頷いて、光月も宣言した。
「私は『はい』のルートで。次ここ来た時にでも」
そんな３人を、俺は少し羨ましく思った。
（俺は失敗しちまったからなぁ……）
キャラデータは常にコピーを取ってある（もちろん勝手に）。しかしこのイベントのフラグは、きっと通常とは違う場所へ保存されるだろう。それだけ重要だからだ。
「……じゃあ、無事にクリアできた奴は、俺が立てた業務連絡スレッドに、任務完了とでも書きこんでおいてくれ」
そんな感情を隠して、俺は提案した。それに皆が頷く。
「――お、"洗脳"が終わったようだ」
羽柴の言葉に自分の画面を見ると、羽柴のキャラがずっと城の前から動いていない俺のキャラの隣に現れていた。
「くれぐれも、あの画面の時はヘッドフォン外して――画面もなるべく見ないようにな」
念を押す羽柴に、再び頷く皆。
「今日はこれで終わり……か？」
パソコン自体を落としながら、羽柴が確認するよう俺に問った。
（一応の目的は達成した）
俺が頷こうとした瞬間。
「あら……？」
璃瑠花がずっと抱きしめていたクマのぬいぐるみから、音が鳴り始めた。
（時計か？）
と思ったが、どうやらそうではないらしい。なんと璃瑠花はそのクマに向かって喋り始めたのだ。
「もしもし？ どうしましたの？」
（電話か?!）
「まぁ、本当ですの?! よかった……ではいずれ、ご連絡をいただけるかもしれないですわね」
「！」
相手の声は聞こえないが、どうやら無事に藤堂に名刺を渡せたらしい。
「ええ……ええ……本当によくやって下さいましたわ。協力して下さった皆さんには、改めて直接お礼に伺わせていただきます」
丁寧な言い回しでお礼を述べると、璃瑠花は「ではまた」と電話を切った。皆の期待を込めた視線が璃瑠花に注がれる。
「藤堂様に名刺を渡すことができたそうです。もしご連絡をいただけたら……わたくしも掲示板で皆さんを集めることにいたしますね」
（次こそ、きっと）
そんな思いをこめて、俺たちは頷いた。
（藤堂から話を聞けたからといって）
簡単に実験を阻止できるなどと思っているわけではもちろんない。ただ会っておかなければならない気がした。そうしなければ、先へ進めないような……。
「……じゃあ、帰ろうか」
沈黙を破って促した光月の声に、返事をするわけでもなく皆立ち上がった。すべてのパソコンは既に落とされている。あとは部屋から出て、光を落とせば――この部屋は、完全な闇となる。
（何事も、なかったかのように）
『ノイズ』もそうなればいいと考えながら、俺は空になった部屋の電気を消した。
（実験などない）
ただの『ゲーム』として、終えられればいいと。
――カチッ
店長から預かっていた鍵で、数日振りにこの部屋を鎖した。
（またこのドアを開ける時が）
本当の戦いの始まり。
そう思いながら――。
★
それから一週間。無事に全員がクリアできたようで、例のスレッドには「任務完了」の文字が並んでいた。
（……ん？）
全員、といっても３人のはずだが、何故かレスは１つ多い。よく見ると光月が２回書きこんでいるのだ。
（間違えたのか？）
でも光月なら、当然自分の書きこみを消す方法ぐらい知っているだろう。
不思議に思いながらも『ノイズ』を立ち上げると、ゲーム内でｌｉｒｖａからメールが届いていた。チャット同様メールも名前だけで送れるのだ。ただしメールの方は、相手がログインしていなくても送信できる。
『もう一度あそこへ行ってみるといい』
メールにはそれだけだったが、俺は直感した。
（まさか……?!）
あの日帰り際、光月に訊かれたのだ。キャラデータをコピーしていないかと。そして俺は、そのコピーのコピーを光月に渡した。
（無理だと思って）
渡したのだ。
急いであの城へと向かうと、戸惑いなく扉をクリックした。
――画面は、ブラックアウト、した。
「?!」
（マジ……かよ……）
心では動揺しながらも、手は確実に選択してゆく。あの時と同じモノを、あの時とは違うスピードで。
そしてあっさりと、到達した。
（――ｌｉｒｖａ？）
光月がｌｉｒｖａだから、できたのだろうか。"本物"だから？
ジャンク屋の俺では商売敵とは言えない。けれどｌｉｒｖａは、恐れるべき存在だった。
しかし。
（味方なら、サイコーじゃん）
そして俺も、自分のスレッドに書きこんだ。
Re:業務連絡 投稿者:ファルク 投稿日:200X.03.14 18:35
任務完了！
(了)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号/ ＰＣ名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0072 / 瀬水月・隼 / 男 / １５ /
高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / １８ /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女 / １１ / お嬢様・モデル】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / １３ / 中学生 】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / 395 / 大学助教授 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは＾＾ 伊塚和水です。
大変お待たせしてしまって申し訳ありません(>_<)
今回締め切りより遅れての納品となってしまいました。次回はこんなことの内容十分気をつけたいと思います。本当にすみませんでした_(_^_)_
さて、今回は前回にも増して長くなってしまいましたが……いかがでしたでしょうか。当然お気づきかと思いますがこの話はまだ続くようです。次はいよいよあの方が登場の気配？ よろしければまた遊んでやって下さいまし。
前回何となく登場させたエドが何故か準レギュラー並みに今回も登場しています(笑)。ファルクとエドのデュエル……一体どんな結果になるんだろうと想像するだけでもワクワクです。むしろ２人のデュエル中の恐ろしいチャットを……(笑)。
それではこの辺で。
申し込んで下さってありがとうございました＾＾
またのご参加お待ちしております_(._.)_
伊塚和水 拝
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