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<東京怪談ノベル(シングル)>


華語り
 連日連夜、テレビや新聞。女性週刊誌。全てのマスメディアを騒がせていた高校の生物教師が起こした猟奇殺人事件の報道も時間が経つと共に落ち着きを見せ始めた。
 北波 大吾(きたらみ だいご)は通りにある花屋で足を止めると、ウィンドウに飾られた中で1番安い花を買う。
 会計に持っていくと、レジを売っていた花屋の店員の男が営業スマイルを浮かべながら愛想良く大吾に話し掛ける。
「彼女へのプレゼントですか?それなら、プレゼントっぽくリボンを結びますよ」
「ちげぇよ!墓参り用だ、は・か・ま・い・り!!」
 そう言って怒ると店員は営業スマイルを少々引きつらせながら「申し訳ございません」と、一言だけ詫びて真っ白な包装紙に花を包み込んだ。
「まいどありがとうございましたー」
 店員の声を背に受けながら、大吾は花を竹刀を持った手とは反対の手に持ちながら目的の墓地まで歩いて行った。
 つい最近まで、この墓地は騒がしかった。せっかく、静かに眠っているのだから騒がしくするのは良くないのではないか。と思いながらも、何も言えなかった。報道される番組を見るたびに、何も出来ない自分が歯がゆかった。
 あの時の騒がしさが嘘のように静まり返った墓地は、本来の姿を取り戻しているようで、何故だか胸が安心した。
 墓地の近くにあったコンビニで線香を購入して、そのまま墓地の中へと足を踏み入れる。
 一種独特の雰囲気と時間が流れる中、大吾は少々迷いながらも目的の人の墓地へと辿り着いた。まだ真新しい墓石は、それだけ周りの人々の無念さを物語っているようで胸が痛んだ。
 大吾は竹刀入れを脇に置いておくと、買ってきたばかりの花を添えてから線香に火を付けて一緒に添える。
「来るのが遅くなっちまって悪ぃな」
 大吾はそう言うと手を合わせて真剣な顔で墓石の前に立つ。

『ありがとう』

 最後に聞いた声が耳に木霊して、大吾は辺りを見渡した。
 だが、最後に見た。最後に聞いた声は何処にも無く。耳に響いた声も、大吾の幻聴だったらしいという事が分かると苦笑を浮かべられずにはいられなかった。
「ありがとう・・・か」
 合わせていた手を解くと、竹刀入れを持ち墓石の前で顔を伏せた。
「俺は本当に何もしてないぜ・・・でも、本当に礼を言う気があるんならさ」
 そこでいったん言葉を区切ってから、大吾は墓石に背を向け顔だけ墓石へと向けた。
「直接、俺に言いに来いよな」
 笑って大吾は墓地を後にした。
 空を見上げれば水色の空にプカプカと音を立てて過ぎ去っていく雲の集団。時おり顔を覗かせる太陽の姿が柔らかな日差しを辺りに降りそそがせている。
 手を目の前に仰いで、大吾は空を見上げた。
「・・・はー、眠ぃ」
 そう言って今日は街にも寄らず、悪さもしず。そのまま家に帰ろうと、家路に足を向けた時だった。どこかで会ったかもしれない。少なくとも、向こうは大吾を知っているようで、大吾とすれ違いざまに顔を見た瞬間、素晴らしいほどの瞬発力で逃げ出した。
「すげぇな、おい」
 大吾はけけけと意地の悪い微笑を浮かべながら家へと帰っていた。
 
 墓地に添えた花が、そんな大吾の様子を少女の代わりにクスクスと風に揺られて微笑んでいた。