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サーチ・ノイズ！
□■オープニング■□
インターネットカフェ・ゴーストネットＯＦＦ。
そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その人気の秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。
新ダンジョン 投稿者:ヨーガ 投稿日:200X.03.03 18:11
昨日のメンテで追加されましたね。
行った方いますか？
行ったけど 投稿者:秋成 投稿日:200X.03.03 19:08
イベントダンジョンっぽかったよ。
何か心理テストみたいなのやらされて……運がいいとレアアイ
テム貰えるらしいけど。
１キャラでできるのが１回までで、どのルートでレアアイテム
貰えるのか調べるのは大変そう＾＾；
入れません 投稿者:きく 投稿日:200X.03.03 19:36
私が行ってみたら入れませんでした。
もしかしてレベル制限ありますか？
私は32なんですが……
あるっぽい 投稿者:秋成 投稿日:200X.03.03 20:13
50以上みたい。
多分、新アカで何度も試されないための処置だと思うけど……
そこまでする意味あるのかなぁ
□■視点⇒御影・璃瑠花(みかげ・るりか)■□
夕食を終えて寛いでいたわたくしの腕の中で、突然音が鳴り始めました。音――というのはもちろん、クマさんＰＨＳの着信メロディです。画面に表示されている番号を見て、わたくしはすぐに通話ボタンを押しました。
「――はい、璃瑠花です」
『こんばんは、璃瑠花ちゃん』
「こんばんはです、羽澄おねーさまっ」
声の主は、大好きな歌手・ｌｉｒｖａ(リルバ)でもある光月・羽澄(こうづき・はずみ)おねーさまです。
『今ちょっといいかしら？』
「ええ、構いませんわ。どうしましたの？」
『実は今、ゴーストネットにいるんだけど……』
おねーさまのその言葉で、ピンときたわたくしは言葉を挟みました。
「あら、もしかして新しいダンジョンのことですか？」
一昨日ゴーストネットへお邪魔した際に、『ノイズ攻略ＢＢＳ』で見た書きこみが気になっていたのです。
（ダンジョンに心理テストなんて……）
もしかしたら藤堂様の言っていた実験に、何か関係があるのかもしれない、と。そしてもしそうならば、羽澄おねーさまたちも必ず目をつけるはずでした。
わたくしのその予想は当たっていたらしく。
『ええ、そうなの。それで今、隼くんとみなもちゃんと一緒にいてね。協力して探りましょうということになったのよ』
瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)様と海原・みなも(うなばら・みなも)様は、前回一緒に幽霊の謎を解いたメンバーです。
（その方々が集まっているということは……）
やはり実験と関係があるのでしょう。
「もちろん、わたくしも協力させていただきますわ！」
わたくしは意気ごんで応えました。そして既に、わたくしの中ではある作戦を考えてあります。
『頼りになるわ、ありがとう』
そう笑う羽澄おねーさまの声に、わたくしはうまく返せませんでした。その作戦が、ちょっと言い出しにくいせいです。
「…………」
『……？ 璃瑠花ちゃん？』
無言を返したわたくしに、羽澄おねーさまは優しい声で呼びかけてくれました。その声に、告げる覚悟をつくります。
「おねーさま……ビックリしないで下さいね？」
『え？』
「わたくし、前々から考えていたんですの。わたくしの立場を利用して、Ｎファクトリーの皆さんの所にお邪魔できないかしらって」
『！』
「例えば『ノイズ』のＴＶゲーム化の話を持ち出して、掛け合ってみるとか……玩具会社ですもの、やり様はいくらでもありますわ」
『璃瑠花ちゃん……』
（そう）
わたくしは、一度『ノイズ』の制作現場へ行ってみたいと思っていたのです。そしてそのためには、わたくしの立場を利用するのがいちばん自然でいいのだと。
（でも……）
行くと言ったらきっと羽澄おねーさまに心配をかけてしまうと思って、これまで言い出せませんでした。けれど今、行くべき時が来たのです。このタイミングなら、羽澄おねーさまもきっとわかってくれると思いました。
「もちろん１人で行くつもりはありませんわ。会社役員の皆さんと――あと戒那様も、ご一緒できればと思っています」
『戒那さんも？』
羽柴・戒那(はしば・かいな)様は、大学で心理学を教えていらっしゃる助教授です。今回の新ダンジョンは心理テストということですから、戒那様がいらっしゃれば怖いものはありません。
羽澄おねーさまも同じように思ったのでしょう。
『そうね……私からも連絡を入れておくわ。本当は私も行きたいところだけど……私じゃ役員の振りをするには若すぎるものね』
そう言って笑いました。確かに羽澄おねーさまでは若すぎます。わたくしも少し笑ってから。
「早い方がいいですわよね。これから連絡を取って、明日行けるように手配したいと思います」
『わかったわ。……気をつけて行ってきてね』
それから二言三言交わして、わたくしたちは通話を終えました。
「――榊」
「はい」
すぐに現れた榊に、用事を頼みます。
「Ｎファクトリーの連絡先を調べて貰えないかしら？ わたくしはこちらの役員の方々に直接連絡をとってみます」
「かしこまりました」
榊はそう返事をすると、すぐにどこかへ消えていきます。それはいつものことなので、わたくしも気にせず自分の仕事を始めました。
（この時間では、会社はもう終わっていますわね……）
そう考えて、社長さんのお宅に直接電話をすることにしました。
幸い社長さんは在宅で、わたくしの話をよく聴いて下さいました。
（Ｎファクトリーは、音による感情操作を実現させようとしている）
わたくしは彼に限らず御影財閥の関係者を基本的に信頼しておりますから、そのことも包み隠さず彼に告げました。これまでのことも。
社長さんはそれを理解・信用して下さったうえで、今回のＮファクトリー訪問に協力して下さると言って下さいました。ただ現段階では、まだ他の役員には教えない方がいいのではないか、とも。
（と言いますのも）
一緒に連れて行くのに、演技が下手だったりしたらどうしても怪しくなってしまうからです。
わたくしはそれを了承して、他の役員の皆さんにはやはり、『ノイズ』ＴＶゲーム化を前提とした視察と交渉……という件で訪問するのだと告げることにしました。もちろんＮファクトリー側にもそう伝えます。
電話の途中で榊が帰ってきて、Ｎファクトリー代表の電話番号の書いたメモを手渡してくれました。わたくしはすぐにそれを社長さんに伝えます。
「できれば明日行きたいのですが……」
わたくしがそう告げると、社長さんは驚きながらも。
「わかりました。では早速交渉してみますね」
と言って下さいました。
（本当に、お優しく素晴らしい方です！）
それから訪問時間が決まりましたら連絡を下さいとお願いして、電話を切りました。これでおそらく明日、Ｎファクトリーへの訪問が実現するでしょう。社長さんはそれだけの手腕を持った方だからです。
「……ところで榊。Ｎファクトリーの連絡先、どこから入手しましたの？」
まだ傍に控えていた榊に、わたくしは問いかけました。自分で頼んでおいてですが、メールアドレスなどならともかく、電話番号という直接的なものがすぐに出てくるとは思わなかったからです。しかも090で始まる携帯電話の番号でした。
榊はいつもの優しい笑みを浮かべると。
「それは簡単なことですよ、璃瑠花様。ゴーストネットに問い合わせればいいのですから」
言われて気づきました。確かにＮファクトリーと提携しているゴーストネットなら、連絡先を知っていて当然です。
（それに……）
わたくしたちは正面から攻め入ろうとしているのです。つまりその元になる情報が正規ルートで手に入れたものであることが、一応の前提なのでした。
「どこから番号を知ったんだ？」
と訊かれて、答えられない様ではやっぱり怪しすぎます。
「さすがですわ、榊」
わたくしが満面の笑みで告げると、榊はとても嬉しそうな顔をしてくれました。わたくしは榊のこの顔が大好きです。サングラス越しでもその温かな雰囲気はしっかりと伝わってくるのです。
「――ところで璃瑠花様。羽柴様にはご連絡なさらなくてよろしいのですか？」
ふと告げられて、わたくしは思い出しました。
「ああ、そうでしたわ」
社長さんに無事お願いできただけで、満足している場合ではなかったのです。
わたくしがまたクマさんに向かって電話帳から検索していると、タイミングよく戒那様の方から電話がきました。きっと羽澄おねーさまの連絡の方が早かったのでしょう。
「はい、璃瑠花です」
『こんばんは、お姫さん。今羽澄から連絡があったんだが……訪問の段取りの方はどう？』
さすがは羽澄おねーさま。しっかりと説明して下さっていたらしく、わたくしが改めて説明をする必要はなさそうです。
「こんばんは、戒那様。今ちょうど、そちらに電話をしようとしていたところですわ。Ｎファクトリーの方へは、社長さんの方から連絡を取っていただけるよう先程お願いしましたの」
『そう。じゃあ実際に行く時間等決まったら改めて連絡貰えるかな？』
その言葉は、確実に同行する意思があることを示していました。わたくしは安心して、電話ですが大きく頷きます。
「はいっ、もちろんですわ」
そうしてとりあえず、意思確認の電話は終えました。
その後社長さんから「ＯＫが出た」という連絡が入り、向こうが指定してきた訪問時間を確認してから、戒那様にもお知らせいたしました。
（――いよいよ、ですわね）
高ぶる気持ちを抑えて眠りにつくのは、本当に至難のわざでした。
翌日。
Ｎファクトリー側が指定してきた時刻は午後１時以降ということでしたので、わたくしの学校が終わるのを待っていただいて、３時頃にそちらへ向かいました。
メンバーは、わたくしと社長さん、戒那様に、他本当の事情を知らない役員さんが３名です。あまり多くても不自然のような気がして、『ノイズ』に特に興味を持っている３人を連れて行くことにしました。
（わたくしとしては……）
『ノイズ』を本当にＴＶゲーム化できたら、それはとても嬉しいことですから。
昨日社長さんが電話で直接聞いたという住所を訪ねると、ビルでも何でもなく、普通のお宅のようでした。結構広そうな２階建ての一軒家です。
車から降りて、何となく建物の前に立ち尽くすわたくしたち。
「……そうえいば、Ｎファクトリーは会社ではなくただの"グループ"だと言っていたな」
思い出したように戒那様が呟きました。
（そうでしたわ）
会社ではないのですから、オフィスなどなくて当たり前なのかもしれません。
社長さんがチャイムを鳴らすと、インターフォンから声が聞こえてきます。
『――はい。どちら様ですか？』
「昨日お電話させていただきました……」
社長さんがそこまで告げたところで、声の主はせっかちなのかそれを遮りました。
『ああ、『ノイズ』をＴＶゲーム化したいって取材に来た人？』
その対応に、社長さんは一度こちらを見て肩を竦ませてから。
「そうです」
するとインターフォンを切る音がして、やがて中からドアの鍵を開ける音が聞こえました。男性が顔を出します。
「……どうぞ」
男性はわたくしを見て一瞬面を食らったような顔をしましたが、それだけ告げるとさっさと中へ戻っていってしまいました。わたくしたちも急いで中に入ります。
（何だかぶっきらぼうな方ですのね）
「お邪魔します」や「失礼します」といった言葉を飛び交わせながら、わたくしたちは男性のあとについていきました。家の中もまったく普通の民家のように見えます。こんな場所で本当に『ノイズ』が作られているのでしょうか？ わたくしは少し不安になりました。
男性は階段の前で足をとめると。
「作業場は２階です」
そう告げてどんどんと上がってゆきます。一列にならなくてはのぼれないほど細い階段でしたから、わたくしはもしかしたら２階はＮファクトリーのために増築したのではないかと思いました。
（――！ まぁ……）
２階に着いてみると、１階とはまったく違う空間にわたくしは驚きを隠せません。
「何だか……レコーディングスタジオみたいですわね」
広い部屋の壁には防音のためかたくさんのくぼみがありました。もちろん天井にも。その様子に、わたくしは前に一度羽澄おねーさまのレコーディングにお付き合いした時のことを思い出したのでした。
「確かに――そんな感じだ」
戒那様も呟きました。
部屋の中には様々に大きな機械が置かれていて。それに向かって作業をしている方や、中央のデスクでパソコンに向かって作業をしている方など、数人の方がここで仕事をしているようです。
「さて、自己紹介がまだでしたね。私が一応Ｎファクトリー代表の前嶋です」
「……一応？」
ピクリと眉を動かした戒那様に、前嶋様は笑って。
「場所を提供しているだけで、私がいちばんエライというわけではないのでね」
それから他のメンバーさんを見渡して、わたくしたちに紹介して下さいました。
「今現在のメンバーは８人です。えーっと……右回りに行くか。音系統担当の相沢・河上・坂下、プログラム担当の梨元・荻浦、グラフィック担当の矢渕、アドバイザーの滝田」
名前を呼ばれた方は小さく頭を下げて下さったので、誰のことなのか戸惑うということはありませんでした。
（それにしても……）
「『ノイズ』は確かに音に特化したゲームですけれど、今のバランスでも対応できているのですか？」
音が３人、プログラムが２人、グラフィックが１人。この前嶋様がどれを担当しているのかは伺っていませんが、ずいぶんと偏りがあるように感じました。
前嶋様は鼻で笑ってから。
「最初ゲームとして確立されるまでは、すべてのことを全員でやっていたんですよ。でも今はメインとなるプログラムもグラフィックも既にできているから……そこに力を注ぐ必要はないんです。むしろ我々は、音の質をもっと高めていきたい」
音に対するこだわりが感じられて、わたくしは少し哀しくなりました。
（そのこだわりを）
いい方へと導くことができればいいのに……。
「それで君は？ 私には小学生に見えるんですが？」
前嶋様にそう問われて、わたくしはわたくしたちもまだ自己紹介していないことに気づきました。
「これは失礼いたしました。わたくし、御影トイズの会長をしております、御影・璃瑠花と申します」
わたくしがそう告げると、前嶋様は大袈裟に笑って。
「会長さんでしたか。こりゃ一本取られましたね」
どうやら信じていないようです。
わたくしに続いて、社長さんたちもそれぞれ自己紹介をしました。戒那様ももちろん役員扱いです。
「今日は何を見せていただけるんですか？」
それが終わって戒那様が問うと、前嶋様は「うーん」と唸ってから。
「そうだな……新ダンジョン制作の状況やメンテくらいですね」
「あら……今日はメンテナンスの日ではありませんわよね？」
「『ノイズ』のメンテはログインできない時間が短くて済むように、書き換え方式ではなく上書き方式を採用しているんですよ。つまりメンテ当日以外の方が作業が多いんです」
わたくしの疑問に、前嶋様は的確に答えて下さいました。その様子は、とても不穏なことを考えているとは思えないのですが……。
わたくしたちは早速、新ダンジョンの制作から見せていただきました。次のダンジョンの構想はもう固まっている様で、それぞれのメンバーさんが既にそれに向けて制作を始めていました。わたくしが見る限りでは、不審なところはありません。
次に、現在のサーバの状況を整備するメンテナンスです。ユーザーから寄せられた不具合を修正するという役目もあります。
前嶋様のお話によれば、『ノイズ』には実はミラーサーバがあって、本サーバで起きていることは必ずミラーサーバでも起こるんだそうです。ですからミラーサーバで修正を加えたり、ダンジョンを追加したりしておけば、それを上書きするだけでメンテナンスが完了するそうです。
（どうりで『ノイズ』のメンテナンスが短いはずですわ）
両方見終わって、前嶋様はわたくしたちに椅子とお茶を出して下さいました。自分も持ってきた椅子に腰かけて、わたくしたちに話を振ってきます。
「それにしても、何故『ノイズ』のＴＶゲーム化なんか考えたんですか？」
それに答えるのは当然わたくしです。
「だってとても素晴らしいゲームなんですもの。ゴーストネットへ行かなければできないなんて勿体無いですわ」
すると前嶋様は少し嬉しそうに微笑みました。その様子が演技なのか、わたくしには判断できませんが。
「そう言っていただけてありがたいですが、あれはネットゲームだからこそ飽きないゲームですよ。飽きる前に音を変えますからね。ダンジョンもどんどん増えていきますし。でもＴＶゲームではずっと同じ音での戦闘のくり返し。ネットでのように長く遊べるゲームにはなり得ません」
それが正論でしたから、わたくしはそれ以上言えませんでした。
その隙を縫って、戒那様が口を開きます。
「１つ質問よろしいですか？」
「何でしょう？」
「こちらに以前、藤堂さんという方がいらっしゃいましたよね？」
（！）
一瞬。ほんの一瞬ですが、前嶋様の顔が凍ったように感じました。
「……ええ、奴は初期のメンバーでしたが、今行方不明になっているんです。我々も捜しているんですよ。――『ノイズ』の重要機密を持って逃げたものでね」
「?! ……それは、大変ですわね」
わたくしはとっさに、そんな言葉を選びました。真実を知らなければ、信じていたかもしれない嘘。
戒那様はまったく動じた様子もなく、次の質問を投げかけます。
「では前は９人だったのですか？」
「いえ、一度７人になりましたが、最近１人また入ったんですよ。それがアドバイザーの滝田です」
（アドバイザー……）
最初に聞いた時も気になっていましたが、改めて聞いてみるとやはり不自然です。
「あの、一体何をアドバイスなさっているのですか？」
「まぁアドバイスというか、アイディアを出す係りですよ。今回の心理テスト風ダンジョンを考えたのはあいつなんです」
言いながら、前嶋様は滝田様の方に視線を送りました。わたくしたちも、自然とそれを追います。現在滝田様はＮＰＣのセリフをチェックしているようでした。
「今お話させていただいても構いませんか？」
「……ええ、呼びましょう」
戒那様の要望に頷いて、前嶋様は滝田様をこちらへ呼びました。戒那様は滝田様に対し何か思うところがあるのか、握手を求めています。
（サイコメトリーをなさるおつもりですのね）
重ねられた２人の手を見つめて、わたくしはそれを悟りました。戒那様の顔は真剣そのものです。
それから戒那様は滝田様に２、３質問をすると、満足したのか前嶋様に告げました。
「最後に１つだけ聞かせて下さい」
「はい？」
不思議そうな顔で前嶋様が問い返します。すると戒那様は大胆にも。
「実は、Ｎファクトリーが感情操作の実験を行っているという噂があるのですが……」
そんなことを告げました。
「え?! 何ですかそれ」
前嶋様は心底驚いたように声を張り上げましたが、滝田様はピクリと眉を動かしただけでした。
「そんなこと、常識で考えたらありえないでしょう？ そんな噂信じないで下さいよ」
最初から常識の枠外にいる方が、常識を語る。それが何だかおかしくて、わたくしは笑いを堪えるので精一杯でした。
「――ええ、そうですね。では行きましょう、会長」
戒那様はそう答えると、わたくしにそう振りました。そうです、今はわたくしがいちばん偉いのです。
わたくしは頷いて。
「それでは前嶋様。今日は本当にありがとうございました」
丁寧にお礼を言って、わたくしたちのＮファクトリー訪問は終わりました。
その夜――
羽澄おねーさまから藤堂様の大体の居場所を掴んだというお電話をいただいて、今度こそわたくしは役員の皆さんにすべてを明かしました。裏にわたくしのＰＨＳの番号が書いてある名刺を皆さんに配って、藤堂様を見つけたら渡すようにお願いしました。
明日皆さんと集まるのは夕方です。それまでに何とか見つかることを信じて……。
★
"挑戦"の日。
直前に羽澄おねーさま・戒那様のお二方と落ち合って、３人で例の部屋へと向かいました。部屋には既に隼様とみなも様がいらっしゃっていて、わたくしたちを迎えます。
皆それぞれに挨拶をしてから、羽澄おねーさまが２人に戒那様を紹介しました。
「大学で心理学を教えている、羽柴・戒那さんよ」
「よろしく」
小さく頭を下げた戒那様に、訝しげな顔をした隼様が尋ねます。
「教えてるってことは、教授か助教授ってことか？」
確かに戒那様は、一見してそのような職の方には見えません。わたくしはその隼様の気持ちがわかるので、失礼ながら心の中で笑ってしまいました。
当の戒那様もにやりと笑って。
「ああ、助教授だ。こんな格好をしているがな」
考えていたことを悟られたと感じたのでしょう、隼様は決まり悪そうに目をそらしました。その様子を見て戒那様はまた「クスリ」と笑い、羽澄おねーさまに視線を移します。
「――さぁ、それじゃあまず報告から始めましょ」
羽澄おねーさまは全員が着席したのを確認してから、促しました。並んで座っている隼様とみなも様の向かいに、わたくしたちも並んで座っています。
「ではわたくしから報告いたしますわ」
わたくしはそう告げると、皆さんが声を聴き取りやすいようにと立ち上がりました。
「わたくしは戒那様と、Ｎファクトリーの作業場へ行ってまいりましたの。『ノイズ』の開発作業やメンテナンスの様子を見せていただきましたわ」
「へぇ！ マジで行ったのか。どうだった？」
感心した声を発した隼様に、わたくしは答えます。
「そうですわね……やっぱり音に関する機材がやけに多かったように思います。会社ではありませんので、グループ代表の方のおうちで作業されているのですが、まるでレコーディングスタジオのようでしたわ」
「メンバーから情報は取れたの？ 確か８人だったわよね。藤堂氏が抜けた後にまた１人増えたとか」
「それについては俺から」
羽澄おねーさまの問いに答えたのは、戒那様でした。
「感情操作のことに関しては、さすがに口を割らなかった。逆に、藤堂氏のことに関しては『我々も捜している』と言っていた」
「あら……存在を認めたんですか？」
みなも様がそう不思議そうな声を出しましたが、わたくしもあっさりと藤堂様の存在を認めたＮファクトリーの皆さんを不思議に思っていました。
（だって……）
知られたくなければ、シラを切り通せばいいのですから。
それに戒那様は頷いて。
「『ノイズ』の重要機密を持って逃げたから捜している、と言っていたがな」
「何だそりゃ」
隼様が呆れた声を出しました。
藤堂様の口から真実を聞いているわたくしたちにとってみれば、それはあまりにもお粗末な嘘です。
「それで、問題なのは藤堂氏の代わりに入った新メンバーの奴のことだ。今回の"お遊びダンジョン"を手がけたのはそいつだっていうから気になってな。サイコメトリーしてみたんだが……」
「サイコメトリー?!」
続けた戒那様の言葉に、隼様が驚きの声をもらしました。わたくしは以前から知っていますから今さら驚くことはなかったのですが、隼様の反応が普通の反応でしょう。
それでも戒那様は驚かれ慣れているのか、怒ったふうもなくむしろ少し寂しそうに笑うと。
「ああ……だからこそ、この道を選んだのかもしれないがな」
そう呟いてから、表情を元に戻しました。
「そいつ、心理学界から追放された心理士だった。つまりあの心理テストはある程度本格的、ということになる」
「追放？ そんなことってあるんですか？」
「一体何やらかしたんだ」
疑問を口にしたみなも様と隼様に、戒那様は腕組みをして答えます。
「心理学というのは、難しい世界なのさ。興味のある奴はたくさんいるが、これだけは言える。『専門家じゃないなら、知らない方がいい』。一般の生活においては、絶対に知らない方がいい知識だってあるんだ。心理学には特にそれが多い。そしてもしそれを知ってしまっても、絶対に使ってはならない。鵜呑みにしてはならない」
「………………」
「何故？」という疑問は、誰の口からも出てきませんでした。それが強い言葉のせいなのかその表情のせいなのか、わたくしにはとてもわかりませんけれど。
戒那様はため息を１つ吐いて、続けます。
「その男――滝田というのだが、滝田はそれを破った。ＴＶ番組でバウムテストについて事細かに解説をしたらしい。だが『絶対に鵜呑みにするな』などは、一切言わなかった。むしろやってみろとまで言ったそうだ。それが心理学界ではかなりの大問題になってな。滝田は追放された。そんな奴がいることは話に聞いて知っていたが、まさかこうして会うことになるとはな」
「バウムテストっていうと、描いた木から深層心理を探るというやつよね？」
「ああ。――必要でない限りは、やる意味のないテストだ。やっても却って傷つくだけだからな」
羽澄おねーさまの問いに、戒那様はそんなふうに答えました。きっとそれで傷ついた人々をたくさん見てきたのでしょう。
「そんなワケだから、心理テストのことに関してはアドバイスさせてくれ。それで何とかなるとは思う」
「ああ、頼む」
「お願いします」
頷いた隼様に続いて、みなも様も頭を下げました。
「じゃあ次は私からね」
そう言って羽澄おねーさまが立ち上がると、皆の視線はおねーさまに移動しました。
「ネットの情報からじゃ、さすがに正確な居場所まではわからなかったわ。だって誰かがその情報を流さなければ、捕まえられるはずがないんだもの」
「正確な居場所はわからなかったってことは、大体の居場所はわかったのか？」
遠回しな羽澄おねーさまの言い方に、隼様が問いかけます。それにおねーさまはにやりと笑って。
「ええ。藤堂氏はＮファクトリーにいた頃からフリーメールを使っているの。調べてみたらメールだけはしっかりチェックしているようだったわ。つまり、どこの場所からアクセスしているのか調べれば、ある程度は絞りこめる」
「フリーメールじゃ直接本人の情報は探れなくとも、居場所はわかるというわけか」
戒那様の言葉に頷いてから、羽澄おねーさまはわたくしに視線を移しました。その意味を、わたくしはもちろん知っています。
「だから私はそのアドレスにメールを送った。これまでのこと、この心理テストのことを書いてね」
わたくしはその後に続けて。
「そしてわたくしが、うちの会社の社長や役員の皆さんにお願いして、藤堂様を捜していただいているのです。見つけたら、わたくしの名刺をお渡しするように言ってありますの」
「そうか……大体の場所がわかっているなら、確かにリアルで捜した方が早いな」
隼様が納得の言葉を告げました。
（そうなのです）
ネットの情報量は、確かに多いのです。ですがリアルは、当然それよりも多いはずです。だってリアルの出来事が、ネットの情報へと変換されているのですから。
「でも……名刺を無事に渡せたとして、藤堂さんは連絡を下さるんでしょうか？」
不安そうな声で問ったみなも様に、羽澄おねーさまは苦笑して答えます。
「それは一種の賭けね。一応メールには、『近々あなたのもとに届く名刺は私にも繋がります』って書いておいたけど」
「藤堂氏が本当に『ノイズ』を愛しているなら――連絡せずにはいられないと思うがな」
続いた戒那様の言葉。
（信じるしか、ありませんわね）
藤堂様がわたくしたちと同じ想いでいるのだと。信じて待つしかないのです。
「……じゃあ、次は俺たちの番だな。いよいよ挑戦だ」
口を開いた隼様に、皆が視線を寄せました。
（待つ間に、少しでも先へ進もう）
誰の瞳にも、そんな想いが見えました。
「俺とみなもはこのダンジョンのことを調べていて、ある結論に達した。それは、クリアした奴はいるが、した奴は記憶を曖昧にされている、という仮説だ」
「まぁ！ それでクリアした方の書きこみがないんですの？」
驚いてわたくしは、声をあげました。あのダンジョンが出てから、まだクリアしたという情報を誰からも聞いたことがないからです。そしてその理由が、明らかになっていたから。
「そうなんです。クリアした方は自分がクリアしたことに気づいていないようなんです」
答えたみなも様に、羽澄おねーさまが鋭い質問を投げかけます。
「じゃあどうして、クリアしたということがわかるの？」
それには隼様が答えました。
「質問はたった10問しかない。だが自分が何を選んだのか憶えていないと言うんだ。明らかに不自然じゃねェか。だがそれはクリアしたせいだと考えれば説明がつく。そう思って調べてみたらな、案の定記憶が曖昧な奴は選択が似通っていたんだ」
「！ じゃあ既に、クリアルートはわかっているのね？」
思った以上に、こちらも収穫があったようです。
隼様は肯定の意味をこめて、戒那様に視線を振ります。
「それが何を探ってンか、知るためにはあんたの協力が必要みてェだけどな」
「ＯＫ。早速やってみよう。誰のキャラでやるんだ？」
例のダンジョンはパーティーで行っても入り口で自動解散されてしまうらしいのです。１人ずつなら同時に行うことも可能ですが、それではクリアできなかった場合に全員が同じ運命をたどってしまいます。それよりならば、１人ずつ順番にやった方が安全なのでした。
（それに……）
「あ、わたくしのキャラ、まだ50前ですの。もし必要になりましたら、すぐにレベルを上げますわ。あともう少しですから♪」
もっと色んな音が聴きたいとレベルを上げていたわたくしですが、まだ50には届いていませんでした。
「もう50近くか？ ずいぶん早いな」
隼様はそう感心して下さってから。
「まぁ、とりあえず俺のキャラでいいさ。失敗したところで入れなくなるだけだしな」
そう告げるとすぐに、『ノイズ』を立ち上げます（画面を見なくてもログイン画面の音でわかるのです）。こちら側にいたわたくしたちは、その画面を見るために隼様の後ろへ移動しました。
「……ああ、それと、音だ」
「音？」
隼様が唐突に口にした言葉に、わたくしたち３人は声を合わせました。隼様はヘッドフォンの差込口から線を外して、音がスピーカーから流れるようにしています。そして音量を高めに設定しました。
「もしかしたら、音が何か関係しているかもしれないんです。だから音も皆で聴いた方が」
代わりに解説したみなも様に、羽澄おねーさまは「なるほどね」と納得の声をもらしました。
「目的は音による感情操作、だったな」
思い出したように戒那様も呟きます。
「じゃあ入るぞ」
告げた隼様の言葉に、わたくしたちは一度画面から目をそらしました。たとえまったく悪用する気がなくとも、他人のアカウントやパスワードを見ることはマナー上良くないのです。わたくしもちゃんとそれを知っていました。
キャラ登場エフェクトの音が聴こえて、わたくしたちはそれぞれ画面に目を戻しました。
隼様のキャラ・ファルクがセンターにぽつんと立っています。隼様はいつものようにＮジャマーを装備すると、颯爽と新ダンジョンへ向かって走り出しました。
レベル50以上という制限があるだけあって、道中の敵のレベル設定も結構高めで新鮮でしたが。アイテムのおかげでほとんどエンカウントしないうえ、したところで隼様にとっては弱い敵といえますから、次々に倒してしまいます（ちなみに現在のファルク様のレベルは80……凄いです！）。
そんなわけですから、大した時間もかからずにたどり着いたダンジョンの外装は。
「まぁ〜〜〜可愛らしいですわｖｖ」
「シンデレラ城みたい……」
「なかなかやるわね」
意外にも、思わず声をもらしてしまうほど可愛らしいデザインのお城でした。
「……グリーンが基調か。色合いもかなり気を遣っているようだ。画像は相変わらず汚いがな」
呟いた戒那様の言葉が、少し気になります。
「気を遣っているというのは、目に優しいという意味ですの？」
「いや……まぁそれもあるが。人を興奮させるようなどぎつい色は使っていないだろう？ かなり自然に見えるはずだ」
言われてみれば、お城といってもゴテゴテ飾り立てているような感じではありません。
「確かに、全体的に調和していますね」
みなも様が納得の声を投げました。
「――入るぞ」
わたくしたちの会話が途切れたところで、隼様は城の扉をクリックしました。扉が開くようなエフェクトはなく、画面全体がブラックアウトしてから中のグラフィックが表示されます。
中もちゃんとお城のエントランスのようになっています。そしてその中央に、執事の格好をしたＮＰＣが立っていました。榊よりはずっとお年寄りな感じの執事です。意外にも、音はありません。
隼様はＮＰＣに近づいてクリックします。
『ようこそ、選ばれし者の城へ。このダンジョンは10つの部屋で構成されており、１つの部屋に１つずつ質問が用意してございます。挑戦者の皆さんにはそれに回答していただき、その回答によってクリアかどうかをこちらで判定させていただきます。見事クリアした方にはレアアイテムを差し上げますので、ぜひ頑張って下さい。なお、正直に答えるのがクリアの秘訣でございます』
ＮＰＣの発言はチャットログには流れません。専用のウィンドウが出てそこに表示されるのです。そして発言の最後には「ＯＫ」の文字。
隼様がそれにカーソルを合わせてクリックすると、またブラックアウトして場所が移動しました。内装はやはり、城の一室のようです。
「！」
今度はゆったりとしたＢＧＭが流れてきました。眠くなりそうなピアノの曲ですが、曲名はわかりません。きっとオリジナルの曲なのでしょう。
部屋の中央にはやっぱりＮＰＣ。先程と同じ執事キャラのようです。
『それでは問１です。あなたは人の意見には左右されないタイプですか？』
クリックするとそう表示されました。その下に、『はい』『いいえ』『わからない』の選択肢。
「あたしがＢＢＳから取った統計によると、『はい』と『いいえ』が同じくらい、『わからない』が３人いました。うち１人は全部『わからない』を選んだ人です」
隼様の隣に座っているみなも様が、自分のパソコン画面を見ながら解説しました。
「クリアルートではほぼ全員が『はい』を選択しています」
隼様はそれに従って『はい』をクリックします。ブラックアウトで次の部屋へと進みました。
「意志の強い方がいいということか」
戒那様が呟きます。
次のＮＰＣは。
『続いて問２です。レモンをかじる瞬間をできるだけリアルに思い浮かべて下さい。唾が出てきましたか？』
この問いを見て、戒那様は「ははーん」と何かを悟ったようでした。
「これは『はい』だろう？」
「そうです。失敗した人でも７割の人が『はい』を選んでいます」
それはどうやら当たっているようです。
「想像力を試しているのかな？」
羽澄おねーさまが挟んだ言葉に戒那様は頷いて。
「そうだろう。訊き方もなかなか賢い。『唾を出せますか？』と訊かれれば出せなきゃ悪いようだから『はい』と答える者もいるだろうし、『唾が出てしまうか？』と訊かれれば出たら悪いようだから『いいえ』と答える者もいるだろう。この訊き方がいちばん正直な答えを引き出せる訊き方と言える」
「奥が深いですわね〜」
わたくしはつい、感心の声をあげてしまいました。こんなに短い文章からも、それだけたくさんの情報を得ることができるのですから。
隼様は『はい』をクリックして、次に進みました。
『続いて問３です。あなたはよく人の話を聞き返しますか？』
「これは『いいえ』が８割でしたが、クリアルートの人は大体『はい』を選んでいました」
「意味が２つにとれるな。ただ単に人の話を聞いていないことが多いのか、それとも何かに集中して聞き逃すことが多いのか。まぁ流れからすると、多分後者だろう」
再び『はい』をクリック。
『続いて問４です。あなたは騙されやすいですか？』
「これも『いいえ』が８割いました。クリアルートの人も『いいえ』が多いです」
「見栄を張って『いいえ』と答える奴も多そうだしな」
戒那様はそう笑ってから。
「実際は『自分は騙されない』って思ってる奴の方が断然騙されやすいのさ。これはおそらくそこをついた問いだろう」
『いいえ』を選択して、次の部屋へ。
『続いて問５です。あなたは器用ですか？』
「これは『はい』『いいえ』同数くらいですが、少し『はい』が多いですね。『わからない』も少しいますが、クリアルートの人は大体『はい』を選んでいます」
「深い意味はないのかもしれないが、手先の器用さは想像力にも多少の影響を及ぼすと言われている。それを考えると、２と同様の問いと言えるだろう」
『はい』をクリック。ここからは後半戦です。
『続いて問６です。あなたは、他人から見た自分と自分が思っている自分との間にギャップを感じることがありますか？』
「これは意外にも『はい』が７割もいるんです。クリアルートの人は大体『いいえ』ですが、『はい』を選んだ少数の人はこれまでの問いの一部で逆を選んでいる人なんです」
「……一部とは？」
詳しく問われて、みなも様はマウスを操作します。
「１と３と４、ですね」
それを聞いた戒那様は、何かを考えるように視線を動かしました。
「なるほどな……。ギャップを感じる奴はそこでこれまでの回答が逆転するわけだ」
「どういうことだ？」
隼様はマウスに手を乗せたまま問いました。時間制限があるわけではないので、急いで進む必要はありません。
「つまり、ギャップを感じる奴のこれまでの回答は"自分が思っている自分"ということだろう？ でも実際は"他人から見た自分"の方が正しいことも多い。全部がそうだとは言い切れないがな」
「だから回答が逆転するのね。逆から見た自分の方が正しい可能性があるから」
つけたした羽澄おねーさまに、戒那様は頷きます。
「そういうこと」
これまで選択した人数の多いクリアルートで進んできた隼様は、『いいえ』を選択しました。次の部屋へ進みます。
『続いて問７です。あなたはよく人と言い争いをしますか？』
「ここは、クリアルートは『はい』ですが、『いいえ』の人が７割もいます。実際にする人でも『いいえ』を選んでいる人が多そうですね」
「だねぇ。だが言い争うってことは、意見が対立してなおかつ、相手の意見を聞き入れられないってことだ。訊き方が違うだけで訊いていることは１とほぼ同じだな」
（同じ質問なのに）
答えた人の数は全然違う？
それは回答者側の矛盾を表していました。
「ではつまり、失敗した方はここに原因があることが多い……ということですの？」
わたくしはそれを口にします。
１に『はい』と答えた方が半分で、７に『いいえ』と答えた方が７割ならば。単純計算でいけば35％の方がこの２つの問いで外れたことになるのです。ただ戒那様によれば、６の問いで１の答えが逆転する方もいるでしょうから……もちろん一概には言えませんけれど。
戒那様は軽く頷くと。
「どの程度切り捨てているのかは実際の採点表を見てみないとわからないが、可能性は大きいな」
「採点表？」
「ああ、単純に○×で判断するのではなく、選択した答えに対応する点数で計算して最終的な結果を出すという形だ」
「ああ、なるほど」
隼様が納得した声を出しました。
（なるほどですわ）
わたくしも納得します。
つまり、これを選択すればクリアできない……といった基準ではなく、全体的に評価してクリアかどうか決めるということなのでしょう。だからクリアルートが多少ばらけていても、おかしくはないのです。
隼様は『はい』を選んで、次に進みました。
『続いて問８です。あなたは催眠術を信じますか？』
「これは『はい』『いいえ』が同数くらいですね。『わからない』は少数。クリアルートの人は大体『いいえ』です」
みなも様の解説に、戒那様は鼻で笑います。
「これはまたストレートが質問だな」
「催眠術にかかりにくい人を捜しているんですの？」
「逆だ。４と同じでな。催眠術を信じていない者の方が実際はかかりやすい。それとこれまでの質問内容を総合しても、一般的に催眠や暗示にかかりやすいといわれるタイプの奴をクリアさせているようだ」
あと２問残して、戒那様は既に答えにたどり着いてしまいました。
「レベル50以上という制限にも、何度も試されないためという理由の他にちゃんとした理由も推測できる。いかに集中した状態でリラックスできるか、ということだ」
「集中とリラックスが催眠には必要ってことか？」
「そう。それが揃うと、人は無意識のうちに催眠と似た状態になるんだ。例えばパチンコをしている時や、ＣＭを見ている時。そしてゲームだってそうだ。特に単調なゲームならなおさら、な」
（そうですわ……）
『ノイズ』は決して単調なゲームというわけではありません。ですが、レベル50にまでやりこんでしまったら、すっかり慣れてリラックスしているでしょう。でもこのゲームの性質上、耳への集中力だけは常に必須で。
「新ダンジョン、ということで皆最初は緊張してここへやってくる。でもこのグラフィックやイベント内容に安心して、途端にリラックス。それでも日頃から鍛えられている耳への集中力は途切れないまま――疑似催眠状態？」
羽澄おねーさまの考察に、戒那様が繋げます。
「そうして催眠術にかかりやすい者――被暗示性の高い者として選出されたら、その疑似催眠状態のまま暗示をかけられて、どれを選んだかの記憶が消される。結果、サーバの方に誰がクリアしたかというデータだけが残る」
「ちょっと待って下さい。Ｎファクトリーの目的は、音による感情操作なんですよね？ それがどうして、被暗示性？ の高い人を集めることに繋がるんですか？」
みなも様が問いかけました。
（催眠術と感情操作）
その関連性は？
「感情操作は暗示の一種と言えるからな。被暗示性が高い方が操作はしやすいのだと思う。彼らとてすべての人の感情が操作できるとは思っていないんだろ。前振りとして操作しやすい者で実験を重ねておこうと考えるのは、極自然なことかもしれない」
「じゃあまだ、実験は行われていない――？」
口に出してから、隼様は振り返って戒那様を見上げました。わたくしたちの視線も自然と戒那様へ移ります。戒那様は少し間を置いてから、肯定の意味をもって言葉を発しました。
「……それも、時間の問題と言えるがな」
「！」
「既にこのテストを受けクリアしてしまった者がいる以上、これをなかったことにはできないだろう。妨害するなら、今後行われるだろう実験そのものしかない。そしてそのためには――」
「俺たちもこのテストをクリアしないと……か」
続けながら隼様は、放り出されていた『いいえ』をクリックしました。
（そうなのです）
わたくしたちが実験の情報を確実に掴むためには、わたくしたち自身が被験者になるのが早いのです。
画面は次の部屋へ進み、また同じグラフィック。
『続いて問９です。大・中・小。あなたが選ぶならどれですか？ 大なら「はい」、中なら「いいえ」、小なら「わからない」を選択して下さい』
「これは見事に三分しています。クリアルートの人も選んだものはバラバラです」
（意味のわからない質問ですわね）
どれがいいのか、どれを選ぶべきなのか。深読みするほど深みにはまっていくような。
「どれを選んでも一緒ということなのでしょうか？」
（ここでもし間違えてしまったら……）
わたくしがそんな不安な思いを抱いて問うと、戒那様も自信のない声で答えました。
「これは俺にもわからないな。考えれば考えるほど、答えの出ないタイプの問題だ」
「ふむ……」
隼様は呟くと、ふと隣のみなも様を見ました。
「エドの奴はここで何を選んでる？」
（エド？）
知り合いかな？
みなも様は知っているようで、問い返すわけでもなくマウスを操っています。
「エドさんは……『はい』ですね」
「はは。あいつらしいな」
「ちなみにこれまでの選択も、全部エドさんと同じです」
「ならこれでいいか」
応えながら、隼様は『はい』をクリックしました。
いよいよ最後の質問です。
『これで最後の問10です。あなたは優柔不断ですか？』
「これは『いいえ』の人が少し多いです。ただクリアルートの人だけ見れば半々くらいですが」
「優柔不断……か。これも難しい問題だな。それがいい方に転ぶか悪い方に転ぶかは状況しだいだからな」
隼様はみなも様のパソコン画面を覗きこむと、まだ表示されたままのエド様の情報と同じ『いいえ』を選択しました。
するといつもと違って、画面がゆっくりと闇に包まれていき――次に訪れるだろう何かにわたくしたちは期待と覚悟を抱きました。
――ですが。
「あれ？」
表示されたのは、最初このダンジョンに入った時に表示されたエントランスのグラフィックでした。真ん中に立っているＮＰＣも同じです。曲も、消えています。
「………………」
（え……？）
戸惑いを隠せない手で、隼様はＮＰＣをクリックしました。
『残念でした。あなたはクリアには至らなかったようです。今後はこのダンジョンに入ることはできません。またの機会にお会いしましょう』
その下に『ＯＫ』の文字。それ以外は選択することができないようです。
「クリアできなかった……？」
「どうして?! クリアルートとまったく同じように選んだのに……っ」
力ない指で、隼様は『ＯＫ』をクリックします。これでもう、ファルク様はここへ入ることができないのです。
「不思議ですわ……人数制限でもあるのでしょうか？」
「いや……違う。もしかしたら……」
わたくしの言葉にそう呟くと、戒那様は隼様の隣（みなも様とは逆隣です）のパソコンの前に座って起動させました。わたくしと羽澄おねーさまとみなも様は、その後ろに移動します。
戒那様は隼様と同じように、ヘッドフォンの線を差込口から外し音量のつまみを上げました。それを見て隼様は自分の方の音量を下げます。
『ノイズ』を立ててログインした戒那様のキャラは、『Ｋ』という名前でレベル52。男性キャラを使用していましたが、戒那様の口調ならばこちらの方が似合っているかもしれません。
「Ｎジャマーを貸してもらえるか？」
「あ、ああ」
隼様はダンジョンの前に放り出されていたキャラを、一度ログアウトさせてすぐまた入りました。そうしてセンターへ戻ってから、装備していたＮジャマーを外します。
「……って、一緒に行った方が早いか」
それを戒那様のキャラに渡す前に、戒那様自身が呟きました。隼様も頷きます。
「ああ、そうだな」
パーティーで戦えば殲滅速度も倍です。隼様はＮジャマーを装備し直して、戒那様をパーティーに招き入れました。
同じ場所へ向かって、並んで走り出します。
「………………」
着くまでの間、皆無言でした。戒那様が何に気づいて何をしようとしているのか。興味はあっても訊きだす方はいません。
（実際に見た方が早い）
からかもしれないです。
隼様が１人で向かった時よりもさらに短い時間で到達した２人は、お城の前に立っていました。試しに隼様が自分のキャラで扉をクリックをしているようですが、やはり入れません。戒那様がクリックすると、パーティーが自動で解消されて戒那様のキャラだけ中に移動しました。
その後戒那様は、隼様が選択したのと同じように選択していき。ポイントとなっているらしい最後の２つの問いにも、同じように答えました。
すると――
『おめでとうございます！ 見事クリアされたあなたには素敵なアイテムをプレゼント致します』
戒那様の画面はまるで王の間のような豪華なグラフィックの部屋に移り、そんなウィンドウが開いたのです。
「あ！」
「やりましたねっ」
「どうして……？」
「………………」
皆の声には応えず、戒那様は無言でセリフの下の『ＯＫ』をクリックしました。するとアイテム獲得音が流れて。
『このアイテムは今この場でしか使用できません。ダブルクリックでどうぞ』
戒那様が再び『ＯＫ』をクリックすると、自動でアイテムウィンドウが開きました。アイテムの画像は――なんと前回羽澄おねーさまが藤堂様から受け取った物にそっくりです。何かのディスクのような……。戒那様がそのアイテムにカーソルをポイントすると。
『イベントクリア記念のスペシャルアイテム』
説明はそれだけでした。
「――いくぞ」
戒那様は皆を見回しながらそう告げ、皆は緊張した面持ちで頷きます。もちろんわたくしもです。
それを確認し、戒那様の指が素早く２回押されました。
――静かでした。
画面は徐々に黒く染められていき、意味不明なスクリーンセイバーのような奇妙な動きを見せたのです。
（そう……）
まるで空間の歪みのような、捉えどころのない映像。回っているわけでもないのに、じっと見ていると目が回りそうで……けれど何故か、目は離せなくて。とにかく不思議な映像でした。
（音は？）
ふと思って耳を澄ませてみますが、何も聴こえません。……と思ったのも束の間。
『クリアおめでとうございます』
ウィンドウが現れたのではなく、女性の声でそう流れました。
『いつもノイズで遊んで下さるあなたのために、特別なイベントを用意させていただきました』
少しずつ間を置いて、聞き取りやすいよう発言されています。
『画面をよく見て、耳を澄まして下さい。それであなたの日頃の疲れがとれるでしょう』
そこまで流れた後、戒那様は何故か音量を下げました。少しも聴こえないように。
「これ以上は、わかっていても聴かない方がいい。画面もあまり見るな」
きっぱりと言われて、誰も反論する方はいませんでした。画面を見なくて済むように、皆初めにいた場所へと戻ります。わたくしも向かいの自分のパソコン前へ戻りました。
「……それで？ 戒那さんはどうしてクリアできたの？」
羽澄おねーさまのその問いは、皆が待っていた問いでした。すると戒那様は自分も画面を見ないよう顔を背けながら、少し笑って。
「ラスト２つの質問の意味を考えてみたんだ。特に問９。どれを選んでも同じならその意味は？ ってな。俺も隼も『はい』を選んだが、実際には俺が選んだ『はい』と隼が選んだ『はい』は異なっているんだ」
「え？」
（同じ『はい』でも違う？）
言っている意味が、よくわかりませんでした。実際選択した隼様も、みなも様もわたくしも首を傾げましたが。
「――あっ」
気がついたように声を発したのは、羽澄おねーさまです。
「その次の問10の質問は優柔不断かどうか……もしかして、その答えが本当かどうか確認しているの？」
「?!」
「ご名答」
「確認ってことは……タイム計ってンのか？」
隼様の問いに、わたくしは自分の中で頷きました。
（本当に優柔不断かどうか）
調べるには、確かにそれしかないのです。甲乙が明確にわからない状態で３つの中からどれかを選択する時、それに時間がかかったらその方は優柔不断ということになります。
戒那様は軽く頷いて。
「計っているのは、おそらく問９だけじゃないだろうがな。隼の場合はそれぞれの質問の解説を聞きながら答えていた。だから実際は考えていたわけじゃないが、答えるまでに時間がかかっていたんだ。それなのに『優柔不断か？』という問いにはノー。故意に嘘をついていると判断されても仕方ないだろう。だからクリアできなかったんだ。嘘をついて受けた心理テストなど露ほどの意味もないからな」
「なるほどです！ 戒那様は全部の質問に素早くお答えになっていたから、同じ答えでもクリアできたのですわね」
わたくしは深く納得しました。
「そうとわかれば、あたしたちもクリアしてしまいましょうか」
そう告げたみなも様が、『ノイズ』を立ち上げようとすると。それを戒那様が制しました。
「ストップ。同じような時間帯に何人もクリア者が出たら、暗示が効いていないんじゃないかって疑われかねない」
「あ……」
確かにそうなのです。
「じゃあクリアルートも変えた方がいいわね。わざと長く間を置いて、最後に『いいえ』を選んだり」
羽澄おねおーさまのその提案に、わたくしは手を上げて発言しました。
「ではわたくし、レベルが無事に50になりましたら『いいえ』のルートで挑戦いたしますわ」
それにみなも様も続きます。
「あたしも『いいえ』のルートでやってみます。……明日辺り、かな」
わたくしたちに頷いて、羽澄おねーさまも宣言しました。
「私は『はい』のルートで。次ここ来た時にでも」
その様子を複雑そうな表情で見ていた隼様が、１つの提案をします。
「……じゃあ、無事にクリアできた奴は、俺が立てた業務連絡スレッドに、任務完了とでも書きこんでおいてくれ」
（スレッドの再利用ですわね♪）
わたくしは頷きました。
「――お、"洗脳"が終わったようだ」
戒那様の呟きに、どこへ出たのか少し気になりましたけれど。回りこんで見るのも億劫に思えて、わたくしは自分で体験する時のお楽しみにしておくことにしました。
「くれぐれも、あの画面の時はヘッドフォン外して――画面もなるべく見ないようにな」
念を押す戒那様に、再び頷くわたくしたち。
「今日はこれで終わり……か？」
パソコン自体を落としながら、戒那様は確認するよう隼様に問いました。わたくしたちを集めたのは隼様だそうですから、それを決めるのも自然と隼様になっているようです。
隼様が多分頷こうとした瞬間。
「あら……？」
わたくしが（いつものように）ずっと抱きしめていたクマさんから、音が鳴り始めました。
（電話？ ――あ、役員さんからですわ）
「もしもし？ どうしましたの？」
『璃瑠花お嬢様！ とうとう藤堂氏を見つけましたよっ。無事に名刺もお渡しすることができました』
その報告に、わたくしの声も自然と大きくなります。
「まぁ、本当ですの?! よかった……ではいずれ、ご連絡をいただけるかもしれないですわね」
『期待して待つとしましょう。それでは我々は会社の方へ戻りますね』
「ええ……本当によくやって下さいましたわ。協力して下さった皆さんには、改めて直接お礼に伺わせていただきます」
わたくしは何度もお礼の述べると、満たされた気持ちで電話を切りました。
（まだ連絡をもらえると決まったわけではない）
けれど、確実に一歩は進んだのです。藤堂様に近づいたのです。
皆を見渡すと、当然期待を込めた目でこちらを見ていました。わたくしはゆっくりと口を開きます。
「藤堂様に名刺を渡すことができたそうです。もしご連絡をいただけたら……わたくしも掲示板で皆さんを集めることにいたしますね」
（次こそ、きっと）
そんな思いをこめて、わたくしたちは頷き合いました。
（藤堂様から話を聞けたからといって）
簡単に実験を阻止できると思っているわけではもちろんないのです。ただ会っておかなければならない気がしました。そうしなければ、先へ進めないような……。
「……じゃあ、帰ろうか」
沈黙を破って促した羽澄おねーさまの声に、返事をするわけでもなく皆立ち上がりました。すべてのパソコンは既に落とされています。あとはこの部屋を出るだけです。
（それで、今日の戦いは終わりですわね）
でも本当は……まだ始まっていないのかもしれません。
ドアに鍵をかける隼様の手元を見ながら、わたくしは考えていました。
（またこのドアをくぐる時が）
本当の戦いの始まりなのだと――。
★
数日後。わたくしは自分のキャラ・ＭＩＣＨＡＥＬのレベルを50まで上げると、早速あのダンジョンにチャレンジしてみました。
無事にクリアできた後は、隼様の提案どおり例のスレッドに報告です。
見ると既にみなも様と羽澄おねーさまの書きこみがありました。お２人とも無事にクリアできたようです。
（任務完了♪ ……っと）
打ちこんで、『投稿』をクリックしました。
（この"クリア"が）
次への鍵になる。
（一体どんなコトが待っているのかしら？）
並んだ３つの４文字に、わたくしは考えをめぐらせました。想像を。
（藤堂様には、会えるのでしょうか）
会いたい。
会えますように。
（そしたらきっと）
わたくしたちは、まず感謝を述べるでしょう。
「素晴らしい音をありがとう」
そして――
「一緒に、この音を守りましょう」
(了)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号/ ＰＣ名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0072 / 瀬水月・隼 / 男 / １５ /
高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / １８ /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女 / １１ / お嬢様・モデル】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / １３ / 中学生 】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / 395 / 大学助教授 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは＾＾ 伊塚和水です。
大変お待たせしてしまって申し訳ありません(>_<)
今回締め切りより遅れての納品となってしまいました。次回はこんなことの内容十分気をつけたいと思います。本当にすみませんでした_(_^_)_
さて、今回は前回にも増して長くなってしまいましたが……いかがでしたでしょうか。当然お気づきかと思いますがこの話はまだ続くようです。今回長さの関係で登場させてあげられなかったあの人も、次は必ず登場するでしょう。今回書けなくて私も残念でした(>_<)
それと、もう１つお詫びしなくてはなりません。作中でどうしても玩具会社の名前が必要になってしまって、出てきたのが『御影トイズ』……もっとマシなネーミングができないものかと自分の首をきゅっと絞めたくなりました(笑)。もし決まった名前があるのでしたらまたの機会に教えていただけると助かります。
それではこの辺で。
申し込んで下さってありがとうございました＾＾
またのご参加お待ちしております_(._.)_
伊塚和水 拝
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