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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の星弥 ―水色の硝子玉―
●お出かけなの☆
 ある晴れた春の日の、お昼過ぎのことでした。
「武彦ぉ〜、それじゃいってくるねぇ〜♪」
 そんな声と共に、草間興信所を飛び出してゆく小さな影の姿がありました。それは背中にぺったんこのリュックを背負った、ふわふわと柔らか気な金色の髪を持った幼い女の子でした。
 女の子はとてとてと階段を駆け降りてゆきます。開け放されたままの扉から、男が1人顔を出しました。草間興信所の主、草間武彦です。
 草間は階段を駆け降りてゆく女の子の後姿を目を細めて見送っていました。やがて女の子の姿が外に消えると、草間は小さな声でこうつぶやきました。
「やれやれ……どこへ行くか、言わずに出ていったな」
 どこへ行くか草間が聞く間もなく、女の子は飛び出していってしまったのです。しかし、少し苦笑するとそのまま言葉を次のように続けました。 
「まあ、いつもの所だろうな」
 特に場所を言わず出ていったのは、よく行く場所へ女の子は出かけるつもりだったからでしょう。草間も女の子の性格は、それなりに分かっているつもりです。
 それから草間は、開け放されたままの扉を静かに閉めました。少しして、事務所の中から何やら話し声が聞こえてきました。どうやらどこかへ電話をかけているようですね。
「……ああ、うん。そうだ。たぶん……そうだな、今から1時間ちょっとといった所か。もっとも、何かに夢中になってたら2時間は遅くなるかもしれないけどな。ああ、星弥だ。もしそっちに顔を出したら、こっそり電話をくれると安心だ。頼んだぞ……」
 電話の相手先は、女の子がよく顔を見せるお店の人でした。草間も何度となく顔を合わせています。
 いつもの所へ行くとはいえ、やっぱり場所を明確に言わなかったので草間も多少心配してしまいます。だからこうして、電話をかけてみたという訳です。もちろん、女の子にはこのことは内緒です。
 その女の子の名前は、小日向星弥といいました。

●いつもの場所、いつもの人々と
 事務所を飛び出した星弥は、街の中をいつものようにパタパタと駆けてゆきました。
「あちこちまわるのぉ〜☆」
 星弥の表情はとても楽しそうです。何かを楽しみにしているのか、どこかわくわくしているようにも見受けられました。
 星弥がまず向かったのは、近くの公園でした。近所の奥さんたちでしょうか、女性数人が公園のベンチの辺りで色々とお話をしていました。星弥がそちらへとことこ歩いてゆくと、女性たちが顔をほころばせて星弥を手招きしてくれました。どうやら星弥、この女性たちとは顔なじみのようです。
 15分ほどして星弥が公園を後にした時には、背中のリュックが少し膨らんでいました。
 それから星弥は、とある骨董屋さんやら近くのマンション、パン屋さんにお菓子屋さんなどなどと、数カ所を回ってゆきました。背中のリュックは次第に、次第に膨らんでいます。
 どこに顔を出しても、皆が優しく星弥に接してくれました。それはそうでしょう、公園の女性たちと同じく、やはり星弥と顔なじみなのですから。
「せ〜や、そろそろ帰るの。武彦心配してるといけないしぃ……ばいばいなのぉ〜」
 小さな手をぶんぶんと振って、星弥は最後に訪れたお店を飛び出してゆきました。事務所を出ていった時にはぺったんこだった背中のリュックも、今ではすっかり一杯です。さてはて、中にはいったい何が入っているのやら。
 星弥は事務所目指して、とてとてと街の中を駆けてゆきました。

●報告するの♪
 星弥が事務所に帰ってきたのは午後の3時をちょっと回った所。ちょうど3時のおやつ時でした。
 小さな星弥はちょっと背伸びをして、事務所の扉を開けました。開いた扉の隙間には、ソファで新聞を読んでいる草間の姿が見えていました。
「ただいまなのぉ〜♪」
「ああ、お帰り」
 扉を押し開き、星弥はとてとてと草間の元へ駆けてゆきました。それに気付いた草間は、新聞をたたんでテーブルの上に置きました。
 草間のそばにやってきた星弥は、膝の上によじ登りました。もちろん今日の報告をするためです。どこへ行き、誰に会い、何をしてきたか。星弥はあれこれ楽しく草間に話していました。
 ふと気付くと、星弥の頭には狐の耳が、お尻の辺りからは狐の尻尾がしゅぽっと飛び出していました。隠していた耳や尻尾を星弥が開放したのです。
 何しろ事務所には今、星弥と草間の2人だけ。何も隠しておく必要はありませんでした。
「ねぇ〜、武彦ぉ〜」
「何だ?」
 報告の途中、膝の上で顔を見上げて名を呼んだ星弥に、草間が顔を見下ろして反応しました。
「うぐいすもちには、お茶がおいしいのぉ〜♪」
 星弥本人は要求した訳ではありません。きっと無意識だったのでしょう。だって報告の中の1つだったのですから。
 星弥は行った先々で、いつものようにおやつをもらってきていたのです。おやつの種類は多種多様で、今日はその中にうぐいすもちが混じっていたのです。
「分かった分かった、お茶だな」
 草間が笑って答えてくれました。星弥が無意識に言ったのは、草間もよく分かっているのですから。
 草間がお茶を入れるために立ち上がり、星弥がリュックの中からがさごそとうぐいすもちを取り出しました。少し遅くなったけれど、今から2人で3時のおやつです。

●そっと頬寄せて
 うぐいすもちを美味しく食べ終えた星弥は、またもやリュックの中をがさごそと探し始めました。また何かおやつを出すつもりなのでしょうか?
 草間がお茶を飲みながら見ていると、星弥がようやくリュックの中から何かを取り出しました。けれど、それはおやつではありませんでした。
 現れたのは、星弥の小さな両手が支え持てる大きさの、水色をした硝子玉だったのです。
「……そりゃ何だ?」
 怪訝な顔で草間が星弥に尋ねました。でも星弥は、警戒心の欠片もない様子でこう答えました。
「んっとぉ……知らない人にもらったのぉ〜」
 それを聞いて、草間ががっくりと肩を落としました。それでもなお聞いてみると、道を歩いていたら呼び止められて、この硝子玉をくれたのだというのです。どんな人だったか聞いても、何故だか返ってくるのは曖昧な答え。特徴がなかったのか、星弥が覚えていなかったのか、それは分かりません。
「武彦ぉ〜。この中に、なんかいる〜♪」
 硝子玉を覗き込んでいた星弥が、楽し気に差し出しました。草間は注意しつつも頬を寄せて、星弥と一緒に硝子玉を覗き込みました。
 するとどうでしょう、草間の顔が一瞬にして驚きに変わりました。
「これは……」
「ね〜、いるでしょ〜。武彦ぉ〜、これ見てるだけで、楽しくしあわせな気持ちになっちゃうよね〜♪」
「……そうだな」
 にこぱーと心底幸せそうに笑う星弥の言葉に、草間も笑みを浮かべてこくりと頷きました。
 星弥と草間は、日がすっかり暮れて夜になってしまうまで、硝子玉を覗き込み続けていました。その姿は、とても幸せそうでした。

●内緒だよ
 その後、水色の硝子玉は壊さないよう、大事に大事に仕舞われることとなりました。
 あの時、硝子玉の中に見えた物……それは星弥と草間、2人だけの秘密。内緒のお話なのです。

【おしまい】