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<東京怪談・PCゲームノベル>


人生変えてみま専科

さわやかな朝だった。
窓の向こうの青空、雀のさえずり、燦々と降り注ぐ光…。
鳴神時雨は軽く体を伸ばした。
しかしその心地よさは何処からか聞こえた悲鳴で打ち壊されてしまった。
三下の部屋の方向だ。
「また三下か」
時雨は呟いてそっと溜息を付いた。
全くあの男はどうしてこうも騒ぎ立てる事が出来るのだろうか。
「迷惑な話だな」
ここは一つ、同じアパートの住人として注意をするのが親切と言うもの。
「朝っぱらから騒ぐな三し…た?」
強い調子で扉を開けた時雨は部屋の中を一目見て後退った。
ドアノブを握ったまま1歩廊下へさがった時雨は視線を上げて部屋の名前を確認する。
『薺の間』−通称『ぺんぺん草の間』間違いなく、三下忠雄の部屋。
しかし、そこにいるのはむさ苦しい事極まりない三下ではなく、三下と同じ髪型で三下のくたびれたストライプのパジャマを着た女だった。
よもやあの三下が女を連れ込むなどとは天と地がひっくり返っても考えられないから、目の前にいるのは三下以外の誰でもないと思うのだが、どこからどう見てもそれは確かに女性の体だ。
「……念の為聞くが、貴様が三下か?」
ゆっくりと時雨は尋ねた。同時にセンサーでデータを照合する。
網膜Wターン一致、脳波一致、声紋不一致、指紋掌紋一致B83・W58・H85現在のデータでは85%三下本人と一致。
「ううっ…時雨さぁんっ…!」
伸びすぎているのだか伸ばしているのだか分からない鬱蒼とした前髪の向こうに涙を浮かばせて三下が時雨の腕にしがみついた。
「助けて下さいぃぃっ!」
眼鏡を掛けていない三下の目は普段の1.5倍は大きく、やたら可愛らしく潤んでいる。
しがみつく手は白く細く、力も弱い。
「と、取り合えず事情を聞こう…」
頭を抱えるべきなのか、溜息を付くべきなのか、いっそこのまま部屋に帰るべきなのか。
決めかねる時雨に、三下は何時も通りしどろもどろ、夢の内容を話して聴かせた。
「…夢の中で?「貴方の人生変えてみま専科」?そう言われて今日1日の期間で人生を変える機会と…」
「この体なんですぅぅっ」
グズグズと涙を零しながら三下は時雨の言葉を継いだ。
「…つまりだ」
時雨は三下の細い肩を叩いた。
「貴様の彼女居ない歴ブッチギリ更新中かつ始末書山積み記録ギネス級の男としての人生から、今日1日その身体で女としての幸せを掴めとそう云う事だろう」
と言っても女としての幸せが何かなど、時雨にはサッパリ分からないのだが。
「えええぇっ!?」
時雨の言葉に三下は頭を掻きむしらんばかりに狼狽えて奇声とも悲鳴とも知れない声を上げた。
その時、突然扉が開き一人の女性が姿を現した。
時折あやかし荘に遊びにやって来る羽柴遊那だ。
「……三下…クン、なの?」
呆然とした様子の遊那に、時雨は三下見た夢を話した。
話したからと言ってアッサリ信じられるような話しではないのだが。
「安心しろ三下…意外とスタイルは良いぞ、胸Cは在るしな」
言いながら、時雨はそっと三下の胸元に視線を注いだ。
「時雨さんっ!!」
慌てて三下は胸元を手で覆い隠す。何故かその仕草は板に付いていてとても自然だった。
いっそこのまま女性になってしまった方が良いのではなかろうか、などと考えてしまいつつ時雨は笑った。
「冗談だ、早く戻りたいなら俺が改造手術で男にしてやるが、虎怪人と蜘蛛怪人とどっちが良い?」
「どっちもイヤですぅっ!でも助けて下さい〜っ!」
我が儘な男だ。いや、女だ。
「…兎に角今日1日何事も無ければ戻るだろ、期限1日なんだし」
「そんなぁぁ〜」
横で泣き崩れる三下に一瞥をくれて、時雨は頬を掻いた。
「おねーさんが綺麗にしてあげるわよ?」
その横で、遊那が三下の手を取った。
「え?」
涙に濡れた目で、三下は遊那を見上げる。
その男の筈なんだが可愛い女の目に向かって遊那は妖しく笑いかけ、素早く鞄から何やら衣装を取り出した。
「ええっ!?」
嫌な予感がしたらしい三下が慌てて身を引く。
しかし時既に遅し。
がっちり掴んだ手を遊那は放さなかった。
「悪いけど、時雨クンはちょっと外に出て貰えるかな?」
明かに女物らしい衣服を見て、時雨は大人しく言葉に従う事にした。
廊下に出て、パタンと扉を閉める。
早速中から悲鳴が聞こえた。
幸せになるチャンスを掴むどころか三下の場合幸せになる機会も減ったような気がするのは自分だけだろうか。
時雨は考えて溜息を付いた。



小一時間ばかりどたばたと騒々しかった部屋が漸く静かになった。
「ふーっ!」
遊那が満足気な溜息を付き、部屋の真ん中に立たせた三下をまじまじと見た。
「うん。良いわ、素敵」
何やら言いたげな三下を無視して、遊那は時雨を呼んだ。
時雨は風呂の弛んだパッキンを直して、丁度部屋に戻ろうとしている処だった。
「どう、時雨クン」
「どうと言われてもな…」
満足そうな遊那の前で、不安そうに下を向く三下。
時雨は成る程、化粧とは化けるものだなと納得しつつまじまじと三下を見た。
淡いクリーム色のボレロジャケットのワンピースに白いコートを羽織り、春物らしいバッグを持った三下は、さっきまでの冴えない薄汚れたパジャマ姿の時とは打って変わってどこからどう見ても間違いなく女性だ。
寝癖でバサバサしていた髪は綺麗になでつけられて鬱陶しい前髪は左右に流れ、大きな潤んだ目が露わになっている。
「最高の自信作だわ」
にこにこと笑う遊那と懸命に涙を抑える三下。
パチパチと瞬きを繰り返す目にはうっすらとアイラインが引かれ、睫毛には茶色いマスカラが塗られている。
淡い紅を引いた唇がわなわなと震えているのを見て、流石に時雨も少々三下が哀れになった。
しかし、可憐な服や化粧は不思議な程三下によく似合っている。
「よ、よく似合うぞ、三下」
「時雨さんっ!」
情けなさそうに怒るが、何時も以上に迫力がない。むしろ怒っていると言うよりも、世間知らずなお嬢さんが拗ねていると言った感じだ。
「あ、駄目よ」
眼鏡を取ろうと手を伸ばした三下をそっと遊那が留める。
それもその筈、眼鏡を掛ければ少なくとも30%は三下に舞い戻ってしまう。
「ね、折角女の子になったんだから女の子として一日を楽しむべきだと思うのよ。人生を変えるチャンスを掴むってそう言う事じゃない?」
女になって楽しむ事が何故チャンスを掴む事になるのか。そんな事は遊那にだって分からない。
しかし折角目の前に素敵な素材があって、可憐に飾り立てたのだから楽しまない手はない。
「ね、時雨クン」
座るべきなのかこのまま立っているべきなのか決めかねている三下を余所に、遊那は時雨を指で呼び、耳元にそっと囁いた。
「今日一日、三下クンとデートをして頂戴」
時雨は頭を抱えて三下を指さした。
「俺にコイツの面倒を見ろと言うのかっ!」
「あらイヤだ、面倒だなんて。デートよ、デート」
にこにこと笑って、遊那は財布からお札を数枚取り出した。
「デートの資金、残りはアルバイト料と言う事で」
「………」
一日三下のお守りをするくらいなら、ベビーシッターでもやった方が遙かにマシなんじゃなかろうか。
そう思いつつ、ついつい時雨はグッとお札を握ってしまった。
「交渉成立」
何処に交渉があったのかと聞きたい。
しかし握り込んだ手は簡単には開かなかった。



「ううう〜っ」
時雨の腕に掴まったまま、三下は体を丸めるようにしてコソコソと歩いていた。
「もたれかかるな」
時雨の大きな体に身を隠すようにくっついてくる三下を、時雨は押し返す。
甘える彼女を照れてはね除ける無骨な男、と言う風に周囲の目には映ったかも知れない。
遊那に指定されたデートコースの通り、取り敢えず街を歩き回っているのだが、通りのショウウィンドウに映る姿がどうしても女装しているようにしか見えないらしい三下は何時もの3割り増しくらいおどおどした様子だ。
折角綺麗に飾り立てて貰ったんだから、もっと自信を持ったらどうなんだ、と思いつつ時雨は後方に目をやる。
丁度電信柱の影から変装した遊那が姿を現した処だった。
首からカメラをぶら下げてじっと自分たちを観察している。彼女は三下の身に起きた不思議な現象を素直に楽しむ事に徹している。
遊那がどんなショットを待ち望んでいるのか分からないが、取り敢えず時雨は細い角を曲がった先にある小さな喫茶店に入った。ここも、遊那の指定したデートコースの一つだ。
何やら流麗な横文字で書かれた店名は読む気もしないが、人気のある店らしい。ざっと見回した店内は8割方埋まっている。白いエプロンのウエイトレスに案内されて、時雨と三下は奥まった二人掛けのテーブルに付く。
「はーっ!」
悲鳴に近い溜息を付いて、三下が靴を脱いだ。
光沢を押さえた低いパンプスだが、はき慣れない足には随分な拷問らしい。
その上眼鏡を掛けていないものだから視界も悪く、ここに辿り着くまでに何度転んだりぶつかったり階段から転げ落ちたりしたか知れない。それでも無事な辺りが三下の幸運なのかも知れないが、あまりにも真っ直ぐ歩けないので時雨は仕方なく自分の腕を提供したのだ。
どうせ腕を貸すならば、三下ではなくごく普通の純粋なる女性にしたいものだな。
とは思うが、三下が転ぶ度に立ち止まっていたのでは前に進めない。
「おい、ちゃんと靴を履け」
時雨の正面、丁度三下からは見えない場所に座った遊那が指で三下の足を指し、時雨はうんざりと注意した。
「でもこれ、痛いんですよぉ」
ブツブツ言いながらもウエイトレスがコーヒーを運んできたので三下は大人しく靴を履いた。
「これからどうするんですか?」
背を丸めてコーヒーを啜りながら三下が聞いた。
チラリと遊那を見ると、遊那は透明なカップに口を付けながらカメラを指さして見せる。つまり、まだ気に入った写真が撮れていないと言う事だ。
時雨はぼりぼりと頭を掻いた。遊那の指定したコースは一通り回ってしまった。
どうしたものかと再び遊那を見ると、遊那は何やら白い紙を時雨に向けた。
そこにはボールペンでクッキリと、公園と記されていた。
「公園にでも行くか」
「はぃぃ」
とても嫌そうな溜息を付く三下。
その溜息、そっくりそのまま貴様に返してやるぞ、と時雨は思った。



「ちょっとここで待ってろ」
噴水前のベンチに三下を座らせて、時雨はその場を離れた。
喫茶店を出る際に、レジの処で遊那にそっと耳打ちをされたのだ。
花時計の前で待つと。
「これからどうするんだ、もう帰って良いのか?」
「とんでもないわ!」
いい加減疲れ切っている時雨に、遊那はヒラヒラと手を振った。
「まだ写真が撮れていないのよ。ベストショットを撮るまでは帰っちゃ駄目よ」
「そうは言ってもな、アイツはもう歩けないぞ」
時雨はベンチに座った三下を見た。
またしても靴を脱ぎ、白いストッキングのつま先をブラブラ揺らしている。
「情けないわねぇ」
実際三下はもうボロボロになりつつあった。それもその筈、喫茶店を出てここに至るまでに3度階段を踏み外し、2度タイルで滑り、1度見事に転んだのだ。
化粧こそコーヒーを飲んだ時に口紅が色落ちした程度だが、ピシッとしていた筈の洋服はよれよれになっている。
「男でも女でも三下クンは三下クン、って事なのかしら」
遊那の言葉に時雨は無言で頷く。
「人生変えるどころか、チャンスさえつかめないって感じね」
遊那はカメラを持って溜息を付く。
仕方がない、噴水の前に座った美女程度の写真で我慢するしかない。
タイトルを考えつつファインダーを覗き込む。
その時。
「時雨クン!」
ファインダーを覗き込んだまま、遊那は三下を指さした。
折しも派手なスーツを来た3人の男達が、三下に言い寄っている処だった。
「行って!早く三下クンを守るの!急いで!」
慌てて駆け出す時雨をファインダーから見ながら、遊那はひたすらシャッターを切った。
男達に言い寄られて狼狽している三下。
ニヤニヤといやらしく笑う男達。
慌てて駆け寄る時雨。
天からの助けが来たとでも言うように、時雨にしがみつく三下。
シャッターを切りながら、遊那はニヤリと笑った。
可憐な女性を助ける少々渋めの青年。
収まりがとても良い。
「あ、」
満足気にシャッターを切り続けていた遊那は、思わずカメラを放した。
途端、バシャン!と水音がして、男達が走り出す。
なんと、悔し紛れに男の一人が三下を突き飛ばし、避けられなかった三下が噴水に背中から倒れ込んだのだ。
「なんて野蛮な男なの!最低ね!」
折角の化粧も衣装も台無しだ。
遊那は舌を打って溜息を付いた。
しかし次の瞬間。
遊那は再びシャッターを切る事になる。
噴水から助け出した三下を、時雨が抱き上げた。
しかも、所謂お姫様抱っこ。
びしょ濡れの三下を横抱きにして軽々と立った時雨は、木の陰に身を隠す遊那に言った。
「しょうがない、帰るぞ」
遊那はカメラを手に持ったままにこりと笑った。
最高の1枚が、手の中にある。



一人静かな部屋に座って、時雨はほっと息を付いた。
今日も一日が終わった。随分疲れる日ではあったが、兎にも角にも遊那は満足して帰り、三下は早々に部屋に引きこもった。
時雨が部屋を出る寸前まで、三下はグズグズ鼻を鳴らしていたが、それもあと数分。
日付が変われば、彼は無事何時も通り男の体に戻る事が出来るのだ。
男でも女でも、人騒がせな事とついてない事は代わりがなかったな、と苦笑して時雨は布団に潜り込んだ。


パァン!と耳元で鳴ったクラッカーに時雨はパチリと目を開き、瞬時に戦闘形態をとった。
「いやいや、お見事な変身で御座いますね〜」
赤と白の縞のスーツを着た奇妙な男が揉み手をしながら近付いてくる。
「何だ貴様は」
「おめでとうございます!あなたは2003年度上半期『人生変えてみま専科』大賞に選ばれました!」
にこにこと笑いながら、男は時雨の前で手を叩く。
「それは三下だろう?」
警戒しつつ答える時雨に、男は手を振った。
「それは、人間の男性部門の方で御座いますね。貴方は改造人間男性部門の大賞ですよ」
この世の中に改造人間が一体何人いると言うのだ。しかも女体改造人間部門まであるのか。
「貴様の目から見て、俺はツイていないのか?」
問うと、目出度そうな服装の男はパラパラと手元の書類をめくった。
「はぁ、そうですね。私どもが確認しております改造人間の中では貴方が一番不運かと…」
確かに、記憶もなければ戸籍もない。職らしい職もなく、あやかし荘を修理する事を条件に一室を借りている身である。
しかし。
「悪いが俺は辞退しよう」
決して三下の様に女体になることを恐れたのではない。
「俺は結構今の生活に満足してるんでな。人に与えられるチャンスなど必要ない」
時雨はニヤリと笑った。
チャンスはこの手で掴み取る。
人生も運命も、自分の意志で切り開く。




end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
   1253 / 羽柴・遊那 / 女 / 35 / フォトアーティスト

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■         ライター通信          ■
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花粉症なんだか風邪なんだか、PCの前にティッシュの山を築いている佳楽季生です、おはこんばんちは。
この度は2度目のご利用有り難う御座いました。
また何時かご利用頂ければ幸いです。