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ツカ
■□■ オープニング
「編集長。一週間張り込みましたけど、首無し幽霊なんて出ませんでしたよ」
月刊アトラス編集部では、目の下に真っ黒なクマを作った三下が、とある調査対象の報告書を提出していた。ひいひい言いながら書類を作成したのだろう。そんな姿が容易に想像できて、碇麗香は口元に苦笑をにじませた。
「13番地のアレね。目撃者には会ったんでしょう?」
13番地とは、某歓楽街の奥まった場所にある小さな広場の俗称だ。いつだれがそう呼び出したのかはわからない。が、その名称と治安の悪さで、今ではちょっとした心霊スポットとして知名度を上げつつあった。
三下が調べていたのは、そこで「首無しの幽霊が出る」という噂の真偽である。実際に出くわした人の話によると、その幽霊はただうろうろと広場を歩き回り、やがて消えていく。何をするわけでもないが、目撃者は例外なく腕に裂傷を負うという。
「実際被害者もいるわけだから、完全にガセでもない、か。どうしたものかしらね」
とりあえずご苦労さん、と話を切り上げようとした麗香は、三下の持っている奇妙な物体を目にして眉をひそめた。
「ああ、これですか? 現場に近い裏路地に落ちてたんですよ。何かな〜と思って持ってきたんですけど」
「・・・三下君。それ日本刀の柄じゃない?」
「えっ」
三下は驚いてそのガラクタを見つめた。そう言われるとたしかに、時代劇でよく見る刀の持ち手に見える・・・ような気がする。
「でっ、でもなんで柄が普通に落ちてるんでしょうっ。それになんで柄だけ? 刀身はどこに?」
「ふぅん・・・刃のない日本刀か。で、被害者は裂傷を負っている、と」
麗香はニヤリと口の端を吊り上げた。
「三下君。もう一回調べに行ってきなさい」
「ええぇっ、そんなあぁ! 今帰ってきたばっかりですよ!?」
三下は今にも泣きそうな顔をしてすがりついてくる。それを思いきり無視して、麗香はその場にいる全員に告げた。
「誰か三下君についていってあげてちょうだい。三下君も今度成果が上がらなかったら給料カットするからそのつもりで」
■□■ 月刊アトラス編集部 最弱三下
「へえ、それが件のツカかい」
「ひいいいぃっ!?」
誰も居ないはずの背後からいきなり声をかけられ、三下はあやうくひっくり返りそうになった。
「きっ、桔梗さんっ? いたんですか、びっくりした〜」
「なんであたしがいるとびっくりするのさ」
棗桔梗はやや不機嫌そうに眉根を寄せた。20代後半の、いかにも女盛りといった風情の彼女は、ある一点を除いては全く普通の人間にしか見えない。そう、ふわふわと浮遊していることを除いては。
見ての通り、桔梗はれっきとした幽霊なのであった。とは言っても、幽霊なので普通の人間には見ることができない。でもなぜか三下には見える。謎である。
桔梗は、頭上から三下が持っている古びた柄を興味深そうに見下ろし、笑いながら言った。
「困ってるみたいだから協力してやるよ。あたしのお仲間の仕業だって言うからねぇ。ちょいとこらしめてやんなきゃ」
「えっ、本当ですかっ!?」
碇編集長から給料カットを宣告され、世の中の無情をひしひしと感じていた三下は、桔梗のありがたい言葉に感動して涙ぐんだ。
「あたしはそのへんのお仲間に聞き込みするから、あんたは現場を張り込んでなよ。首無しさんはいつ出るかわからないんだしさ」
「うぅっ、でもあそこには怖い人がたくさんいるんですよ〜。この間なんて一日に三回もカツアゲにあって・・・」
「そりゃあんたがいいカモに見えるからだろうさ。弱そうだし。実際弱いし」
「ひ、ひどいです桔梗さんっ!!」
三下は目にいっぱい涙を溜めて抗議した。が、桔梗はさっさと消えてしまい、そこはかとない虚しさを抱えつつ三下はおいおいと泣き始めた。
背後でうるさいぞ三下、という編集員の怒鳴り声が響いた。
■□■ 新宿駅東口
某歓楽街に程近い、映画館の立ち並ぶ通りで、桔梗は親子ほど年の離れた二人組の男(の幽霊)に出会った。
「ああ、首無し幽霊ね。ここいらじゃ有名だよ。もっとも、有名になったのはつい最近からなんだが」
若いほうの男がそう言ってあごをなでた。何か思案しているふうに首をかしげ、年を取ったほうの男を見る。
「おやっさん、確かアレだよな。ほら、あそこにでっかいトラックが突っ込んでからだよ、首無しが出るようになったのは」
「ふむ。そうじゃったかのう」
「トラック? トラックがどうしたんだい?」
桔梗はずい、と身を乗り出した。豊満な身体を誇示するように着物の胸元がはだける。年を取ったほうの男は、助平そうに目を細めて何度もうなずいた。
「確かありゃ首都高あたりで暴れとる暴走族のトラックだったのう。そりゃもう目に痛いくらい金ぴかだったわい」
「で、そのトラックが13番地に突っ込んだんだね?」
「そうじゃ。まあよくある交通事故じゃな。だが、ただ突っ込んだだけならともかく、ツカを壊していきよった」
桔梗はぴくりと反応した。ツカ、という単語にである。若いほうの男がそれに気づいて補足する。
「ああ、塚だよ。石の塚。隅っこのほうにあって目立たないからなかなか気づかないけど。あのトラックと衝突して全部壊れちまったんだ」
桔梗は眉間にしわを寄せた。塚と柄。ただの同音異義語である。しかし、果たしてそれだけなのだろうか。
「・・・その塚に、日本刀なんか奉られてなかったかい?」
「んん? はて、そんな話は聞いたことがないが・・・」
年を取ったほうの男が天を仰いだ。
「あの石塚が何を奉っていたのかはわからんよ。ただ、このへんには昔、首塚があったっちゅう伝承があってのう。アレがその首塚だったと言う奴もおるが、はっきりしたことは誰も知らん」
「ふうん、首塚かい。・・・じゃあ、もしかするとそこに供養されていた霊の祟りかもしれないねえ」
桔梗は難しい顔をして考え込んだ。
「でも、祟り、ねぇ・・・。きちんと供養された奴らが生身の人間に嫌がらせなんてするもんかね」
「さてな。最近あのあたりで多くの鬼火を見た奴もおる。まあ気をつけなされ、お嬢さん。うかつに近づいて、噂を聞きつけてやってきた霊能者どもに成仏させられんようにな」
お嬢さん、という言葉に内心苦笑して、桔梗は情報をくれた二人の男に礼を言った。
あんたら二人の年を合わせても、たぶんあたしのほうが年上だよ。と心の中で思いつつ。
■□■ 某歓楽街・13番地 塚と柄
真夜中の時刻を過ぎていた。
そこは本当に小さな広場だった。
奥まった場所とは言っても、すぐ側ではやはり歓楽街の喧騒が聞こえる。周りは有刺鉄線で囲まれ、「立ち入り禁止」の札が立っているが、敷地内に散らばるゴミの多さから見ると、その効果もあまりないようだ。
さて、噂の現場・13番地にやってきたわけだが、ここで桔梗はとある問題に直面することとなった。
現場を張り込んでいたはずの三下が、なぜか白目を剥いて気絶しているのである。
「ちょいと三下。三下ったら」
桔梗は声をかけるが、気づく様子はまったくない。
仕方ないねえ、と息をついて(実際には息をつく仕草をして)、彼女はふと、三下の腕に目をやった。
「! あ・・・!」
桔梗は驚いた。三下のスーツの袖が、ぱっくりと切れているのだ。とても鋭いもので切りつけられたのがわかる、見事な切り口だった。
三下自身はそれほど深い傷を負ってはいないことに安堵し、桔梗はあたりを見回した。
「・・・出た、のかねえ」
三下の倒れている場所から少し離れたところに、あの柄があった。
そばに寄って手を触れようとしたその時、桔梗は耳慣れない声を聞いた。
「待て」
「!」
酷くしわがれた声にびっくりして振り返ると、そこには青白い光の中に浮かび上がる物体があった。
生首、である。
「・・・・・・!!!」
「ふん、なんだ。あいつではないのか」
生首はあまり面白くなさそうに呟いた。
だが、桔梗はとっさには声が出ない。なぜならば、彼女の周りには何十、いや何百もの生首が浮遊していたからだ。
同じ幽霊仲間とは言っても、この状況はかなり不気味である。
「・・・っなんなんだい、あんたたち!! この人間に怪我させたのはあんたらかいっ!!」
初めの衝撃から何とか立ち直った桔梗は、ほとんど喧嘩腰で生首たちに詰問した。脅かしやがってこの野郎、という怒りのオーラをふつふつと感じる。気持ちはわからなくもない。
「あんたら、首塚の霊かい? なんでこんなことするのさ。塚を壊されたからかい。供養しに来る人間がいないからかい!?」
それに対して、生首は冷めた目で彼女を見た。なかなかクールだ。
「違うよ、女。お前の言うとおり我らは首塚の霊だが、その男の怪我は我らのせいではない」
その時、広場の中央がぼうっと青白く発光した。生首たちは一斉にその場所を見た。
「奴か」
「奴だ」
「あいつが来た」
生首が口々にそう言うのを桔梗は聞いた。青白い光は人の形をとり、やがてその正体を現した。
三下が(嫌々)追い求めていた、首無し幽霊である。
「・・・ふん。懲りずに来たか。だがコレは渡さんよ。お前はその姿でずっとさまよっていればいいのさ」
生首が言うのを、首無し幽霊はただ立ち尽くして聞いているようだった。
桔梗は眉をひそめた。話が見えない。コレとはこの柄のことだろうか。
「我らが何をした。お前の主に言っただけだ、税を軽くしてくれと」
「あんな卑怯なやりかたで私らを討つなんて」
「首だけを葬ってあとは野ざらしだ。死んでからさえ、俺たちは苦しまなければならなかった」
「首塚を参りにくる人間もいない。俺たちは反逆者だから」
「首塚を壊された時、我らの怒りは蘇った。あの時、お前が我らをあんな所に葬らなければ、こんなにも蔑ろにされることはなかった」
生首たちは一斉に首無し幽霊を非難した。その声は怒りと悲しみの轟きとなって広場を埋め尽くした。
首無しはそのどよめきによろよろとよろめいた。その度に、鋭い風が四方に散る。かまいたちだ。三下や目撃者の怪我の原因はこれに違いない。
なるほど、と桔梗はだいたいの事情を理解した。こいつらは自分たちを殺した首無しを恨んでいる。
「だからって、生身の人間に怪我をさせられるのは困るんだよ」
桔梗はそばにある柄をつかんだ。生首たちは誰も彼女に注意を払っていない。
「ちょいとあんたたちっ!! 喧嘩はよそでやっておくれっ!」
桔梗の声が凛と響く。エスカレートしていた生首の攻撃は、その一言で潮が引くように静まっていった。
「あんたらが喧嘩するのは勝手だけどねえ、ここは生きてる人間の世界なんだ。そいつらに迷惑かけてんのがわからないのかい!?」
桔梗は周りを見渡した。言葉を発する者はいない。
「首無し、あんたも黙ってないで言いたいことがあったらちゃんと言うんだね。コレがあれば、あんたは元に戻れるんだろう?」
そう言って桔梗は、持っていた柄を首無し幽霊に放り投げた。
するとどういう原理でか、柄は首無しの身体に吸い込まれ、ちゃんとした原型をともなって再生していく。つまり、首無しは自分の首を取り戻していったのだ。
「・・・・・・」
それは若い武士の姿をしていた。
生首たちが見守る中、彼は無言でその場に膝をついた。そして額を地面にこすりつける。
それは彼にできる精一杯の、謝罪の姿勢だった。
■□■ 某歓楽街・13番地 三下復活
「で、その武士が土下座したのを見届けて、生首の野郎は消えちまったのさ」
「へえ〜。土下座したくらいで許しちゃうなんて生首さんも寛容ですねえ」
今まで気絶していた三下は、桔梗の話にメモを取りながらふむふむとうなずく。
「でも不思議ですよね。この刀が首無し幽霊だったなんて」
三下の手元には、一振りの日本刀が残されていた。後日、然るべき場所で供養する予定だ。
「あの生首たち、コレに自分と同じ苦しみを与えようとして二つに分けたんだろうねえ。柄と刀身、首と身体に」
刀身だけが暴れてかまいたちを起こしてたみたいだけど、と桔梗は付け加えた。
「でもあんた、気絶してたくせに記事なんて書けるのかい?」
「うぅ・・・まあ、なんとか・・・ならないだろうなあ・・・・・・」
三下は一気に暗くなる。給料の現状維持は絶望的かもしれない。
三下の表情とは対照的に、今日も夜は明けていく。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0616 / 棗・桔梗 / 女 / 394 / 典型的な幽霊】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。永井しきりと申します。
今回は当依頼にご参加くださり、ありがとうございます。
私の初仕事でしたのでとってもドキドキしました。
桔梗さんのような、きぱっ。すぱっ。の女性は大好なので、
書くのがすごく楽しかったです。
時間がありましたので、PCさんの雰囲気がよく出るように
何度か書きなおしてみたのですが、いかがでしたでしょう?
少しでも気に入っていただければ幸いです。
では、またお会いできることを願って。
永井しきり 拝
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