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<東京怪談ノベル(シングル)>


草間・ストライクバック!
●ほくそ笑む
 いつもと何ら変わることのない草間興信所。特に抱えてる事件もなく暇なのか、ここの事務所の主である草間武彦は悠々とスポーツ新聞を読んでいた。
「ふむふむ、今年は順調な仕上がりか……」
 恐らくプロ野球のキャンプ情報でも読んでいるのだろう、今は。そしてパラパラと紙面を捲り、とある所で動きが止まる。
「おっ。まさか20歳そこそこで脱ぐとは思わなかったなあ……」
 何の記事を読んでいるか、これはもう説明は要らない。草間の言葉だけで、用意に想像が付くというものだ。
 しばしじっとその記事を見つめる草間。そんな時、机の上に何かがトンッと置かれた。どきっとして顔を上げる草間。そこにはシュライン・エマの姿があったのだ。
「今日は暇よね」
 シュラインがさらっと言い放った。少し前までは書類整理をしていたシュラインだったが、それも小1時間ほどで終わってしまっていたのだ。
「あ、ああ」
 シュラインに皮肉の1つでも言われるかと思っていた草間は、ほっと胸を撫で下ろした。見れば机の上には珈琲カップが置いてあった。珈琲のいい香りが立ち上ってくる。
「温かいうちにどうぞ」
 そう言い残し、シュラインは台所の方へ戻ってゆく。
「そうだな、温かいうちに……」
 草間が珈琲カップを手に取って、口元へ近付けていった。そして1口ごくっと口の中へ含み――盛大に景気よく吹き出してしまった。
「@*&%$#+¥!?」
 混乱しているのだろう、まるで日本語になっていない草間。机の上や新聞、そして床などに吹き出した珈琲が飛び散ってしまっていた。
(大成功)
 そんな草間の姿を、台所からほくそ笑みつつ見ていたシュラインの姿があった。例えるなら『家政婦は見た!』状態……いや、この場合は『シュラインは見た!』か。
 実は草間に差し出した珈琲カップに入っていた物は、珈琲ではなかった。では何なのかというと、シュライン特製の珈琲の色と香りを完璧に模したホットチョコレートであった。
 なので、珈琲のつもりで飲んだ草間がああして吹き出してしまうのも、まあ当然といえば当然の結果であった。
 この日は2月14日・バレンタインデー。毎年行われるバトルが、今年も実行された瞬間だった。
 けれど、バレンタインデーにはお返しという物がある。そう、ホワイトデーという日が待っている――。

●不穏な空気
 そして3月14日・ホワイトデー当日がやってきた。
 その日も、いつもと何ら変わることのない草間興信所。特に抱えてる事件もなく暇なのか、草間は悠々とスポーツ新聞を読んでいた。
「ほお、オープン戦無傷の7連勝だったのか」
 恐らくプロ野球のオープン戦の結果でも読んでいるのだろう、今は。そしてパラパラと紙面を捲り、とある所で動きが止まる。
「DVDチャート5位にランクインか……また妙な物が売れるんだな」
 呆れたような口調で草間が言った。きっと草間にはよく分からないDVDの記事でも掲載されていたのだろう。
 草間が悠々とスポーツ新聞を読んでいる傍らで、シュラインは黙々と書類整理をこなしていた。
 事務所に今居るのは2人きり。しかし、事務所には妙な緊張感が漂っていた。
(絶対に来るわ……!)
 書類整理しながらも、警戒を怠らないシュライン。時折草間がスポーツ新聞の陰で、こちらの様子を窺っていることを感じていた。
 先月のミッションは成功したシュラインであったが、草間がこのまま大人しくしているとは到底思えない。きっと報復してくるはずだ。ならばそれがいつかと考えると、ホワイトデーである今日を他に考えられない。
 ゆえに――事務所には妙な緊張感が漂っているのである。
 と、突然草間が椅子から立ち上がった。ドキッとして、草間の方を振り向くシュライン。
「珈琲でも入れてくるか」
 そう言って草間は台所へ向かった。
「いよいよね……でも、正面から来るなんて」
 シュラインがぽつりとつぶやく。相手が正面から来るなら、こちらも正面から迎え撃つというのが礼儀というもの。
 バトル第2章の心理戦が、間もなく始まろうとしていた。

●心理戦
「休憩するか」
 草間がお盆を抱えて台所から戻ってきた。お盆の上には柄の違う珈琲カップ2つと、クッキーにマシュマロ、ホワイトチョコといった物が並んでいた。
(何か仕掛けがあるのね、きっと)
 思案するシュライン。草間が珈琲カップを各々の前に置いてから、お盆を2人の間に置いた。
「あ、武彦さん。私、そっちのカップがいいわ」
 珈琲に何か仕掛けをしているかもしれない、そう警戒したシュラインは草間に珈琲カップの交換を申し出た。
「どうしてだ?」
「んー……その、柄がね。そっちの方が好みだから」
 適当にもっともらしい理由をでっち上げるシュライン。草間は一瞬眉をひそめたが、
「……そうか」
 と言って、シュラインの珈琲カップと交換をしてくれた。
「ありがとう」
 礼を言い、珈琲カップを覗き込むシュライン。立ち上る香りは珈琲そのもの、もちろん見た目もそうだ。
 シュラインは舐めるように一口、その珈琲を飲んでみた。
(あら、普通の珈琲じゃない。適度に甘味があって……少しぬるい気もするけど)
 シュラインはちらっと草間を見た。草間はシュラインより多く珈琲を飲んでいた。
(何だ、どっちも普通の珈琲だったのね)
 拍子抜けしてしまうシュライン。だとしたら、お菓子の方に仕掛けをしているのか?
 シュラインはクッキーを手に取って、パキッと2つに割ってみた。何の変哲もないクッキーだ。食べてみたが、味もごく普通。
 次いでマシュマロを手に取り、2つにちぎってみる。やっぱりこれも同じ。味も普通だ。
 最後にホワイトチョコを手に取り、シュラインはまたしても2つに割ってみた。
(変ねえ……これも普通だわ)
 首を傾げるシュライン。無論、味も普通。つまりどれもこれも、普通の物だったのだ。
(報復諦めたのかしら? ううん、まだ後に残してあるのかも……)
 シュラインはあれこれと可能性を考えてみた。草間の考えがどうも読めない。油断させる気なのか、本当に報復を諦めたのか、何も考えていないのか……。
 頭一杯のまま、シュラインは珈琲カップに手を伸ばし、ごくっと珈琲を飲んだ。
 直後――シュラインが目を見開き、見事に固まってしまった。

●決着
「なっ……」
 珈琲カップをテーブルに叩き付けるように置き、突っ伏してしまうシュライン。草間がそれを見て、ニヤッと笑みを浮かべた。
「報復成功だな」
「何よこれ……カップの底に、大量の砂糖が溜まってるじゃないのっ!!」
 そうなのだ。シュラインが飲んだ珈琲カップの底には、尋常でない分量の砂糖が溜まっていたのである。
「あえて掻き回さなかったからな。気付かなかったろ?」
 掻き回さなければ、溶けにくくなるのは事実。分量を考えればなおさらだ。それにわざわざぬるくしてから砂糖を入れたのだ。だから余計にばれにくくなっていた訳である。
「……取り替えることも想定してたの……?」
「当然だろ。警戒してると思ってたからな」
 シュラインの問いに、さらっと答える草間。見事、としか言い様がない。
「目には目を。珈琲には珈琲を、だ」
 ニヤリと笑う草間。
「くっ……悔しーっ!!」
 シュラインはテーブルをドンドンと叩いて悔しがった。
 今年のバトルは1勝1敗――引き分けである。

【了】