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<東京怪談ノベル(シングル)>


鎌とキャンプとポロリもあるよ

「うぁー、たりー」
「疲れたぜ、もうよー」
「エスカレーターはねえのかよ、エスカレーターはよー」
 なんて口々に言いながら、その辺の切り株に腰を下ろす若者達。
「あんだよおめーら、だらしねーなぁ」
 先頭を歩いていた1人が、そんな仲間達へと振り返り、あきれたように言った。
「そっちこそ何言ってんだよ。こんな何もねえとこに来て張り切る奴なんて、変わりモンと年寄りだけだぜ」
「あとは、おめーだな」
「ははは、そうそう、所詮てめーはガキなんだっつーの」
「誰がガキだ! 誰が!」
「そうやってすぐムキになる誰かさんが、だよ」
「……くそ」
 周りからそう言われ、むくれた顔でそっぽを向く少年。
 彼の名は、北波大吾(きたらみ・だいご)。15歳の高校生である。
 今日は、課外学習とやらで、学年全体でとある山にキャンプに来ているのだ。
 現在は各グループに分かれ、キャンプ場へと向かって山道を進んでいる途中だった。
「……ったく、一服でもしねーとやってらんねーぜ」
 切り株に腰掛けた奴が、そう言いながら自分の荷物をごそごそやっていたかと思うと、小さな箱を取り出す。タバコである。
「あ、俺にもくれ」
「こっちも一本」
 それを見た仲間の数人が、そっちへと寄った。
「……」
 大吾もそちらに目をチラリと向けたが、興味は一切なさそうだ。
「へへ、こんなのもあるぜ」
 続けて、他の奴が荷物から缶ビールを引っ張り出した。
「お、いいねえ」
「さっそく開けろ。いっちょ盛り上がろうぜ」
「おい、大吾もどうだ?」
 と、誘われたが、
「……いらねえよ」
 そっけなく、言ってやる。
「こんな昼間っから飲むなんざ、おまえらオヤジか? 若さもへったくれもねえな……」
「うるせえ、昼間だからいいんじゃねえか」
「そうそう。サプリなんかよりも、こっちの方がずっとエネルギー補給になるしな」
「それがわからねえ大吾の方が、どうかしてるぜ」
「まったくだ」
「……勝手にしやがれ」
 ため息をついて、そこいらの木に寄りかかる大吾だった。
 阿保な連中だとは思うが、止める気はない。
 それにまあ、全員気のいい奴らだ。野暮な事なんか最初から言うつもりもなかった。
 大吾自身は、酒にあんまりいい思い出がないのと、タバコなんか吸っても煙いだけなので、自分から手を出すつもりはない。
「よーし、じゃあ俺達の未来にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
 陽気な声がこだまして、缶ビールをぶつけ合う仲間達。
「……やれやれ」
 苦笑しつつ、それを眺める大吾だった。
 と──
「……おい、お楽しみの所だが、すぐにそいつを隠した方がいいぞ」
「あん?」
「にゃに言ってんだよ、大吾ー?」
 大吾の目は、自分達が登ってきた道の先を向いている。
 全員の視線がそれに倣い……
「……げ」
「くそ、やな奴が来やがった」
 慌てて、咥えていたタバコを地面でもみ消し、埋める。
 飲みかけのビールは全員が一気に飲み干し、缶は山の中に放り投げた。
 やがて、証拠隠滅をなんとか終えた頃、その場に現れたのは……
「なにしてるの、あなた達?」
 銀縁メガネの奥の瞳が、その場の少年達に向けられる。
 いかにも利発そうな顔立ちと、きっちり後ろでまとめられたポニーテールの少女は、大吾のクラスの委員長だった。
「……別に、なんでもねーよ」
 と、大吾がこたえる。
「そう? でも……なんだかお酒臭くない?」
「気のせいだろ」
「そうかしら?」
「ああそうさ」
 じろりと睨み合う大吾と委員長。
 仲間の1人が、拳を振り上げて大吾に援護の言葉を送ってくる。
「そうだ! こにょやろう! 俺達はビールしか飲んでねぇやぃ! うひゃひゃひゃ!」
「…………そいつ黙らせろ」
 数人が寄ってたかって口を押さえたが……もう遅いだろう。
「あなた達が一番問題があるグループだからって、私も先生に注意するように言われてるのよね」
「そうかい。そりゃごくろーさん」
「……それだけ?」
「なんだよ。謝ってでも欲しいのかよ。だったら俺達が酒飲んだっていう証拠でも見せてみろ」
「みんながそれだけ酒臭い息をさせてて、よく言うわね……」
「うっせーブス」
「なによいきなり!」
「いきなりインネンふっかけて来たのはそっちだろうが!」
 両者の間のボルテージが急激に高まったが……
「まあまあまあまあ。ここはひとつ穏便に行こうや」
「はいはい、落ち着いて落ち着いて」
「ご忠告は感謝するよ委員長さん。ほんじゃ俺達先を急ぐから」
 他の連中が慌てて割って入り、引き離すと、そのまま大吾を引っ張って先に進もうとする。
 ……が、
「……大吾くん、今日はみんな私服でいい決まりなのに、あなただけ学校の運動着よね。どうしてかしら?」
 ふと、そんな事を少女が聞いてきた。
「なにい?」
 振り返ると……小さく笑っている。
「ひょっとして、他の服、持ってないんじゃない?」
「……」
 図星だった。
 実は、学校の制服以外、あとは和装しか持っていないのである。
 いつか買おうとは思っているのだが、本人がほとんど身なりに気を使わない性格なので、山を下りて以来、ずっと新しい服など買っていなかったりする。
「……うっせーな。ンな事あるかよ。これが好きなんだ」
「本当かしら?」
「……」
 じっとこちらを見る委員長の目は、あきらかに疑いと……からかいの意思を帯びている。
「俺ァ先行くぞ!!」
 一声上げて仲間の手を振り払い、どすどすと1人で歩き始める大吾だった。


 天気は快晴、空気も澄んで、じつに清々しい日よりだ。
 久しぶりに味わう山の景色に、大吾の怒りもじわじわと溶けつつあった。
「口じゃ、あの女にかなうわけねえしな……くそ」
 つぶやいたが、すぐに頭をぶんぶん振って忘れようとする。
 深呼吸して、山の空気を目一杯吸い込んだ。
 代わりに、山伏の修行に明け暮れた子供時代の日々が蘇ってくる。
 そっちはそっちでまた思い出したくもない記憶だったが……少なくとも、あの委員長のように嫌味な奴はいなかった。
 ……結局、どこに行こうと、それなりの苦労ってヤツはついて回るんだな……
 などと、珍しく真面目な事を考えてしまう。
 その時だった。
「きゃああああああ!!」
 ふいに、あたりに響き渡る悲鳴。
「……!?」
 振り返ると、先程分かれた仲間達が、地面を逃げ回っている。
 彼らの周りにだけ、激しい風が渦を巻いていた。
 その他の場所では、木の葉一枚たりとて揺れていない。
 普通では、ありえなかった。
「……あれは……」
 細められた大吾の目が、風の中に何かを捕える。
 次の瞬間、彼は地を蹴り、駆け出していた。


 仲間達を襲っていたのは、50センチにも満たない、茶色い獣だ。
 ただし、風に乗って自在に空を舞い、両手は鋭く尖って刃物の輝きを帯びている。
 ──かまいたち。
 触れたもの全てを切り裂く、風の妖怪だった。
 しかし、性格はどちらかというとおとなしく、自分から人間にちょっかいをかけるような奴ではなかったはずなのだが……
 そう思った大吾の目に、地面に落ちたあるものが目に入った。
 まっぷたつに断たれた、ビールの空き缶……
「……なるほどな。棲家を汚されて怒ったってか。気持ちはわかるけどよ……」
 つぶやきながら、印を結び、気を高める。
 突如巻き起こった突風に、逃げ惑う面々。その荷物や衣服の端が、次々に裂けていった。
 いずれも浅く、怪我などしているものはいなかったが、それもいつまで続くかだ。
 さらに足を速め、大吾はその真っ只中に飛び込んだ。
「きゃあっ!!」
 黄色い声を上げて地面にしゃがむ委員長へと向けて、まっすぐに突き進む旋風。
 ……ったく、こんな時には役にたたねえ女だぜ!
 心の中で言いつつ、その委員長の前に立つ。
「静・縛・止!」
 風の刃を見切り、ギリギリでかわしつつ、気合と共に呪力を開放する。
 瞬間、嘘のように暴風が止まった。
 力を秘めた言葉──言霊の威力である。
 ピタリと突きつけた大吾の指の先、ほんの数センチの空中に、異形の獣が静止している。
 それなりに鍛えた”目”でなければ見えないので、この中で姿が見えるのは大吾だけだろう。
「……落ち着け、このアホが」
 小さく言って、頭をゲンコツで殴りつけた。
 ──きゅう。
 可愛い声を上げて、目を回すかまいたち。
 その首根っこをひっつかむと、林の中へと放ってやる。
 小1時間もすれば、目を覚ますだろう。あれくらいで死ぬような生物ではない。
「……大吾くん……」
 小さな声で、名前を呼ばれた。
 振り返ると、委員長が不思議そうな顔でこちらを見上げている。
「なんだよ? なんか用か?」
 とびっきりぶっきらぼうに、言ってやった。
「……あの変な生物……なに?」
「なにぃ?」
 その言葉に、思わず目を剥く大吾。
「おまえ……あれが見えたのかよ?」
「う、うん。でもって大吾くんが何かを叫んだとき、指の先から青い炎の玉が、こう……」
「…………」
 ……なんてこった、こいつには見えてやがる。
 顔を引きつらせて、内心でつぶやく大吾だった。
 たまに、感の鋭い人間なんかは自然に感じてしまうそうだが……まさか、こいつがそうだったとは。
「ねえ、あれ、なんなの?」
「……しらん」
「嘘、だって大吾くんが助けてくれたんじゃない、私を」
「気のせいだ。気の迷いだ。何かの勘違いだ」
「嘘、嘘よ!!」
「嘘じゃねえ! おかしな言いがかりつけんなこの野郎!!」
 ……しまいには、言い合いになった。
 いちいち説明するのは面倒だったし、それにこいつにだけは話したくない……大吾はそう思っていたのだ。
 ──と。
 その時、睨み合う両者の間に、柔らかな風が流れ、通り過ぎていった。
 ハラリと、何かが軽い音を上げて下に落ちる。
 ……大吾の体操着のズボンが。
 見切ったと思っていたのだが、ちょうど浅くゴムの部分を切られていたらしく、それが今完全に断たれたらしい。
「……あ……」
「……う……」
 言葉を失う、大吾と委員長。
 やや間を置いて、
「はははははは! 大吾、なんだそりゃー!!」
「おめー、今時フンドシなんてはいてんのかよ! だっせー!」
「そのまま博物館にでも展示されちまえ! ははははは!」
 背後にいた悪友共が、指を突きつけて笑い始めた。
「…………」
 目の前の委員長は、顔を真っ赤にして横を向いている。
「……や……」
 大吾は……
「やかましいこの馬鹿野郎〜〜〜〜っ!!!」
 さらに顔を真っ赤っ赤にして、その場を走り去るのだった。


 その夜、1人で星を眺めていた大吾の元を委員長が訪れ、今日のことを謝ったという。
 何故か、その時はもう、彼女はかまいたちの事を聞こうとせず、代わりに大吾自身の事を尋ねてきたそうだ。
 もちろん、大吾はそんな事を話そうとはせず、最後はまた言い合いになったようだが……
 この時から、彼女の大吾に対する態度が、少しだけ変化したという。

■ END ■