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<東京怪談・PCゲームノベル>


人生変えてみま専科

「おはようございます〜」
晴天に恵まれた日曜の朝、珍しく暇な羽柴遊那は久し振りにあやかし荘を尋ねた。
別段誰を訪ねようと決めている訳ではない。
管理人を尋ねてお茶でも飲みながら雑談に花を咲かせても良いし、歌姫を訪ねて彼女の美声に耳を傾けるのも良い。
或いは、天王寺綾を尋ねて彼女の高価なコレクションを見せて貰うのも良いし、最近変化能力を上げたらしい柚葉の腕前を見せて貰うのも良い。
そう言えば三下忠雄もいるが、彼は尋ねても何となく手持ちぶさたなのでこの際除外しよう。
管理人によって隅々まで掃除された気持ちの良い玄関を上がり、廊下に立って遊那は考える。
さて、誰を訪ねようか。
「うーん……」
肩に掛けた遊那の仕事道具であり、片時も手放した事のないカメラのケースを抱え直す。
その時。
「きゃぁぁぁっ!」
絹を引き裂く女性の声が遊那の耳に届いた。
「悲鳴…、上ね」
あやかし荘内に暴漢が現れるとは想像し難いが、兎に角悲鳴だ。
遊那は慌てて階段を駆け上がり何やら話し声のする扉を開いた。
寸前に見上げた部屋の名称は『薺の間』−『ペンペン草の間』と呼ばれる三下忠雄の部屋だった。
開いた扉の向こうには人が二人。
一人はこのあやかし荘の住人である鳴神時雨。
そしてもう一人は……。
「……三下…クン、なの?」
確かにそこは三下の部屋で、三下と同じ髪型で恐らく彼のモノらしいよれよれのストライプのパジャマを着ているのだが。
何故か三下は女性だった。
「妹さん…?」
三下に妹がいるかかどうかなど知らない。それでも一応尋ねてみると、三下と時雨が首を振った。
しかしそれでは一体何故女体なのか。
呆然とする遊那に、グズグズと泣く三下に代わって時雨が事の次第を説明した。
「人生変えてみま専科……?」
なんとも巫山戯た夢だ。しかし確かに、目の前の三下は立派な女性の体を持っている。
声も高く、眼鏡を掛けていない目は何時もの1.5倍ほど大きく潤んでいて可愛らしい。
遊那の頭の何処かで、何かがキラリと光った気がした。
伸びすぎたのだか伸ばしているのだか、長い前髪は少々鬱陶しいが染めていない黒髪はつやがあり、白い肌を引き立たせている。
ほっそりとした首筋にふっくらとした胸元。
これはダイヤモンドの原石だ、と心の奥深くから声が聞こえた。
今まで見てきた原石で一番の原石。
「早く戻りたいなら俺が改造手術で男にしてやるが、虎怪人と蜘蛛怪人とどっちが良い?」
時雨の言葉に、三下がまたグズグズと鼻を鳴らして泣き崩れた。
「どっちもイヤですぅぅっ!でも助けて下さい〜っ!」
遊那はそっと三下の手を取った。
「おねーさんが綺麗にしてあげるわよ?」
「え?」
涙に濡れた目で、三下は遊那を見上げる。
その男の筈なんだが可愛い女の目に向かって、遊那は妖しく笑いかけ、素早く鞄から何やら衣装を取り出した。
「えええっ!?」
嫌な予感がしたらしい三下が慌てて身を引く。
しかし時既に遅し。
がっちり掴んだ手を、遊那は放さなかった。
「悪いけど、時雨クンはちょっと外に出て貰えるかな?」
取り出した衣服が明かに女物だと分かったのか、時雨は大人しく部屋を出た。
アタフタと逃げだそうとする三下に、遊那は精一杯優しく笑いかけ飛びかかった。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
三下の悲鳴は虚しく部屋に響いた。



小一時間ばかりどたばたと騒々しかった部屋が漸く静かになった。
「ふーっ!」
遊那が満足気な溜息を付き、部屋の真ん中に立たせた三下をまじまじと見た。
「うん。良いわ、素敵」
「遊那さぁぁんっ!!」
何やら言いたげな三下を無視して、遊那は時雨を呼んだ。
時雨は風呂の弛んだパッキンを直して、丁度部屋に戻ろうとしている処だった。
「どう、時雨クン」
「どうと言われてもな……」
満足そうな遊那の前で、不安そうに下を向く三下。
時雨は成る程、化粧とは化けるものだなと納得しつつまじまじと三下を見た。
淡いクリーム色のボレロジャケットのワンピースに白いコートを羽織り、春物らしいバッグを持った三下は、さっきまでの冴えない薄汚れたパジャマ姿の時とは打って変わってどこからどう見ても間違いなく女性だ。
寝癖でバサバサしていた髪は綺麗になでつけられて鬱陶しい前髪は左右に流れ、大きな潤んだ目が露わになっている。
「最高の自信作だわ」
にこにこと笑う遊那と懸命に涙を抑える三下。
パチパチと瞬きを繰り返す目にはうっすらとアイラインが引かれ、睫毛には茶色いマスカラが塗られている。
淡い紅を引いた唇がわなわなと震えているのを見て、流石に時雨も少々三下が哀れになった。
しかし、可憐な服や化粧は不思議な程三下によく似合っている。
「よ、よく似合うぞ、三下」
時雨は取り敢えず褒めた。
「時雨さんっ!」
情けなさそうに怒るが、何時も以上に迫力がない。むしろ怒っていると言うよりも、世間知らずなお嬢さんが拗ねていると言った感じだ。
「あ、駄目よ」
眼鏡を取ろうと手を伸ばした三下をそっと遊那が留める。
それもその筈、眼鏡を掛ければ少なくとも30%は三下に舞い戻ってしまう。
「ね、折角女の子になったんだから、女の子として一日を楽しむべきだと思うのよ。人生を変えるチャンスを掴むって、そう言う事じゃない?」
女になって楽しむ事が何故チャンスを掴む事になるのか。そんな事は遊那にだって分からない。
しかし折角目の前に素敵な素材があって、可憐に飾り立てたのだから楽しまない手はない。
「ね、時雨クン」
座るべきなのかこのまま立っているべきなのか決めかねている三下を余所に、遊那は時雨を指で呼び、耳元にそっと囁いた。
「今日一日、三下クンとデートをして頂戴」
時雨は頭を抱えて三下を指さした。
「俺にコイツの面倒を見ろと言うのかっ!」
「あらイヤだ、面倒だなんて。デートよ、デート」
にこにこと笑って、遊那は財布からお札を数枚取り出した。
「デートの資金、残りはアルバイト料と言う事で」
「…………」
一日三下のお守りをするくらいなら、ベビーシッターでもやった方が遙かにマシなんじゃなかろうか。
そう思いつつ、ついつい時雨はグッとお札を握ってしまった。
「交渉成立」
何処に交渉があったのかと聞きたい。
しかし握り込んだ手は簡単には開かなかった。



「ううううう〜っ」
時雨の腕に掴まったまま、三下は体を丸めるようにしてコソコソと歩いていた。
「おい、もたれかかるな」
時雨の大きな体に身を隠すようにくっついてくる三下を、時雨は押し返す。
甘える彼女を照れてはね除ける無骨な男、と言う風に周囲の目には映ったかも知れない。
遊那に指定されたデートコースの通り、取り敢えず街を歩き回っているのだが、通りのショウウィンドウに映る姿がどうしても女装しているようにしか見えないらしい三下は何時もの3割り増しくらいおどおどした様子だ。
折角綺麗に飾り立てて貰ったんだから、もっと自信を持ったらどうなんだ、と思いつつ時雨は後方に目をやる。
丁度電信柱の影から変装した遊那が姿を現した処だった。
首からカメラをぶら下げてじっと自分たちを観察している。彼女は三下の身に起きた不思議な現象を素直に楽しむ事に徹している。
遊那がどんなショットを待ち望んでいるのか分からないが、取り敢えず時雨は細い角を曲がった先にある小さな喫茶店に入った。ここも、遊那の指定したデートコースの一つだ。
何やら流麗な横文字で書かれた店名は読む気もしないが、人気のある店らしい。ざっと見回した店内は8割方埋まっている。白いエプロンを掛けたウエイトレスに案内されて、時雨と三下は奥まった二人掛けのテーブルに付く。
「はーっ!」
悲鳴に近い溜息を付いて、三下が靴を脱いだ。
光沢を押さえた低いパンプスだが、はき慣れない足には随分な拷問らしい。
その上眼鏡を掛けていないものだから視界も悪く、ここに辿り着くまでに何度転んだりぶつかったり階段から転げ落ちたりしたか知れない。それでも無事な辺りが三下の幸運なのかも知れないが、あまりにも真っ直ぐ歩けないので時雨は仕方なく自分の腕を提供したのだ。
どうせ腕を貸すならば、三下ではなくごく普通の純粋なる女性にしたいものだな。
とは思うが、三下が転ぶたびに立ち止まっていたのでは前に進めない。
「おい、ちゃんと靴を履け」
時雨の正面、丁度三下からは見えない場所に座った遊那が指で三下の足を指し、時雨はうんざりと注意した。
「でもこれ、痛いんですよぉ〜」
ブツブツ言いながらもウエイトレスがコーヒーを運んできたので三下は大人しく靴を履いた。
「これからどうするんですか?」
背を丸めてコーヒーを啜りながら三下が聞いた。
チラリと遊那を見ると、遊那は透明なカップに口を付けながらカメラを指さして見せる。つまり、まだ気に入った写真が撮れていないと言う事だ。
時雨はぼりぼりと頭を掻いた。遊那の指定したコースは一通り回ってしまった。
どうしたものかと再び遊那を見ると、遊那は何やら白い紙を時雨に向けた。
そこにはボールペンでクッキリと、公園と記されていた。
「公園にでも行くか」
「はぃぃ〜」
とても嫌そうな溜息を付く三下。
その溜息、そっくりそのまま貴様に返してやるぞ、と時雨は思った。



「ちょっとここで待ってろ」
噴水前のベンチに三下を座らせて、時雨はその場を離れた。
喫茶店を出る際に、レジの処で遊那にそっと耳打ちをされたのだ。
花時計の前で待つ、と。
「これからどうするんだ、もう帰って良いのか?」
「とんでもないわ!」
いい加減疲れ切っている時雨に、遊那はヒラヒラと手を振った。
「まだ写真が撮れていないのよ。ベストショットを撮るまでは帰っちゃ駄目よ」
「そうは言ってもな、アイツはもう歩けないぞ」
時雨はベンチに座った三下を見た。
またしても靴を脱ぎ、白いストッキングのつま先をブラブラ揺らしている。
「情けないわねぇ」
遊那は溜息を付く。しかし実際三下はもうボロボロになりつつあった。それもその筈、喫茶店を出てここに至るまでに3度階段を踏み外し、2度タイルで滑り、1度見事に転んだのだ。
化粧こそコーヒーを飲んだ時に口紅が色落ちした程度だが、ピシッとしていた筈の洋服はよれよれになっている。
「男でも女でも、三下クンは三下クン、って事なのかしらね」
遊那の言葉に、時雨は無言で頷く。
「人生変えるどころか、チャンスさえつかめないって感じね」
遊那はカメラを持って溜息を付く。
仕方がない、噴水の前に座った美女程度の写真で我慢するしかない。
タイトルを考えつつ、ファインダーを覗き込む。
その時。
「時雨クン!」
ファインダーを覗き込んだまま、遊那は三下を指さした。
折しも派手なスーツを来た3人の男達が、三下に言い寄っている処だった。
「行って!早く、三下クンを守るの!急いで!」
慌てて駆け出す時雨をファインダーから見ながら、遊那はひたすらシャッターを切った。
男達に言い寄られて狼狽している三下。
ニヤニヤといやらしく笑う男達。
慌てて駆け寄る時雨。
天からの助けが来たとでも言うように、時雨にしがみつく三下。
シャッターを切りながら、遊那はニヤリと笑った。
時雨が戦闘形態に変身出来る事は知っているが、今の彼は変身していない。そしてそれはとても好都合だった。
可憐な女性を助ける少々渋めの青年。
収まりがとても良い。
「あ、」
満足気にシャッターを切り続けていた遊那は、思わずカメラを離した。
途端、バシャン!と水音がして、男達が走り出す。
なんと、悔し紛れに男の一人が三下を突き飛ばし、避けられなかった三下が噴水に背中から倒れ込んだのだ。
「なんて野蛮な男なの!最低ね!」
折角の化粧も衣装も台無しだ。
遊那は舌を打って溜息を付いた。
しかし次の瞬間。
遊那は再びシャッターを切る事になる。
噴水から助け出した三下を、時雨が抱き上げた。
しかも、所謂お姫様抱っこ。
びしょ濡れの三下を横抱きにして軽々と立った時雨は、木の陰に身を隠す遊那に言った。
「しょうがない、帰るぞ」
遊那はカメラを手に持ったままにこりと笑った。
最高の1枚が、手の中にある。



濡れた衣装をクリーニングに出して帰宅した遊那は、早速現像した写真を雑誌社に送る準備をした。
勿論、送るのは最後の一枚。お姫様抱っこの写真だ。
しかしコレと言ったタイトルが思い浮かばない。
「どうしようかしらね」
考えながら、ベッドに潜り込む。
今日はなかなか素敵に楽しい一日だった。三下にとっては災難だったかも知れないが。
それでも、明日になれば三下も無事もとの姿に戻れるのだから、きっと今頃は安堵して布団に入っているだろう。
そんな事を思いながら、遊那は眠りに引き込まれていった。


パァン!と耳元で鳴ったクラッカーに、遊那はパチリと目を開いた。
「おめでとうございます〜!あなたは2003年度上半期『人生変えてみま専科』大賞に選ばれました〜!」
赤と白の縞のスーツを着た奇妙な男が揉み手をしながら近付いてくる。
「それは三下クンでしょう?」
遊那が答えると、男はにこにこと手を振る。
「それは、男性部門の方で御座いますね。貴方は女性部門の大賞ですよ」
「申し訳ないけど、辞退するわ」
遊那は頬をひくひくと引きつらせながら言った。
「私は自分がそんなに不運だとは思わないから……」
「おやおや、謙遜なさいますねぇ。しかしご心配なさらないで下さい、他の方にもチャンスはあるのですよ。今期はあなたにチャンスが廻ってきた訳でありますから遠慮なさらず、お受け下さい〜」
遠慮ではなく、むしろ迷惑なのだが。
目出度そうに笑いながら男は手元の書類をめくった。
「ええ、貴方の場合はですね、15年……ああ、いや、20年前になりますか。事故に遭われていますねぇ。あの時の不運が今回のチャンスで取り戻される訳です、はい。失われた記憶を取り戻すきっかけになるかも知れませんのでね。ええ、私どもとしましては是非快く受け取って頂きたく存じます」
失われた記憶と聞いて、一瞬遊那は迷った。確かに、20年前の事故で失った記憶は未だ戻っていない。
しかし遊那はやはり首を振った。
記憶が戻っていないからと言って、別段日常生活に支障が有るわけではない。
もしかしたら、戻らない方が良いのかも知れないし、或いは、突然ひょっこり思い出すかも知れない。
「20年前の事故の不運の分くらいの幸運は、もう別の処で手にしたわ」
幸運を追って高望みしても良い事などきっとない。
「そうですか」
残念そうに、しかしサッパリとした様子で男は笑った。
「Have a nice life !」
「ありがとう」
遊那は夢の中でシャッターを切った。



end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
1253 / 羽柴・遊那 / 女 / 35 / フォトアーティスト
   1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
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■         ライター通信          ■
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花粉症なんだか風邪なんだか、PCの前にティッシュの山を築いている佳楽季生です、おはこんばんちは。
この度は2度目のご利用有り難う御座いました。
また何時かご利用頂ければ幸いです。