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<東京怪談ノベル(シングル)>


頂上電脳バトル

「……よし、と」
 軽く息をついて、隼は手を止めた。
 昨夜からかかりきりだった作業が、ようやく一段落した所だ。
 コロンビアの麻薬シンジケートのボスからの依頼で、CIAのサーバーにある組織幹部全員の詳細データをチクチク消去していたのである。
 当然というかなんというか、違法だ。アメリカの国内法に照らし合わせて裁判が行われたら、それこそ懲役何百年になりかねない。
 もっとも、隼がそんなドジを踏むはずもなく、楽々とCIAのサーバーに入り込み、全てのデータを依頼どおりに他のデータにすりかえておいた。それもまだ極秘扱いになっている今年のプレイボーイ誌の契約モデル全員分の写真と交換しておいたので、ある意味そっちの方が価値があったかもしれない。
 実はCIAだけでなく、その幹部の名簿や詳細データは、米国国務省のサーバーにさらに詳しい奴があるのも知っていたりするのだが、そこまでは教えてやるつもりはなかった。料金外の過分なサービスまでこなしてやる気などさらさらない。
 最後にマウスをクリックして作業終了のメールをクライアントに送信する。それでこの仕事はおしまいだ。
 全てネット上での取引なので、向こうはこちらの正体など知らないし、こちらも決して掴ませない。
 報酬の受け取りにはスイスの口座を指定してあり、一週間以内に支払われない場合は、何があっても知らないぞと、本文の最後に付け加えておいた。なにしろ相手はマフィアなので、この辺は最初から釘を刺しておかないといけないだろう。
 一応件のデータはこちらでも吸い出してある。その気になれば世界中の銀行ATMから明細の代わりにこのデータをプリントして吐き出させる事も可能だった。それだけの腕も知識も実力も実行に移すだけのずうずうしさも揃っている。
 どうなるかは……まあ1週間後にはっきりするだろう。
 う〜ん、と、軽く伸びをして、すっかり冷めた飲みかけのコーヒーに口をつけた。
 泥のような疲労が、全身をすっかり重くさせている。
 そういやどのくらい寝てなかったっけな……と考えてみて、ふと思い出せない。久々に随分根を詰めたものだ。
 ……さすがに少しは寝ておいたほうがいいだろう。
 隼はそう判断して、椅子から腰を浮かせかけた。
 そのとき、

『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』

 と、スピーカーから同居人の悩ましい声が響いてくる。
「……」
 目だけを画面に戻すと、システムに外部から侵入を試みているものアリ……との表示。
 今の声は、なにかに利用できるかと思って、同居人に「なんでもいいから好きな事喋れ」とマイクを突きつけた際に返ってきた返事だ。
 ……桃色頭脳回路がどういう事を想像したのかは不明だったし、知りたくもなかった。これ以上好き好んで頭痛のタネを増やす事もあるまい。
 即こんな音声ファイルは捨てようと判断したのだが、ゴミ箱にドラッグする途中で首を絞められて阻止されてしまったので、現在はやむなくシステム侵入者への警報音として使用している。
 と、まあ、それはともかく……
 チラリと目をやっただけで、隼は立ち上がった。
 どうせ迎撃プログラムに撃ち落されておしまいだ。そうタカをくくっている。なにしろ今まで中枢サーバーへの侵入など、許した事は1度もないのだから。
 ……が、

『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』
『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』

 続けざまに2回、恥ずかしい声がして、隼は椅子に逆戻りする。表情が少々固くなっていた。
 画面には、システムを守る第二防壁まで突破されたとある。
 ……なにモンだ、こいつ……
 キーボードを4つほどまとめて引き寄せ、それぞれ別の処理を叩き込んでいく。手さばきは超一流のピアニストも顔負けなくらいに速く、華麗だ。
 システムを守る防壁は7層あり、それぞれにパスワードと迎撃プログラムで厳重に守ってある。
 パスワードは防壁個別に設定された乱数表を用いて分単位で切り替えていくため、偶然に発見されるという事はまずありえない。迎撃プログラムも侵入してきた者を逆に探知して襲いかかるという仕様になっており、そこいらのハッカーごときなどは、たちどころに一刀両断にしてみせる程の優秀な猟犬だ。
 それらを統括、処理しているのは地下にある128台の統合型サーバーシステムで、そのうちの24台が防衛、攻撃専用だった。しかも某MS社の技術者陣にたっぷり賄賂を渡して、最新のシステムやチップの情報は社長よりまずはこっちに流せと言ってある。おかげで世界的にも最高峰を誇る装備なのである。
 完璧にまで高められ、洗練されたこのシステムは、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)と肩を並べる程であり、大量にプールされ、整理された情報がもし流出するような事にでもなれば、世界の軍事、政治、経済のバランスが一気に崩れて世界規模の大恐慌、ヘタをすると第三次世界大戦にも発展しかねない大惨事となるだろう。
 そんなものを極東の島国にあるこの少年が1人で構築し、管理運営していると知ったら、世界中の諜報機関が全ての人員を出動させてくるに違いないが……幸いそっち方面にも賄賂を派手にバラまき、その上でありとあらゆる弱みを握っているので、今のところそうなる事はない……はずだった。
 ……ワシントンの連中が本気出して攻めてきたか? 賄賂増やせって要求なら、大統領通して文書で提出してみやがれこん畜生……
 内心でつぶやきながらも、顔は真剣だ。

『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』

 また1層、突破された。
 隼はセキュリティを最高レベルにまで高め、遊んでいるシステムの処理も全て迎撃と防衛、そして相手の探知へと切りかえていく。
 ……おそるべき相手だった。
 この短時間にこうまで簡単に鉄壁のガードを突破する奴とは何者なのか?
 しかもこっちにその正体を掴ませないと来ている。
 侵入の痕跡を辿ると、世界中ありとあらゆる場所の地名が返ってきた。
 イスラエル、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、そして日本……
 中には、公式には存在が公表されていない某国の軍事用通信衛星の型式まで表示される始末だ。
 それら通信先が秒単位で目まぐるしく入れ替わり、次々に超高速高密度のアタックをかけてくる。
 ……こんな事ができるコンピューターがこの世に存在するのか……? いや、そもそもそれを扱えるだけの奴がいるなんて、聞いた事がねえぞオイ……
 世界中の通信網を駆使して四方八方から同時に攻めてこられては、さすがにこちらの処理能力も追いつかない。
 ……このままじゃ、ヤバイ。
 隼の背中に、とてつもなく冷たいものが走り抜けた。

『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』

 万が一に備えて、地下サーバーには全てを吹き飛ばす程の爆薬を仕掛けてある。
 自分でも半分忘れかけていたその自爆コードが、思わず頭によぎった。
 が、すぐに首をぶんぶん振って、脳裏から完全に追い出してしまう。
 そんな事をしたら、自ら負けを認めたも同じだ。
 サーバーの全処理能力を迎撃に切り替え、真正面から見えない敵に向かい合う隼。
 予備のディスプレイも全て表示させ、ありとあらゆるデータを表示させた。
 ほの暗い部屋は、それら画面の明りと、超高速で打ち込まれるキーパンチの連続音だけに支配されていく。
 ……誰だか知らねえが、売られたケンカは買ってやろうじゃねえか。
 目を血走らせて、画面を睨む。
 久々に、身体の底から熱くなっていた。
 侵入を感知した瞬間に逆探知を試み、同時にこれ以上ないくらいにひねくれまくったオリジナルのウイルスを叩き込んでやる。相性さえ合えばソフト面からハードを物理的に破壊するという、とんでもない病原体だ。
 ところが相手もさるもので、加速度的に侵入経路の接続時間を短縮して対応してくる。最初は1回のアタックにつき秒単位の接続だったのが、あっという間にミリ秒、マイクロ秒へと跳ね上がった。とてもではないが、人間技ではない。
 しかも、一気に数万、数十万、数百万の単位で別々のポイントから同時に攻撃を仕掛けてくるとあって……もはや世界を相手にたった一人で電子戦をしているに等しい状態である。
 いかに最高レベルの技術とテクノロジーで武装した電脳要塞といえど、処理能力には限界があった。
 ……なんだコイツは! 神か!? それとも悪魔か!?
 じりじりと押されるのを感じながら、顔を引きつらせる隼。

『いや〜ん、はずかし〜ぃ☆』

 6番目の防壁を突破され、残りはあとひとつ。
 それも時間の問題と悟ったその瞬間だった。

『おモシろかッた〜マた遊ンでネ〜(>▽<)ノ』

 突如インストールした覚えのないメッセンジャーソフトが立ち上がり、そんな言葉が表示される。
 そして……ぷっつりと攻撃が止まった。
「………………」
 目が点になり、一瞬呼吸をする事すら忘れる隼。
 名前こそ名乗ってはいないが、この人をナメきった物言いには覚えがある。
 というか、忘れようと思っても、忘れられる相手ではなかった。
 隼の脳裏に、何も知らない電子妖精の顔が浮かぶ。
 純真で、それでいてこれ以上いないくらいに迷惑な奴……
 ……あいつなら、確かにこれくらいの事ができても不思議じゃない、か……
 そう思い、嘆息する。
 よくよく考えてみれば、途中でそれに気付かない自分がどうかしていた。
 こんな事ができる奴なんて、自分を除けばあいつしかこの地上に存在しないはずなのだから……
 どうやら、思った以上に疲れているようだ。
「…………寝るか」
 システムを通常モードに戻し、がっくりと背もたれに身を預ける。
 もう、腕を上げる気力すらない。
 目を閉じて、そのまま2秒ほど過ぎたとき……
「やっほー隼ー! たっだいまー! 今夜はねー、でっかいクモのオバケと戦ってきたんだぞー! ほらほらこれがその足ー! お土産だー!」
 やたら明るい声と同時に部屋のドアが開けられ、真っ黒で毛むくじゃらの不気味な物体を手にした同居人が入ってくる。
 眠りに落ちかけた意識が引っ張り上げられ、思わず椅子から身体がずり落ちそうになった。
 ……勘弁してくれよ……
 もはや、声すら出せなかった。


 どうも身近な者には苦労させられっぱなしの瀬水月隼15歳。
 彼はこうして、日頃から心身共に鍛えられているのかもしれない。
 ……本人の意思とは、まるで無関係なのが少々問題だったが。

■ END ■