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茶釜子・リターンズ！
＊オープニング＊
その日は珍しく静かな昼下がりだった。三下は、その日に上げた原稿が珍しく、本当に珍しく碇から何のツッコミも入らずに一発でＯＫが出た事に喜びを感じつつも何処か妙な不安も感じずにはいられなかった。そしてその予感は見事的中する。
皆は取材だの打ち合わせだので留守にしていて、三下一人が編集部で留守番をしていた、その時だった。コツコツとヒールの音が近付いてきたかと思うと微かな音を立てて扉が開く。来客かと思って三下が顔を上げると、そこに立っていたのはバツグンのスタイルに計算し尽くされたような美貌の、まさに絶世の美人だったのだ。
『スゴイ！なんて僕好みのオンナノヒトなんだ！頭の先から足の先まで、まさにぴったんこ！コレこそ神様のお恵み！？』
等と馬鹿な事を考えていた三下だが、その美女が「三下サん…」とどこか舌足らずな甘い声で自分の名前を呼んだ時、びっくりするやら焦るやら、だが彼女が更に言葉を継いだ次の瞬間、三下は気を失いそうになった。
「あの、アタシ……茶釜子でス……」
…どうやら茶釜子は三下の好みの女性に化ける事には成功したらしいが、何故か戻れなくなったらしい。これでは帰れないと泣く彼女を前に、そのまんまでもいいのに…とかこっそり思いつつも、三下は彼女が元の狸の姿に戻れるよう、無い知恵を絞ろうと…したけど無理そうなので、誰かに助けを求めに………。
＊恋する乙女＊
そしていつものように、ここは白王社の小会議室。扉には『重要会議中！立ち入り禁止！』とどこかで見た事あるような字で書かれた張り紙がしてある。当然、実際に会議が行われている訳など無く、そこには三下と茶釜子・人間の女性バージョンが二人で居ただけであった。
いやしかし、見れば見るほど茶釜子は三下の理想の女性そのものであった。髪の長さの一ミリたりとも、そして顔の造作の一つのパーツの歪みさえなく、三下が心に思い描いた女性そのものを具現化したようなものだった。ただ違う所があるとすれば、喋り方が元が狸故に少したどたどしい所か。それさえも、このまま暫く人間として生活をすれば、全く普通の女性として、いや、滅多にお目に掛かれない超一流のイイオンナとして振る舞えただろう。だが、その茶釜子も今は肩を落とし、くすんと小さく鼻を鳴らしている。そんな仕種にさえ、三下はズキュン！と心臓を打ち抜かれていたりしたのだが、一応人間の理性で持ってそれを押さえ付け、改めて茶釜子と向き合った。
「…ねぇ、茶釜子。なんで君が人間の姿に、しかも僕の理想の女性の姿に化けられたかは聞かないよ。でも、それはある意味で君の希望だった訳だよね？だったら元に戻れなくってもいいんじゃないの？」
若干、三下の希望が入っているような気がしないでもない質問だが、そんな事にはさっぱり気付かず、茶釜子は涙で潤んだ茶色い瞳―――ここだけは元の狸時代のままだった―――で三下を見詰める。そんな艶やかな瞳に、うッ、と心臓辺りを手で鷲掴みにして煩悩と闘う人間が約一名居たが、それは無視の方向で。
「あの、アタシ……その、化ける事自体は構わなイのでスが……えと、『ゴシュジンサマ』から、人間にだけは化けちゃいけなイって…言われテたから…だから、このまんマじゃあ家に帰れなイんでス……」
イントネーションが微妙に違うような、でも甘いその声で充分に元が取れている言葉で茶釜子が説明する。何故人間に化けてはいけないのか、その辺は置いとくとして取り敢えず今茶釜子が困っている事だけは確かである。恐らく茶釜子は、三下を想うが故に禁じられていた人間への変化（へんげ)に挑戦し、そして元に戻れなくなってしまった。それが茶釜子の言う『ゴシュジンサマ』との間で、どんなトラブルを巻き起こすかは分からないが、少なくとも茶釜子自体は自分のした事をいたく反省しているようである。だったらここは、茶釜子の希望通り、一旦狸の姿に戻す事を考えて………。
ぞーりぞーりぞーり…………。
ふと、三下は廊下に響く、変な物音に気付く。既に時刻は夕方を過ぎて夜の域に入ろうと言う所。その物音は何か重い物をゆっくりゆっくり引き摺るような、でもそれにも増して、その響きに感じる邪悪さと言うか、何と言うか……三下が茶釜子と不思議そうに見詰め合ったその時である。
「やっほー☆ 三下さんッ、おっまたせ―――♪」
どうやら真打ちの登場である。
＊アイノチカラ＊
そうして小会議室には、三下と茶釜子、そして水野・想司の三人が集まった。想司が引き摺って来たのは以前も何処かで見た事のあるような、黒く禍々しいに鈍い光を帯びた大きな棺桶である。小柄な想司がよくこんな重そうな物を担いで来れたな、と言う素朴な疑問はともかく、この大きな小道具（？）を前にして、想司の笑顔はいっそ晴れ晴れしく爽やかであった。
「…で、想司君…これは一体……？」
若干の不安をその胸の内に秘めながら、三下が問う。にーっこりと想司が三下に笑みを向けた後、三下の背中の後ろで怖々こちらを見ている茶釜子に向かって言った。
「あのね、恋って心の力なんだって」
「……はい？」
そう答えたのは三下だが、背後で茶釜子も茶色い瞳をぱちくりさせている。
「つまりね、茶釜子クンが三下さんの理想の女性の姿になれたのは、それだけ強く三下さんの事を想ってたって事なんだよ。ホラ、言うじゃん！『狸の一念岩をも通す』ってね！」
……言うか？
「で、きっとその余りの喜びに君は緊張しているんだよ。その為に、自分が変化の為に辿ったプロセスを忘れている。だってフツーに考えたら、その逆を辿って行けば、狸に戻れる筈じゃんね？」
「ああ、まぁ確かにそうだね。じゃあ、茶釜子がどうやって人間になったのか、それを思い出せば、また狸に戻れると言う訳だね？」
「ご名答―――！☆♪」
ぱーん。と想司が派手にクラッカーを鳴らす。いつどこから出したんだ、そんなもん。舞い落ちる紙吹雪の欠け片を目で追いながら、三下が言葉を続けた。
「それは分かったけどさ、…どうやって思い出させるんだい？僕は、茶釜子が変化する所なんか見てないし……」
「ふふふ…そこで登場するのがコレ！」
意気揚々と想司が示したのが、さっきの棺桶である。想司が合図をすると、ぎぃ…ッと軋む音をさせながら棺桶の蓋が自動で開く。そこにあるのは何かが渦巻く漆黒の闇である。外見上の寸法から見れば、底が覗けて当たり前の筈なのに、そこはただひたすら塗り潰したような暗黒があるだけだ。覗き込んだ茶釜子が、小さな悲鳴を上げて三下の背中に縋り付いた。
「……そ、想司君…これは一体……」
「これはね、ギルドの隠しアイテーム、『妖気増幅変身セット』だよ！勿論、もう既に狸データも導入済みの貴重且つ便利な逸品♪ これであなたもいつでも憧れの狸ライフを満喫できます☆ このチャンスを逃したら、もう二度と手には入りませんよ〜？」
何やらテレビショッピングのような謳い文句で想司が説明する。棺桶の中を及び腰で覗き込んでいた三下が、視線を想司に戻して問う。
「…うん、それは分かったけど…何をどうするつもりだい……？」
「簡単な事だよ。恋するパワーが姿をも変える事ができる、でもそれは茶釜子クンにはそう言う能力があるからだよね？三下さんがどんなに狸になりたいと願っても、無理な話なんだよ。だから、その希望を僕がこの装置で叶えてあげるッ☆ これで三下さんも狸になれるよ！んで、その過程を茶釜子クンはしっかりと見ていれば、自分がどうやれば狸に戻れるか、きっと思い出すに決まってるよ！」
「ああ、なるほど！それは名案……って、ちょっと待て―――！！」
三下が頭を抱えて、ぎゃー！と悲鳴を上げる。その襟首を想司は引っ掴むと、まるで子猫でも持ち上げるように軽々と三下を例の棺桶の中へと放り込んだ。
＊狸の一念岩をも通す＊
「あアぁッ、三下サん！」
茶釜子も頬に両手を当てて悲鳴を上げた。さすがに茶釜子には、この棺桶から発している、異様な程の妖気が分かるらしい。健気な女房宜しく棺桶に駆け寄るが、その鼻先で無情にもばたんと棺桶の蓋は閉まってしまった。
「三下サん、三下サ―――ん！」
拳で棺桶の蓋をどんどんと叩くが、その重々しい作りの棺桶はびくともしない。中からも何の反応も無く、茶釜子の綺麗な眉が泣き出しそうに歪んだ。それを見ても至って平然と、想司は鼻歌なんぞ歌いながら棺桶の蓋の上に、指先で魔法陣を描き、儀式を開始しようとしている。
「だーいじょうぶだよ、茶釜子クン！君の愛した三下さんはちょっとやそっとの事でめげやしないって☆ なんてったって、三下さんはこの僕の最後のライバルになるべき相手だもの、これぐらいでどうにかなっちゃうような柔な人じゃないから♪ さ、君は三下さんの変化の過程をちゃんと見ているんだよ？三下さんとの、らぶらぶ狸ライフの為に！」
実に嬉しそうに想司がそう言うと、茶釜子が硝子玉のように澄んだ瞳で想司を見詰め、こう言った。
「……でも、棺桶は透明じゃないカら、蓋が閉まってタら三下サんが変化する所は見えなイわ……」
「………………………………………………。あッ、三下さんの服の端」
鋭い茶釜子のツッコミに、想司の視線は棺桶の縁に挟まった三下のシャツの裾へと移る。さっき描き終えた魔法陣がぼうっと妖しく光ったかと思うと、す―――…っと棺桶に吸い込まれるように消えて行く。そうして暫くすると静かな地響きと共に棺桶はぐらぐらと揺れ始め、その振動が最高潮に達した時、ばぁんっと棺桶の蓋が開いて、そこからまるで『ぺッ』と吐き出されるように、三下が飛び出してきた。
「三下サん！」
「…あれ？三下さん、三下さんのままじゃん。おかしいなぁ……」
見れば棺桶に吐き出されて来た三下は、さっき放り込む前と寸部違わぬ様子である。ただ違う所があるとすれば、何やら妙に消耗している所か……。
「三下さん、ちゃんと変化したんでしょ？あんなに強く狸になりたいって思ってたんだから」
「い、いや変化なんて僕に出来る訳が……そもそも願ってないし……」
三下の言葉の後半はあっさり無視して、想司がぽんと手を打った。
「あ、そっか。これは妖力をあくまで『増幅』させるものだから、元より妖力のよの字もないような三下さんには無用の長物だったんだ」
「……想司君…」
「じゃしょうがないよね！まずは三下さん、眠れる妖力を引き出す事から始めようか☆」
そう、にっこりとあくまでも爽やかな笑みと共に告げる想司だったが、そんな彼が一般的にまともな事を言った試しはない。恐る恐る、三下が尋ねた。
「…あの、想司君……？ヒトツ聞きたいんだけど、妖力を引き出すって…どうやって……？」
「決まってるじゃん！ニンゲン、極限状態になれば誰だって目覚めるって♪ これから僕が三下さんに未曾有の恐怖を与えてあげるから、楽しみにしててね☆」
「待ったッ！僕は妖力なんかいらないから―――ッ！勘弁して―――！！」
三下の虚しい悲鳴と抗議が響き渡る。さて、三下の運命や如何に。
＊美狸・茶釜子＊
で、結局、茶釜子はどうしたのだろう。暫くすると、以前のように三下の下宿の辺りをうろつく、一匹の狸の姿を目撃した人がいるから、どうやら無事に元の姿に戻れたらしい。彼女が『ゴシュジンサマ』からお叱りを受けたかどうかは謎だが、それでも未だに三下詣でを続けている所を見ると、暗黙の了解で三下との交際（一方的にだが）を認めて貰ったようだった。
…三下。そろそろ度胸を決めた方が。
おわり。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 0424 ／ 水野・想司 ／ 男 ／ 14歳 ／ 吸血鬼ハンター 】
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■ ライター通信 ■
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大変長らくお待たせ致しました、自分で依頼を上げておきながら年度末な事に後で気付いて七転八倒していた、碧川桜です。
水野・想司様、お久し振りでございます！またお会い出来てとても嬉しいです（平伏）
今回も『ぶんぶくの恋』と同様、三下さんとのツーショット（違）でお送り致しております。その為、少々短めな展開になっておりますがご了承くださいませ。あまり弾けたギャグにならなかったような気がして、ちと残念なような感もありますが、如何なもんでしょうか（汗）
と、言い訳しながらもそれでは今回はこの辺で。またお会い出来る事を心からお祈りしております。
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