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<PCシナリオノベル(シングル)>


第三話 悪意あるモノ
◆再び現れた双子
「どうして・・・?」
目の前の光景に、巫 聖羅は言葉を失った。
夕方、学校からの帰り道、いつも通りの電車に飛び乗った・・・はずだった。
「また、会ったわね。」
鏡に映したような双子の少女、壱比奈と継比奈が寄り添ってクスクス笑っている。
列車の中には乗客の姿はまったくない。
がらんとした空っぽの列車に、薄赤い夕日が差し込んで中を染めている。
血生臭さも、何もそこにはなく、ただ少し誇りっぽい空気が生温く溢れていた。
「あの時、冥府へ送った筈なのに・・・」
聖羅の脳裏に、虚無の暗闇に飲み込まれていった少女たちの顔がはっきりと思い浮かぶ。
如何なる物も封じられる虚無の闇。
この少女たちはそこから舞い戻ったというのか?
「まだ甘かったって事・・・?」
聖羅は無意識に拳を握り締めた。
緊張で汗が滲む。
「お姉ちゃんが死ぬ時はどんな悲鳴をあげるのかしらね?」
壱比奈が喉の奥で笑う。
凄絶な笑みが、泣き顔にも見える。
「生きたまま・・・引き裂いてあげる。お姉ちゃん!」
そう言って、二人が聖羅の方へと手をのばした。
その瞬間、風のようなものがひゅんっと聖羅の頬をかすめる。
「ちっ!」
咄嗟に聖羅は横飛びにそれを交わした。
背後で、ドォンと鈍い音が震えた。
振り返ると、車両間をつなぐドアが何かの衝撃でひしゃげている。
「逃げてよ。もっと逃げて!」
壱比奈は無邪気に声をあげてはしゃぎながら、聖羅の足元を狙って見えない衝撃波をぶつけてくる。
「五月蝿いっ!」
聖羅は足元を抉った衝撃波を飛び越えるようにして交わすと、ひしゃげたドアへと駆け寄り、隙間からドアの向うへ滑り込んだ。

◆狂気の源
聖羅は無事な方のドアを思い切り閉めると、何事か呪を唱えてドアに結界をかける。
あの少女たちは過去に空間を歪めたりしていたので、どれほど持つかは疑問だが、それでも少しは時間が稼げるはずだ。
「何なの・・・あの子達は・・・」
聖羅は胸の中に引っ掛かりを感じていた。
殺しても死なない、そう言う存在は確かに居る。
だから、あの少女たちが甦って来たことには引っかかりを感じない。
今度は、二度と戻れぬように殺してしまうしかない。
だが・・・

少女たちが聖羅に見せる「悪意」。

何度殺されても、彼女たちが聖羅に感じているのは「復讐」や「殺意」ではない。
目の前にいるから殺そう、目の前にいるから壊そう。
それこそ、神の愛のように全ての物にくまなく降り注がれる「悪意」
邪気のない純粋な・・・破壊衝動。
全ての物をくまなく憎み
全ての物をくまなく壊し
全ての物を無へと還す「悪意」
それが、何故あんな幼い少女たちの中に生まれたのだろうか?
「何度も何度も生き返り、この世に戻ってきてまで、この世界を壊し続けたい悪意って・・・?」
聖羅は、そう考えてゾッとする。
あの少女たちは見かけ通りの歳ではないかもしれない。
では、いったい何時からそんなに・・・?
途方もない想像に背筋を震わせた。

「お姉ちゃん、かくれんぼはつまんないよ。」

声がして、はっと顔をあげると、結界を施したドアのガラス窓の向こうから少女たちが覗いている。
くすくすと笑いながら、ガラスに手をつけて、精一杯背伸びして、子供のようなあどけない仕草で、聖羅を殺そうと舌なめずりしているのだ。
面白いゲームの続きを楽しむように。
「なんなのよ、あんたたちっ!」
聖羅は立ち上がり、少女たちを正面に見据えた。
「何がそんなに楽しいのよっ!?」
聖羅の声を少女たちはクスクス笑いながら聞いている。
「どうして、人を殺すのっ?あんたたちに、何があったのっ?」
「何も、ないわ。」
少女の一人、壱比奈が扉をすり抜けてくる。
指先からするりと・・・暗闇から光の中へ姿を現すように。
「何もないから壊すの。」
「何もないから殺すの。」
継比奈が続いてドアをすり抜ける。
この少女たちには物理法則も通用しないのか?
「私たちは、世界を壊すために生まれてきたの。」
「あんたたちを作ったのは誰?」
「虚無の境界。」
継比奈が完全にドアを潜り抜け、二人の少女は口を揃えていった。
「私たちは世界を破壊するために、この世界に作られてきたの。」
「私たちは世界を破壊して、私たちの中を破壊で満たすの。」

「だって、壊すのは面白いんだもの!」

最後の言葉と同時に、壱比奈の手から衝撃波が生まれる。
聖羅は衝撃波を咄嗟に交わしたが、今度は継比奈の生み出した餓鬼に足をとられてしまった。
「くっ・・・」
毛むくじゃらの餓鬼は足で蹴飛ばしても、手で払っても、しつこくよじ登ってくる。
足に食いついた餓鬼を叩き落す。
痛みと血が足を伝う。
「面白いからって、殺すものじゃないっ!」
聖羅は素早く呪を唱えると、数体の影を召喚する。
影はその手に鋭い刃を構え、少女たちへと立ち向かった。
「玩具の兵隊ね!」
瞳を輝かせて、壱比奈は影に立ち向かった。
「邪気よ、我が手で刃と変われ!」
青白い光をまとい、影の中へ突っ込む。
「その少女を捕らえなさいっ!」
少女を飲み込んだ影に、聖羅は命じる。
影たちはそれを守るために、少女を飲み込んだまま一ヶ所に集結した。
「影なんか、消えちゃえっ!」
継比奈が、壱比奈が取り込まれたままの影たちへ餓鬼を放つ。
餓鬼の剥く牙は影を切り裂く。
たくさんの餓鬼が砂糖にたかる蟻のように、影を飲み込む。
「そこにある邪悪なものを焼き尽くせっ!」
聖羅は新たな存在を召喚する。
今度の存在は刃を持たず、床からは湧き上がるように紅の体を揺らめかした。
「浄化の炎よっ!焼け!」
舐めるようにしなやかに、紅蓮の炎は餓鬼と少女を襲う。
しかし、炎に飲み尽くされても、少女の笑い声は途絶えなかった。
「夜の暗闇よ!炎を吹き消せ!」
高らかな笑い声と共に、突風が窓のあいていない列車の中を駆け抜ける。
炎はその突風に散らされ、後には二人の少女が残った。
「まだまだ、もっと楽しませてよ。苦しんで、戦って、目の前でもがいてちょうだい。」
壱比奈は瞳を輝かせて言う。

「私はもっと壊したいの!殺したいの!」

聖羅は絶望に近い気持ちで少女たちを見た。
殺しあわずに済む道を考えもした。
しかし、少女たちはそれを望まない。
言葉も通じず、壊すこと、殺すことだけが、少女たちを感じさせることの出来る方法なのだ。

「これ以上、どうしようもないようね・・・」

聖羅はそう言うと、胸の前で手を組んでじっと目を閉じた。
「貴方たちに本当の無をあげるわ。」
そして、静かに呪を唱えた。

◆虚無
目を開くと聖羅は、無抵抗なまま少女たちを見た。
その眼には恐怖も殺意もない。
その瞳に宿っているのは、何もないと言い放った少女たちへの哀れみだけだ。
「あんたたちのは無でもなんでもない・・・」
ゆらりと聖羅の体から陽炎が立ち昇る。
紫色の暗い陽炎は次第に濃さをまし、影へと変わる。
聖羅にたかっていた餓鬼たちは、影に触れると、冷たい骸となって床に落ちた。
「命あるものが、虚無にはなれない。無は生あるものにとっては手の届かないもの・・・。」
影が腕を広げるように立ち上がる。
恐怖も、殺意も、悪意も、破壊衝動も、生きているから生まれる感情。
虚無・・・本当の無にはそれすらもない。
「ただ、静かな死のみの世界。」
聖羅の頭上に立ち上がった影は、紅に輝く瞳で無表情に少女たちを捕らえた。
少女たちはその姿を呆気にとられて見つめている。
恐怖も何も感じていない。
そこにいるものの存在の不可思議さに反応が出来ない。

「彼に名前はない。それが無であり、死だ。」

聖羅の召喚した影は、少女たちを抱きかかえるように腕を大きく伸ばす。
その指先が少女たちの頬に触れるが、少女たちは身動きも出来ずにじっと紅の瞳を見ていた。
「あぁ・・・あ・・・」
壱比奈の唇から声が漏れる。
震える喉から、必死に搾り出すような声だ。
「ひっ・・・あ・・・」
影に触れられた場所から、氷に焼き鏝で触れるように、少女の姿が溶けてゆく。
後には灰も残らない。
死には悪意も慈悲もない。

この世界からの完全な消滅。

聖羅の召喚した「死」は何処に属するものでもない。
現界でも、異界でも、天界でもない。
冥府の闇ですらない。
死によって全てを失い、この世から消える。
それが真の「無」なのだ。

お姉ちゃん

二人が完全に消える直前。
少女の唇がそんな風に動いた気がした。
一瞬だけ、少女たちの瞳が聖羅を見たような気がした。
しかし、すぐにそれは目の前から掻き消され、そこには影すらもいなくなった。

◆生けるものの世界へ
聖羅は、二人が立っていた場所にそっと歩み寄った。
そこには何の痕跡もない。
血の跡も、足跡すらない。
今はもう、聖羅の記憶の中にしか存在はない。
その記憶もいつかは薄れ消えてしまうかもしれない。
本当の死とは、その瞬間なのかもしれない。
聖羅の影だけが床に落ちている。
聖羅は窓の外を見た。
夕日が更に赤くそれを染めている。
もうじき夜が来るのだろう、空は濃紺と紅の美しいグラデーションを見せていた。

「今度は、こんな空を見て綺麗だって思えるように生まれて来れば・・・いいわね。」

聖羅はそう呟いて、ドアの前に立った。

いつの間にかホームへと近付いていた列車は、静かにその振動を止め、ドアを開くのだった。


The End.