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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


東京怪談・月刊アトラス編集部「三下首切撤回作戦」

■オープニング
 ポカポカと暖かな日差しが窓から差し込んでくる。地方によっては未だ石油ストーブがフル稼働していようとも、3月も半ばともなれば既に世間の認識は春である。
 いつものように半泣きで仕事をこなすというか引っ掻き回していた三下は、指先でちょいちょいと麗香に呼び寄せられ条件反射で麗香の元に馳せ参じた。
「三下くん」
「はいいいっ! なんでしょうか編集長!」
 暖かで麗らかな春の午後。
 その気持ちのいい午後を見事に破壊したのは、珍しくもぼんやりと外を眺めていた麗香がポツリと唐突に口にした言葉だった。
 窓の外を見つめたまま、麗香はなんでもない事のように言った。
「クビ」
「はい…………ってええええええええっ!!!!!?????」
 やはり条件反射で頷きかけた三下は30度程首を傾けた所で我に帰って絶叫した。
「へ、へんしゅうちょおおおおおおおお??????」
 早速泣きだし脚にすがり付いてきた三下を、麗香は容赦無く蹴った。
「新人入れたいのよ、だからクビ」
 そう、世間は春である。春。フレッシャーズのシーズンである。しかし不況の煽りはアトラスもしっかり受けている。本年度新規採用はない、そういうことになっていた。だがこの春の陽気が麗香をすっかりその気にさせてしまったのだ。
「いい三下君? やる気に満ち満ちた可愛い新人を雇う為には今現在いても居なくても変わらない人材のクビを切るしかないの。分かるわね、だからクビ」
「へ、へんしゅううちょおおおおおお???????」
 三下が泣こうと喚こうと、相手は碇麗香である。労働基準局も労働基準法も労働組合も、その気になった麗香の前では無力に等しい。

 つまり麗香の『その気』をなんとかして霧散させねばこの喧しい三下の泣声は収まらない。
 さあ、あなたはどうする?

■本編
 それは極普通の昼下がりだった。
 麗香に頼まれた翻訳の原稿をお使いのついでに届けにきた。シュライン・エマ(しゅらいん・えま)にとって極々日常的な午後だったのだ。
 駅から最短のルートで、しかし足取りは少しゆっくりと、つまりのんびり散歩を楽しみながらシュラインはアトラスの編集部を目指していた。
 日差しはポカポカと暖かく、桜の花もちらほらと咲き始めている。
 実に気持ちのいい春の昼下がりだ。
 だが、いざ編集部に辿り着いてみるとその麗らかさはあっさりと霧散した。
「へんしゅうちょおのばかああああああああ!!!!」
 聞き覚えがありすぎてうんざりする絶叫。
 それと共にやはり見覚えのある泣き顔が脱兎の勢いでビルから走り出てくる。
「三下、くん?」
 そのままビルの入口で座り込み、三下は人目もはばからずにぐしぐしと泣きじゃくっている。泣いているのはいつもの事としても、わざわざ編集部から飛び出してきた上に座り込んでとなると少々『いつもの』とは言いがたい。
「……今度は何したのかしら?」
 小首を傾げたシュラインは、それでも話を聞くべく三下へと歩み寄った。話は聞く気でも『なにがあった』とは呟かない辺り、シュラインも三下の味方ではありえない。まあ理解者ではあっても。
「三下……」
 くんと、声をかけようとしたその時だった。
「ふふふ、ふあーはっはっは!」
 天を劈く哄笑が響き渡った。
「な、なに!?」
 シュラインは目を剥いた。泣いていた三下もまたはっと面を上げる。哄笑は、ビルの屋上から響いていた。
 陽光に目を細めながら見上げると、そこには小柄な影が見える。声から察するに少年だろう。
 その少年は『はっ!』と言う掛声と共に、ビルからその身を躍らせた。普通ならここで目を覆うところだが幸か不幸か三下もシュラインもこうした異常能力者(超常能力といわんか)には慣れている。流石に目を見張りはしたが。空を切り、少年はふわりと着地する。
「ちょっとあんた……」
 少年はシュラインの声を見事に無視し、つかつかと三下に歩み寄った。
「三下忠雄! この負け犬が! 俺と共に来るがいい。心身ともに鍛え直してくれる! 女が! 女がなんだー!!!!!」
「ちょっと、あの?」
「そうだ毒電波なんか俺は怖くないぞー!!!!」
「あの、あんたね……」
 シュラインの声など丸で届いていない。三下はオロオロするばかりだ。
 少年は言いたい事はいったとばかりに、三下の手をぐいと引いて無理やり立たせると、手の中に光の刀を現出させた。
「ちょ……」
 どこかで見た。見たくもなかったが。
 シュラインがそう思うより、その少年が空を切り裂き、三下諸共に消え去るほうが早かった。
「……なに、が起きたの?」
 その呟きに、答えるものは居なかった。

 いやな静けさに包まれた編集部のドアをシュラインは開けた。
 そしてその空気に動じる事無く、言った。
「ねえ、泣きながら走り出してきた三下くんが何だか――」
 一旦言葉を切り、シュラインは苦笑した。自分で見たものが、自分でも信じられない。
「――攫われちゃったみたいなんだけど」
「はあ!?」
 麗香に対する恐怖も忘れ、冴木・紫(さえき・ゆかり)と湖影・梦月(こかげ・むつき)は異口同音に声を上げた。

 三下の誘拐という、はっきりいって何の特にもならなそうな事態を前に女たちはすっかり困惑していた。何しろ基本的に仕事は出来ない、身代金を取れるほどの財もなく、関係者達にその情もない。見て楽しめるほど愛らしくも美しくもない。ないない尽くしの三下なのだ。
「なんだかよく分からないんだけど、泣きながら三下君が飛び出してきたと思ったら、今度は訳のわからないのが行き成り出てきて、訳の分からない罵倒しながら三下君を捕まえて消えちゃったのよ」
 シュラインは首を傾げながら見たことを簡単に説明する。
 紫と梦月も、三下が泣いていた理由をシュラインに告げた。麗香が三下を首にすると言い出したのをいい事に、紫を後釜に据えろと麗香に迫り、散々に三下を罵倒したという。それに対するシュラインの反応は淡白なものだった。
「なに、とうとう首になったの?」
 予想外の事実ではないという辺りが哀しい。
「その予定よ」
 麗香もまたにべもない。
 怜悧な面差しに冷酷といってしまっていいほどの壮絶な微笑を浮かべ、デスクの椅子に腰掛けて脚を組んでいる。どうやら相当『年増』がトサカに来たようだ。
「はいはいはーい! それで私後釜に座りまーす!」
 友人の元気な声に、シュラインは息を吐き出した。聞かずとも分かる、これは、
「――で? 今度は何止められそうなの?」
 つい先日電話をかけたところ『只今この電話番号は……』と言うお決まりの文句が聞こえてきた。冴木紫にとって、部屋の何かがちょっと都合が悪くなる、というのはそう珍しいことではないのである。電話は復活したがその為にどうせ何かにしわ寄せが来ているのだろう、シュラインはそう看破した。
 紫は悔しそうに歯噛みした。
「電気……」
「紫お姉様そう落ち込むことはありませんわ! 三下様が首になってくだされば万事解決なのですわぁ」
 梦月が必死に紫を励ます。
 因みに紫の携帯は三ヶ月に一度は不通になるのが普通である。電気も初めてのことではない。ガスに、水道もである。因みにこれは料金滞納で止められる順番でもある。嘗ての著者の体験だとかそういうことは、想像がついても突っ込まないのが人情だ。
 シュラインはまたしても燃え上がってしまった二人をどこか生暖かい目で眺めていたが、ふと気付いたように言い出した。
「でもねえ?」
「なによ?」
 紫が小首を傾げる。
「三下君を首にするって、それってどうかしらね?」
「どうもこうもありませんわ。とっても名案だと思いましてよ?」
 紫の横に腰掛けた梦月が、紫に習うように小首を傾げる。麗香もまた不思議そうにシュラインに問い掛けた。
「どういうこと?」
「だって、ここってオカルト編集部でしょ? 三下君色々と一人で背負って不幸になってくれるし、お守り代わりに置いとくのもいいんじゃない?」
 三下忠雄。世紀の不幸青年。確かに総ての災厄を引き受けるということに関しては人後に落ちない。
「分散しちゃうとそれこそ厄介なんじゃない? 仕事できる人が霊障にあったりしたらどうするのよ」
 う、と梦月がまずつまった。
 三下が居なくなり、兄がここのバイトを辞めてくれればいい。だがそうでなく三下さんの帰りを待つっスよ! 等と居座ってしまったら……
「ダメですわぁ、そんなのわぁ!」
「あ、こらちょっと梦月! 早速裏切るの!?」
 紫に講義の声にも梦月は頑強に首を振る。
「だって龍兄様の避雷針がなくなってしまいますわ、ダメですわぁ!」
 嗚呼、同盟よサヨウナラ。
 共通の敵の下に集った仲間は、その敵の立場如何によっては脆くも崩れ去る。これもまた天然色見本である。
「紫も、少し冷静に考えてみたら?」
「なによ?」
「だってよ? ここのお給料高くないわよ? 武彦さんのところで依頼料貰ってその上原稿書いてって方が絶対実入りいいんじゃない? それに――バレるわよ?」
 ビクッと紫が反応する。頬をつつーっと冷たい汗が伝った。
「そ、それは……もしかして……」
 紫にもまた兄が居る。そしてその兄との関係は、まあ、アレだ。梦月とは正反対と言っていいだろう。兄の認識は兎も角として。
 シュラインは重々しく頷いた。ビシッと一瞬固まった紫は次の瞬間ぐるんと麗香に向き直った。
「ダメよ、なんかダメよ絶対ダメよ! 私を雇ったら不幸が降りかかるわよ却下却下!」
 必殺掌返し。先刻まで三下首切を熱烈に指示していた二人が二人ともこれである。麗香は流石に呆れたように唸った。
「あのね、あんた達……」
「麗香さんも」
 麗香の言葉をシュラインが遮る。
「これから花見でしょう。場所取りするにもやっぱりほらギリギリまで仕事してるんでしょ麗香さん達。なら三下くん縛り付けるなりして場所捕獲とかにも使えるじゃない?」
 う、と麗香は言葉に詰まった。
 確かに無能である三下は。そして無能であるが故に、麗香はこれまで三下を言葉は悪いが実質奴隷紛いに雑用でこき使っていたのである。
 有能な初々しい新人。
 それを雇いたいのは山々だが、それが三下ほどの、『都合の良さ』を発揮するだろうか。
「――否、ね」
「そういう事」
 こうして三下の首の危機は回避される事と相成った。
 彼が誘拐されたという事実を、全員が綺麗さっぱり忘れたままに。

「いいか! 俺の訓練に耐え切れればお前は史上最強の殺人編集者になれる! だが、それまではウジ虫だ! 分かったら声を出せ! 俺達はロンリーが好きだ! 悔しくなんかないぞ! ガンホー!」
「がががが、がんほー……」
「声が小さぁい!!!!」
 そしてその頃。
 三下誘拐犯である緋波・奏(ひなみ・かなで)が三下に対する無意味なしごきを全力で実施していた。

 そして三日後。戻って来た三下はすっかり人相が変わり逞しくなっていた。が、
「――無断欠勤ね、三下君」
「へへへへへ、へんしゅうちょおおおおおお!!!!!」
 麗香の一睨みで総ては水泡に帰した。
 三下忠雄。もしかしたら首のほうが幸せだったかもしれない春の出来事だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【1325 / 緋波・奏 / 男 / 16 / 時空跳躍者への刺客】
【0684 / 湖影・梦月 / 女 / 14 / 中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の発注ありがとうございました。

 春です、フレッシャーズです!
 ……そして就職見つかりませんそれどころかなんか人間ドック引っかかっておりますダメですワタクシ。<待て
 ところで上司に持つなら三下君と麗香さんのどっちがいいデスカ?
 私はどっちもイヤですが。<更に待て
 はたで見てると非常に楽しいとは思うのですけれども。

 今回はありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。