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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:復讐の氷刃
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 いまさら確認するまでもない事だが、新山綾は大学の教員である。
 したがって、三月ともなればけっこう忙しかったりする。
 卒業式‥‥学位認定式の準備があるし、そのあとには祝賀会などにも出席しなくてはいけない。
 だから、
「なんですって!?」
 訃報が研究室に飛び込むまで、彼女の生徒の一人が自殺するほど追い込まれていたことなど知りようもなかった。
 握り締めた受話器と、茶色の髪が震えている。
 自殺したのは田中ゆかりという生徒だ。
 人文学部に在籍する二回生である。
 原因は、金銭的に追いつめられていたこと。
 いわゆる借金苦だ。
 といっても、その娘自体が借金をしたわけではない。
「闇金業者‥‥」
 怒りにも似た呟きが漏れる。
 ある日、突然ゆかりの銀行口座に金が振り込まれ、その直後から厳しい取り立てが始まったのだという。
 押し貸しと呼ばれる、闇金融業者の常套手段だ。
 本来、そんなものに返済の義務などないが、凶暴に威迫されれば気の弱い人間は平静でいられない。
 そしてゆかりは、脅迫に屈する形で、言われるままに金を払ってしまった。
 業者の思うつぼである。
 口座には、次々と意味不明の金が振り込まれ、借金の額は一〇〇〇万円を超えた。
 とてもではないが、一介の大学生に支払える額ではない。
 思いあまった彼女は、自ら最悪の選択をしてしまう。
「そう‥‥」
 明らかにされた事情を前に、綾は一言呟いただけだった。
 だが、この大学助教授を知るものが見れば、悪寒を禁じ得なかっただろう。
 漆黒の瞳に、極高温の白い焔が燃え盛ってる。
 それはまるで、死刑宣告のような冷たい炎。
 焼き尽くされるのは、
「どうしても‥‥死にたいみたいね‥‥蛆虫ども‥‥」
 綾の教え子を死に追いやった闇金業者だ。
 この上なく残酷な死だけが、彼らには待っている。
 白衣を脱ぎ捨てた茶色い髪の魔女が、ふたたび電話に手を伸ばす。
「サトル‥‥また、殺人許可証の準備をお願い」
 繋がる先は内閣調査室。
 求めるものは、内閣総理大臣が発行する特殊な書類。
 人呼んで、殺しのライセンス。







※綾が、暴走しかかっています。
 止めるなり協力するなりしてくだださい☆
 敵は暴力団と闇金業者です。
 バトルシナリオに発展する可能性が、充分にあります。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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復讐の氷刃

 殺人許可証は、公的に発表される類の書類ではない。
 当然のことである。
 この日本という国は、基本的には法治国家なのだ。
 何人たりとも、法以外のものによって罰せられることはない。
 だが、法の目をかいくぐり、人間の生き血をすする輩がいることも、また事実だ。
 人間の作ったものである以上、法は完璧ではありえない。
 だからこそ抜け道はいくらでもある。
 跳梁が跋扈する余地は、いくらでもあるのだ。
 そしてそれをすべて消そうとするなら、国そのものを消滅させ、もう一度作り直さなくてはならない。
 むろん、現実的にそんなことは不可能である。
 それを知っている連中は、わがもの顔で悪事をはたらく。
 城狐社鼠、という。
 法治国家の理念と理想を逆手にとって。
「残念ながら、不正のない社会は存在しないわ」
 新山綾が口を開いた。
 昼下がりの研究室。
 茶色い髪の助教授の前には、四人の男が座っている。
 ともに幾度もの死線を乗り越えてきた仲間だ。
「だからって、殺すというのは不穏当すぎるだろう」
 武神一樹が言う。
「せやけど、ほっとくってのもできへんで」
 藤村圭一郎が控えめに反論した。
「サトルさんも、こんな書類を俺に預けなくてもねぇ」
 嘆息する斎裕也。
「綾は動くな。蛆虫どもは、俺が始末する」
 ぎりぎりと、奥歯を噛みしめる巫灰慈。
 四者四様の表情だ。
 無辜の市民を死に追いやった闇の住人に対する怒りは、むろんある。
 だが、だからといって簡単に復讐を容認することはできない。
「殺人許可証(こんなもの)があるなんて、みんなは知らなかったでしょうね」
 綾が苦々しい表情をする。
「いや、そうでもないぞ」
 調停者が苦笑を浮かべた。
 さすがに名称まで想像するのは不可能というものだが、そのような存在があることは、明敏な彼には判っていた。
「そっか」
「そうやないと、綾はんは今まで何回も逮捕されとるやろ?」
 藤村も笑う。
 参集した四名。
 それぞれ為人な違うが、頭脳の働きは愚鈍から程遠いメンバーだ。
「ちなみに、何人くらいが持ってるんですか? それ」
「わたしを含めて一〇人もいないわ。発行を要求できるのは」
 斎の問いに、あっさりと答える綾。
 いまさら隠しても仕方がない。
 殺人許可証は、法の目をかいくぐる巨悪に対して行使される最後の手段だ。
 ルールを悪用しねじ曲げる豺狼どもには、このような超法規的手段でしか対抗のしようがないのだ。
 むろん、許可証の発行には厳しい条件がある。
 申請できる人間が限られているのもその一つだし、行使しようとするたびにいちいち申請しなくてはいけない。
 たとえダニでもクズでも、命は命だからだ。
 簡単に殺人が許可されるはずはない。
「迂遠なことだぜ」
 メンバーの中では、最も積極攻撃型に分類される浄化屋が言った。
 本当なら、ちゃんと法によって取り締まる事ができれば一番良いのだ。
 いくら殺人許可証を行使したとしても、自殺した教え子が返ってくるわけではない。
 そして、少数の闇金業者を「処分」したところで、今後の被害が減るわけでもない。
 抜本的な解決には、役立たないではないか。
 しょせんは対処療法。
 きちんと法制度が整うまで、いったい幾人のものが犠牲になるのか。
「それで、ちゃんと規制できるようになった頃には、はしっこい連中はとっくに次の段階に移行してるっちゅうわけや」
「いたちごっこだな」
 藤村と武神が苦笑を浮かべる。
 斎も肩をすくめた。
 おそらくこれは、人間社会が続くかぎり絶えることがないのだろう。
 他者の生き血をすすることで生きる害虫は、消えることがない。
「いっそ、根絶やしにしちゃえば後腐れがなくていいんだけど」
 危険な微笑で言う綾。
「まるで冗談にきこえねぇぜ」
 巫がからかったが、紅玉の瞳は必ずしも笑っていない。
 なぜなら、恋人が一言も冗談など口にしていないことを、彼は知っているからである。
「いずれにしても、殺すってのは無しだ。もしそうなったら俺はお前を止めなくてはならん」
 表情を改め、調停者が助教授と正対する。
 都内で骨董屋を営むこの男は、殺生を極端に嫌う。
 まあ、そんなものを好む人間など滅多にいないだろうが。
「博愛主義ってヤツ?」
 綾が挑戦的に胸を反らせた。
「ダニにも生きる資格があるってことかよ?」
 さりげなく、巫が恋人の傍らに立つ。
 場合によっては一戦も辞さない、と、その態度が語っていた。
「まあまあ」
「仲間内で争ってもつまらんで」
 平和主義者の振りをしながら、藤村と斎が仲裁する。
「綾が狙っているのは、『みせしめ』としての効果だろう?」
「そういうことよ」
 もともと、深刻な対立というわけではない。
 微苦笑を浮かべただけで、同年の男女は話題を元に戻した。
 暴力団や闇金業者をこの世から根絶すること。それは残念ながら不可能だ。
 たとえ、どこぞの探偵事務所の事務員が苦手な黒いアレが絶滅したとしても、その種の人間が絶えることはありえない。
 そういうものなのだ。
 したがって、黒い瞳の魔術師が考えていることは、ダニの一掃ではない。
 特定の業者を血祭りにあげ、暴力屋どもを震撼させる。
 反撃や報復の意志を持てないほど、徹底的に。
 この場合、特定の業者とは、ゆかりを死に追いやった闇金とその背後にいる暴力団だ。
 ざっと見積もって四〇人。
 他の業者が廃業を考えるくらい、残酷に無惨に死んでもらう。
「いい? 武神くん。アイツらの辞書に自己反省や自己浄化なんて言葉は載っていないわ」
「まったくだぜ」
 頷いたのは浄化屋だ。
 なにしろ、
「街を歩いている人が札束に見える」
 などと公言するような連中である。
 良心など欠片ほども持っていないし、良識にいたっては、そんな文字すら知らないだろう。
「俺は止めへんで。世の中には煮ても焼いても食えへん人間が、たしかにおるもんや」
「でも、殺すのはいかがなものかと」
「じゃあ、どうすんだよ」
「死ぬよりつらい目に遭ってもらう」
 穏やかな顔を崩さぬまま、武神が宣言した。
 あるいはそれは、綾の考えている事よりはるかに辛辣だったかもしれない。
 なんだかんだいっても、結局のところ死は一瞬だ。
 いずれは忘れられる。
 だからこそ、蛆虫どもには生きていてもらうのだ。
 無様で滑稽で悲惨な姿をさらして。
 それこそが、やつらにふさわしい末路だ。
 死による解放など生ぬるい。
「おやおや‥‥」
 綾が両手を挙げる。
 説得されたというより、殺気を逸らされてしまった感じだ。
「綾は、ここを動くなよ」
 にやり笑い、恋人の髪を撫でる巫。
 綾は人殺しをして欲しくない。
 口には出さないが、衷心からの思いである。
 たとえ、この手を血に染めることになったとしても。
「ん‥‥判った。ハイジたちに任せるわ」
 綾が頷く。
「では、行くか」
「悪いやつほどよく眠るっちゅうんは」
「すこし、教育に良くないですからねぇ」
 口々に言って研究室を出てゆく武神、藤村、斎。
「じゃ、行ってくるぜ」
 最後に残った巫が、綾の額に軽く口づけてからドアへと向かった。
「あ、ハイジ‥‥」
「んあ?」
「その‥‥ありがと」
 自分でもよく判らないことに謝意を述べる。
 無言のまま手を振り、男の姿が廊下へと消えた。


 怒声を張りあげる形に口を開いたまま、男が転げ回る。
「声帯を凍らせてもろたで。アンタは一生喋られへん。手話でも憶えるんやな」
 永久凍土よりも冷たく響く藤村の声。
 札幌市内の暴力団事務所。
 問題の闇金業者が逃げ込んだ場所だ。
「なんじゃあ! おどれらぁ!!」
「無粋な声ですねぇ」
 迫り来る暴力団員に対し、軽く指を鳴らす斎。
 瞬間。
 その男の眼球がはじけ飛ぶ。
 響き渡る絶叫。
「ふふふ‥‥やっぱり無粋ですねぇ」
 大学生ホストが、魔性の笑みを浮かべた。
 右手には静電気の鞭。
 物理魔法のひとつである。
 これで顔面を一打ちされた男は、電力負荷に耐えきれず眼球を破裂させたのだ。
「まあ、点字でも勉強してくださいね」
 優しく告げる。
 むろん、暴力団員は感謝する気にはなれなかったであろう。
「破!」
 巫の声。
 剣光が閃き、何事も無かったかのように貞秀が鞘へと収まる。
 そして、ぼとぼとと床に落ちる暴力団員の四肢。
「ダルマのいっちょあがりだぜ。ちゃんと保険には入ってるか?」
 両手両足を失って悶絶する男に、猛々しい冷静さで声をかける浄化屋。
「ま、口で絵筆を取る人間もいるからなぁ。その人の苦労に比べたら、このくらいはどうってことないだろ?」
 彼らの戦いぶりは、下級悪魔から表彰されてもおかしくないほど残虐だった。
 命は奪わない。
 だが、蛆虫どものその後の人生は奪ってやる。
 それが方針だ。
 もともと、単なる暴力団と彼らでは、戦闘能力と実戦経験が違いすぎる。
 このような戦い方でも、なお余裕があった。
 邪神の眷属や陰陽師軍団と、幾度も死闘を繰り返してきた彼らにとっては、チンピラなど、できそこないのオートマタのようなものだ。
 ほとんど弱いものいじめである。
 だが、これまでは暴力団員どもこそが、弱いものいじめをしてきたのだ。
「因果応報。貴様たちも借金を返すときがきたということだ」
 泰然とたたずむ武神が言った。
 すでに無傷な暴力団員の数は二〇人を割り込んでいる。
 しかも、その二〇人も、あるものは恐怖のあまり失禁し、あるものは虚空を見上げて調子はずれ歌を呟き、滑稽きわまるありさまだ。
 なかには、泣いて許しを請うものもいる。
「てめぇらに食い物にされた人たちも、きっとそうやって頼んだよなぁ。で、そんときてめぇらはどう振る舞った?」
 とは、巫の台詞である。
 むろん、暴力団員は答えられない。
 それこそが彼らの罪の証だった。
「つまり、そういうこった」
 嘲笑する浄化屋。
 それを合図としたように、暴力団員の身体が凍り始める。
「首から上は勘弁してやるで。頑張って脱出してみぃ」
 藤村の特殊能力だった。
「もっとも、脱出するころには、手も足も壊死しとるだろがなぁ」
 笑う。
 魔王の笑み。
 室内に風が吹く。
 すべてを凍てつかす烈風だ。
 斎の瀟洒。
 巫の精悍。
 藤村の冷徹。
 武神の剛毅。
 暴力業者たちには、長く伝説として残るだろう。
 それは、恐怖の伝説。
 死と破壊の具現。
「さて、残ったのは貴様だけだ」
 不必要なまでに豪勢な部屋の隅で蹲る男に、調停者が淡々と告げる。
 組長などという肩書きを持つ男だ。
「最後まで残してもらった理由、判るよなぁ?」
 笑いながら浄化屋が近づく。
 よたよたと逃げようとする組長の前に、藤村と斎が立ち塞がった。
「逃がしませんよ」
「手下を犠牲にして逃げるちゅうんは、情けないんちゃうか?」
 嘲弄。
 このような状況で「逃げるな」といわれても、なかなか納得できるものではあるまい。
 もちろんそんなことは、四人は百も承知している。
「どないする? ここで死ぬか? それとも俺らの話きくか?」
 にこやかに威迫する黒髪の占い師。
 ここまできて交渉もないような気もするが、じつのところ、このために組長を追いつめたといっても良いのだ。
 もともと五分の条件で話ができるような相手ではない。
 こちらが譲歩するなどというのは論外だ。
 一歩譲れば二歩踏み込んでくるような輩なのだから。
 であれば、恐怖をもって交渉のテーブルに引きずり出すしかないではないか。
 顔面を蒼白にして、がくがくと頷く組長。
「貴様らが不当に得た金銭を被害者に返却しろ。利息と慰謝料をつけてな」
「謝罪もな」
 武神の言葉に、巫が付け加える。
 ふたたび組長が、がくがくと頷く。
 あんなに激しく振って首が痛くないだろうか?
 などと、余計なことを斎が考えた。
「約束違えたら、そんときは殺るで?」
 藤村が念を押した。
 たとえ組長が頷いたとしても、信用には値しない。
 なぜなら暴力団にも上下関係があり、より上の組織に対して上納金を支払わなくてはいけないからだ。
 札幌のローカルやくざの元には、さほど多額の金銭はない。
 まさか上層部に泣きついて金を返してもらうことはできないから、この組長としては、真っ当に働いて金を返済しなくてはならないだろう。
「ふたたび悪事に手を染めたときも、貴様を殺す」
 武神の宣言が、交渉の終了を告げた。


  エピローグ

「仕掛けましたね? 武神さん」
 斎が訊ねる。
「ああ、貧乏神に憑いてもらった。条件付きでな」
 あっさりと調停者が答えた。
 あの組長が、今後真っ当な人生を送り罪を償うなら、忌み神の力は発動されない。
 だが、また悪事をはたらくなら、
「汚辱と不運に満ちた人生が始まるってわけか。ダンナもひとが悪りぃぜ」
 巫が笑う。
 結局、このような解決策しか採りようがないのだ。
 対処療法。
 無限に続くいたちごっこ。
 いつか人間は、この愚かさから解放されるときがくるのだろうか。
「‥‥こんなんで、手うってくれるか‥‥?」
 中空を見上げ、半ば独り言のように呟く藤村。
 誰に話しかけたのか、だが正確に他の三人にも判ってた。
 生者が死者にしてやれることは、そう多くはない。
 浄化屋が、占い師の肩を軽く叩く。
 大学生ホストは短く黙祷を捧げた。
 そして調停者は、無言だった。
 まるで、自らの為した行為を悔いるように。
 人の業へと思いをはせるように。
 暁闇。
 北の拠点都市に、夜明けの時が近づいていた。






                          終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)        withライトニングマグナム
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「復讐の氷刃」お届けいたします。
今回は、ちょっと趣向を変えて、ダーティーヒーロー像を描いてみました。
ハードボイルドタッチで。
悪を倒す悪。みたいな感じにしてみたのですが。
どうでしょう?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。