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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 ダーク・ブラックバス

------<オープニング>--------------------------------------
 
 ぴちゃ。ぴちゃ。
 ドアの外から、水がこぼれるような音が近づいて来る。
 水遊びをしてずぶ濡れになった子供…というわけではないだろうなと、草間は思う。
 草間興信所の客は人間ばかりでは、なかった。
 トントン。ぴちゃ。
 草間興信所のドアがノックされた。
 「あのー、草間妖怪相談所はこちらですか?」
 ドアの向こうで声がする。
 「違う。」
 さすがに、少し不機嫌そうに草間は答える。
 ぴちゃぴちゃ。しくしく。
 ドアの向こうで、すすり泣く声が聞こえた…
 「わかったから、泣かないで入って来い。」
 草間は頭が痛かった。
 「失礼しますー。」
 と言ってドアを開いて中に入ってきたのは、緑色の体をして頭にきれいな皿を乗せた少年だった。
 「お、八国山の河童じゃないか。ひさしぶりだな。」
 見たことのある顔だ。妖怪の里で畑に水やりをしながら、自分の頭に水をかけていた河童である。
 確か、四平(よんぺい)と名乗ってたような…
 「どもー、お久しぶりです。
  すいません、ちょっと頼みたいことがあるんですけど、いーですか?」
 河童は頭を下げながら言う。
 頭の皿から、水がこぼれた。
 ぴちゃ。
 透き通った、きれいな水が床に落ちる。
 水は、河童の皿の妖力で清められていた。
 「あわわ、ごめんなさい。すぐ拭きます。」
 河童はあわてて床を拭く。
 「すいませんですー、水こぼさないで歩くの、結構大変なんです…
  でも、乾くと死んじゃいますし。」
 河童は泣きそうだった。
 「いや、もういいから、話せ…」
 草間の言葉に、河童は話始めた。
 「えとー、霊峰八国山に僕が管理してる湖があるんですけど、最近どこかの釣りマニアが『ダーク・ブラックバス』を大量に放したみたいで、ちょっと困ってるんです。」
 ダーク・ブラックバス。
 ブラックバスの一種で、生存能力が強くて何でも食べる魚だという。
 釣りマニアが、自分達で釣るために、わざわざ近所の湖に放す事がある魚だ。
 「それで、湖に元々住んでた生き物が食べられちゃって、数が減ってるんです…」
 仕方ないんで、とりあえずダーク・ブラックバスを釣って、数を減らしたいと河童は言った。
 「なるほどなー…」
 最近そういう話増えたなーと、草間は思った。
 「うむー、根本的な解決になってない気もするがなぁ。」
 全部釣りきれるもんでもないし、また誰かが魚を放しに来るかもしれない。
 「へい、まー、何もダーク・ブラックバスを絶滅させる事も無いと思います。
  彼らも、湖の新しい住人には違いないと思いますから。
  ただ、あんまり多すぎると困るんで、数を減らして欲しいなーと。
  …ていうか、いつも草間さんにはお世話になってるんで、心無い釣り人に釣らせるよりは草間さん達に釣ってもらおうかなーと、そんな感じです。」
 ダーク・ブラックバスは塩焼きにすると美味い事でも有名だった。
 「…まあ、釣りして帰ればいいんだよな?」
 あえて断る事は、ないだろうと、草間は思った。

 (依頼内容)
 ・八国山の河童が、釣り人を募集しています。誰か助けてあげて下さい。

 (本編)

 0.海原みなも
 
 「あの、釣りじゃなくて、手づかみ状態になると思うんですけど、いいのでしょうか?」
 草間の依頼を受けた海原みなもは、彼に聞き返す。
 「ん、別に方法は問題無いと思うぞ。魚の数さえ減らせば良いんじゃないか?
  まあ、昼飯は『ダーク・ブラックバス』の塩焼きって感じだな。」
 草間は言う。
 「そうですね、日帰りキャンプの準備でもして行きますね。」
 キャンプみたいに、楽しくやれたらいいなと、みなもは思った。
 「でも、お前が魚を食べるのって、ほとんど共食いだよな…」
 人魚って魚を食べるもんなんだろうかと思った草間だったが、
 「共食い、言うなぁー!」
 電話越しに聞こえたみなもの怒鳴り声に、謝るしかなかった。

 1.草間釣り愛好会結成。
 
 深夜。
 「まあ、そういうわけで今回は危険な事は多分無いから、その点は安心しろ。」
 草間興信所に集まってきたメンバーを見渡して、草間は言った。
 肩から下げたクーラーボックスと背中の釣り竿は、彼のやる気を表している。
 草間の求めに応じて集まったのは5人。
 「あの、さっきから思ってたんですけど、霜月さんて、釣りとかしても、いいのですか?
  お坊さんて、あんまりそういう事、しちゃダメな気がするんですけど…」
 最初に口を開いたのは、人魚の血を引く中学生、海原みなもだった。
 傍らにいる真言宗の僧侶を不思議そうに見ながら、彼女は言う。
 「む、むう、るあーを使って釣る位なら、多分、御仏も見逃してくれるでしょう。
  釣った魚を食べるのは、幾らなんでも、えぬじーですが…」
 真言宗の僧侶、護堂・霜月は、ばつが悪そうにみなもに答えた。
 「まあ、人それぞれってな。
  とりあえず、釣った魚は俺がさばいて調理してやるから、任せとけよ。」
 腰にぶら下げた日本刀を示しながら、近所の高校生、鬼柳要が言う。
 「まさか、その日本刀でさばくなんて言わないわよね?」
 念の為に彼に聞いてみたのは、シュライン・エマである。ゴーストライターの傍ら、草間興信所でバイトをしている女性だ。
 「『緋鳳』は、居合いの道場でも使ってる本物の日本刀だからな。切れ味も良いぜ?」
 鬼柳は放っとくと、この場で日本刀を抜き始めそうな勢いだった。
 「ほんとに日本刀で魚をさばけるなら、ちょっと名人芸よね。」
 「見てみたいかも、です。」
 シュラインとみなもが、興味ありげに言った。
 「うーん、でもさ、釣れば良いってわけでもないんじゃないのぉ?」
 先程から、少し考え込んでいたのは、死人使いの高校生、巫・聖羅だった。
 「あたし達が釣ったって、また、マナーのなってない釣り人達が湖に魚を放しに来る筈よ。
  それじゃあ、根本的な解決にならないよぉー。」
 ほのぼのしすぎている他のメンバーに、彼女は不満気な様子だった。
 「確かにそれは、その通りですな。」
 霜月が頷く。他の者も、基本的には同意見だった。
 「そうだな、…まあ、とりあえず湖まで行こうぜ。
  そんで、後は様子を見ながら、動こう。」
 草間の言葉で一行は興信所を後にする。
 こうして、巫・聖羅、海原みなも、護堂・霜月、鬼柳要、シュライン・エマの五人と草間武彦は霊峰八国山の湖へと向かうのだった。
 
 2.湖に行こう

 早朝。
 草間一行は、八国山の入り口に到着した。
 山の入り口では、どこにでも居そうな15歳位の少年が、草間一行を出迎える。
 化け猫の少年、陸奥だ。
 「陸奥殿、毎度々々、ご苦労さまです…」
 霜月が頭を下げる。
 「いえいえ、こちらこそ…」
 陸奥は草間一行を河童の四平が待っている湖まで案内する。
 「確かに、ここなら河童が居ても全然違和感無いかもな。」
 なんだか、すごい所だなーと思いながら言ったのは、鬼柳だった。
 周囲には八国山の雑木林が果てしなく広がっている。
 「えーとぉー、ここって東京なんですよね?」
 聖羅も想像以上の田舎度に驚いている。
 初めてここを訪れた者は、皆、似たような感想を持つようだ。
 「東京都東村山市。
  …そうね、間違いなく、東京よ。」
 答えたのはシュライン・エマである。
 「私、あの湖さんには、この前、お世話になったんですよねー。」
 みなもは前回、『土食らい』という土中の妖怪退治に来た時の事を思い出した。
 あの時は湖の水を何度か操らせてもらった。
 そういう意味で、みなもにとっては思い入れのある湖だった。
 やがて、一行は湖に到着する。
 深い雑木林の中、静かな静かな湖だった。
 『ダーク・ブラックバス』などという魚どころか、妖怪の類が居てもおかしくない雰囲気である。
 「お、例の河童君ていうのは、あそこのあれか?」
 湖のほとりをよく見ると、麦わら帽子をかぶって、釣り糸を湖に垂らしてる河童が居た。
 鬼柳は彼を指差す。
 河童の周りには各種釣り竿やルアーなど、釣り装備がこれでもかと並んでいる。
 「おーい、四平君、みんな来たよー。」
 陸奥が河童に声をかける。
 「あ、皆さんこんにちわー。」
 麦わら帽子の河童は振り返った。
 その間も、釣竿から意識は離さない。
 「ふむ…何でも揃ってますな。」
 霜月が河童の釣具に目を向け、
 「四平君、釣り竿借りていいのか?」
 「はい、どれでもどうぞです。」
 鬼柳は、さっそく駆け寄って、釣り竿を物色し始めた。
 釣り人達の意気投合は早い。
 また、人魚の血を引くみなもは、魚を『釣る』気は最初から無い。
 「水着に着替えてきますねー。」
 そう言って彼女は、湖を離れて雑木林に消える。
 彼女は人魚化して湖に入り、魚を『採る』つもりだった。
 なんだか、みんな色々やってるみたいねと、シュラインは様子を眺めている。
 「陸奥君、ちょっといいかな?」
 『ダーク・ブラックバス』を釣るよりも、無責任に魚を湖に放す釣り人がそもそも問題だと思うのは、聖羅だった。
 彼女は、化け猫の陸奥を呼び、何やら話をしている。
 こうして、それぞれに行動を開始する仲間を眺めながら、シュラインと草間はキャンプの準備を始めるのだった。
 早朝、霊峰八国山での出来事である。

 3.釣りをしよう。
 
 鬼柳、シュライン、霜月、草間、河童の四平の5人は湖のほとりで釣りを始める。
 まだまだ寒い早朝だったので、シュラインが持ってきた毛布を膝にかけている。
 「ダーク・ブラックバス…通称DBBは、賢いから釣りにくいんだよなぁ。」
 釣り糸と一緒にうんちくを垂れているのは、鬼柳だった。
 やっぱり、魚肉ソーセージとかじゃ釣れないかしらね…」
 釣り餌にならないようなら、後で料理に使ってしまえばいいやと持ってきた魚肉ソーセージの束を、シュラインは鬼柳達に見せながら言う。
 「魚肉ソーセージか…
  でも、DBB釣りの場合は素材はあんまり関係無いぜ、シュラインさん。」
 釣り餌に魚肉ソーセージっていうのは、あまり聞いた事無いなーと思いながら鬼柳は答える。
 「うむ、餌の『種類』よりも『動き』を見て、DBBは食いついて来ます。
  動いている物なら、活きが良い餌だと勘違いするわけですな。
  こういう、ルアーという物がありましてな…」
 霜月は箱の中から、プラスチックの小さな塊を取り出して説明をする。
 「うん、それなら知ってる。ルアーって言うのよね?」
 シュラインは頷いた。
 こうして、草間達の釣りは続く。
 一方、海原みなもは、そんな彼らとは離れた場所に居た。
 彼女は木陰でひっそりとスクール水着に着替える。
 普通に考えれば、人間が泳ぐには寒すぎる時期である。
 「さむ…早く水に入ろーっと。」
 だが、みなもは一目散に水に入った。
 別に彼女は頭がおかしいわけではない。
 水に入った彼女の体が、音も無く変化する。
 みなもの体は、下半身が魚の人魚の姿になった。
 「淡水湖って、あんまり得意じゃないんだけどなー…」
 みなもは、1人でぼやきながら、湖をすいすいと泳ぐ。
 今回の為に勉強した事だし、今度、淡水の人魚検定でも受けに行こうかなーと、ちょっと思う。
 何気に、一番のポイントと思われる場所は最初に河童の四平君が居た辺りだと、みなもは思った。
 さすがに地元民は詳しいようである。
 釣り糸に絡まったりすると色々面倒そうだし、ひとます、みなもは釣り人が居ない辺りのポイントで泳いで回る。
 DBBは、確かに目に付いた。
 その魚の漆黒の体は湖の中でも目立ち、すぐに見つかるのだが、動きが異常に鋭かった。
 まともに手づかみで捕まえるのは、絶対不可能に思えた。
 とはいえ、そもそもそんな気も無いみなもは、周囲の水を制御して操る事で魚を陸に飛ばそうとする。
 水面が不自然に波立ち、水流が陸へと飛ぶ。
 水流の中には何も居ない。
 「上手く行かないなー…」
 DBBの動きが良すぎて、なかなか捕まらずに逃げられてしまう。
 まあ、特にあせる事もないだろうと、みなもは湖を泳いで回った。
 苦戦するみなもとは裏腹に、釣り人達の調子は良好の様子だった。
 丁度、DBBが餌を求めて活発に動き回る早朝の時間帯に、まとめて釣ったようである。
 「うわぁー、結構釣れたわね。調子いいじゃないの。」
 そこに、聖羅がふらっと、帰って来た。
 「そんなに暇だったらさ、誰か、あたしと一緒に悪い釣り人でも探しに行かない?」
 釣りが一回目のピークを過ぎ、まったりモードに入ってる事を聞いた聖羅は、DBBを放流している釣り人が居ないかどうか探してみようよと言った。
 「うむー、確かに一言位は注意してやるべきですな。」
 「おお、そうだな。挙動不審な奴が居たら、説教してやろうぜ。」
 霜月と鬼柳が言った。
 「あの、それなんですけど、DBBを放してた人なら、ちょっと心当たりがあります。」
 そう言って四平が、湖の向こうに居る、若い三人の男を指差した。
 「あの人達、何ヶ月か前に、夜中に湖に魚をいっぱい放してたんです。
  それで、何してるのかなーと思って、僕が尋ねたら。
  『うるせぇ、魚の養殖始めるだけだけだから、気にすんな。河童は胡瓜でも探してろ!』
  って言って、どっかに行っちゃったんです。
  だから、怪しいなーって思ってました。」
 怖かったんで、僕はそのまま帰りましたと四平は言った。
 「なるほど…」
 低い声でつぶやいたのは、鬼柳だった。
 もし、挙動不振な奴を見かけたら問い詰めてみようとは、元々思っていた彼である。
 「俺、ちょっと、優しく説教してくるわ。」
 何気なく言って緋鳳を抜き、立ち上がる。
 「いやいやいや、若者よ。
  まあ、待ちなされ。」
 「ちょっと、あんた、優しい説得に日本刀は要らないわよ?」
 霜月とシュラインが、あわてて鬼柳を止める。
 「それじゃあ、あたしにちょっと考えがあるからさ、少し待っててもらえるかな?
  お昼ごはん食べた後にでも、みんな付き合ってよ。」
 聖羅はそう言うと、みなもにも伝えたりするから、と言って草間達と別れ、森に消えた。
 「あの子、やたらやる気ね…」
 去っていく聖羅をシュラインは見送った。
 「うむ、釣りをする気は最初から無いようですな。」
 言いながら、霜月は再び釣りを始める。
 「まあ、人それぞれってな。」
 鬼柳も気を取り直し、再び釣りを始めた。
 一方、みなもの方は、DBBが活発に動く時間帯が過ぎてのんびりし始めた頃から、調子が良くなってきた。
 食事の時間を過ぎて、やる気が無くなっているDBBは動きも多少鈍ったようである。
 そんな時に、聖羅がみなもの所にやってきた。
 「ねぇ、みなも、後でちょっと手伝ってもらえるかな?」
 地道に魚を採る人魚に、聖羅は声をかける。
 「え?
  何ですか?」
 みなもはスクール水着の上半身を湖から出し、きょとんとした顔で聖羅の方を見た。
 おぼろげではあるが、釣り人達を怖がらせるプランを、聖羅は考えつつあった。
 
 4.昼食の時間

 太陽が高く上り、草間達が居る湖の周りは、大分明るくなっていた。
 草間一行はビニールシートを広げて、昼食の準備中である。
 釣ったり、採ったりしたDBBをとりあえず集めると、50匹程だった。
 シュラインが、てきぱきと働いている。
 「シュライン殿、相変わらず準備がいいですな…」
 塩焼き用に準備してきた天然塩をDBBに振りかけながら焼いているシュラインに、霜月が声をかけた。
 飲み物やビニールシートもシュラインの用意したものだ。
 「うん、どうせ費用は、武彦さんの所から経費で出るからね。」
 「わーい、草間さん、ありがとうです。」
 シュラインの言葉に、みなもが喜んだ。
 水から上がったみなもは人間の姿に戻り、スクール水着の上からシャツを羽織っている。
 「人魚になって水の中に居る時は平気なんですけど、人間に戻ると結構寒いんですよね…」
 みなもは、ガタガタと震える素振りをした。
 「いや、経費って…まあ…」
 草間はぶつぶつと言っている。
 のんびりとしていた草間一行だが、
 「ねえ、さっきから森の方で幾つも視線を感じるんだけど、気のせいかしら?」
 ふいに、聖羅が森の様子をうかがないなら言った。
 「そういえば、何だろうな?」
 鬼柳が森の方を見る。
 静かにざわめく森。
 「私、何となく、わかっちゃったかも。」
 シュラインは、そう言ってバケツの生魚を一つ、森の方へと放った。
 何故か陸奥が、他人の振りをするかのようにそっぽを向いた。
 途端に、森から小さな影が幾つか飛び出してきた。
 それは猫のように、シュラインには見えた。
 「今時、威勢のいい猫さんですね…」
 魚に飛びついてくる猫達を見ながら、みなもが言った。
 「し、失礼な!
  僕達は猫じゃないにゃ!
  化け猫にゃ!」
 猫の一匹が言う。
 化け猫たちは、にゃーにゃー言いながら、魚に飛びついている。
 「へー、可愛いね。」
 聖羅が喜んで生魚を放っている。
 「草間さん達が釣りに来る事は、一応、森のみんなにも言っておいたんです…」
 化け猫の若頭、陸奥は恥ずかしそうに言った。
 そういう彼も、ひっそりと生魚にかぶりついている。
 「陸奥さんも、いつも大変ですよね…」
 シュラインが持ってきた胡瓜を食べながら、河童の四平が言う。
 「お主達、働かざる者食うべからずという諺を知っておられるか?」
 霜月が淡々と言った。
 一瞬、化け猫の動きが止まる。
 「あ、あたし達、猫だから難しい事はわからないにゃ。」
 化け猫の一匹が、そっぽを向いて言った。
 それを合図にするかのように、化け猫達は再び魚を食べ始める。
 「都合の良い時だけ、猫になったり化け猫になったりするのは、どうかと思うぞ…」
 ぼそっと言いながら、それでも鬼柳は化け猫達の方に魚を放った。
 「何だか、魚、ほとんど食べられちゃったわね…」
 「うむ、まあ、50匹以上採れてたしな。
  残すくらいなら、食わせてやった方が良いだろう。」
 シュラインと草間が、ひそひそと話し合った。
 そうした昼食の時間が過ぎた後で、
 「それじゃあ、みんな、ちょっと聞いてくれるかな?」
 聖羅が話を始めた。
 彼女の話の内容は、午前中から言っていた、DBBを放流していた釣り人を懲らしめる方法についてである。
 聖羅が色々と準備した内容に、草間達は耳を傾けた。
 「さっき、みなもに聞いたんだけど、ここの湖って、『土食らい』って化け物の死体が、つい最近沈められたんでしょ?」
 聖羅の話は続く…

 5.湖は大切にしよう!

 某三流大学に、釣りサークルがあった。
 特に目的もモラルもやる気も無い団体で、たまに気が向くと釣りをする連中が三人居た。
 彼らが釣りをしに行く場所の一つに、霊峰八国山の湖というのがある。
 釣れる魚に面白みがあるわけでは無いのだが、山に居る無害な妖怪をからかうのが楽しかった。
 ついでに釣りも楽しみたくなった彼らは、数ヶ月前にDBBを数十匹放流した。
 そして今日…
 「なあ、さっきからそこで女と釣りを始めた奴、草間武彦じゃないか?」
 大学生Aが、数分前から近くで釣りを始めた男を指差して仲間にささやいた。
 「この前、雑誌に載ってた時と同じ格好してるよな。
  あれ、本人だろ。」
 「サインでも貰って来ようぜ。」
 大学生達は、ひそひそと話す。
 彼らが噂をしているの相手は、確かに草間武彦本人だった。傍らに居るのは、シュラインである。
 「いい感じね。こっちが気になってるみたいよ。」
 シュラインの耳は、彼らの会話をすべて捉えていた。
 「よし、なら、こっちから話しかけなくてもいいな。」
 それなら楽だと、草間は思う。
 彼の服は、以前に雑誌で『東京の怪奇探偵』と紹介された時の服に見えるように、陸奥の『変化』の妖力をかけられていた。
 「あんた、怪奇探偵の草間だよな。
  こんな所でデートかよ。
  とりあえず、俺らにサインでもくれや?」
 大学生達は草間に話しかける。
 無礼な物言いながらも、サインを求められた事に草間は悪い気はしなかった。
 「あん、サイン?
  しょうがねぇな。ちょっと待ってろ。」
 思わず、懐からサインペンを取り出す草間だったが、彼の肘をシュラインがこっそりつねった。
 『真面目にやりなさい!』
 というシュラインの意思を、草間は感じた。
 「あ、あー、やっぱりだめだ。今日はプライベートだからな。
  …それよりお前らこそ、気をつけた方が良いぞ。
  さっき、ここの妖怪に聞いた話によるとな、最近、どっかの馬鹿がこの湖に、よその魚をバラ撒いて湖が荒れてるんだ。
  それで、湖の主が怒ってるって噂があるんだよ…」
 草間は低い声で言った。
 心当たりのある大学生達は、ギクリとする。
 話をしてるのが有名な怪奇探偵、草間武彦だけに、聞き流せない。
 「ねえ、武彦さん。
  行きましょう。」
 シュラインは、不機嫌そうに言った。
 演技である。
 「連れがこう言ってるしな。
  悪いけど、サインが欲しかったらサイン会にでも来てくれ。」
 草間はクールに言うと釣具をしまい、シュラインと共にその場を離れた。
 「…冗談だよな?」
 「あんな、サイコ探偵の言う事なんか、アテにならねぇよ。」
 口とは裏腹に、周囲の様子が気になる彼らだった。
 何となく重い沈黙。
 「…お、おい、湖に何かいないか?」
 大きな魚影が、湖に見えた。
 もし、魚だとしたら、人間の大人程の大きさがある。
 そんな魚は、この湖では見た事が無い。
 大学生が見守る中、影は水面に姿を現した。
 「た、助けて!」
 『それ』は、あわてた様子で叫ぶ。
 上半身は人間の少女、下半身は魚に見えた。
 人魚としか、言いようの無い姿だったが、スクール水着を着ているのが少し不思議と言えば不思議だった。
 「お、お願い、湖の主が…
  きゃ、きゃあ!!」
 少女の人魚は恐ろしい声で叫ぶと、ふいに湖に沈んだ。
 何かに、引きずり込まれたかのように。
 数秒後、人魚が居た辺りの水面が、何故か赤く染まった。
 血でも溶けたかのような色だと、大学生達は思った。
 …実際は、海原みなもが水中で、1.5lペットボトルのトマトジュースを開けたのだが。
 「な、なあ、帰るか?」
 「そ、そうだな…」
 大学生達は話し合う。
 少し離れた所では、草間達が様子をうかがっている。
 「…結構、怖がってるみたいよ。」
 三文芝居も馬鹿に出来ないわねと、苦笑したのはシュラインだった。
 そこに、みなもが帰ってくる。
 「上手くやってきましたよ!
  後、よろしくです。」
 「OK、任せといて!」
 みなもの声に答えて、聖羅は反魂の術を使い始めた。
 本当は、こういう使い方は反則よねー…
 対象は、先日この森で退治され、湖に沈められている『土喰らい』という化け物である。
 体長3メートル程で、土の中を移動する四足の化け物に知性は無かった。
 望みは、ただ、『喰う』事。
 最後の望みも、もちろんそれである。
 普通なら、そんなものの為に反魂の術など使わない。
 今回は、特別である。
 聖羅の術に応じて、湖から『土食らい』の死体が浮かび上がった。
 湖の中に一週間程沈み、腐りかけた『土喰らい』の死体は一声泣きながら、大学生達の方へと向かい…
 「いや、確かに怖いわな…」
 『土喰らい』のゾンビを見て、嫌悪感をあらわにしたのは鬼柳だった。
 「怖いですね…」
 「あんまり、怖い森だとは思われたくないんですけども仕方ないのかなー…」
 河童の四平と陸奥が、少し青ざめた顔で様子を見ている。
 大学生達は、問答無用で逃げ出した。
 「むう、放っておくと、『土喰らいぞんび』は、望みを叶えるまで、即ち、あの者達を食らうまで追い続けるわけですな…」
 大学生達に少し同情したくなったのは霜月だった。
 「そういう事ね。
  …というわけで、アレ、退治しに行きましょうか。」
 自分の反魂の術で蘇らせたモノとはいえ、元が化け物だけに自分の術で再び眠らせる事は出来ないと聖羅は言った。
 「しゃあねえ、行くか、おっさん。」
 「鬼柳どの、アレは中途半端に攻撃すると、精神を蝕む『泣き声』を上げる故、一気に決めるのがよろしかろう。」
 「俺も、出来ればあんなのと長く付き合いたく無いな…」
 「とりあえず、動かなくなったら、あたしがまた水に沈めますから…」
 そうして一同は、渋々と『土喰らいゾンビ』を退治に向かうのだった。
 戦闘自体は一瞬で終わった。
 炎を纏った鬼柳の日本刀『緋鳳』に居合いで斬られ、傷口から燃え上がった『土食らいゾンビ』に、霜月の放ったカマイタチとみなもの放った鉄砲水が当る。
 それで、終わりだった。
 「毎度お世話になります、湖さん。」
 みなもが、湖に向かって頭を下げる。
  
 6.草間釣り愛好会解散

 夕暮れ、2度目のDBB釣りのピークを過ぎた草間一行は釣りを終了した。
 夕暮れも、早朝と同じく50匹程の魚が釣れたり採れたりした。
 「昼は塩焼きだったから、今度は刺身にしようぜ」
 と言って、鬼柳がDBBをさばいている。
 「居合い斬りとかで、こう、スパスパスパーとさばいちゃうのかなーと思ったんだけど、意外と地味なのね。
  …まあ、確かに、これはこれで、スゴイけど。」
 包丁を操るかのように日本刀を操る鬼柳の手際には、一応、感心しながら聖羅が言った。
 「刺身でも食べたら、帰るか。」
 草間は、持参した日本酒の口を開けながら言った。
 「あら、猫ちゃん達、また来てるみたいよ。」
 森がざわめく様子を感じたのはシュラインだった。
 すぐに、化け猫たちが姿を現す。
 今度は昼間と違い、皆、人間の姿をしていた。
 だが、陸奥のように完全には化けられず、耳と尻尾は隠せないようだった。
 「摘みたての狭山茶持ってきましたにゃ!
  魚下さいにゃ。」
 化け猫は言った。
 「ほう、働いてきたのですな…」
 「最近の猫さんは、エライですねー。」
 霜月とみなもが言った。
 結局、草間一行が山を離れたのは夜更け過ぎになったという。
 その後、八国山の湖に無断で魚を放しに来る者は現れなかったというが、スクール水着の人魚の写真を取ろうとする者は現れるようになったと、草間は聞いている。
 
 (完)
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1087 / 巫・聖羅 / 女 / 17歳 / 高校生兼『反魂屋(死人使い)』】
【1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999歳 / 真言宗僧侶】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
【1358 / 鬼柳・要 / 男 / 17歳 / 高校生】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】

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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。 
 今回は、のんびり釣りをする話になるのかなーと思いきや、
 巫・聖羅が釣り人を懲らしめる方向に動いたので、後半はそんな展開になってしまいました。
 みなもは他の釣り人から離れた場所でマイペースに魚を採っていたようです。
 その部分だけ、みなもは他の方とは少し違うノベルになっています。
 また、結果的に、スクール水着の人魚は湖の伝説になってしまったみたいです…
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら遊びに来てください。