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媚薬騒動
「はあ?! 草間さんにくしゃみさせるから手伝えやて?!」
淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)は突然現れて、そんなことを言い出したルートにきょとんとした。
「うん。これ飲ませた後、くしゃみさせないといけないんだって。」
ルートが小ビンに入った怪しげな液体をエディヒソイに見せる。毒薬と書かれていても不思議じゃない色合いをしていた。
「何やこれ。草間さん殺す気か?」
「違うって! これ飲ませたら、俺のことを何でも1つ聞いてくれるようになるんだよ。んで、月が昇る前にくしゃみを5回させないといけないの!」
「ほぉ。」
「でも、人間ってどうやってくしゃみするのか知らないから、薬のませる前に、試しで武彦の頭の上から壷落としたり、髪を引っ張ったりいろいろしてみたんだけど全然しなくてさ。」
「そりゃ……、そやろな。」
そんなんでくしゃみするわけないやろ、と半ば呆れながらエディヒソイは溜息を吐く。
「くしゃみって、コショウとか振り掛けたらするって聞くけどほんまかな? 風邪引かせてみるとか? まあ、とりあえずは鼻に刺激を送ればええねんから……。」
「鼻かー。局部的な刺激は力の加減が難しいんだよ。」
「だからうちのとこに来たんかい。」
「そうそう。やっぱ人間のことは人間に聞くのが一番でしょっ。」
ルートはふわふわと浮いたまま、エディヒソイの腕を引っ張る。一応意思の確認をしてくるのは、前回、問答無用で瞬間移動で人を連れ出し、こっぴどく叱られたせいである。
「……ええやろ! おもろそうやし、手伝ったるわ!」
「そうこなくちゃ!」
軽い気持ちでエディヒソイは頷いたが、まさか黒幕にあのアキラがいるとは思いもしなかった。
風野・時音(かぜの・ときね)は苦悶していた。
先ほどちらりと目にした片翼の悪魔と高校生らしき2人組みが脳裏によぎる。悪魔が手にしていた小ビンが気になって仕方がない。どこかで見たような気がして、必死に記憶をまさぐっていた。
ふと思い出したのは、白い紙に載っていた写真であった。いつ、どこで、何故、そんなものを見ていたのだろうか。
「あっ!」
明瞭になった記憶に時音は内心飛び上がる。
あれは時空跳躍前に配られた資料で見たのだ。
しかも、その薬の内容を思い出してざっと青褪める。
「あの薬は、冷静な思考が出来る狂人に人間を変貌させる麻薬だ!」
某ホラー映画に出てくる精神科医のような人間が人工的に作り出されたら未来などない。もしかしたらあの悪魔は、あの薬が何なのかちゃんと知らないのかもしれない。そうであれば、何かに使う前に取り上げなければならなかった。
時音は使命に燃えた。
ルートは草間興信所の扉を蹴り開けた。エディヒソイがその後に続く。
「ただいま〜!」
「こんちはー。」
「ああ、お帰り。」
ソファで草間武彦が煙草を燻らせている。資料を脇に避け、机に空間が空いていたので、ルートはすぐにピンと来た。
「おやつの時間か!」
「お前、そういうことには頭が回るんだな……。」
「なんや、お菓子好きなんかいな?」
草間が呆れたように言うので、エディヒソイがきょとんとルートを振り返る。
「甘いものは好きだ。悪いか?」
えっへんと胸を張る。子供みたいだとエディヒソイは思った。実際、ルートはまだ生まれて間がない。
「ちょうどよかった。ルート、このケーキの切り分け方を教えようと思ってたんですよ。」
斎・悠也(いつき・ゆうや)が調理場から1ホールのデコレーションケーキを持って出てくる。
「美味そー。どうしたんだ、これ?」
「俺が作ってきたんですよ。平等に人数分に切り分けてくださいね。」
「おう!」
ケーキカッターを渡され、ルートはすぐにケーキに突き刺そうとする。
「まずは半円に分けるんです。6人分ですから、それぞれを3等分……ルート、ちゃんと等しくしてください。」
「初めてでそんなに上手く切れるわけないだろ!」
「本当にそうですか? 自分がたくさん食べたいからじゃないですよね?」
「あ、当たり前だろ。」
「そうですよね? このくらい助手になるならできませんとね。」
悠也の微笑に、ルートは冷や汗をかいた。
なんとか切り分けて小皿に移す。ふーと息を吐いて、汗をかいたわけでもないのに、ルートは額を拭う仕草をした。悠也の精神攻撃はかなり効いたのである。
「出来た?」
シュライン・エマが人数分のカップをお盆に入れて姿を現した。
「あ、コーヒーか!」
ルートが喜び勇んで草間のカップを手に取る。そして無造作に取り出した小ビンの中身を注ごうとした。
そんなバレバレなやり方せんでも、とエディヒソイは頭を抱える。
「コーヒーに何を入れる気ですか?」
悠也が微笑を浮かべながら手を掴んで止めた。顔は笑っているが、手に込められた力は尋常なものではなかった。
「ルート、今コーヒーに入れようとしたのは何?」
シュラインも笑顔のまま怒っている。
「え?」
どうしてそんなに2人が怒っているのか分からず、ルートはきょとんとした。草間を振り返ると、何が起こっているのか分かりたくないという表情をしていた。
「嬉しそうだし、とってもいいものよね? 誰から貰ってどんな効果があるのか教えて欲しいの。」
「え……。」
「ん? やぁねぇ、邪魔するわけじゃないのよ? 知的好奇心って奴ね。ルートも勿論あるわよね? 探偵の助手目指してるんだもの。」
「う、うん?」
「そうね、あやかし荘に行くって言ってたから、噂のアキラくんとかって子に貰ったんじゃない?」
「はあ?! アキラやって?!!!」
ぎょっとしたようにエディヒソイが腰を浮かす。以前、アキラにひどい目に合わされたことがあるのだ。反射的に身構えてしまう。
「ちょぉ、それ聞いてへんて。」
やっぱり、小ビンの中身が毒薬みたいに見えたのは気のせいではなかったらしい。もう少しで悪行に手を貸すところだった。
ルートはシュラインの剣幕に硬直している。
「当り? 住人の噂等から得た情報での推理って奴よ。探偵には必須だもんね。ルートももちろん推理くらいするわよね?」
「……え。う……。」
「その情報を元に考えるとこの薬怪しいわね。アキラくんが嘘をついてるって事じゃないわ。彼の想像とは別物が出来あがってる可能性が非常に高いってこと。」
「それはあり得るわ。あいつはちゃうもんが出来てると分かっとっても渡してくるような奴やから……。」
「それって余計に危ないじゃない。」
だらだらと冷や汗を流して硬直しているルートに代わって、エディヒソイが答えた。シュラインが眉を顰める。
「どうしても使いたいのなら、他に使いたがってる人で実験してみて、本当に望み通りの効果があって、その後健康等悪影響がなければ使えばいいんじゃないかしら? で、少しでも妙なら止める。どう?」
「……う……。」
ちらりとルートがエディヒソイを見た。嫌な予感がしてエディヒソイは必死で首を横に振る。
「嫌やで。うちは実験台なんてならへん。」
「じゃぁ……。」
「ちなみに、その薬の効果は何?」
「えーと……。」
シュラインの笑顔がとてつもなく怖い。ルートはじりじりと後退さって、間合いを広げる。
「ルートのことを何でも1つ聞いてくれるようになる薬ってうちは聞いたけどな。」
助け舟のつもりでエディヒソイが口を開いたが、それは火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
「そういうものを勝手に使う時点で助手失格だと思いますよ。薬に頼らないと助手になれませんか?」
悠也が呆れたようにやれやれと息を吐いた。
「まず、ルートに必要なのは人間としての常識です。最低限でも人としての振舞いをしてください。例えば、急に転移したり簡単に魔術を使わない、人や動物に危害を加えない、物を壊さない。これは当たり前のことですよ。」
「でも、俺悪魔だし。なんでわざわざ人間の真似しないといけないんだ?」
「武彦さんに迷惑かけたいんですか?」
「ううん!! 全然!」
「だったら、少しは人間らしく振舞うことです。分からなければ行動する前に武彦さんに確認して指示に従い、何が良いとされ悪いとされるのかを覚えるのがいいでしょう。」
シュラインと悠也の両方から説教され、ルートは目を白黒させている。
草間は関わり合いになりたくないとばかりに悠也の作ってきたケーキを突付いていた。コーヒーが欲しいのだが、ルートが持ったままだ。
襲撃は突然だった。
草間興信所に何かが乱入してきた。そう知覚する前に、それはルートに詰め寄っている。風野・時音だった。何故か光刃を片手に、剣呑な雰囲気である。
「今なら草間さんには黙っていてあげる。だからそれを渡すんだ。」
「は?」
何やらただならぬ剣幕に、ルートは訝る。時音の視線から、彼の目的が小ビンであることを察して、さっと身体の後ろに隠した。
「お前、これを奪って自分が使う気だな?!」
「いいから。さっさと渡してくれないか。」
時音はもう一方の手に、投擲用の爆砕型匕首群をちらつかせる。
「なんだ? やる気か?」
ルートはわくわくと指を鳴らす。
「今言ったこと聞いてなかったんですか? 簡単に魔術を使わない、人に危害を加えない、物を壊さない。」
「悠也……この状況でもそれ言うのかよ。」
「はぁ。本当に聞いてないんですねぇ。」
「武彦に聞けばいいんだよな! 武彦!」
「それには及ばないよ!」
時音が匕首群を放ってくる。ルートは危なげなくそれを避けた。攻撃力の高い武器であるのに、当たらなければ意味がない。
「おいおいどこに投げてんだよ。」
笑おうと思った顔が引き攣った。あり得ない速度で一気に時音が間合いを詰めてきていた。
「ちょっとこれって瞬間移動してんじゃねーの?!」
「時空跳躍と言ってくれ。」
「卑怯だろっ!」
奪われかけた小ビンを握り締め、天井を駆けて草間の後ろに飛び降りた。
「武彦、武彦! あいつぶっ飛ばしてもいいか?」
「その薬を向こうに渡してやればいいんじゃないか?」
「なんで?! 俺がせっかく貰ってきたのに!!」
「ルート?」
地を這うような声に、ルートはびくっと固まった。にっこりと笑っているシュラインと悠也の姿がある。
「草間さんの言うことはちゃんと聞いたほうがええと思うで。」
ルートと時音の戦闘に巻き込まれないように避難していたエディヒソイがぼそっと言った。草間を蔑ろにすると、時音よりも先に彼ら2人に殺されそうだ。
「分かったよ。渡せばいいんだろ、渡せば。」
すっかり拗ねてしまったルートは渋々時音の方に小ビンを差し出そうとする。
「ちょっと待ったーー!!」
ダダダダン、とルートと時音の間に直線が走る。ぐさぐさぐさっと床に矢が突き刺さったのが視界の端に見えた。すぐにすっと矢の形を崩し、消えてしまう。
「誰だっ!」
時音が鋭い声を出して、周囲を見回す。時音と同じく空間を飛び越えてやってきたのは、蒼乃・歩(あおの・あゆみ)だ。
「その薬は俺が貰うよ!」
言いざま、ルートに襲い掛かってくる。念動力で生み出される矢が一度にルートに向かう。
少し手加減をしてくれているらしい時音とは違い、歩は本気だった。
「させるか!」
時音が歩の邪魔をしながら、ルートを追う。
「ちょっと! こういう場合はどうすればいいわけ?!」
人を傷つけてはいけない、魔術は使ってはいけないと言われ、かろうじて全ての攻撃を避けながら、ルートは悲鳴を上げた。2人も相手で手を出せないのは圧倒的に不利だ。
いちいち武彦の指示に従わなければならないというのは、なんて面倒なことなんだろうとルートは頭の隅でちらりと思った。ルートの選択肢には、自分に向かってくる敵を一掃することしかないのだ。
「俺に渡せっ! どうしてもいるんだよ!」
「異能者側の歩に渡すわけにはいかない。お前たち、これを何に使うつもりなんだ!」
歩と時音が攻撃的にルートに詰め寄る。どちらにも引けない必死さがあった。
「た、武彦ぉ〜。」
草間はシュラインに新しくコーヒーを淹れてもらい、何事もないかのように書類に目を通し始めている。怪奇探偵という代名詞も伊達ではない落ち着き振りであった。むしろ日常になってしまっていることに、エディヒソイは憐みを覚える。
「争いの火種を無くせばいいんじゃないか?」
「え?」
「こうすればええっちゅうことや。」
エディヒソイがえいっと自分の力を振るう。重力を自由に操作できる力だ。
いつにない重力をかけられた小ビンはひしゃげて割れた。
「あっ!」
「ああっ!」
「あああっ!」
ぼとっと落ちた怪しげな液体は周囲の床を巻き込んで揮発した。
「……何の薬だったんですか? 本当に。」
悠也が微笑みながらルートに近寄る。身の危険を感じて、ルートは天井に張り付いた。
「こんなもの人に飲ませたら死にますよ?」
「本当にねえ。液体に入れたら蒸発することはないのかもしれないけど、それにしても物騒よね。」
シュラインもそろそろ切れたらしい。うるさすぎて仕事に集中できないせいだろうか。
「あ、あの薬は……。」
「せっかくの媚薬だったのに!!」
時音が言いにくそうに口を開こうとしたが、歩に邪魔された。
「は? 媚薬?」
きょとんとルートを見上げる。それは聞いていなかったエディヒソイもじとーとルートを見つめてしまった。本人は明後日の方向を向いてとぼけようとしている。
悠也は心底呆れたように溜息を付いた。シュラインはそんな怪しげなものが草間の口に入らなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「はあ?! 本当に媚薬だったの?!! 僕には必要ないよ!」
時音は誤解されては大変だと首を横に振った。
「恋人がいるのに、なんでわざわざ媚薬なんて。」
「なんだって?! 恋人?!!」
歩がそれを聞いて、悲鳴のような声を上げた。
「なんだよそれ、俺は聞いてないぞ。」
「当たり前だろ。敵なんだし。」
「俺はお前のために……お前のために力を貸したのに……。」
涙ぐみながら、歩は時音を睨みつけた。裏切られても尚且つ人間の味方をしていると知ったときよりもよほどショックだった。
その鬼気迫った顔に、時音は驚いて後退さった。
「これはどう足掻いても、両手両足引き千切ることになりそうだね。」
歩の闘志が燃え上がる。時空跳躍をして一気に間合いをつめ、時音に襲い掛かる。同じく時空跳躍で時音はそれを避けた。歩の一撃が草間興信所の壁に穴を開ける。
「ルート、この2人吹き飛ばして。」
シュラインの命令がルートに突き刺さる。
「だって、さっき武彦の指示に従えって……。」
「武彦さんの指示は絶対。私の指示は武彦さんの指示。よって、私の指示は絶対なのよ!」
「えーー!!」
「んなアホなっ!」
シュラインの三段論法にさすがのルートも口をあんぐり開ける。ついエディヒソイも突っ込んでしまった。
「早くどこかに飛ばしなさい! ここが壊れる!!」
人間って恐ろしい…と思ったルートだった。
「さて、静かになったところで、気を取り直しておやつをどうぞ、エディーさん。」
「お、おおきに。」
戦闘中、埃など被らないようにしっかりとガードしていた新作のケーキを悠也はエディヒソイに差し出した。新しく淹れたコーヒーも一緒に渡す。
確実に怒られると覚悟して、ルートはしょんぼりと肩を落として部屋の隅に蹲っている。
「これに懲りて、しばらくルートも大人しくしてるでしょう。」
悠也はルートにもケーキをあげて、買い物から帰ってきた零にもケーキを配る。
美味しそうに頬張る彼らを見て、悠也は嬉しそうに微笑む。
悪魔が人間と暮らすことで楽しいこともあるのだと教えるべきだろうかと少し考えたりもした。
「ちなみにあの薬の効力って一体なんだったのかなー……。」
嬉璃とまったり茶を飲みながら、諸悪の根源であるアキラはぼんやりとそんなことを呟いた。
*END*
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい) / 男 / 17歳 / 高校生】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21歳 / 大学生・バイトでホスト】
【1219 / 風野・時音(かぜの・ときね) / 男 / 17歳 / 時空跳躍者】
【1355 / 蒼乃・歩(あおの・あゆみ) / 女 / 16歳 / 未来世界異能者戦闘部隊班長】
(受注順で並んでいます。)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
この依頼に参加していただき、本当にありがとうございます。
それぞれみなさんが媚薬に対して違うプレイングをしてきたことが興味深かったです。
邪魔する、手伝う、媚薬を奪う、と全てをごった煮にすると、こんな感じになりました。
草間さんは勝手にしててくれって感じですね。(笑)
如何でしたでしょうか。楽しんで頂けたら幸いです。
冒頭部分が2パターンあるので、よければ、他の人のも読んでみてください。
それでは、また機会があったらお目にかかりましょう。
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