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<東京怪談・PCゲームノベル>


迷える羊に愛の手を!

玄関先から絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは、菓子器から胡麻煎餅を一枚取った時だった。
「ん?」
午後7時を数分過ぎた時間。
玄関ではこんな時間にも関わらず、飾った百合の花粉が気になると言ってあやかし荘の管理人である因幡恵美が掃除をしていた筈だが。
口の周り一杯に胡麻を付けてバリバリと煎餅をかみ砕いていた嬉璃が慌てて立ち上がる。
俺は煎餅を置いて、嬉璃について玄関へ向かった。
「恵美!」
玄関の正面の壁に、恵美が貼り付いて目を見張っている。
その様子に驚いた嬉璃が駆け寄ると、恵美は弱々しく指で玄関を指し、それにつられて目をやると………。
「またか……」
げんなりとした嬉璃の溜息。
俺は驚いて、次の瞬間には思わず苦笑を漏らした。
玄関で腰を抜かしている三下忠雄。
その後ろに、なんとまぁ、頭から赤いペンキでも被ったのかと思うほど血まみれの女性が所在なさ気に立っていた。
そして、パクパクと口から空気を逃がしているだけの三下と、震えている恵美の様子に困ったように両手を頬に当て、言った。
「あらまぁ、どうしましょう。驚かせるつもりはなかったんですけど……」
女性の体に足はなく、半分ほど透けている。もしかしなくても幽霊と言う奴だ。
「まったく……よく霊に好かれるというか……トラブルに巻き込まれるというか……仕方がないな」
苦笑しつつ三下に手を貸して立たせて、まじまじと血まみれの女性を見た。
本当に見事に血まみれだった。頭から頬、頬から首筋、手の甲も、素肌の見える部分は真っ赤で、黒っぽい衣服に覆い隠された部分はどす黒くなっている。
事故か―――或いは自殺か。
自殺した霊が三下に惹かれたのか、誰かに殺された為犯人を三下に記事にして欲しくて現れた……と考えるのが妥当だろう。
が、念のため三下に尋ねてみる。
「知り合い?」
案の定、三下は無言のままブンブンと首を振った。
「お知り合い?」
今度は幽霊に同じ質問をしてみる。
一方的な知人と言うのも世の中にはごまんといるのだから。
幽霊はゆっくりと首を振った。そして、
「分からないんです」
と溜息を付いた。
幽霊と言うともっとヒュードロドロドロ恨むぞよ〜と言う暗く冷たく何かしら背筋のゾッとするものを想像するが、どうもこの幽霊は幽霊らしくないところがある。もしや自分が死んだ事を理解出来てないのではなかろうか。
「分からない?知らないのなら、何故三下さんに憑いて来たのです?」
へっぴり腰で俺に縋り付く三下よりもどこか人間臭く佇んで頬に手を当てる幽霊に尋ねる。
「はぁ、それが……、私、どうして自分が死んでしまったのか分からないんです。と言うか、私、自分が誰で死ぬ前に何をしていたのかサッパリ思い出せなくて………」
俺は思わず額を押さえた。
記憶喪失の幽霊。
そんなものがあって良いのか。



「ど、どうぞ……」
恵美の勧めたお茶ににこりと微笑んで、幽霊は軽く頭を下げる。
玄関先では話しにならないと言う事で取り敢えず管理人室へ移動したのだが、四角いちゃぶ台に向かって正座する血まみれの幽霊と言うのはなんだか異様な感じがしてならない。
湯気を立てるお茶を嬉しそうに覗き込みながら手を伸ばしたが、するりと擦り抜けてしまって、寂しげな顔になる。
幽霊は溜息を付いて空腹を訴えた。
「幽霊って、大変なんですね」
恵美の言葉に幽霊は肩を竦めた。
「ほのぼのしている場合ではない……」
俺は自分に出されたお茶を一口飲んで、軽くちゃぶ台を叩いた。
「あ、そうですね」
と答えたのは問題の張本人である幽霊。
名前も思い出せないと言うから、そのまま「幽霊」を呼び名にする事にした。
「思い出せる処から話して貰いましょう。まずは何故三下さんに憑いて来たのか…」
「ええと、私、探していたんです」
幽霊は答える。
何でも、ふと気付けば死んでしまっていたのだそうだ。
死んでいる事は理解出来たが、何故死んでしまったのか、自分が誰だったのかサッパリ思い出せず右も左も分からない状態で、どうしてそんなに冷静で居られたのか分からないが、兎に角幽霊は死んだ事に対して驚かず、記憶がない事にもあまり戸惑いを覚えなかったと言う。
「何となく、死んだら何処かからお迎えが来るかな、とか、光が射して天国に行けるのかな、と思ってたんです」
暢気な死人だな、と思ったが俺は無言で先を促す。
待てど暮らせどお迎えは来ず、宛てもなくフラフラと彷徨う日が続いた。彷徨うにつれて、幽霊は空腹と疲れを感じた。
「死んでもお腹が空くんだなーって、ちょっと驚きました」
町中に食べ物が溢れているのに、そのどれにも触れる事が出来ない。勿論食べる事も出来ない。
彷徨う日が続くにつれて、幽霊の体は少しずつ固くなっていった。
「体が固くなると言うのは、少し違うかも。動けなくなるんです。立ったら立ったまま、そこから動けなくて、とうとう公園近くの歩道橋で全く動けなくなりました」
「動けなくなった…?」
俺の問いに、幽霊は頷いた。
「歩道橋の階段に立っていると、色んな人が目の前を通り過ぎるんです。でも誰も私に気付いてくれない。どうしようかと思っていたら、人の背中に光がある事に気付いたんです」
強い光を持つ人と、弱い光を持つ人がいて、なんと弱い光の人には色んな幽霊がくっついてる。
そこで幽霊は考えたらしい。
自分の力で動く事は出来なくても、誰かについて行く事ならば出来るのではなかろうか、と。
誰かについて行けば、その内天国へ行く道が開くかも知れない、そう思った幽霊は丁度前を通りかかった三下に飛びついた。
「成る程、三下さんの光は弱いのか」
やはり、と思うのは失礼かも知れないが、俺はこっそり心の中で「やはりな」と呟いた。
「そ、それじゃ、僕に憑いて来たのは偶然……?」
イヤな偶然だ。
幽霊が頷き、三下が俺に泣きついた。
「裕介君、どうにかしてよぉ〜!」
良い歳の大人が若干18の高校生に泣きつくとは何事か、と思うのだが、乗りかかった船。
理由を聞いてしまった以上、どうにかしてこの記憶喪失の幽霊を成仏させてやらねばなるまい。
俺は少し溜息を付いた。
義母の用事で近所を尋ねたので、立ち寄ってみたのだが。
「来るんじゃなかった」
そっと顔を背けて呟いても、全然許されると思うのは俺だけじゃないはずだ。



記憶喪失の幽霊を成仏させるに当たって、3つの優先順位を決めた。
1、記憶を取り戻す事(少なくとも名前だけは)
2、成仏する事
3、死因を調べる事
「普通、3番が成仏じゃないのか」
尋ねると幽霊は首を振った。
「死因なんて分かったってあんまり役に立たなさそうでしょう?何が原因であれ、死んでしまった事に変わりないんだから」
少なくとも名前だけは思い出したいと言うのは、いざ成仏してあの世に行った時、閻魔帳に載った名前が分からなければ困るだとろうと考えた結果らしい。
暢気と言うか、いい加減と言うか、今ひとつ危機感のない幽霊だ。
しかし、その記憶を取り戻すと言うのが一番大変な問題だ。
生身の人間であれば、病院に連れて行く事が出来るが、幽霊であるが故にそう言う訳にいかない。
「会社員、25〜6歳と言った処かな」
俺は幽霊を暫し眺めて言った。
やや茶色い髪はセミロング。化粧は控えめ。血で変色しているが、身につけているのは濃紺のスーツ。血にまみれた左の薬指に指輪がない事から、独身であろうと思われる。喋り言葉に目立った訛はない。
正確に数えていた訳ではないが、自分が死んでいる事に気付いて彷徨いはじめ、今日三下に取り憑くまでの期間は30〜40日と言う。
「取り敢えず、ここ1ヶ月程の新聞でも見てみよう」
「新聞?」
「死亡記事を見れば、何か分かるかも知れない」
「あ、成る程」
恵美に新聞の保存先を尋ねると、古新聞は全て庭の倉庫にあると言う。
「じゃ、三下さん、行きますよ」
俺は立ち上がり、三下を促した。
「え、ぼ、僕も?」
「当たり前でしょう?誰が幽霊を連れて来たんです」
勝手に憑いて来たのだ………、ブツブツ言いながらも三下は立ち上がった。
「ここ数日のは、私と嬉璃ちゃんで確認しておきますね」
倉庫の鍵を渡しながら恵美が言い、新聞にさえ触れる事の出来ない幽霊は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「宜しくお願いしますぅ〜」
あの世に行くだけで良いのなら、愛用の大鎌・Baptme du sangで強引に除霊するのだが、まぁ、名前くらいは思い出させてやらないと成仏出来ずに舞い戻って来そうだから仕方がない。
除霊は最終手段と言う事にして、俺は三下と一緒に倉庫へ向かった。
正確には、三下に憑いている幽霊も一緒に。


害はないと言っても、血まみれの幽霊が始終側にいるのは決して気持の良いものではない。
それが、電気も付かない暗い倉庫では尚更。
懐中電灯に照らされた血まみれの幽霊は、本人に全く悪気はないのだろうがとてつもなく迫力がある。
三下は顔を上げる度に一緒に新聞を覗き込んでいる幽霊を見て悲鳴を上げた。
「三下さん、新聞を見るより悲鳴を上げてた方が多いと思うのは俺の気のせいかな」
最後の1日分の新聞を畳みながら俺は言った。
「え、そ、そんな事はないよ」
アハハ、と笑って頭を掻いたが、明かに悲鳴の方が多かった。
幾ら背中の光が弱いからと言っても、何もこんな見るからに頼りなさそうな人間に取り憑かなくても、もっと活きの良い人間に憑けば良かったものを……、と俺は少し幽霊に同情した。
もし俺がまかり間違って死んでしまって、彷徨える幽霊になったとしても、三下にだけは取り憑かないでおこうと思う。
と、そんな話しはさて置き。
「もしかして実は凄い若作りなのか?」
俺は幽霊に聞いた。
倉庫にあった新聞に載っていた死亡記事は、全て30代以上だった。その内、女性は5人。
交通事故が3人と、病院の医療ミスが1人、もう1人はお悔やみ欄に名前が出ていただけだった。
交通事故で記憶喪失になると言うのは、ドラマなんかではよくある話しだ。
「新聞に載らなかった可能性もあるか……」
「はぁ」
「例えば、事故に遭ったが発覚を恐れた犯人によって死体を隠されてしまった」
俺の言葉に、成る程、と幽霊は頷く。
何処までも暢気な幽霊だな。自分の事なんだからもっと真剣に考えろ。
と思いつつ、俺はふとあることに思い当たった。
「ところで、歩道橋に固まる前はどこに?」
「歩道橋の前?あ、えーっと、あっちこっちうろうろしてました。と言っても、迷子になったら困るのでこの周辺なんですけど」
幽霊も迷子になるのか、と尋ねかけて辞める。
記憶喪失になる幽霊がいるんだから迷子になる幽霊がいても不思議じゃない。
「そもそも、最初に死んだと気付いた時はどこにいたんだ?」
何故はじめにそれを聞かなかったのか、と俺は自分に毒づいた。
新聞を調べるよりも場所の特定が出来ただろうに。
「最初ですか、あの時は公園通りの裏の細い十字路の処にいました。時間までは覚えていませんけど、夜でした。静かで、人通りもなくて」
俺は、今日ここに来るまでの様子を脳裏に思い描く。
公園通りの裏の細い道路。
住宅地からやや離れた、会社や商店のならぶ通りだ。
昼間こそ人通りが多いが、夜間には変質者が出没する暗く静かな道。
幾つかある十字路の内の一つを通ってここまでやって来たのだが、そう言えば、カーブミラーが1本だけ曲がっていた。
丁度、車がぶつかったようにぐにゃりと。
「あの辺での交通事故の記事はなかったが……」
呟いて、時間を確認する。
午後8時30分。
「行ってみよう」
「行くって、公園通りに?」
情けない声で三下が言った。
「公園通りの裏道に」
懐中電灯を消して、俺は立ち上がった。
三下がそっと溜息を付く。
一体誰の為にこんな面倒をしているんだ。


午後9時。
仕事を終えた商店が店じまいする裏通りは、まだ少し賑わっている。
もしもここで交通事故を起こし、逃げるとするならば午後11時以降か深夜じゃないと無理だろう。
公園には犬の散歩をする人の影がまばらにある。
公園と言っても、1〜2ヶ月に1回掃除があるような小さな寂れた、どちらかと言うとあまり清潔感のない広場だ。
鬱蒼と生い茂った木と、ぼうぼうに生えた草。古いブロック塀とフェンスに囲まれた公園は外灯も少ない。
「あ、ここ、ここです」
幽霊が最初に気付いたと言う十字路で、俺達は立ち止まった。
やはり、あのひん曲がったカーブミラーのある処だ。
1角が公園、あとの3角はそれぞれに商店の倉庫と駐車場になっている。
しかし、もしここで交通事故に遭ったとしても、これだけ血まみれになるほどの事故ならば道路に血の後が残った筈だ。
そうなれば、例え死体がなかったとしても誰かしら不思議に思うのではなかろうか。
「―――――雨、か」
道路を洗い流す雨が降っていたとすれば………。
「ここ1ヶ月で雨が降ったのは?」
「え?えっと、そうだね、最近少なかったから………えーっと、確か先月の終わりと2週間前じゃないかな」
先月の終わりか。丁度時期が合う。
その時ふと、ひん曲がったカーブミラー側になる公園の塀が目に入った。
1mほどの高さの薄汚れた白い塗り塀。
その向こうには、この小さな公園には大きすぎる公衆トイレ。
塀とトイレの隙間は50cmほどだろうか。
「まさか、な」
以前何かの本で読んだ内容を俺は思いだしていた。
車に跳ね飛ばされた人間が、塀を通り越えて建物と塀の間に落ちた――――そんな内容を。
思い出しながら、俺は塀の向こうを覗き込んだ。
そして。
「あ」
見つけてしまった。
いともアッサリと、壁とトイレ、そして木に囲まれた、くの字に曲がった女の体を。
懐中電灯で照らし出した体は草に半ば隠れているが、確かに黒っぽいスーツを着ている。そして、やや茶色いセミロングの髪。
脇には、一緒に投げ出されたらしいショルダーバッグ。
「あ、私……、ですよね?」
目の前に自分の死体があると言うのは、どんな気持ちだろう。
気分の良いものではないだろうが、意外にも幽霊は平然としている。
「あの、悪いんですけど、バッグの中を見て貰えませんか?免許証かなにかが入ってるかも」
言われて、俺は三下に懐中電灯を渡した。
「え?」
首を傾げる三下に、俺はにこりと笑って塀を指さす。勿論、彼に行って貰うのだ。多少は役に立って貰わないとな。
溜息を付きながら塀を越えた三下は、随分時間をかけてバッグから財布を取り出し、塀越しに差し出した。
「開けますよ?」
一応断って、ブランド物の財布を開く。
そして、そのカード入れに免許証を見つけた。
写真は確かに、血まみれの幽霊の顔と一致する。
生年月日を確認すると、ちょうど26歳だと分かった。
俺はゆっくりと、そこに印刷された名前を読み上げた。
「―――――――――」


「良かった。ありがとう」
それが、幽霊の最後の言葉だった。
名前が分かっただけで、記憶を取り戻す事が出来たのだろうか。それとも、名前が分かった事で安心して成仏する事が出来たのだろうか。
のろのろと塀をよじ登って道路に戻ってきた三下の背後に、あの血まみれの幽霊はいなかった。
「あ、何か肩が軽いような気がする……」
言いながら三下はポンポンと肩を叩く。
鈍くさい人間に取り憑いた暢気な幽霊。
ある意味、普通に恐い無念の思いを持った幽霊よりタチが悪かったかも知れない。
「一件落着って事で」
俺はホッと息を付いた。
「ありがとう〜!裕介君、助かったよ〜!!」
晴れ晴れとした顔で三下が言い、帰ろうとするのを俺は引き留めた。
「え、何?」
キョトンとする三下の胸元を漁って、携帯電話を取り出す。
「勿論、事後処理をして貰わないと」
「事後処理?」
「警察に決まってるでしょう。死体を見つけたんだから」
三下の手に、携帯電話を握らせて俺は笑った。
「事情聴取とか何とか、色々あるだろうから、その辺は宜しく。ま、頑張って」
何もなくても挙動不審な三下の事だから、変に疑われてしまうかも知れないがその辺は本人の力でどうにかして貰おう。
午後10時前。
俺は途方に暮れる三下を残して、家路についた。




end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
1098 / 田中・裕介 / 男 / 18 / 高校生兼何でも屋
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■         ライター通信          ■
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久し振りの喘息の発作でちょっと苦しんで凹み気味だった佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
また何時かどこかでお目にかかれたら幸せです。