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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


夜間諧謔円舞曲(ワルツ)

■お手伝いお願いします♪ 投稿者:ユリウス 投稿日:2003.03.09 21:54

 突然ですが、今晩は、お邪魔致します。
 私、カトリック関係の聖職者のユリウスと申す者でございます。
 今回は、このHPをご覧になっていらっしゃる皆様にお願いがありまして、書き込みさせていただきました。
 多分このHPがHPだけに、霊能力などがある方も沢山いらっしゃってると思います。
 そこで1つ、お暇な方がいらっしゃればお付き合いいただきたい事があるのですが……。
 実は3月30日の日曜日に、近所の浮遊霊さんから、運動会をやることになったというお話を伺いました。
 今回ご協力いただきたいのは、その事につきまして、です。
 と申しますのも、――


「な、長い書き込みぃ……」
 掲示板にチェックを入れていた雫は、マウスを手にしたままで呆然と呟いていた。
 やたらと丁寧な文体で、何やらつらつらと、書き連ねられた記事が投稿されている。
 内容的には、文句無しに面白そうなのだが――
 今時めずらしいよなぁ……こんな書き込み……。
 思いながらも雫は、切れた文面にバーをスクロールさせた。
 ――ちなみに、続きの文面も総合し、要約すれば、掲示板には次のような事が書き込まれていた事になってしまう。
3月30日の夜中に、近所で幽霊による大運動会が行われる。そこで、司会者としてでも、参加者としてでも構わないので、是非是非手を貸してほしい――
 書き込みの最後の方には、これによって、できるだけ多くの霊に成仏してもらいたい、という風に付け加えてあった。
「ん、面白そうじゃない?まぁ……投稿者がちょっと気に食わないけど」
 ふと、投稿者欄に視線をやり、雫はあからさまに溜息を付いた。
 あのオヤジ、また何か企んでるわね、これは。
 ついこの前、三下の伝(つて)で知り合った枢機卿を思い出し、雫は多少、内心悪態をつきつつも。
 しかし、この面白そうな事態に、胸をときめかせるのであった――。



† プレリュード †

「あの、ちょっとすみませんけれど」
「――あ、はい?」
 買出しの先で、問われた麗花(れいか)が振り返る。
 今日の晩御飯は、何にしようかしら。お客さんが来るって猊下もおっしゃってたし、何か美味しいものが良いわよね――
 考えながら、見回していた、野菜コーナーを背景に、
「……あら」
 突如として、目の前に姿を現した女性の姿に、麗花は思わず、声を洩らしていた。
 ――年の頃なら20代前半、見た目からして、明らかに普通とは思えない、女性。
「何か、御用でしょうか?」
 深紅の髪に、深紅の瞳。服装こそは普通ではあったものの、どこか漂う艶かしい雰囲気に、
「教会を探しているのよ。この近くのはずなのだけれど」
 ふぅ、と1つ、溜息交じりの声が、驚くほどに、似つかわしかった――。

 その、数分後。
 麗花と女性――藤咲 愛(ふじさき あい)は、スーパーの買い物袋を両手に、一緒の道を歩いていた。
「やっぱり、そうだと思ったのよね。シスターなんて、珍しいから」
「あら、そうですか? たまに見かけますよ。この前もお店で一緒になりましたし」
 見た目とは裏腹に、優しい瞳で微笑まれ、麗花もやんわりと、微笑み返してしまう。
 はじめ見かけた時は、どーいう人なんだろうって不安に思ったけれど……
 だが、麗花の予想とは裏腹に、愛は温和で、優し気な人柄であった。
 荷物まで持ってもらっちゃったし――
 たまたま、帰る先と向かう先が一緒だと知り、それから打ち解けるまでは、あっという間の事で。
「所で、教会に御用がおありといいますと――うちの信徒さんですか?」
「まさか! そんなんじゃあないわよ」
 大げさとも思えるほどに否定して、愛はにっこりと、担いでいた鞄に視線をやった。
「え、鞄、が、どうかしたんですか?」
 訝る麗花に、微笑を深めると、
「そりゃあ、この中に入っているのはブルマーよ! あたしはね、ユリウスってゆー人の手伝いに来たわけ」
「――猊下の? それじゃあ、藤咲さんは、」
「その通り! 宴は今日なんでしょ? あたし――参加させてもらうわよ!」
 そう、それは、ゴーストネットで例の書き込みを、見かけた時の話。
 ぼっと流し見していた画面に、これだ! と思わず、叫んでしまったものだった。
 ――なかなか面白そうじゃない……! 幽霊との大運動会だなんて、滅多に参加できるわけじゃああるまいし。まぁ、ちょっと時期が早いような気もするけど――?
 鞄の中には、Tシャツ、ブルマー、鉢巻きなどなどが入っていた。
 気合は、十分ね!
「ということで、宜しくね、麗花ちゃん! 目指すは――優勝よっ!」
 ぐっ! と意識の中で両の拳を握り締めるなり、愛は空に向かって誓いを立てたのだった。



† 第1楽章 †

 ――付いた先の教会で自分を出迎えたのは、1人の愛らしい少女と、神父であった。
「藤咲さん、ですね。どうもはじめまして。先日はご連絡、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそはじめまして」
 ゆっくりと歩み寄ってきたユリウスに、ぺこりと1つ、頭を下げられ、
 うあ、もうこの人、日本人って感じよね、本当――。
 見た目は絶対外国(向こう)の人なのにね、と、愛は少々、感心してしまっていた。
「えぇと、私はユリウスです。下の名前はアレッサンドロですけれど」
「あたしは藤咲 愛、今日は宜しく――」
「そう、やっぱりそうですよねぇ……藤咲 愛さん、ですよね」
「――はい?」
 呟くなり、ユリウスは愛の挨拶を遮り、何かに感心したかの如くに、こくこくと何度も頭を縦に振っていた。
 突然の事に、流石の愛にも、何が何だかわからなくなってまっていた。
 ――と、
「いえね、私の後輩が、夢でやたらと呼ぶ名前が愛さんのお名前でしてね――同姓同名だなんて、そうザラにいませんから……そうですか、先日はうちの後輩がお世話になりました」
「え、は? 一体どういう事です?」
「ほら、神社で――何があったのかは話してくれないんですけれど、最近彼、夢を見る度愛さんの名前を呼んでいましてね。まるで助けを求めるかのように、叫んでるんですけど――」
 ……言われてみれば。
 ふと、愛の記憶にも、引っかかる事が、1つだけあった。
 ついこの前に出会った、1人の青年神父。
 ってゆーか多分それ、あたしに助けを求めてるんじゃなくて……
 ちょっと、虐めすぎたかもしれないからなぁ……。
「あああ、そうでしたか、何があったか話してくれない――いえ、何もありませんでしたよ、本当」
 誤魔化すかのように頭を掻いて、愛はとりあえず、適当に話題を逸らす事にしてしまった。
 と、丁度愛とユリウスとの話しに、一区切り付いた頃、
「はじめまして、愛様。わたくし、御影 瑠璃花(みかげ るりか)と申します。今日は宜しくお願い致しますわね」
「あらぁ、可愛いじゃない」
 下の方から愛らしい声で言葉をかけられ、愛は無意識の内に、その身を屈めていた。
 ――縦巻きにした金髪(ブロンド)の良く似合う、青い瞳の小さな、少女。
 クマのぬいぐるみを抱きしめ、黒いドレスをひらりひらりと遊ばせる彼女に、
「あたしは藤咲 愛。こちらこそ宜しくね、瑠璃花ちゃん」
 やわらかな笑みと共に、気が付けば愛はその頭を、ぽんぽんと軽く、撫でていたのだった。



† 第2楽章 †

 ――そうして、夜。
 集まり始めた幽霊の中で、愛は颯爽と気合を入れていた。
「あー……それはそれは……ええ、はい、わかりました……ええ……」
 何やら霊と会話を交わしているユリウスが、無意識のうちにあちこちを擦ってしまっている。
 心なしかボロっちくなった僧衣が、疲れた表情のユリウスに、良く似合ってしまっていた。
「所でユリウスさん」
「あ――はい、何か御用でも……?」
 愛は、持っていたタオルで汗をふき取りながら、
「あたし、優勝してみせますんで、よしなに。幽霊と雖(いえど)も……うふ、うふふふふふふっ……」
「いや――その、十分優勝できると思います……頑張って下さいね――」
 あまつさえ、怪しい含み笑いを洩らしながら、愛は戸惑うユリウスに向かって、勝利宣言をして見せた。
 ……実は、4人がお互いに自己紹介を終えた、あの後。
 そうよ、競技に出る以上特訓あるのみっ!
 などと意気込んだ愛は、嫌がるユリウスを連れ出して、庭で文字通りの猛特訓を行っていたのだった。
 ちなみに、その内容はといえば、口にするのも恐ろしいほどで。
 それなりに体力のあるユリウスですら、あまりに過酷な内容に耐える事ができなかったらしい。
「晩御飯も食べてないのに……」
「何かおっしゃりました? ユリウスさん?」
「いえ、何でも」
 脱力しつつも笑顔で答える枢機卿に、手に持っていたタオルを渡すと、愛は月夜の世界に、ゆるりと視線をめぐらせたのだった。

 あっというまに、過ぎ去る時間。
 愛は、司会の準備が整うまでの間を、現れ始めた幽霊達と会話しながら過ごしていた。
(ねぇ、おねーちゃん、おねーちゃんは、どーしてそんなにやるきまんまんなのぉ〜?)
「そりゃああたし、負けるのって嫌いだし……?」
(よぉねーちゃん、イイ体してんなー♪)
「――さっさと成仏しなさいっ! 全く、男って死んでもそうなのっ?!」
 ふわり、と姿を現しては、ふわり、と消えてゆくその姿。
 自由気ままな浮遊霊達の姿に、愛は少しばかり、暖かな気持ちを、覚えてしまう。
 悪く、無いわよね、こーいうのも。
(おねーちゃん、何組みなの〜?)
「あら、もう組み分けはやってるの?」
(おうよ、赤か白かはもう決まってんのよ! ちなみに俺は白だな)
「いやだからさっさと成仏してよ」
 話しているのは、小さな少女の幽霊と、寿司屋のはっぴを羽織った男の幽霊。
 愛は、少女の身長にあわせて屈みこんだまま、
「第一、何なのよあんた」
 後ろの男には、適当にあしらうかのように相手する。
(つれねぇねーちゃんだな。ん? 俺は蓮((れん))って言うんだ。蓮様と呼べ!)
「ふざけるんじゃないわよ! なんであんたにさん付けなんてしなくちゃならないのよっ!! 冗談じゃないわ! ねぇお嬢ちゃん、こんなのと一緒にいたら性格悪いの移るわよ。あっちへいきましょーねー」
(うん、あたしもあのにーちゃんきらーい。おねーちゃんのコトいじめるんだもーん)
(ってオイ、お前ら……)
 少女と共に、本当にとぼとぼと向こうの方へと向かって歩み出した2人に向かって、蓮は半眼のままで呟きを洩らしていた。
 2人の向かうその先では、集(つど)いはじめた幽霊達が、楽しくお互いに雑談を交わしていた。
 だが、いつの間にかユリウスによって引かれたその境界線にあわせて、きちんと赤組と白組とに別れてしまっている。
 無論、
「白なんて性に合わないし。あたしは赤ってコトで」
 愛は赤組の方にちょこんっ、と並ぶと、どうやら赤組所属であったらしいあの少女と、再び話を開始する。
「そういえば、お名前は何ていうの?」
(めいみっていうのー。こーつージコってやつでしんじゃったんだって、そこのおじさんがおしえてくれたのー)
 いや、それってサラっと笑いながら言う事じゃあないわよねぇ……。
 思いながらも、にっこりと、微笑を向ける。
「あたしは愛っていうの。今日は一緒に頑張りましょうね」
(はーい!)
(ほう、愛って言うのか。ふぅん、)
「って、何よ、あんた」
 と、少女が元気良く手を上げた瞬間話しかけてきたのは、先ほどまで一緒に話していた、蓮であった。
 心から不機嫌そうに振り返ると、愛はその姿を一瞥する。
(つれねぇねーちゃ……)
「その台詞はさっき聞いたわよ。まぁ、あんたなんかがいるようじゃあ、白組ってーのはどうも駄目そうね?」
(さぁ? 俺様はコレでも中学校の時陸上部だったんだぜ? 高校ではバスケ部レギュラーだ! 寿司屋ではなんと! 皿洗いの大王と呼ばれていたんだぜ!)
「それって、文字通り死ぬまで下働きだったって事よね」
(――うううっ、しくしくしく……)
 ふっ、他愛も無い。
 勝負はもはや始まっているのよ、と意気込んだ愛の手にかかってしまえば、このくらいの男は、簡単にあしらう事ができてしまう。
 さらり、と紅い髪の毛を1つ、掻き揚げる。
 ――その、刹那。
「それではこれから、春の運動会を始めますわね。司会はわたくし、御影 瑠璃花と」
「えーっと……ほ、星月 麗花(ほしづく れいか)が担当させていただきますっ」
 小さいながらも、司会席から聞こえてきた声に。
 さぁて、いよいよ宴の始まりねぇっ……?
 愛はにっこりと、艶笑を浮かべていたのだった。



† 第3楽章 †

「まさかあんたが白組代表だとは思わなかったわよ」
(俺もだよ。全く、性格の悪いねーちゃんが代表となったもんだ。これで赤組の敗北は決まったようなもんだな!)
「ふざけないで。見てなさい。みぃんな勝つんだから。ええ、勝つわよ……ふふっ」
(なんか……怖いなぁ、お前)
 幽霊と共に臨む、応援席。
 愛は早速、なぜだか隣に蓮の姿を認めつつも、それでもめいみと共に、自分の組の応援を始める。
 ――心なしか、緊張している赤組の群集。
 最初の競技は、尤(もっと)もらしく、多少語弊有りの徒競走≠ナあった。
「がんばるのよっ! 負けるんじゃないわよ! ええ、やるのよ行くのよ! 赤組の皆っ!!」
 実は。
 蓮は知らないが、赤組にはちょっとした秘話があった。
 先ほどの、愛と蓮の選手宣誓の後。
『良い? 赤組の代表がこのあたしとなった以上、皆には負けてもらっちゃ困るわけよ! ということで、負けたらどうなるか――わかるわね?』
 念を押すかのごとくに愛が手に持っていたのは、いつの間にか引っ張り出されていた、商売道具の鞭であった。
 ぱんっ! といつもの要領で、弾力性に富んだ皮が引っ張られる。その刹那、一様に赤組の幽霊達が身を震わせていた事に、幸か不幸か、愛は気が付いてはいなかった。
 さぁ、やるのよ! 負けたら承知しないわ――!
「こんな馬鹿幽霊に負けられないのよ……!」
 うふ、うふふふふ、と怪しく微笑む愛の姿に、
(今本音がぽろっと落っこちたぞ?)
(おねーちゃん、ほんっとうにがんばりやさんなんだねー)
(めいみ、その感覚は絶対ずれてるって)
 2人の幽霊は、おのおの色々な意味で感動をせざるを得なかったらしい。

「1位は赤組のしずる様、2位は白組のあき様――!」
 司会席から、瑠璃花の興奮する声。
「よーい……」
 ぱんっ! とユリウスによって鳴らされる、ピストルの高い音。
「あああああっ! 転んだっ! 転んでしまいましたぁぁぁぁぁあっ! 折角可愛いのにっ! 可愛いのにぃぃぃぃぃぃいっ!!」
「れ、麗花様――」
 謎めいた麗花の実況。瑠璃花のつっこみが無ければ、それこそ何が何だかわからない。
(1位はこっちだよー!)
(瑠璃花ちゃん、赤組3ポイント、白組も3でーす!)
 交代で働く幽霊達――。
 そうして、その一方。
 応援席にある、愛の姿。
 とにかく興奮し、赤組を力いっぱい応援していた彼女の姿に、なぜか蓮とめいみが疲れているのも知らぬままに、
「さってと……それじゃあ、あたしの出番ね!」
 愛はぱんぱんっ! とTシャツを払うと、すっくと立ち上がる。
 冷たい夜風が、応援にかいた汗に、ひんやりと、気持ち良い。
「徒競走第18走目! 最終走よぉっ!」
(げ、お前もかよ。残念だなぁ、それじゃあお前、優勝できないなぁ。いやぁ)
「……何ですって」
 一通り気合を入れた愛が、はたっ、と、水を射されたかのように、ゆっくりと、声の方を――蓮の方を、振り返る。
 そこには、ぽりぽりと頭を掻きながら佇む、あのイヤミな幽霊の姿があった。
(残念ザンネン。俺様も徒競走第18走目の第4コースでなぁ)
「……ほぉぅ」
 ゆっくりと吹きすぎる風に、愛の紅い髪が、ふんわりと遊ばれる。
 さくっ……と立ち位置を変えた愛に、心なしか、周囲の幽霊があとずさってしまっていた。
 広くなった空間の中で、愛は不敵な笑みと共に、蓮の事を、じっと、見返してやる。
「へぇ……あたしに勝てると思って?」
 皿洗いの大王が、生身の人間代表のこのあたしに?
 ――冗談ポイだわ。
「絶対勝つ」
 一方的に宣言するなり、愛は蓮を差し置いてさっさと待機場所へと向かい行く。
 ――選手宣誓の時から、既にこの雰囲気は、あったのだが。
 こうして2人の一騎打ちが、運動会という概念を差し置いて始まったのだった。



† 第4楽章 †

「負けたら潔(いさぎよ)く成仏するのよ? ええ、成仏させるから、見てなさいよ――」
(おうよ! その代わり、俺に負けたら一晩俺のモノになれっ!)
「あんた……実体無いのに言ってて悲しくならない……?」
 モノに触れないくせに……。
 もしこの男に触る事ができれば、とっくにぶん殴ってしまっている所だというのに、
(ならんっ! 男ならこのくらい言っておかなきゃならないんだよっ! って、師匠が言ってた!)
「どういう師匠よ。ってゆーか、そんな言葉、鵜呑みにするんじゃないわよっ!」
「……あのぅ」
「(何っ?!)」
 愛と蓮の、言葉の応酬。
 第18走目の徒競走で、ピストルを手にしたユリウスが、恐る恐る2人に向かって問いかけていた。
 2人の剣幕に、一瞬びくりとしながらも、
「あの、そろそろ――始めても、良いでしょうか……?」
 溜息混じりに、問いかけていたのだった。
 ――それから、間もなく。
「よーい……!」
 ようやく落ち着いた2人に、ユリウスがピストルを、高く、掲げる。
 一瞬、愛と蓮との視線が出会い――
 そうして、
 ぱんっ! と。
 この時間帯には相応しくない音が、かん高く、空へと向かって響き渡る。
 瞬間、同時に蹴られる大地。
 そのブルマー姿に釘付けになる幽霊達の姿などつゆ知らず、愛はとにかく、横に並んだ蓮を抜かす事しか、考える事ができずにいた。
「何よ! あんたになんか負けないわよ!」
(ふんっ! 女になんて負けてたまるかっ!!)
「なんかっ?! あんたねぇ、女を馬鹿にすると痛い目見るのよっ!!」
 愛と蓮は、さらにお互いに悪態をつきながら、ゴールへと向かって猛ダッシュを開始する。
 スタートからコンマ何秒とも思われる時点で遠く引き離された幽霊達はもはや問題外。第18走目は、完全に、愛と蓮との1位強奪戦となっていた。
「あああああっ! 藤咲さんが蓮さんを追い抜きましたよっ!」
「ええ、やはり愛様はお強いんですのね」
「ほーら、あの子達もあー言ってるわよ。悔しかったら追いついてみなさいよっ!」
(――るせぇっ! 皿洗いの大王に適うと思うなよっ!)
「いやだから、それって多分同僚達からのイヤミだってば」
 加わった瑠璃花と麗花の実況に、蓮が苦し気に顔をゆがめる。
 そうして、いよいよ――
「さぁ、もうゴールは目前ですっ! あああああっ! 後ろで可愛い女の子がっ! 転んでますっ! 転んで――」
「麗花様、解説のポイントがずれていましてよ」
「ああっ! そんなっ! 立ち上がりましたっ! それでも負けずに強気でゴールを目指しますっ! ああっ! 可愛いっ! 可愛すぎるっ!!」
「あ、ゴールっ! ゴールしましたわよっ! 麗花様っ!」
「――え?」
 麗花の代わりに、瑠璃花が声をあげる。
 見れば確かに、ゴール線の向こうで愛が息を切らし、その横には蓮がぼーっと突っ立っている光景が見て取れた。
 ――後ろの方で繰り広げられていた、ちびっこ3位争奪戦に夢中になっていた麗花は、無論、その結果を知るはずも無い。
 瑠璃花の言葉を、黙って、待つ。
 そうして――
「なんと1位は愛様――赤組3ポイント追加ですわっ!」
「ほーらみなさいっ! あたしに適うと思ったのが運の尽きだわっ! んふふふふっ、さぁ、さっさと成仏なさいっ!」
(うーるさいっ! まだ競技はおわっとらん! 次は運命走で勝負だっ!)
「臨む所よっ! まぁどーせ、あたしに勝てるわけないんだろーけど? そこまで言うんだったら付き合ってあげるわよ」
『あたし、負けるのって嫌いだから――』
 言う愛の言葉に、全くの偽りは無い。
 普段は温和な愛も、勝負事となれば話は別であった。
 ――そうよ、今日も1位をいただきよっ!
 綺麗に輝く月に、愛は再びガッツポーズで誓いを立てたのだった。



† ポストリュード †

 そうして、運命走、なぜだか運動会だと言うのに幅跳び、さらにはジャンケン大会を終え。
 いよいよ、閉幕の時。
 瑠璃花から愛らしい優勝旗と、ベストなんだか賞でメダルを個人的に貰っていた愛は、
「ふっ、3勝1敗っ! 蓮、破れたりっ!」
 幽霊皆が別所に集まっている一方、蓮と一緒に台下で最終決着をつけようとしていた。
 めいみも今は、別の幽霊に連れられて、ここからは遠い所で皆で一緒に騒いでいるはずであった。
(ってゆーか、こんなのおかしいぞっ! 何で運動会なのに幅跳びはともあれジャンケン大会なんだっ!!)
「そりゃあ、あんた達がモノに触れないからでしょうが。障害物競走なんて、意味無いものね」
 くっ! と悔し気に、地面に拳を打ち付けた蓮を見下ろしながら、
 そーいえば幽霊って、地面には触れるのよねぇ……。
 なんだかやっぱり、幽霊の事なんて死んでみないとわからないものなのね、などと心の中で小さく付け足すと、
「という事で、成仏なさい。あたしが見守ってあげるわ。感謝なさい」
(ちっ、そのブルマーに惹かれた俺が馬鹿だったっ……!)
「あら、今頃気づいたの? あたし、安くはないのよ?」
 にっこりと怪しく微笑むと、愛は身を屈める。
「ほーら、男に二言は無い≠チて良く言ったものよねぇ?」
(俺は言っとらんっ!!)
「でもあんた、男でしょ?」
(うるさいっ!)
 かなりムキになっている、というべきか、それとも自棄になっている、と言うべきか、ともあれ蓮は、もう1度音もたてずに勢い良く地を叩くと、
(あー、お前に触れたら、ぜってー1回ぶちのめしてやりたかったぜ……ったく)
「あたしもよ。全くね」
 全く、どうしょうもない女に出会っちまったもんだ。
(ったく、1勝3敗! しかも1勝って、ジャンケンでかよって感じだよなぁ。白組も負けるしよ)
「あら、でも健闘だったじゃない。それにね……あたしとした事が、あんたには本当は4勝するつもりだったのにね」
 小さく微笑むと、愛は蓮の方から遠くへと視線を移す。
 月光を浴びて、賑わう幽霊達の、姿。
 ――今、あの場では。
 1人の少女を囲んで、最期の宴が行われているはずであった。
 本当は、この場にいる幽霊達は皆、この場所にいるべき者達ではない。
競技の達成感から成仏してもらえれば、それが本望です。
 あの日見た、ゴーストネットの掲示板。
 一番下の方に書き込まれていた、その言葉。
 無論、今回の事で、この場にいる幽霊達が皆、行くべき場所に行くはずはない。だが、少しでも。
 少しでも、この世への、数々の未練を断ち切るものが、現れてくれるなれば、それは――
(あー、いい、もーいいよ、俺、行くわ)
「ふぅん、あ、そ」
(つれねーねーちゃんだな)
「それ、何度も聞いてるわ」
 立ち上がった蓮の姿に、愛もつられて立ち上がる。
 遠く空、星の空を見上げた蓮に、
「さぁ、約束よ! さっさと成仏しなさいっ!」
(おうよ、約束だもんなっ! 男に二言は無いってか?)
「言ってないんじゃなかったの?」
(この際気にするな! 俺はお前のせいで成仏させられたって証拠)
「いらないわよ、そんなもの」
 珍しく、穏やかに微笑んだ蓮。
 晴れ渡る夜空、どこまでも吹き渡る風に、愛は靡いた紅髪(あかがみ)に、そっと長い指を、当てていた。
 そういえば、天国とか天だとか、死後の国っていうものは、どこにあるのかしらね。
 不意にそんな事を、疑問に思う。
「それじゃあね、皿洗いの大王サマ?」
(おうよ! お前も俺の分まで生きるんだぞ〜っ! ってゆーか、次ぎあったらブチノメス)
「ありがと、覚えておくわ、その言葉。もう2度と会うことなんて無いと思うけどねー」
 元々それほど濃くなかった姿を薄くする蓮の姿に、愛は笑顔で、手を振った。
 ゆるりゆるりと、流れ行く夜風。
 この風の向かう先。
 それを知らぬかの如くに、人の、知る由も無い、死後の、その世界。
「俺の分まで生きろ、ねえ」
 全く、洒落た台詞を残すんだから――。
 愛はくすり、と小さく微笑むと、蓮の消えた空間から、颯爽と踵を返し、歩みを進め始めていた。

 その先には、皆が集まる集いの場がある。
 愛は、胸元から垂れ下がる金のメダルを小さく弾くと、夜空に向かって1つ、誓いを立てたのだった。
「良いわよ、あんたの分まで、生きてあげる」
 そうよ、生きた年数でも、あたしの勝ちになるように――。


Fine



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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★藤咲 愛 〈Ai Fujisaki〉
整理番号:0830 性別:女 年齢:26歳 クラス:歌舞伎町の女王

★御影 瑠璃花 〈Rurika Mikage〉
整理番号:1316 性別:女 年齢:11歳 クラス:お嬢様・モデル


(お申し込み順にて失礼致します)



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■         ライター通信          ■
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 この度は初のご参加、本当にありがとうございました。まずはこの場を借りまして、深くお礼を申し上げます。
 締め切りギリギリの提出となってしまいましまして、本当に申し訳ございませんでした。しかもこのお話の別サイドを同時に提出することができませんでした(滝汗)現在急ピッチで書き進めておりますので、もし少しでも気になられましたら、読んでいただけますと幸いでございます。
 ええ、突然でしたが、ユリウス、実はそういう事でございました(謎)あたしも吃驚したんですよ! 神社ですね、ええ、神社で――(以下省略) あの節はお世話になりました(笑)
 プレイングの際は、ご丁寧なお言葉までありがとうございました。あたしの方も、プレイングでかなり楽しませていただきました。ユリウスの企みは、実は麗花自身に関わる事でありまして、そんなに本編に深く関わるものではありませんでした。実は麗花は霊を呼ぶ体質なものですから、多分今回は、その関連で色々と調整したい事があったのではないかと……。麗花が外に1人でお買い物、という事も、それに関する事なようなのですが……。
 ともあれ、では、乱文にて失礼致します。
 今後とも、愛さんのご活躍をお祈り致しております。

02 aprile 2003
Lina Umizuki