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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地 〜哄笑するティーカップ〜

+オープニング+

 久しぶりに届いた一件のメール。
 便りのないのは順調の証☆と思ってはいたけど、たまに来るとやっぱり嬉しい。
 山中遊園地オーナーの一人息子、ゆきくん、こと里中雪斗少年からのものだった。

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 こんにちわ。雫さん。
 いつもお世話になっているのに、御礼のお手紙も出せなくてすみません。
 皆さんのおかげで、遊園地の工事も順調に進んで、そろそろリニューアルオープンが出来そうになってきました。

 だけど。
 大変なことになっちゃったんです。
 実はあれから色々調べたら、遊園地のいろんな場所にお地蔵さんがたってることがわかったんです。
 それもどうも、星の名前をつけられたお地蔵さんが、その星座の形に置いてあるみたいで。
 観覧車の側、ゴーストハウス内部、ジェットコースター付近、と三つは今までに発見されてるのですが、星座のとおりなら全部で七つあるはずなのです。
 そう思って、地図の場所とおりに他のお地蔵さんも見つけようと僕は思いました。皆さんのお話からすると、お地蔵さんの側には必ず女の人の幽霊がいて、この遊園地にいる子供の幽霊達を慰めてあげてるって話でしたし。
 「文曲」ってお地蔵さんは、ボクの勘が正しければ、新しく作ったティーカップの近くにあるはずと思って、それで探しに行ったんです。
 だけどお地蔵さんはなかなか見つけられなくて、もしかして機械のもっと近くにあるのかもと思って、機械整備のテストも終わって工事の方が電源を切った後で、僕はティーカップの機械の下にもぐりこみました。
 そしたら、見えた。確かにそこにはお地蔵さんがいたんです。
 でも。突然、機械が勝手に動き出して、僕、大怪我をしちゃったんです。
 腕を骨折しただけですんだけど。下手したら死んじゃってた、とお医者さまに怒られたけど、僕は確かに電源を切ったのを確認してからもぐりこんだはずなのに。

 一瞬だけど機械の下に見えたお地蔵さんは、とても悲しそうな表情をしているように僕には見えました。
 そして機械が動き出したとき、何故か子供が大笑いするような声も聞こえた。
 多分、これは何かあると思うんです。どうか、力を貸してもらえませんか? 僕はあのお地蔵さんを救ってあげたい。

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「うーん」
 雫は小さく息を飲む。
 山中遊園地は(霊を集める場所)なのは確か。特に子供の幽霊が数多い。だが、けして悪いものを生み出す場所ではなかったはず。
 けれど、新しい変化がそれに悪影響を与えたのだろうか。
 何かが変わって、例えばあのコースターではそれに狂わされた霊と、土着のものと思われる妖怪の類が、人を空間に連れ去るというような荒業を起こした。
 今回の事件も悪意を感じるような気がする。
 それに地蔵の上に機械設備なんて置くだろうか、普通。

「まだわからないことが色々あるんだけど、今までの経験から、お地蔵さんを救い出せばきっと解決に繋がると思うの。
 どうかお願い、みんな力を貸して☆ミ」

+山桜+

 もう何度目かしら。
 この遊園地に足を運んだの。
 
 高地にある山中遊園地に吹く風は、いまだに肌寒い。
 淡いベージュのスプリングコートでは、寒気がまだ体を冷え込ませる。冬用のコートで来るべきだったかもしれない。
「‥‥冷えるわね」
 ぼやくように呟いて、シュライン・エマは小さく息をついた。
 待ち合わせをしている人達は、まだ来ないようだ。少し時間よりも早く着きすぎてしまったのだから、これは仕方ないけれど。
 苦笑を浮かべている彼女の視線の先に、一本の大きな山桜が目に入った。
 東京のソメイヨシノはまだ咲き始めだったが、開花時期の早い山桜は今が満開といった風情である。
 桃色の可愛らしい花びらと、赤く色づく葉の重ね着。古木の見事な枝っぷりとあわせて、それは荘厳であり豪奢な風景だ。
 春風の突風に、さやさやさやと木の枝が揺れる。葉が揺れて、花びらが舞い散る。
「シュラインさーんっ!!」
 遠くから、右手を振りながら駆けてくるのは、里中・雪斗(さとなか・ゆきと)少年。怪我をしたという左手は三角巾で肩から吊っている。その隣には相変わらず黒づくめの執事の青年がいた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「ああ、大丈夫よ。‥‥それよりお怪我の方は大丈夫?」
「はい。平気です。怪我したときは痛かったけど、もう大丈夫」
 雪斗はにっこり笑った。
「よかった。でも無理はいけないわよ」
「はい。ありがとうございます」
「全く‥‥坊ちゃまは無茶ばかり」
 執事の青年がサングラスの下から心配そうな眼差しを向けた。
「大丈夫だってば」
 雪斗はにこにこと笑って答える。
「あの桜、綺麗ね」
 シュラインは山桜の方に視線を移して、雪斗に話しかけた。
「元々この土地にあった桜らしいです。‥‥400年前からあるって」
「そうなの」
 確かに太い苔むした幹といい、枝っぷりのよさといい、それだけの貫禄はあるかもしれない。
「僕も大好きです。あの桜。花が咲くのを見たのは始めてだけど、きれいですよね〜」
「そういえば‥‥、この遊園地が出来る前って何があったの?」
「えーと、それは‥‥」
 雪斗は口ごもり、少し言いにくそうに、シュラインに答えた。
「調べてみようと僕も思ったんだけど‥‥山中遊園地の元オーナーの寺谷さん、行方不明になっちゃったんです」
「行方不明?」
「はい」
 遊園地のほかにも旅館やレストランのチェーン店などを行っていたそうだが、それらを全て手放し、現在は消息すら不明という。
 経営困難が背景にあったのであれば、理解できないことでもない。
「その方が、この遊園地の古い資料はみんなお持ちだったから。‥‥すみません」
「そう‥‥」
「ごめんなさい」
「ああ、雪斗くんが謝ることじゃないわ」
 シュラインは微笑んだ。その資料があれば便利だが、けれどそれが無ければ絶望的と言うわけでもないのだし。
 この付近の住民に聞き込みをすれば、ある程度ならわかるかもしれない。
「七つの地蔵ね‥‥」
 この桜なら知っているかもしれない。
 シュラインはふとそう思った。
 霊が自然と寄り付いてくるこの場所を、400年も眺めているわけだから。
『‥‥ふふ』
 桜の枝の間から何かが笑った。
 目をこらすと、何人かの子供達が木の幹の上ではしゃいでいた。無論、生きているヒトではない。
「‥‥」
 シュラインは苦笑を浮かべると、じゃ、行きましょうか、と雪斗に告げて、桜に背中を向けた。

++遊園地調査・その1++
 
「文曲・破軍・武曲・廉貞・禄存・巨門・貪狼。これは北斗七星の名前だな」
 合流したシュライン・エマと水野・想司(みずの・そうじ)と共に、遊園地の事務所に地図を借りて、打ち合わせをする。
「そうね。‥‥コースターの側にあったお地蔵さんにも貪狼の文字があったわね」
 シュラインが告げた。
 その地蔵は、以前にこの遊園地で発生した、コースターに乗った人間が行方不明になるという事件の際に、シュラインが発見したものだった。
「文曲と、貪狼‥‥」
 想司が呟きながら、遊園地の見取り図の大きな地図に赤いピンを差していく。
「それと名前はわからないけど、ゴーストハウスにもいたわね」
「ああ、そういえば」
 ゴーストハウスの中にも、住み着く子供達の霊が「母」と呼んでいた地蔵の存在があった。
「観覧車の近くにもありました」
 雪斗が告げる。ピンの数が増えていく。これで4本。
「ゴーストハウスが移転しちゃったから少し形は歪むけど、後3箇所‥‥えーと、こうかな?」
 想司が北斗七星の形になるようにピンを差した。
 結果。

α星 : 貪狼・・コースター
β星 : 巨門・・観覧車
γ星 : 禄存・・(花の広場)
δ星 : 文曲・・ティーカップ
ε星 : 廉貞・・(ウォータースライダー)
ζ星 : 武曲・・ゴーストハウス
η星 : 破軍・・(ミラーハウス)


「‥‥符合はするが、確信はないな」
「見て回った方が早いかもね」
 シュラインの言葉に、慶悟は苦笑して頷く。花の広場やウォータースライダーは面積も大きいし、探すのは大変そうだ。
「行くか」
「私、コースターのお地蔵さまと、あの女神さんにも会いたいかなって思ってるの」
「ん。そうか」
 シュラインにそちらは任せるとして、慶悟は想司と共に、残り3つの地蔵を見つけに行くことにした。

+遊園地調査・その2+

「お地蔵さん、お地蔵さん出ておいで〜♪」
「それで出てきたら怖いぞ」
 元気な想司の様子に、苦笑を浮かべつつ、花の広場の隅々まで二人は探したが、地蔵を見つけることはできなかった。
 そして、ウォータースライダーやミラーハウスも同じく。人の入れない隙間まで、式神を使い、探索したのだが、それでもまだ発見できずにいた。
「どういうことだ?」
「隠れてるか、もしくはいないのかな?」
「人のように言うな」
 慶悟は想司の言い方に破顔した。言うとすれば、隠されているか、無いか、だろう。
「そうかな?」
 想司はくすっと微笑む。
「お地蔵さんって、子供の味方だって聞いたことあるような気がする」
「ああ、そうだな。北斗七星は道教では北斗星君に連なって死者を司る神であるし、地蔵は仏教であの世で死者を救う存在だ。‥‥質は似てるかもしれないな」
「ふぅん」
 想司は花の広場の周りを見渡す。
 地蔵はいない。子供の霊の姿もそこにはあまりいなかった。
「一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為、って歌いながら石を積む子供達を鬼がいじめて、お地蔵さんが慰めるんだったよね?」
「ん、ああ、そうだな」
 式神を複数飛ばしてその情報収集に集中しつつなので、慶悟の返事の反応はあまりよくない。
 想司は慶悟から少し離れて、遊園地全体を見渡すように、振り向いた。
「んー」
 想司は深呼吸をするように大きく息を吸う。そして悪戯っぽくふふふ、と突然笑い声をたてた。

「む?」
 慶悟が振り返ったとき、そこには魔法使いルックに着替えた想司が立っていた。
 三角の帽子に、紫の衣装。先端に星のついたタクトを持ち、トイレの建物の隅で様子を見守っていた子供達の霊を見つけて、駆け寄っていく。
「お、おいっっ」
 何時の間に着替えたんだ。ではなく、何をしている!?
 遊園地中に式神を通じて目を配ったが、新たな地蔵に関しては見つけることができなかった。
 その捜査をあきらめて、想司の後を慶悟はあわてて追いかける。
「こんにちわ♪ え、僕が誰かって? 通りすがりの魔法使いにきまってるじゃないかー」
 兄と弟らしい着物を着た少年たちの霊だった。二人は驚いて一瞬姿を消したが、また現われて、きょとんとした表情で想司を見つめる。
「聞きたいことがあるんだ☆」
『‥‥』 
「何をしてる? 想司」
「陰陽師さんは黙ってて☆ ちょっと確認したいだけなの」
「ん」
 手の平で慶悟を制し、想司は子供達に問いかけた。
「ずばり。君たちをいじめる鬼はどこにいるの?」
『??』
 子供達はさらにきょとんとする。
「お、おい」
 慶悟は頭をかきながら苦笑を浮かべ、魔法使いの肩を押さえた。想司は振り返って、慶悟に真顔で聞き返す。
「死を意味する北斗七星に、霊を宥める地蔵の配列‥‥ これは悪いものから子供達を守る安全地帯って意味じゃないのっ?」
「ふむ」
 理にかなってるかどうかはわからないが、ありえなくもない線か。
 遊園地といい、ここに道を繋ぐ霞峠といい、この広い一帯は霊の発生しやすい土地である。
 そしてここだけに子供が多い。
 子供は地蔵の側にいる。
 地蔵は子供を守っている。
 北斗七星が何の暗示かは定かではないし、その仕掛けをした人物の意味あいもわからない。
「地蔵は隠された、もしくは、自分で隠れた。さらには、既に壊れている、もしくは壊された」
「自分で隠れたは無いと思うぞ」
 想司の弁に慶悟はまた苦笑を浮かべる。
「しかし、壊れたにしても何か跡はありそうなものなんだが」
「‥‥じゃあ誰かが持っていった‥‥ねぇ、君たち知らない?」
 子供達に問いかける想司。子供たちは、驚いたような表情のまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「そっかぁ、残念」
「そろそろ戻るぞ。シュラインも戻ってるだろうし」
 踵を返す慶悟。想司は従う振りをしながら、しばらくして振り返り、ウインクをきめながら星のタクトを振るった。
 タクトの先から、キラキラと星型の光が隠れていた子供達の上に降り注ぐ。子供達は目を丸くして星を捕まえると、にっこり微笑んだ。

++遊園地調査・その3++

 シュラインはコースターの側にいた。
 蜘蛛男をテーマにした巨大コースター。それは以前と全く変わらぬ姿のままそこにその雄大な姿を広げている。
 しかし彼女の足は、コースターの方ではなく、そこを抜け、その先の空き地の方へと向かっていた。
 以前訪れた時は、まだ冬の始まりで、ススキや雑草が生茂るような場所だった。けれど、今はすっかり整備されていた。
 雪斗によると、自動販売機や売店などを入れた休憩所に作りかえる予定なのだという。
 ぼうぼう草の中に埋もれていた地蔵も今は、朱塗りの小さな社を周囲に作ってもらい、その中に奉られていた。
「よかった‥‥、ちゃんと大切にしてもらえてる」
 シュラインはほっとして、地蔵の前に立った。小さな花瓶には一輪の小菊が備えられ、水も置かれている。
 手を合わせてから、シュラインは地蔵の顔を見つめるように覗き込んだ。
「‥‥いるかしら?」
『‥‥あー』
 その声は、シュラインの背後から聞こえた。振り返ると、あの時のおかっぱ頭の少女が恥ずかしそうに顔を赤くして立っている。
「‥‥お久しぶりね」
『う、うんー』
 少女は地蔵の後ろに周りこみ、そっと顔の片側だけ出してシュラインを見上げた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
『‥‥聞きたい、ことー?』
「ティーカップっていえばわかるかな? あのね、こんな感じのがくるくる回るの」
 少女の着ている着物の年代から、ティーカップは知らないだろうと推測して、地面に絵を書きながらたずねると、少女はまた反対側に首をかしげた。
「わかるかな?」
『わかんない〜』
「そう」
 シュラインは苦笑する。絵が下手なせい‥‥じゃないだろう。
『ごめん‥‥なさい〜』
「あらら、謝ることはないのよ。‥‥どう、あれ以来は落ち着いてるかしら? このあたり」
『‥‥うん。お母さんがね、ありがとう、って言ってる』
「ありがとう?」
 シュラインは地蔵を見つめた。
『‥‥みんなを救って欲しいって』
「‥‥誰から?」
 少女は難しい顔をした。そして首を斜めにする。
『‥‥わかんない‥‥』

 次にシュラインが足を伸ばした先は、観覧車だった。
 以前に観覧車に行ったときには、その周囲に地蔵があったなんて話は聞かなかった。
 彼らが去った後、観覧車の付近の雑草を刈っていたら、偶然見つかったらしいという話である。
「いるかしら‥‥」
 目的は地蔵ではなくて、この周囲にいるはずの「開かずの観覧車の女神」。
 見た目は「貞子」ちっくな、白装束に長い黒髪の白い肌の女性だ。開かずの観覧車と呼ばれるゴンドラに乗って、お願いごとをすると、現われてかなえてくれるという噂である。
 お願いごとを待ちきれずに、窓に張り付いて怖がらせてしまったという前科もあったりする、少々騒がしい女神だ。
「うーん‥‥やっぱりカップルでゴンドラに乗るのがいちばん確実かしら」
 下から見上げてあちこち探しても、なかなか見つからない。
 観覧車にいる巨門の地蔵はすぐに見つかった。同じく赤い小さな社に入れられて、花と水が備えてある。
「‥‥あの女神さんとこのお地蔵さんも関係あるのかしら‥‥?」
『あるわよ!当然!!』
「ん」
 観覧車の足元に、女神がいた。
 黒髪をぼりぼりと手でかきながら、彼女は面倒くさそうにシュラインを見つめる。
『どーなってんのよ! 人が世界平和に向けてこんなに頑張ってるっていうのに、東の方は大騒ぎじゃないのよ〜!!』
「ご苦労様」
 シュラインは苦笑し、女神に尋ねた。
「ティーカップのお地蔵さま知ってるの?」
『知らないわけないでしょー!』
 女神は何故かとても機嫌が悪かった。
「どういう関係?」
『‥‥そんなこと聞きにきたの?』
 女神は目を皿のようにしてシュラインを睨む。
「この遊園地の現在のオーナーの息子さんが、ティーカップの下にあるお地蔵さんに近づこうとして大怪我をしたわ」
『‥‥ふぅん』
「そのお地蔵さんを奉ってくれたのは、その子のおかげだと思うんだけど」
『‥‥』
 シュラインはしばらく黙って、女神を見つめた。
 女神はしばらく硬直していたが、突然大きな溜息をつくと、シュラインを見つめた。
『‥‥手伝ってあげたいのは山々なんだけど‥‥無理ね。‥‥実際今は自分だけで手一杯。他もみんなそうだと思うし‥‥』
「?」
『ほんとにゴメン。でもあなたたちなら、あの子を救えると思うわ。‥‥お願いします』
 女神はシュラインに頭を下げると、すっと空気と紛れるように消えていった。
「‥‥もう‥‥」
 相変わらず騒々しい人だ、というのは置いといて。‥‥何かを知ってるのに教えてくれないのはどうしてだろう。
(‥‥あの性格から言って、自分からべらべら話しそうなものなんだけどなぁ‥‥)


++ティーカップ++

 三人とも残念なことには、確証というほどの情報を得ることはできなかった。
 ただし、情報の尻尾を捕まえたような妙な感じだけは残っていて、なんとも居心地の悪い感じではある。
「とりあえず、今回の目的はティーカップのお地蔵さまだし‥‥」
 シュラインは吐息をつき、慶悟と想司に言った。
 ここを解決すれば得られるものもあるだろう。

 アメリカンコミックを原作に引いた新しいアトラクション建造物のが立ち並ぶ中に、その一角に小さな「こども遊園地」としてメリーゴーランドやこどもゴーカートが集められている場所があった。
新しいアトラクション建造物は、ほとんどが絶叫系マシーンで占められている。若者にはいいが、小さな子供達でも安心して遊べるように作られた場所だ。そのひとつの遊具として、ティーカップがあった。
「‥‥?」
 こども遊園地の看板の下をくぐりぬけた瞬間、三人は辺りの空気が変わったことに気がついた。
「‥‥なんだこれは」
 慶悟は呻くように呟いた。
 空気が黒い。先ほどまで何でもなかったのに、そこに足を踏み入れた途端、辺りは黒いもやのようなものに包まれていたのだ。
 そして寒気がするほどの殺気。周囲のいろいろな場所から、ナイフで刺すような強い視線と殺気を感じた。しかし、振り向いたところで、黒い靄のせいで見ることは出来ない。
 数歩退き、看板の外に出る。
 すると、空気は初春のそれに戻った。先ほどとは何も変わらない青空の下。
「なに、今の」
「‥‥かなり危険な状態になってるってことか」
 慶悟は頭をかいた。
 地蔵の正体が何であるのか、何者の仕業なのかよくわからないが、あの雰囲気は尋常なものではなかった。
「子供達がまた利用されてるのかな‥‥」
 ぽつりと想司が呟く。
 あの肌を刺すような複数の視線。それはこの遊園地の子供達の霊のものだと思ったのか。
「‥‥助けてあげなきゃ、魔法使いの名がすたるねっ☆ 僕は行くよっっ」
 想司は星のタクトを降りつつ、看板の向こうに駆け出していった。シュラインと慶悟も、頷きあうとその後を追う。
 
 (クスクスクス、クスクスクス、来たね‥‥来たね‥‥)
 
 その足元で、低い子供の声が笑いあっていたことには気付かずに。

 ++地蔵++

「‥‥あれだっ」
 暗い靄の中を走りながら、想司は目標のティーカップを見つけ、その前で足を止めた。
 しかし、そこは闇の吹き溜まりのようになっている。ティーカップの中央から、どくどくと黒の空気があふれだし、さらにはその上には赤黒く燃えるような光の柱が立っていた。
 見ているだけで寒気がして全身が凍りつきそうだ。
 そして、彼を刺すような視線もどんどん増えているのを感じる。このうえない居心地の悪さだった。
「‥‥これは‥‥」
「想司っ」
 慶悟が追いついてきて、想司の肩を掴む。シュラインも息をきらせながらたどり着いた。
「‥‥すごい状態になってるわね」
「‥‥地蔵の位置をまずは探るか」
 慶悟は式神を出現させると、雪斗から預かっていた鍵で、ティーカップの足元の機械の部分の蓋を開けた。そこに編み傘をかぶった式神たちを次々と突入させる。
 だが。
(バシン!!)
 激しい音がして、式神達が一気に跳ね飛ばされて飛び出してきた。
「何っ?」
 再び突入させる。しかし、結果は同じ。
 慶悟は、機械部分を自分の視界で見ようと、身を伏せて覗き込む。奥に赤黒い光が見える。しかしよくわからない。
 さらによく見ようと身を乗り出したとき、シュラインが叫んだ。
「下がって!!」
 慌てて慶悟は頭を抜いた。同時にガタン。と頭の上の機械がひずむ音がした。
「‥‥よかった」
 さすがは音の専門家である。歯車の動き出す音を聞き逃さなかったのだ。
「すまん‥‥な」
 慶悟は苦笑し、シュラインを見つめる。もちろん機械には電源は入っているはずもない。雪斗が怪我をしたのもこんな状況の時だったのだろうか。
 それにしても、手も足も出しづらい状況になってしまった。
 二人の顔には疲労と困惑の表情が浮かび、黙ってティーカップを見守るしかないのだった。

 ふと、その時。

 ♪〜♪〜〜〜〜〜。
 
 とどこか聞きなれたようなメロディが流れ始めた。
「これは、○たちの○黙?」
 慶悟とシュラインの二人は音の聞こえた空を見上げる。そこにはカセットレコーダーを片手にした、魔法使いが腕組みをして笑っている。
「何やってる、想司」
 慶悟が見上げて苦笑する。
「‥‥僕には見えた☆ この遊園地と、遊園地の子供達を不幸にさせる悪い奴! さあ、いざ尋常に勝負!!だよ?」
 星のタクトを横に振る。
 星型の光がキラキラと空に舞い散り、薄暗い辺りの空気を照らしていく。
 三人を睨みつけていた建物の影の子供達が、それを不思議に思って次々と手を伸ばす。小さな手の平に収まった星達は、子供達の体を表情を照らした。
「‥‥ふふ。‥‥さあ、出ておいでっ!!」
 想司が叫ぶ。彼の睨みつける先は、ティーカップの上の赤い柱だった。
 星のタクトをもうひと振りする。すると、タクトはみるみると伸び、白い光を放つ剣へと変わった。彼の武器、「光刃」。最高の吸血鬼ハンターを顕す彼だけの剣。
「出てこないなら行くしかないね」
 想司は光刃を構え、ゆっくりと赤い柱に狙いを定めた。
 刹那、光の帯を伸ばしながら、光刃は想司の手を離れ、その光を貫いていた。瞬時の出来事。目にも留められないような速さだ。

 キャアアアアアアッッッ!!!
 
 光が大きな声で叫ぶ。
 赤黒い光は激しく揺れ動き、やがて、その光の中からひとりの髪の長い女の姿が現われていた。
 腹を抑え、口と腹から血を流し、苦悶の表情を浮かべ、想司や慶悟とシュラインをも睨みつけている。
『おのれ‥‥ぇぇぇ』
 女はティーカップの上に膝を落とした。
「あなたは誰?」
 想司は手に光刃を戻し、女に聞く。
 慶悟は式神で何時でも、女を縛できるような位置に配置させ、シュラインは辺りを警戒しつつ女を睨んだ。
『‥‥あなくやしや。‥‥私をこんな場所に置いて‥‥何故このような辱めをするのじゃ』
「ん?」
 想司は首をかしげた。
「もしかして、あなたお地蔵さん?」
 シュラインが尋ねる。女はぎろりとシュラインを睨みつけた。
『私は‥‥文曲と申す名の巫女‥‥。長い間この地を仲間と共に守ってきた‥‥。けれどこのごろになって突然、悪いものが侵入し、仲間を攫い、私をこんなところに閉じ込めた‥‥くやしや‥‥あな、くやしや』
「助けるわ!!」
 シュラインは女に叫んだ。
「だから、お願い。怒りを静めて。‥‥あなたの体をここから出す。そしてきちんと奉ってもらえるようにするわ。‥‥どうか信じて」
『‥‥わかった』
 女の姿が突然辺りから消えた。同時に辺りを取り巻いていた暗い空気も突然潜め、辺りはもとの明るさを取り戻していた。
 
「‥‥敵は他にいる‥‥」
 ぽつりと想司は呟いた。
 明るくなった空の下、慶悟とシュラインは地蔵をティーカップの下から外に出そうとしていた。
 万が一に備え、機械音を見逃さないようにシュラインが集中し、慶悟が式神を操りながら地蔵を運んでくる。
 その風景を高いところから見下ろしつつ、想司は考えを巡らせていた。
 先ほどの巫女と名乗った女性が、地蔵に宿るものだとすれば、あそこに地蔵を置いたのは誰だ。
(‥‥多分、まだ終わらない)。

(くすくすくす。くすくすくす)
 
 想司の背後で高い声が響いた。子供の声だ。
「ん?」
 振り向く。
 そこには12歳くらいの少年が立っていた。その表情、どこか雪斗に似ているような気すらする。色白の少し吊りあがった目の少年。
 しかし立っていたというのは間違いかもしれない。彼の足元には何もなかったから。正確には「浮いていた」。
『見つけられちゃったね〜。まあ当たり前か、あんなに目立つんだもの』
「‥‥君は誰だい?」 
 にっこり笑顔を浮かべて想司は尋ねる。光刃も星のタクトに持ち替えた。
『‥‥誰でしょう?』
 くすくすくす。
 少年は笑い続ける。想司はにこにこ笑顔を崩さないまま、彼を見つめた。
 彼から感じるのは、殺気。
 油断できない。タクトを握る手の平に自然と力が入るが、表情には微塵にも出さない。
『またきっと会えるよ。‥‥だって、僕が呼ぶからさ』
 少年はそう言うと、ふわりと高く浮き上がった。そしてクス、と想司に笑いかけ、手の平を下に向けた。その真下にいるのは、慶悟とシュライン。
「何を!!」
 想司は咄嗟に光刃を手にする。 
 しかし真下にいる二人も常人ではない。殺気に気付き、構えを作り、空を見上げた。
『‥‥ふふ、だーまされた♪ また遊んでね、お兄ちゃん、お姉ちゃんたち』
 少年は楽しそうに笑いながら、その姿を消したのだった。

++エピローグ++

「そうですか‥‥うーん、今回わからないことばかりですね‥‥」
 腕を組んで考える仕草をする雪斗。
 地蔵の救出は無事終り、雪斗はティーカップの近くにこの地蔵を奉る社を作る約束をしてくれた。
 この遊園地に七つの地蔵があることを、最近まで知らなかった為に、本来はどこにおかれていたものなのか定かでないのだが、なるべく北斗七星の配置に近づくように社を置く予定だという。
「山中遊園地が出来る前は‥‥ここには一体何があったんでしょう‥‥」
 溜息をつく雪斗。
「他のお地蔵さまも見つからないみたいだし、お地蔵さんの側にいた巫女さんの幽霊もよくわからないし、その変な男の子の霊も気になるし、‥‥うう、幽霊の見えない僕には何がなんだか」
「まあ次の機会もあるわよ」
 シュラインは慰めるように彼の髪を撫でた。
 雪斗は「はい〜」と小さく頷く。
「何かあったらすぐに連絡するんだぞ? もう無茶はするな」
 慶悟も苦笑いを浮かべて、雪斗に説教するように告げる。
 雪斗ははい、と小さく頷いた。
「‥‥それと‥‥」
 黙って皆を見ていた想司が、壁に背をつけたまま雪斗を見つめた。
「花と水だけじゃなくて、甘いものもあげたらいいんじゃないかな☆」
「えっ」
 雪斗はきょとんとしたが、ようやく察して、微笑んだ。
「わかりました。明日からそうします」

                        ++fin++

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0086 シュライン・エマ 女性 27 翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト
  0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
  0424 水野・想司 男性 14 吸血鬼ハンター
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■              ライター通信               ■
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 こんにちわ。ライターの鈴猫です。
 真夜中の遊園地〜哄笑するティーカップ〜をお届けします。

 そういえばライター通信って、ノベルを読む前に読まれますか? それとも順序よく最後に読まれますか?
 私はどちらかというと後者の方だったりしますので、ネタバレちっくなことは書いてはいけないと思うのですが、まずはごめんなさいっっ!!と謝らせてください。
 解決しきれてないじゃないか〜、という抗議の声が聞こえそうで‥‥。
 
 シュライン様、いつもありがとうございます。‥‥褐色の肌、‥‥申し訳ありません(TT)
 コースターのお地蔵様の文字を覚えていて下さって嬉しかったです。
 観覧車の女神も、コースターの地蔵も何かを知っていることは間違いないでしょう。けれど今は口を開く(関与する)気持ちがそんなに高くないようです。
 前回の蜘蛛には積極的に関与してきた癖に‥‥すみません。
 
 真名神様、いつもありがとうございます。
 今回の依頼、ずばりずばりと的中していただいて、ああもうどうしよう〜と嬉しくなってしまいました。
 ただ、ライターの勝手な概念も混ざっていたりするので、宗教観的に間違えてるかもしれないのですが、ご容赦くださいませ。
 また地蔵七体を他の場所に移すということでしたが、ちょっとまだ見つかってない地蔵がいるものですから、今回は文曲のみとさせていただきました。

 水野様、いつもありがとうございます。
 すみません。かなり色々と勝手にこき使ってしまいましたです。
 想司君ならきっとこうしてくれるかなぁ、と、調査班にも加わってもらってしまいました。
 私の中に、私なりの想司君の像があって、それはコミカルというよりもシリアスな想司君だったりします。明るくて元気で無敵な想司くんも大好きですが。
 もしイメージ等間違えていたら教えてください。

 
 ご参加本当にありがとうございました。
 また違う依頼でお会いできたら、このうえない喜びです。
 
                                     鈴猫 拝