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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地 〜哄笑するティーカップ〜

++オープニング++

 久しぶりに届いた一件のメール。
 便りのないのは順調の証☆と思ってはいたけど、たまに来るとやっぱり嬉しい。
 山中遊園地オーナーの一人息子、ゆきくん、こと里中雪斗少年からのものだった。

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 こんにちわ。雫さん。
 いつもお世話になっているのに、御礼のお手紙も出せなくてすみません。
 皆さんのおかげで、遊園地の工事も順調に進んで、そろそろリニューアルオープンが出来そうになってきました。

 だけど。
 大変なことになっちゃったんです。
 実はあれから色々調べたら、遊園地のいろんな場所にお地蔵さんがたってることがわかったんです。
 それもどうも、星の名前をつけられたお地蔵さんが、その星座の形に置いてあるみたいで。
 観覧車の側、ゴーストハウス内部、ジェットコースター付近、と三つは今までに発見されてるのですが、星座のとおりなら全部で七つあるはずなのです。
 そう思って、地図の場所とおりに他のお地蔵さんも見つけようと僕は思いました。皆さんのお話からすると、お地蔵さんの側には必ず女の人の幽霊がいて、この遊園地にいる子供の幽霊達を慰めてあげてるって話でしたし。
 「文曲」ってお地蔵さんは、ボクの勘が正しければ、新しく作ったティーカップの近くにあるはずと思って、それで探しに行ったんです。
 だけどお地蔵さんはなかなか見つけられなくて、もしかして機械のもっと近くにあるのかもと思って、機械整備のテストも終わって工事の方が電源を切った後で、僕はティーカップの機械の下にもぐりこみました。
 そしたら、見えた。確かにそこにはお地蔵さんがいたんです。
 でも。突然、機械が勝手に動き出して、僕、大怪我をしちゃったんです。
 腕を骨折しただけですんだけど。下手したら死んじゃってた、とお医者さまに怒られたけど、僕は確かに電源を切ったのを確認してからもぐりこんだはずなのに。

 一瞬だけど機械の下に見えたお地蔵さんは、とても悲しそうな表情をしているように僕には見えました。
 そして機械が動き出したとき、何故か子供が大笑いするような声も聞こえた。
 多分、これは何かあると思うんです。どうか、力を貸してもらえませんか? 僕はあのお地蔵さんを救ってあげたい。

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「うーん」
 雫は小さく息を飲む。
 山中遊園地は(霊を集める場所)なのは確か。特に子供の幽霊が数多い。だが、けして悪いものを生み出す場所ではなかったはず。
 けれど、新しい変化がそれに悪影響を与えたのだろうか。
 何かが変わって、例えばあのコースターではそれに狂わされた霊と、土着のものと思われる妖怪の類が、人を空間に連れ去るというような荒業を起こした。
 今回の事件も悪意を感じるような気がする。
 それに地蔵の上に機械設備なんて置くだろうか、普通。

「まだわからないことが色々あるんだけど、今までの経験から、お地蔵さんを救い出せばきっと解決に繋がると思うの。
 どうかお願い、みんな力を貸して☆ミ」

++ 山桜 ++

 東京からは車で二時間半。山あいの道を抜け、ようやく辿りついた先に、目的の山中遊園地はあった。
 遠目からでも、巨大な観覧車が目印になっていたが、いざ着いてみるとその広大さにはいささか驚かされる。
 敷地だけならゆうに3万坪。その敷地の中を、動物園と遊園地に区切、遊園地は目下のところ、リニューアルオープンの為に去年の夏から閉園されていた。
 動物園は変わらず営業が続けられているものの、ウィークデーということもあってか、駐車場の車の数も目に見える客の数もいたってまばらである。
「‥‥やっと着きましたね」
 肩を撫でつつ、小さく嘆息しながら助手席から降りた少年の名は、水無瀬・麟凰(みなせ・りんほう)。
 黒髪に青い瞳を持つ、端正な顔立ちの少年だ。
「お疲れですか? 荒い道でしたからね」
 紫宮・桐流(しみや・とおる)はその様子に苦笑を浮かべながら、運転席から出た。こちらは落ち着いた雰囲気の青年で、麟凰の保護者といった感じだ。
 遊園地に車で向かう場合、途中で霞峠という山道を抜けなくてはならないのだが、ここが走り屋の間でも有名な難所コースと呼ばれる場所で、目が回りそうなカーブの連続を耐えねばならなかった。 
「すごかったですよね、ジェットコースターみたいでした」
 明るく笑って、麟凰はポケットに手を突っ込むと、軽く駆け出した。
 遊園地の入場口付近に、黒服の青年と小学生くらいの少年が二人立っているのが見えたからだ。
 多分、それが待ち合わせの相手、里中・雪斗(さとなか・ゆきと)少年達なのだろう。
「先に行ってますね」
 麟凰は桐流に言って、彼らの元まで急いだ。
 雫からの話で聞いてた通り、雪斗は怪我をした左手を三角巾で吊っていて、かわりに右手を高く振って、麟凰を出迎えた。
「こんにちわ、来てくださってありがとうございます」
「大変でしたね」
 麟凰はその怪我をした手を見ながら言うと、「平気です」と雪斗は笑って、「でも‥‥」と表情を暗くした。
「あのお地蔵さんを助けてあげて欲しいんです‥‥、なんだかあれからずっと気になっちゃって‥‥」
「そのためにきたからね」
 麟凰は笑った。
「先に、幾つか確かめたいことがあるんだけどいいでしょうか?」
 追いついてきた桐流が、雪斗と執事に会釈する。
「それじゃ立ち話もなんですし、遊園地の中の事務所にご案内しますね」
 雪斗は二人に微笑み、きびすを返すようにして無人の遊園地の中へと歩いていった。

「‥‥ん?」
 桐流は、先を行く三人の後をついていたが、誰かに呼ばれるような気配を感じ、足を止めた。
 振り返るとそこには巨大な山桜があった。満開を迎え、四方に枝を伸ばした美しい形と、赤い葉と桃の花弁が幾重にも重なる豪奢な風情。
(ほう‥‥)
 目を細めて、桐流は一瞬足を止め、それに見入った。
 すると、山桜のほうから(くすくす、くすくす)と笑い声が聞こえてきた。
 声を探るようによく目をこらすと、そこには枝の上に腰掛けた小さな子供達がいた。着物を着てる子、シャツを着てる子、など時代はさまざまだが、皆10歳前後の子供達のようである。
『‥‥て‥‥ね。‥‥き‥‥つけ』
「‥‥?」
 ひとりの子供が手を振りながら、桐流に何かを呼びかけている。けれど、何を言おうとしているのかわからなかった。
「どうしました?」
 前を歩いていた麟凰が振り返って、桐流に呼びかけた。
「あ、いえ」
 桐流は麟凰を振り返り、再び桜の枝を見る。するとそこにはもう子供達の姿はなかった。

+++北斗七星++++

「これが遊園地の地図になります」
 事務所のテーブルいっぱいに、大きな地図を広げて、雪斗はティーカップの場所をその上に指し示した。
 『キッズランド』と呼ばれる、低年齢向けのエリア。そこにティーカップは置かれていた。
 周りはゴーカートや、メリーゴーランド、100円乗り物なども置かれている。リニューアルオープン後は、アメリカン・コミックの世界を題材にしたテーマパークと生まれ変わる予定の山中遊園地は、新設されたアトラクションのほとんどが絶叫系のものなのだという。
 それゆえに子供が安心して楽しめるスペースも残しておいたのだ。
「『文曲』って妙見菩薩を護る増長菩薩だよね。何か悪いことを起こすようなものとは思えない‥‥」
 乗り物の下に隠されていた地蔵。その地蔵に刻まれた文字『文曲』。
 その文字が北斗七星のひとつの名前であることを麟凰は知っていた。中国や仏教の世界では、北斗七星は重要な位置を占めている。
「そうですね。中国でも北斗七星は死を司ると言われますが、この場合どうなのでしょうね」
「北斗星君でしたっけ」
「ええ」
 北斗七星と死を関連させる逸話は実は世界中にある。
 例えば死兆星と呼ばれる破軍星などは、二重星で、視力のよいものにはその星が二つに重なっている様子が肉眼でもわかる。
 これが古い時代、兵士の視力検査の道具に用いられ、星が二つに見えたものは、戦場に送られたという話もある。戦場に送られたものは、死が待っている。死を呼ぶ星といってこの星が恐れられるのは、こういった話が背景にあるためだろうか。
「‥‥それと地蔵尊‥‥ですか。地蔵尊は子供に関わる仏様‥‥でしたよね」
「そうですね。‥‥三途の河原で石を積む子供達を苛める鬼から救う立場の仏様だったと思います」
「死にまつわる二つの形の符合‥‥」
 麟凰はうーんと唸る。
 桐流は雪斗に尋ねた。
「雪斗さん、この遊園地のある場所にはもともと何があったのです?」
「‥‥それが以前の持ち主の方が現在行方不明になってしまっていて、調べられなかったのです‥‥」
 雪斗は申し訳なさそうに頭を下げた。
 雪斗もまた地蔵のことを調べようと、以前の山中遊園地のオーナーであった人物の元を訪れようとしていた。けれど、遊園地のほかにも旅館やレストランのチェーンを所有していたというその人は、今では全てを人手に渡して、行方をくらませていたという。
 今のような景気の世の中では、その理由が経済的なものであるとするならば納得いかないものでもないだろう。
「そういうご事情でしたら仕方ありませんね。‥‥他に調べようもあるはずですし、今回の目的は違いますしね」
 桐流に慰められるように言ってもらい、雪斗は「そうですね」と小さく頷いた。
「僕は皆さんみたいに幽霊を見ることができないんです。だから、何か力になりたいんだけど、何も出来ないことが辛いです‥‥」
「そんなことはないですよ」
 麟凰は雪斗の頭を撫でた。
「雪斗くんは自分に出来る精一杯で、遊園地を助けようとしてる。‥‥だからみんな力を貸してくれるんだと思うよ」
「‥‥」
 雪斗は返事の変わりに、にっこり微笑んだ。

 その後、麟凰と桐流で今までに出現した地蔵とその文字、さらに抜けている星の位置を推理した結果、下のようになった。

α星 : 貪狼・・コースター
β星 : 巨門・・観覧車
γ星 : 禄存・・(花の広場)
δ星 : 文曲・・ティーカップ
ε星 : 廉貞・・(ウォータースライダー)
ζ星 : 武曲・・ゴーストハウス
η星 : 破軍・・(ミラーハウス)

 ゴーストハウスは新築後、その中にあった地蔵の場所が移されているため、若干形は変化していて星座の形はいびつになったが、北斗七星に見えなくもない。
 そして、雪斗の話では、遊園地中を人手を集めて調査したが、他に地蔵が見つかるようなことはなかったという。
 工事関係者の話では、ティーカップの建設中に地蔵がその下にあったのをみすみす見逃したというような証言もなかった。
 幽霊現象には事欠かないというこの遊園地、神仏に対する工事関係者の神経は最近ピリピリしてるともいう。突然現われた地蔵に一番パニックに陥ったのは、彼らかもしれない。

++++ティーカップ++++
 
「ここですね‥‥」
 
 麟凰は『キッズエリア』と書かれている看板の足下に立ち、それを見上げると大きく息を吸った。
 考えているだけでは埒が開かない。
 その地蔵を救い出すのが、今回の依頼の目的だった。
「では行きますか」
 麟凰の肩に手を乗せて、桐流が足を踏み出そうとする。
 不思議な緊張感を二人の肌は感じていた。
 何故だろう、その一歩が出ない。
「‥‥」
 桐流はそっと足下に符を置いた。式神を先行させる。
 特に問題ない様子ではある。
「‥‥結界でしょうか?」
 麟凰は桐流を見上げて尋ねた。この外部の者を拒絶するような雰囲気は、それに近い。
「‥‥正確な意味での結界ではないでしょうが‥‥、あまり気持ちのいいものではないかもしれませんね」
 桐流は苦笑して、ゆっくりと先に歩き出した。麟凰も後を追う。
 看板の下を潜り抜け、新しい地面を踏んづけた瞬間。
 辺りは突然暗くなった。
「!!」
 暗い‥‥いや、赤黒く色づいた靄が辺り一面に漂っているのである。
 それは視界を遮り、周囲のものがよく見えない。さらにはその見にくい視界のあちこちから、複数の刺すような視線が二人に向けられているのを感じるのだ。
「何、これ‥‥」
「大丈夫です‥‥」
 桐流は麟凰の側につきながら、小さく囁く。
「原因はあれでしょう」
 その指が向けられた先は、ティーカップだった。
 子供用とはいえ、明るい空色の服に赤いマントをなびかせたヒーローの描かれたそのティーカップは、なかなか魅力的な作りをしている。
 横回転を繰り返しつつ、メリーゴーランドのように上下する仕組みのようである。
 しかし、赤黒い靄に包まれたその空間で、そのティーカップは一段と濃い靄に包まれ、その中央には血のような赤と墨のような黒の入り混じった不気味な光の柱が立っていた。
「‥‥!」
 辺りからの刺すような視線。それらの正体にも程なく気がついた。
 ティーカップを中心に、建物の影や物の隙間から、たくさんの子供達の霊がエリアへの侵入者を睨みつけていたのだ。
「‥‥これは‥‥」
「影響を及ぼしてるのは、多分‥‥、地蔵尊そのものではないかと思います」
 式神の情報を整理しつつ、桐流は暗く呟いた。
「どういうことですか?」
「わかりませんか、この波動‥‥。怒り、悲しみ、苦しさ、‥‥早く出してあげないと、大変なことになるかもしれません」
 桐流は結界をティーカップの周りだけに張り、靄を食い止めようかと思ったがそれをあきらめた。周囲の子供達の霊を巻き込まずに、この赤黒い気だけを押さえこもうとすれば、子供霊がこちらに襲いかかってくると感じたのだ。
 地蔵と霊とは深い関係があるらしい。
 子供霊達は地蔵から離れられないのだ。
 しかし地蔵が怒りと悲しみに包まれているために影響を受けてしまっている。
「‥‥それでは一刻も早く、助けてあげた方がいいですよね」
 麟凰は桐流の話を聞き、ティーカップの側に駆け寄った。
「麟凰、危険です!」
 桐流は麟凰の後を追った。
 奉られているべきはずの地蔵が、機械の下敷きにされた狭い場所に閉じ込められ、怒り狂う気を発しているのだ。
 それに何の用意もなく近づけば、何が起こっても不思議ではない。
 麟凰は、ティーカップの周りを駆け、パネルの隙間を発見した。
 小柄な体躯のものしか潜りこめそうにない小さな穴だったが、麟凰の体躯であればぎりぎり入れそうである。
 穴の奥を覗き込むと、なるほど、その奥に赤く光る物体があり、シルエットは地蔵に間違いない。
「あれが‥‥そう‥‥なのかな」
「麟凰!」
「ちょっと行ってみますねっ」
 駆け寄る桐流を振り向かずに、麟凰は四つんばいになりその穴から中にもぐりこんだ。
「‥‥!」
 桐流は息を飲み、式神を四体作り出すと、四方に散らせる。その表情に僅かのあせりが浮かんでいた。

 機械の下は柔らかい地面だった。鉄の骨組みの間を、身を低くしながら進んでいく麟凰。
 順調に進んで、腕を伸ばせば地蔵に手が届きそうな距離になった瞬間だった。
 地蔵の前に、巨大な女の顔が浮かんだ。
「うわっ!」
『何者‥‥じゃっ』
 白い能面のような顔に乱れた長い黒髪。そして恨めしそうに上目使いに女の顔は麟凰を睨みつけた。
「‥‥あなたが文曲の地蔵尊?」
『我に近づくなっっ!』
 問い返した麟凰に、女は怒鳴りつける。刹那、彼の背後で「ガタンッッ」と言う大きな機械の音が響いた。
「えっ!」
 機械の腕が数本麟凰めがけて、迫ってくる。
 咄嗟に身を翻し、背中を地面につけて身を低くし、麟凰は懐に入れてあった符に手を伸ばす。
「止まって!」
 符を貼り付けられた腕はぴたりと動きを止めた。
 だが。
 頭上から伸びてきた一本には、気付くのが遅れた。
「‥‥麟凰っ!」
 ティーカップの外で桐流が叫ぶ。先に監視させていた式神が、機械の隙間に紙片として飛び込み、歯車の間に挟まっていく。
 ギギギィィィ、と動きを止めた鉄の腕を見て、麟凰は苦笑し溜息をつく。
「‥‥ひどい挨拶だね‥‥、助けに来たのに」
 女の顔を無視して、地蔵の方に手を伸ばす。途端、電撃のような痛みが麟凰の指先に走る。
「ったたたた!!」
『私に触れるな!!』
「なんでだよ!」
 麟凰は地蔵に向かって怒鳴る。何かがキれていた。
「好き好んでここにいるわけじゃないんだろ! 助けに来たっていってんだろ」
『‥‥助けじゃと』
 地蔵は呟く。
「そう。‥‥いたきゃずっといればいいんだ。あんた前にもこうやって子供に怪我させたんだろ。‥‥でもその子が、俺たちに助けて上げて欲しいって頼んできたんだぞ‥‥」
『‥‥‥』
 地蔵は黙り込んだ。
「なんでこんなところにいる。前からここにいたのか?」
『‥‥もとの場所に返して欲しい。‥‥私の子供達と合わせてたもれ』
「‥‥質問に答えてないぜ? でもそれはなるべくかなえるよ」
『‥‥』
 女は黙った。そしてすっと姿を消した。
「だから、質問に答えてないってば」
 麟凰は苦笑すると、地蔵を抱えて今来た道を戻り始めた。 

「‥‥なんとか上手くいったようですね」
 麟凰が地蔵を抱きかかえたのと同時に、先ほどまでの赤黒い靄は姿を消していた。
 明るさを取り戻した周りの風景を眺め、外で心配していた桐流も目を細める。
 周囲から視線を向けていた、建物の隅の子供達も一人、また一人と姿を消していく。
「貴方たちも救われたのですね」
 桐流は目を細め、肩の力をゆっくりと抜いた。
 しかし。
『ふふふふ』
 桐流のその耳に、突然、頭上から子供の笑い声が聞こえてきた。
 見上げると、そこには一人の少年。雪斗にどこか顔立ちが似ているような気もする、白い肌の少し吊り目の少年が、空中にふわりと浮かび桐流を見下ろしていたのだ。
『面白いね、あなたたち。あの人助けちゃったんだ。‥‥思ったより早かったな、残念』
「あなたはどなたです?」
 桐流は少年を見上げて首をかしげた。
 強い悪意を感じさせる少年だった。
 ここいら一帯にいる子供霊とは比べ物にならない。
『ふふふふ、秘密だよ。‥‥また会おうね、楽しみにしてるから』
 少年はくすくすと笑い続け、ひらりと空に身を翻すようにして宙にその姿を消した。
「‥‥なんでしょう、ね」
 桐流は少年の消えた空を見上げ、ぽつりと呟いた。

++++ エピローグ ++++

 サイコメトリー。
 麟凰はティーカップの外で、抱えてきた地蔵にそっと手をかざした。
 
 広い荒野。
 大きな山桜。今と同じような満開の桜。
 累々と広がる死体。泣き喚く子供達の姿。
 そこにいたのは複数の巫女たちとひとりの僧。
 
 土地が破壊される悔しさ。
 変化を求めないのにいやおうなく蹂躙されていく悲しみ。
 蜘蛛が来た。
 蜻蛉が来た。
 
 泣き喚く子供達の手の平。母を呼ぶ声。
 息が出来ないほど胸が苦しい、喉が焼けても叫びは外に届かない。

「‥‥何‥‥今の」
 くらくらする頭を押さえ、麟凰は深く息を吐く。
「大丈夫ですか」
 腕を伸ばし、その体を支える桐流。それに少しもたれながら、麟凰は瞼をつむり考えた。
 地蔵の意思が影響しているせいか、断片的な映像ばかりがどかどかと頭の中に流れてきたのだ。
 もうちょっと具体的なイメージがほしかったのに残念である。
「麟凰」
 桐流は缶ジュースを差し出して、麟凰の額に当てる。
 麟凰は破顔して、そのジュースを受け取った。
「今すぐみんなわかる必要はないのですよ。‥‥多分、これは根がもう少し深いのでしょう。‥‥気になるのは、彼らが変わりたくないという意思を持ってるということでしょうか」
「‥‥遊園地のリニューアルを嫌がってるということですか?」
「それもあるのでしょうけど。今までこの土地を預かっていた人が姿を消し、突然新しい人物に変わって、この土地を生まれ変わらせようとしているわけなのですし‥‥、でもそれ以上に何かある、そんな気がしますね」
「そう‥‥ですか」
 麟凰は呟いた。
 新しいものが来る。
 それを怖がっているイメージは確かに伝わってきた。変化を怖がっている。もちろんそんな意味にもとれるけれど。
「‥‥そうですね。ともかく、この地蔵尊は雪斗さんに頼んで奉ってもらえるようにお願いします」
「それがいいでしょうね」
 二人は、雪斗達が待つ、事務所の方向まで歩き出した。
 大切そうに地蔵を抱きつつ、麟凰は「今日はちょっと疲れました」と桐流に笑う。桐流も「ええ、心労でこちらもですよ」と苦笑して返した。
「帰りにどこか寄りましょうか? 何か美味しいものでも食べて帰りましょう」
「えっ、ほんとですかっ」
 麟凰はぱっと表情を明るくし、桐流を見上げる。
 目を細め、桐流は穏やかに微笑んでいた。
 茜色に染まっていく空の下。ある春の日の出来事である。



                        +++ 哄笑するティーカップ・了 +++

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1147 水無瀬・麟凰 男性 14 無色
 1144 紫宮・桐流 男性 32 陰陽師
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■              ライター通信               ■
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 ライターの鈴猫です。
 真夜中の遊園地〜哄笑するティーカップ〜をお届けします。

 内容に不備がありましたこと、大変申し訳ありませんでした。
 以後気をつけてまいりたいと思います。
 また何かありましたらお知らせください。
 
 それではご参加本当にありがとうございました。
 また他の依頼でお会いできることを願って。

                             鈴猫 拝