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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:怨霊温泉
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜6人

------<オープニング>--------------------------------------

 日差しはどんどん和らいで、春一番宣言も気象庁が出してくれたというのに、
「なんでこんな依頼ばっかりなんだろうなぁ」
 草間武彦が嘆息した。
 また怪奇現象解明の依頼である。
 一応、本格的固茹で探偵を目指したい彼としては、この手の依頼は嬉しくない。
 それは常日頃から公言していることなのだが、一向に減る気配はなかった。
「春だってのになぁ」
 ぼやく。
 もっとも、季節と怪奇事件に相関関係があるという話は聞いたことがないから、この嘆きはあまり意味がないだろう。
「日頃のおこないのせいじゃないですか?」
 笑いながら、妹の零がデスクに湯飲みを置いた。
「‥‥おまえ、ここに来たばかりの頃はもっと良い子だったのに‥‥」
「はい。兄さんの影響を受けましたから」
「‥‥‥‥」
 怪奇探偵の皮肉など、一ミリグラムも効果を上げなかった。
 零自身が言うように、そんなヤワな神経では過酷な探偵業などつとまらないのだ。
「それで、今度はどんな依頼ですか?」
「ああ。ちょっと待て‥‥」
 言って、小汚い字で書かれたメモ用紙を手に取る草間。
 解読に苦労するのはどうしてだろう?
「新潟の月岡温泉、と書いてあるな‥‥」
「‥‥自分で書いたんじゃないんですか‥‥?」
 溜息をつく零。
 とある旅館の二階に、女の幽霊が出るという。
「ほっとけ。それよりこの依頼は、零に任せるぞ」
「何故ですか?」
「なんとなくだ」
「‥‥そうですか‥‥」






※零と一緒に行く依頼です。
※コメディー傾向が強いです。推理の要素はあまりありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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怨霊温泉

 春晴れの空の下、上越新幹線がひた走る。
 目指す先は新潟県。
 かつては越後と呼ばれた場所だ。
「いやぁ。今回は美しい女性ばかりで目もくらむような眩しさです」
 えくら軽薄な台詞を吐いたのは斎裕也である。
「それはけっこうなことだね。裕也」
 羽柴戒那の反応は、愛想のないサラダに素っ気のないドレッシングをかけて、にべもないボウルに盛りつけたようなものだった。
「やきもち?」
 掛け合い漫才のようにシュライン・エマが訊ねるが、不正解だということは自分でもよく判っている。
 むしろ、からかっているのだろう。
 もちろん、興信所事務員の舌鋒ごときで恐れ入るような大学助教授ではない。
「草間くんに似てきたね。シュライン」
「ぐっは‥‥」
 じつに効果的な反論をする。
 もっとも、これは戒那が鋭いというより、シュラインの弱点が明らかすぎるのだ。
「いじめられたぁ」
 泣き真似をする黒髪碧瞳の美女。
「というより、自業自得よねぇ」
「むしろ当然の結果ですー」
 巫聖羅と海原みなもが、えらそうに論評する。
 最年少組につっこまれているようでは、天下のシュライン姐さんもおしまいである。
「ちなみに一樹さんは、どう思ってるの? この一件」
 不意に話題を変えてみる。
 調査メンバーの見識を確認しておくことは、幾重にも必要なことなのだが、逃げたように見えてしまうのは、まあ、やむをえなかろう。
「ふむ‥‥」
 ナンパ師大学生ホストを除いて唯一の男性である武神一樹が、慎重に右手を下顎にあてた。
 普段なら左手なのだが、たいして深くもない事情で左手はふさがっている。
 ふさいでいるものの名を、酒杯という。
 ようするに車内で酒を楽しんでいるわけだ。
 ちなみに、酌をしているのは草間零である。
 血の繋がらない兄に比較して、六万倍ほどスタッフに気を遣う為人なのだ。
 もっとも、ゼロにいくつかけても、答えはゼロなのである。
「みなもが少し調べたらしいな。まずはそちらの結果を聞こうか」
 浮かれている年少組に視線を送り、調停者が口を開く。
「あ、はい」
 なぜか起立して返事をする中学生。
 礼儀正しいのかズレているのか、なかなかに判断が難しい。
 周囲が年長者ばかりで緊張している、という事情もあるだろう。
 初対面のものはいないとはいえ、最も年齢の近い聖羅とは四歳、最も遠い戒那とは二二歳の年齢差があるのだ。
 緊張しない方がどうかしている。
 しかも、並のものたちではない。
 難事件、怪事件をいくつも解決してきた強者たちだ。
 なかでもシュラインや武神などは、ほとんど伝説的な存在である。
 怪奇探偵とその一味、として。
 本人たちがこの称号(?)を喜んでいるかどうかは未知数だが、簡単に友達口調など作れなかった。
 もちろん、みなもが元々、生真面目で礼儀正しい性格だという側面もある。
 このあたり、万事に積極的な聖羅とは対照的といえる。
 だからこそ気が合うのかもしれないが。
「ええと、その旅館に出るというのは、江戸時代のミチという女性ですね‥‥」
 事前にインターネットで調べた情報を披露するみなも。
 一応、全員が耳を傾ける。
 どんな些細なものでも情報は情報だ。
 おろそかにはできない。


 ミチという娘は、前述の通り江戸時代の人だ。
 越後の回船問屋に奉公をしていたらしい。
 そして、跡取り息子の清太郎という青年と恋に落ちる。
 もちろん、一介の奉公人と若旦那では身分が違いすぎる。
 二人の恋は周囲の猛反対に晒されることとなった。
 思いあまった清太郎とミチは、手に手を取って駆け落ちをする。
 流れ流れて辿り着いたのが月岡温泉だ。
 そのときには、持ち出した金はすべて使い果たしてしまっていたらしい。
 その日の食事にも困り、ついに清太郎は病に倒れる。
 ミチもまた、似たような有り様だった。
 結局、二人は最悪の選択をすることとなる。
 涅槃で一緒になろうと誓いあって、心中してしまうのだ。
 ところが、彼らは死んでも一緒になれなかった。
 清太郎の遺体は実家である回船問屋に引き取られ葬られたが、ミチの亡骸は引き取られなかったからだ。
 それどころか、足蹴にされたり唾を吐きかけられたりして、路傍に捨てられたという。
 恨みをもつのが当然であろう。
 それで、清太郎への想いと、引き裂いた者たちへの恨みのため、迷ってでてくるというのだ。
 救いの手を差しのべてくれなかった世間への恨みもあるかもしれない。


「厳しい修行を積んだ修験者も見たという話ですよ」
 そう付け加えて、青みがかった髪の中学生は話を終えた。
 わずかに哀しそうな表情なのは、ミチの境遇に同情したからだろうか。
 ぽむぽむと、聖羅がみなもの肩を叩いた。
 優しさと厳しさを込めて。
 どれほど同情したとしても、霊にはこの世に居場所がない。
 それは曲げられぬ事実だ。
 長く留まるほどに恨みは深まり、いずれは悪霊と化す。
 そうなったら、救いようが無くなってしまう。
 悪霊として逐われ、祓われるのだ。
 浄化などという穏当な手段ではなく、消滅させられる。
「そうなる前に、あたしたちで救ってあげよ。ね?」
 死体を使役することのできる女子高生の呼びかけ。
「‥‥はい」
 ゆっくりと、みなもが頷いた。
「それに、霊に同情しすぎするとつけ込まれますよ。ご用心あれ」
 斎が戯けた口調で注意を喚起した。
 秀麗な顔には微笑が張り付いている。
「そうだな。あまり深刻にならないことだ。しょせん俺たちは、その女性とは縁もゆかりもないのだから、な」
 酷薄に響く調停者の声。
 なしくないな、と思いながら戒那とシュラインは会話を展開させていた。
「新潟は米どころだ。ということは、当然の帰結として美味しい日本酒があるな」
「あ、それなら武彦さんへのおみやげ、それにしようかな?」
「それは好きにすればいいさ」
「なんか冷たくない? 戒那」
「いつも通りだが?」
「そうね。戒那は万民に、分け隔てなく無愛想で冷たいのよね」
 青い目の美女が笑う。
「そんなことはない。例外だっている」
 金の瞳の美女が反論した。
「たとえば、裕也とかね☆」
「シュラインにとっての草間くんだろう。それは」
「ぐっは‥‥」
 どうやら、何度戦ってもシュラインでは戒那に勝てないらしい。
 亀の甲より年の功、と、表現すれば、きっと語弊があるだろうが。
 初春の日本海へと向けて疾走する新幹線。
 かつて越後と呼ばれた地方が、近づいていた。


「さてと、ここからが本番ね」
 とりあえず旅館に腰を落ち着け、シュラインが仲間たちを見回した。
 皆、多少の疲労はあるものの、調査活動に支障はない。
「俺たちは、温泉街で情報を集めてみます」
 斎が言った。
 複数形なのは、すでに同行者が定まっているからだ。
 いまさら明記するまでもないことではあるが、戒那である。
「さ、いくよ。裕也」
 さっさと歩き出す赤毛の大学助教授。
 やや慌ててそれに続く大学生。
 表面だけ見ると、お姫さまと従者みたいだった。
 嘆息する興信所事務員。
 どうやら、戒那と斎は戦力としては役に立たないようだ。
 調査ではなく、そぞろ歩きに多くの時間が費やされることだろう。
 戒那は充分に大人であり、義務より娯楽を優先させることはまず考えられないが、斎の方はいささか微妙である。
 単独行動ならばそれなりに真面目さを発揮する大学生ホストの視線と注意力は、ほとんどすべて戒那に向けられることだろう。
「ま、判ってたことだけどね」
 苦笑混じりに納得するシュラインだった。
 もっとも、頭痛の種なら、他にいくらでもある。
 怪奇探偵に勝るとも劣らない推理力と明晰な頭脳を持つ調停者は、旅館に着く早々、
「一風呂あびてくる」
 などといって姿を消してしまっている。
 現状、ちゃんと仕事をしているのは、シュラインと聖羅、みなもに零。
 わずか四人であった。
 まあ、半数近くが機能していないわけだ。
 しかも聖羅は、仲の良い霊が頑張っているから付き合っているだけ。
 シュラインと零は草間興信所のスタッフである。
 行動は職業上の義務ともいえる。
 つまり、実質、主体的に動いているのは中学生のみなも、ただ一人だ。
 なかなかに哀しい状態であろう。
 生真面目な彼女は、どう転んでも苦労を押しつけられる運命にあるらしい。
「んじゃ、どっから調べるー?」
 どこまでも気楽に聖羅が言った。
 ミチとやらいう幽霊には同情を禁じ得ないが、それに流されるほど柔弱に少女ではない。
 伊達や酔狂で、反魂屋などと呼ばれているわけではないのだ。
「そうね。さしあたり、幽霊が出るっていう部屋に行ってみましょ」
 えらく年寄りじみた仕草で、シュラインが立ち上がった。
 みなもは神妙な顔で、聖羅と零は和気あいあいと、それに続く。


 さて、分離行動をとっている戒那と斎のコンビは、意外なところで意外な人物と再会していた。
「武神くん? お風呂に行っていたんじゃないのか?」
「苦労を売り物にするというのは、少し大人げないのでな」
 戒那の問いかけに苦笑で答える武神。
 郷土資料館の前。
 智者とは、ときとして同じ橋を渡るものらしい。
 似たような思考経路をたどった結果、この古ぼけた建物の前で、ばったりと出会ったわけである。
 すなわち、幽霊の身上調査だ。
 江戸時代のものであれば、割と資料は残っているものである。
 もし残っていなかったとしても、なんらかのヒントくらいは見つかるだろう。
 だいたい、まったくなんの資料も文献も無いとしたら、噂だって広がりようがない。
「誰かが故意に広めない限りは、ですけどね」
 斎が笑う。
 金の瞳に、冷笑とも苦笑ともつかないものがたゆたっていた。
「さしかに裕也の言うとおりだね」
「なるほど、結局は三人とも同じ結論か」
「おそらくは、草間くんも同じ事を考えてたんじゃないか?」
「充分に有り得ることですねぇ」
 斎が頷く。
「もっとも草間のことだ。面倒だから、という程度の理由で同行しなかっただけかもしれんがな」
 と、調停者の内心の呟きである。
「まあ、旅館で頑張ってる若者たちを、影ながら助けてやろうじゃないか」
 笑いながら戒那が言った。
「そうだな」
 微苦笑を漏らす武神。
「一応言っておきますけど、俺は二〇代の若者ですからね」
 なぜが憮然と呟く斎。
 七人中、三番目に若いのに「みそぢーず」に加えられては堪らない。
 もしかしたら、そう考えていたのかもしれなかった。


 沖天に月が浮かぶ。
 クリーム色のあわい光。
 湯船を満たす湯が、ゆらゆらと揺れる。
 月岡温泉の名は、月の丘に由来するといわれている。
「たしかに素晴らしい月ね」
 シュラインが言った。
 黒髪にタオルを巻き、ゆったりと湯船に浸かる様子は、もう完全に日本人である。
 一つだけ風情に欠ける点があるとすれば、無粋な水着などを纏っていることだろう。
 まあ、仕方のない事ではあるが。
 少数派とはいえ男性もいるのだ。
 すなわち、武神と斎である。
 万事に超然とした戒那や、自由奔放な聖羅などは別として、さすがに肌を晒すのは恥ずかしい。
 おかしなもので、知己の前の方が羞恥心はより一層大きくなるものだったりする。
 まして中学生のみなもなどは、たとえ見ず知らず人間相手でも恥ずかしいだろう。
 とまあ、無粋なことではあるが、それで泉質が変わるわけでもない。
「結局、なんの気配も感じなかったですね。あの部屋」
 そのみなもが、なんとはなしに仲間を見回す。
 調停者や大学生ホストの鍛え上げられた胸板を目にして、思わず目をそらしてしまうのは、まあ、可愛らしいとしておくべきだろう。
 スレているより八倍くらいはマシだ。
「もっとも、いたとしても私には判らないけどね」
 苦笑混じりに肩をすくめるシュライン。
「んー ほんとに何にもいなかったよ。あそこには」
 じつに羨ましそうに事務員の胸部に視線を注いでいた聖羅が、みなもの言葉を補強した。
「やっぱり、深夜にならないと出ないのでしょうか?」
「深夜になっても、明日になっても、幽霊なんか出ないよ。みなもくん」
 色気も何もないスポーティーな水着に身を包んだ戒那が、のんびりと核心を突いた。
 この言葉の意味を理解しないものは、すくなくとも怪奇探偵のなかには存在しない。
 すなわち、
「狂言だってこと?」
「そういうことだな。シュライン」
 武神が頷く。
 もっとも、蒼い瞳の美女の驚きは、「まさか」ではなく「やはり」というニュアンスが強い。
 旅館が怪談話を流す。
 一見、逆効果のように思える。だが、じつはそうでもないのだ。
 なぜなら、これは次の段階への布石だからだ。
「部屋に幽霊が出る。それを「高名な怪奇探偵」が退治する。安全性を確信した物見遊山の客たちが訪れる」
 歌うように言う聖羅。
 皮肉めいてはいるが、さほど悪意はこもっていない。
 実際、よくある話だからだ。
 それに、宣伝効果としては怪奇探偵の側にだって利益がある。
 この件が、たとえアンダーグラウンドにせよ報じられれば、怪奇探偵の令名はさらに高まるだろう。
 もっとも、経営者どのが喜ぶかどうかは、また別問題である。
「えっと‥‥みなさん最初から気づいてらしたんですか?」
 みなもの問い。
 武神と斎が、微苦笑を漏らした。
「気づかせてくれたのは、貴女ですよ。みなもさん」
「新幹線のなかでな」
「ええぇ!?」
「見てきたような嘘、という言い方があるだろ?」
 そう前置いて、戒那が説明を始める。
 みなもがインターネットなどを使って集めた情報は、正直にいって詳しすぎた。
 しかも、中学生の情報収集力で集められるほどに、その情報は広く流布しているということである。
 この段階で、武神などは疑問を持った。
 普通に考えた場合、この手の情報は隠蔽するものだろう。
 にもかかわらず、まるで見せびらかすように詳細な話が知れ渡っている。
 明敏な調停者が作為的なものを感じてもおかしくはない。
 戒那と斎の推理は、武神とは少し違う切り口から始まった。
「どうしてここまではっきりとしたストーリーがあるのか」
 彼らが着目したのはその点である。
 死んだものの名が伝わっているのは当然としても、その背後関係や死の経緯まで詳しく伝わっているというのは、いささかリアリティーに欠ける。
「ついでにいうと、心中って言い方は江戸時代はしなかったんだ」
 大学の教職員らしく講義口調を作る戒那。
 まう、水着姿では威厳もなにもあったものではないが。
 相対死(あいたいじに)。
 八代将軍、徳川吉宗の指示によって、心中という言葉はすべてその後の公式記録から抹消されている。
 この場合の公式記録とは、地方の村民の動きを記したものまで含まれる。
「ということは、そのミチっていう人が死んだのは、吉宗より前の時代って事になるんだ」
「そうだけど、死んだ年代を特定しても意味ないんじゃない?」
 シュラインが小首をかしげた。
 たしかに、たいして意味のある行為とは思えなかった。
 聖羅もみなもも零も、一様に不思議そうな顔をしている。
「ところが、この部分って大事なんだよ」
 くすりと笑って、赤毛の大学助教授が説明を再開した。
 吉宗の時代より前ということは、享保年間より前ということである。
 そして、ここが最も重要なポイントだが、その時代、月岡温泉は地上に存在していない。
 地中深く、誰の目に止まることもなく、穏やかな眠りについていた。
 月岡温泉の発見は、大正七年。
 とある燃料採掘会社が石油を掘ろうとした際、偶然に掘り当ててしまったのが、この月岡温泉である。
 つまり、ここは自然に湧いた隠し湯ではなく、人工的にボーリングした場所だということだ。
 むろん、享保年間にボーリング技術などない。
「さらにいうと、ここに人が住み始めたのは温泉が湧いて以後のことだな」
 武神が付け加える。
 入植時期を調べるために、調停者、大学助教授、大学生ホストの三人は郷土資料館まで足を運んだのだ。
 それによると、少なくとも明治以前にこの地に住んでいたものはいない。
 まったくの秘境だったのだ。
 仮に、この地に清太郎とミチが逃げ込んで自殺を図ったとしたら、もちろんその死体は誰にも見つからず、肉食動物のエサになるか土に帰るか。
 二つに一つしかない。
「もっとも、入ってこれればの話ですけどねぇ」
 斎が微笑する。
 当時は道など整備されているはずもない。
 若旦那と女の足で踏み込めるような場所ではなかったのだ。
「‥‥前提条件からして、この幽霊話には無理があるってことね」
 シュラインが呟く。
「そこまで判っていたなら、言ってくだされば良かったのに‥‥」
「あたしたち、わざわざ問題の部屋の霊視までしたんだよー」
 みなもと聖羅が、口々に苦情を申し立てた。
「まあまあ」
 平和主義者の振りをしながら、斎がいさめる。
「いずれにしても部屋の調査は必要だったんだ。だから何も言わずに分離行動を取ったんだよ」
 笑みを含んだ戒那の声。
 さて、年少組の懊悩は慰められただろうか。
「ここから先は、お前が判断するんだ。零。草間の名代としてな」
 黙り込んでいる怪奇探偵の義妹に、武神が声をかけた。
 調査は彼らの仕事、方針の決定は零の仕事だ。
「‥‥旅館の思惑に乗りましょう。どういう形でも、依頼人の望むものを提供するのが探偵の役割ですから」
 やや躊躇った後、零ははっきりと言った。
 それで良い、と、調停者は思う。
「悪いのは、幽霊を見たなんてホラを吹いた修験者ってことになるわ。実在してるかどうかも、わからないけどね」
 シュラインが微笑む。
 これなら関係者は誰も傷つかない、というわけだ。
 筋書きとしては、そう悪くない。
 もちろん、旅館が支払う依頼料は、大幅にアップされることになるだろう。
 怪奇探偵に踊ってもらうには、相応の代価が必要なのだ。
「怖いですねぇ」
「うん。怖い怖い」
 斎と戒那が笑う。
「ま、あとはたくさんご馳走が出るなら」
「手を打ってあげても良いですよね」
 聖羅とみなもの機嫌も、レッドゾーンからは脱却したようだ。
 静かに微笑しながら、湯に浮かべた盆から酒杯を口に運ぶ武神。
 なんだか、呑んでばかりのような気がする。
 あわく輝く満月。
 たおやかな夜の姫が、月の丘を照らしていた。








                          終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)
0121/ 羽柴・戒那    /女  / 35 / 大学助教授
  (はしば・かいな)
1252/ 海原・みなも   /女  / 13 / 中学生
  (うなばら・みなも)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「怨霊温泉」お届けいたします。
あんまりコメディー色はなかったかもしれませんねぇ。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできること祈って。