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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地 〜哄笑するティーカップ〜

++オープニング++

 久しぶりに届いた一件のメール。
 便りのないのは順調の証☆と思ってはいたけど、たまに来るとやっぱり嬉しい。
 山中遊園地オーナーの一人息子、ゆきくん、こと里中雪斗少年からのものだった。

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 こんにちわ。雫さん。
 いつもお世話になっているのに、御礼のお手紙も出せなくてすみません。
 皆さんのおかげで、遊園地の工事も順調に進んで、そろそろリニューアルオープンが出来そうになってきました。

 だけど。
 大変なことになっちゃったんです。
 実はあれから色々調べたら、遊園地のいろんな場所にお地蔵さんがたってることがわかったんです。
 それもどうも、星の名前をつけられたお地蔵さんが、その星座の形に置いてあるみたいで。
 観覧車の側、ゴーストハウス内部、ジェットコースター付近、と三つは今までに発見されてるのですが、星座のとおりなら全部で七つあるはずなのです。
 そう思って、地図の場所とおりに他のお地蔵さんも見つけようと僕は思いました。皆さんのお話からすると、お地蔵さんの側には必ず女の人の幽霊がいて、この遊園地にいる子供の幽霊達を慰めてあげてるって話でしたし。
 「文曲」ってお地蔵さんは、ボクの勘が正しければ、新しく作ったティーカップの近くにあるはずと思って、それで探しに行ったんです。
 だけどお地蔵さんはなかなか見つけられなくて、もしかして機械のもっと近くにあるのかもと思って、機械整備のテストも終わって工事の方が電源を切った後で、僕はティーカップの機械の下にもぐりこみました。
 そしたら、見えた。確かにそこにはお地蔵さんがいたんです。
 でも。突然、機械が勝手に動き出して、僕、大怪我をしちゃったんです。
 腕を骨折しただけですんだけど。下手したら死んじゃってた、とお医者さまに怒られたけど、僕は確かに電源を切ったのを確認してからもぐりこんだはずなのに。

 一瞬だけど機械の下に見えたお地蔵さんは、とても悲しそうな表情をしているように僕には見えました。
 そして機械が動き出したとき、何故か子供が大笑いするような声も聞こえた。
 多分、これは何かあると思うんです。どうか、力を貸してもらえませんか? 僕はあのお地蔵さんを救ってあげたい。

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「うーん」
 雫は小さく息を飲む。
 山中遊園地は(霊を集める場所)なのは確か。特に子供の幽霊が数多い。だが、けして悪いものを生み出す場所ではなかったはず。
 けれど、新しい変化がそれに悪影響を与えたのだろうか。
 何かが変わって、例えばあのコースターではそれに狂わされた霊と、土着のものと思われる妖怪の類が、人を空間に連れ去るというような荒業を起こした。
 今回の事件も悪意を感じるような気がする。
 それに地蔵の上に機械設備なんて置くだろうか、普通。

「まだわからないことが色々あるんだけど、今までの経験から、お地蔵さんを救い出せばきっと解決に繋がると思うの。
 どうかお願い、みんな力を貸して☆ミ」

++山桜++
 
「まあ、あの桜、もう咲き誇ってますわ」
 小さな指先が、満開の桜を指差した。けれどどこかが違う。
 桃色の花弁の下には、赤い葉が重なっている。薄桃に紅が合わさり、見事な美しさだが、見慣れている桜とはかなり違う。
 御影・瑠璃花(みかげ・るりか)は大きな青く美しい瞳にその桜の木をとらえて、可愛らしくこくびをかしげていた。くまのぬいぐるみを抱きしめた、金色の柔らかい髪と青空のような瞳の美しい少女だ。
「あれは‥‥山桜ですね。‥‥多分」
 植物園で見たような気がする‥‥。答えたのは海原・みなも(うなばら−)だった。11歳の瑠璃花よりは、13歳のみなもの方が年上である。年下の子の前ではちょっとお姉さんらしくしてあげたい。
 大財閥のお嬢様で常に執事と共でなければ外出も出来ない瑠璃花である。
 こんな山奥のしかも閉園した遊園地に遊びに来ることなど、今までにあるはずもなかった。
「‥‥正解ですね‥‥それにしても見事な山桜だ」
 二人の保護者役といっていいくらいの頃合の僧侶が、微笑みつつ頷く。
「山桜は、葉が先に出ますからね。といってもあの葉も緑にやがて色を変えるのですよ」
「わぁ〜」
 二人の少女は感激したように山桜を見つめた。
 僧侶‥‥護堂・霜月(ごどう・そうげつ)は目を細めて続ける。
「花が咲く直前の桜から、その樹液を取り出して、反物を染めると、とても美しい桃色になるそうですよ。‥‥その意味がわかりますか?」
「んー」
 みなもは腕を組む。瑠璃花がはい、と手を上げた。
「なんですか?」
「花びらからじゃなくて、樹液って木の幹からってことですか?」
「そうですよ」
 霜月は頷いた。
「あの茶色の幹の下に、桜の花びらを染めるための液体が流れるのです。桜は春を知らせる美しい花を咲かせるために、その樹木全体で必死に色づくのです。健気で美しい花ではないですか」
「‥‥樹木全体で‥‥かぁ」
 みなもはロマンチックな話お話しだなぁとうっとりと聞いていた。
 瑠璃花も素敵ですね、と微笑みを浮かべる。
「‥‥と、そんな話をしている場合ではないですね、そろそろ雪斗様がいらっしゃるはず‥‥」
 霜月は、二人の少女に告げると、遊園地の入口の方を振り返る。
 ちょうど今は使われなくなっている遊園地の入場口の方から、黒服の執事を伴った左手を三角巾でつっている少年が歩いてくるのが見えた。
「‥‥あの方‥‥でしょうか」
 霜月は呟いた。
「あ、瑠璃花さんとお揃い」
 みなもが明るく笑う。
 確かに二人とも執事を連れている。雪斗がいつも連れているのは、黒いスーツに黒いサングラスの無口な青年執事。
 対して瑠璃花は、亜麻色の髪の甘いマスクの美形青年だ。
「本当ですね、ね、榊」
 瑠璃花に呼ばれて執事の青年は曖昧に微笑んだようだった。


++遊園地・調査++

 遊園地内部の事務所に通された三人は、早速、調査の為の打ち合わせに入ることにした。
「それにしても、執事を連れた方がいらっしゃるなんて驚きました」
 雪斗は執事に茶を運ばせながら、瑠璃花に話しかけた。
「はい。榊はいつも私の側にいてくれますの」
 瑠璃花は可愛らしく微笑んだ。くまのぬいぐるみと榊は彼女が幼いときからずっと側にあるかけがえのないものだ。
「僕もそうです。‥‥ね、庚」
「‥‥」 
 雪斗の執事、庚はよほど無口な男らしい。ただ黙って皆に茶を並べ、そのまま壁際まで下がっていった。
 けれど、榊の方をちらりと見つめる。同じく主人の後ろで控えている榊と視線が合うと、多少、ひきつった笑顔を見せた。榊はそれを見てくすくすと指を口元に当てながら笑う。
「あらお知り合い? 榊」
「いえ、そういうわけでは」
 榊はさらりと答える。単に庚が極端な照れ屋で、珍しく同業者にあったものだから、小さな親近感を持っただけらしい。
「じゃ、本題に入りますね」
 雪斗は遊園地の見取り図をテーブルに広げた。その地図の中には、赤いシールが数箇所に貼ってある。
「このシールの場所がお地蔵さんのあった場所です。で、ティーカップはここです」
 『キッズランド』という地図上での敷地内の色が他とは変えてある場所の一角を雪斗は指差した。
「‥‥ふむ」
 霜月は地図を眺めながら口を開いた。
「この文字が地蔵につけられていた名ですか?」
 赤いシールの横には「文曲」「禄存」のような文字が書かれていた。雪斗はええ、そうですと頷いた。
「北斗七星ですね‥‥ひしゃくの先より柄の方角に向かって、貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍‥‥と中国の名でつけられているはず」
「ええ、そうなんですっ」
 雪斗は大きく頷いた。
「北斗七星なんです。‥‥今、現在見つかっている地蔵がティーカップも含めて4体なので、もしかしたら7体あるのかも、って思っています」
「ふむ」
 以前、霜月が関わっていたジェットコースターから乗っていた青年が姿を消したという事件。その際も、地蔵が発見されていた。
 その他に、観覧車やゴーストハウス等でも発見されている。ゴーストハウスの場合、旧ゴーストハウスからの移転がされているために、元の場所からは若干ずれてしまっているが、地図上で見ればそれほどの問題ではない。
「北斗七星の形になればいいのでしょうか?」
 みなもは赤いシールが貼られている場所を参考に、ぺたぺたと北斗七星の形になるように新しいシールを追加した。こちらは赤いシールではなくて青いシール。
 結果。

α星 : 貪狼・・コースター
β星 : 巨門・・観覧車
γ星 : 禄存・・(花の広場)
δ星 : 文曲・・ティーカップ
ε星 : 廉貞・・(ウォータースライダー)
ζ星 : 武曲・・ゴーストハウス
η星 : 破軍・・(ミラーハウス)

 ( )内はまだ未確認の地蔵。

「こんな感じかなぁ」
「わぁ、ちゃんと乗り物の上に重なりましたね」
 瑠璃花にぱちぱちと拍手をしてもらい、みなもはちょっと照れたように髪に手をやる。
「うん‥‥ね、直接行ってみたら他のお地蔵様も見つかるかな?」
「それが‥‥他の乗り物も合わせて遊園地内を探してもらったんですが、他にお地蔵様を発見することができなかったんです。‥‥見つかったのは、あのお地蔵様だけ‥‥」
「そうなんですか」
「それにしてもどうしてお地蔵様なのでしょう‥‥?」

 この事件。根が深い気がする。
 それは三人とも、また雪斗もそう考えていた。
 謎を整理すると、こうなる。

「@何故地蔵が置かれているのか。
 A地蔵に北斗七星の名がかかれていたのか。
 Bなぜ、機械の下に地蔵があったのか」

「他にもありますね。例えば、この遊園地、とても子供の霊が多かったと存じています。‥‥あの子供達はどこから来たのか。また、コースターやゴーストハウスの地蔵は、その付近の子供霊達に「母」と呼ばれていました。それは何故か」
「へぇ‥‥そうなんですか」
 みなもは関心したように霜月を見つめた。霜月は静かに頷く。
 そういえば確かに、みなもも瑠璃花も、この遊園地が強い霊気を放つ場所ということには気がついていた。
「観覧車にも面白い女神さまがいるって話を聞いたことがあります」
 雪斗が言うと、霜月も、ああ聞いたことがありましたね、と頷いた。
「不思議な遊園地なんですね〜」
 みなもの呟きに、霜月が答えた。
「そうですね‥‥けれど悪い場所ではないと思うのです」
「ふぅん‥‥」
 なんだか難しい。みなもは素直にそう思った。

++遊園地調査・その2++

 瑠璃花は雪斗に頼み、集まってもらっていた工事関係者の人々と話し込んでいた。
「それでは、工事の最中には地蔵はいなかった‥‥と」
「ええ、気付きませんでしたねぇ」
 黄色いヘルメットを叩き、工事の作業員は表情をゆがめる。
「そんな罰当たりなことはさすがにね‥‥特にここ、いろいろあるから、そういうのにはみんな敏感なんすよ」
 ははは、と乾笑をして、彼は溜息を大きくつく。
「いろいろ、あるですか?」
 サファイヤのような青い瞳が、彼を真っ直ぐに見つめる。金色の縦にロールをかけた豊かな髪といい、まるで精巧に作られたお人形のような美少女だ。
「へ、へぇ」
 意味不明の胸の高鳴りを覚え、作業員は頬を僅かに赤らめていた。
「幽霊が出るとか、機械が正常に動かないとか、そりゃもーしょっちゅうでして‥‥」
「そうですか‥‥」
「だから、お地蔵さんを粗末にするやつなんざ、この遊園地の工事に関わってる連中にはいないんじゃないですかね。‥‥まだ地蔵が自分で入ったらしい言われた方が納得しますよー」
「面白いお話ですわね」
「ははははは‥‥」
 
 なんだかあまり役にたたない事情聴取だったかもしれない。 
 くまのぬいぐるみを抱きしめ、瑠璃花は小さく吐息をついた。

 みなもも工事関係者に聞こうと思っていたのだが、瑠璃花とは少し違う線で当たってみることにした。
 工事用の製図や資料などを借りて、眺めていたのだ。
 しかし、地蔵に関することなどは当然のように発見されなかった。
 瑠璃花が話した相手とも違う人や、さらには工事事業者の上司にまで当たってみたのだが、こちらも空振りに終わった。
 
(うーん、工事をする人が知っていてその上に工事をしたってことは無さそうだなぁ〜‥‥。
 そうなると、誰かが後から運びいれたって線しかないかも‥‥)

 って誰が?
 
 思考はそこでショートしてしまう。

「うーんうーんうーん」
「‥‥難しいですわね」
 自動販売機で購入したジュースを手に持ちながら、ベンチの上で二人の少女は悩ましく溜息をついていた。
 午後の太陽の日差しは暖かく、近くの梅の枝には盛りを過ぎた梅の香りが漂っている。
「ティーカップに行ってみましょうか」
 みなもは考えるのに疲れて、瑠璃花に提案してみる。
「それが一番早道かもしれませんね」
 瑠璃花も賛成した。
 その時。

 カタン。

 近くのゴミ箱が音をたてる。
 二人が同時に振り返ると、誰かがゴミ箱に隣接する売店小屋の影に隠れたのがわかった。
「何だろう?」
 みなもは立ち上がり、小屋の反対側を覗き込む。‥‥誰もいない。
「あれ?」
 気のせいだったかな? 
 しかし瑠璃花もきょとんとしているのを見ると、一緒に聞こえたとは思うのだけど。
 不審に思いつつも、小屋を背に離れようとすると、またゴミ箱がカランと鳴った。

「!!」

 今度は勢いよく振り返る。建物の影に逃げ込む陰。
「待ちなさいー!!」
 ジュースの缶から、中身の水分が飛び出して、その影を追った。水を操る能力、それが人魚の家系に生きるみなもの能力だ。
『きゃーっっ』 
 小屋の奥で悲鳴が上がる。みなもは追いかけて、その人物の襟首を捕まえた。
「あなた、誰ですかっっ!」
『ごめんなさーいっっっ!!』
 麻の着物を着たおかっぱ頭の少女だった。
 そして、頭を抱えて彼女は大声で謝り、そのままふっと姿を消した。
「えっ!」
 がさがさがさ。
 近くの草邑が揺れて、数人の子供達が顔を出した。シャツを着てる子もいれば、薄汚れた着物を着ている子供も、パジャマ姿の子もいる。
『ごめんなさーいっっっ』
 彼らは合唱するように叫ぶと、草むらにもぐりこむ。‥‥そして姿を消していた。
「な、‥‥なんなのー?」
「先ほどの工事の方がおっしゃってた幽霊さん達でしょうか」
 瑠璃花が近づいてきて、草むらの近くにしゃがみこんだ。その耳に(クスクスクス)と子供達の声が微かに聞こえた。
「‥‥」
 ちょっと怖い。
 瑠璃花はごくりと喉を鳴らす。
 突如、その草むらの中からすっと白い手がのびて、瑠璃花の手を引っ張った。
「きゃっっっ!!」
「瑠璃花さん!!」
 瑠璃花は慌ててその手を払いのける。彼女のまわりの小石や空き缶がふわりと宙に浮かんでいた。咄嗟に攻撃をかけようとしてしまったらしい。
「悪戯はいけませんわ‥‥皆様」
 瑠璃花はふぅと吐息をついた。彼女の高い精神感応の能力は、自分で行使しようという意思がなくとも、『彼ら』が二人の世代の近い子供達を見つけて「遊びたがっている」のだということに気がついていたのだ。
「行きましょう、多分構ってるといつまでもからかわれちゃいますよ、みなも様」
「か、からかわれるって!!」
 顔を真っ赤にして、みなもは小さく叫んだ。その足元からまた「くすくすくす」っと子供の笑う声が響いていた。

++遊園地調査・その3++
「‥‥」
 霜月はゴーストハウスの地蔵を訪ねていた。
 地蔵はゴーストハウスの外側に小さな赤い社をこしらえてもらいそこに奉られていた。
 新鮮な水や花が備えてあるのは、雪斗達のはからいだろうか。霜月は静かにその地蔵に手を合わせて、経を唱えた。
「‥‥子供霊の多い遊園地。‥‥そしてそこに置かれた北斗七星と地蔵菩薩。‥‥奇妙な符合としか思えぬな‥‥」
 北斗七星は死を司る星座である。そして、地蔵菩薩は三途の河原で鬼に苛められる子供達を慰める役割を持つ。
 (死)と(子供)という二つの符合を見せるそれが、今回の事件にどう絡んでいるのか。
「宗派があうのかわからないのですが‥‥」
 霜月は静かに地蔵の前で読経を始めた。

 此は此世の事無らず
 死出の山路の裾野なる賽の河原の物語 


 地蔵和讃と名づけられたその経は、三途の河原の子供霊の苦しみ悲しみを描いた経でもある。
 経を読み終わり、ふと、地蔵を見上げると、その灰色の石で出来た顔面から一筋の雫がこぼれていた。
「‥‥!」
 泣いてる? 
 霜月は息を飲んだ。
 すると、霜月の心の中に、女性の声が入り込むように響いた。
『素晴らしい経でした‥‥感動いたしました』
「‥‥あなたですか? 地蔵菩薩」
 霜月は地蔵に問いかける。
『ええ‥‥』
「喜んでもらえたのなら嬉しいです。‥‥さて、あなたに聞きたいことがあるのですがよいでしょうか?」
『‥‥私に答えられることでありましたら』
「この土地で次々と起こる騒ぎ。そして何故あなた達がここにいらっしゃるのかということです」
『‥‥それは』
 地蔵はしばらく黙り、それから答え始めた。
『‥‥この土地は今、大きな変化を迎えています。‥‥新しいものがこの土地へ次々と向かってきています。私達は変化に耐えなければならない』
「ふむ‥‥」
 土地の所有者も変わり、古びた遊園地はアメリカンコミックのテーマパークへと変化しようとしている。
 毎日トラックやブルトーザー、いろんな機械や機材が運び込まれてくる。それは確かに静かに暮らそうと願っても叶わないのかもしれない。
『そして入ってきたものがいいものばかりではないのです。‥‥どうかあの子を助けてくださいませ、お坊様』
「あの子?」
『‥‥文曲‥‥とても苦しんでいる様子がこちらにも伝わっています‥‥』
 地蔵はそれ以上何も語らなかった。
 霜月は再び地蔵に手を合わせ、ゆっくりと立ち上がる。
「それでは参りましょうか‥‥」

++哄笑する子供・苦しみの地蔵++

 みなも、瑠璃花、霜月の三人は、キッズランドの看板の下で合流していた。
 ティーカップはキッズランドに属する場所だ。看板の下からなら、ティーカップも見えていた。
「じゃあ行きましょうか」
 霜月の声に二人は歩き出そうとする。けれど、瑠璃花はその足を止めた。
「‥‥怖い」
「どうしたの?」
「‥‥何故でしょう‥‥ここから進むのが怖いのです‥‥」
「そういえば‥‥」
 みなももさっきから全身に鳥肌がたつのを感じていた。
「‥‥なにやら厄介なことになっているみたいですね」
 霜月は吐息をつく。そして、錫杖をつき、二人の少女を背にしてゆっくりとその中に足を踏み入れた。

「これは‥‥?」

 闇。
 キッズランドと名づけられたその場所は、看板をくぐったとたんに、たちこめる黒い靄に支配されていた。
 さっきまでの明るい世界が嘘のように、太陽の輝きも届かない暗い場所。
 そしてその奥に、赤く光る柱が見えた。

「ティーカップの上‥‥ですわね」
 ぬいぐるみを強く抱きしめ、瑠璃花が呟いた。
 ティーカップのちょうど中央のあたりに、赤黒く妖しい光が柱のように真っ直ぐに伸びていた。黒い靄はそこから発生していた。
「憎しみ、怒り、悲しみ‥‥さまざまなものが混じったオーラ‥‥といったところでしょうか」
 霜月が呟く。
「お地蔵様はあの下にいるのですよね」
 みなもはぎゅっと唇を噛み、決心を決めると、ティーカップに向かって駆け出した。瑠璃花も後を追う。
「ああ、危ないですよっ」
 霜月の声が錫杖の音と共に後ろからついてくる。
 みなもは駆け足で、ティーカップの下にもぐれる入口を探した。
(早く、早く助けてあげなくっちゃ!)
 機械はパネルで封がされており、人が入れる場所などどこにもない。雪斗が潜った場所は閉ざされてしまったのだろうか。
「どこ〜!!」
「みなも様、こちらです!!」
 瑠璃花の声が響く。みなもは立ち止まり、ティーカップの横に横ばいになっている瑠璃花の姿を見つけた。
「ここの隙間ならすぐに外せますわ。‥‥お力を貸してもらえますか?」
 白い小さな指先で、パネルをはがそうと力を込める瑠璃花。みなもも慌てて手助けをする。パネルはごとり、と大きな音をたてて外れた。
「外れた!」
 歓喜の声でみなもが叫ぶ。
 子供ひとりならようやく抜けられそうな小さな穴だった。パイプか何かを通すための穴なのかもしれない。
 ふたりが顔を寄せるようにしてそこから覗くと、果たしてそこには地蔵の姿があった。
 その中央の赤い光の真下だ。けれど、地蔵の姿は赤黒い光に包まれ、あまりよく見えない。
「わたくし、行ってみますね」
 瑠璃花が身を伏せたまま先に進む。
「瑠璃花ちゃん、待って!!危ないわっ」
「大丈夫ですわ」
 集中力を最大限に澄ませて瑠璃花は叫んだ。
 地蔵を助けなければ。あんな赤い光に包まれているなんて可哀想。 
「ああ、どうしよう。瑠璃花ちゃんッッ」
 小柄な体を生かし、たくさんの機材の下を瑠璃花はすいすいと歩いていく。見守るみなもの方がパニックだ。
 刹那。
 ‥‥ガタンッッ。
 機械のどこかで音が響いた。
「えっ!!」
 瑠璃花は足を止める。
 同時にみなもは手に持っていたミネラルウォーターを取り出して、蓋を開ける。
「いけぇぇぇぇっ!!」
 水は機械の間にはじけるように飛び散った。みなもはもう一度強く念じる。
 するとパキン。と音を響かせて、水は氷へと変化した。機械のばねや歯車の間にはさまり、動きを止める。
「‥‥はぁはぁはぁ‥‥」
「ありがとうございますっ、みなも様」
「ううん‥‥頑張って、ね」
 はぁはぁ、と息を吐き、みなもは脱力してがっくりと腕をついた。

「‥‥なんとか大丈夫そうですね‥‥」
 子供しか通り抜けられないような出口に瑠璃花は入り込み、今はみなももそこから半分だけ体を入れている。
 大人の霜月にはその様子を見ることもできないわけで、彼は辺りに誰も近づかないように注意するという任をしていた。
「それにしても‥‥この気は、あなたのものか、文曲よ」
 ひとりごちるように呟き、霜月は深く息をついた。
 ふと、その耳に「クスクスクス」と声が響く。
「む?」
 霜月は辺りを見回した。
『ふふふ、こっちだよ、お坊様』
 子供の悪戯っぽい笑い声であった。見上げると、空に一人の少年が浮いている。どこか顔立ちが雪斗に似ているようにも思える、白い肌の少し吊り目の少年だ。
「何者だ?」
『‥‥何者でしょう?』
 少年は面白そうにくくく、と声を上げる。
 そして、ウインクすると、ティーカップの方を振り向いた。
『また会おうね、あなたたちと遊ぶのは楽しいからさ、ね』
「なんだと‥‥」
 霜月が問おうとした刹那、少年はふっと闇に紛れて消えていた。
 
 その同じ頃、瑠璃花は地蔵の元へとようやくたどり着いた。
 赤く光っている地蔵にそっと手を差し伸べる。
 その途端。
『我に触るなっっ!!!』
 電撃のようなものが彼女の体に走った。
「きゃあああっっ」
 悲鳴を上げ地面に転がる瑠璃花。「瑠璃花ちゃん!どうしたのっっ??」みなもの声が後ろから響く。
 瑠璃花はしびれる体に必死で力を入れながら、地蔵に問い返した。
「どうしてですか? わたくしはあなたを助けに来たのです‥‥こんなところにいるのは本望ではありませんでしょう?」
『‥‥まことか』
 地蔵は低く呟く。
 こくりと頷く瑠璃花の顔の目前に、突然巨大なぬめりとした広い女の顔がよぎった。
「きゃ!」
『‥‥ふむ』
「瑠璃花ちゃん!?」
 地蔵を包む赤い光が突然その中に吸い込まれるように消えて行く。
 驚いて口を押さえている瑠璃花の前で、地蔵の中には黒い靄や赤い光が次々と吸い込まれて収まっていく。
 そして、灰色の石で出来た小柄な地蔵だけがそこに残された。
 背中に『文曲』の文字を残して。

 瑠璃花はその地蔵を抱えて戻ろうとしたが、あまりの重さにあきらめた。
 けれど瞼をつむり、眉間の辺りに軽く力を入れる。地蔵の体はふわりと浮かび上がり、背後から見守るみなもの腕の中にすうっと流れるように空気をよぎった。
「あっ」
「すみません、お預かり願えますか、みなも様」
 瑠璃花の微笑みに、みなもは驚きつつもその地蔵を両手でじっと抱きしめていた。

 瑠璃花とみなもが再び立ち上がったとき、先ほど前の暗い空間は、何事もなかったかのように晴れ渡っていた。
 救い上げた地蔵は静かな表情に戻りみなもの腕に抱かれている。けれど少女の腕では、少々荷が思い。霜月が代わりに抱いてくれた。
「これでよかったのですよね」
「ええ、この地蔵もこの場所の側に奉ってもらえるように、彼にお願いしておきましょう」
 霜月がみなもに答える。みなもは大きく頷いた。
「悲しい顔をなさっておられるというお話でしたが、私が見たのは怖いお顔でしたわ」
 瑠璃花が地蔵を撫でながら苦笑した。けれど今はとても静かな微笑みをたたえた優しい表情をしている。
 助けられてよかったのですよね、と瑠璃花は思った。
『‥‥ありがとう』
 女性の小さな声が瑠璃花の耳に響いた。
 いや、そんな気がしただけかもしれない。それでも、瑠璃花はとても嬉しかった。
 
                              ++哄笑するティーカップ・完++

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1069  護堂・霜月 男性 999 真言宗僧侶
 1252 海原・みなも 女性 13 中学生
 1316 御影・瑠璃花 女性 11 お嬢様・モデル
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■              ライター通信               ■
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 こんにちわ。ライターの鈴猫です。
 真夜中の遊園地〜哄笑するティーカップ〜をお届けします。

 海原様と御影様ははじめましてですね。護堂様、いつもありがとうございます。
 今回、ちょっと複雑なお話になってしまってます。
 文章も大分長いし、うーん、申し訳ありません。
 海原様や御影様の能力もあまり使いこなせきれてないようで、ちょっと心残りもあったりします。
 
 護堂様の過去と、海原様の設定を絡ませたらきっと面白いお話になるなぁなどと思っていたのですが、今回は断念。
 うう、また機会がありましたら是非書かせていただきたく。
 ちなみにどんな設定なのかはここでは申しません(笑)

 御影様の可愛らしさには胸ドキュンです。執事つきというのが特にたまりません(笑) 
 金髪縦ロール、ぬいぐるみつき‥‥ああああ、すみません。機械の下にもぐりこませるなんて汚れる仕事をさせてしまって。
 きっと終わったあと、榊さんに怒られるんだろうなぁと頭抱えつつ書いていました(笑)

 みなも様の水を使う術は、こういう感じの描写でよかったでしょうか。水源をどこから出してよいのかわからなかったので、飲み物を持参させることにしました。
 空気の水蒸気から水を瞬時で作り出すもありとは思ったのですが、‥‥また機会があれば是非教えてくださいませ。

 護堂様、コミネットではお世話になりましたです。
 ふふ、あの時、こういったプレイングはお坊様らしくて面白いな、と答えましたが、本当のところノックダウンしていました(爆)
 で、結局こうしました。ふふふ、すみません(爆) 
 
 それでは皆様、今回のご参加本当にありがとうございました。
 またの機会にお会いできることを楽しみにしています。

                             鈴猫 拝