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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍姫
■ はじまり ■


少女は、厳かに告げる。静謐に、一言一言を噛み締めるように、のっぺりとした笑顔を貼り付けたまま。
ざァァァァァ……という不愉快なノイズに、少女の声はかき消されることなく、鼓膜へと滑り込んでくる。
いっそ耳が無ければ、貴方はそう思いながらも、動くことができないでいる。
始まりは一本のビデオテープから。ポストに投函してあった、宛先すら書かれていない小包。
その夜は、雨が降っていた。雨音に耳を傾けながら、ビデオデッキにセットする。
その時に気付いていれば良かったのだ。これはおかしい、と……。
だが遅く、どこかで見たような……そうあれは映画の、呪いのビデオのように、微少を浮かべた画面の中の少女は告げる。

「……龍が生まれる」

その意味がわからずに、ただ潜在的な恐怖から視線を外すことですら躊躇われる。
湿った空気に錆び鉄の匂いが混ざり、やがて歯の根がカチカチと音を立てだした。

----次の日、貴方は不可解なビデオの相談を持ちかけるべく、知人の草間のところへと出向いた。




■ 戯曲 ■



「あーーー!!やってられっかーー!」
 淡兎エディヒソイは、取りあえず声を張り上げた。
 ワォーーン……------それに呼応するように、どこか遠くで野良犬の鳴き声が聞こえる。
 見渡す限り薄暗い路地に、人影は無い。すえた臭いが鼻をついたと思えば、元が何だったのか想像もしたくないような生ゴミがそのへんで腐敗していたり。見上げる空はコンクリートの美しくない色合いに阻まれて、縦に割れていた。
 今時こんな場所があったのか!というくらい、そこはあまりにも浮世離れした場所だった。平日の真っ昼間だというのに暗く、寒い。眼前の光景に閉塞感は感じられないが、薄汚れている印象は否めないような、そんな場所。
 そんな廃れた場所で小一時間も歩き回っていれば、いい加減腹も減るし疲れも出てくる。だいたいそもそも、こういう捜査っぽいのが自分の性に合うとは思えない。もっとこう、ドンパチをやりあってスッキリ解決するほうが似合っていると思うのだが、仕事だから仕方ない……仕方無いのだが、この無音の中、ただアテもなく歩き続けることの苦痛なこと!慣れないおとり捜査なるものに苦戦している自分を考えると、思わず自分の人生を後悔してしまいそうになる。
「……草間の…………草間のアホンダラァァァァアアアアア!!!!」
 ひとしきり叫び、彼はがっくりと肩を落とした。




 ■前奏曲■



 ことは一時間前に遡る。
 草間からの依頼の電話を受けて興信所の扉を開け----全てはそこで始まり、同時にそこで終わった。
 部屋の中は、見るも無惨な状態だった。
 氾濫するたくさんの書物や書類、ダンボールは棚から転げ落ち、机は仰向けに倒され、ソファーが壁に突き刺さり、おそらく部屋を丸ごとひっくり返したらこういう惨状になるのではないだろうか。
 立ちつくして数秒、エディヒソイは黙考した。
 問1、自分はナゼここにいるのか。
 答え、草間に呼ばれたからだ。
 問2、草間とは誰だ。
 答え、この本棚の下敷きになっている、惨めな男の名前だ。
 問3、なぜ部屋はこんなに荒れているのか。
 答え、おそらく、クソ厄介なもめ事に巻き込まれたから。
 ------となれば。
「邪魔した」
 彼はクルっと踵を返し------
「よう!」
 と、ズボンの裾をつかまれて立ち止まった。
 見ると、草間がにょっきりと腕を出して、こちらの裾をしっかりと掴まえている。
 彼は露骨に顔をしかめた。
 普通ならば、ここまで露骨に嫌がられては相手も怒るなり黙るなりの反応を見せるだろうが、ここはさすがの草間である。エディヒソイのお世辞にも好意的とは言えない対応に怒りを見せるでもなく。
「どうした…?取りあえずここから助けてくれると、有り難くてお茶とか用意してあげたくなるんだが」
 そう宣った。




『そう大きい声を出さないでくれないか、エディ』
 耳元に仕込んだマイクから、草間の煩わしそうな声を聞こえてくる。本当に気分悪いのはこっちだっちゅーねん!と言いたい気持ちを喉に押し込みながら、エディヒソイは鼻を鳴らした。
「本当に現れるんかいな。その龍とやらは?」
 正直、半信半疑もいいところだ。
「さっきも説明しただろう?あいつはまだ生まれたばかりだ。外に飛び出して見渡せば、周囲は怖い人間ばかり、母親も姿もない。そうすると子供は大抵怖くて、安全な場所へ逃げ込もうとする。この場合は人のいないところだな------で、そこに仲間の気配があったらどうする?当然、仲間の所へ駆け寄るだろう?そこを捕まえるんだ」
 言うのは易し行うは難しという言葉がなかっただろうか、その捕獲を行うのは自分なのだ。
 ポケットの手を忍ばせると、カチャりと何か固い物がぶつかり合う。龍だか蛇だか知らないが、それが生まれた卵のカラだった。
 つまりこれが、草間のいう「仲間の気配のモト」である。
「もうこの辺にはいないのかもしれへんで」
 もうちょっと景観の良いところなら、気が紛れる物もあるだろう。なにせ「あの子供が怖がるといけないから」という理由で、携帯さえいじらせてもらえない。
 ひたすら歩くということがこんなにも苦痛だとは、思ってもみなかった。
 馬鹿みたいに高い青空には雲一つ無く澄み渡っているが、足下にはゴキブリやネズミがいてもおかしくないくらいに濁っている。このギャップは確かに楽しかったが、それでも5分で飽きた。
「新宿駅から半径5キロ以内で、人通りがまったくない場所はここしか無い」
 そう草間は断言してくる。
「その5キロっちゅー数字はなんやねん」
「勘」
 ああ、こいつが傍に居たら絶対に殺してるな。
 チラリと殺意が芽生えた瞬間だった。
「だいたいなぁ、龍だか蛇だかわからんような卵を受け取るかフツー」
「ならお前は困っているご婦人を見捨てていけと?」
「やっぱり女……」
「ご婦人の正義の味方……うごぉあ!引っ掻くなーーーっ!アタタッタ…ギャーーーー!!!!」
 隠したマイクの向こうから、フギャー!という猫の鳴き声と共に草間の情けない悲鳴が聞こえてくる。おおかた、のら猫の尾でも踏んだんだろう。
「アホや……」
 エディヒソイはきっぱりと無視することにして、歩くのを再開した。
 同時に、自分はなんであんな男に付き合っているのだろうと、かなり真剣に悩みながら。


 そしてはじまりが唐突なれば、事件もまた唐突である。
「…………草間」
「…………わかってる」
 不意に周囲を包み込んだ異様な気配に、背筋の産毛が総毛立った。
 何か冷たい物に心臓を鷲づかみにされたような恐怖感に、息苦しささえ覚えて立ち止まる。周囲に意識を廻らせるが、生物の気配はない。
 だがその瞬間。

 気配が、満ちる--------

 異質な気配が、狭い空間に満ちあふれる。収まりきらなかったソレは蠢きながら、出口を求めて周囲を彷徨う。
 ずるり…ずるり……ずる…………
 濃厚なソレは自分にからみつき、服の隙間から、細胞の隙間から、自分の身体の中へと侵入してくる。意識を浸食し、ソレと一体になる自分を想像し、吐き気がした。気配に呑まれ、消えていく身体。足掻くことすらできずに、自分の中に異質が押し込んでくる感触。
 どこか遠くで、りん…と鈴の音がしような気がした。
 鈴の音?
 疑問に思う間もなく。
 …………ピチャ……
 水を垂らしたような音がした。
 おそるおそる、そちらに視線を巡らせる。
 小さな十字路から、風が入り込んでいる。傾きかけた夕陽を背後に、鮮烈な光に眼を細め----その、少し奥。
 何もいないはずだった。確かに自分はあの道を通り、あの道の途中で会話をした。

 そこには、まるで騙し絵のような不自然さで、体長3メートルほどの龍がとぐろを巻いていた。

 道幅は1メートルも無いそこに、龍は地上から2メートルほどの高さで、静止している。風に揺らぐこともなく、明らかに不自然な程に巨大な龍が、こちらをヒタリと見据えている。
「……こんなにデカいのか」
 マイク越しに、草間の息を呑む音が聞こえる。
 それは黄金色をした龍だった。例えるなら、黄金色のトカゲにコウモリの翼を生やしたような。だが鋭利な爪と牙、真紅の瞳、黄金色の鱗を持ったトカゲなど、いるはずもない。
 エディヒソイは呻くように呟いた。
「こいつとヤるなんて…シャレにならんてホンマ」
 龍が、吠えた。




 ■協奏曲■



「……チィッ!!」
 凄まじい速さで体当たりをかましてくる龍を紙一重で横に飛び、エディヒソイは舌打ちをした。
 掠った衣服が、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたように、破れている。
「これお気に入りだったんやで!」
 弁償せぇや!という軽口を叩く暇もあれば、次の瞬間、彼は勢いよく屈んだ。呻った風切り音を残しながら、龍が上空を横切っていく。
 あの鱗が刃物の役割を果たしているらしく、一発でもくらえばシャレにならない事態になることは明白だ。ミンチになってあの胃袋に収まるのかと思うと、あまりぞっとしない。
「どないせぇっちゅんじゃ。草間ァ!!」
「もうちょっと持ちこたえろ!」
 すっごく他人事のように、草間が叫ぶ。
 何か文句を言ってやろうと口を開き、彼は考える前に後方へと飛んだ。
 ドカァッ!
 という鈍い音と共に、龍の巨体が眼前のアスファルトを抉る。
「沈んでぇや!」
 ごぅっ!っという空気が軋む音がし、彼の周囲のアスファルトがぼこっとヘコんだ。エディヒソイには重力を扱う能力がある、それを使って龍を大地に縫い止めようとしたのだが------
『きゅぅォオオオオオオウ!!!!』
 龍は嘶くと同時に、ばっと跳ね上がった。
「ンなアホなぁっ!」
 反作用で数センチ後方へと押し出されて、エディヒソイは頭を抱えた。重力に束縛されない物体は無い。これは地球上に存在する以上は当然のことだ。
「ああ、言い忘れていたが------エディ」
「なんやっ!!」
「黄金龍は重力を操る種族だ。オマエの能力はきかないぞ」
「先に言えやボケェェェェェェ!!!!」




 夜もとっぷりと暮れた頃、エディヒソイと黄金龍のドタバタは終わった。
 さすがはお子様龍である。疲れて、寝てしまったようだった。後で聞くところによると、体当たりをするのは黄金龍たちの愛情表現らしい。草間と言えば、戦闘が終わった頃にのっそりと出てきて、開口一番にこう言った。
「ごくろーさん」
「…………も、もぉエェわ……」
 疲労のせいで、文句を言う気力もない。
 エディヒソイは龍と重なるようにして大地に寝っ転がりながら、荒い息をついた。
「はぁ…はぁ……っ…ホンマ…もーアンタには付き合わんで……」
「そういうわけにもいかないみたいだぞ」
「んぁ?」
 草間が、自分を指さす。いや、正確には、すやすやと寝息を立てる黄金龍のほうへとだが----視線をやって、エディヒソイは凍り付いた。
「飼い主決定だな」
 ------ぼろぼろになったエディヒソイの服の裾を、黄金龍はしっかりと加えていた。



 完



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ / 男性 /  17 / 高校生】
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■         ライター通信          ■
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はじめまして、大鷹カズイです。
本当に短編は難しい…。小説の裏設定やら何やら色々と決めていたワリには、はしょってはしょって全体の20%も出せておりません。
黄金龍とは何か。依頼人は誰なのか。ビデオテープの謎は。
その辺はまたいつか書ければいいなぁと思っております。
何にせよ、書いていて楽しかったです。
また機会がれば、お会いしましょうv