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<東京怪談ノベル(シングル)>


都市伝説

 良い天気の時は、ふと遠くまで足を伸ばしたくなる。それは人の常ではなかろうか。そしてここにも一人、その法則に従って足を伸ばす者がいた。網代笠を被り、手にはしゃらりと鳴る錫杖を持ち、隙を見せない銀の目を持った坊主。護堂・霜月(ごどう そうげつ)だ。陽気につられ、当初予定していたインターネットカフェから遠く離れた所まで来ていた。その距離、既に電車の駅一区間分。
「……ふむ、大分遠くまで来たのう」
 息一つ乱さず、霜月は呟いた。きょろきょろと辺りを見回すと、丁度良い具合に公園があった。
「そこでしばし休息を取るとするか」
 こっくりと頷き、霜月は公園へと足を踏み入れる。妙にざわついていた公園へ。

 どこか懐かしさを覚える遊具、作りかけの山の残された砂場、さわさわと涼やかな風を伴ったベンチ、鯉が飛び跳ねる池。何処にでもある、ごくごく普通の公園だ。ただ、現在人が集まっているという事を除けば。
「何じゃ?」
 霜月は人をかきわけ、ぬっと顔を突っ込む。
「遅いじゃないですか!」
(ぬっ?)
 突如、怒られた。霜月は突然の出来事に思わずその場に固まる。そして辺りをゆっくりと見回す。そこにはカメラがあった。霜月も知っている歌手や俳優がいた。自分に対し怒ってきたのはメガホンを持った男だった。いわゆる、監督。
(見た事のあるシチュエーションじゃな。確か、今大人気の連続ドラマ……)
「『夜の帳に』か!」
「そうですよ?何を今更言っているんですか」
 『夜の帳に』は、月曜夜9時から放送されているドラマだ。都市に纏わる噂や事件を追っていくサスペンスがメインであり、それに付随してCGを駆使したアクションや売出し中の歌手や俳優を起用している所にも話題性があった。高い視聴率を記録しており、今や日本中で知らない者はいないであろうと言われるまでの、人気ドラマだ。かく言う霜月もこのドラマを欠かさず見る視聴者の一人であったりする。
(おお、このような場面に出会うとは!……しかし)
 感動も束の間。何故自分が怒られたかが良く理解できない。
「……すまんが、どうして怒られたのですかな?」
「遅れておいて、何を言ってるんですか!出番が今からだったから良かったものの……」
 監督はそう言って一冊の台本を霜月に渡した。『夜の帳に』第5話の生台本である。
「……くれるのですかな?」
「というか、あなたのでしょう?とりあえず、他のシーンを撮ってますからちゃんと確認しておいて下さいよ」
 霜月は言われるがまま、台本をぱらぱらと捲る。第5話は、都市伝説をテーマにしたアクション性の高い話だった。公園に坊主が出没するという噂があった。主人公の弟が遊び半分にその坊主を呼び出し、昏睡する呪いをかけられてしまう。主人公は公園で坊主を呼び出して解決しようとする。だが、呪ったのは坊主ではなく、公園の池に住む怪魚人の仕業だった。
(ほう!)
 しばし話に見入りながら、霜月は先を読む。主人公はピンチに陥る。そこに、噂の坊主が登場するのだ。坊主は怪魚人を倒し、いつの間にか消えてしまう。そして呪いは解け、坊主の伝説だけがその公園に残ったという。
(つまり、この坊主の役は……)
 間違えられているのだ。おあつらえ向きに、坊主の自分が登場したものだから。
「さあ、出番ですよ」
 監督が声をかけてくる。
「すまんが、人違いじゃ……」
「早くしてくださいよ!すぐに光の加減って変わるんですから」
(こやつ……人の話を聞かんのか)
 霜月はもう少しで怒鳴りそうになり……にやりと笑った。
(どうせならば、「どらま」に出演するのも悪くない。なあに、この役は台詞なども無い。適当にやればいいだけじゃからのう)
 数々のアクションを「適当」の一言で片付け、霜月は流されるがまま位置に着く。
「キャー!」
 怪魚人が現れ、主人公は叫んだ。池の中から出てきた怪魚人は、かなりの大きさであった。上半身しか見えないとはいえ、高さは5メートル程ある。存在だけで、恐怖を得るには充分であった。主人公の手には坊主を呼び出すという札が握られている。主人公はそれを強く強く握り締める……!
「ふんっ!」
 霜月は地を蹴り、上から怪魚人に向かって蹴りかかり、そして池の縁の柵に立つ。逆光に、網代笠が光る。
「あなたは……」
 主人公が問い掛ける。霜月は何も言わぬまま、怪魚人を一瞥する。因みに、怪魚人はリモコン操作で動く、ロボットである。ただし、少々の衝撃には耐えうるように作られており、滅多な事では壊れる事は無い。
(とは言っても、多少手加減をしておかねば、壊してしまうからのう)
 霜月の体に染み付いている古流暗殺術。それらを駆使すれば機械仕掛けの人形など、ものの一分もかからず破壊できるであろう。それがいくら頑丈に作られているとしても、だ。
「グオオオオ!」
 怪魚人が唸り、大きく手を振りかざした。霜月は柵を蹴って飛び、水面を走った。
「監督、水面を走ってますよ?」
 アシスタントの一人が耳打ちする。監督はそんな言葉も耳に入ら無いほど興奮していた。出番を待っているスタント達がざわつこうとも関係なしだ。ただ彼の脳内にあるのは一つだけ。いいものが作れるのではないか、という期待だけ。
「坊主って水面を走るっけ?」
 ぱらぱらと台本を見ながら、台本作家が首を捻った。そんな事、自分が書いた覚えなど無かったからだ。
 霜月はすっと袖の中に手を入れ、中から手裏剣を取り出して投げた。水の上を高速で走りながら投げる手裏剣は、まっすぐに怪魚人の腕に刺さる。怪魚人の腕が機能を完全に停止する。そしてもう一度、「グオオオオ」と叫ぶ。その叫びが止まぬうちに、霜月はもう一度手裏剣を投げた。今度は頭に真っ直ぐに刺さる。
「どうして刺さるんですかねぇ?ああいう刃物が刺さらないような作りになってるんですけどねぇ。というか、寧ろ刃物なんて無い筈なんですけどねぇ」
 様子を窺いながら、大道具係が首を捻った。そのように作った覚えは、全く無かったからだ。
「むっ!」
 怪魚人が完全に機能を停止し、その体は倒れこもうとしていた。丁度、主人公の所に。
「キャー!」
 縁起などではない、心からの叫びを主人公は発した。皆が慌てて駆け寄ろうとしたが、それを監督は制した。彼の目には一人の存在が克明に映っていたからだ。錫杖を握り締め、主人公の前に立ちふさがる霜月の姿が。
「ふんっ!」
 錫杖を掲げ、その一本で霜月は倒れこんできた怪魚人を支えた。片手である。
「あれ、そんなに軽い筈は無いんですけどねぇ」
 大道具係はそう言いながら首を捻る。男性10人がかりでこの池まで運んできて、設置した怪魚人。それを、たった一人で……片手一本で支えている。
「すまぬ、許されよ」
 霜月は先に謝っておいてから、開いている方の手で懐から鋼糸を取り出す。それを投げつけ、巧に動かして怪魚人に巻きつける。
「絶対にカメラを止めるなよ!」
 監督が叫んだ。軽く興奮気味だ。
「召されよ」
 霜月はそう小さく呟いて、鋼糸をぐいっと引っ張った。一瞬のうちに怪魚人はばらばらにされてしまう。監督は突如立ち上がり、霜月のお陰で出番を失ったスタント達に向かって叫んだ。
「行くんだ!あの坊主を倒す勢いで!」
「どういう展開ですか?」
 眉を顰めながら台本作家が尋ねた。
「怪魚人の魂までもが分裂し、乗り移ったんだ!完全に消滅させてはいなかった!」
「それじゃあ、話がちょっと変わってしまいますよ?」
「構うものか!この勢いを止めるんじゃない!」
 メガホンをブンブン振り回しながら、監督は叫んだ。スタント達は一瞬顔を見合わせ、それから走って霜月に向かって行く。このドラマにおいて、監督の存在は絶対なのだから。
「何じゃ?」
(台本には、無かったと思ったがのう)
 ぱらぱらと見た台本に、『坊主、突如襲われる』の文字は無かった筈だ。勿論、ぱらぱらと申し訳程度に見ただけなので自信などは無かったが。霜月は暫く考え、それから構えを取った。主人公を背に守りながら。
「向かってくるのならば、相手をするのが礼儀じゃからのう」
 霜月は向かってくるスタント達を軽やかな動きで制していく。ある者は投げられた手裏剣により動きを封じられ、セメントの壁に貼り付けられる。ある者は急所に一撃であえなく気を失う。ある者は錫杖から変化した槍のついた九節棍により、綺麗に技を決められる。監督は霜月の美しい立ち回りに感動すら覚えた。そして、スタント達は皆倒されてしまった。
「あ、あのう……」
 主人公が持っていた札を差し出しながら、恐る恐る霜月に近付いた。霜月はくしゃくしゃになってしまった札を受け取り、微笑んだ。
「『音楽ぎふと券』の方が、好きなんじゃがのう」
「音楽ギフト券……?」
 主人公の疑問もそのままに、霜月は札を掴んだまま地を蹴った。そしてそのまま帰路を取る。もうすぐ、霜月が欠かさず見ている音楽番組が始まろうとしていたからであった。
(まだ今から急げば間に合う筈じゃ!)
 既にドラマの事は頭には無かった。ただ、音楽番組を見逃すまいとする思いだけが霜月を支配するのだった。

「はい、カット!」
 満足げに監督は主人公に近寄った。労いの言葉をかけ、それから尤も労いの言葉をかけたい相手、霜月を探す。が、霜月の姿は何処にも無かった。
「監督……あの人、本当に噂の坊主だったんじゃ……」
 誰かがぽつりと呟いた。誰もが真っ直ぐに霜月が消えてしまった見つめたまま。
「すいません、遅れました!」
 本来出るはずだった坊主姿の役者も、綺麗に無視されてしまったのだった。

 後日。『夜の帳に』第5話が放映された。リアルさの際立つ坊主のアクションが話題となり、またもや高視聴率を記録したという。そして何故か、音楽ギフト券を握り締めながらその公園を訪れる者が後を絶たないのだとも。
「今日も良い天気じゃのう」
 霜月は空を見上げ、その陽射しに目を細めた。増やしてしまった都市伝説が、まるで別次元の事であるかのように。

<都市伝説を増やしつつ・了>