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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


はるのおちゃかい

◆おばあちゃまのお願い
「もし、そこのもの」
 不意に声が聞こえ、昼寝をしていた草間武彦はうっすらと瞳を開けた。
 するといつからそこにいたのか、赤い袴をはいた長い黒髪姿の幼子がじっと武彦をみつめていた。
 体の輪郭(りんかく)がぼんやりと透けている。明らかにこの世をさまようもののようだ。
「おぬし、何でも解決する探偵だそうじゃな。すまぬがワシを成仏させてもらえんかの」
「は……?」
 顔に似合わぬ年よりじみた口調と、無遠慮な発言に、武彦はゆるゆると起き上がり、首をかしげる。
「そろそろ上の世界とやらに行ってみたいのじゃが、どうもうまくいかなくてのぉ」
 幼子はさびしげにひとつ息をはく。
 そのままほうっておくわけにもいかず、武彦は詳しい事情を彼女から聞くことにした。

 彼女の名は青海千鶴(おうみ・ちづる)。お茶の流派のひとつ、裏千家の免許皆伝者で、何人もの弟子を指導し、老後はのんびりと暮らしていたらしい。
 彼女は天寿をまっとうし、そのまま天国へと行くはずだったのだが……気がつくと幼き頃の姿でこの辺りをうろうろしていまっていたそうだ。
「まだこの世に未練があるということか。何かやり残したことはありませんか?」
「そうじゃのぉ。強いて言うなら『桜の野立て』かの。毎年、ワシの庭にある大きな桜の木の下でやっておったんじゃよ」
「よし、ならばその茶会をやってみるとするか……と、いっても俺達だけではさびしいな……」
 そう言いながら。ちらり、と武彦は電話に視線を移す。
「あいつらも呼ぶか……好きそうだしな」

◇正座おばあちゃま出撃
「春のお茶会ですか。それはよろしゅうございますね」
 武彦からの誘いを受けて、布川ジュン(ふかわ・じゅん)は喜んで茶席の準備を整え、会場へと向かった。
 すでに会場には武彦と千鶴の姿があり、二人でのんびりと桜を眺めていた。特にまだ準備されていないことに気付き、ジュンはどうしたことかと問いつめる。
「シュライン君と桐伯君が茶道具を持ってくるらしくてな。それを待っているんだ」
「ならば、待っている間に出来る事をしておきましょう。席の用意ぐらいできましょう?」
 正座のまま、ジュンはてきぱきと準備を整えていく。その姿は見ていてある意味こっけいだ。
「……しかし、あの姿。シュライン君がみたらどう思うだろうな……」
 正座をしたまま辺りをカサカサ動くジュンを見て、武彦はぽつりと呟いた。動く姿がまさにシュラインの敵である「あれ」に酷似しているのだ。
「……とりあえず暴れてくれないことを祈るばかりだな」
 
●闇夜の住民
 終電も近い駅の光を背に受けながら、森里しのぶは家路への道を急ぎ足で歩いていた。部活動が思いのほか長引き、帰ってこられたのがこの時間だったのだ。
「一緒に夕飯食べるって約束してたから、怒ってるだろうなぁ」
 夜空に親しき友の姿を思い浮かべ、しのぶは小さく息を吐く。
 ふと、闇の中を見なれた姿が通り過ぎたのが見えた。彼、すなわち水野想司(みずの・そうじ)は夜にとけこむような漆黒のマントをひるがえし、屋根の間を飛び越えて、街のあかりの向こうへと消えて行った。その様子をみやり、しのぶは眉をひそめて呟く。
「今の想司くん……よね? また変な遊びでも見つけたのかしら」
 また明日にでも聞けば良いかと、しのぶは再び帰途への歩みを進めるのであった。
 
●お茶会準備
 青海家にうえられた桜は開花予定より少し早くつぼみが膨らみはじめ、満開といわないまでも枝振りにふさわしいほどの花が開いていた。美しい春の風物詩をながめ、シェライン・エマはうっとりとした様子で声をもらした。
「こういう自然はいつみても気持ちがいいわね」
 野点の準備を整えていた九尾桐伯(きゅうび・とうはく)も確かに、と同意する。
「しかし、見事な庭ですね。さすがは日本文化を伝承するご家庭だけあります」
 庭の中央にある大きな桜を中心に、地面には緑豊かな芝生が敷き詰められ、人工的な小川が軽やかな水音をたてて池に水をそそいでいる。まさに、都会の中にある日本のオアシスだ。
「やれやれ、高級住宅街ってのはめんどうなものだな」
 深いため息をつきながら、武彦は裏口から姿を現した。
「ずいぶんと遅かったわね。どこまでいってきたの?」
「てっきりこの近くに店があるかと思ったら、駅2つ向こうに1件だけしかなかったよ。他は全部ビルやらマンションやら……茶菓子、よく分からなかったから適当に買ってきたが、よかったか……?」
 菓子袋のまま手渡し、武彦はござの上に腰を下ろす。
「おつかれさま。どれどれ、ちゃんと注文どおりに買ってきてくれたかしら……」
 シュラインは袋の中身をのぞきこみ、中にはいっていた小さな花びらの練りきりを取り出した。ひょいと口に放り込むと、甘いアンの風味が口一杯にひろがっていく。
「ん、美味しい。あと入っているのは……桜餅と、これはおはぎ?」
 一番奥にはいっていた、桐の箱の中にはアンが上に乗った餅が敷き詰められていた。アンの下に隠されたやわらかい餅ごと取り出して食べるものらしい。
「これは赤福餅っていうまんじゅうだ。伊勢神宮とかでよく売ってるだろう? ジュンさんがすすめるから買ってきてみたんだが……そういえば、当人は?」
 武彦はぐるりと見回すが、それらしき人影は見当たらない。一通りの用意を終えた桐伯がさりげなく応えた。
「ジュンさんならお茶に合う水を汲みに井戸の方へいかれたようですよ。あ、戻ってきましたね」
 かさかさという音に振り向くと、正座したままの老婆が恐ろしい早さでこちらに向かってきている。その姿にシュラインは思わず、けりの一撃をくわえた。老婆は器用に指を動かし、ひらりとかわす。
「おやおや、最近の若い方は礼儀と言うものがなっておりませぬ。このわたくしを何用にて蹴りつけるというのでしょうか?」
 水壷に水を移し替えながら、布川ジュン(ふかわ・じゅん)はじろりとシュラインを横目に見る。
「ご、ごめんなさい……あんまり『あれ』に似てたものだから、つい……」
 たしかに、正常の意識なら正座のまま高速移動されては無気味にみえて仕方ないだろう。少し質素な着物をまとうジュンが移動する様は、シュラインにとって最強の敵であるあの昆虫を思わず錯覚させてしまう。
「準備はそろったようじゃの」
 今まで桜の枝のうえでのんびりと桜を眺めていた千鶴がふわりと降り立った。
「では茶席をはじめるとしようか」

●思いがけない訪問者
 千鶴が物に触れられないため、席の主人はジュンが受け持つこととなった。弟子の誰かに身体を拝借するという手もあったのだが、千鶴本人がそれを許さなかったのだ。
「お茶に触れずとも茶席の楽しみは十分味わえるでのぉ。それにこうやってもう一度桜を眺められたのが、ワシにとってなによりの喜びじゃて」
 千鶴はうっとりと見事な桜を見上げて言う。
「……波長が合えば、俺の身体をかしてやってもいいんだがなぁ」
 末の席に座っていた武彦は申し訳なさそうに言った。
「しかたありません、そればかりは私達ではどうしようもありませんから」
 器用に餅を切り分けて、桐伯は1つ1つ味わって茶菓子を堪能(たんのう)している。
「この甘さ……しつこくなく、さらっとしていつつもしっかりとした味わい……これはお酒にも合いますね」
「辛口の日本酒なんか良いんじゃない? 結構一緒にだしてくれる居酒屋とかあるわよ」
「なるほど、私の店でも出してみましょうか。旬を楽しむにも丁度良いですしね」
 どの酒には何の菓子が合うかと討論する二人を眺め、千鶴はにこりと微笑む。ふと、桜の根元が妙に膨らんでいる事に気付き、不思議そうに首を傾げる。
「あそこになにかいらっしゃるみたいですね」
 ジュンも千鶴同様、異変に気付いていたらしく、いぶかしげに根元を見つめている。
 その時だ。根元の地面からひょっこりと想司が顔を出したのだ。
「みなさんお待たせだよっ☆桜の木の下って…昔から死体が埋まってるって有名だけど、そこでお茶会をやるってことは、今回の目的は肝試しなんだよね!」
「……は?」
 目が点になっている一同をよそに、想司はさらに言葉を続けていく。
「僕、今日の為に一生懸命、竜っちと地面の中を探し回ってみつけてきたんだよっ。ただ……まだ動いてるものを見つけるとうっかり襲ってくるから、厳密にいうと死体じゃないかもしれないけどね。待ってて!直ぐに連れてくるからっ☆」
「ちょ、ちょっと……持ってくるって何を!?」
 シュラインの言葉も空しく、想司は再び地面の下へと姿を消して行った。程なくして、虚ろで土気色の生き物を抱えて、穴からはい上がってきた。
「ほら、とれたてピチピチだよっ」
「っんな無気味なモン持って来るんじゃないわよっ!」
 シュラインは間髪いれずに想司が運んできたものをハリセンで叩き飛ばす。だが、想司はシュラインの攻撃をかわし、次から次へと動く死体を運んでくる。死体と言っても、動物がその殆どだったが、それでも十分その場にいた者達を驚かせた。
「……あんた、いい加減にしておきなさい!」
 いままで傍観いているだけだったジュンがぎろりと想司を睨みつけた。途端、何か見えない力にしばりつけられ、想司は身動きが取れなくなる。
「大切な茶会の席を台無しにして……その罰はおおきゅうございますよ!」
「むむむ……こんなものっ!」
 半分意地になって、想司は強引に金縛りから逃れようとする。だが、それにかなうはずも無く、むしろ抵抗する姿にジュンの怒りをかい、さらに事態を悪化させていたのだ。
「泥まみれのうえ、土足で茶席に出ようなど言語道断です。それになんですか、先程のような不快なものを見せびらかそうとは……恥を知りなさい!」
「ええっ!? 肝試しにはこういうのがいるのが当然だよね? なに怒ってるの?」
 きょとんと首を傾げる想司。自分のしでかした事にまったく悪気はないようだ。それだけにことさら、たちが悪いのでもあるが。
「あ、そうだ。ついでにねこんなのも見つけてきたんだ」
 想司は丁度手の中におさまる程度の木箱を取り出した。泥まみれで木が少し腐りはじめている。何十年もの間、土に埋められていたようだ。蓋を開けると、中には桃色の花模様がちりばめられた白い抹茶茶碗がおさめられていた。
 はっと目を見開く千鶴に、シュラインは問いかける。
「知ってるの?」
「これは……ワシが初めてお茶を立てた時に使った碗じゃ。こんなところに隠しておったのか……すっかり忘れておったわ」
 
●最期のお茶
 桐伯が奏でる和笛の音色が辺りに静かに響き渡る。春の柔らかな風が咲き始めた桜の枝をわずかに揺らす。
 千鶴の希望で、茶会の締めとして白い抹茶茶碗でお茶をたてることにした。丁寧に水洗いした後、一時だけ家族の者に取り憑かせてもらって、千鶴は自分の手でお茶を立てはじめた。
「お菓子おかわりーっ!」
「……もうちょっと味わって食べては頂けませんか?」
 ジュンは困った風にため息をはきつつも、想司に菓子を与えてやる。
「はい、お茶もあがりましたよ」
 千鶴はことり、と抹茶茶碗を想司の前に差し出す。
「どうぞ召し上がり下さい」
「いっただっきまーっす☆」
 想司は一気にお茶を飲み干した。ほんのりとした甘さと苦さが口一杯に広がり、和菓子で甘くなった口をさっぱりとさせてくれる。
「抹茶って苦いーって思ってたけど、これは甘いんだねっ。びっくりだよ」
「お抹茶はたて方一つで味が変わるんじゃよ。良いたて方ならことさら甘くなるというわけじゃ」
「そうですね。コーヒーもいれかた一つで味が変わりますし、やはりより理解のある分、良い味がだせるのでしょう」
 演奏の手を少しとめて、桐伯は受け取ったお茶を堪能する。
「桜の下でこういうお茶を楽しむのも悪くありませんね」
 満足げに笑みを浮かべながら千鶴はその場に崩れ落ちた。とっさに傍にいたジュンが抱き起こしてやる。
「……どうやら満足されたようです」
 取り憑かれていた女性がそう答えた。その言葉に一同安堵の息をもらす。
「もしかしたら、この茶器を探していたのかもな」
「でも、自分でも忘れていたわけでしょ? ちょっと違うんじゃない?」
「そうとも限らないさ。記憶と意識というのは少し違うものだからな」
 そう言い、武彦は残っていた抹茶を一気に飲み干した。

●嬉しいおみやげ?
 抹茶茶碗は千鶴の眠る仏壇に供えられた後、彼女の後を引き継いだ娘に渡されたらしい。こういった食器類は使ってこそ意味のあるものだという武彦の意見からだ。弟子からは少々意見があがったが、千鶴もそれで浮かばれるだろうという言葉に納得してくれたようだ。
 それからしばらく、草間興信所には昼食後に必ず、お茶の時間がつくられるようになった。千鶴の霊を成仏してもらった礼にと、和菓子が毎週のように届けられてくるからだ。
「送ってくれるのは嬉しいけど、こうも続くと太っちゃうかしら」
 渋めにいれた玄米茶をすすりながら、シュラインは苦笑を浮かべる。
「せっかく頂いたんだし、そのままにするのは悪いだろう? あ、ケイオス・シーカーで客に配るってのはどうだ?」
「お客さんに配るにしては量が足りませんよ。常連の方だけにサービスというわけにはいきませんからね」
「むう……美形バーテンダーの酒場を甘くみてはいけないか……」
「と、いうより。こうやってお茶の時間が作れちゃうこの事務所が問題なんじゃない?」
「いや、ここが平和なのは世の中が平和と言うことだ。むしろ喜ばしいことじゃないか」
「……今月こそ給料、ちゃんと頂きますからね……」
 ぽつりとシュラインは呟く。肩をすくめながら、武彦は小さな笑みを浮かべるのだった。

終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 /  PC名   /性別/年齢/ 職業】
 0086 /シュライン・エマ/ 女/26/翻訳家&幽霊作家
                     +時々草間興信所でバイト
 0332 /  九尾・桐伯 / 男/27/バーテンダー
 0424 /  水野・想司 / 男/14/吸血鬼ハンター
 1281 / 布川・ジュン / 女/67/茶道の師範
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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。「はるのおちゃかい」をお届けいたします。
 この季節、実は花見どころじゃない花粉症ぎみの谷口だったりします。外にでるのが激しく辛い……
 
 布川様/この度はお茶会にご参加頂き有り難うございました。縦横無尽に正座で駆け巡るお姿をちょっぴり拝見してみたいなぁと思いつつ、でもやはり柄ではないのだろうと、ちょっぴり複雑な気持ちだったりします。
 
 千鶴おばあちゃんにとって最期のお茶会はとても楽しかったようです。きっと、上の世界でも再開した友人と共にお茶を飲みながら、今回のお茶会のことを話していることでしょうね。
 
 それではまた次の物語でお会いしましょう。
 
 谷口舞 拝