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<PCシナリオノベル(シングル)>


鬼社

・序

鬼。
本来の言葉は「隠」と言う。
山に隠れ棲み、山の樹海で育ち野を駆け巡る血族。

何時からだろうか。

隠れ棲む人々が「隠」から「鬼」と呼ばれるようになったのは―――。


・草間興信所

「客?」
草間は怪訝そうに来客だと告げた少女―――雫に問い掛ける。
「うん。……通してもいい? 一刻を争うの」
雫の真剣そのものの表情に草間は「ああ」とだけ言うと
通された来客を見た。
一瞬、眼鏡がずり落ちそうになるがそれは生来の職人根性で何とか持ち直す
事に成功したのだが……なんと、来客は小さな子供―――少年だったのである。

「…どうしたのかな?」
「あの…お願いがあるんです」

少年は涙目で、皺くちゃになった数枚の紙幣を握り締め草間へと「お願い」を話し出した。
訥々と。
時に泣きそううになる己を叱咤しながらも。

事の起こりは、つい先ほど。
少年はいつものように数人の友人達と「入ってはいけないよ?」と言われる神社で遊んでいた。
あまり陽も差さず鬱蒼としている神社であったけれど、その雰囲気ゆえにだろうか。
色々な隠し事をこの神社では持ち込む事が出来た。
赤点のテスト。
親に見つかると没収されそうなもの。
担任の悪口。
凄く大事で大切だった場所。
なのに。
1人の友人が、神社の大木に掲げられてる注連縄を切ってしまった時。
予想しない者が現れたのだ。
綺麗な、女の人。
が、頭には角があり人外のものだと暗に知らしめているような。
そして友人はその鬼に捕まり……自分達はただ逃げた。
怖くて、どうしようもなくて。

「でも、僕は……それじゃ駄目だと思って。だから…ここに来れば何とかなるって…」
止め処もなく溢れる涙。
草間は安心するように頭を撫でた。
「…解った、依頼を受けよう。さあ、誰か依頼を受けるつわものは居ないか?
困った奴を見捨てられるような奴は居ないと俺は信じてるぞ?」
「じゃあ、俺が行くよ。何、倒しちまえば良いんだろ?」

草間の問いかけに1人の少年が立ち上がる。
赤い髪に銀の瞳と言う色合いが、何処となく炎を思わせるような少年だ。
少年―――鬼柳・要は少年と草間へ、にっと笑いかけると「さ、場所は何処だ? とっとと
行ってその大事な友達とやら助けちまおうぜ?」そう言い歩き出した。
ぱっ、と輝くような笑顔になり後を追う少年と草間の「気をつけていって来いよ?」と
言う言葉がただ、その場所へ刻まれた。



・道行

「で? 神社ってのは何処なんだ?」
後ろを付いてくる少年に振り返りながら要は問う。
先ほどから方向に何の確信もなく歩いてしまったけれど少年が「違うよ」と
言わないのはこの方向であっているからなのだろうが…いかんせん、どの神社の事なのやら
皆目見当もつかない。
少年は早足で歩きながら「この方向まっすぐで良いんだよ」と真剣な表情で告げる。
今、友達がどうなってるか考えるだけでも不安なのを隠すように。
安心させるように要は少年の頭をぽんぽんと撫でる様に触れた。
ぎこちない、笑みが要へと返される。
「ねえ、お兄さん」
「何だ?」
「…鬼はどうして角があるの?」
「は?」
「鬼は角があるけれど…それ以外は人と同じなの?」
「……どうだろうな、姿は似てても鬼とかああいうものは俺らより長生きだと言う。
それは人に似せた、が、違う生き物であると言う印の角の所為かも知れないし別の
何かが理由にあるのかもしれない……俺らには永遠に解らない問いの一つだな。
ところで鬼は…女か男か?」
「………女の人」
ちょっとした沈黙から答えを無理矢理出すように少年は答えた。
綺麗な、女の人だったと思う。
だが、何よりも先に恐怖が立つ。
自分達とは違う、存在だから。
だから『怖い』。
「そっか……なるべくなら綺麗な女性でない事を願いたいな。
…とと、鳥居が見えてきたな。あそこに友達はいるわけか……」
「うん。あれを抜けると神社があって、そこに大きな、大きな樹があるんだ。
……多分、まだ其処にいると思う」
「解った。じゃあ、ここで待っててくれ。何、すぐに友達を連れてきてやるよ」

要の銀の瞳が陽の光に照らされ白刃の刃のように鋭く、光った。


・鬼封じるは鬼。

古より、鬼を封じるには鬼が戦うと言う。
それは何故か。
人には何故不可能なのか。
異端者ゆえに。
異端の能力ゆえに人には解せぬ闇の使徒。
それゆえに。
鬼の力を借り人は鬼を封じる。
いつ、消えてしまうか解らぬ口伝えとともに伝えるのだ。
曰く。
『あそこの社にある注連縄にだけは触れてはいけないよ』と。
―――鬼が来るよ。
隠されていた『隠』が来る。


・隠れ棲む

女は1人、少年の首筋を撫でた。
つぅっ…と一筋、赤い血が流れる。

「……さて、来るだろうかのう……? うぬの大切な「友達」とやらは……」

歌うような声に捕らえられた少年は声もなく眠るばかり。
女の着ている着物はまるで血で染められたかのように赤黒く。
が、裾の部分が白い事からそれらは多分最初は…純白の質の良い着物であった事を伺わせた。

ざわざわ、ざわざわ。
何かを告げるように大気が揺らめく。

赤い髪、銀の瞳の少年の姿が女の脳裏へと刻まれる。

「来たりしか……?」

何の迷いもなく女はある所へと手を振り上げた。
空を裂く烈風が生まれ、それは―――要のすぐ近くにあった樹を切り倒した。
瞬時に両者の目が合った。
樹の上に居る女と、抱かれた眠ったままの少年。
その下に居る要と。
空気が、凍りつく。

「…これはこれは。件の方が美人でない事を俺は天に願ってたんだがね」
「願いと言うのは何時の世も叶わぬもの……少年よ、まず儂は問おう。
何故に此処へ来たりしか?」
「何故? 決まってる、友達が心配で泣いている子を見捨てるんじゃ男が廃るだろ?」
要は刀―――焔鳳を抜くと女へ斬りかかる様に高く、跳んだ。
キィィンッ。
まるで蝙蝠がだすような超音波が場に満ちる。
が、女は眉一つ動かさずに素手でそれらを撥ね返した。
「無粋な。…儂が問うておるだけに留めておるのだ。問いのみに答えよ」
「これは笑止。無粋って言うのは子供を攫う女にこそ相応しくはないか?」
「ほう……? 中々に面白い事を言う。名は何と言う、少年よ…覚えておいてやろう。
後の仲間に語れるようにな」
にっ、と要は不敵に笑う。
「鬼柳、鬼柳 要。…が覚えておいて貰うために言った訳ではない。
名前すらわからぬまま死ぬのではあまりに憐れだ」
くっ…と綺麗に女の唇が上がった。
けたけたと、気味の悪い高笑いが響く。
「あーはっはっは!! 鬼が何故、柳の下に居る! 柳の下に棲むのは翁のみ!
鬼の名を冠するのであれば邪魔立てするでない!」
少年を抱いたまま、女は手を数度振りかざし跳んだ。
風が刃となって要へと向かう。
が。
轟、と何かが風の中で唸りをあげる。
真紅の焔。
要は再び、にっと不敵に笑った。
「鬼は何処にでも居るものさ。柳の下に居るのは翁ばかりとは限らん。
それにそれは……古典の世界の話だろう? その子を離せ、今すぐに」
「ならん……漸く食事にありつけるかも知れんのだからな。どうしても、と
言うのであれば儂を倒すしかない」
まるで舞うように女は樹から下りる。
圧倒的な力が女から漂った。
陽炎のように、ゆらりゆらりと。
「やってやるさ。依頼は守る…依頼人もその身辺も同様に護る…それが俺の信条だ!」
剣を振り上げ要は女へと向かっていく。


・果てに見えるもの

要と女の戦いはかなりの時間続いた。
女は手をかざし、風を呼び要は焔を呼び焔の名を持つ剣で斬りかかる。
戦いではなく、まるで舞を見ているかのような秀麗な動きに、もしこの場に
居るものが居たら溜息をついていた事だろう。
どちらの能力も同等。
切り裂かれ、斬りかかる度に新たな昂揚感が生まれてくる。

(………楽しい)

不意にそう思う。
命ギリギリの線で戦う事が楽しくて仕方が無いと。
目の前の女を倒すよりも長時間の戦いの末に楽しさを感じてしまっている、なんて。
倒さなくてはならないのに。

そんな要を見透かすかのように女は歌うように囁いた。

「…楽しいだろう? 少年よ。儂も同じだ…楽しゅうて仕方ない……
こうしてギリギリの線で生きることこそ我らが鬼の定めなれば」
「………?!」
「驚く事は無い、我らはそのように出来ているのだ…あっはっは!!
戦って戦って、露と消える隠れ棲む者よ!」

風塵が舞い要の視覚を奪う。

「違う!!」

叫ぶ。
絶対に違う。
そのように出来ている、だなんて断言できるはずが無い。
絶対はありえない。
決められているものも同様に。

「……そのような定めならば斬って捨てる!」

瞬間。
凄まじい焔が要の体から放たれた。
その焔は風塵を作り上げていた女の身体へとぶつかり……女はずるずるとその場に、倒れた。
驚き、駆け寄っても立ち上がりそうな気配すらない。
赤い鮮血はまるで焔のように女の着物を更に染め上げていく。

「……ふふ、見事だ…と言っておこうか」
「…なんで、避けなかった?」
「避ける暇などありはしなかったよ…気付いているのだろう?」
「…………」
「妙な顔をする、貴様が勝ったのだ…嬉しそうにせい」
切れ切れの息の中で女は微笑む。
まるで、母親が子供に向ける笑顔のように。
要はそっと女の手を握った。
「ああ、そうだな。俺は俺に対しての信条と約束を守った」
「…そうだ。封じられてやる……早くせよ」
「ああ…何か最後にいうことはないか?」
「……何時の世も我等は異端だな…だが、我等は人と違い…約束は守る種族だ。
ずっとずっと、封じられたままならば文句も言わぬものをな……忘れるのは人だけ、か」
「………すまん」
「これは奇妙な。鬼が鬼に対して謝るとは……」
キィンッ。
刀は焔へと転じ……女の身体は一つの…綺麗な赤い勾玉となって地に転がった。
「……依頼、完了」


"忘れるのは人だけ、か"

女の最期の言葉が要の中でただ響く。

どちらが正しいのだろう。
伝えを忘れてしまう人か。
それとも永い時を生きる鬼か。

だが、何が正しいかどうかなど結局誰にも解りはしないのだ。
封印をとかれ怒る鬼と逃げ惑う人に明確な違いがある限りは。

要は勾玉を拾うと樹の上で眠り続ける少年を起さぬようにそっと下ろし神社を後にした。

もう此処に。
鬼が出る、事もない。




―End―