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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

 ただ、待てと。
 彼の月は、そう告げた。

 人の流れは絶え間なく、滞らずに眼前を過ぎ行きる。
 夜籐丸星威はひたすらに…それこそ朝の始発から昼を少し回った今まで、駅の出入り口を見渡す広場の一画に座っていた。示された日、場所でただひたすら。
 ご主人様の帰りを待つ忠犬のごとくの行動だが、それにしては眼光が鋭い。
 星威が、仕える主人に占いを請うのは珍しい…手がかりはなく、姉に縁深い者に会いたいとだけの言に、告げられたのは今日、この場所で出会えるだろうという託宣。
 その日最後の占を終えた彼女は、水干姿の水色を胸に抱いた水晶球に映して、少し目を伏せ、問うた。
「その者は、ヒトなのですか?」
と。
 それを確かめる、必要もある。
 道行く人々を一瞥、というには強い金の視線で捉え、ただの一人として見逃すまいとする…髪と同色に黒のシンプルな革コートにセーターとスラックス、薄手のウールのみをグレイに、色合いの乏しさを補うような瞳が、整った容貌に更に力を与えて妙な迫力を持って声をかける者はなく…もない。
「ねーねー、オニーサン朝からずーッとそうしてるよねー?」
アクリルに透明なアクセサリーをジャラつかせた…どうやら近隣の高校の制服を来た少女が二人、星威の前に立った。
「アタシらー、ガッコぶっちしてヒマしてんだー、お金ないから何かおごってくんないかなー」
脱色した髪に年齢にそぐわない濃いメイクに、近頃の若い者は…と祖父の口癖が脳裏を過ぎるが、口には出さずに済んだ。
「人を待っているので、ご辞退する」
それは丁重な口調と態度とでのお断りに、少女等はきょとんと顔を見合わせた。
「ジタイってナニ?待ってるっても、ずーッとそーしたまんまじゃん」
「もう来ないって。アキラメてアタシらと遊びなよー」
なおも食い下がる…というより、日本語が通じているのかが疑問な二人に、どう言葉を選べば通じるか…と頭を悩ませかけた脇から、声がかかった。
「あんた今幸せ?」
間に割り込む、というより星威にだけ真っ直ぐに向けられた声と視線。
 少女達がそちらを向くのに星威も倣い…口中に小さく呟いた。
「さすがは、月姫様」
 其処に立つ男のあからさまにアヤシさに、少女の片方が鼻の頭の皺を寄せる。
「ナニ、シューキョー?」
 見事なまでの黒尽くめの上、あまり陽に当たってない風な肌から覗く鈍い銀のアクセサリーにも彩りの乏しさを目立つのに、ご丁寧に季節外れな円いサングラスで目元を隠して胡散臭い姿の…黒革のロングコートには見覚えがある。
 惨憺たる有様で姉の部屋の壁にかけられた…縁ある者が身につけていたと思しきコートとあまりによく似た雰囲気で。
「あ、悪ィ悪ィ」
ヒラヒラと手を振って口許の笑みに軽い謝意を少女達に向けるのに、星威は立ち上がり、男の傍らに歩を進めた。
「私の待ち人が来たようです」
「ゴメーン、待ッタ?」
男は軽く眉を上げると、気安い冗談を交わす間柄のように作り声にそう言うと、星威の肩に手を置いた。
「このコ等、誰?オニーサンと遊ぶ?」
にぃ、と笑う男を窘める口調で星威は耳元に口を寄せる。
「私は後回しですか?」
「好物は最後にとっとくもんだろ」
親しげに会話を交わす、顔の位置が近い。
 少女達は互いに顔を見合わせると、黄色い声を上げその場から駆け去った。
「………『初めて見ちゃったー♪』ってナンだろな」
手をにぎにぎとその背を見送り、捨て台詞を真似て男はちょっぴり遠い目をする。
「何でしょうか」
星威は天然で分かっていない。
 取り敢えず、難とはいえなくもない難を脱した礼を述べる。
「助かりました、ありがとうございます」
「いやいやなになに」
男は両手を上げて、星威を制するように謝意は無用と態度で示す。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
逆ナンパがただのナンパになった瞬間だった。
 ある意味、一難去ってまた一難…沈黙に見つめ合う男二人を通行人が遠巻きに見ては去っていく。
「誘うならば女性の方が宜しいのでは?」
最もな星威の言に、「あ、そうか」と男は手を打つが、片頬で笑うと表情の半分を覆って隠す濃い遮光グラスをずらした。
 その下、僅かな細さに鋭く…まるで不吉に赤い月のような色の瞳が現れる。
「ホントはあんたがあんまり目ェ引くもんだから、つい声かけちまったんだケド」
邪魔だったか?とこちらが困惑していたのを認めていながらの問いに、星威は金の瞳を紅い眼に据えると、簡潔に告げた。
「ご一緒しましょう」


「またここか…」
一番手近…ではないが、以前、姉に聞いて面白そうだと思っていた喫茶店に伴うと、ピュン・フーと名乗った男は何故か渋面になった。
 白とピンクとを基調にしたファンシーな色彩の店構え所々アクリル製の星のオブジェが飾られ、備え付けの砂糖壺の中身の角砂糖は星型…そんな徹底した経営理念の追求がメニューにも現れている。
 そのメニューは、天の川を思わせて斜めに紺色の川に散らばる「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら。
 特に添え書きがあるワケでなく、その名だけで如何なる料理が出てくるのか掴めない。
星威は問いと共にピュン・フーにメニューを差しだす。
「星威は見ねェの?」
初対面の相手も名で呼ぶのが癖なのか…それを不快に感じさせないのは笑顔に惜しみのなさで、ピュン・フーは星威から自分を呼ぶに際して注文をつけた。
「ピュン君やフーちゃんは不可。あだ名みたいなモンだから敬称も要んねーからな。納まりも悪ィし…ただピュン・フーとだけ呼ぶよーにOK?」
とくとくと語るに、余程に嫌な思い出があるのかそれとも単なる拘りか。
「了承しました」
との星威の意に満足げに、ピュン・フーはウェイトレスを手で呼ぶと、「スウィート☆ミルキーウェイ」に「アンバー☆ネビュラ」を注文する。
 ブレンドで、と妙な名での注文は無難に控えた星威はおしぼりのビニールを剥いた。
「ご存知のお店でしたか?」
問いつつ、左手に着けた黒い皮手袋はそのままに手を拭う。
「前に一度、女の子と来た店だもんで」
ならば、今の注文もその時に頼んだ物かとあたりをつける。
「取らねぇの?」
言葉に接いでピュン・フーはちょん、と自らの左手を右手の指で示して次の星威の手を指した。
「はい」
答えは短く、何の説明も加えなかったがそれで足りたようで、ピュン・フーは「そっか」の一言のみで済ませる…どうにも、奇妙な仁である、星威はそんな印象を抱く。
 今はテーブルの上に畳まれた黒のサングラスに、晒された赤い瞳は紛う方なき東洋人の風貌には異彩、としか言い様がない…最も、金の瞳を持つ自分も他者の目を介せばそのように取られているのかも知れないが。
「いつも、ああいう風に声をかけていらっしゃるのですか」
「人は選ぶぜ?」
お冷やを口に運び、星形の氷をガリと噛み砕いてピュン・フーが続ける。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?」
普通、と言う言葉に言下に違う意味が込められているのを肌で感じ取る。
 それを鋭敏に知覚するのは、革手袋で封じた左手の、夜籐丸の血に顕れる異能の為か。
 笑んだままで、何処までが本気か計れないような断定に続く問いに、星威は特に感情を見せずに反対に言葉を返した。
「それが何か?」
肩すかしをくらった風で、ピュン・フーがガクリと擬音を口に肩を落とす。
「あっさりしてんなぁ、星威は。ま、興味あンだよ。そういう人の、」
眇められた目に、目が真紅に染まったかのような錯覚。
「生きてる理由みたいなのがさ」
トン、とテーブルに置かれた硝子のコップはすでに空だ。
 星威の答えを待ってか、こちらを見つめたままの紅い瞳に、星威は小さく吐息を吐く。
「やはりあなたが…」
断片的に、重なるイメージは黒と赤。あまりに近しいそれに、彼が占に出た探し人だと、断じる。
「お待たせしましたー♪」
その頭上から明るい声に、ウェイトレスが注文の品を運んできた。
 まず、星威の前に珈琲を置き…
「こちら「スウィート☆ミルキーウェイ」に「アンバー☆ネビュラ」です♪」
この冬の最中に何故やっているのか裏拳でツッコミたい…氷白玉にコーヒーフロートである。
「やっぱりこう来たか…」
うんうん、と腕組みに頷くピュン・フー、注文を間違った様子ではない。
「…………寒くはないですか?」
星威が思わず問うても罪はなかろう。
「冷たい方が痛まねーじゃん」
早速、匙で掬い取ったバニラアイスを口に運んで首を傾げる。
「ん?なんか前にしたよーな会話だな…」
 真意の計れない答えに、星威は左手で湯気を上げるカップの側面に触れた。
 皮手袋越しに包むように…発現する、力。
 青白さに熱を奪う焔、開放すけば太刀の姿をとるそれは、珈琲の温度を氷結寸前まで一瞬に下げる。
 急激な温度変化にカップの表面が霜ついて、微細な氷の粒子が手袋についた。
 冷やしたそれを口に含むと、キンと冷えた香りに喉の奥深くまで滑り込むのが知覚出来る。
「確かに」
胸の奥までがシンと冷え込むのは錯覚だろうが、持て余す熱を押さえようと思えば有効なのだろう、と何故か無意識にそう判じて呟く。
「へぇ、やっぱ普通じゃねぇな、星威」
その様を特に驚くでなく興味深く眺めていたピュン・フーは、満足げに、そして楽しげに破顔した。
「…先ほどの質問ですが」
星威はソーサーの上にカップを戻す。
「私が生まれたことに意味が在ると信じるから、でしょうか?」
生きる、というそれ自体に。
「その意味は、東京だけにあんのか?」
ザクザクと氷を突き崩して白玉を発掘するピュン・フーの切り返しに咄嗟、考えが及ばない。
「……どうでしょうか」
「場所に構わねぇんなら」
ピ、とスプーンの先で星威を指し。
「姉さん連れて東京から逃げな」
「……お気付きでしたか」
眉を顰めた星威に、ピュン・フーはくつくつと笑った。
「夜籐丸、なんて苗字そうそう転がってねーよ。気付かない方がおかしいじゃん?」
ほとんど一息、の勢いでフロートのコーヒーを飲むと、ピュン・フーは眉を顰めて胸元を押さえる。
「最近、人使いが荒いなー」
ぼやいて内ポケットから携帯を取り出し、着信だけを確かめるとそのまま席を立ち…身を折って星威の眼差しの位置に視線を合わせた。
 至近に見る瞳の紅は笑ってはいるが芯に鋭い一点を宿す。
「そんでもし死にたけりゃ…も一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束を一方的に請けおい、ピュン・フーが笑む。
「苦しみたくなきゃ、是非にご用命の程?」
更に楽しげに深めた笑みに、犬歯が目立つ。
「じゃーな」
伝票を取り上げたピュン・フーはヒラ、と手を振ってあっさりと背を向けた。
 その背を止める事はせずに見送り、星威は呟きを洩らした。
「姉上の嗜好が理解できない訳ではないですが…」
同性の自分から見て、そう悪くはないと思う。
 が、それに相対するように、紅い瞳はどこか危うい均衡を…死の香りを感じさせて不吉な感ばかりを与えるのに、印象に残るのは笑顔ばかり…笑顔、だけ。
 奇妙なギャップ。
「ヒト、なのでしょうか」
その真性を見極める事が出来なかった。
 だが、姉を気にかけてない様子ではない…縁があるとすれば、それこそ運命に絡むのであれば、星威にそれを止める手段はない。
 けれど。
『危険な気がするのは思い過ごしでしょうか…?』
吐息をつく。
 どんな強い力があろうとも。
 手の届かない場所で大切な人が傷つかないよう、祈る事しか出来ない事も、ある。