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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍姫

■始■



少女は、厳かに告げる。静謐に、一言一言を噛み締めるように、のっぺりとした笑顔を貼り付けたまま。
ざァァァァァ……という不愉快なノイズに、少女の声はかき消されることなく、鼓膜へと滑り込んでくる。
いっそ耳が無ければ、貴方はそう思いながらも、動くことができないでいる。
始まりは一本のビデオテープから。ポストに投函してあった、宛先すら書かれていない小包。
その夜は、雨が降っていた。雨音に耳を傾けながら、ビデオデッキにセットする。
その時に気付いていれば良かったのだ。これはおかしい、と……。
だが遅く、どこかで見たような……そうあれは映画の、呪いのビデオのように、微少を浮かべた画面の中の少女は告げる。

「……龍が生まれる」

その意味がわからずに、ただ潜在的な恐怖から視線を外すことですら躊躇われる。
湿った空気に錆び鉄の匂いが混ざり、やがて歯の根がカチカチと音を立てだした。

----次の日、貴方は不可解なビデオの相談を持ちかけるべく、知人の草間のところへと出向いた。




■ 0α0 ■



「龍を育てる……?」
 その通りです。眼前の少女は、きっぱりと断言した。
 前回の来訪の翌日----少女はまたもや、突拍子も無いことを切り出す。しとしとと小雨が降る日だった。どんよりと地上を覆う灰色の雲から、無数の筋が景色を斬りつけていく。建造物はみな心なし落ち込んだように肩を落としているような、そんな暗鬱になる空模様。
 だが変わらずに、少女はそこに居る。
 そのことに多少の理不尽さを覚えながらも、彼は足を組み直した。窓から見える高層ビルの群に、不快感を感じる。
 いつもの感情。いつもの感覚。そして慣れない存在感。
「無理だな」
「どうしてです?」
 即座にきっと鋭く睨み付けてくる少女に、彼は肩を竦めた。
 同時に、彼女の行動力----いや、想像力か?----もしくはその両方に、内心で吐息を漏らす。説明するのは簡単だったが、それでも彼女がその事実を知ってどう動くのか、彼には想像もつかなかった。
 分からないことも多く、分かっていることも多い。
 少なくとも----
「その龍が、みなもちゃんに懐いてるってのは分かるんだけどな…」
 鬱になりそうな気分を本能的に押し殺しながら、柔らかいものが自分の心臓に突き刺さるような気持ちで、彼はそれを認めた。
「龍って可愛いですよね」
 海原みなもが龍----大きさを変えられるらしく、今は体調30センチほど----の頭を撫でてやると、龍の紅い瞳が細められる。まだ存在の認識が希薄らしく、龍は音を一切立てないが、それでももう少し大きくなればそれなりに巨大になるのだろう。
 じっと龍を数秒間見つけて、思う。
(可愛い……と言えなくもないか…?)
 以前、零にネックレスをプレゼントしたら「趣味が悪い」と言われたことがあるので、自分の感性がアテになるとは思えないが。
「そいつを育てるのは危険だ」
 胃の奥に何かが蓄積されていくのを甘受する。少女の目がいっそう険しくなるのは、確認するまでもないが、とにかく彼は迷った。
「どういうことですか?」
 逡巡する。果たして話していいものだろうか…龍を発見したことで、既に事件に巻き込まれたといえる。だが、間に合うのではないだろうか?全てが「終わった」ことにして、今ここで全てを投げ出してしまえば、彼女は安全ではないのだろうか?
 全ての思考は一瞬にして浮上し、彼は全てを一瞬で一蹴した。
 違う。
 重い気持ちで呟く。
 刹那、
「----------っ!?」
 決して見えない、だが確定している驚異。反射的に動いた身体が、みなもの細い身体を床へと押し倒した次の瞬間。

 ガッシャーン!!

 ガラスが割れる盛大な音と共に、一瞬前まで彼らが座っていたソファーが弾ける。
「きゃっ……!」
 恐慌状態に陥る前に、息を殺す。すぐ手前に着弾する弾丸にぞっとしながら、それでも彼女を引き寄せられたのは、彼女がずっと龍を抱きしめていたからだ。龍を護るようにして身体を丸めている彼女の身体を左手で強引に抱き寄せて、本棚の影へと隠れる。
「な、なに…っ!?」
 事態を把握しないままに、彼女のあげた声が鼓膜に滑り込んでくる。悟られないように舌打ちして、彼は状況を把握しようとした。
 狙撃しているポイントは予想がつく。というよりも、一カ所しかない。目の前にある、工事の途中で廃棄された廃屋のビル、その最上階。その場所からしか狙撃出来ない建物を、選んだのだから。警察に通報され、実際到着するまでには最短でも10分程か、そしてヤツラは、それより速く自分達を仕留めなければならない。そして、あの狙撃ポイントでは部屋の奥まで弾丸は届かない----------
「………くっ!!」
 咄嗟に、草間は本を掲げた。ずん、という手応えと共に、何かが落ちる。背筋が泡立つ恐怖に呑まれそうになりながら、それでも草間は本棚の影からはい出した。
 狙撃はやんでいる。
 変わりに、本棚の真横----今まで自分が居た場所の目の前に、全身を黒で包んだ男が立っていた。大きなコンバットナイフが、ぬらり、と輝く。
 見ると、男の足下にまっぷたつに切断された広辞苑が転がっていた。その片割れは、もちろん草間が持っている。先ほど広辞苑でガードしていなかったら、あそこに転がっていたのは草間の首だろう。
 確信的な恐怖に足がすくむ。少女のほうに目を向けると、彼女もほぼ状況を把握したようで、龍を胸に抱えて黒ずくめを睨め付けていた。
「龍を守れ!!」
 それを彼女が聞いたのかも定かではない----とにかく草間は叫び、横に跳躍した。相手は人間だ----人間だが、【人間以上の力を持っている人間】だ。
「くらえ!」
 一閃するコンバットナイフ。それを防ごうとして投げつけた本の数々も、防ぐには至らない。それでも、黒ずくめを行動不能にするには至らない、それは分かっていた。それでも何もしないよりはマジだ----実際それは、男の動きを一瞬拘束するには十分だった。
 そのまま少女の肩を掴み、男の横をすり抜ける。零は買い物に行って居ないはずだ------
 外は雨が降っている。男の気配を背後に痛いほど感じながら、草間は興信所を飛び出した。




■ 1α1 ■



「はぁっ……はぁっ…!!」
 海原みなもは、走っていた。両手で龍を抱えているため、走りにくいことこの上ない。それでも、彼女は龍を捕まえて放さなかった。

 分かっている-----あの黒ずくめの男は、この龍を狙っている。
 
 人間である草間に理解できて、妖怪である彼女に理解できないわけがなかった。それでも彼女は黙って走っていた。相手は草間が思っている以上に、人間を超越している。
 目の前を走る背中が、雨で煙る。油断すれば目の中へ滑り込んでくる雨粒を煩わしく思いながら、彼女は走り続けた。
 おそらく、考えてることは草間と同じだ。人気のないところへ、黒ずくめを誘導すること。そうすれば、自分は人目を気にせずに能力を行使できる。
「草間さん!」
 彼女の呼びかけに、草間が一瞬振り返る。目の前にあるのは、荒廃しきった遊園地。大規模なテーマパークを作る予定の場所は、バブル崩壊と同時に工事は延期され、そのまま放置されている。広大な空き地に横たわる中途半端に死んだ遊具達が、じっとこちらを見据えていた。
 草間も彼女の意図したことがわかったようで、走る速度は落とさずに方向転換をした。そのままテーマパークの柵を乗り越えて、駆け出す。
 ややあって、彼女たちはどちらからともなく足をとめた。
 ここなら……戦える。
「鬼…ごっこ、は……終わり…か…?」
 無機質な声はくぐもっていて、雨音にかき消されていく。それでも聞き取れるだけの声は背筋を撫でて、彼女は嫌悪感を露わにした。
 草間に龍を押しつけるようにして、呟く。
「戦います」
 彼は無言で頷いた。
 何の罪のない龍を、いったいナゼ殺そうというのか。理不尽な思いに心を抉られながら、彼女は黒ずくめを見据えた。
「貴方はなぜこの子を狙うのですか?」
「答える、必要…は……な、い……」
「退いてください。貴方が人間である以上、私には勝てません」
「シャ!!」
 黒い影が、あり得ない速度で彼女の横を通り抜ける。微動だにしない----できなかった彼女のスカートが、ばっと弾けた。優雅な脚線が、灰色の景色の中に映える。
「き、様こそ……龍…をお…いて、ゆけ!」
 あまりの嫌悪感に、胃が引きつる。それでも彼女は気丈に胸を張って、告げた。
「交渉決裂ですね」
 念じるのは一瞬だ。全ての水はみなもと連結し、みなもは命を育む全ての水と、同調している。水という存在を把握し、"認識"する----諦観したい衝動を堪えて、自制のうえに更に一歩、踏み込む----
 全ては水から生まれ-----
 全ては水へと還り------
「身の程を知りなさい…………」
 ヒュンッ
 不可視の細いものが、黒ずくめ目がけて突き進む。
「がっ………」
 刹那、男の身体が崩れ落ちた。喉を掻きむしり声をあげようとするが、ごぽごぽとくぐもった喘ぎだけが虚しく消えていく。
 酸欠で顔が真っ赤に染まり、口腔から唾液がだらしなく垂れている。
 まるで、酸欠状態のようだった。
「全ての生き物は、酸素が無ければ生きられませんよね」
 彼女は雨水で、男の喉を塞いだのだ。人間である以上、酸素が無ければ向かう場所はただ一つ。
「永遠の暗闇へ堕ちなさい」
 男の顔色は、もはや赤黒い。
 彼が見た最後の光景は、雨の中で孤独に佇む一人の少女だった。




■ β ■



「ドラゴンズ・フロウ?」
 聞き慣れない単語に、彼女は眉を寄せた。
 あれから----全ての事後処理をすませ、窓ガラスをダンボールで塞ぎ、警察への事情聴取をのらくらと交わして----全てが終わったのは、翌日の昼だった。
 一睡もしていない瞼が、なまりを含んでいるかのように重い。サンサンと降り注ぐ陽光に目がしみて、草間は眉間をもみほぐした。
「龍を滅ぼす者、とも言うな」
「そいつらが、この子を狙っているんですか?どうして?」
 龍は、彼女にすっかり懐いてしまっているようだった。彼女の頭の上でトグロを巻き、すやすやと寝入っている。それはまるで黄金の髪飾りをしているようで、彼女には似合っているといえた。
 兎にも角にも、草間は肩を竦める。
「知らないさ。分かっていることは、大がかりな組織ってことだけだ。龍しか狙わないし、狙った龍は必ず殺している」
「それじゃあ……」
「ああ、ソイツはもうヤツらに”認識”された。そのままソイツを育てるなら、こういう襲撃はまだまだ起こるだろうな」
 みなもが息を呑む。龍が殺されるかもしれないということに、恐怖を覚えているのか、それとも----彼女の表情からは、何も読み取れなかった。
「その龍を守って欲しいという依頼を、ゴーストネットのほうに書き込むつもりだ」
 どんなに危険な目に遭おうとも、龍を育てられるか?
 暗にそう聞かれて、みなもは迷った。
 昨日の天気がウソのような晴天の中で、彼女は告げる。

「私は---------」



   完





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13 /中学生
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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、大鷹です。
やっと----やっと海原みなもさんの戦闘場面が書けました!!(感涙
水を使う、という設定を拝見して、絶対に書こうと勝手に決めておりました。実は。
最後のみなもサンの台詞は、想像にお任せします。
断るというのももヨシ、このまま育てるというのもヨシ。
戦闘場面を書けたので悔いはありません…!
やっとこさ、龍が生まれた理由その他諸々に近づけそうですが。
長くてすみません。

今回は、とてもノリノリで書かせていただきました。
本当にありがとうございました!

またいつかお会いできる日を願って------


   大鷹カズイ 拝