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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:戦いの序曲
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜6人

------<オープニング>--------------------------------------

 開けゆく空。
 煌めく剣火。
 まるで稲光のように。
 風鳴りが啼き叫ぶ。
「‥‥くっ!?」
 右腕から血を流した金髪碧眼の美女が、無念の臍をかんだ。
 初春の那須高原。
 いわばホームグラウンドともいえるこの地で、まさかここまで追いつめられるとは。
「‥‥噂のハンター‥‥ですね‥‥」
 呟きにも、普段ののんびりとした様子はない。
 それほどまでの強敵だった。
 繰り出されるレイピアは、憎々しいほど正確で冷静で。
 一閃ごとに玉ちゃんを追いつめてゆく。
 数の差としては六対一。
 彼女の戦闘力を考えれば、けっして相手を出来ない数ではないはずだ。
 だが、結果として玉ちゃんは劣勢に立たされている。
 ハンター。闇を狩る者。
 いくつかの呼称が、彼らにはある。
 人間社会の安寧のため、それを脅かす存在を「狩る」のが、彼らの任務だった。
 何も知らない大衆のため。
 平和に暮らす民衆のため。
 自らも闇に身を置き、不穏分子を処理する。
 どぶさらいのようなものだ。不快で、誰から褒め称えられることもないが、それでも誰かがやらなくてはいけない。
 少なくとも、ハンターたちはそう信じていた。
「破!!」
 玉ちゃんが手を振る。
 生まれる狐火。
 妖術だ。
 だが虚実の焔は、ハンターたちを焼き尽くさなかった。
 より以上の炎が狐火を飲み込み、相殺してしまう。
「なっ!?」
 驚愕。
 彼女は知りようもなかったが、ファイアスターターと呼ばれる能力である。
 魔法でも妖術でもない。
 超能力という。
 訓練によらず修行によらず、生まれながらにしてもった力だ。
 無言のまま身を翻す玉ちゃん。
 ようするに逃げを打ったのだ。
 戦術的には正しい判断であろう。
「どうやら‥‥わたくしの手には余るようですね‥‥」
 飛び来るクォレルを避けつつ、内心に呟く。
「ご迷惑かもかれませんが、あの御仁を頼るしかないでしょう‥‥」
 東京で探偵業を営む三〇男の顔を浮かべながら。




 
※バトルシナリオです。
 敵はハンターの精鋭六人です。
 狩る者と護る者。
 新しい戦いの序章です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです



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戦いの序曲

 人間は小さくて愚かなイキモノだ。
 自分と同じカタチをしていないものを受け入れるのは難しく、違う価値観を許容することはさらに難しい。
 結局のところ、それが、これまで人類に戦を絶やさなかった原因といえる。
 正義と悪との戦いなど、人類の歴史のなかには存在しない。
 一方の陣営が正義だと主張すれば、もう一方だって己の正義を掲げる。
 そして、主観的にはどちらも正しいのだ。
 昨今の例でいうなら、アメリカ合衆国とイラク共和国の戦争もそうだ。
 アメリカにはアメリカの正義があり、イラクにはイラクの正義がある。
 だから、本当は善悪は存在しない。
 正義と正義の戦い。
 主観的善と主観的善の闘争。
 第三者が客観的に、あるいは無責任に判定することはできるだろう。
 また、歴史的にいうなら勝利者が正義だ。
 少なくとも正史は、勝利した側の視点から描かれる。
 それが現実というものだ。
 敗者の正論など、虚しい自己憐憫でしかありえない。
 そして、人類全体を論うなら、人のありようこそが正義だ。
 なぜなら、人はこの星の覇者なのだから。
 地球を支配しているのは、昆虫でも魚でも、まして妖怪どもでもない。
 勝ったのは人類。
 自然をねじ伏せ、闇を逐い、繁栄を築いてきた。
 生存のための戦いを繰り広げて。
 数千年前に誕生した無毛の猿がこの繁栄を築くためには、数えきれぬほどの戦いと数兆リットルにも及ぶ同胞の血が必要だったのだ。
 狼の爪も、獅子の牙も、象の巨体も、豹の俊足も持たぬ人類の武器はたった一つ。
 曰く、叡智。
 知識を蓄え次代に伝える。それが唯一の武器だ。
 もって人類の安寧を築いてきた。
 そして、それを影から支えてきたのが「ハンター」だ。
 彼らが狩るのは、闇。
 人類に仇なす妖怪、妖魔、魔の眷属どもを狩るのが任務である。
 けっして表だって知られることのない仕事だ。
 褒め称えられることもない。
 それでも、彼らは戦う。
 何も知らずに生きる人々のため。
 戦いを忘れた人々のため。
 魔に殺された人々の無念をはらすため。
 家族の復讐を遂げるため。
 あるいは、自分自身の矜持のため。
 理由は様々だ。
 だが、これだけははっきりといえる。
 闇の眷属と人間が共存することなど、けっしてできない。
 地球の間借り人どうし仲良くしよう、などという偽善的平和論は通じない。
 間借り人だって隣人を選ぶ権利はあるはずだ。
 であれば、地球から人間が消えるわけにはいかない以上、魔に消えてもらうしかないではないか。
 無原則な微笑を浮かべて、魔族たちの蠢動を見過ごすのか?
 然らず。
 吸血鬼に血を吸われ、なおへらへらと笑っていろというのか?
 然らず。
 獣人どもに身体を引き裂かれつつ、それを受容しろというのか?
 然らず。
 だから、ハンターは戦う。
 もし人類が、人類どうしの戦いで滅びるというなら、それは仕方がない。
 叡智をもって地球の覇者となった以上、愚劣さによって滅びるのが摂理というものだろう。
 だが、人間を滅ぼすのが魔である、などということを認めるわけには、絶対にいかない。
 それが「闇を狩るものの」の信条だ。
 そう。
 彼らは、狩るものである。
 正義の使徒ではない。
 そう主張したことなど一度もない。
 これは狩り。
 魔が人を狩り蹂躙し貪り食うように、ハンターたちは魔を追いつめ、狩る。
 正義でも悪でもない。
 動物や植物を食べるのは可哀相だから、といって食事を採らずにいれば、人は飢えて死んでしまう。
 魔も同じだろう。
 生存競争なのだ。
 殺すか、殺されるか。
 ハンターは戦う。
 正義のためではなく。
 生きるために、守るために。
 感情を差し挟む余地は‥‥ない。


「バチカンよ。後にいるのは」
 シュライン・エマがいった。
「‥‥法王庁‥‥」
 光月羽澄がうめく。
 情報網に引っかからない道理だ。
「ふふ‥‥とんでもない相手のようね‥‥」
 ぺろりと上唇を舐める巫聖羅。
 兄と同じ紅い瞳に、危険な光がちらついている。
「どうせケンカするなら‥‥でかい相手の方がいいよねぇ‥‥」
 微笑。
 かつて、旧時代の邪神をも怯ませた笑み。
「不穏当なことを言ってるんじゃない」
 こつんと、女子高生の頭を小突く武神一樹。
 彼もまた幾多の戦いをくぐり抜けてきた猛者である。
 だが、今回は少し勝手が違っていた。
 ただ戦って勝利すれば良いというものではない。
 価値観のぶつかりあいだからだ。
 むろん、
「だからといって、負けてあげるわけにはいかないですからねぇ」
 言いながら、斎悠也が姿を見せる。
「治療は終わりました。すぐに元気になられるかと思います」
 黒髪の青年のうしろから顔を出したのは草壁さくらだ。
 草間興信所に逃げ込んできた玉ちゃんを、この二人が治療していたのだ。
 様々な事情から、病院に連れてゆくことはできなかった。
 不幸中の幸いというべきか、玉ちゃんの怪我はさほど重傷ではなく、さくらと斎の看病で快方に向かっている。
「良かった☆」
 聖羅が笑う。
 玉ちゃんの「頑丈さ」は知っているが、それでも多少の不安はあったのだ。
 安堵したような空気が事務所内を漂った。
 とはいえ、安心してばかりもいられない。
「情報が足りないのは痛いわね‥‥」
 コーヒーカップに形だけ口を付けつつ羽澄が呟く。
 一連のハンター絡みの事件に関して、情報の絶対量が不足している。
 これまでは関わりのないことと思い本格的な情報収集をおこなわずにきたが、いざ調べてみると、ほとんど何も掴めなかった。
 理由は先刻シュラインが述べたとおり、背後にある存在があまりに強大だからであろう。
「バチカンには誰も手を出すことなどできん。たとえアメリカでもな」
 微苦笑を浮かべる調停者。
 ローマにある小さな小さなこの国と事を構えるということは、全世界を敵に回すということと、ほぼ同義である。
 情報が集まらなくて当然だ。
 たとえハッキングを得意とする羽澄の手腕をもってしても、である。
「かと思えば、妙にザルなのよねぇ。人に見られることを恐れていないっていうか」
「秘密ってのは誰も知らないから秘密っていうんじゃなくて、知っていても口にできないから秘密っていうんだって」
 シュラインの慨嘆に聖羅が応える。
 兄の受け売りだ。
 その見解の正しさは全員が承知しているものの、事態の解決には一グラムも寄与しない。
「現状、敵の戦力が六人だと言うことしか判りませんねぇ」
 斎が言った。
 保護した玉ちゃんがもたらしてくれた情報である。
「ある意味ショックだよね‥‥」
「はい‥‥」
 とは、聖羅とさくらの感想だ。
 紅の瞳の女子高生と緑玉の瞳の骨董屋店員は知っている。
 玉ちゃんと名乗る女性の戦闘力を。
 力の大半を失ったとはいえ、伝承にまで名を残す存在なのだ。
 中途半端ではない戦闘力を持っている。
 おそらくは事務所に集まった仲間たちでも、一対一で玉ちゃんに勝てるものはおるまい。
 と、さくら思っている。
 その玉ちゃんが、たかだか六人程度の敵に追いつめられ重傷を負った。
 しかもホームグランウドともいうべき那須高原で。
 事態は深刻きわまるといえよう。
「火焔術のようなものを使った者がいた、とも言っていました」
「ふむ‥‥物理魔法のようなものかな?」
「俺も最初はそう思ったんですよ。武神さん」
「綾の技術が流出した、ということだな?」
「はい。でも話を聞くと、そうでもなさそうで」
「というと?」
「呪文詠唱もワード解放もなかったみたいなんですよね。それに、いわゆる魔力の感知もできなかった、と」
「ふむ‥‥」
 武神が右手を下顎に当てて考え込む。
「超能力ってヤツじゃない?」
 男たちの会話に口を挟んだのは羽澄だ。
「あ、なるほど」
 シュラインが手を拍つ。
 蒼眸の美女もまた、超能力に近い能力を持っている。
 高性能ソナーにも勝る聴覚だ。
 厳密には超能力ではないのだが、生まれ持った力、という意味ではイコールであろう。
 訓練や修行で身に付くものではない。
「たぶん、ファイアスターターだと思うわ」
 羽澄が続ける。
 一般に超能力と呼ばれるのは、サイコキネシス、テレパシー、テレポーテーションの三種類だ。
 この他に、未来予知能力や透視能力などがある。
 ファイアスターターとは、サイコキネシスの派生形の一つで、着火能力の事を指す。
 どうやって着火するか、何を燃焼させているのか、そのあたりのことは解明されていないが、そういう能力があるのは事実でだ。
「たしかに物理魔法に近いな。もっとずっと不条理だが」
 腕を組む武神。
 彼は仲間内でも知られた物理魔法否定派なのだ。
 シュラインと斎が苦笑を浮かべた。
 超能力のような不条理な力と比較されたら、きっと札幌に住んでいる大学助教授は怒るだろう、思ったのかもしれない。
「ねぇ。さっきからちょこちょこ出てる物理魔法ってなに?」
 ふと心づいて羽澄が問う。
「兄貴や綾さんが使う魔法だよ。詳しくは知らないけど、物理法則に干渉してどうのこうのっていってたなー」
 聖羅が応えた。
 なんとも頼もしい説明である。
「ふぅん‥‥?」
 納得したんだかしてないんだか、よく判らない表情で、一歳年少の娘を見つめる羽澄。
「えっと」
「ん?」
「ちゃんと勉強も‥‥いえ、なんでもないわ」
 賢明にも言葉を飲み込む。
 説明能力の不足と勉強の出来不出来の間には因果関係はなかろう。きっと。
 聖羅という女の子は、ようするに猫なのだ。
 興味のあることは貪欲に吸収するが、それ以外のことは聞き流してしまう。
 情報屋などには向かない性格だ。
 なんとなく分析を加えてしまう羽澄だった。
「まあ、とにかく今は対策を立てるのが先でしょう」
 やや横道にそれた話題を大学生ホストが軌道修正した。
「最重要は、ここをどう守るか、ということだ」
 調停者が頷く。
「また修繕費が‥‥」
 大蔵大臣の嘆き。
 冗談めかしてはいるが、けっこうな出費なのだ。
 まして今回はギャランティーの発生するような仕事ではない。
 締まり屋のシュラインが悲嘆の涙にくれるのも当然だろう。
「怪我人を守りながらの戦いは、ちょっときついわね」
 冷静に分析する羽澄。
「どっかに誘導しちゃうのが良いと思うけど」
 聖羅の提案に、全員が頷く。
 事務所の物的損害を考慮から外したとしても、それが最も効率的だ。
 ここは要塞でも軍事拠点でもなく、一般的なビルである。
 けっして守りやすい場所ではない。
 とはいえ、
「俺たちが有利な場所に、わざわざ誘い出されてくれるでしょうか?」
 斎の懸念ももっともだった。
「そこは趣向を凝らして誘きだすしかありませんでしょう」
 さくらが微笑する。
 このとき彼女の脳裏には、ひとつの作戦が浮かんでいた。
 だが、それを仲間に説明するよりも早く、強烈な破砕音をたてて窓ガラスが割れる。
「攻撃っ!?」
 身構える聖羅と斎が身構える。
「いや‥‥この周囲に敵意の存在はない、な」
 慎重に気配を探る調停者。
「そうね‥‥」
 足音や息づかいを追っているシュラインも同意した。
「クォレルが一本だけ。どういう事かしら?」
 小首をかしげながら壁に刺さった矢を引き抜く羽澄。
 鉄製の矢に、紙が縛り付けてあった。
「矢文ですね‥‥なんとも古風な」
 さくらが苦笑を浮かべ、手紙を開いてみる。

 本日二三時。那須高原まで出向かれたし。
 人数を問わず。
 当方は六名で相手いたす所存。
 来られぬ時は、貴公らの本拠に突入し全員玉砕の上、自爆するも辞さず。
 勇気あれば、我らの挑戦を受け賜れ。
 貴公らの武運を祈る。

「なんだか変な日本語ですね‥‥」
 こめかみを押さえるさくら。
 この際、日本語の添削はどうでもいいとして、
「決闘状かぁ。良くわかんない連中よねぇ」
「罠、という考えもできるわね」
 聖羅と羽澄が会話を交わした。
「いや、おそらく罠ではあるまい」
「じゃあ、やっぱり挑戦信号ですか?」
「それもあると思うけど、プライドね。きっと」
「狩人としての、精鋭としての、な」
 相手が堂々と戦いを挑んできた以上、受けねば非礼に当たろう。
「草間と零は、ここに残って玉ちゃんを守っていろ」
 武神が指示を出す。
 相手の言い分を信用したとしても、事務所を空にして良いということにはならない。
 このあたり、調停者は慎重で用心深い。
 戦闘力を冷静に分析しつつ配置を決めているのだ。
 この二人を残しておけばオールレンジに対応できる。
 仮に呼び出しが罠だったとしても、出向いた連中が戻るまでの間くらい、充分に持ち堪えられるだろう。
 探偵事務所の所長とその義妹が頷く。
 ただ、草間は言わずにはいられなかった。
「無理をするな‥‥怪我をするなよ。みんな」
 と。
 あるいはそれは、特定の個人に向けた言葉だったのかもしれない。
「行ってくるわね。武彦さん」
 くすりと、シュラインが微笑する。
 黒い瞳と蒼い瞳から放たれた視線が絡み合った。
 気を利かせた仲間たちが、一足先に事務所を出る。
 さっさと出発しないと待ち合わせに遅れてしまう。
 望まぬパーティーでも、ときとして出席しなくてはいけないのだ。
 たとえそれが、死闘という名の饗宴でも。


 蝶が舞う。
 数十の、血の色を纏った危険な蝶。
 日本神道の技の一つだ。
 それは、超能力者たちの周囲を飛び狂い、妖しく舞い続ける。
 死へと誘う舞踏のように。
「はっ!!」
 裂帛の気合いとともに繰り出される羽澄の鞭。
「右! 四メートル! 仰角五九度!!」
 音を「読んだ」シュラインの声が、正確にテレポート先を仲間に知らせる。
 飛び来るクォレルや石を、さくらの狐火がまとめて焼き払う。
 女豹の身のこなしで敵中に躍り込んだ聖羅が、鮮やかなまでの回し蹴りを炸裂させる。
 六対六の死闘は、やや一方的な展開になりつつある。
 ハンター超能力者たちは連携も良く、攻撃も正確であったが、それは指揮を執る武神の予測を超えるものではなかった。
 適材を適所に配置し、かつ効率的に運用する。
 陰陽師たちとの戦いや邪神との戦いで、幾度も証明されてきた武神の将才である。
 これに、人間レーダーのシュライン。接近戦に強い女子高生コンビ。中距離戦闘に無類の強さを誇るさくらと斎。
 一つの有機体のように、理にかない変に応じて攻撃と防御を繰り返す。
 おそらく個人戦闘能力ではハンターたちの方が勝るだろう。
 だが、個人戦の勇者を集めただけでは集団として強くなるかというと、そうではない。
 連携という点に於いては、むしろ弱点になりうる。
 もしもハンターの中に精神感応能力者がいたなら、もっともっと苦戦しただろうが。
 どうやらサイコキネシスとテレポーテーションだけらしい。
「おそらくは戦闘向きでないと思われたのだろうな。精神感応は」
 調停者が内心で出した解答である。
 たしかに個人戦闘だけを考えるなら、テレパシーなどあまり使い道がない。
 まして、ハンターたちは魔を狩ることを任としている。
 魔の思考を読んだところで、なんの意味もなかろう。
「だが、この際はそれが不利に働いたな」
 さっと調停者の右手が挙がる。
 応じて、斎の蝶が一斉に襲いかかった。
 符一枚ごとの攻撃力などたいしたことはないが、なにしろ数が数である。
 一挙に混乱の崖下に叩き落とされるハンターたち。
「さくら、聖羅、羽澄」
「はい」
「お任せっ☆」
「わかったわ」
 それぞれ為人に応じた返答を残し、敵陣に突入する三人。
 総攻撃だ。
「一気に片を付けるつもりね? 一樹さん」
「ああ。俺も突入するから、全体の指揮を頼む。シュライン」
「了解したわ」
 一人だけ後方に残される青い目の事務員。
 本来なら戦闘力の乏しいシュラインには必ず誰かがガードに入る。
 にもかかわらず、一人残したということは「ハンターたちに勝機なし」と、武神が見極めた、ということである。
 それを証明するように、やがて、ハンターたちが後退を始めた。
「いい引き際ですね‥‥なかなか」
 苦笑混じりの賞賛をする斎。
 結局、ハンターに致命傷を負った者は一人もいない。
 つまり、戦死者が出ないうちに退いたのだ。
 これは退却戦の難しさを熟知しているという証拠であろう。
「追う? 武神さん?」
 羽澄が確認した。
「追うとどうなると思う?」
 調停者の反問。
「そうね。やめときましょう」
 蒼銀の髪を持つ女子高生が微笑する。
 直接的な返答を得なくても、きちんと調停者の意図を理解している。
 むろん、ほかの面々も同様だ。
 帰師を阻むべからず、と、古来の兵法書にある。
 撤退中の敵を攻撃すると必死の反撃にあって大きな損害を被るものだ。
 さしあたり、今回はこれで充分であろう。
「んー これで諦めてくれるかなぁ」
 のんびりとした声で聖羅が言った。
 身体のあちこちを打撲傷や擦過傷で化粧している。
 最初から最後まで最前線で戦い続けて、それでもこの程度の負傷で済んでいるのだから、彼女の戦闘力がいかほどのものか判るだろう。
「そんなにあきらめが良い連中かしら?」
 シュラインが小首をかしげる。
 こちらは全くの無傷である。まあ、戦闘に参加していないから。
「六人で負けたから次は一二人、とかいうことにならなきゃ良いけど」
「さてな、そうなるかもしれん」
 羽澄の台詞にあっさりと頷く武神。
 この段階で未来を予知することなど誰にもできない。
 それこそ、超能力者でもない限り。
「いずれにしても‥‥」
 なにか言いかける武神。
「いずれにしても、彼らが一〇回攻撃をかけてくるなら、俺は一〇回防いでみせますよ」
 遮って斎が告げる。
「もちろん、私も。こちらから仕掛けるつもりはありませんが。守るために、あえて剣を取りましょう」
 さくらが頷いた。
 二人は、ハンターたちに狩られる「資格」を持っている。
 斎とさくらの戦いは、すなわち、生存のための戦いなのだ。
 そして仲間や同族を守るための戦い。
 初春の風が那須高原を吹き渡り、ざわざわと下草を鳴らしていた。
 炯々と輝く上弦の月が地上を照らす。
 繰り返す営みを、ただ黙って見つめながら。
 冷たく、冷たく。









                          終わり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)
1282/ 光月・羽澄    /女  / 18 / 高校生 歌手
  (こうづき・はずみ)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)


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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「戦いの序曲」お届けいたします。
なんだか、えらく取っつきにくい書き出しになってしまいました。
すみません(汗)
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。




☆お知らせ☆

3月31日(月)、4月3日(木)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みさせて頂きます。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。