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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


雪の街に、消えた【混乱編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『雪の街に、消えた』――。
 去年の年末、金沢の卯辰山展望台にて1人の青年が殺された。青年の名は森崎弘樹(もりさき・ひろき)、百万石大学経済学部の学生だ。
 奇妙だったのは弘樹の遺体。発見時は右手以外全身をほぼ雪で覆われた状態で、しかも体内の血液が1滴も残っていなかったというのだ。
 その上、友人たちが死後に弘樹の姿を目撃しているという。こんな謎多き事件を、月刊アトラスが見過ごすはずがなかった。
 編集長の碇麗香から調査を引き受けた一行は、さっそく雪降る金沢の街に向かい、各々の考えの下で調査を行っていった。
 けれども1日で分かったことは、謎を解決する所か混乱に拍車をかける物ばかり。弘樹の彼女が3ヶ月も前に殺されていたというし、弘樹らしき青年の姿も目撃してしまった者も居た。さらにはもう1つ、未解決の殺人事件まで起こっているというではないか。
 雪の降り続く金沢の街。調査は2日目に突入していた――。

●思い出される話【1】
 調査2日目――2月19日の朝を迎えた。一行はホテルの一室に集まって、今日の方針を話し合っている最中であった。
 降り続く雪の勢いは衰えることなく、むしろ強さを増しているようにも感じられる。いや、感じるだけではない。事実、雪による影響は目に見える形で現れていた。
「……大陸より強い寒気が流れ込み、日本海側の降雪はより強くなっております。JRや各社航空ダイヤの乱れは激しく、現在小松空港では積雪のため滑走路が閉鎖……」
 つけっぱなしになっているテレビでは、アナウンサーが淡々と今回の大雪についての情報を読み上げている。この分では、今日は金沢市内を移動するのにも一苦労しそうだ。
「立岡正蔵てェ糞爺……もとい絵描きが居たのは知ってっか?」
 皆の顔を見回してから、渡橋十三が珍しく神妙な表情で言った。『立岡正蔵』という名に、シュライン・エマと草壁さくらの表情が固くなる。
「確か、戦後に独学で西洋画を学んできた画家やったかなあ? 教養科目の講義で聞いた覚えあるんやけど」
「何て講義?」
 反応を示した今野篤旗に対し、シュラインが何気なく尋ねた。
「『日本の美術史』とかいう、楽勝で単位取れた講義。出席と最後のレポートだけでええ点くれたから、ほんま美味しかったなあ」
 満足げに頷く篤旗。その様子からすると、恐らく単位は優評価だったのだろう。
「あ、私も聞いたことあります。風景画を描いてきたって、中学の美術の時間に習いました」
 小さく手を挙げて、七森沙耶が言った。やはり現役の学生だと、何かにつけ知る機会はあるようだ。
「人物画も多く描いていて、特に少女を描かせれば右に出る者は居なかったと一樹様より聞き及んでいますが……」
 ちらっと十三を見て、さくらが静かに言った。
「しかし、その立岡なる画伯がどうかしたのか?」
 真名神慶悟が疑問を口にした。弘樹の部屋で白いキャンバスが見付かったのは沙耶の報告にあったが、そこからどうして立岡なる画伯に繋がるのか分からなかったのだ。
「まあ、胸糞悪ぃ話なんだがよぉ……」
 慶悟の疑問を受け、忌々し気に十三が話し出した。正直、口にすらしたくはなさげである。
 十三の語った話はこうだ。発端はある少女が失踪したことだった。調査の末に居場所を探し出した時、少女は何とキャンバスの中に吸い込まれそうになっていたのである。
 その少女は何とか救いだせたものの、失踪の裏に黒ずくめの男が蠢いていたことと、他にもキャンバスに吸い込まれた少女は居るようだということが判明した。そして黒ずくめの男と立岡には何らかの関係があるらしいと分かり――。
「……どうやら悪魔か何かと契約して、最後の絵画を完成させるべく動いていたようでよぉ。それが『黒ずくめの男』てェ訳だ」
「へえ、その立岡ってヒト、そんなことやってたんだ。それで他の少女たちはどうなったの?」
 他の少女たちのことが気になるのか、卯月智哉が十三に尋ねた。しかし、それに答えたのはシュラインだった。
「解放されたわ。誰かさんのおかげで。確か、新聞でも記事になったと思うんだけど……」
 ちらっとさくらの方を見て言うシュライン。さくらが小さく頷いた。
「それは覚えがあるな。行方不明の少女たちが大量に見付かったという記事が……」
「あー、あったあった。何やワイドショーの新聞記事読むコーナーで見た気がする」
 慶悟と篤旗が相次いで言った。覚えているということは、それだけ印象の強い記事だったということか。
「嬢ちゃんの話聞いてよぉ、どうも思い出しちまったんだ……そん時のことをなァ」
 耳の穴を小指でほじりながら言う十三。そしてその小指にふぅっと息を吹きかけると、すくっと立ち上がった。
「ま、どこまで関係あるかは、これから調べるってェ算段だ。肉体労働は若い奴らに任せたぜ」
 そう言い残し、十三は自分の部屋に戻った。
 他の者たちも、各々の手段で情報を集めるべく部屋を出ていこうとする。そんな中、戸隠ソネ子はじっと窓の外、雪景色を見つめていた。

●心苦しくもあり【2H】
 ホテルを出たさくらは、バスに揺られ終点である百万石大学に向かっていた。目的は弘樹の所属していたサークルである文学研究会にて、ある物を見せてもらうためであった。
(立岡画伯の調査は、十三様にお任せいたしましょう……)
 さくらはゆっくりと走るバスに揺られながら、さくらなりの推理を組み立てていた。
(葛葉様は1月の殺人事件の際に、嫌な予感がしたと言っていました。……もし、それが自らの血を絵に捧げて黒い男と同様の化生と化した森崎様の手によるものなら、彼の安らかな死に顔と合せて説明がつきます)
 神妙な表情のまま、さくらは窓の外に目をやった。雪は相変わらず、降り続いている。ゆっくりと走っていることから、バスが終点に着くまでにはかなり時間がかかりそうであった。
 だがそれならそれで結構なこと。思索する時間が、それだけ与えられたということでもあるのだから。
 さくらは大きく溜息を吐いた。ガラス窓がたちまち白くなる。
(恐らく、彼は復讐を果たしたのでしょう。そして――その復讐は、未だ終わってはいないのでしょうね。きっと……)
 窓の外を眺めるさくらの瞳が、哀し気な物に変わった。
 もし弘樹が復讐を果たしたのなら、その時点で成仏してもおかしくはないだろう。目的は達したのだから。しかし、弘樹らしき者の姿は昨日も目撃されている。それはすなわち、復讐が終わっていないことを意味するのではないか。
 やがてバスは終点の百万石大学に到着した。バスを降りたさくらは一目散にサークル棟を目指し、文学研究会の部室を訪れた。
「あの〜……申し訳ありま」
 さくらの言葉が途中で止まった。何故ならば、目の前にはこたつを囲む4人の男女の姿に、こたつの上に鎮座するカセットコンロと鍋があったのだから。さすがに大皿はなかったけれど。
「どちら様?」
 一番年長と思しき青年が、さくらに話しかけてきた。
「あ。あの、実は……」
 さくらは4人に向かって、かくかくしかじかと事情を説明し始めた。
「昨日の奴と同じ理由かあ。いいよ、何でもどうぞ。俺、ここの会長の藤田です」
 最初にさくらに話しかけてきた青年が、自分の名を名乗った。
「ではお言葉に甘えまして」
 さくらはそう前置きしてから、生前の弘樹と美香の映ったビデオなどはないか尋ねてみた。しかし4人とも一様に難しい表情になった。どうもビデオはここに存在していないようである。
 が、1人の女性が思い出したように言った。
「……前に森崎先輩、写真忘れていってませんでしたっけ」
 その一言をきっかけに、藤田がすぐさまロッカーを開けて中をひっくり返し始めた。
「あったあった! これだ、これ」
 藤田が1枚の写真を手に、さくらのそばにやってきた。そこには仲良く寄り添っている恋人の図、弘樹と美香の姿があった。
 さくらは2人の姿をしっかと目に焼きつけると、丁重に礼を言って部室を辞した。
(声が確認出来なかったのは残念でしたが……姿を知ることが出来ただけでもよしとしましょう)
 部室を辞したさくらは、バスに乗ると再び金沢市街の中心部に向かった。
(麻生様……あなたの姿を借りて、森崎様を謀ることをお許しください)
 バスに揺られながら、さくらは心の中でそう美香に謝罪していた。
 そしてバスで近江町市場のある武蔵ヶ辻まで戻ってきたさくらは、美香の姿に化けて近江町市場の周辺を巡回し始めた。
 すると、だ。誰かが導いてくれたのだろうか、近江町市場を抜けた神崎神社の方に通じる辺りで、探していた人物に出くわした。
 弘樹と思しき青年である。

●契約【3】
 美香の姿に化けたさくらは、自分の方に向かってくる弘樹と思しき青年の前に立ち塞がった。青年の足が不意に止まる。
 そして、精一杯の哀し気な表情を青年に見せ、さくらがぽつりと一言つぶやいた。
「どうしてそんなことをしたの?」
 それだけ言うと、さくらは黙って青年の顔を見つめていた。何か事情を話してくれるのではないかと、思いながら。
 青年はくすりと笑みを浮かべると、口を開いた。邪悪な笑みを浮かべたまま。
「……この男が求めたからよ」
 さくらは青年の声を聞いて驚いた。男性のそれではなく、女性の声であったからだった。
 声のことだけで驚いている場合ではなかった。何ということだろう、一瞬にして青年の姿が変貌してしまったのである。今、さくらが化けている姿と同じに――すなわち美香の姿に。
「そして求めはまだ終わりを迎えていない……私は契約を成就するために行かねばならない。邪魔を、するな」
 美香の姿と化した青年は、さくらの身体をゆっくりと押しやると、悠然と歩いていった。
「もう……殺さないで」
 青年の背中に話しかけるさくら。だがそれが青年に届いていたかは分からない。
 そこに様子を窺っていた慶悟がやってきた。
「あっ、慶悟様!」
 慶悟の登場に驚きつつも、さくらは元の姿に戻ってみせた。さすがにそれには慶悟も驚いた様子だった。
「話は式神を通じて聞いていたが……そういうことなのか?」
 気を取り直してさくらに確認する慶悟。さくらはこくっと頷いた。
「……霊気を感じる。そうか、姿を変貌させることで、消えたように見せかけていたんだな……」
 してやられたといった表情の慶悟。分かってしまえば何てことはないトリックだったが、目撃談を話していた普通の人間では見破ることは難しいだろう。それに霊気を長々と残さない手口からすると、なかなかの実力を持っているようである。
「ともかく、このまま見失うと最悪の事態が起こりそうだ……」
「……どうにかしなければいけませんよね」
 そう言うと、慶悟とさくらは青年の後を追いかけていった。

●不穏な男【4】
 図書館を後にした篤旗は、再び弘樹の眠る霊園を訪れていた。昨日は手ぶらであったが、今日はちゃんと花を持参して。
 積もった雪を踏み締めて弘樹の眠る墓前にやってきた篤旗は、花を手向けると両手を合わせて目を閉じた。
(……昨日この墓前に居った彼女は、ひょっとして麻生さんやったんと違うやろうか)
 篤旗は目を開けると、雪が舞い降りてくる灰色の空を見上げた。
「もし上に行かずに彷徨ったはるんやとしたら……僕らが貴女の力になれることはないんやろうか」
 しみじみとつぶやく篤旗。けれどそれに答える者はここには居ない。篤旗はしばし墓前でたたずんでから、霊園を出るべく歩き出した。
 すると入口の方から、痩せて長身なコートを羽織った男がやってこようとしていた。男は不自然に角を曲がって、篤旗と擦れ違うことを回避した。
(何やろ、変な人やな)
 篤旗はそっと振り返って男を見てみた。男はしきりに何か墓を探しているようだった。篤旗は遠ざかりながらちらちらと男の様子を窺っていたが、やがて不思議な場面にぶつかった。
 男は先程まで篤旗が居た場所――つまり弘樹の眠る墓前で足を止めると、誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めたのである。苛々としているのか、足が小刻みに動いていた。
 どう見ても墓参りに来たのではない。誰かと待ち合わせているのだ。それも、どちらかといえば気が進まない待ち合わせのようで。
「……もしもし、シュラインさん?」
 男の死角に入った篤旗は、シュラインに電話をかけていた。どうにも男の様子が気になったのだ。
 その話はシュラインを経由して、瞬く間に全員に広まっていった。
 舞い踊る雪の勢いは、未だ衰えることを知らない様子であった――。

【雪の街に、消えた【混乱編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
           / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
                 / 男 / 16? / 古木の精 】
【 0527 / 今野・篤旗(いまの・あつき)
                   / 男 / 18 / 大学生 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全11場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました。そしてお届けするのが遅れてしまったことを深くお詫びいたします。世間では桜前線が北上を始めている中、2月の雪の中の物語の第2話をお届けいたします。
・前回のライター通信で『全4回になってしまうかも』などと書きましたが、皆さんのプレイングのおかげで当初の予定通り『全3回』で済むこととなりました。深くお礼申し上げます。
・それで本文では今回『立岡正蔵』なる画伯の名前が出てきていますが、詳しくお知りになりたい方は『少女はどこへ消えた』『黒ずくめの男』『最後の絵画』という3部作を読んでいただければと思います。が、それでは余りに不親切かと思いますので、以下にデータを少々。
『立岡正蔵(たておか・しょうぞう/享年72歳)
 戦後、独学で西洋画を学んできた画家であり、その独特で繊細なタッチは見る者を和ませている。
 風景画が主だが、人物画も多く描いており、特に少女を描かせれば右に出る者は居ないとも言われている。
 なお、彼の作品は個人美術館である『立岡美術館』でも見ることができる』
・さて、次回いよいよ『完結編』を迎える訳ですが、霊園に向かう場合は最後まで到着が間に合わないということはありません。もっとも現在位置によって、到着時間に差が出てしまうのは仕方のないことなのですが。もちろん霊園に向かわず、別の線を追いかけることも可能です。判断は、皆さんにお任せいたします。
・諸々の謎についての説明は、『完結編』にて。
・草壁さくらさん、20度目のご参加ありがとうございます。なかなか面白い推理ですね。それが当たっているのかどうかは、『完結編』にて。生前の2人が映っているビデオを探そうとしたのはよかったと思いますけど、残念ながら見付かったのは写真のみとなってしまいました。ちなみに美香の墓が出ていないのは、美香の実家が石川県ではないからです。物理的に移動は無理だろうと判断させていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、雪の降り続く金沢の街で、またお会いできることを願って。