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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


遺言

*オープニング*
3時間程前一人の女がやって来て、紙を草間に差し出し、言った。
「亡くなった祖父の遺言なのですが、解読して頂けませんか」
大正生まれだった祖父が戦時中に爆撃を受けて死にかけた際、何と21世紀にタイムスリップして未来の自分に出逢い、その未来の自分に教わった方法で残した遺言らしい。
何とも信じがたい話しだが、女は極真面目な様子で話した。
「祖父と一番仲の良かった孫なら必ず解読出来ると言われたのですが、私にはサッパリ分からなくて」
女は亡くなった祖父に一番可愛がられていたらしい。
「どうかお願いします」
黄ばんだ葉書ほどの大きさの紙と、連絡先を書いた名刺を残して女は去った。

6577777
44888811144888877777
4 444444 3388884444記號222 93333

女が残して行った葉書ほどの大きさの紙に書かれた数字を、草間は見つめた。
「うーん………」



「今回は、体じゃなくて頭を使わなきゃな。」
午後3時。
シュライン・エマが3時のおやつに紅茶を入れていると、草間から何やら黄ばんだ紙切れを受け取った葛西朝幸がソファにドカッと腰を下ろした。
「んと…10以上の数が無いんだよな。同じ数が並んでるから、数字が直接文字を差してるってことはないみたいだな。」
数字の並んだ古びた紙だ。
「ろく、ご、なな……よん、はち…」
数字を読み上げながら紙を凝視する朝幸を、隣に座った神島聖がヒョイと覗き込む。
「『記號』って『記号』の事だよな…ん〜どっかで見たことある。身近などっかで。」
朝幸は紙でパタパタと顔を仰ぎながら思い出せそうで思い出せない身近な物を懸命に思い出そうとしていた。
「なに一人でブツブツ言ってるんや?」
「んー……」
聖に紙切れを見せて、朝幸は草間の元に来た依頼の内容を話す。
遺言に暗号とは、また面倒な事だ。シュラインは朝幸の言葉に耳を傾けながら聖と朝幸に紅茶とケーキを渡す。
「遺言解読とはご苦労なこっちゃな。あ、どうもありがとさん」
「遺言解読ねぇ……どんなものなの?」
テーブルに盆を置きながら、シュラインは紙切れを覗き込んだ。
「この数字の羅列…今じゃ誰でも何気なく使ってるものよね、主に数字以外の文字を出すために」
向かいに腰を下ろしたシュラインの言葉に聖は頷く。
「大正時代になくて今あるもので数字で暗号、しかも1〜9までしか数字がない言うたら……」
シュラインと聖は顔を見合わせた。
昔にはなくて今は普通にあるもの。
数字を組み合わせて文字を現すものと言ったら。
「あっケータイ?ケータイだ。」
朝幸はポンと手を打って自分の携帯を取り出し、紙切れと見比べる。
「数字は文字に対応してるんだろか。でも、この配列はどういう意味があるんだろ。65と並んでたら6を5回押すのか…?」
なんだか違うような気もするが、取り敢えず6を5回押してみる。と、「ほ」になった。
「ほ……?7が5つって事は……ままままま??うーん?」
「ほままままま……?何やそれ?」
聖は朝幸の携帯を覗き込んで首を傾げた。
「同じ数字が並んでるとこは、その数だけ押したらええんちゃうか?」
「ああ、成る程……、じゃあ、この『記號』ってのは?」
「濁点を出す#じゃないかしら?」
シュラインは自分の携帯を取り出して言う。
「そうか、それじゃ……」
「なになに……?はなも ちゃうちゃも たっ しゃでく らせ……?」
朝幸の携帯ディスプレイに並んだ文字を、聖が読み上げる。
「はなも ちゃうちゃも たっしゃでくらせ?」
「ちょうちょ、じゃないの?」
「いや、『ちゃうちゃ』やな」
朝幸は念のため打ち直してみたが、やはり「ちゃうちゃ」だった。
「はなとちゃうちゃ……。はな……奥さんか誰かやろか。それともその可愛がってたお孫さんの名前やろか」
「武彦さん、さっきの女性の名前はなんておっしゃったの?名刺、見せてちょうだいな。」
シュラインは草間から名刺を受け取り、首を傾げる。
「あら、全然関係ない名前ね」
女性の名前に花や蝶々と言った文字はない。
「時期的に考えて、一人は奥様、もう一人はお子さんのお名前と考えるのが妥当だと思ったけれど……」
「子供じゃなくて孫でしょ?一番仲の良かった孫なら解読出来るって言ったんだから」
朝幸は携帯を仕舞い、漸く紅茶に手を付けた。
「ほな、ペットか何かのあだ名かいな?」
「兎も角、依頼人に連絡いれてみましょ」
言いながら、シュラインは草間に名刺を戻す。
「花と蝶々で、思い当たる事を聞いてみてくれよ」
「依頼主のあだ名や家族の名前、それと花や蝶に関したじいさんの大事にしてたものや場所なんかも聞いてや」
遺言の内容は分からないにしても、取り敢えず数字の暗号は解いたのだ。
にっこりと笑って聖は電話に向かう草間に言った。
「当たってたら、朝幸にお礼の一つは欲しいもんやな♪」


「でも、何か変ね」
ケーキの皿を置いてシュラインは呟いた。
「え、何が?」
聖のケーキまで平らげた朝幸が満足げに腹部を撫でつつ首を傾げる。
「大正生まれのお祖父様が21世紀に来たんでしょう?」
「うん。戦争中にね」
「21世紀って、2001年からでしょう?今年が2003年だから、この2年の間にやって来たのよ」
言いながら、シュラインは手元のメモ用紙に何やら書き始める。

平成13年(2001)−21世紀
平成15年(2003)−現在

「大正生まれと言う事は、元年生まれだとして、生きていたら今年で93歳」
「90代のじいさんが携帯打つんかいな」
「最近は文字が大きいのがあるから、年寄りでも使うらしいよ?」
二人に構わず、シュラインは何やら考え込みながらメモを続ける。

大正元年(1910)
大正15年/昭和元年(1925)
昭和16年(1941)/太平洋戦争勃発
昭和20年(1945)終戦
平成13年(2001)−21世紀
平成15年(2003)−現在

「大正元年生まれだとして、戦争勃発時には31歳。戦争は1941年から1945年までだから、31歳から35歳の間に現代に来た訳ね」
まるで歴史と算数の勉強をしているようだ。
「30代の人が未来の90代の自分から携帯の使い方を教わって遺言を残すなんて、打つ方も教える方も大変だったでしょうね」
しかも爆撃を受けて死にかけていたと言う。
「戦時下では大怪我もなさってたようだし…そんな状況でご家族を身案じた文章をなんて、とても素敵なお祖父様よね。」
「そうやなぁ、言われてみたら」
聖が感慨深げに頷く。なんともほのぼのとした良い話しではないか。
「でもわかんないのは『はなもちゃうちゃも』だよね。一番仲の良い孫なら分かる、とか言いながら孫の名前とは関係ないみたいだし」
3人は年代を書いたメモと、数字の書かれた紙切れを見る。
「あら…、この紙、光沢紙なのね?」
「え?」
「あ、ほんまや」
見ると、表こそ普通の紙だが裏はツルツルとしたインクジェットプリンタ用の光沢紙だ。
「じいさん、パソコンも使うんかいな。えらいハイカラやなぁ」
「へぇ、光沢紙って50年過ぎるとこんな色になるんだ。……って、あれ?」
半世紀保存された光沢紙を楽しげに見ていた朝幸が声をあげる。
「若い頃のじいさんが、現代にやって来て老後の自分に携帯の打ち方を教えて貰うんだよね?って事は、老後のじいさんは若い頃の自分が現代に来るって知ってるわけだよね?」
「そう、そこなのよ」
シュラインは頷く。
「携帯の打ち方を教えるくらいだから、自分の老後の状況なんかも色々話したと思うわ。だったら、皆が達者で暮らしているかどうかだって分かるはずよね。それをわざわざ「達者でくらせ」なんて半世紀も遺言を残す必要があるのかしら?」
「て事は、『はな』と『ちゃうちゃ』は名前やないって事かいな」
「そう言う事になるわね」
シュラインは短く答えて肩を竦めた。


「あ、何か分かった?」
電話を終えた草間に、朝幸が尋ねる。
「ああ、色々教えて貰った。まず、解読して貰った言葉の『花も蝶々も』だけどね」
と、草間はメモを見せた。
そこにはHPのURLが書かれている。
「亡くなったお爺さんってのは相当新し物好きだったらしくてね。自分でパソコンを買ってホームページを開いていたんだそうだよ」
「もしかして、そのホームページの名前が『花も蝶々も』?」
「開いてみましょ」
シュラインは素早くパソコンにURLを打ち込む。
数秒後。
「―――花と蝶々―――」
虹色の文字で書かれたサイト名を聖が読み上げる。
「『ちゃうちゃ』ってのは矢っ張り打ち間違いなんだ」
その名の通り、白い壁紙を敷いた画面上には花の写真とフワフワと飛ぶアニメーションの蝶がある。
「あ、プロフィールがある。そこ、開いてみてよ」
朝幸に言われるままシュラインはプロフィールと書かれた文字をクリックする。
「別に、重要そうな事は書いてへんなぁ」
聖の言うとおり、それは名前と性別、生年月日に趣味と言ったごく普通のプロフィールだった。
「へぇ、大正11年生まれなのね」
「て事は戦争に行ったのは20から24歳の間なんだ。今なら82歳…」
言いながら朝幸は横の聖とシュラインを見た。
この二人と変わらない年齢の人たちが戦争へ行っていたのだ。
聖が軍服に身を包み戦っている処を想像しようとしたが、出来なかった。
「ちょいまち」
シュラインの横から身を乗り出して、朝幸は画面を覗き込んだ。
「ちゃうちゃ、になってる……」
「え、何が?」
反対側から画面を覗き込む聖。
「あら、本当だわ」
プロフィールの画面には、『曾孫による似顔絵』として亡くなった老人の絵が飾られているのだが、一緒に書かれた花と蝶の脇に、幼い子供の文字で『おじいちゃん』『ちゅうりっぷ』『ちゃうちゃ』と書かれてある。
「ちゃうちゃ、って言うのは、曾孫の間違いだったのね?それを、21世紀に来た若い頃のお祖父様は見たんじゃないかしら?」
恐らく、そうなのだろう。3人は無言で苦笑した。
「そういや、プロフィールのページに隠しページへのリンクを貼る人が結構おるなぁ。まさか、このじいさんもやってへんかな?」
「それはあまりにもお約束な感じがするけど……」
と言いながらもシュラインは画面を凝視した。
「あ、コントロールとAを押したら分かるんだよね、確か」
「ま、やってみましょ」
そして。
「あ、あった……」
ページの最後のbackボタンの横に、同色で隠したピリオドを見つけた。
「随分手の込んだお祖父様ねぇ」
苦笑しつつシュラインがそのピリオドをクリックすると、小さな窓が開いた。
「あれ、何だ?パスワード?」
「ホンマに手の込んだじいさんやなぁ」
80代の老人がここまでやるのかと思うと、感心してしまう。
「なんだろ、パスワードって……やっぱアレかな?」
「はなもちょうちょもたっしゃでくらせ?」
言いながらシュラインは素早くパスワードを打ち込む。しかし、次の瞬間画面には承認失敗の文字が表示された。
「はなもちゃうちゃも、やないんかな?」
はなもちゃうちゃもたっしゃでくらせ
そんな巫山戯た訳の分からないパスワードで良いのか。
3人はそれぞれ思ったが口には出さず大人しく画面が変わるのを待った。
「あれは間違いじゃなかったのね」
パッと切り替わった画面を見て、シュラインが呟いた。
「そうやな。で、何やろ。こっちがホンマの遺言か?」
2002年4月11日誰も信じてはないだろうが、私は不思議な体験をした。
そんな言葉で、遺言は始まっていた。


……私は見た。81歳になった私の膝で楽しげに落書きをする少女の姿を。
その少女が身につけた赤い洋服とリボン。
そして何よりも健康そのものと言ったふっくらとした頬。
また、私は見た。81歳になった私が開いた窓の向こうに広がる景色を。
空は高く晴れ渡り、庭に咲いた数々の花に蝶がひらひらと舞い降りている。
どこからか、子供達が騒ぎながら走って行く声が聞こえた。
何を恐れるでもない子供達の無邪気な声は、不思議なほど私の耳に残っている。
晴れ渡った空には、何ら恐れる物はない。
突然の空襲警報が鳴り響くこともない。
当時の私には、それはとても不思議で、夢のような光景だった。
見たこともない家財道具、文字の浮かぶ小さな箱のような電話。
私は81歳の私に尋ねた。ここではもう、誰も親や兄弟を亡くす事はないのかと。
戦地から、残してきた家族を案ずる事はないのか、子供達は、栄養のある食事を思う存分食べる事が出来るのか、と。
81歳の私は、笑って答えた。
戦争は終わったのだと。
21世紀の日本には、戦争はないのだと。そして、誰一人死の恐怖に怯える事なく暮らしているのだと。
私は感謝した。
80を過ぎるまで生き長らえる私の運命にではなく、戦争のない平和な世界が、いずれ訪れるのだと言う事に。
81歳の私の膝の上に座った少女の笑顔が失われる事がないと言う事を、私は有り難いと思った。
庭に咲く花が踏み荒らされる事なく、蝶が逃げまどうことなく、何時までも何時までも、美しいままでいられるのだと言う事を、
私は有り難いと思った。
21歳だった私は、爆撃を受けて頭に怪我を負っていた。しかし、それがどうしたと言うのだ。
怪我は何れ治るだろう、そして、私は家族の元に帰るのだ。
今どんなに苦しく辛くとも、必ず幸せな、平和な時がやってくるのだ。
私が残すささやかな財産を取り合って争うような事だけはして欲しくない。
金や物よりも大事な物があるのだから。
花や蝶が、そして子供達が何に怯える事なく暮らしてゆける、そんな幸せを大事にして欲しい。


「花も蝶々も達者で暮らせって言うのは、花や蝶が二度と失われないようにって言うメッセージだったんだ」
ソファの背もたれにぐっと身体を預けて、朝幸は冷えた紅茶を口に含んだ。
「戦争の真っ直中から現代にやって来たら、どんな感じかしらね」
シュラインの呟きに、聖が答える。
「多分、このじいさんが感じたんと同じ様に感じるんちゃうかな?『花や蝶が、そして子供達が何に怯える事なく暮らしてゆける、そんな幸せを大事にして欲しい。』って」
3人は顔を見合わせて少し笑った。
普通に遺産の分配を書いた遺言よりも、遙かに家族を思った遺言ではないか。
「お祖父さんに携帯やパソコンの使い方を教えたのが依頼人らしいよ。だから、『一番仲の良かった孫なら必ず解読出来る』と言ったんだね」
依頼人へ連絡を終えた草間が戻り、シュラインの隣に腰掛ける。
「ホームページの似顔絵を描いた曾孫と言うのは、依頼人の娘なんだそうだ。『ちょうちょ』を『ちゃうちゃ』にしたのは、お祖父さんのユーモアかな?」
「ユーモアはあるわハイカラやわ、ユニークなじいさんだったんやな」
聖が苦笑し、シュラインはテーブルに置かれた紙をそっと胸に抱いた。
「ユーモアで、とっても優しいお祖父様よ」
その横で、朝幸が両手を天井に向けて体を大きく伸ばす。
「はー、頭使ったら腹が減ったな」
席を外しかけた草間の服の裾を掴んで、朝幸はにっこりと笑った。
「草間さん、何奢ってくれるのかな?」



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1295 / 神島・聖 / 男 / 21 / セールスマン
1294 / 葛西・朝幸 / 男 / 16 / 高校生
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■         ライター通信          ■
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春ですね。
頭に花が咲きそうなほど毎日をのほほんと暮らしている佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
「花も蝶々も達者で暮らせ」は、私の亡くなった祖父が何時も口癖のように言っていた言葉です。
彼は今際の際に、この言葉を言って逝くのが夢だったそうです。
実際には、何も語らず逝ってしまいましたが、私の心の中に今も強く残っています。
今回は、祖父を懐かしく思い出しながら書きました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。