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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍姫

■ はじまり ■

少女は、厳かに告げる。静謐に、一言一言を噛み締めるように、のっぺりとした笑顔を貼り付けたまま。
ざァァァァァ……という不愉快なノイズに、少女の声はかき消されることなく、鼓膜へと滑り込んでくる。
いっそ耳が無ければ、貴方はそう思いながらも、動くことができないでいる。
始まりは一本のビデオテープから。ポストに投函してあった、宛先すら書かれていない小包。
その夜は、雨が降っていた。雨音に耳を傾けながら、ビデオデッキにセットする。
その時に気付いていれば良かったのだ。これはおかしい、と……。
だが遅く、どこかで見たような……そうあれは映画の、呪いのビデオのように、微少を浮かべた画面の中の少女は告げる。

「……龍が生まれる」

その意味がわからずに、ただ潜在的な恐怖から視線を外すことですら躊躇われる。
湿った空気に錆び鉄の匂いが混ざり、やがて歯の根がカチカチと音を立てだした。

----次の日、貴方は不可解なビデオの相談を持ちかけるべく、知人の草間のところへと出向いた。



■ 黒いスペード ■

「これでうちらは一蓮托生や、まあそう落ち込まんと一緒に解決策探しまひょ」
 その言葉に、草間は自分の口元が引きつったのをはっきりと自覚した。一応は他人の前でそんな不快そうな顔を露わにしてはいけない----だかなんだか----という自覚はあったが、それでも彼はハッキリと確信した。
(これが殺意だ------!!)
 人生の新天地に一歩足を踏み入れた感動のようなものを噛み殺して、彼は彼女に目を向けた。
 南宮寺天音、高校生、女。彼女について知っているのはそれくらいだが、それ以上知りたいとも思わない。"運"という存在をそのまんま具現化したような彼女だが、それでも草間はハッキリと悟っていた。
 こいつはオレにとって疫病神だ……。
 その証拠に、草間はチラリと彼女が小脇に抱えているものを一瞥し、半眼で告げる。
「----で、それはなんだ?」
「ああ、コレ?」
 そう、それ。
 ああ聞きたくない、聞きたくないけど聞かないと話が進展しないし、だけどやっぱり聞きたくない。
 彼のそんな内心の葛藤をよそに、彼女は朗らかに断言した。
 厄介事は嫌いではない、嫌いではないが、それでも限度がある。この事件に首を突っ込んだら絶対に手に負えないことになる。はんば確信的にそんなことを呟きながら、草間は天音の言葉を待つ、そして。
「龍やね」
 胸を張って言う彼女の言葉に、
「なんでじゃぁぁああああああああ!!!!」
 草間は力の限り絶叫した。




■ 赤のダイヤ ■


「なんで…龍が……」
 重い疲労感が、ずっしりと両肩にのし掛かる。むしろこのまま逃げ出せてしまえたらどんなにラクだろうかと、そんなことを考えながらも、草間は天音の膝の上でトグロを巻く龍を見据えた。
 黄金色で、体調は三十センチほどだろうか、蜥蜴にそのまんま羽根をつけて牙と爪をつけたら、こんなカンジかもしれない。「龍」を言われて想像するような、そのまんまのカタチをしていた。眼の色は、どこまでも紅い。
「朝起きたら、いたんや」
 草間とは正反対に、天音はひたすら軽い口調で事態の説明を始めた。
 妙なビデオテープを見た。
 朝起きたら隣でコレが寝ていた。
 簡潔すぎて目眩すら覚える内容に、草間は唖然とする。
 龍が生まれる、その問題のビデオについて、依頼は多数押し寄せていた。どれもこれも同じ内容、そしてどれもこれもが例外なく、様々な理由で"龍"という存在を生み出している。
 だが。
「あり得ない…あり得なさすぎる……」
 呆れ半分驚き半分、草間の言葉に、彼女はさも心外だとでも言うように頷いた。
「真実やでーこれも」
 反射的に怒鳴り返しそうになるのをぐっと堪えて、草間は彼女にというよりも、自分に言い聞かせるようにして呻いた。
「いいか…よく聞け…………?
 ……オレは妖怪ってのは、人の想いから生まれるものだと思っている。そして多分、それは人間だって、もしかしたら世界だって同じかもしれない。『存在しているはずだ』『存在している』という誰かの”認識”が、人や妖怪を存在させているんだと思う」
「ふんふん」
 こいつ、もしかしてオレのことを馬鹿にしてるんじゃないだろうか----本日何度目かすら分からない危険な感情を覚えて、草間は吐息を吐きだした。
 そのまま流れるようにして、続ける。
「ただな----ただ。誰も”認識”しないままに何かが生まれるなんてことは、絶対にあり得ない。これは断言できる。絶対だ!あり得ない!何なんだ!?」
 たまらず叫び出す彼に、天音はただ一言で切り返した。
「うちってば今日はラッキー♪」
「違うわぁっ!!」
 さすがに頭にきて更に口を開こうとした、次の瞬間。

 ガッシャーン!

 という窓ガラスの砕ける音と共に、何かが部屋に飛び込んできた。
 それが人影だと確認するよりも反射的に、草間は天音の肩を強引に掴んで、部屋から飛び出した。
「---------ッ!!」
 一気に外へ出てて、思いとどまる。今は休日の昼間で、人通りが多すぎる。急な展開に舌打ちして、彼は逡巡した。
(どうする----どうしたらいい!?)
(このまま大通りを行くのはダメだ)
(裏道へ行くにしても、その前に追いつかる)
(相手の足のほうが速い)
(こっちには女と龍がいる)
 焦りだけが加速していく。時が延ばされ、一瞬が永遠となる瞬間、それらの思考が弾けて消える。
 そして意外なことに、草間の葛藤を救ったのは、天音の一言だった。
「草間はん、こっち!!」
「!?」
 理解が及ぶより先に腕を捕まれて、もつれるようにして草間は走り出す。彼を先導するのは、足手まといであったはずの天音と、彼女が小脇に抱えている龍だった。
 そのまま、二人は細い路地を疾走する。
「どうする気だ!?」
 どうにもならないことは分かっている。真っ昼間から人の家の窓ガラスを割って入ってくるような人間に心当たりは無い-----少なくとも、いや、多分無いだろう-----そもそも、そんな人間はだいたい”自分に害を及ぼす”ものだと、相場は決まっている。
 その勘は大当たりで、その人影は自分を追ってきている。振り返るのすらもどかしく、彼は確認しないままに走り続けた。
「あいつは何やねん!?」
 新宿はとても入り組んでいる都市だ。そびえ立つビルと、それを縫うようにして奔る裏道の数々、小さな雑居ビルも多く、迷路のように入り組んでいる。裏路地に入ってしまえば、そこはもはや異国だ。故に、もはや自分がどこにいるかもわからない。
「オマエが脇に抱えているのを狙ってるんだよ!そいつを置いていけば少なくとも追いかけられることはない!!」
「アホウ!ンなことできるわけあらへん!こいつを上手く使えば大もうけやで!?」
 命とどっちが大切なんだ、この小娘ェ!
 と叫びたいのを堪えて、彼は慎重に背後を振り返った。
 そして、絶句する。
「----------なっ!?」
 次の瞬間、草間の足下が弾け飛んだ。
 前方に倒れる勢いを利用して回転し、何とか受け身をとる。勢いを殺さずに一気に立ち上がり、彼はぞっとした。
 自分達を追ってきた男が手に持つ自動拳銃が、ぬらり、と光る。草間の足下で着弾した弾丸はそのまま、アスファルトを大きく抉っていた。
「…………ッ!」
 これにはさすがの天音も驚きを隠せずに、眼を見開いていた。何となくしてやったり、などと思いながらも、彼は慎重に身体を動かす、刹那。
「動、く…な、殺…すぞ……」
 聞いている者の首筋を直接撫で上げるような、何とも言えない不快な声に、草間は拘束された。
 自分を追ってきた男----男だろう人影は、全身が黒ずくめだった。夜色のロングコートに黒皮の手袋、顔を黒の帽子で隠している。体格は、ひたすらにひょろ長い。突けば倒れてしまうそうなほどだが、それでも男が持つ拳銃の存在感に圧倒された。
「なぜ……オマエ、のま…わ……り…ば、かりで、龍が生ま…れ………る」
 ほとんど唇を動かさずに、男はぼそぼそと喋る。だが不思議と、その声を聞き逃すことは無かった。
 男は続ける。
「それ…を、おいて…ゆ…けば、殺しは、し、ない……」
「置いていかなかったら、どうなるんだ…?」
 草間の問いに、男は無言で拳銃を掲げた。
 龍を見殺しにするか、正義感ぶってこのまま死ぬか、道は二つに一つだ。拳銃という絶対的な驚異の前に、草間も天音も、対抗手段を持ち合わせてはいなかった。
 絶望的だ----
 覚悟を決めようとした、その時。
「草間さん草間さん…」
 くいくいっと袖を引っ張られて、彼は男から視線を外さずに鋭く囁いた。
「なんだっ」
「うちの合図で、後ろに飛んでぇや…絶対やで!」
「なに?」
「…………結論、は…でた…か……?」
 じゃり、と大地を踏みしめる音がして、二人は黙った。
 見ると、いつの間にか、男が眼前まで迫ってきている。
 命が危険にさらされているというのにもかかわらず、草間は不思議と奇妙な感覚を覚えていた。まるで何か、とんでもない「嘘」の物語を見ているような、そんな気がするのだ。
 そしてそれは、男の存在感があまりにも希薄なせいだと、すぐに気が付いた。まるで空気のようにそこにあるのに、決して実態を見せない。そこに「在る」のだという”認識”は出来るのに、いまいち実感が無いような----それでいて、男の持つ拳銃の威圧感だけが異様に感じられる。
 もう十センチもない…男と自分の距離に戦慄する。この距離で弾丸は、確実に草間の脳髄を吹き飛ばすだろう----飛び散る骨片に肉塊、元は脳だった様々な組織----

「今!!!!」

 凛と響いた声に、草間は本能で大きく跳躍した。
 そして----次の瞬間、男の真上に巨大な鉄骨が一本、落下した。
 -----------ぞんっ。
 背筋が寒くなるような音を残して、男の身体が鉄骨の下に消える。
「-----------!!」
「早く逃げなアカン!!」
 天音のやけにしっかりした声に縋り付くように、草間はそこから駆けだした。



■ 予想外の手札 ■


「なんで、あそこに鉄骨が落ちてくるって分かったんだ?」
 あれから一時間後、二人は草間興信所にいた。摩耗しきった精神と身体を引きずるようにして帰宅すると、部屋は元通りにきちんと掃除されていた。零の手際の良さに内心で感謝しながら、草間はコーヒーを啜る。
「勘や」
「勘でオレは殺されかけたのか----」
 げっそりと呻く。あと一瞬でも飛び退くのが遅れていたら、鉄骨の下敷きになっていたのか彼だったのかもしれないのだ。
 思い出すだけでも、ぞっとしない。
「結果オーライやん」
「そういう問題かっ!」
「せっかく助けてあげたのに、ホンマ助けがいの無いやっちゃ……」
 ぶつぶつと不満をこぼす天音に、ならオマエが殺されかけてみろと言いかけて----ふと、草間は疑問を口にした。
「んで、どうすんだ?」
「ちゅーか、あいつらは何者やねん?」
 質問に質問で返されて、瞬間、ひるむ。そこを逃さぬと言わんばかりに、天音は更に言いつのった。
「なんでコイツを狙うんや?草間さん、絶対なんか知っとるやろ、うちは騙されへん」
 全部に答えることは出来ないが、1つだけ答えることはできる。言って良いのかどうかは分からなかったが、助けてもらった恩もある。
 どうせこいつなら、幸運で何とかするだろう----
 乱暴に整理して、草間はめんどくさそうに頭をかいた。
「あーーつまりだ、アイツはら【ドラゴンズ・フロウ(龍を滅ぼす者)】つーわけのわかんない組織で、龍殺すことだけに命をかけてるような連中だな、うん」
「それで?」
「それだけ」
「は?」
「だから、それだけ」
 ウワサで聞いただけであるし、そもそも探偵仲間の間で殆ど噂だけのような存在だったのだ。草間自身、今回の事件が無ければ信じてはいなかっただろう。
 妖怪殺すためだけの組織など、”妖怪”と”人”を少しでも理解している人間であれば、ナンセンスな発想なのだから。
 草間の言葉に、天音は息をつまらせ----
「じゃあ、この龍はどなせぇっちゅのぉぉぉおおお!!!」
 すりすりと頭をすり寄せてくる龍を抱えて、とにかく叫ぶしかなかった。




   完



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0576/南宮寺・天音/女性/16/ギャンブラー(高校生)
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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、大鷹カズイです。
この度はご依頼のほう、まことにありがとうございました。

さて----龍姫ですが、何やらわけのわからぬままに戦闘に入り、何やらいつの間にか戦闘が終わり、最強最悪の手札であるジョーカー(龍)だけが手元に残る結果となってしまいました…スミマセン。
未消化にもホドがあるんじゃない!?
と思われるでしょう…いや、っていうか実際そうなんです。
もともと長編の設定をそのままこっちに持ってきたら……(汗
大変申し訳ありません。

天音さんの戦闘、というのがどうにも難しく、大変でした。
その分、書いていてとても楽しかったです。

龍の生まれたわけ、組織のこと、色々と書き足りない部分はありますが、いずれまたの機会にでも書ければいいなぁと思っております。

それでは、またいつかお会いできる日を願って。


   大鷹カズイ 拝