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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍姫

■ はじまり ■

少女は、厳かに告げる。静謐に、一言一言を噛み締めるように、のっぺりとした笑顔を貼り付けたまま。
ざァァァァァ……という不愉快なノイズに、少女の声はかき消されることなく、鼓膜へと滑り込んでくる。
いっそ耳が無ければ、貴方はそう思いながらも、動くことができないでいる。
始まりは一本のビデオテープから。ポストに投函してあった、宛先すら書かれていない小包。
その夜は、雨が降っていた。雨音に耳を傾けながら、ビデオデッキにセットする。
その時に気付いていれば良かったのだ。これはおかしい、と……。
だが遅く、どこかで見たような……そうあれは映画の、呪いのビデオのように、微少を浮かべた画面の中の少女は告げる。

「……龍が生まれる」

その意味がわからずに、ただ潜在的な恐怖から視線を外すことですら躊躇われる。
湿った空気に錆び鉄の匂いが混ざり、やがて歯の根がカチカチと音を立てだした。

----次の日、貴方は不可解なビデオの相談を持ちかけるべく、知人の草間のところへと出向いた。



【雨音】


「何なんだ----何なんだコイツは!!」
 草間の絶叫が、鼓膜へ滑り込んでくる。
 全ては雨音に閉ざされたまま、目の前の光景が非現実的な恐怖で塗りたくられていた。
 そこは廃れ朽ちた、神社とおぼしき廃屋だった。屋根は無く、床も腐ってあちこちが抜けている。遠くに煙り紅い鳥居が、どこまでも存在感を持っていた。そのモノトーンの薄気味悪い景色に、雨が白い刻印を残している。どこまでも容赦無く、それ故にどこまでも潔い。
「----------」
 間断なく続く雨音に紛れる微かな不協和音に眉をしかめ、ふとそれが自分の呼気だということに気付く。
 自分も相当緊張しているのか-----
 それをなんと表現したらいいのか、オカルト作家として生計を立てている雪ノ下正風でもわからなかった。その威圧感、存在感、躍動感、生命力、それら全てを一つにまとめて具現化すれば、それになるなのかもしれない。
 外見だけを言うならば、それはまさに「龍」そのものだった。雨の中であっても霞むことのない黄金の鱗に、ぬらりと光沢をたたえる真紅の瞳。体長は五メートル程だろうか、トカゲにコウモリの翼、巨大な爪と牙をつけたのなら、丁度こんなかんじになるのかもしれない。「龍」と言われて反射的に脳裏に浮かぶ、そのまんまの姿をしていた。
 だが、その巨躯が乗っている机のような台は、縦幅せいぜい一メートル四方しかない。まるで不自然な騙し絵のように、巨大な龍はそこでトグロを巻いていた。
 龍を見慣れている彼だったが、この龍の姿には驚きを覚えた。
 龍は、あちこちが傷だらけだった。黄金色の鱗は見るも無惨に破れ、千切れ、吹き飛び、寝台は血で濡りたくられ、異様な出血量に嘔吐感すら覚える。
 何も見ていない瞳は、空虚しかたたえていない。
 果てしなく深い、絶望の色。
 涙が零れそうになる衝動を、彼女は堪えた。
 気高い獣が流す血は、涙のそれだ。ただひたすら黄金の龍は泣いていた。自分の存在が希薄になっていくことを感じながら、何かを守れないことに絶望し、涙を流していた。

 ------身体中傷だらけになりながらも、必死で何かを守っていた。

 それはあまりにも摂理を無視した存在だと、脳裏で誰かが告げる。それが恐怖だと気付く前に、正風は頭を振って思考を払った。
 絶対的な恐怖に勝るのは、絶対的な自己だけだ。
「あれを…倒せるのか?」
 傷だらけの龍から目が離せないので、今の草間の表情をうかがい知ることは出来ない。気を抜けば今にも殺されそうな殺気を真正面から受け止めて、正風は首を振った。
「あれは、人間の手に負える存在ではない」
 草間が息を呑んだのを、気配で知る。
 何の反論も無いことを願いながら、正風は左肩を軽く引いた。足を肩幅の間隔に開き、拳を固める。呼吸は深く、だが意識は軽く、どこまでも軽く------そうして意識が細くなる感覚を、"認識"する----
「だが----契約は出来そうだ」
 そう言って、彼は跳躍した。



【調査】



 不可解なビデオテープの依頼は、どうやら何件もきていたらしかった。
「またか」と呟きながら通された草間の自室には、同じようなビデオテープが山積みにされていた。これも何かの縁だとぼやく草間に、若くないなと苦笑する。
 そういった簡単な雑談の後、本題に入った。
「----妖怪は誰かが"認識"することによって生まれる。それは人も、妖怪も、もしかしたら世界ですら、"認識"によって成り立っているのかもしれない。誰かが"龍がいる"と思えば、龍は本当に存在するんだ。だから、そのビデオはその"認識"を操作して、龍を生み出すのが目的だと思っていた」
「…だが違う、と?」
「ああ。"認識"によって龍が生まれるなら、何故複数の龍が生まれるんだ?それもこれも、全てが黄金龍だ。場所もまちまちだしな-----おそらく、ビデオテープの数だけ龍が生まれるんだろう、確信はないが」
 成る程……。人も妖怪も、『存在している』『存在しているはずだ』という強い想いが集まった結果”生まれる”という、草間の持論は知っている。異存は無いし、反論するつもりもない。
 だが、不可解だった。
 一度に複数の龍が生まれる----そんなことが、実際にあり得るのだろうか。
 信じられないが、それでも事実なのだろう。小説のネタになりそうだと考えて、正風は頷いた。
「それで、アンタはどう考える?」
「最近、【ドラゴンズ・フロウ(龍を滅ぼす者)】という組織の動きが活性化している。意図は分からないが、そいつが犯人だろうと睨んでいる、今のところはな」
 聞き慣れない単語に、正風は首を傾げた。
「ドラゴンズ・フロウ?」
「龍を滅ぼすためだに生まれた組織らしいが、詳細は不明だ」
 龍を滅ぼすために組織があるのに、龍を生み出してどうするのだろうか?
 疑問は浮かんで、すぐに消えた。犯人捜しは後回しだ、今はビデオテープの謎を探る方が先である。
「そういえば、そのビデオ霊視はしたのか?」
 霊視というのは、正風が持つ一種の霊感だった。物質に込められている霊的な想いや感情を読み取り、脳裏に投影する。こういう事件のケースでは、大いに役立つ能力だ。
「ああ、既にな。見えたのは廃れた神社に紅い鳥居、信じられないくらいデカい重火器と、大きな龍がそれに撃たれる姿だ」
「なんだそれは」
 わからない、というように草間が眉を寄せる。
 正直、自分でも理解できていない部分が多い。
「神社ということは、龍神を祀っているのかもな」
「既に廃墟と化した神社に心当たりは?」
 そんなもの、あるわけもない。正風は正直に首を振った。心当たりがあったら、既にそちらに向かっている。わからないからこそ、草間にこうして聞いているのだ。
「龍神…水の神か……ひとつ、心当たりがあるぞ。龍神を祀ってある祠がある場所だ。"水神"ではなく----本物の、龍を生み出すための祠がな------」
 そうして草間は、ニヤリと笑った。



【契約】


 シャアアアア!!!
 大きな顎(あぎと)が迫ってくる。それを冷静に観察しながら、彼は筋肉を引き絞った。瞬発力を溜めるように気持ち足を大地に縫い付けて、すぐに飛び去りたい衝動を自制する。
「ふっ!」
 紙一重の差でかわす----持ち去られていく衣服の切れ端にぞっとしながら、彼はそのまま一歩踏み込んだ。
 踏み込むわけではなく、ただ動きを龍の流に乗せるようにして、息を深く吸い込む。
 力の凪がれが自分の内へと集中し、空気の流れが正風と龍を中心にして、渦を巻く。螺旋がひとつの力を作り、その流を”認識”する-----
 -----刹那、力が爆発した。
「破ッ!!!!」
 ----どこっ!!!!
 龍の身体が、ぐらりとよろめく。何か不可視の力に横っ面を殴打されたように----実際、そうなのだろう。苦しそうに呻りながら、それでもまたこちらを睨み付けてくる。気功を応用した、発剄と呼ばれる術だ。
 それでも決定打には至らない。龍の強靱的な肉体は生半可なことでは傷つかないだろう。だが実際、目の前の龍は数多くの弾丸をその身に内包し、鱗は千切れ、雨でも流しきれないほどのおびただしい出血をしている。
 いったい、どれだけの銃器を使用すれば、ここまで決定的に龍を傷つけることができるのだろうか。
 傷つけながらも殺さない、犯人の憎悪すら感じられる----そしてふと、正風は気が付いた。
 龍は、死んでいるわけではない。ただ傷つき瀕死ではあるが------実際、あと小一時間もすれば絶命するかもしれないが------まだ、攻撃はできるのだ。

 こちらの力量を計っている----

 直感的にそう思う。
 彼は再度身構えて、静かに口を開いた。
「----------俺の名前は、雪ノ下正風……」
 朽ち行く龍の瞳が、きゅぅっと細くなる。凄まじい恐怖が空気を震わせてるような錯覚に陥りながらも、正風はそれをぐっと自制した。
 大丈夫、
 あいてはまだ、会話が通じる------
「あのビデオテープに込められたあんたの思念を、俺は理解しました」
 一言一言が、空気を裂いているように感じられる。鋭い痛みを自覚して、正風は息をひそめた。
「死に行く貴方の変わりに、俺がそれを守りましょう----------」
 その時だった。龍が、咆哮を轟かせた。肉声ではない、脳に直接叩きつけられる容赦ない念波。
<<我が名は「龍姫」!>>
「痛っ!?」
 脳に痛みを引き起こすほどの大音量での精神通話。それは衰弱してもなお衰えることのない、絶対的な力だった。
<<受け入れよう、汝のその言葉!我が力を契約の証とし、命を賭して守ると誓うのならば-------->>
「誓おう」
 正風は即答した。
<<汝が守るべきは、我が命、我が半身にして、我が心>>
 龍が、ゆっくりとトグロを解いていく。音を立てずに、ただ雨音だけが鼓膜を叩いては消えていく。
「龍の…子供…?」
 草間の、呆然とした声が聞こえた。こちらに同意を求めたのかも知れない----そうも聞こえたが、正風はあえて無視した。
<<名をつけよ、それが契約の証となり、我が力となるだろう---->>

 ふ、

 龍の姿が、突如として消える。
 まるで初めから何もなかったかのように、そこに黄金の巨躯は無い。存在する力が希薄になり、消滅したのか------
 それでも、それが生きていた証だと証明するように、小さい子供の黄金龍が一体、すやすやと眠いっていた。

「名前……か」

 正風の呟きが誰かの耳に届くことは無く、ただ冷たい雨に身体を打たれながら、既にいない龍を想った。
 命をかけてまで子供を守ろうとした、親の想いを感じながら------




     完



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0391 / 雪ノ下・正風 / 男  / 22歳 / オカルト作家
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■         ライター通信          ■
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はじめまして、大鷹カズイです。
この度はご依頼、誠に有り難うございます。

少しは楽しんでいただけましたでしょうか…?
個人的に、戦闘場面などが大好きな私ですので、書いてる途中はとてもノリノリでした。
少しでも「面白い」と想ってくだされば、書き手としてこれ以上の幸いはありませんw

龍と契約し力を得る----子供とは言え、龍の力は無限大です。
名前をつけて可愛がってやってください(違っ
【ドラゴンズ・フロウ】について、謎のビデオについて、まだまだ謎はたくさん残っておりますが、短編では消化しきれませんでした…大変申し訳ありません。
文字数制限に泣きましたw

ではでは、長々と読んでくださりありがとうございます。
またいつかお会いできることを願って------



   大鷹カズイ 拝