コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


ジュリエットは永遠に醒めない夢を見る

休日の昼下がり。
鳴神時雨は道具箱を手にあやかし荘内を歩き回っていた。
と言うのも、最近住人の出入りが激しく、それに伴い修理・補修するべき場所が沢山出てきたからだ。
修理と言っても、ここの住人達はなかなか行儀が良いのでささやかなものだ。
長年使う内に弛んできた蛇口の修理に電球の取り替え、鍵の交換。
しかし、ささやかと言っても重なれば結構な労働だ。
時雨は忙しく動きまわりながら、それでも何やら快感のようなモノを覚えていた。
最近すっかり日曜大工が板に付き、自分の作業の素早さと的確さに我ながら惚れ惚れしてしまう。
昨日引っ越して行った住人が最後の置き土産とばかりに踏み抜いて行った床板を直し終え、次は一階の廊下の電球だと右手に道具箱、左手に電球を持って歩いていると、前方から悲鳴が聞こえた。
「また三下か」
悲鳴のある処に三下あり、と言っても過言出はないほど、あやかし荘内で悲鳴を上げる頻度の多い三下の姿が住人のいない筈の部屋の入口から見えたと思ったら、廊下に転げ出てきた。
「どうした?三下、ヒキガエルが裂かれるような悲鳴を上げて……」
むしろヒキガエルに失礼な言い方かも知れない、などと思いつつ時雨はパクパクと酸欠の金魚の様に口を開いて自分と部屋を交互に見る三下に近付いた。
「しっ時雨さんっ!ミっミイッラ!」
「ミイッラ?ミイラか?」
時雨の言葉に頷いて、三下は部屋の中を指さした。
「何をそんなに怯える?死体など蛋白質とカルシウムの塊に過ぎないぞ?」
男の癖にミイラの一つや二つで腰を抜かしやがって、根性ナシめ……と思えども口には出さず、時雨は三下の指す部屋を覗き込んだ。
正面に窓、左側に箪笥や戸棚などの家財道具があり、右側にソファとテーブルのセットがある。
その古びたソファの上に、三下を驚かせたミイラがいた。
「この部屋に住人はいないと思っていたが……」
首を傾げた時雨に、三下は何時も通り手短にしようとして省きすぎ、詳しくしようとして余計な事ばかり多い事情を話す。
「……50年放置して置いた訳か……しかし、」
と時雨はソファに横たわったミイラをじっくりと見た。
「日本の気候で自然にミイラ化する可能性はかなり低いぞ?」
言いながらセンサーを走査させる。
木切れのような細く小さな身体は麻のワンピースを纏っている。頭部は長い髪が半分抜け落ち、半分残った状態で肘掛けに置かれている。
ほぼ水分が失われ、フリーズドライの状態だ。
しかし、時雨は首を傾げる。
「脳波が在る。睡眠中の波形だが……」
こんな状態で脳波があるとは、一体どう言う事だ?
時雨は枯れた枝のような肩口に掛かる長い髪を1本取り、瞬時に分析する。
「解析不明の薬物反応……原因は此れか?」
「え、薬物がどうしたの?」
呟いた時雨の肩口を、突然男が覗き込んだ。
「わ、死体だ。一体何事?」
「なんだ、貴様か」
がっしりとした体格の時雨と並ぶと随分貧弱に見えるが、極普通の体躯を持つ青年の名は吾妻隆。
時折あやかし荘を訪れる役者だ。
「死体と言うかミイラ?何があったの?」
隆は目の前の死体に驚く事なく、むしろ興味津々と言った様子で時雨を見る。
時雨は面倒な説明を三下に任せようとしたが、逃げ足だけは天下一品のあの男はさっさと何処かへ逃げてしまっていた。
仕方なく、時雨は手短に事情を説明し、死体と言っても不思議なもので脳波があるのだと告げた。
「脳波がある?て事はまだ生きてる?この状態で?」
まるで何でも「どうして?どうして?」と聞きたがる子供のようだ。
「何かの薬物を使ったらしいな。何故だかはわからんが……」
例え薬物を使ったからと言っても、50年放置された脳死状態の身体があるだろうか。
「やられたな」
時雨は呟く。
「え。どうして?」
キョトンとする隆の肩を時雨はぽんと叩いた。
「三下が見つけた騒ぎの元を、俺達が始末しなきゃならんらしい」
「俺達?」
笑みを浮かべかけて、隆は表情を止めた。
「俺と、貴様だ」
脳波のある奇妙なミイラと時雨、そして自分の足元を見て、隆は両手を合わせ、目を閉じる。
「ご愁傷様」
偶然にもこんな日にあやかし荘を尋ねてしまった隆の、そして、否が応でもここに住むしかない時雨の、どうにも巡り合わせの悪い因果だった。


「まぁ、見つけちゃったものは仕方ないよね。見なかった事には出来ないし、恵美の為に契約を終わらさなくちゃいけないし」
隆の言葉に時雨は溜息混じりに頷いた。
「身元とかは?契約してるんだから、連絡先とか一応判ってるんだよね。まず其処から当ってみなきゃ…相手がいたんなら、無縁仏にはさせられないよ。ご本人の住所を探して…家が無かったら、ご近所から事情を聞こう」
何やら訳ありな、若い未婚の男女。
50年もの間契約をしたと言う事は、相手の男は50年後には迎えに来るつもりだったのだろう。
或いは、50年の間に二人で暮らせるよう手段を講じるつもりだったのだろう。
「連絡先ならば管理人が知っているだろう。当時の契約書を持っている筈だ」
言いながら、時雨は考える。
50年。
待つつもりだったのならば、何故薬物を飲む必要があったのか。
迎えにくるつもりだったのならば、何故男は現れなかったのか。
「50年前やってきた2人に、何が起きていたんだろう。多分、相手の人は、彼女をおいていかざるを得なかったんだろう。…悲しい話だよね。まるでロミオとジュリエット……」
許されない相手と結ばれる事を願って、薬を飲んだジュリエット。愛する者が死んでしまったと思い込んで自殺するロミオ。
今、目の前に横たわる女性もまた、愛する者の為に薬物を口にしたのだろうか。
「取り敢えず、」
と、隆は手を打った。
「俺は恵美の処に行って契約書を見せて貰って来る。時雨は、何か手がかりになりそうなモノがないか探しててよ。何故薬物を飲んだのか、メモとか日記とか、残ってないか。もしかしたら、どこかに薬が残ってるかも」
「わかった」
頷いて、時雨はふと顔を上げた。
「そうだ。何処かに三下がいたら連れて来てくれ。アイツには絶対何か手伝わせないと気がすまんからな」
「了解」
にこりと笑って、隆が部屋を後にしかけたその時。
「あ、隆さん。いらしてたんですか」
今まさに尋ねようとしていた恵美が姿を現した。
手に何やら白い布と紙を持っている。
「あら、三下さんは?このお部屋の事、三下さんにお願いしたんですけど」
部屋の中に三下の姿がないので、恵美は首を傾げた。
三下一人のお陰で随分手間を掛けられる事だ。
時雨と隆は溜息をついて事情を説明した。
「え……?」
困惑する恵美。あやかし荘から死体が出たとなれば、それも仕方のない事だ。
「ほら、そこにミイラが」
しかし、隆の指さした方向を見て悲鳴を上げたのは、恵美ではなくその後ろに立った老女だった。
「こんな…!こんな事になるなんて…っ!」
「あ、だ、大丈夫ですか?」
扉に縋り付くようにその場に座り込む老女を、恵美が助け起こす。
「ああ、何という事でしょう……!許して頂戴、私を許して頂戴……」
突然の老女の出現に、時雨と隆は互いに顔を見合わせた。


「一体どう言う事なんだ?」
時雨の言葉に恵美が答えた。
「あ、えっと、こちらは保証人の方なんです」
「保証人?」
白いガーゼのハンカチで目元の涙を拭う老女を見て、隆は首を傾げた。
70歳前後と言った処だろうか、抹茶ミルクのような色のワンピースを纏い、春物の柔らかい帽子を被っている。
「それじゃ、このミイラの知り合い……?」
言ってしまってから隆はふと口元を押さえた。せめて「この女性の知り合いか」と尋ねるべきだった。
「許して、とは?」
「…………」
時雨の言葉に、老女は一瞬目を背けたが長い溜息をついて言った。
「私が、彼女に薬を渡したのです」
この言葉には、時雨も隆も驚いた。
「一体何を飲ませた?」
一人の人間を脳波のあるミイラにする、そんな薬が一体何処に存在したのだ。
しかし老女は首を振って、分からないと答えた。
「貴様が薬を渡したと言ったんだぞ」
思わず、声を荒げてしまった時雨に隆がそっと触れて注意を促す。
「私の家は代々薬屋で……、我が家に伝わる秘薬の一つを渡したのです。永遠の若さを保つものだと……」
「永遠の若さ…?」
何故そんなものを飲む必要があったのだ。
互いに承知し合って50年と言う歳月を待つつもりだったのならば、薬など飲む必要はなかっただろうに。
時雨と隆、そしてサッパリ事情が飲み込めない恵美に、老女は語り始めた。
50年前。
さる事情で結婚を許されない男女は「50年後一緒に暮らす」と言う約束を交わして、別れる事を決意した。
どちらも、そうせざるを得ない状況だった。
当時20歳だった女と、25歳だった男。50年を過ぎれば70と75の老人である。その頃になれば、互いの生活も残り僅か。
今結婚出来ないならば、せめて老後を共に過ごそう。その約束を忘れない為に、僅かな日々を共に暮らしたこのあやかし荘を、契約し続けよう。
50年後、あやかし荘の契約を終了すると同時に、2人の自由な生活を始めよう。
50年。
気の遠くなるような歳月だが、二人はそれを心の綱にそれぞれの生活を始める。
「2年が過ぎた頃でした。彼女は私に言ったのです」
50年を過ぎれば自分は老女。自慢の長い黒髪も白髪に変わり、今は柔らかくしなやかな肉体も衰えているだろう。それでも、彼は自分を愛してくれるだろうか。
勿論、老いる事はお互い様だ。
しかし、まだ若い彼女にとって老いる事は一種の恐怖に似ていた。
「私は冗談のつもりで薬を渡しました。秘薬など、信じていなかったのです。精々、滋養強壮作用程度のものだと思っていました。処が、それから数日後、彼女は姿を消してしまった……」
不安になり、一旦はあやかし荘を尋ねたのだと老女は言った。しかし、鍵の掛かった部屋は呼びかけても返事がなかった。
自殺などと言う事はないだろう。50年を、互いに同じ街に住んで暮らす事に耐えられなかったのだ。
そう思い、それ以上消えた女を捜す事は敢えてしなかった。どちらにしても、約束が果たされるのならば50年後に二人は幸せに暮らす事が出来るのだから。
「相手の男はどうなったんです?」
隆の問いに、老女が首を振る。
「亡くなったのです。2年前、事故で。だから、50年を過ぎた日に、ここに来る事は出来なかったのです」
本当は、契約が満期になった昨年末、老女はあやかし荘を尋ねるつもりだったと言う。
女が約束を守れば、ここに現れるだろう。その時に、男が死んでしまった事を伝えるつもりだったのだと。
しかし、病気で入院する事になり、先週退院したばかり。
暇を見つけて漸く今日、来る事が出来た。
「まさかこんな事になっていたなんて……」
涙ぐむ老女の肩をを慰めるように恵美が抱く。
「50年、本当に待ちつづけたんだぞ……」
時雨は呟いた。
誰にと言うでもなく。


男はどんな気持で48年を過ごしたのだろうか。
女はどんな気持で薬を飲み、50年を待とうとしたのだろうか。
「今でも、待っているんだよね」
隆は寂しげな目をミイラに向ける。
堅く閉ざされた木の幹のような目の奧に、まだ脳波があるのだと言う。
どんな夢を見ているのだろうか。
男が迎えに来る夢を、繰り返し繰り返し、見続けているのだろうか。
「俺じゃ、「彼」の代りになれないかなあ…?」
隆の呟きに、時雨が首を傾げる。
「「彼」が少しでも判れば、「彼」になれるのに。写真、声、手紙…。彼女に一言、伝えてあげたいんだ…」
「貴様が50年に終止符を打つのか?」
「俺じゃない。相手の男と、彼女だ」
「そう言えば貴様は役者だったな」
隆は僅かに微笑んだ。
「写真なら、私が持っています。と言っても、若い頃のものですが……」
言って、老女がバッグから1枚の写真を取り出した。
色褪せた白黒の写真だった。
日傘を差した女と、スーツ姿の男。
幸せそうに微笑んだ2人。
その終焉がこんな風に訪れる事を、写真の中の2人は知らない。
「スーツ、どこかにないかな?」
隆の言葉に時雨は首を振った。生憎と、そんな正装をする事はない。例えあったとしても、時雨の服ではサイズが合わないだろう。
「ネクタイでも良いんだけど……」
呟きながら、隆は部屋を見回した。
箪笥の中に服が残っていないだろうか。
と、開いた箪笥は見事にカラッポ。しかし、その奧の方に忘れられたらしいネクタイを見つけた。
「スーツはないですけど、カッターシャツならあります。三下さんの洗濯物、さっき風で飛んだのを拾ったんです」
恵美が手に持っていた白い布を隆に差し出す。
「ああ、丁度良い」
隆は三下のカッターシャツを、自分の来ていたTシャツの上に羽織る。
少しシワが寄っているが、この際目を瞑ろう。
普段そんな堅苦しい服を着ないので、ネクタイを締めるのに少々手こずったが、どうにか閉め終えると襟に手を入れて形を整える。
ジーンズの上にカッターシャツとネクタイと言う奇妙な出で立ちだが、何もないよりはマシだろう。
写真の男を見つめて、深呼吸する。
男の微笑んだ顔を目に焼き付けて、隆は目を開いた。
観客は3人。目の前にヒロイン。
舞台に立つ時のように、隆は写真の男になりきった。
そして、告げる。
眠れるヒロインが待ちつづけている言葉を――――――――


干からびた顔の、干からびた瞳から、一筋涙が流れるのを時雨は見た。
そんな水分が何処にあったのだ。
センサーを走査しかけて、辞める。
この世には、理解できない事も解明出来ない事も、沢山あるのだ。
しかし、隆が言葉を伝えた数秒後に脳波が消えたのは確かだった。
50年待ちつづけた女は、漸くその長き歳月から解き放たれた。
そして、この世ではない別の場所で、男と再会し、待ち望んだ通り共に暮らす事が出来る。
時雨はそう信じたかった。


end



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
1323 /鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
0648 / 吾妻・隆 / 男 / 22 / 役者
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

11歳の頃に「ロミオとジュリエット」を読み、サッパリ理解出来なかった佳楽季生です。こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
成長してから3度ばかし映画やビデオも見たんですがやっぱり納得できなかった私は乙女心が欠落しているのでしょうか。ううむ。
今回のお話は如何でしたでしょうか。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。