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<東京怪談ノベル(シングル)>


make a move on

 花が咲き、花が散る。
 それは何処の国でも変わりはしないが。
「やはりこの季節は日本が一番いいな」
間宮伊織は空を見上げた…其処は青だけに止まらない。
 視点を上に転じるだけで、視界を淡い花霞が覆う…桜だ。
 春特有の曖昧な空の色に映えるその淡紅の花弁の合間、濃い紅がまだ幾つも見える。
「八分咲き、といった所かな」
まだ満開ではないが、それも明日には開ききるだろう、と春の宵をそぞろ歩きながら伊織は季節を堪能していた。
 常の拠点は海外に置く伊織、盆と正月に戻らなくてもこの桜の季節だけは外さない。
 何かの因果でもあるかのように、桜は色々な意味で…彼に縁の深い出会いを運ぶ。
「そういえば」
口許を引く笑いに、銜え煙草の先の火がふぅと明るく燃えた。
「彼女と逢ったのもこんな季節だったか…」
思い出の中の空は、透明に新たな光に満ちた朝のそれ。
 眼前の現実を桜吹雪の幻影が払ってその向こう、長い黒髪の後ろ姿が、記憶の奥底から蘇った…かに見えたのは気のせいだった。
「やめて下さい…!」
胸の前にバッグを抱き、会社帰りと思しきOLが後退りに逃れようとするが、桜の幹に阻まれて動けない。
 その前には三人の男…程よく、を通り越して、過ぎた酒量に赤ら顔のサラリーマン達は、乱れたスーツにコンビニに袋を下げてOLとの距離を詰める。
「あ、ひーどいなー」
「一緒に楽しく飲みませんか〜?って」
「誘ってるだけなのに〜」
すっかり酒精に支配された様子で、ハモる。
「傷ついちゃう、なぁ〜」
花が浮かれれば、人も浮かれるか。
 見苦しい様だが、その構図は何処かで見たような…既視感を覚える光景をしげしげと興味深く眺める伊織に、OLが気付いた。
「そこの人、お願いします、助けて下さい…!」
酔漢に悪気はなさそうだが…女性が一人で対処するには手に余るだろう。
「あぁ、そういえば」
伊織はポンと手を打つ。
「あの時もこんな感じだったな」
噂にだけは聞いていた…一つ駅向こうの女子校に、タロット占いを得意とする美女が居る、と。
「出会いから人ならぬものとの戦闘に巻き込まれて…とくればシチュエーションはおあつらえ向きではあったんだが」
その姿を見たのは初めてだったが、セーラー服の濃い紺よりも明度が低いというのに、自体が艶やかさを持って重さを感じさせず、緩やかな波を作って流れる長い髪に。
 伊織は、一目でそれと知った。


「私が欲しいの?」
彼女の問いに返るのは、下卑て重なる笑い声。
「知ってるぜ、アンタとお付き合いすると随分と楽しいらしいなぁ?」
見るからにガラと頭の悪そうなご面相で顎を引く。
「アラ、イヤね」
長い髪を指で梳き、彼女はほんのりとした笑いを声に含ませた。
「誰に聞いたの?そんなコト。私と過ごす時間が楽しいなんて、嬉しいわね」
僅かに傾げた首は何処か小鳥を思わせる動作だ。
「それじゃ、オレ等も楽しませてくれよ、なぁ」
脅えた様子がない…のを諾と取ってか、頭と思しき男が肩を掴もうとするに、するりと身を捻って避ける。
「それじゃ、楽しい情報のお礼に、あなたの運命を教えて上げるわ」
いつの間にかその手には一組のタロット…軽くシャッフルしたそれの内、一枚を指に挟んでスイと眼前に翳した。
「人間に一つしかない運命の存在を知ってる?」
避けられたのに唸り、もう一度手を伸ばすが…まるでカードに阻まれたが如く、それ以上近付けないでいる。
「…けれど、それはあなた自身にはまだ早すぎるわね」
ピ、と翻すカード、『吊られた男』という名の…だが、一見、立っているようにしか見えない、逆位置。
「実りのない苦労は身に合わないと、思わない?」
「何言ってやがる、このアマ!」
別の男が手を伸ばす…より先に、伊織は動いた。
 一人を手刀に打ち倒し、手を伸ばした男の手首を掴んだ。
「花の下で女性を称するに相応しい言葉、というものがあるだろう」
そのまま捻り上げる。
「女性に対して相応しい所作、というのもな」
肘打ちを肩と首の付け根に打ち込み、崩れる身体は支えもせず、そのまま彼女を前に固まった男を蹴り込むに、容易に吹っ飛んで桜の幹に叩き付けられた。
 振動に散る花弁。
「…いつになったら、助けてくれるのかと思ったわ?」
彼女の為だけに誂えたような彩り、髪に衣服に淡い紅を散らして立つ様は、花すらも霞むように。
「死霊にももてるんだな」
「それが花の下に相応しい言葉?」
くすりと笑う…それは先までの艶やかさではなく、楽しげなもので。
「この人達が憑かれてたのが解るあなたに、お礼は何をしたらいいかしら?」
髪を梳く両手の指の間、花弁が幾つも絡まる。
「君が相応しいと思う物で」
伊織の答えに、彼女は今度は違う種の…悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「そう?それじゃ、春の女神の祝福を」
唇に触れる、つややかな感触。
 吐く息に一瞬で離れる…彼女の指先で合わせられたのは、ハートの形にも似た桜の花弁。
「私は響よ。そう呼んで」
其処で初めて、彼女は名乗った。


「人生、そう思い通りに上手く運ばないから面白いんだけどね」
しみじみと…昔を思い出すのは年を取った証拠かと一人頷く伊織に、酔漢に一人が笑いながらもたれ掛かる。
「何言ってんのぉ〜?ひょぉっとしておにーさんも酔ってる〜?」
「酔ってるかもな…桜に」
苦笑を浮かべる。
 それなりの関係、であった事はあるが風に舞う花弁のように掴めないまま…手強いにも程がある、更に勝ち気に育った美女への片想いは変わらない。
 …無論、おとせないとは思っていないが。
「まぁのんびりするのも悪くないか」
 新たな煙草をくわえて火をつける…ライターの炎に一瞬、伊織の影が濃さを増し、あらぬ動きで伸び、走る。
 それが酔漢達の影に触れた瞬間、凝固したかのように動きを失って…その影の主の動きまでも同じように凍り付かせた。
 それは、伊織に宿る…闇を操る『桜鬼』の力。
 OLは不安げに、動かなくなった男達と伊織とを見比べる。
「散歩でもいかがです?」
懐かしさに似た位置に立つ…あの時の彼女よりはか弱そうなOLに、伊織は手を差し延べた。
 さしあたっては、初心を思い出させてくれた彼女に安全と安心を。
 それから久しく連絡をしていなかった彼女を、花の下へ誘い出してみようと穏やかな笑顔の下に目論見ながら。