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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


階段の怪談?

【オープニング】
 とある学校の、踊り場にある「創立十周年」と刻まれた古い鏡。ここから禍々しい雰囲気が漂っていると噂され始めたのは、つい最近のことではない。よくある学校の七不思議の一つで、子供達の遊びの種だろうと思っていたのだが……。
「ひどいと思うでしょ?」
 座る必要もないのに、藤色の着物を着た女は、何故かソファーの上に正座している。
「特にその『禍々しい』という表現」
 どう扱ってよいものか、草間はその姿を見下ろしながら、右手を首の後ろに当てる。
「で、どうして欲しいんだ? どうせその学校が創立された時に、潰されて恨んでる類だろ?」
「惜しい。恨んでなんかいませんわ」
 草間は少しうなだれる。
「じゃぁ、どうして欲しくてここに来たんだよ」
「ずいぶんと長いことここ(現世)にいるから、そろそろ成仏しようかと」
 女は草間の方を見上げ、楽しそうに微笑む。
「で?」
「最後の思い出作りに、デートがしたくて」
 女は少し頬を染める。草間はそんな女を見、ため息をついた。
「で、俺に相手を探せって言うのか?」
 いつからここはそんな「出会い」を斡旋するところになったんだ? そんな疑問を抱えつつ、草間は嬉しそうに何度も頷く女に、こわばった笑みを返した。

――――――

 確か、待ち合わせはこの辺りだったはず。暖かい日差しの差す歩道橋の上、行き交う車を見下ろしながら李・杳翠(り・ようすい)は眠気を払うかのように軽く背伸びをした。彼は夢魔である。人の夢を渡り、悪夢を見せる。といっても、彼からそんな悪い印象は受けないが。その左手には熟読したらしい、少し曲がった文庫本を手にしている。なにやら「これで彼女はもうトリコ」などと書いているようだ。
 手すりにもたれかかり、首だけを巡らせてあたりを見回す。確かに少し早めに来たというのもあってか、依頼の女はまだ来ていないようだ。杳翠は待っている間に確認しようと思っていた、そのマニュアル本に視線を落とした。特徴的な彼の姿は人目を引くには十分だったが、歩道橋を渡る人々はさして気にも留めていないのか、関心を示さずに行き過ぎていった。
「お待たせいたしましたぁ」
 なにやら明るい声がして、杳翠は顔を上げる。にっこりと笑う声の主は、草間に聞いた通り、確かに藤色の着物を着た、大人しそうな女だった。
「えっと、草間さんの言っとった……」
「幽霊です」
 黒く長い髪を後ろでまとめたその女は、微笑とともに答える。
「名前とか無いのどすか?」
「忘れちゃったんですよね。なにせ長いこと彷徨ってましたので。……だから『幽霊』でいいです」
 草間から聞いたとおり、多少変わっているようだ。そもそも思い出作りにデート、というのが変わっている気もするが。
「やったら『幽霊さん』、呼ばしてもらいますわ。うちは李・杳翠。夢魔どす」
「夢魔の方には初めてお会いしましたわ。どうぞ今日一日よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げる女。杳翠は女が顔を上げるのを待たずに、すっと右手を差し出した。
「よろしゅうたのんます。幽霊さん、街に出るのは初めてどすか?」
 反射的に出した女の手を、杳翠は自然な仕草で握った。
「ええ……。地縛霊だと思っていたものですから、あの学校の近く以外、出たことは無いんです。だから流行のものとか全然分からないんですよね」
「へぇ……。うちやったら飽きそうどすな」
 杳翠は女の言葉に感心したように言葉を漏らす。
「まあ、言うてもうちもそれほど詳しい訳ちゃいますけど。……何か基本がこの本に載ってるみたいやし、観光旅行みたいな気分で気楽に行きましょか」
 杳翠が言うと、女はにっこりと笑いながらはい、と元気よく答える。
「まず初めは……映画いうことやけど、どうどすか?」
 左手にマニュアル本、右手に女の手を持ち、杳翠は少しばかり上空に飛びあがった。
「御案内お願いします」
 女の足も、また歩道橋から浮いていく。
「うちに任しとき。タダやし、並ぶ必要も無いよって、流行のモンも見れますしな」
 杳翠は銀色の目を細めて女に笑いかける。女は右手で自分の口を押さえながら、楽しそうに笑い返した。その下方では人々が二人の姿を指さし、なにやら口々に呟いていた。

 映画館では人の頭上に陣取り、マニュアル本お勧めの「悲愛物」を堪能する。マニュアル本通りというか、しっかりと女はその内容に感動して、映画が終わる頃には大泣きしていた。ロビーで泣き止むのを待ちながら、杳翠は女の頭を撫でていた。
「幽霊さん、感動屋さんなのどすな」
「だって……」
 言葉にならない言い訳を、口の中で呟いている。杳翠は女の仕草に思わず噴出していた。
「笑わないで下さいよぉ」
「すんません。しかし感動しやすい、いうんはええことどすえ。小さなことにも幸せ感じられますしな」
 杳翠の言葉に、女は元気よく頷く。このほうがうまく慰めることができたらしい。
「元気になったようどすな。一日は短いよって、次の場所、行きましょか」
 再び取り出したマニュアル本を長い爪でめくる。
「この映画館からショッピングモールに繋がっているみたいどすな」
「しょっぴんぐもーる?」
「いろんな店が集まってますのや。見て回るだけでも十分楽しい、思いますけど」
 へぇ……と呟くように漏らす女の手をとると、杳翠はすべるように歩き出す。
「何事も経験どす。せっかくやから行ってみましょ」

 ウィンドウショッピングで一日を潰すことができるのは、現実の女も幽霊も変わらないらしい。服や宝石類などの店に入っては、あれこれあさっていた。そんな姿に杳翠は苦笑する。
「これ、似合いますか?」
 はにかんだ笑みを浮かべ、ワンピースを身体に当てて振り返る。
「ええどすなァ。よう似合おうてはりますわ」
 杳翠の言葉に満足したのか、女は嬉しそうに笑ってからあてたワンピースを元の位置に戻す。
「次、あのお店いいですか?」
 言いながら既に店を出ようとしている。
「幽霊さんも女っちゅうことどすな」
 思わず呟いてから、次の店へ入っていく女を追いかけた。しかし、その看板と店構えに入るのをためらう。数歩後退りした杳翠に、容赦なく女は声をかけた。
「ねぇ、杳翠さん。これはなんですか?」
 振り返る女の手にはいわゆる女の下着というやつが握られていたりする。いたずらっぽい笑みとともに。
「それはちょっとうちに聞かんといて欲しいどす……うち、いじめられとるんちゃう?」
 口のなかで弱々しく呟きながら、やり場の無い視線をさまよわせていた。

 上空で足を組んでイルミネーションの上に腰掛ける杳翠に、女はふわりと近づいた。辺りはずいぶん前に日が落ちたのかすっかり暗くなっている。景色だけでも肌寒く感じる。杳翠の座るイルミネーションも、ようやく自分の番が来た、とばかりに数回瞬いてじわじわと明るさを増していった。女の心配するような視線を受け、杳翠は数回瞬きをし、笑みを返す。
「お疲れ……ですか?」
「うちは幽霊さんが楽しんでいるんなら、それでええんや」
 さすがにショッピングモールで何時間も振り回されれば、誰でも疲れるとは思うが。
「まぁ、嬉しいことをおっしゃってくださること」
「ところで幽霊さん、他に行きたい所とか無いのどすか?」
 マニュアル本に視線を移動させ、ページをめくりながら女に問いかける。
「行きたいところ、ですか? ……ええと……あっ……」
 女は杳翠の背中に手を伸ばす。戻された手の指先に一片花びらがついている。薄い桃色の花びら、どうやら桜のようだ。
「桜……風流どすな」
「さくら……」
 女は何かに反応するように、その言葉をゆっくりと繰り返した。
「あ、ええとこ知っとりますえ。小っさい公園やけど、この時期ゴッツイ桜が綺麗なんどす。夜桜でもどうどすえ?」
「ぜひ。ぜひぜひお願いしますっ」
 杳翠にしがみつくような勢いで、杳翠の右手を両手で握る。杳翠はその豹変振りを受け入れつつ、何度も頷く。
「やっぱり日本のこの季節は桜やな。『日本の心』っちゅう感じや。桜で締めなんて粋どすなァ」
 片目を閉じて、杳翠は笑いかける。女はそれに儚げな笑みで答えた。
「ええ。そうですね。……なんだか成仏したく無くなってきちゃったわ……」
「え? 何どすえ?」
 聞き取れなかった杳翠が問い返すと、女は何でもないとばかりに少しうつむき加減で首を左右に振る。杳翠は気になりながらも、それ以上問い詰めても仕方ないと思い直し、話題を戻した。
「今からやと、ええ感じに夜桜どすな。昼間の桜もええ感じやけど、うちはやっぱり夜桜がええ、思いますわ」
 酒もうまいし、という台詞は心の中だけで呟く。
「また感動して泣いたりせんといてな。たのんますわ」
 先導するように、杳翠はイルミネーションの上から夜空に舞い上がる。
「努力しますわ」
 苦笑とともに漏らすと、女もすいっと杳翠に追いつくように高度を上げた。

 公園への道中、ちかちかと瞬く街の夜景も楽しみながらゆっくりと飛行していく。
「うちらみたいに空飛べると、人ごみとか、気にならへんな」
 見下ろすと、明かりの下にひしめき合う人々が、黒い波となって一定の方向に流れていた。視線を前方に向けると、雲が地面に降りているかのように、街灯にライトアップされた桜が密集している。
「うわぁ……」
 女は左手で口元を押さえ、感嘆の声をあげる。
「ええ眺めどすなぁ」
 自分で薦めた夜桜見物。実際来てみると予想した以上に綺麗だった。季節柄、木の下では多くの見物客が酒盛りを楽しんでいるが。
「異国の敷物みたいですわ」
「上から見る、いうのもええもんどすな」
 桜の絨毯の上に舞い降りると、女はくるくると何度もその上ではしゃいだように回ってみせる。着物とは実に不釣合いな行動に、杳翠は苦笑を漏らしつつ、女の隣、腰の高さに胡坐をかいて座った。ここに連れてきたのは大正解だったようだ。見守るように視線を投げる杳翠に、女は少女のように無邪気に笑いかけた。
「あなたには、本当に感謝していますわ。大切な事、思い出させて下さったから」
 女は少し頬を染めて、杳翠の右手を両手で握り締めた。
「何か忘れたような気がして、なかなかこの土地から離れられなかったのですが……。ようやく自分のいるべき地へ行けそうな気がします」
 桜の花が舞うように、女の周りに幾つもの光が取り巻いて上空へと続く道を作り上げていく。杳翠は立ち上がり、女の手に自分の左手を添える。
「もう、心残りとか、行きたかった所とか、そんなん無いどすか?」
「そうですね……ただ……」
 下方から吹く風に桜の花が舞い上がる。
「まだ心残りとか、ありますのん?」
「ふふふ。あなたともう少し居たかったというのは、新たな心残りかしら」
 少しずつ女の身体が透け、奥の景色がその身体を抜けて杳翠の目に映り始める。
「せや、忘れていた大事なことって何どすえ?」
「名前です。桜。それが私の名前です。覚えていて頂けますか? 私のこと。桜という名。あなたの記憶の片隅にひっそりと眠っているだけでいいですから」
 杳翠が微笑み、頷くのを確認してから、女は両目に涙を浮かべ、その身を舞う光の中に消した。杳翠は残された両手をゆっくりと下ろす。
「行ってもうたんかいな」
 そして上空を見つめる。しばらくそうやって見送っていたかと思うと、ふと思い出したようにあたりを見回した。
「せや、せっかくの夜桜や。これで花見をせん訳にはいかんやろ」
 身体を桜の枝の間に沈める。と、木の下で花見をしていたグループから一本詮の抜けた日本酒と小さな湯飲みを拝借する。
「もらいますえ」
 その言葉だけを残し、再び桜の絨毯の上へと戻る。日本酒を湯飲みに注ぎ、味わうように飲む。
「ええことしたわァ」
 下で起きている混乱などそっちのけで、杳翠はしみじみと日本酒を味わった。

――――――

【エンディング】
 その後、学校の鏡から「禍々しい雰囲気が漂う」という噂は無くなったという。無事依頼をこなしてくれたらしい、と草間は達成感に満ちておいしいタバコをふかす。……予定だったというのに……。草間は目の前の景色に頭を抱えた。ありえない。こんなことはあってはいけない。いや、きっとこれは部屋のオブジェだ。オブジェに違いない。
「ここに来ればデートの相手を斡旋してくれる、と聞いたんですけど……」
 オブジェの一つが口を開く。冴えないサラリーマン風のオブジェだ。草間は聞こえない振りを決め込もうかと思った。それにしても、なんと禍根の残る依頼を受けてしまったのだろう。全く後悔先に立たずというやつだ。
「草間さん、頼みますよ」
 別なオブジェが口を開く。
「ここは『浮かばれない幽霊のデート斡旋所』なんかじゃないっ!」
 草間の絶叫はオブジェたちのブーイングの中に消えた。

【完】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0707 / 李・杳翠 / 男 / 930 / 夢魔】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの秋月司です。この度は当依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
 可愛らしい恋愛ものを、楽しく書かせていただきました。おかげで幽霊の「桜」さんもしっかりと成仏できたようです。お気に召していただけたでしょうか。
 またなにかの機会に御依頼いただければ光栄です。