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階段の怪談?
【オープニング】
とある学校の、踊り場にある「創立十周年」と刻まれた古い鏡。ここから禍々しい雰囲気が漂っていると噂され始めたのは、つい最近のことではない。よくある学校の七不思議の一つで、子供達の遊びの種だろうと思っていたのだが……。
「ひどいと思うでしょ?」
座る必要もないのに、藤色の着物を着た女は、何故かソファーの上に正座している。
「特にその『禍々しい』という表現」
どう扱ってよいものか、草間はその姿を見下ろしながら、右手を首の後ろに当てる。
「で、どうして欲しいんだ? どうせその学校が創立された時に、潰されて恨んでる類だろ?」
「惜しい。恨んでなんかいませんわ」
草間は少しうなだれる。
「じゃぁ、どうして欲しくてここに来たんだよ」
「ずいぶんと長いことここ(現世)にいるから、そろそろ成仏しようかと」
女は草間の方を見上げ、楽しそうに微笑む。
「で?」
「最後の思い出作りに、デートがしたくて」
女は少し頬を染める。草間はそんな女を見、ため息をついた。
「で、俺に相手を探せって言うのか?」
いつからここはそんな「出会い」を斡旋するところになったんだ? そんな疑問を抱えつつ、草間は嬉しそうに何度も頷く女に、こわばった笑みを返した。
――――――
待ち合わせは、人気の少ない遊園地で。その方が心置きなく遊べるだろうし。そう思った彼は少し古ぼけた感のある遊園地をその幽霊との待ち合わせ場所に決めた。デジタルの腕時計をちらちらと見ながら彼、御子柴・明(みこしば・あきら)は手持ち無沙汰そうに券売機にもたれかかっていた。
「お待たせいたしましたぁ」
背後から聞こえた軽い声に、驚いて飛びのいた。振り返ると券売機の所から腕と顔を覗かせる、髪の長い女がいる。藤色の着物、この女が草間に聞いた『幽霊』ということか。
「そんな登場の仕方は反則だろうっ!」
思わず女を責める。しかも遊園地と指定したのに、着物で登場するあたりが何よりも変わっている証拠かもしれない。
「えぇ? 反則ですか……。分かりました。出直します」
「帰らなくていいよ。むしろどんな形ででも、登場し直さなくていいから」
「そうですか……」
少しつまらなそうなのはきっと気のせいだ。明は自分に言い聞かせていた。
「えっと、俺は御子柴・明。おまえは?」
明は言って右手を差し出した。
「名前……ええっと……何でしたっけ……。忘れてしまったので、『幽霊』とでも呼んでくだされば結構ですよ」
「忘れるなよ、自分の名前。それにこんな場所で『幽霊』なんて呼んでるのも何か変だし……。他に呼び方あればそっちがいいんだけど」
明の言葉に、券売機からずるずると身体を引きずり出すように出て来ながら、女は首をひねって考え込む。
「じゃぁ、『幽霊』の『ゆうちゃん』ではどうですか?」
「『幽霊』でいこう」
女の提案した呼び名を、明はあっさりと否定した。
乗りたい物とか、行きたい所とか、全てに対応できるよう、フリーパスを購入してから、明は女を振り返った。
「そういや、おまえは要らないんだ」
「そうですね。消えたり壁を抜けたり自由にできますから」
そう言って姿を消す。自由に消えることのできる能力を、少しうらやましく思いながら、一人ゲートを抜ける。
「最初は、観覧車に行こう。まずそこでどこに行くか、何に乗るか決めよう」
「そうですね」
ゲートのお姉さんには女の声が届いていないらしく、疑うような痛い視線を受けながらパスを受け取った。恐らくは独り言を呟く変な少年、とでも映っているのだろうが。
「明さん。あの人、明さんの事じっと見てましたけど、お知り合いですか?」
「いや、変な人だと思われているんだろ」
「え、どうしてですか?」
分かってないらしい。一から説明するのはとても面倒だった。溜息とともに首を振る。
「まぁ、そんなことはいいじゃないか」
女は追究したいらしく、繰り返し「どうしてだろう」と呟いていたが、明はその言葉を聞き流しつつ、観覧車のほうへ向かった。
こじんまりとした観覧車で、オレンジ色のユニフォームを着たお姉さんが、乗る人々を誘導している。一人で乗ろうとしている人などいなかった。明を除けば。
「あれ、一人なんですか」
営業スマイルを貼り付け、お姉さんが問う。
「訳ありで」
短く答えて荷物置き場を通り過ぎる。
「一人じゃないんですけどね」
耳元で再び姿を消しているらしい女の声が聞こえる。これ以上変な目で見られるのはごめんと、明はその言葉を無視して観覧車に乗り込む。
「明さん、どこに行きますか?」
上がっていく観覧車の中、姿を現した女がガラスに張り付いて、子どものようにはしゃいで遊園地を見下ろしている。
「あれがいいですっ!」
女が指した先はオバケ屋敷だった。
「いい……けど、お仲間さんとかがいる、って訳じゃないよな」
「さぁ。いるかもしれませんね」
女は楽しげに笑ったが、明は何となく嫌な予感がして笑えなかった。
そしてまた、一人でフリーパスを見せる。また訝しげな視線。慣れたよ、と心で呟きながらお兄さんの渡す変な人形を受け取る。……何か違う……。
「え?」
視線を変な人形へと落とす。いかにも不気味なその姿は、女の裂けた口から、愛らしい熊のぬいぐるみが顔を覗かせていた。その熊の愛らしさのために、余計に哀れというか、気味が悪い。
「当オバケ屋敷のマスコット、ブンタ君です。ブンタ君を出口まで案内してあげて下さいね」
姿もおかしければ名前までおかしい。あまり突っ込みを入れる気にもなれず、引きつった笑みでなんとなく返事をしてオバケ屋敷の中に入っていく。
「ねぇ、かわいいですよね。一目惚れしちゃって。それでここに来たかったんですよ」
不意に現れた女が隣で嬉しそうにはしゃぐ。本当にこのマスコットをかわいいと思っているのだろうか。
「かわいい、か?」
「ええ。とっても」
本気で思っているらしい。輝く、とでも形容できそうな笑みを浮かべている。明は引きつった笑みを張り付けたまま、小さくため息をついた。
その「ブンタ君」の瞳は、懐中電灯のような役割になっており、真っ暗な闇の中を、その明かりだけを頼りに進んでいくのがここのオバケ屋敷のルールらしい。「ブンタ君」を案内するのではなく、「ブンタ君」に案内されているような気がするのだが。
時折センサーに反応しては、「ブンタ君」が怖がったり、オバケのいるほうを教えたりしているのだが、明自身が怖い、と感じることはなかった。
「面白いですね……」
耳元で声がする。この女の存在の方が、よっぽど唐突で怖いかもしれない。しかも感想が面白いというのだから、少しも女らしく無い。
「ところで、出口ってまだなんですかね」
そういえば外から見たときより、随分と長く歩いている気がする。
「そういえば。……真っ暗だから長く感じるのかもな」
「そんなもんですか?」
そんな会話をしてから、また随分と歩いた気がする。そういえば「ブンタ君」の反応も無くなった気がするし、さっきから足元くらいしか照らせないほど、光が弱くなっている。何かの演出なのか、冷たい空気が吹き抜けた気がした。
「おまえ、何かしたのか?」
「え? 濡れ衣ですよ」
その言葉が聞こえたかと思うと、「ブンタ君」の明かりが最後の足掻きを見せて消える。明はしかめっ面をしてから、息絶えた「ブンタ君」を左手で抱える。そのまま右手を上に向け、目を伏せて集中する。「ブンタ君」の照らしていたよりも広範囲が、明の右手の上の光源から照らし出される。明の特殊能力、発光の力だ。
「明さんってすごい能力があるんですね」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ?」
確かにオバケ屋敷の中だったはずなのに、いつの間にか倉庫のような作りの部屋に出ていた。どこかでオバケ屋敷を出てしまったようだ。しかもどこにいるのか分からない。
「どこだよ、ここ」
「オバケ屋敷でしょう?」
明の呟きに反応した女は、求めていた答えと違う答えを導き出す。
「そんなことが言いたいんじゃなくてっ」
少しばかり苛々とさせられ、明は小さくうなった。
「とりあえずここから出ないと、ってことですか」
「その通りだな」
辺りを見回し、部屋の電気のスイッチを探す。左手方向の一メートルほど先にスイッチらしきものを見つけ、明は手を伸ばしながらそれに近づく。
「いつの間にオバケ屋敷から出たんだろう」
首をひねってスイッチを入れる。右手の上の光源は灯された明かりの中に霧散していった。明かりの中に浮かび上がった部屋は、オバケ屋敷で使う小道具であるとか、舞台の衣装、大道具などが乱雑に置かれている。少しばかり埃をかぶっているのはあまり動かされないためだろう。この遊園地でステージなど開かれたりしていないだろうから。
「オバケの仕業じゃないですか?」
「おまえか」
「だから、違いますって」
女は笑って否定する。
「俺たち、あんなところから入ってきたらしいな」
左を向くと、黒い暖簾のような布がかかっていた。薄い生地らしく、どこからかの風で揺れている。
「そういえば、何か絡まったから風を起こしてどけましたけど」
「やっぱり、おまえのせいなんじゃないかよっ!」
力強く女を責める。
「もうっ、誰ですか? ここに電気つけたらオバケ屋敷にも明かりが漏れるって最初に習ったでしょ?」
甲高い声が聞こえて、黒い暖簾が押し上げられる。お岩さんのメイクをした人が暖簾の隙間からこちらを見つめていた。
「あ……」
謝る言葉もなく、明は絶句した。
「え……。あの、ここは関係者以外立ち入り禁止ですので……」
お岩さんは申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる。
「明さぁん、私関係者じゃだめですか?」
「ひっ……」
姿を現して楽しそうに提案する女。お岩さんは短く声を上げ、身を固めたかと思うと、そのまま硬直して動かなくなった。それはそうだろう。本物を見てしまったのだから。
「え、と。あの、お邪魔しました」
困惑と恐怖の入り混じったまま動けなくなったお岩さんの横をすり抜け、明は逃げるように暖簾を抜けて暗闇に戻る。薄い生地を通した倉庫の光が、出口の方までぼんやりとした明かりを漏らしていた。
「明さん、どうして行ってしまうんですか?」
「理解しなくていいけど、おまえは目の前で消えたり表れたりしちゃだめなんだよ」
明の言葉に女はつまらなそうに、少しばかり膨れる。
「幽霊って、そうなんだよ。俺とかそういうことに慣れている人もいれば、慣れてない人もいるし。だから成仏しようと思ったんじゃないのか?」
出口を抜けて、電池の切れた「ブンタ君」を返却する。女は明の言葉を理解したのか考えているのか、出口の少し前辺りから姿を消していた。
「幽霊、そろそろ出てきても平気だよ。もし俺の言葉で傷ついてるんなら、謝るよ」
「そんなこと無いですよ。ただ、考え事を」
不意に現れた女は、長く黒い髪を両手で後へ払う。
「ごめんなさいね。思い残すこと無いように……今度は、あの馬に乗りたいですわ」
次にその細く白い指が差したのは、想像に難くなく、メリーゴーランドだった。少し目を閉じ、ふぅと息をつく。明は笑みを貼り付けて目を開けた。
「よし、俺も男だ。付き合おうっ!」
喜んでメリーゴーランドに駆け寄る女の後ろで、明はこぶしを固めて何かをこらえていた。
散々女に振り回され続け、恥も何もかも捨て切ったかという頃、遊園地の時計台が七時を告げる。蛍の光をアレンジしたような曲が流れ始めた。
「閉園時間か……」
明は呟いて時計台を見上げる。夕日は沈み、小さな星が瞬き始めていた。
「明さん、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」
疲れ切った明に反し、女は一糸乱れぬ姿で深々とお辞儀をした。
「思い出、ちゃんと作れた?」
「ええ。楽しいお化け屋敷のこと。ちゃんと覚えてもって行きますわ」
首を傾けてにっこりと笑ってみせる。
「思い出作れたらなら、俺も今日一日付き合った甲斐があるってもんだな」
明は照れ笑いを浮かべる。
「では、私は成仏しますわ。本当にありがとう、明さん」
女の周りに蛍のような光が幾つも渦巻き始める。女は身体の色を薄くしながら、明の手を両手で握った。
「さようなら」
微笑の余韻を残しながら、女は光の中に溶け、その光すらも瞬いて消えていく。
「いった……のか……」
女が触れていたような感覚を手の中に残しながら、明は空を見上げた。
「今度は迷うなよ」
鮮やかな月が浮かんでいる。
「あのぉ……」
明は不意に背後からかけられた声に、気の抜けた表情で振り返る。
「閉園時間、過ぎてますから」
「あっ、済みませんっ」
そして我にかえると、逃げるようにその場を後にした。
それから数日が過ぎたある日、明は不快な噂を耳にする。遊園地のオバケ屋敷に、男女の幽霊が出るという噂。
「俺はオバケじゃねぇよ」
呟きは誰の耳にも届かなかったが。
――――――
【エンディング】
その後、学校の鏡から「禍々しい雰囲気が漂う」という噂は無くなったという。無事依頼をこなしてくれたらしい、と草間は達成感に満ちておいしいタバコをふかす。……予定だったというのに……。草間は目の前の景色に頭を抱えた。ありえない。こんなことはあってはいけない。いや、きっとこれは部屋のオブジェだ。オブジェに違いない。
「ここに来ればデートの相手を斡旋してくれる、と聞いたんですけど……」
オブジェの一つが口を開く。冴えないサラリーマン風のオブジェだ。草間は聞こえない振りを決め込もうかと思った。それにしても、なんと禍根の残る依頼を受けてしまったのだろう。全く後悔先に立たずというやつだ。
「草間さん、頼みますよ」
別なオブジェが口を開く。
「ここは『浮かばれない幽霊のデート斡旋所』なんかじゃないっ!」
草間の絶叫はオブジェたちのブーイングの中に消えた。
【完】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1391 / 御子柴・明 / 男 / 16 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして。ライターの秋月司です。この度は当依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
軽いコメディを楽しく書かせていただきました。幽霊さんもどうやらいい思い出を作れたようです。お気に召していただけたでしょうか。
またなにかの機会に御依頼いただければ光栄です。
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