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<東京怪談・PCゲームノベル>


ジュリエットは永遠に醒めな夢を見る

ある休日の昼下がり。
吾妻隆は久し振りにあやかし荘を訪れた。
男ばかりの小劇団に所属する隆は劇団内では一、二を争う人気者だがそれだけでは食べていけず、普段はアルバイトと練習場と下宿を行ったり来たりの日々を繰り返しているのだが、今日は珍しくバイトも稽古もなく暇なのだ。
しかし、彼女いない歴22年の隆には折角の休みを共に過ごす相手がいない。
友達を誘えば良いのだが、普段男ばかりの中で生活しているからせめて休みの日くらいは、男の少ない場所で過ごしたい。
と思えば、思いつくのはあやかし荘だ。
管理人はまだ若い女性で、住人に勿論男は沢山いるが、歌姫や天王寺綾と言った見目麗しい女性もいる。
休日なのだ。誰か一人くらいは暇を持て余した人間がいるだろう。
しかし、尋ねたあやかし荘には生憎歌姫と天王寺の姿はなく、管理人は忙しそうに書類を持って歩き回っていた。
何でも、最近住人の出入りが激しく書類の整理やら部屋の管理やらで大変なのだそうだ。
「あーあ」
溜息を付きつつも暫くは嬉璃を相手に喋っていたが、テレビショッピング始まってしまうと、嬉璃は脇目もふらずテレビに集中してしまう。
何よりテレビショッピングを愛する座敷童子は、邪魔をするとたちまち機嫌を悪くしてしまうのだ。
仕方がない、三下でも相手にするか。
と、嬉璃に三下の居場所を聞くと、なんと彼まで管理人の手伝いで働いていると言うではないか。
折角尋ねたのにつまらない事だ。
隆は溜息を付いたが、契約を終えた部屋のチェックに行っただけだと聞いて、三下を探す事にした。
「あ、発見。」
旧館に近い廊下を歩いていると、開いた扉があり、そこから何やら話し声が聞こえる。
探している三下忠雄と、もう一人は……、
「時雨かな?」
恐らく、このあやかし荘の住人である改装人間の鳴神時雨だろう。
丁度良い、舞台の小道具作りで一つ困った事があったのだ。指先の器用な時雨に手伝って貰えるよう頼んでみよう。
などと思いつつ、隆は廊下を進み部屋へ近付く。
「脳波が在る。睡眠中の波形だが……」
三下と時雨がこちらに背を向けて何かを見ている。
一体何の話しだろうか、時雨の手には細い黒糸……いや、髪が。
「解析不明の薬物反応……原因は此れか?」
「え、薬物がどうしたの?」
呟く時雨の肩口を、隆は覗き込んだ。
「わ、死体だ。一体何事?」
「なんだ、貴様か」
「死体と言うかミイラ?何があったの?」
隆は目の前の死体に驚く事なく、むしろ興味津々と言った様子で時雨を見る。
時雨は面倒な説明を三下に任せようとしたが、逃げ足だけは天下一品のあの男はさっさと何処かへ逃げてしまっていた。
仕方なく、時雨は手短に50年契約の事情を説明し、三下が発見した死体は何か薬物を使ったらしく不思議なことに脳波があるのだと告げた。
「脳波がある?て事はまだ生きてる?この状態で?」
まるで何でも「どうして?どうして?」と聞きたがる子供のようだ。
「何か妙な薬物を使ったらしいな。何故だかはわからんが……」
例え薬物を使ったからと言っても、50年放置された脳死状態の身体があるだろうか。
「やられたな」
時雨は呟く。
「え。どうして?」
キョトンとする隆の肩を時雨はぽんと叩いた。
「三下が見つけた騒ぎの元を、俺達が始末しなきゃならんらしい」
「俺達?」
笑みを浮かべかけて、隆は表情を止めた。
「俺と、貴様だ」
脳波のある奇妙なミイラと時雨、そして自分の足元を見て、隆は両手を合わせ、目を閉じる。
「ご愁傷様」
偶然にもこんな日にあやかし荘を尋ねてしまった隆の、そして、否が応でもここに住むしかない時雨の、どうにも巡り合わせの悪い因果だった。


「まぁ、見つけちゃったものは仕方ないよね。見なかった事には出来ないし、恵美の為に契約を終わらさなくちゃいけないし」
隆の言葉に時雨は溜息混じりに頷いた。
「身元とかは?契約してるんだから、連絡先とか一応判ってるんだよね。まず其処から当ってみなきゃ…相手がいたんなら、無縁仏にはさせられないよ。ご本人の住所を探して…家が無かったら、ご近所から事情を聞こう」
何やら訳ありな、若い未婚の男女。
50年もの間契約をしたと言う事は、相手の男は50年後には迎えに来るつもりだったのだろう。
或いは、50年の間に二人で暮らせるよう手段を講じるつもりだったのだろう。
「連絡先ならば管理人が知っているだろう。当時の契約書を持っている筈だ」
言いながら、時雨は考える。
50年。
待つつもりだったのならば、何故薬物を飲む必要があったのか。
迎えにくるつもりだったのならば、何故男は現れなかったのか。
「50年前やってきた2人に、何が起きていたんだろう。多分、相手の人は、彼女をおいていかざるを得なかったんだろう。…悲しい話だよね。まるでロミオとジュリエット……」
許されない相手と結ばれる事を願って、薬を飲んだジュリエット。愛する者が死んでしまったと思い込んで自殺するロミオ。
今、目の前に横たわる女性もまた、愛する者の為に薬物を口にしたのだろうか。
「取り敢えず、」
と、隆は手を打った。
「俺は恵美の処に行って契約書を見せて貰って来る。時雨は、何か手がかりになりそうなモノがないか探しててよ。何故薬物を飲んだのか、メモとか日記とか、残ってないか。もしかしたら、どこかに薬が残ってるかも」
「わかった」
頷いて、時雨はふと顔を上げた。
「そうだ。何処かに三下がいたら連れて来てくれ。アイツには絶対何か手伝わせないと気がすまんからな」
「了解」
にこりと笑って、隆が部屋を後にしかけたその時。
「あ、隆さん。いらしてたんですか」
今まさに尋ねようとしていた恵美が姿を現した。
手に何やら白い布と紙を持っている。
「あら、三下さんは?このお部屋の事、三下さんにお願いしたんですけど」
部屋の中に三下の姿がないので、恵美は首を傾げた。
三下一人のお陰で随分手間を掛けられる事だ。
時雨と隆は溜息をついて事情を説明した。
「え……?」
困惑する恵美。あやかし荘から死体が出たとなれば、それも仕方のない事だ。
「ほら、そこにミイラが」
しかし、隆の指さした方向を見て悲鳴を上げたのは、恵美ではなくその後ろに立った老女だった。
「こんな…!こんな事になるなんて…っ!」
「あ、だ、大丈夫ですか?」
扉に縋り付くようにその場に座り込む老女を、恵美が助け起こす。
「ああ、何という事でしょう……!許して頂戴、私を許して頂戴……」
突然の老女の出現に、時雨と隆は互いに顔を見合わせた。


「一体どう言う事なんだ?」
時雨の言葉に恵美が答えた。
「あ、えっと、こちらは保証人の方なんです」
「保証人?」
白いガーゼのハンカチで目元の涙を拭う老女を見て、隆は首を傾げた。
70歳前後と言った処だろうか、抹茶ミルクのような色のワンピースを纏い、春物の柔らかい帽子を被っている。
「それじゃ、このミイラの知り合い……?」
言ってしまってから隆はふと口元を押さえた。せめて「この女性の知り合いか」と尋ねるべきだった。
「許して、とは?」
「…………」
時雨の言葉に、老女は一瞬目を背けたが長い溜息をついて言った。
「私が、彼女に薬を渡したのです」
この言葉には、時雨も隆も驚いた。
「一体何を飲ませた?」
一人の人間を脳波のあるミイラにする、そんな薬が一体何処に存在したのだ。
しかし老女は首を振って、分からないと答えた。
「貴様が薬を渡したと言ったんだぞ」
思わず、声を荒げてしまった時雨に隆がそっと触れて注意を促す。
「私の家は代々薬屋で……、我が家に伝わる秘薬の一つを渡したのです。永遠の若さを保つものだと……」
「永遠の若さ…?」
何故そんなものを飲む必要があったのだ。
互いに承知し合って50年と言う歳月を待つつもりだったのならば、薬など飲む必要はなかっただろうに。
時雨と隆、そしてサッパリ事情が飲み込めない恵美に、老女は語り始めた。
50年前。
さる事情で結婚を許されない男女は「50年後一緒に暮らす」と言う約束を交わして、別れる事を決意した。
どちらも、そうせざるを得ない状況だった。
当時20歳だった女と、25歳だった男。50年を過ぎれば70と75の老人である。その頃になれば、互いの生活も残り僅か。
今結婚出来ないならば、せめて老後を共に過ごそう。その約束を忘れない為に、僅かな日々を共に暮らしたこのあやかし荘を、契約し続けよう。
50年後、あやかし荘の契約を終了すると同時に、2人の自由な生活を始めよう。
50年。
気の遠くなるような歳月だが、二人はそれを心の綱にそれぞれの生活を始める。
「2年が過ぎた頃でした。彼女は私に言ったのです」
50年を過ぎれば自分は老女。自慢の長い黒髪も白髪に変わり、今は柔らかくしなやかな肉体も衰えているだろう。それでも、彼は自分を愛してくれるだろうか。
勿論、老いる事はお互い様だ。
しかし、まだ若い彼女にとって老いる事は一種の恐怖に似ていた。
「私は冗談のつもりで薬を渡しました。秘薬など、信じていなかったのです。精々、滋養強壮作用程度のものだと思っていました。処が、それから数日後、彼女は姿を消してしまった……」
不安になり、一旦はあやかし荘を尋ねたのだと老女は言った。しかし、鍵の掛かった部屋は呼びかけても返事がなかった。
自殺などと言う事はないだろう。50年を、互いに同じ街に住んで暮らす事に耐えられなかったのだ。
そう思い、それ以上消えた女を捜す事は敢えてしなかった。どちらにしても、約束が果たされるのならば50年後に二人は幸せに暮らす事が出来るのだから。
「相手の男はどうなったんです?」
隆の問いに、老女が首を振る。
「亡くなったのです。2年前、事故で。だから、50年を過ぎた日に、ここに来る事は出来なかったのです」
本当は、契約が満期になった昨年末、老女はあやかし荘を尋ねるつもりだったと言う。
女が約束を守れば、ここに現れるだろう。その時に、男が死んでしまった事を伝えるつもりだったのだと。
しかし、病気で入院する事になり、先週退院したばかり。
暇を見つけて漸く今日、来る事が出来た。
「まさかこんな事になっていたなんて……」
涙ぐむ老女の肩をを慰めるように恵美が抱く。
「50年、本当に待ちつづけたんだぞ……」
時雨は呟いた。
誰にと言うでもなく。


男はどんな気持で48年を過ごしたのだろうか。
女はどんな気持で薬を飲み、50年を待とうとしたのだろうか。
「今でも、待っているんだよね」
隆は寂しげな目をミイラに向ける。
堅く閉ざされた木の幹のような目の奧に、まだ脳波があるのだと言う。
どんな夢を見ているのだろうか。
男が迎えに来る夢を、繰り返し繰り返し、見続けているのだろうか。
「俺じゃ、「彼」の代りになれないかなあ…?」
隆の呟きに、時雨が首を傾げる。
「「彼」が少しでも判れば、「彼」になれるのに。写真、声、手紙…。彼女に一言、伝えてあげたいんだ…」
「貴様が50年に終止符を打つのか?」
「俺じゃない。相手の男と、彼女だ」
「そう言えば貴様は役者だったな」
隆は僅かに微笑んだ。
「写真なら、私が持っています。と言っても、若い頃のものですが……」
言って、老女がバッグから1枚の写真を取り出した。
色褪せた白黒の写真だった。
日傘を差した女と、スーツ姿の男。
幸せそうに微笑んだ2人。
その終焉がこんな風に訪れる事を、写真の中の2人は知らない。
「スーツ、どこかにないかな?」
隆の言葉に時雨は首を振った。生憎と、そんな正装をする事はない。例えあったとしても、時雨の服ではサイズが合わないだろう。
「ネクタイでも良いんだけど……」
呟きながら、隆は部屋を見回した。
箪笥の中に服が残っていないだろうか。
と、開いた箪笥は見事にカラッポ。しかし、その奧の方に忘れられたらしいネクタイを見つけた。
「スーツはないですけど、カッターシャツならあります。三下さんの洗濯物、さっき風で飛んだのを拾ったんです」
恵美が手に持っていた白い布を隆に差し出す。
「ああ、丁度良い」
隆は三下のカッターシャツを、自分の来ていたTシャツの上に羽織る。
少しシワが寄っているが、この際目を瞑ろう。
普段そんな堅苦しい服を着ないので、ネクタイを締めるのに少々手こずったが、どうにか閉め終えると襟に手を入れて形を整える。
ジーンズの上にカッターシャツとネクタイと言う奇妙な出で立ちだが、何もないよりはマシだろう。
写真の男を見つめて、深呼吸する。
男の微笑んだ顔を目に焼き付けて、隆は目を開いた。
観客は3人。目の前にヒロイン。
舞台に立つ時のように、隆は写真の男になりきった。
そして、告げる。
眠れるヒロインが待ちつづけている言葉を――――――――


干からびた顔の、干からびた瞳から、涙が流れるのを隆は確かに見た。
自分の発した言葉が、確実に彼女の耳に届いたのだと思う。
脳波が消えた事を、時雨がそっと告げた。
泣き崩れる老女の横で、隆はじっと遺体を見つめた。
何時か自分も、誰かを愛し共に暮らしたいと願う日がくるのだろう。
何時か、どんなに長い時を越えても恋しいと思う人と出会うのだろう。
それでも。
それでも、こんな悲しい恋にはするまい。
窮屈なネクタイを外して、隆は祈るように目を閉じた。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
0648 / 吾妻・隆 / 男 / 22 / 役者
1323 /鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
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■         ライター通信          ■
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11歳の頃に「ロミオとジュリエット」を読み、サッパリ理解出来なかった佳楽季生です。こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
成長してから3度ばかし映画やビデオも見たんですがやっぱり納得できなかった私は乙女心が欠落して
いるのでしょうか。ううむ。
今回のお話は如何でしたでしょうか。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。