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<東京怪談・PCゲームノベル>


お求めものは何ですか?

プロローグ 〜ミリア・S〜
 落ち着きのある人波と笑いのさざなみ。巨大百貨店『ジウノンテ』5階、宝石・貴金属売り場は、他のフロアよりもほんの少し大人の雰囲気が漂っている。
 指紋一つ残らぬよう磨き上げられたガラスケース管理している売り場の女性店員は、先ほどからずっと不機嫌な流し目で、小一時間も前からケースの上にべったりと張り付いている、とある人物をちらちらと眺めていた。中には、札入れや腕時計、それに革製品などが並んでいるのだが。
 アンティークドールのような豊かな亜麻色の髪を持ち、はっと目を引くような赤い瞳と整った顔立ちをしたその少女は、いわゆる『もう少ししたら美女』と言える年齢に見える。なのに仕草はまるで子供で、額と頬と両の手の平とを遠慮なくガラスにくっつけていた。
 どうやら並んだジッポーの右手に置かれた薄青いスリムタイプか左手にあるフラットボトムのヴィンテージモデルかどちらにするかで迷っているらしい。
「こっち……にシヨうかなァ…。うーん、でもコっちも捨てガたいしィ…」
と、少女の背中にちらちら見え隠れしていたリュックにくっついた羽が、ぴよぴよっと羽ばたいた。「決めタっ! コッチにシよっ!」
 気のせいかしら? と目をこすった店員に向かい、少女は大きく頷いて顔を上げた。「スみマせーん! オネイさん、このライタァ下さあィ!」
 近隣の店舗の響き渡るような大声で叫ばれ、ここはラーメン屋じゃないのよ! という目をつい向けてしまったけれど、にも関わらず、その少女は屈託ない様子で、懐から大事そうに『給与』と書かれた封筒を取り出した。店員は、あら、と目つきを緩める。そういえば今は春、花香る季節。もしかしたら……。
「贈り物でございますすか?」と尋ねるのは売り場に勤めるなら当たり前のことだけれど、少女の答えはその笑顔で十分に分かった。心底嬉しげに笑う姿や舌足らずなしゃべり方を聞いて、想像するのは少し年老いた父親の姿。きっと甘やかされて育ったのでしょうね、というような。
「パパ、喜ンでくれるカなァ?」
 目を輝かせながら尋ねられるのは嬉しいものだ。掛けるリボンを少しサービスして、店員は頷き、包装の終わった包みを少女に向かって差し出した。
「アリがトー!!」
 そして、満面の笑顔と共に差し伸べられた手の中へ、それは渡される。
 ……はずだった。
 二人の間に走り込んで来た紅の影。そして奪い去られる大事な大事な、小さな包み。
 少女は赤い瞳が空っぽの自分の手のひらをまじまじと見つめ、それから、店員の顔をじっくりと見あげた。貰ったはずなのに何で無いの? という、子犬のような目をして。
 店員は黙ったまま、現状を把握できていない少女の顎をぐいと掴み、大事なガラスケースの上に陣取った、赤いマントに仮面をつけた女性のほうへ向けてやった。
「あんたのプレゼント、頂きや!」
その女性は高らかに言い放った。そして店内アナウンスが告げる。『ただいま、怪盗アヤヤンによるプレゼント強奪イベントが発生いたしました! お客様は怪盗アヤヤンを捕まえることができますでしょうか? 皆さん、どうぞご声援ください!』
「……と、言うわけなので、お客様、がんばってくださいませ」
 少女の顎から手を離し、店員は深々と礼をした。
「あ? ナ、な……」
 と細かく震えだした少女を眼の前に、店員は考えた。この華奢な、かわいらしい娘さんが、果たして『あの』アヤヤンを捕まえられるのだろうか。だが、しかし。
「何すンだヨー!! 折角パパへの初めテのプレゼントなノニー!」
ふっくら形の良い少女の唇から飛び出た言葉に、一瞬身が固まった。「ちくショー待てェ、返せヨクソばばァー!!」
 下げた頭の前から、すっ飛んで消えて行った亜麻色の影。
―― 勝てるかもしれない。あの娘なら。
 店員は、そう思った。

<RUN! miria,RUN!>
 ミリアには、フロアを走る自分の両脇に陣取ったお客達が、なぜ自分をまるで箱根駅伝の走者を応援するがごとく、やんやと囃し立てるのか訳が分からなかった。彼女に分かっているのは、先を走るあのアヤヤンとか言う赤いレオタードを着て、ハリセンを持たのが『悪』だということ。
 悪、それは。
 30分番組の最後で巨大化したり、ソファに座って猫をなでていたり、饅頭の下に金色の小判をいっぱい詰めていたりするやつのことだ。
 ミリアはまだまだ空きのあるリストの中に一筆書き加えた。
―― 人のモノ取るヤツ悪いヤツ! 特にあたしノ!!
 彼女はかわいらしくも決して甘くは無かったし、手を抜くことも無い。敵と決めたらそれは敵。世の中は全部白か黒か、YESかNOか。そういう風に『できている』のだ。
「マテ〜! まテまテまテェーッ!!」
 回りを気にせず思い切り良く走る白い足は、フリルの付いた黒いドレスの縁から見え隠れして、主に男性陣の目を奪う。
「生足…まぶしいvv」
 風のように駆け抜けたミリアを見送りつつ呟かれた言葉は、あながち間違いでもない。 彼女の足元では、なぜか青白い光がぱちぱちと弾けており、それに見とれた男性の尻をつねりながら、女性が一言。
「なんだろう。静電気?」
 逃げるアヤヤンよりも、ミリアのほうがずっと身軽だ。ミリアは攻防戦に夢中になってルートを塞いだお客の一人を、ふわりと飛び越え、その勢いをかって壁を走り、他のギャラリー達をも、ものの見事にかわした。
 辺りから感嘆のどよめきが上がる。
―― もう、少し!!
 眼の前で翻ったアヤヤンのマントまであと一センチ。ミリアは手を思い切り伸ばしたが、敵はどうやら店内を知り尽くしているらしく、商品棚を上手く利用し、伸びてきた彼女の手を寸前でかわした上、目元を縁取る蝶の仮面の下からミリアを振り返って、不敵に笑った。
 もしもミリアが漫画の主人公だったとしたら、悔しさで今まさに頭の上から煙を出していただろう。それが大事な人への贈物であったことが余計に、ミリアの理性……カケラといえるほどの量も無いゆえ大変貴重でなけなしの……を、どこか遠くへ吹き飛ばしていた。 そして彼女をそれほどまでに怒らせた相手は、そのままフロアを駆け抜けて、中央吹き抜けのど真ん中を突き抜ける、白亜の螺旋階段へ向かう。
「逃がさなイんだカラっ!」
 続いて階段にたどり着いたミリアとアヤヤンの差、約10メートル。1.5階分だ。吹き抜けに面したすべてのフロアからは、アヤヤンイベントが発生しているという店内放送に釣られて集まってきたギャラリーたちが鈴なりになっており、好奇心丸出しの顔をして様子を観覧している。
 ミリアは、しかし一瞬も迷わず、素早く片手でフリルの付いた黒いドレススカートをたくし上げると、金メッキを施された手すりの上に飛び乗った。
「絶対、ゼッタい、ゆるサないっ! カエせ! パパへのプレゼントォ!」
『皆様ご覧下さい! 店内中央広場、5階・宝石、貴金属売り場より4階・文具、日用品フロアへ向かっての、お客様の大パフォーマンスです! ただいま、怪盗アヤヤンイベント発生中でございます!!』
 そして、4階、3階、2階。滑り降りるミリアの目の端に、見慣れた青年の背中がぱっと飛び込んできたのは、丁度その時であった。

<最強タッグ、ミリア&隼>
「パパァ〜! あっブなァあぁイ!!」
 巨大百貨店『ジウノンテ』の心臓部、中央広場の大螺旋階段に背を向けていた隼は、聞きなれた声に、振り向きざま声の主を探して頭の上を振り仰いだ。
 そして見た。どよめきの上がった先から、変な格好をした女は兎も角、待ち合わせていたはずのミリアが奇声を上げながらすべり降りて来たのを。
 当のミリアも見た。
 広場で待ち合わせていたはずの、最愛の『パパ』が、逃げるついでの怪盗アヤヤンに思い切りどつかれよろめいたのを。
 更に、観客たちは見た。
 突然のことにめまいを起こしたらしい青色の髪の青年の正面に、手摺を滑った勢いそのまま、少女が激突していったのを。
 危ない! と誰かが叫び、二人はもつれて倒れこむ…と思われた、次の瞬間。観客達は驚いた。高校生くらいの少年が、相当な勢いで落ちてきたであろう少女を、平気な顔でしっかりと両腕に受け止めたのである。
 プロレスラーにはとても見えぬ。ならば拳法の達人か。あっけに取られる観客の前で、彼に受け止められた背の高い美少女は、一声。
「パパァ!」
 叫んで彼にひしっと抱きついた。ギャラリーは、『パパ!?』と隼の背中を凝視したが、当の隼はといえば、回りの視線に彼は気付いていないのか、気付いていても気にしないのか思い切りどつかれた背中を気にしつつミリアの体を地面の降ろし、音も立てずに隼の腕から滑り降りたミリアの方は、真っ先に隼の無事を確認したものの、
「よ〜ク〜も〜パ〜パ〜をぉオおォォ〜」
 外見に似つかわしくない地の底から響くような声でつぶやきこぶしを握った。
 一方。隼は何が起きたのか把握できかねる顔をしていたが、突然はっとした表情で自分の手の中を見た。
 先ほどまであったはずの包みがそこから消えている。ぶつかられた衝撃で取り落としてしまったのだ。
―― どこいった?
 そして金色の視線の先が捕らえたのは、怪盗アヤヤンが纏ったマントフードの中。
「ミリア!」
 走り去ったアヤヤンの背を睨みすえ走り出そうとしていたミリアの背中に、隼の声が飛ぶ。振り返った先には隼が金色の大きな瞳にミリア以上の怒りの色を露にして立っていた。
「あいつ、腰にG−1型の簡易携帯無線機をつけてた。多分店の人間とコンタクトするためのものだろうと思うが……この意味、分かるな?」
 隼はミリアに向かって二ッと笑って辺りを見回した。広場の中央には噴水、待ち合わせのベンチ、左手にオープン記念の沢山の風船、右手には全階対応のエレベーター。
「よし、あれだ」
声に出さず、小さく頷くや否や「ミリア! 付いて来い!」
「あ、ア、マッテぇ、パパー!!」
 彼は一息にギャラリーを置き去りにして、追いついてきたミリアと共にエレベーターに乗り込んだ。後ろ手に扉が閉じて、外部から遮断される。
「ぱ、パパ、どコ行くノ?」
 隼は黙ってエレベーターのコントロールパネルを開け、『緊急停止』と書かれたボタンを押した。機体が揺れて階間で止まった。
「リュックを開けてプラグをこっちによこせ」
ミリアの背に負われた翼の付いたかわいらしいリュックの中から出てきたのは、電子工具一式。底の方にはまだまだなにやら詰め込まれていたようだが、隼は迷い無く一式を取り出してパネルをこじ開け、むき出しになった配線に細工し始めた。「……さあ、ショータイムだぞ、ミリア」
 両手を鳴らし、金色の目が楽しげに輝く。
 そう、彼はウイルスプログラム『ヴァルハラ』を作った男。そしてミリアはそのプログラムよりいかにしてか発生した電子生命体なのだ。隼の手にかかればたとえほんの少しの機材しかなくとも、あの単純な無線の周波数を突き止め、それにミリアを『飛ばす』程度の事は訳ない。
 取り出した小型キーボードを、確信を持ったまなざしで勢い良く叩く隼の傍で、ミリアの体が本来の姿に戻り始め、指先から、パネルを剥がれて裸になったコードの中へ吸い込まれていく。
「バパ…カタきハ取って来るカんネ!」
「あっちに付いたら俺を呼べよ。一発食らわさなけりゃ気が済まねえ!」
 そしてミリアはその場から完全に姿を消した。

<電子回路の行き着く先は>
 怪盗アヤヤンこと、天王寺綾。『あやかし荘』に寄宿する怪しい関西弁の女とは仮の姿、その実態は巨大デパート『ジウノンテ』の会長でありまた幾つもの企業をその手にする大財閥の娘である彼女は、会長室へと逃げ込んで漸く一息ついていた。
「…一体なんやったんや、あのお客。えっらいしつっこかったわぁ」
『逃げ切ったら本当に商品を返さないが捕まえられれば100倍返し』という、CM効果を狙って考え出されたこのイベント。彼女にとって大満足の成果が出始めている。
『会長、応答願います』
その時、腰に付けた無線から聞きなれた男の声がした。
「なんや? もう追いかけっこは終わりやろ。ウチあやかし荘へ帰るわ」
『それが、例のお客様が姿を消されまして。まだゲーム終了と伝えられておりませ……』
「? 聞こえへん。…って、なんやアンタ!」
耳を離して言いかけた彼女の眼は次の瞬間見開かれ、口はあんぐりと開けられた。「さっきの娘やないのっ一体どっから湧いて出できよったん!」
「ふっふっふっ♪ こレがネングの納めドき!!」
 そこには、相当スタイルに自信がなければ到底着こなせないようなゴシックスタイルに身を固めたその少女が一人立っていた。
―― 今この子、無線機からモヤモヤ〜と出てきたような…アカン! ウチ疲れとる!?、 少女はソファで腰を抜かしかけた綾に向かって不敵に笑い、耳の後ろに手を当て、空に向かって言った。
「パパ! アヤヤン発見! パパを始点にX12.Y58地点にいルよ!」

 発信番号77991から携帯に、直通の連絡を受け瀬水月隼がやってきたデパートの最上階では、数人の秘書が待ち構えていたが、彼はそれらを問答無用で掻き分けて『会長室』と書かれた扉を開けた。
 とたんに目に飛び込んできたのは、豪華な赤い絨毯の上で頭から黒い煙をぷすぷすと上げ、ミリア・Sに首を絞められ馬乗りされている怪盗アヤヤンの姿だった。
「えイや、こノ! こノ! パパのカタき! コンチクショー!」
 亜麻色の髪の周りでまだ弾けている微かな光は、ミリアの放電があった証拠だ。どう詫びを入れてもらおうかと考えながらやってきた隼も、ショック死寸前のその姿には少しだけ同情した。
「かっ、会長っ」
 秘書達が駆け寄ってアヤヤンこと天王寺綾を助け起こす。ミリアはまだ殴り足りなかった様だが、もともと質量を持たない体と手足でいくら力を込めても相手にはほとんどダメージを与えることはできない。それを知っている隼は、息を切らせるミリアをアヤヤンから引っぺがした。
「よし、よくやった。ミリア」
同情とうらみは別物。「後は俺がやってやる」
 と一歩踏み出した隼とアヤヤンの間に、
「お待ちくださいっ!!」
初老の男性が飛び込んだ。「これ以上は、いくら会長でも死んでしまうかもしれません。ここは一つ穏便に……」
「穏便にだあ? 何たわごと言ってやがる」
 金色の瞳にはまだ怒りの色が残っている。
「商品は勿論お返しいたしますし、ささ、こちらがイベントの景品でございます。」
 差し出された一枚の封筒をミリアが寄り目になって受け取った。その場でビリビリと封を切って床に捨てる。「ショウヒンケン? …でも、アタシもう欲シいモノ買ッちゃッタし、コんナにタクサンお金ハいらナいヨォ」
 十枚以上ある紙束を持ったまま、ミリアはさっぱりとした顔で言った。どうやら一度発散させてしまえば、マイナス感情など消去されてしまうらしい。その様子を見た隼も、多少は気が削がれたらしい。
「これだけ迷惑かけられたんだ。貰っとけ」
 隼がミリアの手から商品券を取り、エレベーターから持ったままのリュックに入れて背負わせてやると、アヤヤンを取り囲んでいた店員達から安堵のため息が漏れた。
「うーン…」
一方ミリアは何か考え事をしていたようだが、突然ポンと手を叩き、「そっか!『悪いねぇ、ゴホゴホ』『イヤだそれハ言わない約束だヨ』ってヨクやっテるもんネ」
 と一人芝居を交えて言うと。
「ン! イイムスメとしてはそうシなキャ♪ パパ! これパパへのお土産にスルよー!『おとっツァん、生活のタシにシてケろ』っvv」
「お、お前…」
隼は恥ずかしさと照れくさも混じった複雑な表情で頭を振った。「その意味、インプットし直さなきゃならねぇみてえだな」
「アーっ、パパ赤くなっテる! パパ、嬉しイんだ!」
「ば、バッカ…!」
 嵐のようにやってきて、今腕を組んで立ち去っていくこの若い男女が一体どういう関係だったのかさっぱり掴めぬまま、会長室の面々は今だ気絶中の天王寺綾に目をやった。
「一体、お嬢様に何が起きたのだ……」
「そういえばあの娘は一体どこから入ってきたのかしら」
「……さぁ…??」
 分からぬことだらけのその答えは、あの二人だけが知っている。

<END>

■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0072/瀬水月隼(セミヅキ・ハヤブサ)/男/15/高校生(影でデジタルジャンク屋)】
【1177/ミリア・S(ミリア・S)   /女/ 1/電子生命体】

■ライター通信
「お求めものはなんですか?」いかがでしたでしょうか? ライターの蒼太です。
瀬水月さん、いつも有難うございます。少しお休みしていてお久しぶりになってしまいましたが、今回も依頼参加、有難うございます。そしてミリアさん、初めまして(笑/?)
コメディにアクションを絡めて。という感じに仕上がりましたが、アクション部分は詳しく書かれていた方のほうから、ちょっとしんみりな所はもう一方のかたのプレイングから取らせて頂きました。
また次回、ご縁がありましたら是非、ご一緒させてくださいませ。有難うございました!
では、また!                     蒼太より