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<東京怪談・PCゲームノベル>


お求めものはなんですか?

プロローグ 〜瀬水月・隼〜
 どこかに行ってしまった連れ。
 微妙な顔つきをしてガラスケースを覗き込む隼。ここは、巨大百貨店『ジウノンテ』2階、雑貨・ファッションブランドのフロア。行き交う女性やカップル達は明るい声を上げており、隼は眉間に皺を寄せる寸前のむっつり顔になっていた。
「こちらこの春限定のリトルハートリングです」
 眼の前のケースには行っているのは、さほど高くもなく、お手ごろな値段のビーズアクセサリー。ちょっと派手で、かなり可愛らしくて、いかにも彼の同居人が好みそうなカラー。『限定』という言葉にもきっと興味津々で、『チェックしてきてね』とはつまり『買って来いや、オラー!』と同義語なんだと思うのだが、こんなリング、隼のような年頃の青年が手を出せば、いかにも『ええ、彼女への贈物です。アハッ』と言っているような気がしてしまう。だからこの顔つきなのだ。
「いかがなさいます?」
 笑顔のまま詰め寄ってきた店員の顔と、家で待つ…というかたまたま見たい番組があるとかで動こうともしなかった同居人の顔が隼の脳裏で交錯した。一応言っておくならば、別に彼の懐はこの程度のリングが買えないほど寒いわけではない。むしろ怪しい仕事の報酬でやや暖かめだと言ってもいいくらいだ。
 だが、隼は長い沈黙の後で、もっと長い上に深いため息を一つ付き、いかにも仕方なしに買うのだという雰囲気を漂わせて言った。
「9号のやつ、頼む」
「リボンはおかけになりますか?」
「一応な」
 店内は日曜日のせいもあってか、かなり混雑していた。リングが包装されるまでの間、隼は改めて辺りを見回したが、連れの姿はない。
―― ミリアのやつ、本当にどこへ行ったんだ?
 茶と言うには少し赤みかかった髪と、背の高さ、服装。何もかも目立つ連れは、その辺をうろついているならすぐ目に留まるはずなのに、気配すらない。
 まぁ、いざとなれば直通ナンバーで呼び出せばいいだけの話だが、何かに夢中になっていたとしたらきっと何度呼んだって気付きはしない。連れは……ミリアはまだまだ子供なのだ。
「しかたねぇなぁ」
 綺麗に包装された小さな包みを受け取り、隼は歩き出した。向かう先は一階中央にある噴水広場。迷子になったらあの場所へ行けと伝えてあるから、何時間か待てば帰ってくるかもしれない。
―― 2時間待っても戻ってこなかったら先に帰っちまうからな。
 人ゴミの中にこれ以上居たくなかった隼は、しかし、中央螺旋階段をゆっくりと下り、待ち合わせのための大時計が見えない位置で階段に背を向け、立ち止まって、ポケットから出した煙草を吸いながら待つことにしたのであった。
 その頃、5階・宝石、貴金属のフロアに居たミリアが、怪盗アヤヤンと名乗る変な女を追いかけていた、などということは露ほども知らず。

<最強タッグ、ミリア&隼>
「パパァ〜! あっブなァあぁイ!!」
 巨大百貨店『ジウノンテ』の心臓部、中央広場の大螺旋階段に背を向けていた隼は、聞きなれた声に、振り向きざま声の主を探して頭の上を振り仰いだ。
 そして見た。どよめきの上がった先から、変な格好をした女は兎も角、待ち合わせていたはずのミリアが奇声を上げながらすべり降りて来たのを。
 当のミリアも見た。
 広場で待ち合わせていたはずの、最愛の『パパ』が、逃げるついでの怪盗アヤヤンに思い切りどつかれよろめいたのを。
 更に、観客たちは見た。
 突然のことにめまいを起こしたらしい青色の髪の青年の正面に、手摺を滑った勢いそのまま、少女が激突していったのを。
 危ない! と誰かが叫び、二人はもつれて倒れこむ…と思われた、次の瞬間。観客達は驚いた。高校生くらいの少年が、相当な勢いで落ちてきたであろう少女を、平気な顔でしっかりと両腕に受け止めたのである。
 プロレスラーにはとても見えぬ。ならば拳法の達人か。あっけに取られる観客の前で、彼に受け止められた背の高い美少女は、一声。
「パパァ!」
 叫んで彼にひしっと抱きついた。ギャラリーは、『パパ!?』と隼の背中を凝視したが、当の隼はといえば、回りの視線に彼は気付いていないのか、気付いていても気にしないのか思い切りどつかれた背中を気にしつつミリアの体を地面の降ろし、音も立てずに隼の腕から滑り降りたミリアの方は、真っ先に隼の無事を確認したものの、
「よ〜ク〜も〜パ〜パ〜をぉオおォォ〜」
 外見に似つかわしくない地の底から響くような声でつぶやきこぶしを握った。
 一方。隼は何が起きたのか把握できかねる顔をしていたが、突然はっとした表情で自分の手の中を見た。
 先ほどまであったはずの包みがそこから消えている。ぶつかられた衝撃で取り落としてしまったのだ。
―― どこいった?
 そして金色の視線の先が捕らえたのは、怪盗アヤヤンが纏ったマントフードの中。
「ミリア!」
 走り去ったアヤヤンの背を睨みすえ走り出そうとしていたミリアの背中に、隼の声が飛ぶ。振り返った先には隼が金色の大きな瞳にミリア以上の怒りの色を露にして立っていた。
「あいつ、腰にG−1型の簡易携帯無線機をつけてた。多分店の人間とコンタクトするためのものだろうと思うが……この意味、分かるな?」
 隼はミリアに向かって二ッと笑って辺りを見回した。広場の中央には噴水、待ち合わせのベンチ、左手にオープン記念の沢山の風船、右手には全階対応のエレベーター。
「よし、あれだ」
声に出さず、小さく頷くや否や「ミリア! 付いて来い!」
「あ、ア、マッテぇ、パパー!!」
 彼は一息にギャラリーを置き去りにして、追いついてきたミリアと共にエレベーターに乗り込んだ。後ろ手に扉が閉じて、外部から遮断される。
「ぱ、パパ、どコ行くノ?」
 隼は黙ってエレベーターのコントロールパネルを開け、『緊急停止』と書かれたボタンを押した。機体が揺れて階間で止まった。
「リュックを開けてプラグをこっちによこせ」
ミリアの背に負われた翼の付いたかわいらしいリュックの中から出てきたのは、電子工具一式。底の方にはまだまだなにやら詰め込まれていたようだが、隼は迷い無く一式を取り出してパネルをこじ開け、むき出しになった配線に細工し始めた。「……さあ、ショータイムだぞ、ミリア」
 両手を鳴らし、金色の目が楽しげに輝く。
 そう、彼はウイルスプログラム『ヴァルハラ』を作った男。そしてミリアはそのプログラムよりいかにしてか発生した電子生命体なのだ。隼の手にかかればたとえほんの少しの機材しかなくとも、あの単純な無線の周波数を突き止め、それにミリアを『飛ばす』程度の事は訳ない。
 取り出した小型キーボードを、確信を持ったまなざしで勢い良く叩く隼の傍で、ミリアの体が本来の姿に戻り始め、指先から、パネルを剥がれて裸になったコードの中へ吸い込まれていく。
「バパ…カタきハ取って来るカんネ!」
「あっちに付いたら俺を呼べよ。一発食らわさなけりゃ気が済まねえ!」
 そしてミリアはその場から完全に姿を消した。

<電子回路の行き着く先は>
 怪盗アヤヤンこと、天王寺綾。『あやかし荘』に寄宿する怪しい関西弁の女とは仮の姿、その実態は巨大デパート『ジウノンテ』の会長でありまた幾つもの企業をその手にする大財閥の娘である彼女は、会長室へと逃げ込んで漸く一息ついていた。
「…一体なんやったんや、あのお客。えっらいしつっこかったわぁ」
『逃げ切ったら本当に商品を返さないが捕まえられれば100倍返し』という、CM効果を狙って考え出されたこのイベント。彼女にとって大満足の成果が出始めている。
『会長、応答願います』
その時、腰に付けた無線から聞きなれた男の声がした。
「なんや? もう追いかけっこは終わりやろ。ウチあやかし荘へ帰るわ」
『それが、例のお客様が姿を消されまして。まだゲーム終了と伝えられておりませ……』
「? 聞こえへん。…って、なんやアンタ!」
耳を離して言いかけた彼女の眼は次の瞬間見開かれ、口はあんぐりと開けられた。「さっきの娘やないのっ一体どっから湧いて出できよったん!」
「ふっふっふっ♪ こレがネングの納めドき!!」
 そこには、相当スタイルに自信がなければ到底着こなせないようなゴシックスタイルに身を固めたその少女が一人立っていた。
―― 今この子、無線機からモヤモヤ〜と出てきたような…アカン! ウチ疲れとる!?、 少女はソファで腰を抜かしかけた綾に向かって不敵に笑い、耳の後ろに手を当て、空に向かって言った。
「パパ! アヤヤン発見! パパを始点にX12.Y58地点にいルよ!」

 発信番号77991から携帯に、直通の連絡を受け瀬水月隼がやってきたデパートの最上階では、数人の秘書が待ち構えていたが、彼はそれらを問答無用で掻き分けて『会長室』と書かれた扉を開けた。
 とたんに目に飛び込んできたのは、豪華な赤い絨毯の上で頭から黒い煙をぷすぷすと上げ、ミリア・Sに首を絞められ馬乗りされている怪盗アヤヤンの姿だった。
「えイや、こノ! こノ! パパのカタき! コンチクショー!」
 亜麻色の髪の周りでまだ弾けている微かな光は、ミリアの放電があった証拠だ。どう詫びを入れてもらおうかと考えながらやってきた隼も、ショック死寸前のその姿には少しだけ同情した。
「かっ、会長っ」
 秘書達が駆け寄ってアヤヤンこと天王寺綾を助け起こす。ミリアはまだ殴り足りなかった様だが、もともと質量を持たない体と手足でいくら力を込めても相手にはほとんどダメージを与えることはできない。それを知っている隼は、息を切らせるミリアをアヤヤンから引っぺがした。
「よし、よくやった。ミリア」
同情とうらみは別物。「後は俺がやってやる」
 と一歩踏み出した隼とアヤヤンの間に、
「お待ちくださいっ!!」
初老の男性が飛び込んだ。「これ以上は、いくら会長でも死んでしまうかもしれません。ここは一つ穏便に……」
「穏便にだあ? 何たわごと言ってやがる」
 金色の瞳にはまだ怒りの色が残っている。
「商品は勿論お返しいたしますし、ささ、こちらがイベントの景品でございます。」
 差し出された一枚の封筒をミリアが寄り目になって受け取った。その場でビリビリと封を切って床に捨てる。「ショウヒンケン? …でも、アタシもう欲シいモノ買ッちゃッタし、コんナにタクサンお金ハいらナいヨォ」
 十枚以上ある紙束を持ったまま、ミリアはさっぱりとした顔で言った。どうやら一度発散させてしまえば、マイナス感情など消去されてしまうらしい。その様子を見た隼も、多少は気が削がれたらしい。
「これだけ迷惑かけられたんだ。貰っとけ」
 隼がミリアの手から商品券を取り、エレベーターから持ったままのリュックに入れて背負わせてやると、アヤヤンを取り囲んでいた店員達から安堵のため息が漏れた。
「うーン…」
一方ミリアは何か考え事をしていたようだが、突然ポンと手を叩き、「そっか!『悪いねぇ、ゴホゴホ』『イヤだそれハ言わない約束だヨ』ってヨクやっテるもんネ」
 と一人芝居を交えて言うと。
「ン! イイムスメとしてはそうシなキャ♪ パパ! これパパへのお土産にスルよー!『おとっツァん、生活のタシにシてケろ』っvv」
「お、お前…」
隼は恥ずかしさと照れくさも混じった複雑な表情で頭を振った。「その意味、インプットし直さなきゃならねぇみてえだな」
「アーっ、パパ赤くなっテる! パパ、嬉しイんだ!」
「ば、バッカ…!」
 嵐のようにやってきて、今腕を組んで立ち去っていくこの若い男女が一体どういう関係だったのかさっぱり掴めぬまま、会長室の面々は今だ気絶中の天王寺綾に目をやった。
「一体、お嬢様に何が起きたのだ……」
「そういえばあの娘は一体どこから入ってきたのかしら」
「……さぁ…??」
 分からぬことだらけのその答えは、あの二人だけが知っている。

エピローグ 〜瀬水月・隼〜
 帰り道。人もまばらな夕暮れの土手道に差し掛かった時、『これ、あゲるネ』とミリアが差し出してきたのは、とても小さな包みだった。
 首をかしげながらも受け取り、丁寧に包装された包みを開いた隼は、一時間も二時間も待たされ、妙なことに巻き込まれた原因を知って、言葉を失った。
 興奮のためか頬を赤らめ嬉しげなミリアが言うには、依頼をこなした初給料で、何よりもまず彼にと『チョー悩ンで』これを選んのだという。
 プレゼントの中身は、丁寧に包装されたジッポーのライターだった。
「コれね、鷹ガ彫っテあルんだよー! ハヤブサは鷹ノ仲間だってパパ言ってたもんネ!」
―― あけすけな愛情には、不慣れだ。
 隼はライターを手の平に収めたまま俯いた。長い前髪にその表情は伺えない。
 こんな時、相手に言うべき台詞が何なのか、彼も知っている。なのに、ミリアのた事はあまりにも素直すぎて、人から大事にされた事など殆どなかった隼には、短いたった一言を喉より先に発することは難しかった。
 しかし、俯く隼の心を知ってか知らずか、ミリアはカラリとした調子で、こう言った。
「ダケど、パパもアタシの欲シかッタもの呉れたカラ、おアイコになっちゃッタね」
ミリアは隼の腕を取って、数歩歩き、もう片方の腕に抱えた1mはあろうかという大きなテディベアにキスをする。彼女が電子回路から生まれたその時から、欲しがっていたそのテディは、もう名前がつけられているようだ。
「まぁ頑張ったしな……褒美な、褒美」
「アりガト! パパ! 大好キ!!」
 言った次の瞬間、そのキスは、隼の頬に落とされていた。早業だった。
「…っ! おい、ミリアッ!!」
「パパ。アタシもう寝るネ♪」
 今日は実体化したまま沢山動いた。だからもうそろそろ充電しなければならない。
 笑いと亜麻色の残像を残し、ミリアは掻き消えた。地面には、隼にはいかにも似合わない大きなティディベアと羽の付いたリュックが落ちている。
 じっと黙って見つめた後、ため息をついて拾い上げる隼の後ろポケットには、例の、本人としてはしぶしぶ買ったつもりの限定リングがひっそりと入っている。
「……チッ」
 頬を染め、舌打ってリュックとテディを肩に担ぎ、隼は夕暮れの道を歩き始めた。
 前より、少し甘くなってしまったのは。
 前より、少しやさしくなってしまったのは、……多分。

 隼は、指輪の受け取り人が待つ家に向かい、少し早足で歩き出した。

<END>

■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0072/瀬水月隼(セミヅキ・ハヤブサ)/男/15/高校生(影でデジタルジャンク屋)】
【1177/ミリア・S(ミリア・S)   /女/ 1/電子生命体】

■ライター通信
「お求めものはなんですか?」いかがでしたでしょうか? ライターの蒼太です。
瀬水月さん、いつも有難うございます。少しお休みしていてお久しぶりになってしまいましたが、今回も依頼参加、有難うございます。そしてミリアさん、初めまして(笑/?)
コメディにアクションを絡めて。という感じに仕上がりましたが、アクション部分は詳しく書かれていた方のほうから、ちょっとしんみりな所はもう一方のかたのプレイングから取らせて頂きました。
また次回、ご縁がありましたら是非、ご一緒させてくださいませ。有難うございました!
では、また!                     蒼太より