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<PCシナリオノベル(シングル)>


第三話 悪意あるモノ
◆支配の闇
「私たちは虚無の世界から来たの。」
「私たちはこの世界を破壊するの。」

そう言った少女たちの声が守崎 啓斗の中に焼きついていた。
「破壊と憎しみからは何も生まれない・・・」
啓斗はその声を思い出すたびに苦々しく思う。
届かない声、届かない想い。
少女たちには、啓斗の声は届かない。
夜明け前の人気のないホームに立って、徐々に近付いてくる列車を見つめながら、啓斗はきつく拳を握り締めた。
時刻表にない、早朝の列車。
夜もまだ明けぬ暗い中を、ヘッドライトが尾を引いてホームへと滑り込んでくる。
赤々と車内灯の灯った列車の中に二つの影が見える。
やがて、啓斗の目の前に止まった列車は、静かにその扉を開いた。

「また会ったわね。」

列車の中へ足を踏み入れると、影の一つ・・・壱比奈がにやりと笑って言った。
その隣りには継比奈が立っている。
二人は初めて会った時のように、寄り添って立っていた。
あの血塗れの列車の中で、この少女たちに初めて出会ってから、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
まるで昨日のことのようでもあり、長い時間をかけてずっと追いつづけてきたような気もする。
「やっぱり、殺しちゃった方がいいわね。」
壱比奈はニヤニヤ笑いながら継比奈に言った。
継比奈は生気のない顔でうなずいた。
啓斗は、この時、ふと違和感に気がつく。
自分たちと同じ双子ということで、この少女たちに自分たちの影を重ねたことがあったが、この二人は双子というには少し異質な感じがした。
よく喧嘩もするがお互いにとって対等な立場を保っている自分たちと比べて、この少女たちはまるで主従関係のようだ。
壱比奈のすることに、全て従う継比奈。
まるで、操り人形のようだ。

「・・・何を考えてるか知らないけど、私たちの邪魔をするなら殺すわ。」

挑戦的な目で、壱比奈が啓斗を睨みつける。
その目は楽しそうにすら見える。
「お前たちが何もしなければ、俺は何もしない。」
啓斗は壱比奈をまっすぐに見つめて真顔で言った。
二人が誰も殺さなければ、啓斗は何もしない。
「殺戮や破壊からは何も生まれない。それどころか、このままではお互いを失うだけだ。そうなったら引き返せないんだぞ!それでも・・・」
どうか、声よ届け。
啓斗の言葉の願いの・・・ほんの一欠けらでもいいから、この二人の胸に届いて欲しい。
「クスッ・・・」
しかし、壱比奈はそんな啓斗に哀れみの嘲笑を返した。
「そんなのはキレイゴトよ。」
「違う!」
啓斗の言葉はやはり少女には届かないのか?
絶望的な気持ちが、影のように啓斗を覆う。
しかし・・・
「失う・・・」
嘲う壱比奈とは対照的に、継比奈は啓斗の言葉に動揺を見せた。
それは本当に微かなものだったが、啓斗にもはっきりとわかった。
「継比奈っ!」
何か言いかけた継比奈の言葉を遮るように、壱比奈は継比奈の肩を掴んで揺さぶった。
「殺すのよ。殺さなくちゃ、殺されちゃうわ!」
「やめろ!」
啓斗は継比奈を揺さぶる壱比奈の手を掴んで引き離した。
「放してよっ!」
壱比奈はヒステリックに叫ぶと、思いもよらぬほどの力で啓斗を突き飛ばした。
啓斗はそのまま壁に叩きつけられる。
「私と継比奈はひとつなのよ。」
壱比奈は継比奈を抱きかかえるようにして言った。
「やっぱり邪魔するじゃない!私たちを引き裂いて!私たちをなかったことにしようとする!」
二人の足元からゆらりと陽炎が立ち昇る。
黒い瘴気が静かに溢れ出てくる。
「そうじゃない・・・!」
啓斗はしたたかに打ち付けた背中の痛みを堪えながら立ち上がった。
「引き裂こうとしてるんじゃない・・・二人は力を合わせても、ひとつじゃないんだ・・・」
二人は別々の人間で、互いを思い合うことはあっても、支配するようなことは許されない。
双子だって、一人一人の人間なのだ。
「別々の人間だから思いやるんだ・・・」

ひとつ。

この考えは壱比奈の全てをあらわしているのかも知れない。
自分以外のものを許せない。
自分以外の全てを憎む。
継比奈を守るのも、継比奈という別の人間を守っているんじゃない。
自分の一部を守っているだけなのだ。

「その手を離せ、壱比奈。」
啓斗はゆっくりと壱比奈に向かって足を進めた。
そして、静かに手を差し伸べる。
「妹だからって支配はできない。ひとつになれても、ひとつじゃないんだ。」
「わかんないわよっ!そんなのぉっ!」
壱比奈が近付く啓斗を追い払うように腕を振った。
纏わりついた瘴気が、刃のように啓斗を襲う。
しかし、啓斗はそれを避けもしない。
弟・北斗が服にかけて浄化の術が、すべての瘴気をかき消しているのだ。
啓斗は弟を信じている。
何があっても、どんな時でも、弟を疑うことはしない。
だから、ひとつになれる。
こうして、力を合わせて、ひとつになれる。
でも、啓斗と北斗は別々の人間だ。
お互いを思いやることのできる別々の存在なのだ。

◆闇に閉ざされる前に
「こないでっ!こっちへこないでっ!」
壱比奈は黙って近付いてくる啓斗に、次々に刃を繰出す。
「継比奈っ!殺しちゃえ!あんな奴!殺しちゃおうよ!」
そして、泣きながら継比奈に命じる。
殺せ!殺せ!殺せ!
邪魔するあいつを殺せ!
二人を引き裂くアイツを消して!
それは、自分勝手な命令だった。
しかし、継比奈は微動だにせず、立ち尽くしている。
絶対だった壱比奈の命令も届かない。

「引き返せなくなる前に・・・止めるんだ。二人とも・・・」

啓斗の言葉に継比奈がびくんと体を竦ませる。
壱比奈にとっての継比奈。
継比奈にとっての壱比奈。
それは微妙に感じ方が違っているのかもしれない。
啓斗は少しだけ希望をもって声をかけた。
「こんなことをしていても、二人とも傷つくだけだ。」
継比奈はその声に反応する。
継比奈は守りたい。
自分の大切な姉を。
自分の一部ではなく、大切な人を。
そんな継比奈の反応を、壱比奈も見逃さなかった。
「あんたも、邪魔をするのね。」
憎々しげに沿う呟くと、壱比奈は力いっぱい継比奈を突き飛ばした。
「死んじゃえ!あんたも、邪魔するならみんな死んじゃえ!」
そう言って、手の平に呼び集めた青黒い炎を転んだ継比奈目掛けて放った!

「!」

姉の放った死の炎に焼かれる!
そう思って目を閉じた継比奈だったが、その恐ろしい熱が継比奈を覆うことはなかった。
「!」
顔をあげると、継比奈を庇うように啓斗が覆い被さっている。
邪気の炎は啓斗が盾となり、浄化の術が跳ね除けたのだ。
「お前にはわからなかったか・・・」
継比奈を背後に庇うようにして、啓斗は壱比奈へと向き直る。
「妹まで殺して、お前は何を得るんだ?」
「うるさいっ!黙れ!」
壱比奈の叫び声と共に、扇が開くように足元から炎が広がる。
「お姉ちゃん!」
継比奈の声にも、壱比奈は怯まない。
じりじりと炎の輪を広げて、二人を追い詰めてゆく。
しかし、啓斗は黙って壱比奈を見つめていた。
「哀れな・・・」
一言そう呟くと、静かに目を閉じる。
このままにはして置けない。
今まで、悪戯に命を弄び奪ってきた壱比奈。
最初に会った時の、血塗れの車内が脳裏に浮かぶ。
大人も子供も、泣いても助けを請うても、はしゃぐような笑い声の中、絶望して死んでいった者たち・・・。

「このままにして置くわけにはいかない。」

啓斗はもう一度、壱比奈を見据えた。
「こないでぇっ!」
壱比奈はそんな呟きにはかまわず、手のひらに鬼火を呼び集めると、再び啓斗へと放った。
「闇統べる異界より邪気召喚!」
鬼火だけではない。
壱比奈の足元に渦巻いていた炎が、勢いよく立ち昇り人の姿に変わる。
「殺して!殺してよ!」
邪気はその手を啓斗の方へとのばす。
胸を焼く瘴気が啓斗を取囲む。
幾ら浄化の術が施されていても、これだけの瘴気は防ぎきれない。
「無駄だ。」
啓斗はそう言うと、精神を集中する。
ゆっくりと口の中で呪を唱えて、影と対峙した。
「汝、全ての命より解き放たれ、我が元に下れ。」
影に向かって手の平をかざすと、啓斗の喉元を捕らえようとしていた影は、ぴたりと動きを止めた。
「冥府へ帰れ。」
そして、影は風に霧が散らされるように消え失せた。
「邪気よ!殺せ!殺せっ!」
壱比奈は次から次へと邪気を呼び、啓斗を襲わせる。
啓斗はその全てを我が身に取り込み、冥府へと戻していった。

「く・・・」
しかし、その作業は酷く身体にこたえる。
啓斗は霞む視界の中に、新たな影を見取って、再び腕を伸ばした。
「お兄ちゃん・・・」
気がつくと、啓斗の背後にピッタリと継比奈が寄り添っている。
まるで、啓斗を支えようとしているようだ。
「私の眼を潰して・・・」
「えっ・・・?」
「お姉ちゃんと私の眼はひとつなの。私の眼が無くなれば・・・お姉ちゃんは・・・」
継比奈は涙を浮かべて言った。
「・・・もう、終るんだよね?」
啓斗は継比奈の申し出に心揺らぐ。
しかし、自分から引き離すように継比奈の肩に触れると言った。
「大丈夫。俺は一人じゃない。」
啓斗は自分が羽織っている学生服の衿に触れる。
そこにはいない弟の、兄を想う気持ちが伝わってくる。
「大丈夫だ。」
継比奈を安心させるように言った。
「でも・・・」
啓斗の言葉に口をつぐんだ継比奈だったが、啓斗の胸元に忍ばせた短刀が目に入った途端、それを掴み抜くと後へと退いた。
「でも、無理だよっ!お兄ちゃんも死んじゃうよっ!」
そしてそのまま躊躇いもせず、刃を己の目に押し当てると横に薙いだ!

「!」

驚いたのは啓斗だけではない。
不意に世界の光を失った壱比奈も、痛む目を押さえて膝をついた。
「お兄ちゃん!お姉ちゃんを止めて!」
血を流しながら継比奈が叫んだ。
啓斗はその言葉に弾かれるように振り向くと、炎の向うに膝をついた少女を見る。
「つぐ・・・ひなぁ・・・」
肩を震わせ膝をついたままの壱比奈は呪いの言葉を吐いた。
「邪気よ、我が身を通して世に降り立て!この世界を・・・」
滅ぼして。
その言葉は最後まで発せられることは無かった。
啓斗の手に握られた忍者刀が、少女の胸を貫いている。
「あ・・・あ・・・」
壱比奈は何が起こったのかわからず、見えぬ世界でもがくように手を泳がせる。
啓斗はその様子を見ていたが、やがて沈黙を守ったまま、更に深く刀を突き立てた。
「・・・ひ・な・・・」
壱比奈の唇から大量の血が流れ、口をふさいだ。
もう手が何かを求め彷徨うことはなく、ぐったりと動かなくなった。

◆時は流れ、夜は明ける
「終ったの・・・?」
継比奈の声に、啓斗は黙って刀を引き抜くと血を払い鞘に収めた。
姉の死を継比奈に見せずに済んだのは、良かったのかもしれない。
「終った。」
啓斗はそう言うと、座り込んで血を流している継比奈の前にしゃがみ込んだ。
ふと、窓の外を見ると空が朝焼けに赤く染まっている。
空だけではない。
列車の中も、朝日が紅に染めている。
壱比奈の死とともに炎は消え失せ、今は静けさだけが車内に満ちていた。
「大丈夫か?」
もっていたハンカチを目の傷に当ててやる。
継比奈は黙ってそのハンカチに触れた。

列車は静かにスピードを落とし、ホームへと入ってゆく。
啓斗は継比奈の手をとって立たせた。
「病院へ行かないとな。」
そして、二人はゆっくりと開いた扉にむかって歩き出す。

「・・・ありがとう、お兄ちゃん。」
「え?」

継比奈の声に振り返ろうとしたとき、啓斗は何かに押され躓くようにホームへと降りた。
「継比奈っ!?」
啓斗の目の前で列車の扉は閉まる。
列車の中に一人少女を残して。

お姉ちゃんと行くね。

ドアの向こう、硝子越しに継比奈の唇はそう言った。
啓斗はドアを叩くが、ドアはびくともしない。

バイバイ・・・

継比奈は小さく手を振った。
目を失った継比奈に啓斗の姿は見えなかっただろう。
だが、精一杯の気持ちで、啓斗の方を向いて手を振った。
「継比奈・・・」
列車はゆっくりと動き出す。
啓斗の手を引き離して、ホームから出てゆく。
列車の向うには朝日が見える。
朝日の方へと列車が進んでゆく。

啓斗は列車の姿が見えなくなるまで、ずっとその後を見送っていた。


The END.