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花の下（はなのもと）
＊オープニング＊
ようやく春の訪れを感じられるようになったある日、草間興信所に届けられた郵便物。
いつもなら、ダイレクトメールばかりである郵便物の中で明らかに１通だけ趣を異にしたその封筒には１枚の写真と、手紙が入っていた。
「見事なものだな」
写真に写っていたのは１枚の見事な枝垂れ桜。
便箋には、
「突然のお手紙申し訳ありません。
同封させていただいた写真は、わたしの母の実家の庭にある桜なのですが、３年前からぴったりと花を咲かせることがなくなりました。
専門の方に調べていただいたのですが、樹木自体が枯朽したわけではないそうです。
どうしても、その原因を調べて頂きたいのです。
調査費用は問いません。
畑違いのお願いだとは重々承知しているのですがわらにもすがる思いでお手紙させて頂きました。よいお返事をお待ちしています。」
と、したためられていた。
「調査費用は問いません―――ねぇ……」
依頼主にとっては、そこまで言い切るほどの価値がこの樹のどこかにあるのだろうか。
もう１度その写真をよく見ると、右隅に今から３年前の日付が記されている。
「う〜ん」
写真と手紙を見比べながら、草間は煙草に火を灯した。
＊海原みなも＊
海原みなもはいつものように学校帰りに制服のまま「草間興信所」と看板のかかった扉をくぐった｡
「こんにちはぁ」
その声に気付いて草間は顔を上げた｡
「何見てるんですか？」
来客がないことを確認して、勝手知ったる……とばかりに持っていた学生鞄を来客用のソファの上において、お世辞にも広いとは言いがたい事務所ではあるがぱたぱたと小走りで草間のところに駆け寄って行った｡
彼の手元の写真を見て、みなもは思わず感嘆の声をあげる｡
「うわぁ、すごくきれいな写真ですねぇ」
あまり見慣れない満開の枝垂れ桜はみなもの目に新鮮に映った｡
「その写真に関係あるような依頼が来たんですか？」
可愛らしく小首をかしげて草間の顔を見つめる｡
「この桜が３年前から急に花を咲かせなくなったらしい」
草間は手紙をみなもに見せる｡
「専門家さんがそういうのなら、きっとそうなのでしょうね。だとしたら後考えられるのは……やっぱり精神面とか呪術面なのかな？」
「まぁ、不本意だが、家に依頼が来たところを見るとその可能性も無きにしも非ずってことだろうなぁ」
本当に草間のその口調が、本当に心底、不本意そうであった為にみなもは思わず笑ってしまった｡
「みなもちゃん、久しぶり」
定位置であるデスクにいたシュライン・エマがみなもに手を振っている。
「こんにちは〜」
セーラーのスカーフを揺らしてみなもはシュラインの元に駆け寄った｡
「シュラインさんもあの桜の調査に？」
「えぇ」
「あたしもお手伝いさせてもらっていいですか？」
「もちろん。さっそく明日、国立図書館に事前調査に行くんだけど」
みなもはシュラインと一緒に国立図書館に来て、過去の新聞の小さな地方欄から植物図鑑まで片っ端から桜が咲かなくなるような原因を探してみたのだがこれといったものは見つからなかった。
「とりあえず、一旦戻りましょう」
そう言われて、とりあえず図書館を後にする｡
「全く手掛かりなしですね」
「そうね」
がっかりするみなもとは逆に、シュラインはあまり気にした様子がない｡
確かに、過去の情報を探す事前調査は重要だが、それはあくまで可能性を探る為でやはりその物を見てみないと判らないことは世の中にいっぱいある｡世間の常識だけでは片付かない不思議なことも｡
きっと、依頼主である元原遥（もとはら・はるか）もそんな可能性にけて依頼してきたのだろう｡
まだまだがっかりするには早いよね―――と、みなもは改めて気合を入れなおした｡
道中、みなもは今回の調査についてもう１度考えていた｡
お母さんの大切な桜の木｡
―――なんとなく。なんとなくだけど人を待っているんじゃないか。そんな気がする。でも、誰を？
事務所のある雑居ビルの階段を上がっていくと、中から人の話し声が聞こえてきた｡
「来てるみたいね」
「誰ですか？」
１人は草間であることはわかったが、もう１人はみなもの知らない男の人の声だった｡
「今回のもう１人の調査員よ」
そう言って、シュラインは事務所に入った｡
シュラインに続いて中に入ると、ソファのところにみなもよりも１０歳ほど年上の背の高い男の人が腰掛けて居た｡
シュラインとは顔見知りらしく入って来た彼女に軽く手を上げた｡
「シュラインは知っているな？ 彼女は、海原みなもくん。今回の件の事前調査や補助をしてくれている。彼は久我直親、今回の調査に同行してもらう陰陽師だ」
そう紹介されて、みなもは直親に向かってぺこりと頭を下げた｡
「で、どうだった？」
「ダメね｡遥さんの話しをもとにしてみなもちゃんといろいろ調べては見たんだけどこれという決め手には欠けるわね」
シュラインは羽織っていたコートを脱いで、一応この事務所の中では接客用となっているソファに座る。
「もともと専門家の方には既に調査していただいたということだったので、その桜が咲かなくなったって言う３年前からの地元の新聞も見たんですけど……関連がありそうな事件は全くなかったですね」
「そもそも田舎だから事件らしい事件もないのよねぇ」
そう言いながら、シュラインは手早く依頼内容と事前調査をまとめたものをプリントアウトし、
「週末さっそく現場に行くことになってるから、よろしく」
と、直親に言った｡
＊
東京駅でみなもは初めて依頼人である遥に会ったのだが、すごく落ち着いていてきれいな、お姉さんという印象の遥にみなもはすぐに好印象を持った｡
調査員にみなものような中学生が居ることに不審そうな目を向ける人も居る―――草間興信所に持ち込まれるのは何故か不思議な依頼が多いから、きっと世間一般よりは年齢を気にしないような依頼者も多い―――のだけれど遥は年下であるみなもにも至極丁寧に挨拶をしてくれたのがみなもは嬉しかった｡
遥の母の実家というのはかなり遠いところにあるのでＪＲとバスを乗り継いでも３時間以上かかるという｡
「みなもちゃん、荷物多いのね」
すぐに「みなもちゃん」「遥さん」と呼び合うようになった、遥にそう言われてみなもは、手にもっていた紙袋の中身を披露して見せた｡
シュラインから依頼の内容を詳しく聞いた時に、自分は事前調査とかの補助的な仕事しか出来ないならせめてみんなを元気付けられるようにしようと、朝早起きして作ったお弁当だった｡
「移動に時間がかかるっていうお話だったんで」
「すごい、お弁当」
「桜は咲いてないかもしれないけどお花見弁当は欠かせないですよね」
そう言ってみなもはにっこり笑う｡その笑顔につられたように、遥も口元を綻ばせた｡
バスを降りた途端、目の前に広がった光景に、
「うわぁ」
と感嘆の呟きがもれた。
シュラインと直親は想像以上に田舎の山里であったために、吃驚していたようだった。
「本当に田舎なのねぇ」
と言ったシュラインに、
「でも、すごく綺麗ですよ｡ほら、見て下さいよ」
そう言ってみなもは眼下に広がる集落を埋め尽くさんばかりの桜の木々を指差した｡
目を覆わんばかりの桜にあふれた景色｡
普通の桜よりもちょっと色の濃いピンク色の山桜があたりを染め上げている｡
こっちです、と遥は３人を彼女の母の実家である盛山家に案内した｡
「今、お宅にはお母様の他にも誰かいらっしゃるのかしら？」
「いえ、母が療養の為に戻ってくるまでは町の方が時々掃除や空気の入れ替えをしていてくれたくらいで」
女３人に囲まれて少し居心地を悪そうにしていた直親が、遥に尋ねた｡
「……その頃はまだ桜は咲いていた？」
「いえ、その頃はもう花をつけなくなっていたそうです」
「そうですか」
そして再び黙りこむ｡
「遥さんはここにはよく来るんですか？」
「昔はお盆や年末、あと桜の季節には必ず。でも、祖父が亡くなってからはあんまり来てなかったんだけど。お母さんはやっぱり、自分が生まれ育った家が懐かしいみたくて―――あ、もうすぐです」
遥との話しに夢中になって気付いていなかったが、シュラインが直親がずっと後ろの方にいることに気付いた｡
「もう、何をやってるのかしら」
「久我さ〜ん、着きましたよぉ」
みなもはそう言って大きく手招きをする｡
バスを降り立った時の景色もすごかったが、昔ながらの日本家屋といった雰囲気の遥の母の実家にみなもは目を見張った｡
そうこうしているうちに、大きな声で呼ばれても慌てる様子のなかった直親が追いつく｡
それを確認しての、
「先に桜、見せてもらう？」
シュラインのその問いかけに、
「そうだな」
と直親が頷いた｡
先に、玄関先に手荷物を置かせてもらい件の桜まで案内してもらう｡
「こちらです」
そういわれて、玄関からちょうど真裏にあたる中庭に通された。
広い庭を横切り、周りにある何本かの桜はもう満開に咲き誇っているというのに、その中央にある木だけは蕾すらつけた様子はない｡
その違和感に目を奪われていたみなもの背後で、突然、
「……ぁ！？」
と、直親が大声を上げた｡
「きゃっ」
みなもは吃驚して思わず声を上げた｡
そしてはじめて桜の前に壮年の男性が立っていることに気付く｡
吃驚しているみなもを尻目に足早に直親は男に掛けより、肩を掴んで振り向かせた｡
「おや、奇遇だね」
男は直親に向かってそう微笑んだ｡
みなもは分けがわからずにきょとんとしてしまう｡
「直親さんのお父さんよ｡直親さんと同じ、陰陽師」
と、シュラインがこっそり耳打ちしてくれた｡
そんな時、
「あら、随分賑やかね」
と柔らかな女性の声が聞こえた。
「お母さん！」
直親の剣幕に呆然としていた遥がいち早く気付き、慌てて女性のもとへ駆け寄って行った｡
「そんなに慌てなくても大丈夫よ｡最近は随分調子がいいのよ」
そう言いながら遥の母―――美春が中庭を見渡せる部屋の古間を開けて、縁側から降り遥に支えられながらこちらへ来た｡
事前の打ち合わせでは美春には興信所ということではなく、遥の大学の生物学課の研究室のメンバーということになっていた。
「すみません、こんな大勢で押しかけてしまいまして」
シュラインが代表して、美春にそう挨拶をした｡義雅が教授、シュラインが助手、直親が院生でみなもは義雅の親類と説明する｡
「いいえ、こちらこそ娘の我侭でこんな遠いところまで来ていただいて。この木も長い間私たちの目を楽しませてくれてたんですけれど」
そう言って、美春は少し寂しそうに桜の木に触れた―――
遥から調査用として借りた一室で４人集まったところでシュラインはそう切り出した｡
「で、どう？ 現地に来て久我親子が見たところこの桜」
「親子で括るな……」
と、直親が訂正を要求する｡
「まぁまぁ」
「じゃあ、直親さんのご見解は？」
「悪い『気』は感じないな。ただ……」
と、直親は言葉を切ってその先を言うことを躊躇うように口をつぐんだ｡
そして、その後を引き受けるように、
「まぁ、これ以上我々がここに居ても出来る事はないだろうと思いますよ」
義雅がそう言った｡
「え、何でですか？ まだ何も判ってないじゃないですか？」
思わず、みなもは彼女らしくもない大きな声を出してしまった｡
シュラインも納得できないらしい｡
「親子だけで理解してないでこっちにも判るように説明してくれない？ 遥さんにも説明しなきゃいけないんだから｡」
シュラインのその問いに、直親は、
「今、咲かないというのが、あの木の意志だからだ」
と、答えた｡
「意志？」
「確かに、咲かせようと思えば出来ないことはないとは言わない」
「じゃあ」
「でも、今回の場合はそれは最良の選択ではないだろうと思う」
これから先は遥には告げないように釘をさして、直親は納得いかないというシュラインとみなもに直親と義雅だけが感じ取れたことを全て話して聞かせた｡
美春の思い入れが強い分だけ、彼女とあの木の間には普通の人間には感じ取ることの出来ないだろう何か強い繋がりが見えたと直親は言った｡
「きっと、あの木はその時を待っている」
「遥さんのお母さんが良くなるのを待ってるとか？」
みなもも本当にそう思ったわけではなかったが、そう願わずにはいられなかった｡
口に出すことで、そうなってくれればいいのに。
遥の、そして美春の顔がみなもの脳裏で交差した｡
＊エピローグ＊
ダイレクトメールに混ざって、再び遥からの手紙が届いたと草間から連絡が入ったのは、調査に行ってからちょうど１ヵ月後のことだった｡
手紙には調査に行ってから半月後、あの枝垂れ桜が見事な花を咲かせたという報告だった｡
まるで、咲かなかった期間の全てをその時に注いだように、それは幻想的な姿で｡
ただ、花を咲かせていたのはたった１日限りで、次の日にはまるでそれが夢か幻であったかのように一晩で全ての花びらが散ってしまったという、まるで息を引き取った美春の後を追うように｡
花が咲かなくなったわけではなかった｡
自らの意志で咲かなかっただけだった。その人が自分の下で逝くその時の為に｡
Ｆｉｎ
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【 ００９５ ／ 久我・直親 ／ 男 ／ ２７歳 ／ 陰陽師 】
【 ０８０４ ／ 久我・義雅 ／ 男 ／ ５３歳 ／ 陰陽師 】
【 １２５２ ／ 海原・みなも ／ 女 ／ １３歳 ／ 中学生 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ ２６歳 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、遠野藍子です。今回は初の調査依頼に参加いただきありがとうございました｡
皆さんから頂いたプレイングが自分が考えていた流れに合ったものだったにもかかわらず、やはり不慣れなせいか試行錯誤、色々と四苦八苦した結果、こんな感じになったのですが……少しでも、気に入っていただける部分があれば幸いです｡
もっと書き込みたいエピソードがあったのですが今の自分にはこれが精一杯のようで……これからなんとか精進していくつもりですので、また機会があればよろしくお願いいたします。
海原みなもＰＬ＞この度は本当にありがとうございました｡和みキャラを目指してみたのですが……。補助的な仕事中心と言うことで少し活躍の場が少なかったかもしれません｡
反省点ばかり目に付いてしまいますが、また機会があればよろしくお願いいたします｡
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