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<東京怪談ノベル(シングル)>


正義の味方

 バイクが唸る。風を切る。風の心地よい程度の冷たさが、頬に叩きつけられている。
(まるで風と一体化したようだ)
 バイクにまたがったまま、鳴神・時雨(なるかみ しぐれ)は小さく微笑んだ。小麦色の肌に、銀の髪、赤い目がきらりと流れて行く景色に溶けていく。
(むっ)
 時雨は耳を通る音に、慌ててバイクを止めた。風から人間に戻る瞬間だ。
「今、何かが確かに聞こえた……」
 時雨が呟くと、再び音が耳の奥に響いてきた。それを頼りに、時雨はあたりを見回す。より強く聞こえる方へと走っていく。
「……なるほど」
 時雨は小さく微笑んだ。そこには少女と数匹の犬がいた。少女の口元には犬笛。
「あれをキャッチしたわけだな」
 原因が分かってほっとし、それから少女の方へと近付く。大型の犬が、一斉に時雨の方を見た。少女は笛から口を離し、首を傾げながら時雨を見つめた。
「この犬は、皆君の友達か?」
 少女は微笑んだ。頷きながら。それから少し迷い、困ったように自分の喉を抑えた。
「君は、声が……?」
 少女が頷く。それからにっこりと笑って犬笛を吹いた。それに合わせて犬達が一斉にお辞儀をした。
(なるほど。あの笛はこの少女の声なのだな)
 時雨は犬を撫で、それから一匹を高い高いした。少女が目を見張った。時雨がひょいと子犬を扱うかのように持ち上げたのは、グレートピレネーという大型犬だったからだ。
「いい犬だ。君の事が、大好きなんだな」
 少女は微笑んだ。小さく、誇らしげに。

「おや」
 数日後、時雨は再び犬笛の音を耳にした。先日、声の出ない少女がいたあの場所だった。たくさんいた犬達と、あの少女を思い出す。
「挨拶にでも行くか」
 時雨は再びの会合を思い、そちらに向かう。だが、彼が目にしたのは少女と犬達ではなかった。一台の黒い車から、その音は聞こえてきた。そして、その車を必死で追う犬達。紛れも無く、先日時雨の出会った犬達である。
「何だ……?」
 時雨は目を凝らす。それから、脳もフル回転させる。そうして行き着いた結論は一つだけだった。
「誘拐か!」
 必死に追いかけていた犬達だが、ついに限界が来たようだった。車の時速に追いつく事が出来ず、キュウンキュウンと車に向かって悲しげに鳴いていた。
「……俺が代わりを引き受けよう」
 時雨は犬達にそう囁き、目を閉じて念じる。
(来い……!)
 バイクへ呼びかける。時雨専用の、自律行動可能なバイクだ。遠隔操縦をも可能なこのバイクは、時雨の呼びかけに対して忠実だ。かくしてバイクは時雨の元に辿り着き、バイクにまたがった。ハンドルを握り締め、一度目を閉じ、開ける。クリアな世界。遠く聞こえるは、あの犬笛。
(大丈夫だ、聞こえる)
 犬笛の音も、途切れ途切れになっていた。少女の肺活量では、犬笛をずっと吹き続けるのは困難なのであろう。時雨はハンドルをぎゅっと握り締め、走り出した。風に再びなる瞬間だ。
(今、行く)
 小さく心の中で呟き、時雨は強くハンドルを握り締めた。風になる。クリアな世界の中、聞こえるのはかの犬笛だけだ。途切れ途切れになりつつも、しっかりと時雨の耳に響いていく。目の前の車にどんどん追いついて行き、いつしか車に並んで走るようになっていた。車は慌てたように人気の無い路地に入っていく。
(好都合だ)
 ヘルメットの中で、時雨は小さく笑った。ぎゅっとハンドルを握り締め、反動をつけて飛ぶ。そして、車の前方に見事に着地する。車はキキキキ、という音を立てながら急ブレーキをかけながら止まる。車の中からバタバタとしながら黒スーツの二人組が出てくる。あの少女は未だ車の中だ。
「……あの子を、返して貰おうか」
 時雨はヘルメットを取り、じろりと二人組み睨んだ。二人は顔を見合わせ、それから懐の中から銃を取り出して時雨に照準を合わせる。
「悪いが、あの子を送り届けるのが仕事なんでね」
「送り届ける?」
「そうだ。……金の成る人間だ」
「誘拐か」
「まあ……そういう事になるか」
 カチリ、と銃が鳴った。時雨はバイクから降り、にやりと笑った。
(体が熱い)
 妙な高揚感。感情を抑えられてしまっている時雨の、代わりに与えられたとも言えるその高揚。
(熱い……だが、悪くない)
「な、何だこいつ……!」
 一人が時雨の様子に、軽い恐怖を覚えて叫んだ。もう一人は、様子を物も言わずに見守っているだけだ。
「悪いな……相手が悪かったと思ってくれ」
 時雨は、もう一人の時雨となる。常人の30倍もの身体能力を持つ戦闘形態。時雨は地を蹴り、二人組に向かって走った。それに触発され、一人が銃を強く握り締めた。
「うおおお!」
「おい!」
 ターン、という音が鳴り響いた。もう一人の制止も聞かず、軽い恐怖を覚えていた方が発砲したのだ。だが、硝煙の先にあったのは時雨の死体ではなかった。
「馬鹿だな……」
 力場によって形成された盾、4種あるアタッチメント式の腕の一つ、キャンセラー。
「ば、化け物……!」
 発砲した方がそう叫び、恐怖から手にしていた銃をその場に落としてしまった。時雨はキャンセラーから別のアームに変えつつ、苦笑する。
「化け物、か。……そんな言葉、どうだっていいとは思わないか?」
 アームが、ブウン、と唸った。高音のプラズマを発生する事によって形成れたクロー、ヒート。
「今大事なのは……犬達の行動を代行する事だ!」
 時雨はそう言い、大きくクローを振りかざす。真っ直ぐに二人組に向かって射出される。二人組は目を硬く閉じ、銃を放り投げながら身を硬くする。
 ズゥン!爆音と共に砂塵が巻き上がった。二人組は我が身が無事なのを確認し、恐る恐る目を開ける。自分達の何センチか前は、大きく抉られていた。二人組みは物も言わずに口を大きく開け、ただその抉られた地面を見る。時雨はダンッと地を踏み、二人を見下ろす。
「実は、あと二種類ほど俺の手はあるわけだが……」
 二人組の顔に、色は無い。
「まだ、やるかい?」
 答えは決まっていた。二人組は各々が声にならぬ声を叫びながらもの凄い勢いで走り去ろうとする。時雨はゆっくりと5を数え、地を蹴る。容易に追いついた二人組の鳩尾に一発ずつ喰らわせる。軽くしたつもりではあったが、簡単に二人は意識を失ってしまった。地面に転がる二人組を見て、時雨は大きく溜息をして形態を戻す。
(もう二度と、こんな風には使われないと思っていたんだが)
 小さく苦笑し、車に向かう。犬笛を強く握り締めた少女は、じっと俯いたまま車の後部座席に座っていた。時雨はドアを開け、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
 少女は時雨に気付き、微笑んだ。ぎこちない笑みではあったけれども。少女は何度も頭を下げた。
「礼なら俺じゃなくて……」
 時雨は犬笛を握り締めた少女の手を、そっと包み込んで微笑んだ。
「犬達に言うんだな。……俺は代行しただけだから」

 後日、時雨は再び同じ場所で犬笛を聞いた時雨は同じようにそこへ向かった。そこにはやはり少女がいた。同じように犬笛を吹き、同じように犬達がいた。
「やあ」
 少女は時雨に声をかけられ、にっこりと微笑んだ。少女は時雨に手紙を渡す。声無き少女の心からの言葉だ。
『先日は有難うございました。……でも不思議です。どうして犬笛が聞こえたんですか?だって、犬笛は人間には聞こえない筈なのに』
 時雨は手紙を読み、ポケットにしまいながら少女の方を見る。少女は大きな目でじっと時雨を見つめる。時雨はちょっと考え、ぽんと少女の頭に手を置く。
「俺は、チト普通ではないんだ」
 少女は首を傾げる。犬達も少女に倣って首を傾げる。時雨はただ苦笑する。頭の中では、まず何から説明すればいいのか、何を説明してはいけないのかを必死で整理しながら。

<説明に苦戦しつつ・了>