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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =籠城編=

□■オープニング■□

「札幌立てこもり事件解決――か」
 新聞の見出しを読み上げて、武彦は大袈裟に煙を吐き出した。
「最近多いな、この手の事件。本気で逃げるなら死ぬしかないだろうに」
 皮肉を呟く武彦に、零は苦笑を返す。
 新聞をたたんでデスクの上に置いた。――と、書類の山の上に、武彦は置いた覚えのない封筒を発見した。
(これは……)
 超絶に嫌な予感がする。
 一瞬どころか三瞬くらい眉を顰めた武彦だったが、そのまま捨てるわけにもいかない。ゆっくりと、封を切った。
 その中には……
   ――ゲームを しようか――
 そして、UNOのリバースカードに人形をあしらった例のカード。
(何なんだ……)
 武彦はがっくりと脱力した。煙草の灰が落ちる。
「? どうかしました?」
 不思議そうにこちらを見た零に、武彦はもう確認などしない。
「世の中には暇人がいるもんだな」
「はぁ……」
 武彦の脈絡のない発言に、零は首を傾げた。
 そして。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 タイミングよく電話。
(きたな)
 何かを覚悟した武彦は、ゆっくりと受話器を取った。
『手紙を読んだね?』
 いきなりそんな声。
「……ドールだな?」
『そうだよ。話すのは初めてだね。初めましてとでも言っておこうか?』
「ゲームとは何だ? 何をするつもりだ?」
『無視とは酷いな。正確にはもうしているよ。ソコに爆弾をしかけた』
「爆弾? 盗聴器の間違いじゃないのか?」
『フフ。探してみる?』
 含みのある声に、武彦は沈黙した。
『何をしようがあなたの勝手だけどね。事務所から出ることは許さないよ。出た途端にドカンさ』
「!」
『これはゲーム。逆籠城ゲームだよ。ボクが満足したなら、ソコから出してあげる』



□■視点⇒シュライン・エマ■□

 その電話があったのは、私がいつものように草間興信所でバイトをしていた時だった。
 流しから戻ってくると、武彦さんがデスクに突っ伏して頭を抱えていたのだ。
「? どうしたの?」
 問いかけてみるが、武彦さんはそのまま動かない。私はソファに座っている2人に視線を移した。
 2人――というのは、武彦さんに資料を返しに来た羽柴・戒那(はしば・かいな)さんと。幻覚から避難(?)しに来たらしい大覚寺・次郎(だいかくじ・じろう)さんだ。
 だが2人とも曖昧な顔で首を傾げるだけで、詳しくは語らない。きっと2人もわからないのだろう。
 そこへ。
「草間さん、玄関に鍵をかけました!」
 零ちゃんがそう告げながら、玄関の方から戻ってきた。
(鍵……?)
「……武彦さん?」
 皆で視線攻撃をしかけると、今度は武彦さんもむっくりと顔を上げた。心なしか少し青ざめているように見える。
「――すまない。どうやら巻きこんでしまったようだ」
「え?」
 武彦さんはそう謝ってから、手に持っていた何かを私たちに見せた。
 それは紛れもなく、3度目の。
「! ドールのカード?!」
「さっきの電話はやっぱりドールから?」
 問った戒那さんに、武彦さんは頷く。
「この事務所に爆弾を仕掛けたらしい」
「な……っ」
 皆で息を呑んだ。そんなことを突然言われたって、普通なら信じられないけれど……。
(ドールなら、やりかねない!)
 誰もがそれを理解していたから。
「事務所から出ることは許さない、とドールは言った。その途端にドカン――だとさ」
「ずっとここに籠もってろって言うの?」
「逆籠城ゲームがしたいらしい」
 私の挟んだ言葉に、冷ややかな声で武彦さんは返した。
(逆籠城――)
 普通籠城と言ったら、犯人が人質をとって立て籠もるのが筋だ。なのにこの状況は、犯人であるドールは建物の外。人質は捕まえるべき私たち自身で、建物の中。立場がまったく逆なのだ。
 武彦さんは慎重に発言する。
「――とにかく、本当に爆弾が仕掛けられている可能性はある。すまないが、事務所から出ないようにしてくれ。あと誰か来る予定があるなら、来ないように連絡を頼む」
「どうしてですか? 出なければいいなら、入るのは問題ないような気もしますけど……」
 大覚寺さんがそんな問いを振ると、武彦さんの顔が少し歪んだ。
「……これ以上巻きこむ人間を増やしたくないからな。それに――ドアに細工をされた可能性もある。この建物から出るには、普通ならドアを使うしかない」
(だから鍵をかけさせたのね)
 私は理解した。その横で、戒那さんが携帯電話を取り出しながら呟く。
「参ったな……あとで悠也が新作のケーキを差し入れに来る予定だったんだが」
「ケーキ……」
 瞬間食べたそうな顔をした大覚寺さんがおかしくて、私は笑った。
「じゃあそれも、この"ゲーム"が終わるまでお預け、ね」
(私も早く食べたいけど)
 悠也――斎・悠也(いつき・ゆうや)の料理のうまさはよく知っている。もちろんそれはお菓子作りにも当てはまる。その新作とあっては、口にしない手はない。
 戒那さんが悠也に電話をしている間、武彦さんも事務所の電話の受話器を取っていた。どうやら鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんに連絡を入れたようだ。確かに、彼ならば爆弾に詳しいだろう。
 そうして2人が電話を終えるのを待ってから、私たちは作戦を考え始めた。
(今回は)
 どうやら、誰かの願いを叶えるための行動ではないらしい。誰かがこの先に待っているだろう結末を望んでいると、考えたくないだけかもしれないけれど。
「――武彦さん、期限はなかったの? ドールだってずっと私たちを監視しているわけにはいかないでしょ」
 武彦さんもソファの方へ移動してきて、いつもの煙草を吸っていた。問うと煙草を口から離して、煙を吐き出す。
「ああ……自分が満足したらここから出してやると言っていた」
「ドールが満足したら? またずいぶんと曖昧ですね」
「逆に言えば、ドールを満足させる行動をとらなければならない――ということか」
 続けた戒那さんの言葉は、的を射ていた。
(ドールを満足させる行動……)
 そもそもドールは何故、武彦さんにカードを送りつけるのか?
(それは多分――武彦さんを気に入ったから)
 武彦さんなら解いてくれると、自分の流したい方向に流してくれると、悟ったからなのだろう。
(じゃあ、今回は?)
「……中にいる私たちが、爆弾を捜し出せたら。ドールは満足するかしら?」
 考えを述べると、武彦さんは頷いて。
「そうかもしれないな」
「どーせなら、ドール自身を見つけ出してやろう。悠也ならこのカードから、ドールの気をたどっていけるかもしれない」
「なるほど」
 戒那さんの大胆な作戦に、武彦さんは少し笑った。戒那さんは再び携帯電話を取り出して、カードを取りにくるよう悠也に指示を出している。
「……ドールはこちらの様子をおそらく監視しているんですよね? 盗聴器やカメラが仕掛けられている可能性はないのでしょうか?」
 その間大覚寺さんが問いかけたことは、私も考えたことだった。
 武彦さんは考えるよう煙を吸いこんで。
「可能性がないわけではないが……それを捜すのは俺たちの専売特許だからな。あったとしても大した意味を持たないだろう」
 それはつまり、私たちがそれを見つけて破壊したとしても、この状況は何も変わらないということだ。ドールは最初から、それを利用していない。
(それが、武彦さんの読み)
「じゃあドールがそれを仕掛けるのは……」
「おそらく、自分がどれだけこちらの行動を予想しているか、知らしめるためだろう。だからこそ逆に、捜す必要はないと言える」
  ――ピンポーン
 まるでその読みが"正解"であるかのようなタイミングで、チャイムが鳴った。一瞬、皆の動きがとまる。ちょうど戒那さんも電話を終えていて。
「……悠也、なワケないか。今連絡したばかりだからな」
 そう呟く。
「零、俺が行く」
 武彦さんは玄関へ向かおうとした零ちゃんを引きとめると、自分が立ち上がった。
  ――ピンポーン
 いつもならすぐ零ちゃんが出てきてくれるはずなのに……訪問者がそう思って再びチャイムを鳴らしたのは明らかだ。私が逆の立場でもそうだろう(もっとも、私がチャイムを鳴らすことはほとんどないけれど)。
 私たちは武彦さんの後ろ姿を見つめながら、耳を澄ました。
「――どなたですか?」
 一応丁寧な言葉を選んで、武彦さんはドアの向こうの誰かに向かって問いかけた。
 すると。
「草間さん? よかった、いたんですね」
 ドアを挟んでいるので、少し籠もった声が返ってきた。その声は、頻繁にここへ出入りしている海原・みなも(うなばら・みなも)ちゃんのものだ。
「海原か。すまないな……今ちょっと、このドアは開けられないんだ」
「え? 壊れてるんですか?」
「いや……実は――」
 ドアを挟んで、武彦さんはみなもちゃんに今の状況を説明した。
「ば……爆弾?!」
 表情が容易に想像できそうなほど大きな声をあげて驚いたみなもちゃんだったが、ドールの仕業ということで納得したようだ。
「そうですか……折角祥子さんが、こないだの事件のお礼を言いに来てるのに……」
「広瀬が?」
 それにはさすがに、私たちも驚いた。
「あの、こんにちはっ」
 ドアを通してその声が聞こえる。
(広瀬・祥子……)
 前回の事件でドールに願いを叶えてもらった少女。
「祥子くんか。確か前回の事件でドールと直接会っている娘だったな」
 悠也から聞いているのだろう、戒那さんがそう確認した。私は頷く。
(そう)
 祥子さんはおそらく唯一、ドールと直接会っている。
「――使えるな」
 考えるような仕草をしてそう呟くと、戒那さんは急ぎ足で玄関の方へ向かった。何か思いついたようだ。
「みなもくん、祥子くん。じきに悠也と鳴神くんがそこに来るから、2人と一緒にドールを捜してくれないか」
「戒那さん? ……わかりました。じゃあここで待ってますね。ついでにドアも少し調べてみます」
 そう答えたみなもちゃんに、武彦さんがつけ加える。
「2人が来たらもう一度チャイムを鳴らしてくれ」
「了解です」
 それから2人は、こちらへ戻ってきた。大覚寺さんが不思議そうな顔で戒那さんに問う。
「どうして彼女たちも……?」
 ドールを捜すこと――それに危険がないとは言えない。そう思っての問いなのだろう。
 すると戒那さんは笑って。
「ドールの意表をつくには、あの娘が最適さ。今祥子くんがここへ来たのは"偶然"だ。ドールだってまさか、祥子くんまで自分を捜しに来るとは思っていないだろう」
「ドールを満足させる要因は多い方がいい……ということか」
 武彦さんがまとめた。
「じゃあ早速、爆弾捜しを始めましょ」
(悠也が来るのをただ待っているだけなんて時間が惜しいわ)
 私がそう告げて立ち上がると、それを戒那さんがとめた。
「ストップ。先にカードをサイコメトリーしてみるよ。爆弾の形状がわかっていれば捜しやすいはずだ」
(確かに……)
 闇雲に捜すよりは、ずっといい。触らなくてもそれとわかるから、安全でもある。
 座り直した私を確認して、武彦さんは戒那さんに例のカードを手渡した。
「そういえば、そのカードいつ届いたんですか?」
 問った大覚寺さんの向かいで、戒那さんは既に集中を始めている。
「ついさっき直接、だな。気づいたら机の上にあったんだ」
「前回もそんなこと言ってたわね」
「ああ。そして気づいた後すぐに、事件は始まった」
 言葉はそこで途切れ、自然皆の視線が戒那さんに集中する。両手でカードを挟みこみ目を閉じて、必死に読み取ろうとしていた。その額には、少しの汗が見える。
(そう言えばドールは……)
 カードの記憶を読み取られることすら、予想していたようだった。今回もそれを見越して、何か仕掛けをしているかもしれない。
(大丈夫かしら戒那さん)
 少し心配になった。
 やがて戒那さんはゆっくりと目を開けると、大きく息を吐いた。
「……どうだ?」
 代表して問いかけた武彦さんに、軽く頷く。
「爆弾に詳しくないからよくわからないが、電池を分解して作った物のようだ。入れ物は10cm四方くらいの白い箱」
「意外と小さいわね……――あっ」
 言って自分で気づいた。
「あ?」
「時限爆弾じゃないんだもの、そっちの機能はいらないのよね。だから小さくても納得はできるわ」
 爆弾といえばつい時限爆弾を想像してしまうが、今回は明らかに違うのだ。
(この建物から出たら爆発する)
 それはつまり、起爆と時間は無関係ということ。
「威力は想像不可能だがな」
 続けた武彦さんの言葉に、私たちは苦笑するしかなかった。
 その後私たちは、爆弾の捜索を開始した。
 私は最初、自分の耳を活かして爆弾の機械音を聴き分けようと思ったのだけど……時限爆弾でない以上音は期待できないということに気づいた。起爆スイッチが別にあるのだとすれば、爆弾自体には何の動きもないことになるからだ。
(それがダメなら……)
 もとからある機材に爆弾が組みこまれたことを想定して、音の変化を探ってみる。それはいつもここに出入りしている私だからこそ、わかる変化と言えた。
 それに――
(この事務所、貧乏だから新品なんて入らないものね……)
 どれも愛着のある馴染んだ音なのだ。少しでも変化があればわかる。たとえそれが故障の前兆だとしても。
 他の皆は直接色々な物に触れて調べているようだったが、結局何も不審な所は見つからなかった。
 途中悠也と鳴神さんの来訪を告げるチャイムが鳴って、戒那さんが郵便受けの隙間を使って悠也に例のカードを手渡した。それで爆発しなかったということは、やはり人間以外なら出入り可能なのだろう。
 それから悠也は、同じ方法で室内に蝶を送りこんだ。私たちが爆弾を見つけたら、この蝶が凍結封印してくれるらしい。
(そのためには)
 さっさと見つけないとね。
 そうして一匹の蝶が部屋を舞う中捜索は続けられ、もちろん各自の服や持ち物もチェックされたが……爆弾は、見つからなかった。
(本当に――ここにあるの?)
 そんな疑問が湧きあがる。
(ドールは嘘をつかないだろう)
 私たちは何故かそう信じているけれど、果たしてそれは正しいのだろうか?
 捜し疲れて、皆ソファへ戻っていた。もしかしたら、同じことを考えているかもしれない。
「――大覚寺、お前の幻覚はどうだ?」
「え? 俺の幻覚ですか?」
 不意に問った武彦さんの言葉に、本人がいちばん驚いていた。
「前回はお前の幻覚から俺たちはヒントを得た。それにドールはおそらく……お前の幻覚に干渉できるはずだ」
「まぁ確かに……」
 大覚寺さんは納得すると、続ける。
「今日の幻覚は『ミラーハウス』です。室内にいると、間取りが勝手に変わっていくんですよ。ちなみに今は、給湯室の横からヴィクトリア調の居間が一個生えているみたいで……」
「………………」
 その説明があまりにも突拍子なかったので、私たちは言葉を失った。武彦さんだけは慣れたように返す。
「それでお前、さっき給湯室の辺りじっと見てたのか」
「ええ。本当にあるのかないのか、わからなくて。なんか今日は、幻覚自体はさほど酷くないんですが、現実化が激しいんですよ」
(つまり、大覚寺さんにとってはそれが現実となりうる……ということなのかしら?)
 何度説明を聞いても、私にはいまいち理解できないのだった。
「その部屋に何か変わったことはあるか?」
「ヴィクトリア調という時点で、かなり変わっていますけどね……特におかしいという所はないです。まさか幻覚の部屋に爆弾を仕掛けるなんてことはできないでしょう? ……!」
 言い終わった大覚寺さんが、何かに驚いた。
「どうした?」
 訊ねた武彦さんの方を見ていない。大覚寺さんの視線は、武彦さんを通り過ぎていた。
「……い、今、急に見たこともないドアが増えたんです。それも――3つ」
「?!」
(挑戦……なの?)
 まさかドールは本当に、幻覚の中へ爆弾を仕掛けたとでも言うのだろうか。
「どこにある?」
 問いかけた戒那さんに、大覚寺さんは指差しで答えた。当然私たちには、その場所に壁しか見えない。
「あ……ドアに覗き穴が見えます。覗いてみますか?」
「ああ、頼む」
 大覚寺さんは頷いて、先程自分で指差した場所へと向かった。それを私たちは見守る。
「ここは何かやたら豪華な寝室……ここはどこかの屋上……ここは室内プールが見えます」
 右から左へと移動しながら、大覚寺さんはそう説明した。
(ヒントのない3択?)
「うーん……」
 唸る武彦さんに、不意に戒那さんが問いかける。
「草間くん。ドールは何か手がかりを残しているはず。電話でのドールとの会話を正確に教えてくれないか?」
 武彦さんは頷いて、1人2役で会話を再現した。
「ソコに爆弾をしかけた――か」
 それを聴いて、最初に呟いたのはやはり戒那さんだ。
「ソコ……よく考えると、この事務所全体のことにもとれるし、『底』にもとれるわね」
 私が続けた考察に、武彦さんは頭を抱える。
「床を掘れなんて冗談じゃないぞ。これ以上金が飛んでたまるか」
 その正直な言葉に、私たちは笑った。現実問題、そう簡単に掘れはしないだろう。
「――待てよ。ドールなら"そのまま"はないんじゃないか?」
 ふと口にした戒那さんに、私は気づいた。
「逆……? 底の逆は天井――屋上?!」
 皆が一斉に大覚寺さんに視線を寄せる。
「……行けるか?」
「それは構いませんが、俺が"出"たら爆発しちゃうんじゃないですか?」
 心配そうな声で問う大覚寺さんを、武彦さんは安心させるように笑った。
「大丈夫だろう。お前の幻覚の中で爆発したって、お前にしか被害はないんだ。たとえそれがお前にとっては現実でも、俺たちにとっては"お前の幻覚"でしかないからな」
 しかしそれは明らかに安心させる言葉ではなかった。
「草間さん……」
「冗談だ。ドールの対象は多分俺だから、お前だけに被害が及ぶ方法はとらないだろう。それに俺たちから見れば、お前は確かにこの事務所の中にいる。違反にはならないさ」
 その言葉に、今度はゆっくりと頷いた。大覚寺さんは中央のドアがあるらしい場所(もちろん壁だ)へ歩み寄り、ゆっくりと。ドアを開く仕草をした。
「あ……!」
 そして信じられないことに、その壁の中へ消えてゆく。
「ほ、本当に大丈夫なのかしら?!」
 さすがに動揺して、私たちは顔を見合わせた。だがしかし、今は大覚寺さんが無事に戻ることを願うしかない。あとを追うなんて不可能だからだ。
 私たちの心配をよそに、数分と経たず大覚寺さんは戻ってきた。当たり前のように同じ壁の中から。その手には白い箱を持っている。それは私たちにも見えた。
「! その箱だ」
 告げた戒那さんの声に、大覚寺さんは不思議そうに首を傾げる。
「え? この箱が見えるんですか?」
「俺にも見えるぞ」
「私にも」
 続けて答えると、大覚寺さんは気づいたようだ。
「じゃあこれは、俺の幻覚じゃないんですね?」
 ソファの所へ戻ってきてから、その箱を静かにテーブルの上に置いた。そこへ成り行きを見守って舞っていた蝶が、ゆっくりと降りてくる。
「頼む」
 多分その蝶に向かって、戒那さんが告げた。返事をするように箱の周りを一周すると、悠也の分身ともいえるその蝶は不思議な粉を振りかけた。
「あ……っ」
 どこから冷えているのかすらわからないが、ゆっくりと確実に、箱は凍りついてゆく。
 やがてそこには、大きな氷ができあがった。
「こ、これで大丈夫なんでしょうか?」
 大覚寺さんが問ったが、それに答えられる者はいない。大丈夫であればいいと祈るだけだ。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 そこへ突然鳴り出した電話に、皆の身体が一瞬震えた。
(もしかして、悠也の方で何か……?)
 そう思ったが、悠也ならきっと事務所の電話ではなく戒那さんの携帯電話にかけるだろう。事務所の電話が鳴っている以上、悠也よりドールの可能性の方が遥かに高い。
 武彦さんも当然それを予想しているのだろう、心なしか慎重な様子で受話器を取った。そしてすぐにスピーカーボタンを押す。
『おめでとう』
 静かな事務所に響いた声は、確かに子どものものだった。
(これがドールの声……?)
 そしてバックには波の音が聞こえる。海にでもいるのだろうか。
「……ゲームは、終わったのか?」
『意外と早くね』
 ドールは笑っているようだ。
『今ボクの目の前に、4人がいるんだ。彼らには見えているよ。今ボクの手の中にある爆弾が』
「?! どういうことだ?」
『両方見つかったから、入れ替えたんだよ』
 暗示めいた言葉を吐くドール。
(両方……)
 それはドール自身と、この箱のことだろう。じゃあ何を入れ替えた?
 見守る私たちに、武彦さんは視線で合図した。それが何の合図なのか、考えるまでもない。
(爆弾は今自分の手の中にある)
 ドールはそう告げた。つまりこの箱の中には、もう爆弾は入っていないということだ。
(じゃあ……何が入ってる?)
 箱に手を伸ばしたのは、それを幻覚の中から拾ってきた大覚寺さんだった。大覚寺さんはそれを頭上高く持ち上げると、思い切り床に叩きつけた。
  ――っガシャンッ
 まるでガラスのような音を立てて、氷と化した箱は砕けた。そしてその中から出てきた物は――
「?! ……何で……」
「これは悠也が持っているはず――」
 2つに割れたカードだった。
「斎たちは無事なのか?!」
 武彦さんが電話の向こうのドールに向かって怒鳴った。悠也が持っていたはずのカードをドールが持っていたのなら、そう訊きたくなる気持ちもわかる。
(このカードが悠也に渡した物とは限らない)
 何枚もあるかもしれない。
 そんなことは当然わかっているんだ。でも訊かずにはいられない。
 するとドールは、再び電話口で笑った。
『言ったじゃない。4人はボクの前にいるって。素敵なプレゼントをもらったもの、ボクが4人に危害を加える意味はないよ』
「…………」
 信じていいのか、武彦さんが言葉を迷った一瞬。
『――ありがとう』
 ドールが先に繋いだ。
「ありがとう?」
『また遊ぼう』
  ――プツっ  ツー……ツー……
 返答なく、電話は一方的に切られた。代わりに戒那さんの携帯電話が鳴る。
「もしもし?!」
 相手は当然悠也のようで、すぐにこちらへ戻るということだった。
(これでやっと、悠也の新作ケーキにありつけるのね……)
 かけていたドアの鍵を外しに行った零ちゃんを見ながら、私はそんなことを考えた。
 何だか釈然としないまま、この事件はこうして幕を閉じたのだった。



「ありがとう」
 ドールの告げた言葉が、いつまでも耳に残っていた。どうしてドールは、そんなこと言ったのだろう?
(その言葉は)
 感謝の言葉。嬉しくなければ、きっと告げることはない。
(!)
 そして私は気づいた。
(これも――逆?)
 ドールが願いを叶えたのではない。今回は私たちが、ドールの願いを叶えたのだ。
「また遊ぼう」
 最後にドールはそう告げた。"また"ということは、ドールにとって今回のことはまさしく遊び――ゲームだったということ。
(遊びたかったの?)
 ドールは。ただ遊びたかった?
 そこにあるのは、子どもらしい普通の感情なのだろうか。私にはそれが判断できないけれど……。
(もう、無視はできない)
 ドールが何を仕掛けてきても、私たちは無視することなどできなくなっていた。
 ある意味それは、強制的な遊びなのかもしれない。
(でも……)
 いつかドールに会えたら、私は言いたい。
「ただここへ来て、望めばいい」
 他には何もいらないから。
 そしてその言葉を、ドールは待っている気がした――。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                     大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1352 / 大覚寺・次郎   / 男  / 25 /  会社員  】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ドールシリーズ第3弾、お待たせいたしました。そしてご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はよりドールの内面に近づいた内容となりました。近づくほどに私自身わからなくなっていくのですが(笑)。いずれ皆様に救われることをもっさりと期待しております。わくわく。
 毎回毎回シュライン様のキャラクター(能力)をうまく活かしきれてない気がして……申し訳ないです。全員の能力をうまく活かせるような作品を書けるよう精進していきたいものです(>_<)ゞ
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝