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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =籠城編=

□■オープニング■□

「札幌立てこもり事件解決――か」
 新聞の見出しを読み上げて、武彦は大袈裟に煙を吐き出した。
「最近多いな、この手の事件。本気で逃げるなら死ぬしかないだろうに」
 皮肉を呟く武彦に、零は苦笑を返す。
 新聞をたたんでデスクの上に置いた。――と、書類の山の上に、武彦は置いた覚えのない封筒を発見した。
(これは……)
 超絶に嫌な予感がする。
 一瞬どころか三瞬くらい眉を顰めた武彦だったが、そのまま捨てるわけにもいかない。ゆっくりと、封を切った。
 その中には……
   ――ゲームを しようか――
 そして、UNOのリバースカードに人形をあしらった例のカード。
(何なんだ……)
 武彦はがっくりと脱力した。煙草の灰が落ちる。
「? どうかしました?」
 不思議そうにこちらを見た零に、武彦はもう確認などしない。
「世の中には暇人がいるもんだな」
「はぁ……」
 武彦の脈絡のない発言に、零は首を傾げた。
 そして。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 タイミングよく電話。
(きたな)
 何かを覚悟した武彦は、ゆっくりと受話器を取った。
『手紙を読んだね?』
 いきなりそんな声。
「……ドールだな?」
『そうだよ。話すのは初めてだね。初めましてとでも言っておこうか?』
「ゲームとは何だ? 何をするつもりだ?」
『無視とは酷いな。正確にはもうしているよ。ソコに爆弾をしかけた』
「爆弾? 盗聴器の間違いじゃないのか?」
『フフ。探してみる?』
 含みのある声に、武彦は沈黙した。
『何をしようがあなたの勝手だけどね。事務所から出ることは許さないよ。出た途端にドカンさ』
「!」
『これはゲーム。逆籠城ゲームだよ。ボクが満足したなら、ソコから出してあげる』



□■視点⇒斎・悠也(いつき・ゆうや)■□

 戒那さんが武彦さんに借りていた資料を返しに行くというので、「じゃあ俺は新作のケーキを持っていきますから、そのまま興信所で待っていて下さい」ということになったのは昨日のことだった。
 今日は大学の講義が全休で、どのみち何か作ろうと思っていたのだ。興信所なら武彦さんや零さんはもちろん、シュラインさんだっているだろうから、作り甲斐もある。
 戒那さんが出かけてから、俺は昨日下準備しておいた材料を使って手早く作り始めた。
「"新作"ケーキ、俺も楽しみにしたいから俺が出かけてから作り始めてくれ」
 そう言ったのは戒那さんだった。
 そうしてたっぷり数時間かけてできあがったケーキは、チェリーリキュールを使い、上部にゼリーをあしらった春らしい作品だ。ゼリーの中には桜の花まで浮かんでいる。
 俺はそれを丁寧に包装すると、保冷剤を入れた保冷バッグに偏らないよう注意して入れた。
(さて、行こうか)
 そう思った時だった。
「?」
 携帯が鳴り始め、画面を見ると戒那さんからだ。
(時間がかかりすぎたかな……)
「――もしもし戒那さん? すみません、これからそちらに向かうところです」
 開口早々謝ると、電話の向こうから戒那さんの苦笑が聞こえる。
『違う、催促の電話じゃない。実はな、またドールからカードが届いたんだ』
「!」
 まったく予想外な言葉に、感嘆符しかでなかった。
「……既に事件が?」
『事件というよりゲームがな、始まっている。――ドールがこの事務所に爆弾を仕掛けたそうだ』
「え?!」
(ゲームで……爆弾?!)
 驚きはするものの、それがドールらしいと思ってしまう自分もいた。突拍子のなさにかけては、ドールの右に出る者はいないだろう。
『この建物から出たら爆発する仕組みになっているらしい。ドールが満足したら、出てもいいそうだがな』
「建物から出たら、爆発……」
 つまりドアに何か仕掛けられた可能性が高いということだ。ドール自身がどこからか見張っている可能性もあるけれど、どちらにしろ。
「……では俺は、少し待機していた方がいいようですね」
 事務所に入るのは得策ではない。
 息を吐きながら告げた俺に、戒那さんは軽く応じる。
『そうだな。作戦が決まったらまた電話する』
「わかりました」
 建物から出られないことを困ってはいるが、爆弾を恐れている様子はない。肝が据わっているのか、ドールを信じているのか……。
(――ドールを信じる?)
 自分で考えて、愕然とした。
(そういえば俺たちは)
 局面局面でドールを信じてきた。ドールならこうするだろう。ドールならこうしないだろう。
 その事実に、今さら気づかされたのだ。
(そしてドール自身)
 それを裏切っていないことに。
『……悠也? どうした?』
「あ、いえ」
 いくつか聞き逃した言葉を取り繕って、最後に俺は告げた。
「ケーキのことなら心配いりませんから」
 戒那さんは笑って電話を切った。きっと戒那さんにとってはこちらの方が問題だろうと思ったのだが、どうやら外れてはいなかったようだ。
 さて……とケーキを入れたバッグに手をかけた時、また携帯が鳴った。
(あやかし荘……時雨さんか)
 あやかし荘で俺に電話をかけてくるような人は、鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんくらいしかいない。
(武彦さんからドールのことで連絡がいったのかもしれないな)
「――はい、斎です」
『鳴神だ。ドールの話は聞いたか?』
「ええ。俺は作戦が決まるまで待機中です」
『今のうちに合流しておいた方がいいな。俺がそっちに行こう。マンションでいいな?』
「そうですね。お願いします」
 時雨さんのバイクは機動力が抜群だ。これから興信所へ向かうことになっても、バイクならば時間をかけずに行くことができる。
 時雨さんとの電話を終えてから、俺は一度ケーキを冷蔵庫へとしまった。窓の外を見ながら時雨さんを待っていると、再び電話が鳴る。戒那さんだ。
『もしもし? ドールのカードを渡すから、一度事務所まで来てくれ』
(カード……)
 それは当然戒那さんがサイコメトリーした後のカードだろう。そしてそれを俺に渡す意味は一つしかない。
「それでドールを捜せばいいんですね? これから時雨さんとそちらへ向かいます」
 それから数分とかからず、やってきた時雨さんのバイクで草間興信所へと向かった。ケーキも忘れずに持って。
 途中興信所近くの花屋さんに寄ってもらい、知り合いの店員さんにケーキを預けて代わりに小さなブーケを買った。透明なケースにリボン。ケーキの箱よりは少し小さい。
「……そんな物、買ってどうするんだ?」
 花屋の外でバイクに跨ったまま待っていた時雨さんは、それを抱えて出てきた俺に不思議そうな声で問った。俺は笑って答える。
「もちろん、プレゼントですよ」
 すると時雨さんは。
「ドールに? ならばもう1つ、プレゼントが必要だろう」
 そんなことを言った。
「もう1つ?」
「爆弾を凍らせる。氷のプレゼントだ」
「凍らせる……」
「中の連中が爆弾を見つけたところで、設計図なしでは解体などできないだろう。それならば、起爆装置用の電池を凍らせて使い物にならなくした方が早い」
「なるほど」
 時雨さん自身改造人間であるから、同じ機械(?)には強いのだ。だからこそ武彦さんは、時雨さんに協力を要請したのだろう。
「問題は、中にそれができる奴がいるかどうかだが……」
「それなら問題ありませんよ」
 俺は告げてから花屋の中へ戻ると、先ほどケーキを預けた方にお願いして、保冷バッグから保冷剤を1つ取ってきてもらった。それを肌に当てないよう気をつけてしまってから、外へ戻り時雨さんの後ろに跨る。
「? 何を取ってきたんだ?」
「着いてからのお楽しみです。さぁ、行きましょう」



 草間興信所のドアの前に、見たことのある後ろ姿が2つ見えた。バイクを降りて近づくと、2人もこちらに気づく。
「――あっ、悠也さん、鳴神さん!」
 振り返った海原・みなも(うなばら・みなも)さんが俺たちを呼んだ。もう1人は、こちらにただ頭を下げた。驚いたことに、それは前回ドールに願いを叶えてもらった少女――広瀬・祥子さんだった。
 みなもさんがチャイムを鳴らし俺たちの到着を知らせている間に、俺は祥子さんに笑顔で挨拶をした。
「こんにちは」
「こっ、こんにちは……あの、先日はありがとうございました!」
 祥子さんはまず俺に頭を下げると、少し遅れてやってきた時雨さんにも頭を下げた。
 俺が代表して応える。
「どういたしまして」
 こういう時に、謝るのではなくお礼を言えるのは、1つの素晴らしい才能だと思う。
「――悠也! 郵便受けから手を出してくれないか」
 ほのぼのしかけた空間を、戒那さんの緊迫した声が引き締めた。
(郵便受け……?)
 ドア辺りを見回して、気づいた。ドアに近づいてしゃがむ。
(なるほど)
 窓ならば簡単に人が通れてしまうから、ドアと同じと見なされる可能性も否定できない。しかしこの隙間ならば、その心配は皆無。
 通常なら郵便物や新聞が押しこまれる隙間に手を伸ばして、俺は指先だけ草間興信所へと進入した。その指に、多分戒那さんが例のカードを挟みこむ。挟んだまま、ゆっくりと指を引き出した。
「OK。確かに受け取りましたよ」
「頼んだぞ」
「任せて下さい」
 姿が見れないのが少しもどかしかったが、声だけは力強く応えた。
 その後戒那さんがみなもさんからドアの様子を聞きだしている間に、俺は持ってきた保冷剤を取り出して和紙の蝶に氷の魔術を付与した。
「! 保冷剤……魔術媒体か」
 それを見ていた時雨さんが呟く。
(そう)
 なくてもそれは可能であるのだが、あった方が楽であり、完璧なのだ。
(この蝶で、爆弾を凍らせる)
 見つけられさえすれば。
 俺はその動き始めた蝶を、先ほどと同じ隙間から室内へ送りこんだ。
「――これでよし、と。では俺たちは、ドールを捜しに向かいましょう」
(あと俺たちにできるのは、それだけだ)
 俺がそう告げると、2人は頷いた。時雨さんは頷かないどころか、俺の方を見ていない。
「? 時雨さん?」
「――いた」
「えっ?!」
 突然告げられた言葉に、俺たちは当然驚く。
「いたって……ドールさんがですか?!」
「どこ?」
 皆で時雨さんの視線を追うが、そこには空しかない。しいて何かあるとするならば、はるか遠くに高層ビルが見えるだけだ。
「あのビルの……そうだな、56階辺りからドールが望遠鏡を構えてこちらを見ている」
「……っ」
 2人が絶句した。それはその言葉を、信用しているからだ。
(もちろん俺もそうだ)
 俺は急いで、残りの和紙を蝶に変えて放った。今回はドールの持ち物であるカードもあるし、現在いる場所もわかっている。斬られてもいいように多めに用意してきた。
(逃がしは、しない)
「! ドールが笑った……」
「え?」
「窓際から離れたぞ」
「行きましょう!」
 俺はみなもさんから携帯の番号を聞くと、時雨さんの後ろに飛び乗った。バイクにはさすがに3人以上は乗れないから、2人にはタクシーを捕まえ追いかけてもらう。場所の指示は俺が出す。
 こうして4人のドール追跡劇は始まった。

     ★

 まず向かったのは、ドールがいたというビル方面だ。蝶はいち早くそこへ到達し、そこからドールの痕跡をたどっている。
 ドールが何を利用して移動しているのかなどわからないが……。
「……遅いな」
 思わず俺は呟いた。
「遅い?」
「ええ、多分ドールは――歩いています」
「!」
 捕まらない余裕があるのか、捕まえてほしいのか。徒歩とバイクの競争など勝負にもならないのに。
(こちらがバイクだと)
 気づいていないはずはない。ドールがずっと興信所の入り口を見張っていたのなら。
「そこを右です」
 時雨さんに指示を出しながら、みなもさんの携帯にも指示を送る。
(……?)
 何かがおかしい。ドールの動きは遅い。歩いているはずなのに、一向に追いつかないのだ。蝶とバイクの差が開いてゆく。
「ずいぶんと混んでいるな……」
 時雨さんが舌打ちをした。
(まさかこれも計算済み……?)
 やがて蝶が、ドールの姿を捉えた。
「いた……」
 1匹、2匹……蝶がドールの周りを囲む。逆さまに抱えられた人形にとまる。
(!)
 立ちどまったドールは両手を広げて、その蝶たちを抱きしめるような仕草をした。
 その瞬間。
「ああ……っ」
 映像が途切れた。
 ドールは蝶まで連れて消えてしまったのだ。
「どうした?」
 問いかける時雨さんの声に、すぐには答えられない。斬られた時とはまったく違う不快感が、俺を包みこんでいた。
(斬られたんじゃ……ない)
 意識はまだ繋がっている。ただ強制的に、どこかへ飛ばされた?
「大丈夫か?」
 次に問われてやっと、俺は返した。
「ええ……でも、見失いました。ちょっとバイクをとめていただけますか?」
「わかった」
 時雨さんは見かけた公園の傍でバイクをとめると、俺にベンチで休むよう促した。確かにバイクの上というのは、変な所に力が入って疲れる(特に後ろに座っているから)。俺は頷いて、公園の中ベンチまで歩いた。
  ――ふぅ……。
 小さく息を吐く。
 休む間もなく蝶を捜す。まだ活きているのはわかるのに、接続を切られたから場所も映像もわからないのだ。
(どこへ行った……?)
 少しの感覚も逃さぬよう、目を閉じて耳を澄ました。
 時雨さんも俺のやり方をよく心得ていて、言葉を挟まず隣に座っていた。
 ――やがて。
「!」
「わかったか?」
 聴こえてきたのは。
「海だ――」
 寄せては返す、波の音だった。
「海というと、東だな」
(そう、東だ)
 大体の方向でもわかれば全然違う。しかも海沿いとなるとさらに限定される。
 俺が自分の感覚をすべて取り戻すまで、時間はかからなかった。
「飛ばすぞ」
「お願いします」
 みなもさんにも海へ向かうよう連絡を入れ、俺たちは再びバイクに跨った。
 それから俺たちが海へたどり着くまで、蝶を通して俺に流れてくる映像は。
(蝶と楽しげに遊ぶドール)
 波と戯れるドール。
 そこには"子ども"の姿しかなかった。
 とても爆弾で人を脅すようには見えない。
(もっとも……)
 俺がこうして見ていることを当然知っているのだろうから、これは見せかけのドールかもしれないけれど。
 その笑顔は、偽物には見えなかった。



 4人合流して、まだひと気のない砂浜へと足を踏み入れる。少し肌寒い4月。泳ぐにはまだ早い。
(ドールは……)
 砂浜から少し離れたテトラポットの上に立っていた。どうやってそこへ行ったのか、服は濡れていない。
「ドール!」
 声を揃えて呼んだ。ドールはこちらを見て、笑う。
「やぁ、初めまして」
「私は初めてじゃないわ、ドール。興信所に仕掛けた爆弾を外して!」
 祥子さんが勇ましい声をかけた。
(そうだった)
 祥子さんは一度、直接ドールに会っていると言っていたのだった。
 するとドールは、本当に申し訳なさそうな顔をつくって。
「祥子さんのお願いでもそれは聞けないな。ボクはまだ満足していないから。――まぁ、君が一緒にいること自体、多少驚いたけどね」
「……ドール……」
(捕まえただけでは満足しない?)
「勘違いしないで。君たちはまだボクを捕まえていない。だってボクはまだ、いくらでも逃げられるよ?」
 まるで俺の思考を読んだかのように、ドールは告げた。
(この状況からでも)
 逃げられるというのだ。また消えるつもりなのだろうか。
「――あたしに任せて下さい」
 不意に、俺たちにしか聞こえないほど小さな声で、後ろに立っていたみなもさんが呟いた。俺たちより少し前へ出て、しゃがんで波に手を翳す。
(何をするつもりだろう?)
 見守る俺たちの目の前で、それは起こった。
「ほう!」
 さすがのドールも驚いた声をあげた。水が檻の形をとってドールを囲んでいる。みなもさんが水を操っているのだろう。
「これなら――逃げられませんよね? たとえ逃げても水がドールさんを追いかけますよ」
 みなもさんが笑顔で脅した。対するドールも笑顔だ。
「これは面白いものを見たな。確かに逃げるのは難しそうだ。消えでもしなければね」
(やはり消える気なのか?)
 自然と険しい顔になる俺に、気づいてかドールは声をあげて笑った。
「あっはっは。大丈夫、こんな面白い余興を見せてもらったんだ。ただで逃げはしないよ」
 そして真顔に戻って。
「逃げないから、この檻はもういい。その代わり1つ、1つだけボクの言うことを聞いてくれないか。そうしたら爆弾は取り除いてあげよう」
「――何……?」
 一体どんな望みが出てくるのか想像もつかず、俺たちの間に緊張が走った。俺は手に持っていたブーケの箱をきつく抱きしめ、それからやっとそれを持っていたことに気づく。
(忘れてた……)
 しかし俺がそのことを口にする前に。
「一度言ってみたかったんだ。――しばし遊ぼうぞ」
「えっ?!」
 それからドールはジャンプしてテトラポットから降りると。服が濡れるのも構わず水をかき分けて俺たちの方へやってきた。左手に人形を抱えたまま、右手でこちらに水をかけてくる。
「?!」
「きゃっ、何すんのよ〜」
 いち早くそれに対抗したのは祥子さんだった。彼女は靴と靴下を脱ぎ捨て、ドールの方へ走っていくと、膝から下を濡らしながらもドールに攻撃を仕掛け始めた。
「負っけないんだから〜。その人形ごと濡らしてあげるわ!」
 しばらくその2人の対決を呆然と見守っていた俺たちだったが。
「あ、あたしも行ってきます!」
 やがてみなもさんはそう告げると、同じように靴と靴下を脱ぎ捨てて、水の中へと走っていった。
「……………………」
 男2人で、その様子を立ち尽くして眺めている。
「――斎は行かないのか?」
「時雨さんこそ」
 顔を見合わせて、俺は笑った。
(何だかなぁ)
 会わない方がよかったかもしれないと、少し思った。
「木屑を拾ってきましょう。あのままじゃタクシーにも乗れませんよ」
「そうだな」
 俺は目印にブーケの箱を置いて、それぞれに何か燃えやすい物を探して砂浜に散った。
(その間も、ずっと)
 楽しそうな声は、途絶えることがなかった……。

     ★

 火を囲む俺たちから遠く。最初と同じテトラポットの上に、ドールは座っていた。ドールの服も人形も濡れているはずなのに、そんな重さなど感じさせない。
 そして気がつくと、ドールが小さなブーケを持っていた。目印に置いていた、透明な箱の中に入っていたはずのブーケ。当然今は、箱の中は空。
(――いや)
 正確に言うと、それを手にしているのはドール自身ではない。ドールが左手に持っているピエロの人形が、そのブーケを持っていた(当然ブーケも逆さまになっている)。
 ドールはそのピエロの人形を自分の膝の上に置くと。
「――じゃあ、約束だからね」
 空になったはずの左手の中に、突然何かが現れる。
「?!」
「……爆弾、か」
 そして同じ瞬間、俺は違うことに驚いた。
(! 蝶が発動した……?)
 事務所へ置いてきた蝶が、自分の役目を果たした気配がしたのだ。つまり無事に爆弾を見つけ、それを凍らせたことになる。
(では……ドールの取り出したあの爆弾は?!)
 見守る俺たちを見て楽しんでいるかのように、ドールはゆっくりと動いた。左手に爆弾(?)を乗せたまま、右手に携帯電話を取り出す。この状況でドールが電話をする相手など1人しかいない。
「何を言うつもりでしょう?」
 みなもさんが心配そうな声で呟いた。
 ドールの小さな声も聞き逃さぬよう、耳を澄ます。波ですらそれを待っているように、声を潜めた。
 静かだった。
「おめでとう」
 そんな中ドールが最初に発した言葉は、それだった。
(おめでとう?)
 こちらには武彦さんの声は聞こえない。ドールの言葉だけが続く。
「意外と早くね」
 ドールは笑っていた。
「今ボクの目の前に、4人がいるんだ。彼らには見えているよ。今ボクの手の中にある爆弾が」
 武彦さんはきっと驚いただろう。
「両方見つかったから、入れ替えたんだよ」
「!」
(入れ替えた? 何と何を?)
 とっさに俺は考えた。
 事務所にあったはずの爆弾が今ドールの手の中にあるのだとすれば、爆弾があったはずの所には違う物が移動したはずだ。
(そしてそれは、ドールにとって必要な演出であるはず)
 俺が持ってきたブーケはまだピエロが持っている。
(じゃあ……――!)
 俺は気づいて、例のカードをしまっていたはずの胸ポケットを探った。
「――カードがない」
「え?!」
「いつの間に……」
 落としたはずはない。ドールが持っていったのだろう。いつもの手を使って。
 まるで俺たちがそれに気づくことを待っていたかのようなタイミングで、ドールの言葉は続いた。
「言ったじゃない。4人はボクの前にいるって。素敵なプレゼントをもらったもの、ボクが4人に危害を加える意味はないよ」
 武彦さんを安心させるような言葉。確かに俺たちは、危害の1つも加えられていない。見つけてそして、遊んだだけだ。
「――ありがとう」
 ドールは俺たち4人を真っ直ぐに見つめて、そう告げた。いつの間にか爆弾は左手から消えていて、代わりにいつものようにピエロの人形を抱いている。
 そして立ち上がった。
「また遊ぼう」
 告げるなり、携帯電話を海に捨てたドールは、ピエロが持っていたブーケを取って空高く放り投げた。
「? ――えっ?!」
 それを目で追ってしまった俺たちは、既に負けなのだろう。ブーケは空中で消え、テトラポットに目を戻すとドールの姿も消えていた。
(消えた……)
 俺はすぐに、戒那さんの携帯に電話をする。
『もしもし?!』
「今目の前で――ドールが消えました」
『え……?』
 驚きでそれ以上言葉を継げない戒那さんに、俺が続ける。
「とりあえず、そちらへ戻ります。話はケーキを食べながらでも」
『そう…だな』
 それから俺たちは、みなもさんと祥子さんの服が完全に乾くのを待ってから、来た時と同じよう二手に分かれて草間興信所を目指したのだった。



「悠也……ケーキは無事か?」
 顔を見るなりそう告げた戒那さんがおかしくて、俺は笑った。花屋さんに預けていたと教えると、「さすが悠也だ」と満足そうに頷く。
(この顔を見ると、安心するな……)
 さっきまでは喜びや安心よりも、何か不思議な想いが俺を支配していたけれど。戒那さんの顔を見たら、しっかりと安心できた。
(今回の事件は、もう終わったのだと)
 皆に自信作のケーキを振る舞う。
 零さんがお茶を淹れてくれる。
 皆が美味しいと言ってくれる。
 事件の話を喋りあう。
(けれど皆、どこか上滑りしていた)
 きっと芽生えた感情を、どうやり過ごしていいかわからずに。
(ドール――)
 あの笑顔は、何だったのだろう。
 何がそんなに嬉しかったのだろう。
(一体何をしたかった?)
 俺たちは……ドールに何を望まれているのだろうか。
 心の奥底で、皆が問いかけあっていた。
 "子ども"の心を求めて――。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                     大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1352 / 大覚寺・次郎   / 男  / 25 /  会社員  】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ドールシリーズ第3弾、お待たせいたしました。そしてご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はよりドールの内面に近づいた内容となりました。近づくほどに私自身わからなくなっていくのですが(笑)。いずれ皆様に救われることをもっさりと期待しております。わくわく。
 蝶が毎回使いやすくって、とても助かっています。その割にはキャラを痛めつけてしまっていて申し訳ないですが……(>_<)ゞ
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝