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リバース・ドール ＝籠城編＝
□■オープニング■□
「札幌立てこもり事件解決――か」
新聞の見出しを読み上げて、武彦は大袈裟に煙を吐き出した。
「最近多いな、この手の事件。本気で逃げるなら死ぬしかないだろうに」
皮肉を呟く武彦に、零は苦笑を返す。
新聞をたたんでデスクの上に置いた。――と、書類の山の上に、武彦は置いた覚えのない封筒を発見した。
（これは……）
超絶に嫌な予感がする。
一瞬どころか三瞬くらい眉を顰めた武彦だったが、そのまま捨てるわけにもいかない。ゆっくりと、封を切った。
その中には……
――ゲームを しようか――
そして、ＵＮＯのリバースカードに人形をあしらった例のカード。
（何なんだ……）
武彦はがっくりと脱力した。煙草の灰が落ちる。
「？ どうかしました？」
不思議そうにこちらを見た零に、武彦はもう確認などしない。
「世の中には暇人がいるもんだな」
「はぁ……」
武彦の脈絡のない発言に、零は首を傾げた。
そして。
――トゥルルル トゥルルル……
タイミングよく電話。
（きたな）
何かを覚悟した武彦は、ゆっくりと受話器を取った。
『手紙を読んだね？』
いきなりそんな声。
「……ドールだな？」
『そうだよ。話すのは初めてだね。初めましてとでも言っておこうか？』
「ゲームとは何だ？ 何をするつもりだ？」
『無視とは酷いな。正確にはもうしているよ。ソコに爆弾をしかけた』
「爆弾？ 盗聴器の間違いじゃないのか？」
『フフ。探してみる？』
含みのある声に、武彦は沈黙した。
『何をしようがあなたの勝手だけどね。事務所から出ることは許さないよ。出た途端にドカンさ』
「！」
『これはゲーム。逆籠城ゲームだよ。ボクが満足したなら、ソコから出してあげる』
□■視点⇒海原・みなも(うなばら・みなも)■□
学校帰りに草間興信所へ寄ることが、すっかり日課になっていた。事件に巻きこまれることは当然今でも怖い。けれど皆で協力してそれを解決に導いてゆくという過程は、確実にあたしを大人にさせてくれる気がした。
（あたしの目指したい大人に――）
その日もいつものように興信所へ向かうと、ドアの前で何やらうろうろしている人影があった。あたしと同じように制服を着ている。
（あれは……）
「……祥子さん？」
少し離れた場所から呼ぶと、びくっと身体を震わせてこちらを見た。やはり広瀬・祥子さんだ。
「あ――」
祥子さんは何かを言いたげに口をパクパクと動かしてから、自分を落ち着かせるように胸に手を当てた。
「……こないだ、ちゃんとお礼言えなかったから、改めて言いにきたの。でもなんか入りにくくって……」
顔を赤らめて告げた。
（恥ずかしいのかな？）
「皆喜ぶと思いますよ」
安心させるようそう微笑んでから、あたしはチャイムを鳴らした。
――ピンポーン
中で響く音がする。
「………………あら？」
いつもならすぐに出迎えてくれる零さんの声がしない。もし草間さんがいなくても零さんは留守番をしているはずなのに。
（いないのかしら？）
――ピンポーン
念のため、もう一度。
すると。
「――どなたですか？」
中から声がした。それは珍しく草間さん本人のものだ。
「草間さん？ よかった、いたんですね」
（零さんに何かあったのかな？）
人がいたことには安心したけれど、そんな不安がわいてくる。
あたしが何かを告げる前に、草間さんが先を続けた。
「海原か。すまないな……今ちょっと、このドアは開けられないんだ」
予想外の言葉。
「え？ 壊れてるんですか？」
さらに予想外だったのは、次の言葉だ。
「いや……実はドールに爆弾を仕掛けられたんだ」
「ば……爆弾?!」
（しかもドールさんが?!）
「！」
あたしの後ろに立っている祥子さんも息を呑んだ。
「誰かがここから出たら爆発する仕組みになっているらしい。終わらせるためにはドールを満足させなければならないようなんだが……それまでは、これ以上中に人を入れるわけにはいかないんだ」
草間さんは説明する。きっと人を巻きこみたくないんだろう。それがわかったから、あたしは納得した。
「そうですか……折角祥子さんが、こないだの事件のお礼を言いに来てるのに……」
残念だわと続ける前に、草間さんが驚いたように問い返してくる。
「広瀬が？」
「あの、こんにちはっ」
ドアに向かって大きめの声で、祥子さんが自分の存在をアピールした。
（そういえば……）
祥子さんは唯一ドールさんと直接会っている人物なのだった。ドールさんからの挑戦を受けている今、祥子さんがここにいることは偶然なのだろうか。
少し間を置いて中から聞こえた声は。
「みなもくん、祥子くん。じきに悠也と鳴神くんがそこに来るから、２人と一緒にドールを捜してくれないか」
「戒那さん？ ……わかりました。じゃあここで待ってますね。ついでにドアも少し調べてみます」
この部屋から出ると爆発する……ということは、ドア自体に何か仕掛けられた可能性もある。そう考えて、あたしは戒那さん――羽柴・戒那(はしば・かいな)さんに応えた。
最後に草間さんがつけ加える。
「２人が来たらもう一度チャイムを鳴らしてくれ」
「了解です」
それからあたしたちは、２人してドアを凝視した。パッと見いつもと変わらないように見えたけれど、よくよく見ると違うかもしれない。そう思って。
けれど。
「うーん……普通のドアのように見えるなぁ」
祥子さんが呟いた。
（あたしにも、やっぱり変わらないように見える……）
いつものドアを見慣れた２人でない分、その目はより確かなはずだった。あたしはいつものドアと比べられ、祥子さんは一般的なドアと比べられるからだ。
（ドアでないとしたら、どこかな？）
草間さんの話によれば、部屋から出れば爆発するらしい。考えられるのは、扉の開閉感知、室内の空気流動感知、床下の重量感知……
（床下、か）
ドールさんが室内に入ったはずはない。だとしたら、床下に仕掛ける方法は外からしかないんだ。
「――祥子さん、ちょっと建物の周りを調べてみましょ？」
「周り？」
「ドールさんが床下に爆弾を仕掛けたとしたら……」
「ああ、なるほどね」
最後まで言い終わる前に、理解した祥子さんは動き出した。さすが高校生というべきなのだろうか。
あたしは祥子さんが向かった方と逆側から調べ始める。
（それにしても――）
爆弾、かぁ。
そんなもの、戦争やテロでしか使わないと思っていた。こんな身近に自分が遭遇することになるなんて……正直、怖い。
（この事務所が爆発しちゃったら……）
一体どうなるんだろう？
考えて、あたしは不謹慎にも少し笑った。
（何でかな、草間さんなら何故か生き残りそう）
局面局面でいつも状況を打開してきた草間さんだから、そんなふうに思うのかもしれないけれど。
（――ああ、でも零さんと戒那さんが中にいるんだった）
喋らなかっただけで、他にも人がいるかもしれない。
（やっぱり何とかしなきゃ……）
注意深く辺りを見回しながら一周。しかし特に不審と思える場所はなかった。残る可能性はドールさん自身のリモート。しかしそれなら、戒那さんの言うようにドールさんを捕まえるしかない。
「まったく……何考えてんのかしら、ドール……」
下唇を噛みながら、祥子さんが悔しそうに呟く。
ドアの前。
「――祥子さんは、ドールさんの味方なんですか？」
あたしはつい、そんな問いを口にしてしまった。
「どうして？」
「だって……爆弾を仕掛けて草間さんたちを脅していることを、怒るんならわかるんです。でも祥子さん悔しそうなんだもの」
祥子さんは寂しそうに笑った。
「あの子を信じたいのは確かよ。だからこの爆弾にも、何か意味があるんじゃないかって信じてる。――ただ、やりすぎてしまったら、私も信じきれないかもしれない」
何をしても手放しで信じてあげられる自信のないことが、寂しい。そんな言葉だった。
「…………」
あたしは何も言えなくなって、ただ建物を見上げた。
（あたしは、どちらなんだろう？）
ドールさんを死ぬほど憎んでいるわけでもない。少しも憎くないわけでもない。ドールさんの行動の理由を知ることができたら、少しはこの曖昧な気持ちも解決するのだろうか。
しばらくそうしていると、ふと近くにとまったバイクの音に気づいた。
「――あっ、悠也さん、鳴神さん！」
振り返ったあたしは２人を捉え名を呼ぶ。斎・悠也(いつき・ゆうや)さんは既にバイクから降りていてこちらへ歩いてきていた。鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんはまだバイクに跨ったままだ。
あたしはすぐにチャイムを鳴らし。
「お２人が到着しましたよ〜」
中まで聞こえるよう大きな声を出した。
するとやがて。
「――悠也！ 郵便受けから手を出してくれないか」
戒那さんの声が響く。
その意図に気づいた悠也さんが郵便受けの隙間から手を差しこむと、引き出された指にはしっかりと例のカードが挟まれていた。どうやらこのカードからドールさんの居場所を探るらしい。
「ＯＫ。確かに受け取りましたよ」
「頼んだぞ」
「任せて下さい」
短くも力強い会話を交わして、悠也さんは頷いた。
「ところでみなもくん、ドアの様子はどうだった？」
「あ、はいっ」
ご指名を受けて、次はあたしがドアに近づく。
「ドアと、建物の周りも調べてみましたけど、特に気になる点はなかったです」
「そうか……ありがとう」
「中の方はどうですか？」
何気なく問うと、戒那さんが苦笑したのが気配でわかった。
「同じさ。カードをサイコメトリーして爆弾の大きさはわかったけど、実物は――ね」
「ちょっとすみません」
戒那さんが言い終わるのを待っていたのか、悠也さんが会話に入ってきた。
「戒那さん。これからそちらに蝶を入れます」
「蝶？」
「ええ。時雨さんの話によると、爆弾の起爆装置を凍らせてしまえば解体する必要はないそうなんです。ですから蝶に氷の魔術を付与しておきました」
「なるほど。ＯＫ、入れてくれ」
「では……」
悠也さんはしゃがむと、さっきと同じように郵便受けに手を伸ばした。ただし自分の手を入れるのではなく、片手で開いたままもう片方で蝶を押しこんでいる。
「――これでよし、と。では俺たちは、ドールを捜しに向かいましょう」
作業を終えると、立ち上がりながらそう告げた。あたしと祥子さんは頷く。しかし鳴神さんは、悠也さんを見てはいなかった。
「？ 時雨さん？」
「――いた」
「えっ?!」
突然告げられた言葉に、あたしたちは当然驚く。
「いたって……ドールさんがですか?!」
「どこ？」
皆で鳴神さんの視線を追うけれど、そこには空しかない。しいて何かあるとするならば、はるか遠くに高層ビルが見えるだけだ。
「あのビルの……そうだな、56階辺りからドールが望遠鏡を構えてこちらを見ている」
「……っ」
あたしたちは絶句した。それが信用できる言葉だと知っているからだ。
（鳴神さんは、人造人間だもの）
祥子さんもそれを知っているのか、何とか自分も見ようと目を凝らしているようだけど、当然見えるはずはない。
呆然と同じ方向を見続けるあたしたちをよそに、悠也さんは手から何羽もの蝶を飛ばした。その蝶がドールさんを追ってくれるのだろう。
「！ ドールが笑った……」
「え？」
「窓際から離れたぞ」
「行きましょう！」
悠也さんはあたしの携帯の番号を訊くと、鳴神さんのバイクの後ろに飛び乗った。あたしたちもすぐにタクシーを捕まえて追いかける。
こうして４人のドールさん追跡劇は始まった。
★
タクシーの運転手さんに事情を話して、あたしの指示どおりに車を走らせてもらった。事情――といっても、あたしたちは草間さんの助手であり犯人を追跡している最中だ、というくらいしか話していないけれど。
（爆弾が仕掛けられて……なんて言ったら大パニックよね）
あたしたちがまず向かってもらったのは、ドールさんがいたというビル。そこへ到達する前に、悠也さんの指示に従って進路を少しずつ変更してゆく。しかしその速度は、遅い。
「参ったな。混むような時間じゃねぇのに、やけに混んでやがる」
運転手のおじさんが舌打ちをした。
「まさかこれもドールさんのせい……？」
「やりかねないね。――でも、だからこそわからないよ」
後部座席に並んで座るあたしと祥子さん。あたしは祥子さんの横顔を見つめた。
「わからない？」
「だって、簡単に姿を見せたってことは、捕まえてほしいのよ、あの子は。なのにこんな妨害をする」
「あ――」
「とっても天邪鬼なのよね、きっと。妨害して、私たちが諦めた時に、『やっぱりそうか』って指を差して笑いたいんだわ。本当はそうなってほしくないくせに」
ほとんど動かない車の中で、空気だけが震え続ける。
「私ね、ずっと考えてたの。どうしてドールは私に協力してくれたのか。そしたら気づいた」
「わかったんですか?!」
驚きの声をあげると、祥子さんはゆっくりとこちらを向いた。しばし見つめ合う。
「『遊んでくれたお礼に』」
「……え？」
「ドールの言葉を思い出したの。確かにそう言ってた。あの時私は、ドールとシーソーで遊んだの」
「そんな、理由で……？」
遊んでくれた、ただそれだけで？
（それじゃあまるっきり、ただの子どもじゃない……）
「あの子にはそれが、"そんな"じゃ済まないほど重要なものなのかもしれない。見かけだけじゃなく子どもなのよ。私たちはそれを忘れちゃいけないんだわ」
「…………」
（やっぱり、凄い……）
たった一度会っただけなのに、祥子さんはドールさんをよく理解していた。ドールさんが彼女を選んだわけが、わかった気がした。
「――それにしても、さっきから全然連絡ないわね。何かあったのかしら？」
「あ、そういえば……」
ずっと握りしめたままの携帯電話に目をやる。タクシーはほとんど動いてはいないけれど、指示がないことにはどのみちこれ以上動けない。
（こっちから電話した方がいいのかな？）
そう考えた瞬間に、電話が鳴り始めた。すぐに出る。
「もしもし?!」
『ドールの居場所がわかりました。――海です！』
「海……」
「急いでるなら、ここで降りてすいてる道路からタクシー拾った方が早いかもしれんぞ」
呟いたあたしに、運転手さんがそう教えてくれた。
「そうね……そうしましょ」
頷いた祥子さんが財布を取り出そうとすると。
「ああ、お嬢ちゃんたちからお金は取らんよ。代金は草間興信所でつけとくから安心しな」
そう言ってニヤリと笑った。あたしと祥子さんも、顔を見合ってニヤリと笑う。
「……じゃー、そういうことでよろしく！」
祥子さんはそう告げると、運転手さんが開けてくれたドアから飛び降りた。
（なんか勇ましい人だなぁ）
「ありがとうございました」
お礼を言って、あたしも降りる。
それから少し走って隣の道まで出てみると、驚いたことにかなりすいていた。
「何であの道だけ混んでたのー？ やっぱりドールのせいか……」
軽快に走るタクシーを捕まえて、あたしたちは海へと向かった。
４人合流して、まだひと気のない砂浜へと足を踏み入れる。少し肌寒い４月。泳ぐにはまだ早い。
（ドールさんは……）
砂浜から少し離れたテトラポットの上に立っていた。どうやってそこへ行ったのか、服は濡れていない。
「ドール！」
声を揃えて呼んだ。ドールさんはこちらを見て、笑う。
「やぁ、初めまして」
「私は初めてじゃないわ、ドール。興信所に仕掛けた爆弾を外して！」
祥子さんが勇ましい声をかけた。
するとドールさんは、本当に申し訳なさそうな顔をつくって。
「祥子さんのお願いでもそれは聞けないな。ボクはまだ満足していないから。――まぁ、君が一緒にいること自体、多少驚いたけどね」
「……ドール……」
「勘違いしないで。君たちはまだボクを捕まえていない。だってボクはまだ、いくらでも逃げられるよ？」
（！）
ドールさんが告げた言葉に、あたしは先ほどの祥子さんとの会話を思い出す。
『捕まえて欲しいのよ』
その解釈は間違ってない気がした。だからこそドールさんは今、"自分はまだ捕まっていない"と示しているのだろう。
（見た目だけでなく子どもだということを）
忘れてはならない。
逃げ場を失った子どもの陥落は早い。
「――あたしに任せて下さい」
皆にだけ聞こえるように呟いて、あたしは少し海に近づいた。しゃがんで、寄せては返す波に手を翳す。
（あたしの声を聴いて――父なる海よ）
目を瞑って、水で檻を作るイメージ。
久々だったけれど、捕まえたい気持ちが強かったせいか楽に形作ることができた。
「ほう！」
ドールさんが驚いた声をあげる。
目を開けると、あたしがイメージした檻そのままに、水の檻がドールさんを取り囲んでいた。
「これなら――逃げられませんよね？ たとえ逃げても水がドールさんを追いかけますよ」
あたしが笑顔で脅すと、対するドールさんも笑顔で返す。
「これは面白いものを見たな。確かに逃げるのは難しそうだ。消えでもしなければね」
（消える……？）
もし本当にそれができるのなら、何をしても完璧になど捕まえられない。
不安な顔をしたあたしに気づいたのか、ドールさんは声をあげて笑った。
「あっはっは。大丈夫、こんな面白い余興を見せてもらったんだ。ただで逃げはしないよ」
そして真顔に戻って。
「逃げないから、この檻はもういい。その代わり１つ、１つだけボクの言うことを聞いてくれないか。そうしたら爆弾は取り除いてあげよう」
「――何……？」
あたしは皆の顔を見渡してから、とりあえず水の檻を解除した。
（ここは従っておこう）
思いどおりにならないと癇癪を起こすのは、明らかに子どもの方が多い。前言は撤回されない方がいいのだから。
ただ、どんな願いが出てくるのかまったく想像がつかないため、逆に緊張の檻があたしたちを捕らえた。
ゴクリと唾を呑みこむ。
やがてドールさんが口を開いた。
「一度言ってみたかったんだ。――しばし遊ぼうぞ」
「えっ?!」
それからドールさんはジャンプしてテトラポットから降りると。服が濡れるのも構わず水をかき分けてあたしたちの方へやってきた。左手に人形を抱えたまま、右手でこちらに水をかけてくる。
「?!」
「きゃっ、何すんのよ〜」
いち早くそれに対抗したのは、祥子さんだった。祥子さんは靴と靴下を脱ぎ捨て、ドールさんの方へ走っていくと、膝から下を濡らしながらもドールさんに攻撃を仕掛け始めた。
「負っけないんだから〜。その人形ごと濡らしてあげるわ！」
しばらくその２人の対決を呆然と見守っていたあたしたちだったけれど。
「あ、あたしも行ってきます！」
その様子があまりにも楽しそうで、耐え切れなくなったあたしは駆け出した。同じように靴と靴下を脱ぎ捨てて、水の中へと入る。
（子どものように）
ただ水を掛け合うだけの遊びを楽しんだ――。
★
悠也さんと鳴神さんが用意してくれた火を囲んで、あたしたちは暖をとっていた。そんなあたしたちから遠く、最初と同じテトラポットの上でドールさんは座っている。ドールさんの服も人形も濡れているはずなのに、そんな重さなど感じさせない。
そして気がつくと、ドールさんの人形は小さなブーケを持っていた。
（あれは……）
気になってはいたけど特に問わなかった。悠也さんが持っていた小さな箱に入っていたブーケだ。今も透明の箱はここにあるけれど、当然中身は入っていない。
（いつの間に取ったんだろう……）
ドールさんはそのピエロの人形を自分の膝の上に置くと。
「――じゃあ、約束だからね」
空になったはずの左手の中に、突然何かが現れる。
「?!」
「……爆弾、か」
（あれが?!）
でも爆弾は興信所の方にあるはずだった。何故ここに？ それとも違う爆弾なのだろうか。
見守るあたしたちを見て楽しんでいるかのように、ドールさんはゆっくりと動いた。左手に爆弾（？）を乗せたまま、右手に携帯電話を取り出す。この状況でドールさんが電話をする相手なんて１人しかいない。
「何を言うつもりでしょう？」
心配になって、あたしは呟いた。
（また新しい脅しだったらどうしよう……）
ドールさんの小さな声も聞き逃さぬよう、皆で耳を澄ます。波ですらそれを待っているように、声を潜めた。
静かだった。
「おめでとう」
そんな中ドールさんが最初に発した言葉は、それだった。
（おめでとう？）
こちらには草間さんの声は聞こえない。ドールさんの言葉だけが続く。
「意外と早くね」
ドールさんは笑っていた。
「今ボクの目の前に、４人がいるんだ。彼らには見えているよ。今ボクの手の中にある爆弾が」
草間さんはきっと驚いただろう。
「両方見つかったから、入れ替えたんだよ」
「！」
（入れ替えた？ じゃあやっぱり……）
ドールさんが今持っている爆弾は、興信所にあったものなんだろう。じゃあ代わりに何を入れた？
ふと悠也さんが何かに気づいて、自分の胸ポケットを探った。そして呟く。
「――カードがない」
「え?!」
「いつの間に……」
唖然とした空気が広がる。
まるであたしたちがそれに気づくことを待っていたかのようなタイミングで、ドールさんの言葉は続いた。
「言ったじゃない。４人はボクの前にいるって。素敵なプレゼントをもらったもの、ボクが４人に危害を加える意味はないよ」
草間さんを安心させるような言葉。確かにあたしたちは、危害の１つも加えられていない。見つけてそして、遊んだだけ。
「――ありがとう」
ドールさんはあたしたち４人を真っ直ぐに見つめて、そう告げた。いつの間にか爆弾は左手から消えていて、代わりにいつものようにピエロの人形を抱いている。
そして立ち上がった。
「また遊ぼう」
告げるなり、携帯電話を海に捨てたドールさんは、ピエロが持っていたブーケを取って空高く放り投げた。
「？ ――えっ?!」
それを目で追ってしまったあたしたちは、既に負けなのだろう。ブーケは空中で消え、テトラポットに目を戻すとドールさんの姿も消えていた。
（消えた……?!）
それを確認した悠也さんがすぐに、戒那さんに電話を入れる。
鳴神さんはドールさんが捨てた携帯電話を捜しに海に入ったけれど、どうやら見つからないようだった。それすらも消えたのかもしれない。
「私……わかったような気がする」
なんとも言えない雰囲気に包まれた中、祥子さんが呟いた。
「あの子は捕まえられたいのに、きっと何をもってしても完全に捕まえられることができないのよ。そんな自分に苦しんでいるんじゃないかしら」
（消えることができるから？）
じゃあ消えなければいいのに。
そう考えて、また思い出した。
（ドールさんは……子ども）
欲望を抑えきれないのは、子どもだ。
ここで逃げたくない、そう思いつつも、逃げようとする半分の気持ちを抑えられないのかもしれない。
（天邪鬼な想いをどちらも抑えきれなかったら）
そこには辛さしか残らないだろう。
祥子さんのおかげで、あたしも少しずつドールさんを理解し始めていた。
どんなに理解したところで、ドールさんのやり方には到底賛成はできないけれど。
（他の方法で昇華してあげられたら……）
そう思う。
今回のことだって、ドールさんはただ遊びたかっただけのような気がする。そのために爆弾を仕掛けたのなら、それはあまりにも無駄すぎる行動だ。
（"子ども"として、ただ言えばいいのに）
きっとあたしたち以上に、子どもである自分を理解していないのはドールさん自身なんだろう。
それからあたしたちは、服が完全に乾くのを待ってから。来た時と同じよう二手に分かれて、草間興信所へと戻ったのだった。
(了)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号/ ＰＣ名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / ２６ /
翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / ３５ / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / ２１ /
大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / １３ / 中学生 】
【 1352 / 大覚寺・次郎 / 男 / ２５ / 会社員 】
【 1323 / 鳴神・時雨 / 男 / ３２ /
あやかし荘無償補修員（野良改造人間）】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは＾＾ 伊塚和水です。
ドールシリーズ第３弾、お待たせいたしました。そしてご参加ありがとうございます_(_^_)_
今回はよりドールの内面に近づいた内容となりました。近づくほどに私自身わからなくなっていくのですが(笑)。いずれ皆様に救われることをもっさりと期待しております。わくわく。
中と外どちらにも対応できるようなプレイングを書いて下さったので、外の方で活躍させていただきました。中のつもりだったと思うので申し訳ないですが(>_<) そして今回もオリジナルＮＰＣといちばん仲良しになっているみなもさん……。あわわ、今後とも仲良くして下さいませ(笑)。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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