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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =籠城編=

□■オープニング■□

「札幌立てこもり事件解決――か」
 新聞の見出しを読み上げて、武彦は大袈裟に煙を吐き出した。
「最近多いな、この手の事件。本気で逃げるなら死ぬしかないだろうに」
 皮肉を呟く武彦に、零は苦笑を返す。
 新聞をたたんでデスクの上に置いた。――と、書類の山の上に、武彦は置いた覚えのない封筒を発見した。
(これは……)
 超絶に嫌な予感がする。
 一瞬どころか三瞬くらい眉を顰めた武彦だったが、そのまま捨てるわけにもいかない。ゆっくりと、封を切った。
 その中には……
   ――ゲームを しようか――
 そして、UNOのリバースカードに人形をあしらった例のカード。
(何なんだ……)
 武彦はがっくりと脱力した。煙草の灰が落ちる。
「? どうかしました?」
 不思議そうにこちらを見た零に、武彦はもう確認などしない。
「世の中には暇人がいるもんだな」
「はぁ……」
 武彦の脈絡のない発言に、零は首を傾げた。
 そして。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 タイミングよく電話。
(きたな)
 何かを覚悟した武彦は、ゆっくりと受話器を取った。
『手紙を読んだね?』
 いきなりそんな声。
「……ドールだな?」
『そうだよ。話すのは初めてだね。初めましてとでも言っておこうか?』
「ゲームとは何だ? 何をするつもりだ?」
『無視とは酷いな。正確にはもうしているよ。ソコに爆弾をしかけた』
「爆弾? 盗聴器の間違いじゃないのか?」
『フフ。探してみる?』
 含みのある声に、武彦は沈黙した。
『何をしようがあなたの勝手だけどね。事務所から出ることは許さないよ。出た途端にドカンさ』
「!」
『これはゲーム。逆籠城ゲームだよ。ボクが満足したなら、ソコから出してあげる』



□■視点⇒大覚寺・次郎(だいかくじ・じろう)■□

 その日俺は仕事が休みだったので、いつものように草間興信所でのんびりと過ごしていた。勝手にお茶を淹れて飲む俺を見るシュライン・エマさんの視線が少々冷たいように感じるが、気にしない。
 今日の幻覚は酷くはないのだが、現実化が激しいため自分の部屋にはいたくなかったのだ。誰だって住み慣れた自分の部屋が変わっていくのは、落ち着かないし哀しいだろう。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 その電話が鳴ったのは、草間さんと零さんの会話を何気なく聞いていた時だった。草間さんは何故か、かけてきた相手を悟っているように取った。
 ――問った。
「……ドールだな?」
(!)
 俺は思わず持っていた湯のみを置いた。向かいに座っている羽柴・戒那(はしば・かいな)さん(草間さんに借りていた資料を返しに来たそうだ)も、驚いた顔をして草間さんを見つめる。
(ドール……!)
 俺がドールを初めて知ったのは逆誘拐の時だった。しかしそれより前にドールは一度現れていて、逆密室を演出していたという。
(俺の幻覚や)
 記憶にまで影響を及ぼすドール。
 今回も俺は、翻弄されるのだろうか?
 短い電話を終えた草間さんは、零さんに何かの合図を送った。俺たちにはそれが何を示すのかわからないけれど、零さんは頷いて玄関の方へ走ってゆく。それを見送った草間さんは、無言のまま頭を抱えた。
「? どうしたの?」
 流しで仕事をしていたシュラインさんが戻ってきて、様子のおかしい草間さんに問った。それでもまだ口を開かない。
(一体何を言われたんだろう……)
「草間さん、玄関に鍵をかけました!」
 告げながら、零さんが玄関から戻ってくる。
(鍵……?)
「……武彦さん?」
 呼んだシュラインさんに合わせて皆で視線攻撃をしかけると、今度は草間さんもむっくりと顔を上げた。心なしか少し青ざめているように見える。
「――すまない。どうやら巻きこんでしまったようだ」
「え?」
 草間さんはそう謝ってから、手に持っていた何かを俺たちに見せた。
 それは前回も目にした――
「! ドールのカード?!」
「さっきの電話はやっぱりドールから?」
 問った羽柴さんに、草間さんは頷く。
「この事務所に爆弾を仕掛けたらしい」
「な……っ」
 皆で息を呑んだ。そんなことを突然言われたって、普通なら信じられないけれど……。
(ドールなら、やりかねない)
 誰もがそれを理解していたから。
「事務所から出ることは許さない、とドールは言った。その途端にドカン――だとさ」
「ずっとここに籠もってろって言うの?」
「逆籠城ゲームがしたいらしい」
 シュラインさんの挟んだ言葉に、冷ややかな声で草間さんは返した。
(逆籠城――)
 普通籠城と言ったら、犯人が人質をとって立て籠もるのが筋だ。しかしこの状況は、犯人であるドールは建物の外。人質は捕まえるべき俺たち自身で、建物の中。立場がまったく逆なのだ。
 草間さんは慎重に発言する。
「――とにかく、本当に爆弾が仕掛けられている可能性はある。すまないが、事務所から出ないようにしてくれ。あと誰か来る予定があるなら、来ないように連絡を頼む」
(え……)
「どうしてですか? 出なければいいなら、入るのは問題ないような気もしますけど……」
 俺がそんな問いを振ると、草間さんの顔が少し歪んだ。
「……これ以上巻きこむ人間を増やしたくないからな。それに――ドアに細工をされた可能性もある。この建物から出るには、普通ならドアを使うしかない」
(だから鍵をかけさせたのか)
 理解して、俺は頷いた。
「参ったな……あとで悠也が新作のケーキを差し入れに来る予定だったんだが」
 携帯電話を取り出しながらそう呟いた羽柴さんの言葉の一部を、俺はくり返した。
「ケーキ……」
 お茶にはやはり、必要だろう。
 その思考を読まれたのか、シュラインさんが笑う。
「じゃあそれも、この"ゲーム"が終わるまでお預け、ね」
(だったらさっさと片づけないと)
 羽柴さんが斎・悠也(いつき・ゆうや)さんに電話をしている間、草間さんも事務所の電話の受話器を取っていた。どうやら鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんに連絡を入れているようだ。
 そうして2人が電話を終えるのを待ってから、俺たちは作戦を考え始めた。
「――武彦さん、期限はなかったの? ドールだってずっと私たちを監視しているわけにはいかないでしょ」
 草間さんもソファの方へ移動してきて、いつもの煙草を吸っていた。問うと煙草を口から離して、煙を吐き出す。
「ああ……自分が満足したらここから出してやると言っていた」
「ドールが満足したら? またずいぶんと曖昧ですね」
(満足の度合いなんて人それぞれだろう)
 そう思い口に出した俺の言葉に、羽柴さんが繋げた。
「逆に言えば、ドールを満足させる行動をとらなければならない――ということか」
 それは的を射ていた。
「……中にいる私たちが、爆弾を捜し出せたら。ドールは満足するかしら?」
 間を置いて発したシュラインさんに、草間さんが頷く。
「そうかもしれないな」
「どーせなら、ドール自身を見つけ出してやろう。悠也ならこのカードから、ドールの気をたどっていけるかもしれない」
「なるほど」
 羽柴さんの大胆な作戦に、草間さんは少し笑った。羽柴さんは再び携帯電話を取り出して、カードを取りにくるよう斎さんに指示を出している。
「……ドールはこちらの様子をおそらく監視しているんですよね? 盗聴器やカメラが仕掛けられている可能性はないのでしょうか?」
 その間俺は気になっていたことを問った。
 草間さんは考えるよう煙を吸いこんで。
「可能性がないわけではないが……それを捜すのは俺たちの専売特許だからな。あったとしても大した意味を持たないだろう」
 それはつまり、俺たちがそれを見つけて破壊したとしても、この状況は何も変わらないということだ。ドールは最初から、それを利用していない。
(それが、草間さんの読み)
「じゃあドールがそれを仕掛けるのは……」
「おそらく、自分がどれだけこちらの行動を予想しているか、知らしめるためだろう。だからこそ逆に、捜す必要はないと言える」
  ――ピンポーン
 まるでその読みが"正解"であるかのようなタイミングで、チャイムが鳴った。一瞬、皆の動きがとまる。ちょうど羽柴さんも電話を終えていて。
「……悠也、なワケないか。今連絡したばかりだからな」
 そう呟く。
「零、俺が行く」
 草間さんは玄関へ向かおうとした零さんを引きとめると、自分が立ち上がった。
  ――ピンポーン
 いつもならすぐ零さんが出てきてくれるはずなのに……訪問者がそう思って再びチャイムを鳴らしたのは明らかだ。俺が逆の立場でもそうだろう(もっとも、俺はめったにチャイムを鳴らさないけど……)。
 俺たちは草間さんの後ろ姿を見つめながら、耳を澄ました。
「――どなたですか?」
 一応丁寧な言葉を選んで、草間さんはドアの向こうの誰かに向かって問いかけた。
 すると。
「草間さん? よかった、いたんですね」
 ドアを挟んでいるので、少し籠もった声が返ってきた。その声は海原・みなも(うなばら・みなも)さんのものだ。
「海原か。すまないな……今ちょっと、このドアは開けられないんだ」
「え? 壊れてるんですか?」
「いや……実は――」
 ドアを挟んで、草間さんは海原さんに今の状況を説明した。
「ば……爆弾?!」
 表情が容易に想像できそうなほど大きな声をあげて驚いた海原さんだったけれど、ドールの仕業ということで納得したようだ。
「そうですか……折角祥子さんが、こないだの事件のお礼を言いに来てるのに……」
「広瀬が?」
 それにはさすがに、俺たちも驚いた。
「あの、こんにちはっ」
 ドアを通してその声が聞こえる。
(広瀬・祥子さん……)
 前回の事件で、ドールに願いを叶えてもらった女の子。
「祥子くんか。確か前回の事件でドールと直接会っている娘だったな」
 斎さんと知り合いらしいことは既に十分わかっているので、当然彼から聞いているのだろう。確認した羽柴さんに俺は頷く。
「――使えるな」
 するとそう呟いて、羽柴さんは急ぎ足で玄関の方へ向かった。何か思いついたようだ。
「みなもくん、祥子くん。じきに悠也と鳴神くんがそこに来るから、2人と一緒にドールを捜してくれないか」
(え……?)
「戒那さん? ……わかりました。じゃあここで待ってますね。ついでにドアも少し調べてみます」
 そう答えた海原さんに、草間さんがつけ加える。
「2人が来たらもう一度チャイムを鳴らしてくれ」
「了解です」
 それから2人は、こちらへ戻ってきた。俺は不思議に思ったことを羽柴さんに問う。
「どうして彼女たちも……?」
 ドールを捜すこと――それに危険がないとは言えない。女の子2人も一緒というのは特に危険ではないだろうか?
 すると羽柴さんは笑って。
「ドールの意表をつくには、あの娘が最適さ。今祥子くんがここへ来たのは"偶然"だ。ドールだってまさか、祥子くんまで自分を捜しに来るとは思っていないだろう」
「ドールを満足させる要因は多い方がいい……ということか」
 羽柴さんの発言を草間さんがまとめた。
「じゃあ早速、爆弾捜しを始めましょ」
 早くこの状況を終わらせてしまいたい。そんな感情をあらわにして立ち上がったシュラインさんを、羽柴さんがとめる。
「ストップ。先にカードをサイコメトリーしてみるよ。爆弾の形状がわかっていれば捜しやすいはずだ」
(サイコメトリー……)
 それができるのなら、確かに有効な手段だ。
 納得して座り直したシュラインさんを確認すると、草間さんは羽柴さんに例のカードを手渡した。
「そういえば、そのカードいつ届いたんですか?」
 問った俺の目の前で、羽柴さんは既に集中を始めている。
「ついさっき直接、だな。気づいたら机の上にあったんだ」
「前回もそんなこと言ってたわね」
「ああ。そして気づいた後すぐに、事件は始まった」
 言葉はそこで途切れ、自然皆の視線が羽柴さんに集中する。両手でカードを挟みこみ目を閉じて、必死に読み取ろうとしていた。その額には、少しの汗が見える。
(どんな映像が見えるのだろう?)
 それは俺の見る幻覚のように、掴み所のないものなのだろうか。
 それともクリアな夢のように、鮮明に映っているのだろうか。
 やがて羽柴さんはゆっくりと目を開けると、大きく息を吐いた。
「……どうだ?」
 代表して問いかけた草間さんに、軽く頷く。
「爆弾に詳しくないからよくわからないが、電池を分解して作った物のようだ。入れ物は10cm四方くらいの白い箱」
「意外と小さいわね……――あっ」
 言いながらシュラインさんは何かに気づいた。
「あ?」
「時限爆弾じゃないんだもの、そっちの機能はいらないのよね。だから小さくても納得はできるわ」
(確かにそうだ)
 爆弾といえばつい時限爆弾を想像してしまうが、今回は明らかに違うのだ。
(この建物から出たら爆発する)
 それはつまり、起爆と時間は無関係ということ。
「威力は想像不可能だがな」
 続けた草間さんの言葉に、俺たちは苦笑するしかなかった。
 その後俺たちは、爆弾の捜索を開始した。
(……と言っても)
 実際俺はとある場所が気になって気になって仕方がなく、それどころではなかったのだけど……。
 途中斎さんと鳴神さんの来訪を告げるチャイムが鳴り、羽柴さんが郵便受けの隙間を使って斎さんに例のカードを手渡した。それで爆発しなかったということは、やはり人間以外なら出入り可能なのだろう。
 それから斎さんは、同じ方法で室内に謎の蝶を送りこんだ。俺たちが爆弾を見つけたら、この蝶が凍結封印してくれるという。
(そのためには)
 爆弾を見つけなければ意味がない。
 そうして一匹の蝶が部屋を舞う中捜索は続けられ、もちろん各自の服や持ち物もチェックされたが……爆弾は、見つからなかった。
(本当に――ここにあるんだろうか?)
 そんな疑問が湧きあがる。
(ドールは嘘をつかないだろう)
 俺たちは何故かそう信じているけれど、果たしてそれは正しいのだろうか?
 捜し疲れて、皆ソファへ戻っていた。もしかしたら、同じことを考えているかもしれない。
「――大覚寺、お前の幻覚はどうだ?」
「え? 俺の幻覚ですか?」
 不意に問ってきた草間さんの言葉に、俺自身がいちばん驚く。
「前回はお前の幻覚から俺たちはヒントを得た。それにドールはおそらく……お前の幻覚に干渉できるはずだ」
「まぁ確かに……」
 俺だって最初に、覚悟していた。
(ドールはまた、俺の幻覚に干渉してくるかもしれない)
 と。
「今日の幻覚は『ミラーハウス』です。室内にいると、間取りが勝手に変わっていくんですよ。ちなみに今は、給湯室の横からヴィクトリア調の居間が一個生えているみたいで……」
 俺が爆弾を捜している間中、気になって仕方がなかったのはそれだった。
 草間さんは当然それに気づいていて。
「それでお前、さっき給湯室の辺りじっと見てたのか」
「ええ。本当にあるのかないのか、わからなくて。なんか今日は、幻覚自体はさほど酷くないんですが、現実化が激しいんですよ」
 ただ今日の現実化は、他人までには影響を及ぼしていないようだった。それは他の人にこのヴィクトリア調の居間が見えていないことからもわかる。現実化にも種類があって、たまにこういうこともあるのだ。
(俺にとっては現実)
 触れられるしその場所にも行ける。けれど他の人にとっては、それは俺の幻覚でしかない俺の現実。
「その部屋に何か変わったことはあるか?」
 そんな俺の言葉でも、草間さんは真面目に聞いてくれる。だから俺も、できるだけ真面目に……丁寧に答える。
「ヴィクトリア調という時点で、かなり変わっていますけどね……特におかしいという所はないです。まさか幻覚の部屋に爆弾を仕掛けるなんてことはできないでしょう? ……!」
 それを言い終わった途端、俺は自分の目を疑った。
「どうした?」
 訊ねた草間さんの後ろ側。
「……い、今、急に見たこともないドアが増えたんです。それも――3つ」
「?!」
(まさか……)
 まさかドールは本当に、幻覚の中へ爆弾を仕掛けたとでも言うのだろうか。
「どこにある?」
 問いかけた羽柴さんに、俺は指差しで答えた。その表情を見ると、皆には見えていないことがわかる。
(これも俺の現実か……)
 ならば見れる俺が、きちんと見ておかなければ。
 そうして目を凝らした俺は、あることに気づいた。
「あ……ドアに覗き穴が見えます。覗いてみますか?」
「ああ、頼む」
 俺は頷いて、俺にしか見えないドアに向かう。
「ここは何かやたら豪華な寝室……ここはどこかの屋上……ここは室内プールが見えます」
 右から左へと移動しながら、俺は説明した。
(これはヒントのない3択?)
「うーん……」
 唸る草間さんに、不意に羽柴さんが問いかける。
「草間くん。ドールは何か手がかりを残しているはず。電話でのドールとの会話を正確に教えてくれないか?」
 草間さんは頷いて、1人2役で会話を再現した。
「ソコに爆弾をしかけた――か」
 それを聴いて、最初に呟いたのは羽柴さんだ。
「ソコ……よく考えると、この事務所全体のことにもとれるし、『底』にもとれるわね」
 シュラインさんが続けた考察に、草間さんは頭を抱える。
「床を掘れなんて冗談じゃないぞ。これ以上金が飛んでたまるか」
 その正直な言葉に、俺たちは笑った。現実問題、そう簡単に掘れるわけがない。
「――待てよ。ドールなら"そのまま"はないんじゃないか?」
 ふと口にした羽柴さんの言葉をヒントに、シュラインさんが気づいた声をあげた。
「逆……? 底の逆は天井――屋上?!」
 皆が視線が一斉に俺を向く。
「……行けるか?」
「それは構いませんが、俺が"出"たら爆発しちゃうんじゃないですか?」
 それが心配で問った俺に。
「大丈夫だろう。お前の幻覚の中で爆発したって、お前にしか被害はないんだ。たとえそれがお前にとっては現実でも、俺たちにとっては"お前の幻覚"でしかないからな」
 草間さんは大真面目な顔で恐ろしいことを告げた。
「草間さん……」
「冗談だ。ドールの対象は多分俺だから、お前だけに被害が及ぶ方法はとらないだろう。それに俺たちから見れば、お前は確かにこの事務所の中にいる。違反にはならないさ」
 改められた言葉に少し安心して、今度はゆっくりと頷いた。俺は中央のドアへ歩み寄り、ゆっくりと。そのドアを開いた。
「あ……!」
 小さな声が聞こえた気がした。
 一歩中へ入ってみると、まるっきり外の気配がした。どこかの学校の屋上のようで、自然な風が頬を掠めてゆく。
(外……だよなぁ)
 でも爆発の気配がないところを見ると、草間さんの読みは正しかったのだろう。
 求める白い箱は捜すまでもなく、いちばん遠い場所にちょこんと見えた。
 足を進める。
(あの箱は……)
 皆には見えるのだろうか?
 それともこの場所と同じように、俺だけの現実なのだろうか。どうも後者の可能性が高いような気がして、歩きながら身震いをした。だって他の人にとっては。
(見えない、爆弾)
 それ以上怖い物があるだろうか。
 俺が無事にその箱を皆の現実へ持ち帰ると。
「! その箱だ」
 最初にそんな羽柴さんの声がした。思わず俺は首を傾げる。
「え? この箱が見えるんですか?」
「俺にも見えるぞ」
「私にも」
 それが示すことは、たった1つ。
「じゃあこれは、俺の幻覚じゃないんですね?」
(ドールは持ちこんだのだ)
 俺だけの現実に、皆の現実を。
 ソファの所へ戻ってから、その箱を静かにテーブルの上に置いた。そこへ成り行きを見守って舞っていた蝶が、ゆっくりと降りてくる。
「頼む」
 多分その蝶に向かって、羽柴さんが告げた。返事をするように箱の周りを一周すると、その蝶は不思議な粉を振りかけた。
「あ……っ」
 どこから冷えているのかすらわからないが、ゆっくりと確実に、箱は凍りついてゆく。
 やがてそこには、大きな氷ができあがった。
「こ、これで大丈夫なんでしょうか?」
 起爆装置の部分が凍っていれば確かに爆発することはないが、ドールならそれすらどうにかできるような気がして。
 問いかけた俺に、答える者はいない。
  ――トゥルルル トゥルルル……
 そこへ突然鳴り出した電話に、皆の身体が一瞬震えた。
 草間さんは相手がドールだと確信しているのだろう、慎重に受話器を取った。そしてすぐにスピーカーボタンを押す。
『おめでとう』
 静かな事務所に響いた声は、俺の記憶にとどまる声と一致していた。そして言葉の後ろには、波の音が聞こえている。海にでもいるのだろうか。
「……ゲームは、終わったのか?」
『意外と早くね』
 ドールは笑っているようだ。
『今ボクの目の前に、4人がいるんだ。彼らには見えているよ。今ボクの手の中にある爆弾が』
「?! どういうことだ?」
『両方見つかったから、入れ替えたんだよ』
 暗示めいた言葉を吐くドール。
(両方……)
 それはドール自身と、この箱のことだろう。じゃあ何を入れ替えた?
 見守る俺たちに、草間さんは視線で合図した。それが何の合図なのか、考えるまでもない。
(爆弾は今自分の手の中にある)
 ドールはそう告げた。つまりこの箱の中には、もう爆弾は入っていないということだ。
(じゃあ……何が入ってる?)
 俺は箱に手を伸ばした。
(床に叩きつけて割るしかない)
 そう思ったのだ。そしてそれなら、男の俺が適任だろう。
  ――っガシャンッ
 頭上高くまで持ち上げた箱を力いっぱい振り下ろすと、まるでガラスのような音を立てて、氷と化した箱は砕けた。そしてその中から出てきた物は――
「?! ……何で……」
「これは悠也が持っているはず――」
 2つに割れたカードだった。
「斎たちは無事なのか?!」
 草間さんが電話の向こうのドールに向かって怒鳴った。斎さんが持っていたはずのカードをドールが持っていたのなら、そう訊きたくなる気持ちもわかる。
(このカードが斎さんに渡した物とは限らない)
 何枚もあるかもしれない。
 そんなことは当然わかっている。でも訊かずにはいられない。
 するとドールは、再び電話口で笑った。
『言ったじゃない。4人はボクの前にいるって。素敵なプレゼントをもらったもの、ボクが4人に危害を加える意味はないよ』
「…………」
 信じていいのか、草間さんが言葉を迷った一瞬。
『――ありがとう』
 ドールが先に繋いだ。
「ありがとう?」
『また遊ぼう』
  ――プツっ  ツー……ツー……
 返答なく、電話は一方的に切られた。代わりに羽柴さんの携帯電話が鳴る。
「もしもし?!」
 相手は当然斎さんのようで、すぐにこちらへ戻るということだった。
(これでやっと、ケーキにありつけるのか……)
 かけていたドアの鍵を外しに行った零さんを見ながら、俺はそんなことを考えた。
 何だか釈然としないまま、この事件はこうして幕を閉じたのだった。



 満たされているのは、ケーキのせいだけではないと。
(俺が気づいたのは)
 自分の部屋へ戻った後だった。
(増えていた)
 俺の部屋の隣に、幸福の部屋が。
 何だかよくわからないけれど、見るだけで酷く満たされた。
 俺はその部屋には、入らなかった。
 入れなかった。
(一度入ってしまったら)
 もう2度と、戻れなくなる気がして。
(これも――ドールのせい?)
 幸せそうに笑っていたというドール。
 彼の気持ちが、こうして俺の幻覚に影響しているのだろうか。
 俺はその部屋のドアに背を向けた。
(これ以上、見てはいけない)
 そこは境界だ。
 その一線を越えたら、"ドール"になるのは俺なのだろう。
(けれど――いつか)
 いつか俺は、自分の意思でそこを越えてしまうかもしれない。
 そう思える自分が、酷く怖かった。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
            翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                     大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1352 / 大覚寺・次郎   / 男  / 25 /  会社員  】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
              あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ドールシリーズ第3弾、お待たせいたしました。そしてご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はよりドールの内面に近づいた内容となりました。近づくほどに私自身わからなくなっていくのですが(笑)。いずれ皆様に救われることをもっさりと期待しております。わくわく。
 今回も、ストーリーの幅を広げてくださるようなプレイング、ありがとうございました。同時にライターとしての力量を試されているような気がしてドキドキですが(笑)。3つの部屋の中身が思いつかなくて、私も大覚寺さんの幻覚並みに想像力があったらなぁと思ってしまいました。ヴィクトリア調はインパクト抜群ですよ(>_<)
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝