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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫の目

*オープニング*

「金ならいくらでも払う。とにかく探してくれ」
たいして暑くもない春の午後、小太りの男が額の汗をしわくちゃのハンカチで拭いながらやって来た。
何でも、盗まれた宝石を探して欲しいのだと言う。
「まったく信じられんが、猫がくわえて行ったと言うんだ。妻の大事にしている指輪でね、ルビーだかエメラルドだか、名前は忘れたが赤やら緑やらの石の指輪なんだ。今すぐ探してくれ」
光り物を好むカラスが取って行ったと言うなら分かるが猫が宝石を取るだろうか。
しかし、男の妻が開け放していた窓を閉めようと部屋に戻った時、確かに猫が部屋に入り込んでいて、ふと化粧台を見ると、そこから指輪が消えていたのだそうだ。
「アレが見付からない限りは何もしたくないと言って妻が部屋に閉じこもってしまって困っているんだ。早急に頼むよ」
男は自宅周辺の地図を残して去っていった。
「地図を貰ってもな……」
草間は頭を掻いた。
「ここはいつから何でも屋になったんだ……?」

***


男の残していった地図を手にぶつぶつぼやく草間を、紅茶を差し出しつつシュライン・エマは慰めた。
「探し物は探偵の仕事でしょ、武彦さん」
苦笑しつつ、ソファに腰掛けた巳主神冴那にもカップを渡す。
冴那の横にはバスケット。その中で、彼女のペットであり下僕である愛すべき蛇たちがくつろいでいることを、草間もシュラインも承知している。
「捜し物なら良い。物じゃなくて、物を持っていった猫だ……」
溜息を付きつつ紅茶を飲む草間の手から地図を取り、シュラインは言った。
「それじゃ、この依頼は私達で引き受けましょ」
私達、と言うのは勿論、今現在草間興信所に居る女性2人……、シュライン・エマと巳主神冴那の事だ。
「構わないでしょ?」
念の為尋ねるシュラインに、冴那はぎこちない笑みを浮かべて頷いた。


「猫で宝石と言えば猫目石を想像するけれど、色からしてアレキサンドライトかしら?」
男の手書きである地図を頼りに依頼人宅へ向かいながらシュラインは言った。
『ルビーだかエメラルドだか、名前は忘れたが赤やら緑やらの石』と言う言葉からシュラインは「魔法のジェムストーン」とも呼ばれるアレキサンドライトを思い出していた。
太陽や蛍光灯の下では緑色に、白熱電球の下では赤に変色する、1830年にロシアの開拓者達によって発見され、アレクサンドル王子に因んで名付けられたと言う金緑石の変種だ。
「……確かどちらの特性も内包するアレキサンドライト・キャッツアイって宝石があったわね。カボッションカットすると二色性を示しつつキャッツアイ効果を現し、希少性が重なる為高価にになるだとか……」
「あなた、詳しいわね」
アレキサンドライトと言う石の名は聞いた事があるが、アレキサンドライト・キャッツアイと言うのは初耳だ。冴那は素直にシュラインの知識に感心する。
シュラインは微笑みで応え、地図を確認しつつ十字路を左に曲がった。
「んー、でも猫が原因とすると何故持って行ったのかしら?仲間の目に見えたとか魅了されたとか…」
「猫や犬を手懐けて盗みをさせて暴利を貪った人間の話しが、なかったかしら…、以前」
何かで見聞きしたような記憶の糸をたぐり寄せながら、冴那は呟く。
「犬猫じゃなかったかしら……、猿?」
首を傾げる冴那に、シュラインもふと、以前そんな内容をどこかで見た記憶を甦らせる。
「猿……、だったかしら……?忘れてしまったけれど、そう言えばそんな映画があったような気がするわ。兎も角、猫を探さなくちゃ」
と、シュラインは立ち止まり一軒の家を見上げた。
「ここかしら?」
「みたいね」
地図に書かれた周囲の建物と住所の番地を確認して、シュラインは頷く。
「こう言うの、何と言うのかしら……」
空いた手を頬に当てて、家を見上げる冴那。
「……和洋折衷建築、成金風味ってところかしらね?」
木造の厳めしい門構えに対して大きなバルコニーのついた白い家。
がっちりとした木の表札に流麗な墨文字で書かれた名字に対してイングリッシュ・ガーデン風の広い庭と言ったあまりにもミスマッチなたたずまいに苦笑しつつ、シュラインはインターフォンを押した。
出てきたのは、中年の白い割烹着を着た女性だった。
この家に長く努める家政婦だと言い、「奥様は御気分がすぐれずどなたともお会いになりません」と丁寧に2人を追い払おうとした。
結構なご身分だと感心しつつ、シュラインは家政婦から盗まれた指輪の詳細と、盗んでいった猫の特徴を聞き出した。
購入先を尋ねようとしたのだが、言葉を挟む隙なくアッサリ閉ざされた扉の前でシュラインと冴那は首を傾げる。
「探して欲しいと言う割に、全然協力的じゃないわね」
しかし、文句を言っても始まらない。兎にも角にも猫を探さねば。
家政婦の口を通して語られた猫の特徴は、黒で細身、尻尾は長く目は金色。首に赤いリボンをしていたと言う。
「良い気候になったものね…捜し物も…し易いわ…」
明るく暖かい日射しに身体を伸ばしつつ、冴那はバスケットの中の蛇たちに言った。
「大切なものを盗ってしまった悪い猫が…いるそうよ」
俯き、長い髪に覆われた白い顔にぎこちない笑みを浮かべて、ゆっくりとした動作でバスケットの蓋を開ける。
「懲らしめてあげるついでに…取り戻してあげましょ…」
ちょろちょろと細い舌を出しつつ姿を現した蛇たち―――アオダイショウとシマヘビが辺りを伺うようにしながら道路へ降り立ち、這って行くのを見送りながら、シュラインは思った。
『取り戻してあげるついでに、懲らしめてあげましょ…』の間違いではないのか、と。
が、ぎこちない笑みを浮かべたまま蛇たちを見送る冴那を見て、敢えて言葉には出さなかった。
「猫を見つけたら巻き付いて、呑み込んだものを吐き出させるのよ……、見つけても手に負えなければ帰っていらっしゃい…」
1mを越える蛇たちがうねうねと這って人の入り込めない隙間に潜り込んでいく。
ところで、アオダイショウは小鳥や鼠を食べると言うが、よもや間違って猫を食べてしまったりはしないだろうか……?


「猫ちゃ〜ん……なんて、呼んで来る訳ないものね。おびき寄せる為に餌か何かを持っていた方が良いかもしれないわ」
と言うシュラインの提案で、2人は近場のホームセンターに足を運んだ。
ペット用品のコーナーで小さな缶詰や木天蓼を購入する。
「ここの蛇は躾がなっていないわ……」
シュラインは爬虫類コーナーで冴那が立ち止まったついでに、店員から猫のいそうな場所を聞き出した。
偶然にも店員は、この近所の野良猫たちに餌を分け与えて回っているらしく、猫のたまり場を教えて貰えた。
しかし、この辺に黒で赤いリボンをした猫は見かけた事がないと言う。
ついでに、猫が宝石を盗んだりするのかと尋ねると、そんな話しは未だ聞いた事がないと言って笑った。
「猫が恩返しをするって話しなら、聞いた事がありますけどね」
「あら、そうなの?」
猫は「3日で恩を忘れる」と言うがアレは嘘で、意外にも飼い主への恩義を忘れないのだと言う。
「殺された飼い主の仇を討つ話しなんてのが、結構あるんですよ。猫はとっても執念深いですからね」
「執念深さでは、蛇だって負けないわ……」
冴那の言葉に、店員は微笑んだ。
「狐も執念深いって言いますよね。猫と狐って、仲が良いらしいですよ。もしかしたら、蛇と猫も仲が良いかも知れませんね。あ、良かったらこれどうぞ」
と、店員は猫探しをしなければならないのだと言った2人に自分の髪に結んでいた細いリボンを解いて渡した。
「餌や木天蓼も良いですけど、猫は動く物に興味津々ですから。じゃらしてやれば結構懐きますよ」
「ありがとう」
買い物袋に一緒に仕舞って、2人はホームセンターを後にし、店員に教えて貰った猫のたまり場へ移動した。
「……お墓なの……」
頭上でカラスが旋回する。
日中なのに何処か薄暗い雰囲気に、シュラインも冴那も揃って背筋を丸めた。
猫のたまり場と言うのは、小さな寺の境内のにある墓場だった。正確には、墓場の側にある水場だ。
お参り様らしい添え付けのバケツに残った水を、頭を突っ込んで飲んでいる猫がいた。
その側に、日溜まりの中で蜷局を巻く猫。
ブロック塀の上で心地よさ気に尻尾を揺らしている猫もいる。
白に縞に斑。
黒い猫の姿はない。
「猫の言葉が話せたら、便利ね。黒猫の居場所を教えて貰えるでしょうに」
シュラインの言葉にぎこちなく微笑んで、冴那は辺りを見回した。
放った蛇もこの辺りを探しているのだろうか。
「…二手に分かれて探しましょうか。あたしは左側からここまで一周してくるわ」
「良いわ、それじゃ私は反対側から。はい、これ」
シュラインは木天蓼と缶詰を半分冴那に渡す。
「リボンも持って行って頂戴。私はその辺の草でもちぎって代用するわ」
頷いて、冴那は寺の境内を左回りに歩き始めた。


思えば、猫探しには不向きな服装だった。
冴那はタイトスカートの膝についた土を放りながら軽く舌を打つ。
蛇を全て放してしまったのは失敗だった。1匹は手元に残しておくべきだった。
そうすれば、自分の目になり、足になり、役に立つのだが。
「もし……あの子たちが猫を見つけて手に負えなければ……」
冴那は呟いた。
「ハブとアカマタでも連れて来ようかしら……」
どちらも瞬発力に優れている。群で襲わせれば、猫などひとたまりもないだろう。
2種類の蛇の出番を思いつつ、冴那は建物の裏手から墓場へ入った。
一瞬、目の隅を猫の影がよぎり声を上げかけたが、見ると白黒の牛柄猫だった。
「なんて紛らわしい…」
呟いて、冴那はふと首を傾げる。
部屋に入り込んだ猫は、一体どれくらいの時間をそこで過ごしたのだろう。
窓を閉めようと入ってきた人間の姿を見て、すぐに逃げだそうとはしなかったのだろうか。
もし、すぐに逃げ出したのならば、どうして猫の色のみならず、目の色やリボンまで詳細に認識する事が出来たのだろう。
「変ね……」
『奥様』は、部屋に侵入していた猫をよく見知っていたのではなかろうか。
「でも、それならどうして自分で探さないのかしら……?あ、」
冴那はふと見回した墓場の、墓石の影を黒い猫が走り去るのを見た。
今度こそ、黒猫だ。遠目に見ても分かるが、長い尻尾で首に何か赤い物を付けている。
そっと近付こうと、ふと、手を置いた塀を見て冴那は言葉を失った。
細く白い指を預けた灰色のコンクリートの上で、冴那が最も苦手とする軟体動物が蠢いていた。
「――――――――っ!!」
そのヌメヌメ・ヌラヌラとした気持ち悪さに、一瞬にして固まってしまった身体は猫を追おうにも動かない。
どうして蛇が今ここにいないのか。
冴那はとても後悔した。
そして。
そうして居る間に、黒猫は何処へか姿を消してしまった。


数分後。
墓場の真ん中当たりで2人は再会した。
「黒猫を見つけたのは見つけたんだけど、逃がしてしまったわ」
「……実はあたしも……」
お互い敢えて何も言わず溜息を付いてそれぞれが探し歩いて来た境内を見る。
「もう一通り見回って、いなければここのご住職にでも聞いてみましょ」
互いに頷き合い、歩き始めたものの、なんだか疲れ切って足取りが重い。
さっさと見つけて、帰りたい――――と、口には出さないが2人とも思っている。
2人がまた溜息を付き掛けた時、ガサガサと墓石の間の草を掻き分けて何かが這い出てきた。
「あら……」
冴那の放ったアオダイショウとシマヘビだ。蛇たちは2人を無視して先へ進む。
「猫を見つけたのかしら……」
2人は蛇たちの後を追って足を進めた。
しかし、6歩と進まない内に蛇たちは動きを止めてしまう。
「見失ったの?」
尋ねるシュラインに、冴那は首を振って一基の墓石の前を指さした。
「見て、」
「猫……」
綺麗に磨かれた御影石に刻まれた家名。
その足元に、黒い猫が横たわっていた。
ややくたびれた細身に長い尻尾。首には赤いリボンを結んでいる。しかし、体は既に冷たく、堅くなっていた。
「どう言う事なの……?さっき見たのはこの猫じゃなかったのかしら…」
或いは全く別の猫だったのか。
「指輪が……」
墓石の正面に、太陽光の下で緑色に変色した石のついた指輪が転がっていた。
盗まれた指輪に違いない。
「でも、どうして…?ここは…、依頼主の家のお墓じゃないの…?」
死んだ猫と指輪。そして確かに、代々の墓と刻まれた家名は依頼主と同じものだった。
首を傾げるシュライン。
冴那は役目を終えた蛇たちをバスケットに戻す。
その2人の背後で、突然短い声が起こった。
「おお、こんな処で……」
振り返ると、この寺の住職であるらしい老人が黒猫を見て近付いてきた。
「可哀想に、こんな処でな……」
住職は2人に構わず猫の体を抱き上げ、固く閉ざされた瞼の上をゆっくりと撫でる。
「あの、その猫はこちらの…?」
シュラインが尋ねると、住職は首を振って知人の猫だと答えた。
「可愛がっていたのだが、病気で亡くなってしまってな。後を頼まれていたのだが、サッパリ姿が見えん。どこでどうしているかと案じていたら…、そうか、主人の下で死んだか……」
「……主人?」
冴那がバスケットの蓋を閉じて首を傾げる。
「ああ、ここだ。ここに主人が眠っておるんだよ」
シュラインは墓の持ち主の名を住職に確認した。
それは間違いなく、依頼主の家の墓だった。
「事情をお話した方が良いのかしら……」
指輪を拾い上げて冴那が言い、シュラインが手短に依頼内容を説明する。
住職は指輪を確認し、それは亡くなった猫の主人の持ち物だと言った。
「この猫と、その指輪を大事にしておったよ。自分が死んだら、指輪は一緒に埋葬して欲しいと言っていた。家族がちゃんと一緒に埋葬したと思っていたが、そうか、家に残っておったか。大方、あの欲深な嫁が手元に置いていたのだろう」
欲深な嫁と言うのは『奥様』の事らしい。主人は依頼主の実の母。
嫁とは義理の親子になるが、あまり仲は良くなかったらしい。
「生まれて間もない頃に捨てられて、死にかけておったのを助けられた猫だ。主人に恩を返すために指輪を取り戻したのだろうな」
猫は「3日で恩を忘れる」と言うのは嘘だ、と言うホームセンターの店員の話を2人は思い出していた。
「いなくなった猫が突然舞い戻って来て、義母の指輪を取って言ったんだ。さぞかし驚いた頃だろう」
驚き、義母の遺言に背いた結果に怯え―――、それでも指輪を取り戻したかったのだろうか。
「人間よりも、猫の方が余程賢い……」
冴那は呟いて、住職の腕の中の猫を撫でた。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
0376 / 巳主神・冴那 / 女 / 600 / ペットショップオーナー
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 
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■         ライター通信          ■
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早く花見に行きたい佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いましたv

私はアクセサリー類をガラスの器に入れて置いてあるのですが、ある日、飼い猫がその中から
指輪をくわえて持って行くのを目撃しました。
その事から、今回の話を思いついたのですが、如何でしたでしょうか?
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。