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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


恋人たちの軌跡


 彼は彼女を見ていた。

 彼女は彼を見ていた。

 だが今、お互いの瞳には、何も映ってはいない。




――彼女は今、どうしているのだろう。風の噂で、俺が死んだ頃と同じくして彼女もこの世を去ったと聞いた。俺と同じように、未だにこの世を彷徨っているのだろうか。それとも既に成仏して、天国へ行ってしまったのだろうか(彼女は天国行きだと俺は信じている)。

彼女に、伝えたい言葉があるんだ。

もし、まだこの世に繋ぎとめられているのならば―…





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 俺がこの世を去ったのは、もう思い出せないほど遥か昔のことだ。
俺はその頃、遠い親戚の家に厄介になっていて、まだ若い学生だった。
そして彼女は近くの教会に通う、一つ年下の可愛らしい女学生だった。
彼女は俺を見ると、フ、と花の咲くよな笑顔を見せて、こう云ったものだ。
『書生さん、ご機嫌は如何?』
 それだけで俺の心臓は高鳴り、彼女の顔をまともに見ることなど出来なくなった。
だから、俺はいつも、彼女でなく腕に抱いた聖書の薄汚れた表紙ばかり見つめていたような気がする。









「うむ。中々純情だったようだな。顔に似合わず」
「ほんと〜!幽霊サン、少女漫画みたいなの!」
「そうとも!さすが私の見込んだ萌え同志だ!その心意気や良し!!」
 俺は三者三様で何やら喚いている彼らを上空から見下ろして、喧しいと呟いた。
 春は何処か心寂しくなる季節だ。
出会いと別れの季節とは言うけれど、幽霊である俺にとっては別れのほうが強い。満開の桜の木を目にするたびに、彼女と別れたシーンが明瞭に脳裏に思い出されるからだ。
だから、柄に似合わず少々感傷的な文章を、件の掲示板に書き込んでしまったわけだが…。その結果、わざわざ京都に集まってきた暇人どもが彼らだ。
 初めに口を開いたのが江戸崎満(えどざき・みつる)。
年齢不詳の長身の男で、時代錯誤の作務衣を着て、偉そうに腕組みをして立っている。まだ若そうな風貌をしているが、その金色の瞳の刺すような視線がただものではないことを物語っている。…まあ、ただの若作りなのだろう、きっと。
 むさ苦しい顔ぶれの中の紅一点…にしては少々乳臭いガキ…否、少女は石和夏菜(いさわ・かな)だ。黒く長い髪を頭の上で結び、ポニーテールにして揺らしている。たしかに可愛らしいことに変わりは無いが、少々細すぎだ。俺の好みは、もっと豊満で背が高くて……ってこれはまた別の機会に語ることにしよう。
 そして、残りの一人。何故か両の眼から滝のような涙を流している、長身、銀の髪、銀の瞳と明らかに怪しい男。拳を血管が浮き出るまできつく握り締め、背後からは激しい炎を燃やしている。
その猥褻物陳列罪的筋肉で激しく自己主張をしているその男…海塚要(うみづか・かなめ)に、俺は見覚えがあった。否、見覚えなんてもんじゃない。あいつのせいで俺は三日三晩悪夢に悩まされたのだ。…萌え地獄という名の悪夢に。
「ふはははは、お主こそ絶滅危惧種指定な萌えマスターぞ!そんな貴様の為に、我輩が一肌も二肌も脱ぎまくろうではないか!」
 何故かヤル気満々だ。
はっきり言って迷惑である。
ていうかむしろ失せろ。
何故かこいつと居ると、脳内が侵食されるのだ。
いつの日か俺も萌えがどうたらと口に出しそうで非常に恐ろしいのである。ぶるぶる。
それよりも萌えマスターってなんだ、マスターって。ああ、今回も嫌な予感がする…。
「安心して、幽霊サン!夏菜も腕によりをかけて頑張るの!」
 そうにっこりと微笑んで、夏菜が自分の薄い胸をドン、と叩く。
日本語が少々おかしいがそれは放っておくことにする。
夏菜に続き、満までもが、
「たまには他人の恋路を手伝ってみるのも良さそうだ。俺も手伝ってやろう、有難く思い給え」
 と恩着せがましく言ってくる。
大体、俺は一言も彼女を探す手伝いをして欲しいだとか彼女を探したいだとか口にしていない。なのに、何故こいつらはこんなにはりきっているのだ?
 俺がそう訝しげに言うと、すかさず口を出す。
「面白そうだから。」
「逢いたいけれど逢いにいけないそのもどかしさ!!それこそが萌え!!それこそが私の求めるものだからだ!!」
 言う必要もないが前者は満、後者は脳内の辞書は萌え一文字男だ。
 俺はハァ、と溜息をついた。
己の身体が消滅して幾年月、まさか今更彼女に逢いに行くことになろうとは。
第一、彼女がまだこの世にとどまっているのか、彼女が俺を覚えているのかすら分からない。
あんな別れ方をした俺たちだ、とうの昔に愛想を尽かされていても全く不思議ではない。
 俺がそうブツブツ言っていると、突然後頭部に衝撃が走った。慌てて背後を振り返ると、満が憮然とした顔でハリセンを構えている。まさかこいつ、俺をハリセンでどつきやがったのか?やはり只者ではないらしい。幽霊の俺に突っ込みを入れるとは。
「…恋人もお前を探していると思うぞ。善は急げだ、ブツブツ言ってないで探しに言ったほうが早いだろう」
 そんなことを、嗜めるような口調で言ってくる。
なおも不機嫌そうに口を尖らせていると、今度は夏菜が心配そうな顔で言った。
「うんとね、逢える可能性が少しでもあるなら、逢いに行こうよ。『ごめんなさい』は、明日言うより今日言ったほうがいいのよ。だって大好きな人とは早く仲直りした方が素敵なの。仲直りせずにいる時間がもったいないのよ」
 この少女、見かけによらず中々良い子らしい。
満のハリセンツッコミと、夏菜の言葉に励まされ、俺は仕方ないという顔つきで言った(実は内心かなりやる気である)。
「しゃぁないなぁ…。アンタらがそこまで言うなら」
「とてつもなく良い考えがたった今思いついた!!!」
 俺の台詞を遮って、突然叫び声を発した要。
どうでもいいが人の台詞を邪魔するな、コラ。
 しかしお人好しな俺は、ひきつった笑いを浮かべながら、何をだ?と尋ねてやる。自分で言うのもなんだが、つくづくお人好しな人間だな、俺は。
要は輝くような笑顔(正直言って後ずさりしたくなる)を浮かべて、俺たちのほうに振り向き、また叫んだ。
「オペレーションその一、『逝ってみたいと思いませんか?』だ!!!」
 …嫌な予感が一つ的中した…。








        ★










 わたしはぼんやりと、時と共に移り変わる京都の町並みを眺めていた。
大きな公園に植えられている桜の木の、大振りな枝に腰掛けながら。
この公園も、かつては見渡すばかりの田んぼだった。しかし今では、ベビーカーに乗せた赤ん坊を連れた母親たちの溜まり場になっていたり、恋人たちが愛を囁きあう場所になっていたり、老人たちの体力づくりの場所になっていたりする。そして今の季節、この満開の桜に誘われてふらふらとやってくるのは、赤ら顔の浮かれた花見客だ。
 わたしは憮然とした顔で頬杖をつき、呟いた。
「世の移り変わりの儚さ、か…」
 わたしの脳裏に浮かぶのは、喧嘩別れしてしまった彼のことだ。
その別れが、結局今生の別れになってしまった。
「今、何処でどうしているのかしら…もうあなたはとっくの昔に成仏したの?それとも、わたしと同じようにいまだにこの世を彷徨っているの?あなたとはもう幾度と無く会話を交わしたけれど、わたしは結局あの一言だけは言うことが出来なかった…」
 わたしが何故、いまだにこの世に留まっているのかはわからない。だが、彼に伝えられなかったあの一言が、今もわたしの胸に圧し掛かっていることは事実だ。
「ハァ…」
「その甘い溜息、きみは恋する乙女だねっ♪」
「ッ!!?」
 な…何!!?
わたしは驚いてバッ顔を横に向けた。すると、いつの間に居たのか、一人の少年が私の隣に腰掛けていた。クスクスと楽しそうに笑いながら、わたしの顔を覗き込んでいる。14,5歳ほどのまだ若い少年だ、漆黒の瞳と髪を持つ、何処か不思議な雰囲気を漂わせている、少女のような綺麗な顔をした少年。
「だっ…誰?」
 わたしはそう言いながら、慌てて周りを見渡してみる。当然のことながら、周りには人っ子一人居いやしない。当たり前だ、だってここは地上から数メートルも離れた、大振りの桜の木の枝の上だもの。
無論、何処かで見かけたわけでもない。だが、ジッとわたしの顔を見つめている。
「…誰?」
 わたしはもう一度、眉を寄せて訝しそうに尋ねた。すると少年は、花が咲くような輝く笑顔をわたしに向けて、器用に上半身だけでビシッとポーズを取った。
「甘酸っぱい気持ちで、愛しい彼に本心が伝えられない子羊ちゃん達の為に、『マジカル☆ソージー』ここに惨状だよっ♪」
 …意味が分からない。
「参上、でしょ?」
「そうともいうねっ★」
 何故かまたもやビシッとポーズをつけて、親指をグッと立てる。
ますますもって意味が分からない。
わたしは頭を抱えながら言った。
「…マジカル☆ソージーさんとやら…何故わたしの横にいるの?ていうか何故わたしが見えるの?」
 一応、これでも何十年とこの世に留まっている幽霊だ、わたしは。そんじょそこらの人間には見えないことは、今までの幽霊稼業の中で確信を持っている。…ということは、この少年は『只者ではない』ということなのだろうか…。確かに、突然何の気配もせず、木の枝に登ってくる時点で只者ではないのだろうが。
少年は尚もクスクスと笑いながら、
「マジカル☆ソージーこと水野想司は、恋する甘酸っぱい初キッスはレモン味☆な乙女たちの味方なのだっ♪」
 ウインクしながらわたしに言う。
「…誰が恋する乙女ですって?」
「きみだよっ☆愛しい彼になかなか想いが告げられない、その小鳩のよーな胸に僕のレーダーはビビビと反応しちゃったのだっ」
 マジカル☆ソージー…否、水野想司(みずの・そうじ)とやらは、その独特の感性でもってわたしを見つけたらしい。いくら鈍感とはいえ、わたしにだって、この想司とやらが常人とは少しばかり違った…つまり変人だということは分かる。
 …逃げよう。
私の脳裏にその四文字が浮かび上がる。確かにいくら幽霊稼業が暇だといえど、こんな変人に付き合ってはいられない。
 すると想司は、そんな私の心を見透かすように、
「うふふっ☆僕が付いてりゃ百人力だよっ♪見事きみの想いを愛しい彼に伝えてあげるからねっ」
 ニッコリ笑ってわたしに親指を立ててくる。
そこでわたしは、ふと、と思い直した。
確かに言動は不審者そのもの、明らかに怪しい少年だが…それでもわたしのことを思ってこういうことを言ってくれてるのだろう(何故唐突に現れたのか、が疑問だが)。そしてわたしは、ここで無下に彼を切り離すほど(無論逃げられるとも思えなかった、というのも事実だが)無人情でもなかった。だから、この少年に小さく頷いてしまったのだ。
…あとから思うと、それが間違いだったのかもしれない。
「…よく分からないけど…本当に手伝ってくれるの?」
 想司はわたしの言葉を聞き、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もっちろん☆こんな面白いこと見逃すはずないじゃないかっ。それに、いい実験材料になりそうだしねっ☆」
 …ん?何か今、聞き逃せないようなことを言われた気が…。
 しかし想司は訝しそうなわたしなど一欠けらも気にせず、何処から取り出したのか紙包みをわたしにバシッと差し出した。
「さぁっ!これに着替えて愛しい彼をフィーリングで探しに行くのだっ☆」
「ふ、ふぃーりんぐって…。それにこれ…」
「だいじょーぶっ☆ギルドが開発した、幽霊もOKなコスプレ衣装だからっ。心配ご無用だよ☆」
 …そういうことを聞いてるんじゃない。
「あのね、そういうことじゃなくて…」
「さぁさぁさぁ、とっとと着替えて☆早くしないと要っちの漢臭さで古都が汚染されちゃうよ☆」
「…かなめっち?」
「それはこっちのことだから心配しないでっ。はい、着替える!」
 想司の笑顔と有無を言わさぬ言葉に勧められ、わたしは紙包みを開けた。








        ★












「夢の中へ〜夢の中へ〜」
「逝ってみたいと思いませんか〜。あははっ!楽しいのね、これっ!」
「…………。」
 俺はただ呆然と、その様子を眺めていた。
これで一体幾つの神社仏閣が犠牲になったことだろう。
そして今もまた、名の知れた神社で奴が『踊り狂って』いる。
いつの間にか夏菜と共に。
「……悪夢や…これは悪夢やねん…」
 俺はブツブツと呟きながらしゃがみこみ、虚ろな目で虚空を眺めてみたりもした。
数メートル先では、豪快に笑いながら参拝客をなぎ倒し、クルクルと踊りまわっているあの筋肉馬鹿。
 …これを悪夢といわずになんと言うのか?
「まぁ、そう気を落とすな。なかなかこういうのも楽しいじゃないか」
 はっはっは、と何が面白いのか、余裕な素振りで笑って俺の頭をポンポンと叩く満。
どうやらあの踊り狂っている二人の中に入る気はなさそうだが、止める気もないらしい。
まあ、止めるだけ無駄なのだろうが。
「何で踊っとんねん…」
 俺は力なく呟いた。
すると何処から聞き付けたのか、あの野郎が物凄いスピードでこちらに来て、満足気な笑顔で俺を見下ろした。
「ふはははは、まだお前は分かっとらんようだな!!!」
「何を分かれっちゅーんじゃ!」
 俺は堪らず立ち上がって叫んだ。
すると要は、チッチッチ、と指を振り、得意そうに言う。
「鞄の中も机の中も探したけれど見つからない萌え彼女!発見するには如何すれば良いのか!?」
 そこで一旦切り、腰に手を当てて大仰そうに叫ぶ。
「答えはただ一つ!!踊れば良いのだッ!!!」
「だからなんでそうなるんやッ!!!」
 俺の叫びも当然のごとく聞く耳なしだ。
 そしてそのとき、遠くのほうで踊っていた夏菜が、息を切らしてこちらに駆けてきた。
「大変、大変っ!今、すごいこと聞いちゃったのー!」
「なんだ、どうした!?萌え友の夏菜よ!!!」
 …いつから変態道に引き込みやがったんだ…。
「慌てずに、落ち着いて話してみろ。如何したんだ?」
 満が冷静な顔で、夏菜を背中をさすってやりながら宥める。
暫く肩で苦しそうに息をしていたが、やがて落ち着いてきたのか、
「はぁ、はぁ…。うんとね、えっとね、今そこで小耳に挟んだのよ」
 …それで、何を?
野郎三人の視線を一気に受け、少々たじろぎながら夏菜が言った。
「ここのすぐ近くのお寺で、昔懐かし美少女戦士が出たんだって!!」
      
    …はぁ?











       ★










「さぁっ!マジカルパワーで要っちの残した漢臭さを清浄だっ☆」
「何なのよこれーっ!!!」
 わたしの目の前で、何処から取り出したのか怪しいステッキを振りながら、参拝客たちを威嚇している想司。
何故こんなことになってしまったのだろう…。
わたしは本日何度目かの溜息を漏らした。
そして自分の恰好と想司のそれとを見比べてみる。
太ももの中ほどまでしかないミニスカートに、肩も露な露出度の高い上着。
何やらごてごての無意味な装飾がついている。
「ねえ、想司くん…。これ、何なのよ?」
 わたしと同じ恰好でクルクルと回っていた想司が、私の言葉にピタッと止まった。そして不思議そうな顔で首を傾げる。
男のくせに、妙にミニスカートが似合っているのが悔しい。
「あれっ!知らないのっ☆」
「何がよ」
「これはねっ、『月に変わってお仕置きだっ☆』な美少女戦士の衣装なんだよっ♪」
「…美少女戦士?」
 一体何なんだろう、それは。『美少女』も『戦士』も分かるが、なぜこの二つの単語がくっつくのかが分からない。大体何故月がお仕置きするんだ。どうやら、わたしが死んでいた数十年間の間に、わたしの理解を超えるものが出ていたらしい。
 しかし、この衣装がとてつもなく恥ずかしいことは確かなわけで。
「…ねえ、わたし脱いでも良い?」
 恐る恐る想司に言ってみる。想司は、わたしの願いを笑顔で却下した。
「だいじょーぶっ☆この衣装をこの衣装を『思考回路がショート寸前』になるまで着込んでいると、どーんな意地っ張りでも素直になるんだからっ!恥ずかしいのは今だけだよっ♪」
「そ…そうなの」
「そうなのっ☆ギルドがそう言ってたもん♪」
 また分からない単語が出てきた。ギルドって何?
しかしそんなことを尋ねても、まともな答えが返ってこないのは、今までで確認済みだったので、わたしは肩を落として言った。
「…もうどうでもいいや…」
「ほらっ、素直になった♪さぁ、元気よく…っ」
 ますます調子付いて、またもや謎の踊りを始めようとしたそのとき。
ピタッと突然動作を止める想司。
「…そ、想司くん?」
「……うふふふふふっ」
 突然怪しげな笑みを浮かべる。
はっきり言って滅茶苦茶怖い。
「想司くんっ?どうしたのよ?」
 わたしは恐る恐る彼に近寄った。ここまで来た以上、逃げるわけにはいかない。
想司は怪しい笑みを浮かべたまま、指をポキポキと鳴らし始めた。
「ようやくきたね…要っち♪」
















          ★













「やはりお前だったかっ!!!少年!!ここで会ったが百年目、我輩の萌えパワーをとくと見せ付けてやるわっ!!!」
 名も知らぬ寺の境内。
そこで、なんとも形容し難い試合…いや、戦いが始まろうとしていた。
片や逞しい肉体を持つ、見上げんばかりの長身の男。片や露出度の激しいセーラー服を着込んでいる少年。
 …おいちょっと待て。セーラー服だと!?
「すごいねっ!何か果し合いって感じなのねっ!!」
 何故か楽しそうにはしゃいで、その二人を見守っている夏菜。
満は、と言えばこいつも面白がるような顔つきで二人を眺めている。
…この場にまともな奴は居ないのか…?
「おい要っ!ちょっと待て!あのセーラー服の餓鬼はあいつやないんか!?」
 俺は要の背後から、奴の身体をぺしぺしと叩いて、退治しているセーラー服を指差した。
そう、俺は哀しいことにセーラー服の小僧にも見覚えがあった。
要と同じ事件で(一方的に)知り合った、水野想司とかいう餓鬼…こいつも言うまでも無く変人奇人の分類だ。
「そうともっ!!!私はここで、彼との勝負に決着をつけるのだっ!!!」
 どうやら要と想司、因縁を持つ間柄らしい。
「おい、あいつが何でセーラー服着とるとか疑問に思わんのか、お前はっ!!!」
「思わん!!!」
 きっぱりと言い返される。
「きっと、あれが少年の萌え的最強装備なのだろう!!!ぐぬぅ…流石この私を越えた男!」
 …全くもって意味不明の因縁だ。
「だが!!今日、私は彼を越える!!!」
 はっきり言って俺にとってはどうでもいいことだ。
俺はハァ、と溜息をつき、想司を見た。
 …ん?
どうやら想司だけでなく、もう一人居るらしい。
同じくセーラー服を着た、想司よりも背の高い…少女だろうか、あれは。赤いリボンで長い黒髪をくくり、垂らしている。遠目からでも分かる、中々の美少女だ。何処かで見た覚えがあるような…。何処か懐かしい雰囲気を持っている。あれは…幽霊じゃないか?ということは俺の同類だ。では何処かですれ違ったこともあったのだろう。
うん、きっとそうだと一人で納得しかけ、俺は一瞬思考が止まった。
 待て。ちょっと待て。
まさか―……まさか、あの少女は―……!!!
「幽霊サン?どうしたの?何かとっても怖い顔してるの」
 夏菜が訝しげに俺の顔を覗き込んでくる。
「と、ととととと」
「戸?」
「徳子ぉっ!!!!」
 俺は叫んだ。
「徳子…?誰だ、それは」
 眉を潜めて満が尋ねる。
「あいつやっ!彼女やっ!!」
 俺は慌てて、想司の傍らに立っている少女を指差した。
満と夏菜は、俺に急かされ彼女のほうを見る。
「幽霊サンのお友達?彼女も幽霊なの」
「友達っちゅーかなんちゅーか…」
 俺はあわあわと口をパクパクさせた。言葉にならない。思考も上手くまとまらない。何故…何故彼女が此処にいるんだっ!!?
満は、俺の様子を見て、ははんと悟ったようだった。
俺の肩を霊力を込めて、ポンポンと叩き、
「つまり、あの少女が、お前の恋人だということだな?」
 俺はかろうじて小さく頷く。
そうだ…何故、一目見て思い出せなかったのだろう。過ぎ去ったあの時代、共に生き、そして離れ離れになった彼女。あの桜の木の下で、彼女が流した涙は今も俺を締め付けているというのに。
「徳子…」
 俺は彼女の名前を呟いた。
そして、パァンと手の響く音がする。夏菜だ。
「わぁっ!見つかってよかったのね、幽霊サン!!」
「あ…ああ」
 徳子がまた俺の目の前にいる。ほんの数メートル離れたところに。だが、俺はそこから足を踏み出せない。
躊躇している俺を嗜めるように、夏菜が笑顔で言う。
「見つかったんなら、気持ち、伝えに行こうなの。きっと、徳子サンも幽霊サンの言葉、待ってると思うのよ」
「そうだとも。どういう理由で分かれたかは知らんが、ここで躊躇うのは愚の骨頂だぞ。若者なら若者らしく、当たって砕けろ」
「あー…で、でも…」
 柄にも無く俺が戸惑っている間に、満が動いた。
愛用のハリセンを携え、要と想司の間に行く。
そして二人に向けて言った。
「…どうやら、我々の目的が無事終了したようだ」
 無論、それで収まる二人ではない。
「どういう意味っ?オジサン、戦いを邪魔しないでくれるかなっ?」
「そうだとも!!!我輩は今此処で決着をつけねばならんのだ!!」
 満はやれやれ、と首を振り、あろうことか、二人の頭をハリセンで勢い良くどついた。
突然の満の攻撃に、呆気に取られる二人。
満はそんな二人に、落ち着かせるように穏やかな声で言う。
「お前らの決着は、またいずれ別の地でつければ良い。どんな因縁があるかは知らんが、急くものでもないだろう。それより…今は、恋人たちを引き合わせるほうが重要だと思うが?」
 そう言って、満は徳子のほうに向き直る。
突然視線を向けられ、徳子が焦るのが分かる。
「なっ…何ですか?」
「きみに逢いたいという者がいるのだよ。…おい、幽霊。恥ずかしがってないでさっさと来い」
 俺に向けて手招きする。
別に恥ずかしがってるわけじゃない…だが、今はツッコミを入れてる場合ではない。
「さっ…ほら。ずっと、逢いたかったんでしょ?」
 夏菜の笑顔が、俺を後押ししてくれる。
俺は一歩、また一歩とゆっくり足を踏み出した。
 俺が近づくにつれ、徳子の目が驚きで見開いていく。
そして、手を伸ばせば届く距離まで近づき、俺は徳子を見つめた。
口を開こうとするが、何を言っていいのかわからない。
「〜……。」
 見ると、徳子の目から涙が溢れていた。
泣くな。もう、泣かないでくれ。
もう、恋なんかしないなんて言わないから。
「と…!」
 俺が彼女の名前を呼ぶ前に、彼女の口が開いた。
そして、俺がずっと聞きたかった声で、俺の名を呼んだ。
「……健治さん…!」










 この話はこれで終わりだ。
うん?何故別れたかって?…ま、まあ大したことじゃないんだ、気にするな。
この後どうなったかって?野暮なことを聞くなよ。な?


まあ、お邪魔虫は草葉の陰で見物だ、といって、他の皆を外野に連れて行ってくれた満には本当に感謝している。最も、本当に草の陰から見物していなければもっと良かったのだが。




ああ、そうそう。徳子が着ていた例の『美少女戦士』風セーラー服は、何故か徳子がえらく気に入って想司から貰い受けたらしい。そして、想司は『ペアルックだよっ☆これも萌えの基本だねっ♪』等と笑顔で、俺に想司が着ていたモノを渡した。


 無論、俺がそれに袖を通すことは、一度としてなかった。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター】
【0759 / 海塚・要 / 男 / 999 / 魔王】
【0921 / 石和・夏菜 / 女 / 17 / 高校生】
【1300 / 江戸崎・満 / 男 / 800 / 陶芸家】


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■         ライター通信          ■
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大変遅れてしまって申し訳ありません、瀬戸太一です。
今回もご参加していただいたPCの方々、有難う御座いました。
楽しんでいただければ幸いです。

それでは、また何処かでお逢いできることを祈って…